JP3785195B2 - 生理活性を有するリガンドの分子構造を構築する方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、生理活性を有するリガンド化合物の分子構造を構築する方法に関し、さらに詳細には、医薬、農薬その他の生理活性を有する化合物の分子構造設計に利用できる、新規なリガンド化合物の分子構造を自動生成させる方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
薬物の設計には、概念的に2つのステップがある。以後の薬物開発の出発点となる化合物(リードと呼ぶ)を見いだすリード創製の過程と、そのリードから出発してより活性が優れ毒性や副作用の少ない化合物を見いだすリード最適化の過程である。リードとはある目的とする生理活性をもつことのわかっている化合物で、先導化合物ともいう。一般に行なわれている薬物設計の殆どはこの第2の過程であり、既知の活性化合物から一連の置換基誘導体を合成してその活性を比較することにより行われることが多い。第1の過程を人為的に行うのは極めて難しく、天然物質からの発見や、既知の薬物の副活性からの発見、生体内活性物質(神経伝達物質、ホルモン、ビタミンその他)からの構造修正、あるいは入手し得る化合物を手当り次第、用意した評価システムにかけるランダムスクリーニングによる発見など、偶然や幸運、試行錯誤に頼るところが大きい。適切なリードからスタートすることが以後の薬物開発の成否を左右し、適当なリードがないために良い薬のできない疾病も多いことから、活性の高いリードを高い的中率で得る方法の開発が広く望まれているところである。ある化合物がどういう薬理活性を示すかは、どの受容体(生体高分子)に結合するかで決まるが、1つの化合物が1つの受容体だけに結合するとは限らない。それ故、わずかな構造の違いで、主活性と副活性(副作用)の強さが逆転したり、活性が消滅したりすることもありうる。また、主活性は変わらなくても、代謝のされ易さ、膜との相互作用など体内での挙動が大きく変化し、薬としての性質に影響を与えることも多い。まして分子骨格の違う新しいリードからの薬物は主活性は同じでも、全く異なる挙動を示すことが予想される。
【0003】
薬物が生理活性を発現するには、体内の受容体のある部位に到達して、受容体と特異的に相互作用(ふつうは非共有結合的な強い会合)する必要がある。近年、受容体の単離精製の技術が進み、X線結晶解析によって、酵素や核酸については立体構造(構成原子の三次元座標)が解明されるものが増してきた。とくに、リガンドとの複合体(酵素の場合なら阻害剤)の解析から、強い結合を示すリガンド分子と受容体の間には、分子表面の形状がよくフィットすることによって強いファンデルワールス相互作用が働き、さらに水素結合、静電相互作用などの親水的相互作用が複合体の安定化に寄与していることがわかっている。本来生体内で働いている活性物質や酵素基質と見かけの構造が全く異なるにもかかわらず、同じ受容体への結合が確認され、同じ作用の薬、あるいは阻害薬となっているものも少なくないことからも、受容体と薬物の強い結合に必要なのは、両分子の三次元的な形状とこれらの性質の相補性であることがわかる。そこでそれらの要件を満たす三次元構造をもつ分子構造を人間が設計できれば、リード創製が人為的に必要なだけ出来るはずである。しかし、人間は既知の活性化合物の構造にとらわれ易く、三次元的な洞察が得意でないために、結晶解析によって受容体の立体構造が解明されている場合でさえ、リード創製は難しい。そこで、そうした構造をコンピュータに提示させ、そこから人間が選ぶというアプローチが、新規な活性構造を見つけリードとするのに有効と考えられる。コンピュータは先入観に捕らわれず、可能性を網羅し、定量的な根拠に基づいた結果を与えてくれるからである。
【0004】
リードに必要とされる条件に合う構造を見つけてくるための、アプローチとして2つ考えられる。既知化合物の構造データベースから条件に合った構造を検索する方法と、そのような条件に合った構造を新たに構築する方法である。
受容体の立体構造を利用できる場合には、その両方のアプローチ法について、次のような報告がある。
【0005】
DesJarlais、Kuntzらは薬物結合部位の内孔の形状をそこにうまくはまる数個の球体で表現しておき、結晶データベース(英国ケンブリッジ大学より公開:世界中の100以上の化学関係の学術雑誌に報告された解析を登録)中の化合物それぞれを、それを含む数個の球体で表現して、受容体の球体の集合との類似性を判断する手法(DOCK)を発表した(R.L. DesJarlais, R.P. Sheridan, G.L.Seibel, J.S.Dixon, I.D. Kuntz and R. Venkataraghavan, J. Med. Chem. 31, 722-729 (1988); R.L. DesJarlais, G.L. Seibel, I.D. Kuntz, P.S. Furth and J.C. Alvarez, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 6644-6648 (1990))。この手法をエイズウイルスの蛋白分解酵素(HIV protease:プロテインデータバンクに登録済み)に適用した結果、ベータ遮断薬、抗精神薬として知られるハロペリドールという化合物の結晶構造がこの酵素の薬物結合部位によくフィットするとして選ばれ、マイナーな構造修正を行って合成し活性を調べたところ、この酵素を阻害しエイズ治療への有効性が証明された。しかし、この方法は分子の形状のみを判断し、水素結合その他の相互作用を考慮せず、分子配座も結晶構造しか考慮しないので、有望な候補化合物の洩れと効率の悪さが問題となっている。
【0006】
また、Lewisらは薬物結合部位に、辺の長さを炭素−炭素1重結合の長さとするダイアモンド格子を想定し、格子点上に適宜炭素原子を設置して分子構造を新たに構築する方法を発表した(R.A. Lewis, J. Comp.-Aided Molecular Design, 4, 205-210 (1990))。しかし、このやり方ではsp3 混成以外の原子は設置できず、また、受容体との特異的相互作用といったものも全く考慮しておらず、およそ実用性はない。
【0007】
西端・板井らは、受容体の薬物結合部位によくフィットし、安定な相互作用をする構造を組み立てる方法とこの方法を実行するプログラムLEGENDを発表した(Y. Nishibata and A. Itai, Tetrahedron, 47, 8986-8990 (1991))。この方法は、乱数と力場に基づき、受容体とのファンデルワールス相互作用や水素結合や静電相互作用が有利になるように、原子または原子団を1つずつ付加していく方法である。多数の可能な構造を示唆してくれる点で優れているが、応用面の有効性は証明されているが、実際の成功例はまだ確認されていない。
【0008】
Bohmは、プログラム中に用意された多数のフラグメント構造の中から適当なものを数個、受容体の薬物結合部位にはめ込み、うまく連結することで、新規構造を構築する方法を開発した(H.-J. Bohm, J. of Comp.-Aided Molecular Design, 6, 61-78 (1992))。しかし、この方法の有効性を証明する結果はまだでていない。
【0009】
受容体の立体構造が知られていない場合には、上記のような2つのアプローチ法は使えないので、別のアプローチ法が必要である。
現在立体構造が発表されている生体高分子の数は細菌由来のものを含めて千程度であり、体内に数万存在するといわれるヒトの受容体の構造を、1つ1つ構造決定するには長い年月がかかると予想される。そこで、受容体の立体構造の情報がない場合に活性なリガンド分子の構造を構築するためのアプローチ法が、現在は特に求められている。
【0010】
受容体の立体構造の情報がない場合に、薬物、生理活性物質、生体内活性物質などのリガンド分子の側から構造と活性の関係を見出すための、もっとも有効な方法は分子の重ね合わせである。同じ受容体の同じ部位に結合して類似の生理作用を発現する複数の化合物(分子構造が類似しているときは重ねるまでもないが)は、形状や分子間相互作用に共通の特徴があるはずであり、それらの分子を三次元的に重ねあわせることによって、その共通の特徴を抽出することができる。また、回転できる単結合を分子内にもつ分子が、受容体に結合して活性を発現するときの分子配座(活性コンフォメーションまたは活性配座という)の決定も、場合によっては分子の重ね合わせによって可能になる。また、リガンド側から受容体の薬物結合部位の環境や大きさを推定することをレセプタマッピングと呼び、そのように推定されたものを受容体モデルと呼ぶ。このレセプタマッピングを、分子の重ね合わせに基づいて有効におこなうことができる。
【0011】
分子を重ね合わせる方法にはいろいろあるが、方法によって重ね合わせ結果は大きく異なり、異なる構造活性相関モデルや受容体モデル(必要と思われる官能基の推定、受容体の薬物結合部位の形状や性質や環境の推定)に到達する。できるだけ正しいモデルに到達するためには、論理的な重ね合わせ法の使用が必須である。
【0012】
これまで一般によく行われてきた分子の重ね合わせ法としては、分子骨格やへテロ原子の位置の類似性に基づいて対応する3対以上の原子対を指定し、2分子の間でそれらの位置の一致が最も良くなるように最小自乗計算で重ね合わせる、あるいはコンピュータグラフィックス画面上で視覚的に判断して適当に重ね合わせることが行われてきた。
【0013】
しかし、板井・加藤らは同一の受容体に結合する複数の薬物や生理活性物質の分子の重ね合わせにおいては、重ね合わせる分子間で原子位置(分子骨格)が一致する必要はないと考え、分子の形状、水素結合、静電的性質その他の物理的化学的性質が重ね合わせる分子間で一致するような分子の重ね合わせ法(RECEPS)を考案し、発表した。(Y. Kato, A. Itai and Y. Iitaka, Tetrahedron, 43, 5229-5236 (1987); A. Itai, Y. Kato, N. Tomioka, Y. Iitaka, Y. Endo, M. Hasegawa, K. Shudo, H. Fujiki and S. Sakai, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85, 3688-3692 (1988);Y. Kato, A. Inoue, M. Yamada, N. Tomioka and A. Itai, J. Comp.-Aided Molecular Design, 6 in press (1992); A. Itai, N. Tomioka, Y. Kato, Y. Nishibata and S. Saito, in 'Medicinal Chemistry in 21st Century', edited by C.G. Wermuth, Blackwell Scientific Publishings, London, (1992) in press; A.Itai, N. Tomioka and Y. Kato, in 'QSAR: New developments and Applications', edited by T. Fujita, Elsevier Science Publishers, Amsterdam,(1992), in press.) このRECEPSを用いて、これらの性質の分子間の一致を指標に、コンピュータグラフィックス画面上で対話的に分子を移動回転し、コンフォメーションを変えつつ、よい重ね合わせを得ることが可能となった。これによって、見かけの化学構造が全く異なる分子間の重ね合わせが初めて可能になった。
【0014】
その後、このRECEPSに、水素結合が重要な役割を果たす系では、複数分子から受容体側に予想される水素結合官能基の位置を一致させるような重ね合わせ構造を、コンピュータが自動的に網羅し、順位付けして示してくれる機能を追加した。この改良により、重ね合わせ方やコンフォメーションに由来するさまざまな可能性を網羅した客観的な、正しい重ね合わせを含む結果が得られるようになった。
【0015】
上記のような分子重ね合わせ法を用いて、受容体の立体構造が知られていない場合に、構造が全く異なる複数のリガンド分子に共通な特徴を抽出することが可能になったが、このような分子重ね合わせ法により得られた情報は構造と活性の関係を後付け的に説明するに留まり、これらの情報に基づいて新たなリガンド分子を設計し、リードを創製する方法はいまだに確立されていない。
【0016】
【発明が解決しようとする課題】
従って、本発明は、既知の活性なリガンド分子の構造に基づいて、活性を有する新規なリガンド分子の構造を構築する方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、既知の受容体の分子構造に基づいて、活性を有する新規なリガンド分子の構造を構築する方法を提供することを目的とする。
【0017】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、鋭意努力した結果、受容体との結合に必要と考えられる水素結合性官能基を立体的に配置し、この位置と方向を保持しつつ、これらの水素結合性官能基をコネクターと称する一群の原子集団でつなぐことにより、新規なリガンドの分子構造を自動的に構築させる方法を開発して、上記の課題を解決することに成功した。
【0018】
すなわち、本発明は、
生理活性を有するリガンドの分子構造を構築する方法であって、
(i) 前記リガンドの生理活性に必須であると推定される2個以上の官能基を配置し、該官能基の位置と方向を指定する第1工程、
(ii)前記第1工程で配置した官能基の中から、つなげるべき2つの官能基の組み合わせを設定する第2工程、
(iii) リガンドの分子構造を構築するための一連の原子集団のテーブルを作成する第3工程、
(iv)前記第3工程で作成した一連の原子集団のテーブル中から、前記第2工程でつなぐように設定した2つの官能基をつなぐものを選択し、2つの官能基間に結合経路を作成することによってリガンド分子の骨格を形成させる第4工程、および
(v) 構築したリガンドの分子構造が受容体の内孔に適合するか判定する第5工程
を含む、前記の方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、生理活性を有するリガンドの分子構造を構築する方法であって、
(i) 前記リガンドの生理活性に必須であると推定される2個以上の官能基を配置し、該官能基の位置と方向を指定する第1工程、
(ii)前記第1工程で配置した官能基の中から、つなげるべき2つの官能基の組み合わせを設定する第2工程、
(iii) リガンドの分子構造を構築するための一連の原子集団のテーブルを作成する第3工程、
(iv)前記第3工程で作成した一連の原子集団のテーブル中から、前記第2工程でつなぐように設定した2つの官能基をつなぐものを選択し、2つの官能基間に結合経路を作成する第4工程、
(v) 前記第3工程でつなぐように設定した2つの官能基の組み合わせすべてについて前記第4工程を繰り返すことにより作成した結合経路を組み合わせることによって、リガンド分子の骨格を形成させる第5工程、および
(vi)構築したリガンドの分子構造が受容体の内孔に適合するか判定する第6工程
を含む、前記の方法を提供するものである。
【0020】
本発明の生理活性を有するリガンドの分子構造を構築する方法においては、2つの官能基間に結合経路を形成した後に、環構造を導入する工程を含んでもよい。
また、上記第1工程で指定した官能基の位置と方向を、同等な効果をもつと推定される位置と方向に順次指定し直して、前記第2工程〜第5工程ないし第6工程を繰り返してもよい。また、上記第1工程で配置した官能基を、同等の物理化学的性質を有する他の官能基に順次置換して、上記第2工程〜第5工程ないし第6工程を繰り返してもよい。
【0021】
さらに、上記第1工程〜第5工程ないし第6工程に加えて、前記リガンドの分子骨格中に原子価の満たされていない原子が存在しないか否かを判定し、該原子が存在する場合には、該原子に水素原子を付加する工程や前記リガンドの分子構造を最適化する工程を含んでもよい。
既知のリガンド分子が存在するが受容体の構造が知られていない場合には、一種以上の既知のリガンドの分子構造に基づいて、三次元格子点情報を得ることによりリガンドの受容体の内孔のモデルを構築した後に、上記のようにしてリガンドの分子構造を構築すればよい。
【0022】
本発明の方法によれば、既知のリガンド分子が存在するが受容体の構造が知られていない場合、受容体とリガンド分子の複合体の構造が解明されている場合、受容体単独の構造解析により薬物結合部位の構造が解明されているが既知のリガンド分子が存在しない場合にも、新規なリガンドの分子構造を構築することができる。
【0023】
本発明において、受容体とは、薬物の標的となりうるすべての生体高分子をいうものとし、蛋白質、核酸、多糖、およびそれらの複合体を含む。
リガンドとは、特定の受容体の特定の部位に、強く結合(相互作用)する低分子量(千以下程度)の化合物をいうものとし、神経伝達物質、ホルモン、ビタミンなどの生体内活性物質、天然および合成の生理活性物質、薬物、酵素基質などを含む。
【0024】
官能基とは、化学反応や分子認識において、特定の働きをすると考えられる原子または常にグループとして行動する原子群(原子団)をいうものとする。例えば、アミノ基、ニトロ基、ベンゼン環などを例示することができる。
官能基の方向とは、受容体と相互作用ができる方向をいうものとする。水素結合する官能基なら孤立電子対や水素の方向とし、ベンゼン環などの芳香環なら環に垂直なπ電子の方向を官能基の方向とする。
【0025】
三次元格子点情報とは、受容体モデルを空間的および位置依存的に表現するため、格子の間隔を0.2〜0.5オングストローム程度とし、各格子点上でその位置での受容体の環境の情報を計算して保存したデータをいうものとする。三次元格子点情報は、例えば、格子点毎の、空間位置を示すアドレス、各リガンド分子(6分子まで)による占有情報、静電ポテンシャル、水素結合性官能基が予想されるか否か、されるならばその性質は水素供与性か受容性か、芳香族の性質が問題になる位置かどうか、などのデータを含むものである。リガンド分子による占有情報とは、三次元格子点がリガンド分子によって占有される領域内、すなわち、リガンド分子を構成する原子のファンデルワールス半径内に含まれる領域内にあるか否かを示す格子点毎の情報である。この三次元格子点情報を受容体の立体構造の代わりに利用し、それに合うかどうかを高速に判断しつつリガンドの分子構造を構築することができる。
【0026】
【発明の効果】
本発明の方法により、生理活性を有する新規なリガンド化合物を高い確率で予測することができる。
また、本発明の方法により、生理活性を有する新規なリガンド化合物の分子設計を高速に行うことが可能となる。
【0027】
【実施例】
図1は、本発明の方法の一例における主要なステップを模式的に示したものである。本発明の方法の一例においては、まず、例えばRECEPSの手法により、既知のリガンドの分子構造に基づいてレセプタマッピングを行い、三次元格子点情報を得て、受容体モデルを構築し、次いで、例えばCONNECTORの手法により、受容体との相互作用に重要な、既知のリガンド分子の官能基を抽出してその官能基の位置と方向を指定し、前記の官能基の位置と方向を保存しつつ新規なリガンドの分子構造を構築することができる。図1中の、C=O基およびOH基は、受容体との相互作用に重要な、既知のリガンドの分子構造から抽出された官能基である。
【0028】
図2、3および4は、CONNECTORの手法を用いた、本発明の方法の一実施態様のフローチャートを示す。詳細については、後述する。
図5は、RECEPSの手法を用いた分子重ね合わせ法とレセプタマッピングのフローチャートを示す。
図6は、テレオシジンB−4、TPA、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの化学構造を示す。
【0029】
図7は、RECEPSによる重ね合わせにより得られたテレオシジンB−4、TPA、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの立体構造を示す。
図8は、三次元格子点を用いて表現した発癌プロモーターの受容体モデルとダミー原子を付加したリガンド分子の官能基を示す。線図で表現したカゴで囲まれた空間が、受容体の内孔を示す。
【0030】
図9は、本発明の方法により構築された発癌プロモーターの受容体のリガンドの分子構造の一例を示す。
図2〜5のフローチャートを参照して、本発明の実施例について説明する。図5は、RECEPSの手法により、既知のリガンド分子の座標を入力してから三次元格子点情報を得るまでの流れを示し、図2〜4は、CONNECTORの手法により、リガンド分子の原子座標とRECEPSの手法により得られた三次元格子点情報とを入力してから新規なリガンドの分子構造が出力されるまでの流れを示す。なお、図2〜5において、RおよびCは各ステップを示す。
【0031】
まず、図5のR1において、生理活性を有することが知られている一種のリガンド分子、または同様の生理活性を有することが知られている二種以上のリガンド分子の原子座標を入力する。以下、ここで原子座標に入力したリガンド分子を既知のリガンド分子と称することとする。
この既知のリガンド分子の構造としては、結晶解析により決定された構造の他、結晶データベースにある類似構造やエネルギー計算を利用した分子モデリングで得られた構造を用いることができる。
【0032】
次に、R2において、既知のリガンド分子の各々について、分子軌道法計算によって各原子の電荷を算出し、さらに、水素結合性官能基には官能基毎にタイプ番号を付与する。
ここで、水素結合性官能基とは、水素結合をするための水素や孤立原子対をもったヘテロ原子を含む官能基をいう。
【0033】
次に、R3において、既知のリガンド分子が一種類であるか否かを判定する。既知のリガンド分子が一種類である場合には、以下に記載するR4〜R10のステップを行わずに、R11のステップを行う。
R3において、既知のリガンド分子が二種類以上である場合には、R4において、既知のリガンド分子の中から2種類の分子を選び、一方を鋳型分子、他方を試行分子とする。
【0034】
次に、R5において、既知のリガンド分子の自動重ね合わせを行うか、または対話的重ね合わせを行うか選択する。
ここで、分子の重ね合わせとは、分子形状や性質の相同性や違いを立体的に探り比較するために、複数の活性分子の三次元構造を、同一空間内に対応する方位に置くことをいう。どのような性質、物理量に注目して重ねるか(分子の表面の形状、含まれる原子の位置、物理的化学的性質など)、重なりの良さをどのように評価するかが問題である。例えば、RECEPSにおいては、受容体に相互作用するための水素結合、イオン結合、および疎水相互作用等の分子下の性質の一致を重視した重ね合わせを行うことができる。分子重ね合わせは、分子模型で行ってもよいが、手軽、定量化が可能、座標がそのまま保存できるなどの理由から、コンピュータグラフィックスを用いることが好ましい。また、分子の自動重ね合わせとは、重ね合わせの位置関係と分子配座を網羅しつつコンピューターが自動的に重ね合わせ方を見つける手法をいう。例えば、RECEPSでは、同一受容体の同一サイトへの結合を仮定して受容体側の水素結合原子が一致するように、特殊な最小自乗法計算を行う。また、分子の対話的重ね合わせとは、コンピューターグラフィックスのディスプレイ上で、重なりの指標を参考にしつつ、分子を回転、平行移動、結合回転させながら重ね合わせることをいう。
【0035】
R5のステップにおいては、一般に、自動重ね合わせを選択することが好ましいが、分子中に水素結合のサイトが少なく、自動重ね合わせ法の利用が困難な場合には、対話的重ね合わせを選択するとよい。
R5において既知のリガンド分子の自動重ね合わせを選択した場合には、次に、R6において、ダミー原子を用いた自動重ね合わせを行う。ダミー原子とは、水素結合を形成している2つの分子(例えば、受容体とリガンド)があるときに、一方の分子の相互作用に関与する基(例えば、水素供与基)の位置に基づいて、他方の分子の相互作用に関与する基(例えば、水素受容基)の位置として適当であると推定される位置に配置される仮想的な原子をいう。例えば、2個以上の水素結合がリガンドの活性に関与していると推定される受容体−リガンドの系では、鋳型分子の水素結合性官能基の位置と性質に基づいて受容体側に配置されるダミー原子が、試行分子の水素結合性官能基の位置と性質に基づいて受容体側に配置されるダミー原子と最大限一致するように、鋳型分子と試行分子の相互の位置関係と、鋳型分子と試行分子のコンフォメーションを変化させつつ、鋳型分子と試行分子とを重ね合わせたモデルを作成することができる。試行分子を代えて鋳型分子との自動重ね合わせを繰り返すことにより、すべての既知のリガンド分子を重ね合わせていく(Y.Kato, A.Inoue, M.Yamada, N.Tomioka, and A.Itai, Computer-Aided Molecular Design 6, pp.475-486 (1992)) 。
【0036】
R5において対話的重ね合わせを選択した場合には、次に、R7において、鋳型分子について、三次元格子点を作成すべき領域を設定する。
次に、R8において、鋳型分子についての三次元格子点情報(形状性、水素結合性、静電ポテンシャル、芳香族性など)を算出して保存する。
次に、R9において、上記の三次元格子点情報を用いてリアルタイムに算出される物理化学的性質の一致についての指標を参照しながら、対話的に試行分子を鋳型分子に重ね合わせる。試行分子を代えて鋳型分子との重ね合わせを繰り返すことにより、すべての既知のリガンド分子を重ね合わせていく。
【0037】
次に、R10において、R6で得られた鋳型分子と試行分子の自動重ね合わせモデル、またはR9で得られた鋳型分子と試行分子の対話的重ね合わせモデルを最適化する。
R6またはR9で得られた重ね合わせの指標のよい重ね合わせモデルのすべてを、三次元格子点を用いた指標(水素結合性、静電ポテンシャル、形状、芳香族性など)によって評価し直し、さらに有望な重ね合わせモデルを得る。
【0038】
または、R6またはR9で得られた重ね合わせの結果を初期構造として、対話的に分子構造を操作し、重ね合わせモデルを改良したり、三次元格子点データを用いたSimplex法によって重ね合わせモデルを最適化したりして、適切な重ね合わせモデルを得る。
次に、R11において、R2〜R10のステップにより得られた既知のリガンド分子の重ね合わせ構造、またはR1で入力した単独の既知のリガンド分子の構造に基づいて、三次元格子点を作成する領域を設定する。
【0039】
次に、R12において、R11で設定した領域内で、全分子についての三次元格子点情報を算出する。
この三次元格子点情報に基づいて、レセプタマッピングを行うことができる。ここで、レセプタマッピングとは、受容体の立体構造についての実験的な情報がない場合に、リガンド分子の情報から、受容体の薬物結合部位の環境を推定し、表現することを意味する。RECEPSによるレセプタマッピングでは、分子の内部および周辺の三次元格子点を用い、単独の既知のリガンド分子または重ね合わされた複数の既知のリガンド分子の構造に基づいて、受容体(レセプタ)モデルの内孔の大きさ、形状、水素結合官能基の予想部位、静電的性質、芳香族性、その他が表現される。1分子以上に占有された三次元格子点の占める空間を受容体の内孔と仮定する。その外側の領域の静電ポテンシャルについては、各三次元格子点で活性で重みづけした平均値を採用する。
【0040】
次いで、R13において、水素結合性サイトを設定する。
既知のリガンド分子が複数の場合には、重ね合わせた分子間で共通性の高い水素結合性官能基を水素結合性サイトとして設定し、既知のリガンド分子が一種類の場合は、ユーザの判断で重要と思われる水素結合性官能基を水素結合性サイトとして設定する。また、ベンゼン環など水素結合性官能基ではないが、活性に必須と思われるグループを水素結合サイトとして上記の水素結合性官能基と共に設定してもよい。
【0041】
次に、R14において、三次元格子点情報をファイルに出力する。
次いで、R15において、既知のリガンド分子の重ね合わせモデルの原子座標を出力する。
次に、図2のC1において、既知の単独リガンド分子の原子座標か、または、R15で出力された既知のリガンド分子の重ね合わせモデルの原子座標を入力する。
【0042】
次いで、C2において、それぞれのリガンド分子について、予め分子軌道法計算によって各原子の電荷を算出しておき、さらに水素結合性官能基には、官能基毎のタイプ番号をユーザの判断で付与しておく。
次に、C3において、R12で算出された三次元格子点情報を入力する。
次に、C4において、受容体と相互作用する、上記の既知のリガンド分子またはリガンド分子群から、活性に必須であると推定される官能基を抽出する。
【0043】
さらに、これらの官能基のフラグメントとして、同等の相互作用をする複数の官能基を用意し、これらを順次置換することにより、新たなリガンド分子構造を構築することができる。上記の置換可能な官能基の例を以下の表1に示す。
【0044】
【表1】
次に、C5において、上記のC4のステップで抽出した官能基を構成する原子の中からコネクターを結合させる2個の原子の組み合わせのすべてを設定する。例えば、>NHと−OHをC4のステップで選択した場合には、>NHのN原子および−OHのO原子を選択する。ここで、コネクターとは、C4のステップで抽出した官能基をつなぐ一連の原子集団をいうものとする。
【0045】
次に、C6において、C5で設定した2個の原子の組み合わせの中から1つを選択する。ここで選択された2個の原子をATOMhb1 および ATOMhb3と称することとする。また、このATOMhb1 に付加するダミー原子をATOMhb2 、ATOMhb3 に付加するダミー原子をATOMhb4 と称することとする。ここで、ダミー原子とは、コネクターの適否の判定のために、付加する仮想的な原子をいうものとする。ダミー原子ATOMhb2 およびATOMhb4 の位置は、抽出した官能基の位置と方向によって必然的に決まってくる。以下、ATOMhb1 〜ATOMhb4 を官能基側の原子ATOMhb1 〜ATOMhb4 と称することとする。
【0046】
次いで、C7において、D値の限界値、およびT値の限界値を設定する。
D値は下記の式(1)から算出される値で、官能基側の4つの原子ATOMhb1 、ATOMhb2 、ATOMhb3 およびATOMhb4 の距離関係とコネクター側の4つの原子ATOMcon1、ATOMcon2、ATOMcon3およびATOMcon4の距離関係の類似性を示すものである。ここで、ATOMcon2およびATOMcon4はコネクターの両端の原子を表し、ATOMcon1およびATOMcon3はコネクターの両端に付加されるダミー原子を表す。
【0047】
D値=(D1)2 +(D2)2 +(D3)2 +(D4)2 式(1)
(式中、D1は(ATOMhb1 とATOMhb3 の距離)と(ATOMcon1とATOMcon3の距離の差を、D2は(ATOMhb2 とATOMhb4 の距離)と(ATOMcon2とATOMcon4の距離)の差を、D3は(ATOMhb1 とATOMhb4 の距離)と(ATOMcon1とATOMcon4の距離)の差を、D4は(ATOMhb2 とATOMhb3 の距離)と(ATOMcon2とATOMcon3の距離)の差を表す。)
D値が小さい程、それぞれの4原子の距離関係が類似していることになる。
【0048】
T値は下記の式(2)から算出される値で、官能基側の4つの原子ATOMhb2 、ATOMhb1 、ATOMhb3 およびATOMhb4 のねじれ角とコネクター側の4つの原子ATOMcon2、ATOMcon1、ATOMcon3およびATOMcon4のねじれ角の差を示すものである。
T値=Thb−Tcon 式(2)
(式中、ThbはATOMhb2 、ATOMhb1 、ATOMhb3 およびATOMhb4 のねじれ角を、Tcon はATOMcon2、ATOMcon1、ATOMcon3およびATOMcon4のねじれ角を表す。)
T値が小さい程、それぞれの4原子の位置関係が類似していることになる。
【0049】
D値の限界値およびT値の限界値は、ユーザーが自由に選択することができるが、D値が2〜5オングストロームの範囲で、T値が10〜20°の範囲であると、精度よくかつ効率的に適切なコネクターを選択できるので好ましい。
次に、C8において、フラグメント集団を用意する。フラグメントとは、コネクターを作成するための部分構造をいうものとする。フラグメントとしては、
4価の炭素(SP3 のC)等の原子、およびベンゼン環、エチレン、カルボニル、シクロヘキサン等の官能基を使用してよい。
【0050】
次いで、C9において、コネクター内の回転可能な結合の回転様式を設定する。大抵の場合、コネクター内には回転可能な結合が存在するので、それらを系統的に回転させることにより、官能基間にうまく嵌め込めるコネクターのコンホメーションを見出すことができる。例えば、回転可能な単結合の場合には、20°〜60°のステップでねじれ角を系統的に変化させる回転様式を設定し、回転可能な結合が環構造内にある場合には、可能な種々の環構造を順次ファイルから入力できるように設定することができる。
【0051】
次に、C10において、C8で用意したフラグメント集団のフラグメントをすべて組み合わせて種々の長さのコネクターを作成し、これらを保存したテーブルを用意する。テーブルとしては、短いコネクターを保存する環発生用コネクターのテーブルおよび長短様々のコネクターを保存する官能基結合用コネクターのテーブルの2種を用意することが好ましい。例えば、環発生用コネクターは1〜3原子からなり、官能基結合用コネクターは1〜10原子からなる。
【0052】
次に、C11において、結合最小原子数を算出する。結合最小原子数とは、官能基間をSP3 の炭素原子で鎖状につなげていった場合、つなげることができる最小の炭素原子数をいう。
次いで、C12において、許容結合原子数を指定する。以下の操作において、結合最小原子数より許容結合原子数の数だけ原子数の多いコネクターを選択し、官能基をつなげることとなる。許容結合原子数は、通常、2〜6個が好ましい。
【0053】
C13において、構成する原子数が結合最小原子数と結合最小原子数+許容結合原子数の間にあるコネクターの1つを選択する。
C14において、コネクター内の回転可能な結合をC9で設定した回転様式に従って回転させる。回転させる度に、以下のC15〜C19の操作を繰り返すことにより、コネクターの適切なコンホメーションを見出すことができる。ただし、ATOMcon1とATOMcon2の結合およびATOMcon3とATOMcon4の結合は回転させないこととする。
【0054】
次に、C15において、D値およびT値を算出する。D値は上記の式(1)から、T値は上記の式(2)から算出することができる。
但し、官能基側のATOMhb1 および ATOMhb3の原子座標としては、既知のリガンド分子が単独の場合には、C1で入力した原子座標を使用し、既知のリガンド分子が複数の場合は、分子重ね合わせを行った分子のうちの一つの分子中のATOMhb1 および ATOMhb3に対応するそれぞれの原子の位置を原子座標として使用する。あるいは、それぞれの分子中のATOMhb1 および ATOMhb3に対応するそれぞれの原子の重心の位置を原子座標として使用してもよい。他にも、同等の効果が期待される位置があれば、順次それらの原子座標に置換できるようにしてもよい。例えば、C1で複数の既知のリガンド分子の原子座標を入力した場合には、各々の既知のリガンド分子中のATOMhb1 および ATOMhb3の原子座標に順次置換するようにしてもよい。
【0055】
次いで、C16において、C15で算出したD値およびT値がC7で設定した限界値よりも小さいか否かを判定する。このD値およびT値の両方が限界値よりも小さい場合には、以下のC17のステップに進み、それ以外の場合には、C21のステップへ飛ぶ。すなわち、D値およびT値の両方が限界値よりも小さい場合には、コネクターは官能基をつなぐのに適したコンホメーションをとっているとみなすのである。
【0056】
次に、C17において、コネクターを構成する原子の情報(原子の種類と原子座標、およびダミー原子の原子座標)を保存する。
次いで、C18において、コネクターを官能基間に嵌め込む。具体的には、コネクター側のATOMcon1、ATOMcon2、ATOMcon3およびATOMcon4をそれぞれ官能基側のATOMhb1 、ATOMhb2 、ATOMhb3 およびATOMhb4 に重ね合わせるようにして、コネクターを構成する原子の座標を置き換えることにより、官能基間をコネクターでつなぐことができる。
【0057】
C19において、官能基に結合手が残っている場合には、C11〜C18と同様の操作を行って、結合手の残っている官能基と水素を付加することができる原子間を環発生用コネクターでつなぐことにより環構造を導入する。この操作を環発生用コネクターのテーブルの中に保存されているすべてのコネクターについて繰り返す。また、結合手の残っている官能基と水素を付加することができる原子のすべての組み合わせについて上記の操作を行う。
【0058】
次いで、C20において、C11〜18と同様の操作を行って、コネクター中の水素を付加することができる2個の原子間を環発生用コネクターでつなぐことにより環構造を導入する。この操作を環発生用コネクターのテーブルの中に保存されているすべてのコネクターについて繰り返す。また、コネクター中の水素を付加することができる原子の組み合わせのすべてについて上記の操作を行う。
【0059】
このように、環構造を導入することにより、リガンド分子の構造は安定化し、また、リガンド分子のバラエティに富んだ構造が作成される。
上記のC19および20の操作は、1〜4回繰り返してもよい。
C21において、官能基の原子座標を変えるか否かを選択する。官能基の原子座標を変えない場合には、以下のC22のステップに進むが、変える場合には、C15のステップに戻り、官能基の新たな原子座標を用いてD値およびT値を算出し、C16〜C21の操作を繰り返す。
【0060】
次いで、C22において、コネクター内の回転可能な結合をすべて回転させたか否かを判定する。回転可能な結合をすべて回転させた場合には、以下のC23のステップに進むが、回転させていない場合には、C14のステップに戻り他の回転可能な結合を回転させる。
C23において、構成する原子数が結合最小原子数と結合最小原子数+許容結合原子数の間にあるコネクターのすべてを選択したか否かを判定する。コネクターのすべてを選択した場合には、以下のC24のステップに進むが、すべてを選択していない場合には、C13のステップに戻り未選択のコネクターを選択する。
【0061】
C24において、コネクターを結合させる2個の原子の組み合わせのすべてを選択したか否かを判定する。コネクターを結合させる2個の原子の組み合わせのすべてを選択した場合には、以下のC25のステップに進むが、すべてを選択していない場合には、C6のステップに戻り未選択の2個の原子の組み合わせを選択する。この判定により、C5で設定した2個の原子の組み合わせのすべてが選択されることになる。
【0062】
次に、C25において、各官能基間に嵌め込まれたコネクターを組み合わせることにより、新たなリガンド分子の骨格を形成する。
C26において、類似構造を有するリガンド分子骨格を除去する。例えば、C25で形成されたすべてのリガンド分子骨格の構造の最少自乗重ね合わせを行い、最少自乗残差が一定値以下のものを類似構造として除去することができる。上記のステップで形成された多数のリガンド分子骨格は本質的に同じ構造に属するものが異なる経路として登録されてしまうことが起こり得る。そこで、上記のステップで得られた最初のリガンド分子骨格をリガンド分子骨格の類似性を判断する基準となる鋳型とし、2番目以降に得られるリガンド分子骨格を最少自乗重ね合わせにより順次重ね合わせていき、最少自乗残差が一定値以下のものは除去し、一定値以上のものは鋳型として登録し、鋳型グループを作成する。この鋳型グループを構成するリガンド分子骨格は互いに非類似である。
【0063】
次に、C27において、上記の操作で作成された全リガンド分子骨格のうちのひとつを選択する。
C28において、リガンド分子骨格中の原子価の満たされていない原子に、結合距離および角度を算出して水素原子を付加する。原子価の満たされていない原子が存在しない場合には、このステップは省略される。
【0064】
次いで、C29において、リガンド分子構造の制限付き構造最適化を行う。
上記の操作で作成した新しいリガンド分子は、官能基間にコネクターを嵌め込むことによって作成されたために、構造に多少の歪みが出てくる。そこで、官能基間の位置や方向が維持されるように制限付きの構造最適化を行うことか好ましい。制限付き構造最適化は、プログラムAMBER (S.J. Weiner, et al., (1984), J. Am. Chem. Soc., 106, 765-784)を用いたMM計算により行うことができる。
【0065】
その後、C30において、リガンド分子の構造が受容体の内孔内におさまるか否かを判定する。この判定には、三次元格子点情報を用いることができる。リガンド分子を構成する各原子に最も近い三次元格子点がリガンド分子によって占有可能であるならば、リガンド分子の構造が受容体の内孔内におさまると判定することができる。
【0066】
リガンド分子の構造が受容体の内孔からはみ出ていない場合には、以下のC31のステップに進み、内孔からはみ出ている場合には、C32のステップへ飛ぶ。
次いで、C31において、リガンド分子構造を出力する。
C32において、全リガンド分子骨格が選択されたか否かを判定する。全リガンド分子骨格が選択されていない場合には、C27に戻り未選択のリガンド分子骨格を選択して、C28〜C32を操作を繰り返す。
【0067】
さらに、C33において、C4で抽出した官能基を同等の相互作用をする官能基と置換するか否かを選択する。官能基を置換する場合には、C4のステップに戻り新たな官能基について、C5〜C33の操作を繰り返す。置換可能な官能基は、表1に示したとおりである。
なお、受容体とリガンドの複合体の構造が解明されている場合には、上記の実施例のR1〜R15、およびC1〜C4のステップに代えて、既知の受容体の構造に基づいて、受容体の内孔内に作成した三次元格子点の情報を算出し、かつ、受容体と直接に相互作用しているリガンド分子の官能基を抽出し、その官能基の構造座標を設定する以外は、実施例と同じ処理ステップを行うことによりリガンドの分子構造を構築することが可能である。
【0068】
また、受容体単独の立体構造が解明され、薬物結合部位の環境がわかっている場合には、上記の実施例のR1〜R15、およびC1〜C4のステップに代えて、受容体の内孔内に作成した三次元格子点の情報を算出し、かつ、受容体に存在する官能基と相互作用できる2個以上の官能基の種類と座標をユーザが設定する以外は、実施例と同じ処理ステップを行なうことにより、リガンド分子の分子構造を構築することが可能である。
【0069】
〔例〕
本発明の方法を、TPA、テレオシジン(teleocidin)B−4、アプリシアトキシン(aplysiatoxin)およびタプシガルギン(thapsigargin)からなる発癌プロモーターの系に適用してみた。これらの発癌プロモーターは化学構造が大きく異なるにもかかわらず、同一受容体に結合すると考えられている。本発明の方法に従って、上記の4種の発癌プロモーターの構造をもとにして官能基を抽出し、抽出した官能基をコネクターでつないでいくことにより、これらの発癌プロモーター作用を有する既知の化合物の分子構造が構築されれば、本発明の方法の有効性が実証される。
【0070】
TPA、テレオシジン、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの化学構造を図6に示す。
まず、TPA、テレオシジン、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの各分子の重ね合わせをRECEPSを用いて行い、得られた重ね合わせ構造を基に受容体モデルを構築した。TPA、テレオシジン、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの原子座標としては、ケンブリッジ結晶構造データベース(CCSD)から得られる値を用いた。三次元格子点の間隔は0.5オングストロームとした。
【0071】
また、RECEPSのR5のステップにおいては、自動重ね合わせを行うこととした。R10のステップにおいて、分子形状、静電ポテンシャル、疎水性部分の一致のよい重ね合わせ構造を選択して重ね合わせモデルを最適化した。さらに、R13のステップで、水素結合サイトとしてOH基(水素供与性官能基)とC=O基(水素受容性官能基)を選択した。図7に、RECEPSを用いた重ね合わせにより得られた各分子の立体構造を示す。また、RECEPSにより構築された受容体モデルを図8に示す。線図で示されたカゴで囲まれた空間が、リガンド分子に許容されると仮定された空間(受容体の内孔)を示す。図8には、ダミー原子を付加したリガンド分子の官能基(C=O基とOH基)も示されている。
【0072】
次いで、CONNECTORにより、リガンドの分子構造を構築した。C4のステップにおいては、OH基(水素供与性官能基)とC=O基(水素受容性官能基)を抽出した。C7のステップにおいて、D値の限界値を3オングストロームに、T値の限界値を20°に設定した。C8のステップでは、フラグメント集団として、4価の炭素、ベンゼン環、エチレン、アミド(−NHCO−)、シクロヘキサンを用意した。C9のステップにおいて、コネクター内の回転可能な単結合を0〜360°の範囲で30°ずつ回転させるように結合の回転様式を設定した。また、C15のステップにおいて、官能基側のATOMhb1 およびATOMhb3 の原子座標としては、分子重ね合わせを行った分子のうちTPA分子中のATOMhb1 およびATOMhb3 に対応するそれぞれの原子の位置を原子座標として使用した。
【0073】
なお、C21のステップで官能基の座標を変えず、また、C33のステップで同等の相互作用をする官能基への置換を行わなかった。
その結果、約200個の分子構造が得られた。その1部の分子構造を図9に示す。これらの分子構造には、TPA(Hecker, 1. Carcinogenesis: A Comprehensive Survey, Mechanisms of Tumor Promotion and Carcinogenesis, edited by T.J. Slaga, A. Sivak and R.R. Boutwell, (1978) p.11-78) と同じ骨格を有する分子構造A、大野、遠藤ら(M. Ohno, Y. Endo, M. Hirano, A. Itai, K. Shudo (1993) Tetrahedron Letters, in press)により発癌プロモーター作用が確認されている8員環ベンゾラクタムと類似の骨格を有する分子構造B、遠藤ら(Oxygenated Cholesterol as Ligands for Cytosolic-Nuclear Tumor Promoter: Yakkasterol, Y. Endo, Y. Hashimoto, H. Fukasawa, K. Shudo, B.B.R.C, 194, 1529-1935, (1993)) により発癌プロモーターの受容体との結合が確認されているヤッカステロールと類似の骨格を有する分子構造Cが含まれている。従って、その他の化合物およびその誘導体がTPA等と同等またはそれ以上の発癌プロモーター作用を示す可能性は極めて高い。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、本発明の方法の一例における主要なステップを模式的に示したものである。
【図2】図2は、CONNECTORを用いた本発明の方法の一実施態様のフローチャートの一部を示す。
【図3】図3は、CONNECTORを用いた本発明の方法の一実施態様のフローチャートの一部を示す。
【図4】図4は、CONNECTORを用いた本発明の方法の一実施態様のフローチャートの一部を示す。
【図5】図5は、RECEPSを用いた分子重ね合わせ法とレセプタマッピングのフローチャートの一部を示す。
【図6】図6は、テレオシジンB−4、TPA、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの化学構造を示す。
【図7】図7は、RECEPSによる重ね合わせにより得られたテレオシジンB−4、TPA、アプリシアトキシンおよびタプシガルギンの立体構造を示す。
【図8】図8は、三次元格子点を用いて表現した発癌プロモーターの受容体モデルを示す。
【図9】図9は、本発明の方法により構築された発癌プロモーターの受容体のリガンドの分子構造の一部を示す。
Claims (7)
- 生理活性を有するリガンドの分子構造を構築する方法であって、(i) 受容体と相互作用できる位置に2個以上の官能基を配置する工程、 (ii) 前記 (i) の工程で配置した官能基を構成する原子の中からコネクターでつなぐべき2個の原子の組み合わせを設定する工程、 (iii) 2以上のフラグメントを組み合わせることによりコネクターを作成し、これらを保存したテーブルを作成する工程、 (iv) 前記(iii) の工程で作成したコネクターのテーブル中から、前記 (ii) の工程で組み合わせを設定した2個の原子間をつなぐコネクターを選択する工程、 (v) 前記 (iv) の工程で選択したコネクター内の回転可能な結合を回転させ、コネクターの適切なコンホメーションを見出す工程、および(vi) 前記 (ii) の工程で組み合わせを設定した2個の原子間を前記 (iv) の工程で見出した適切なコンホメーションをとるコネクターでつなぐ工程、を含む方法。
- (vi) の工程の後に、官能基に結合手が残っている場合には、結合手が残っている官能基と、水素を付加することができる原子との間を新たなコネクターでつなぐことにより環構造を導入する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
- (vi) の工程の後に、コネクター中の水素を付加することができる2個の原子間を新たなコネクターでつなぐことにより環構造を導入する工程をさらに含む、請求項1記載の方法。
- 既知リガンド分子の原子座標を入力し、前記リガンドの分子構造から官能基を抽出することにより、受容体と相互作用できる位置に2個以上の官能基を配置する、請求項1に記載の方法。
- 既知の2以上のリガンド分子の原子座標を入力し、前記2以上のリガンド分子の重ね合わせに基づいて該リガンド分子に共通な特徴を抽出し、それに基づいて該リガンドの分子構造から官能基を抽出することにより、受容体と相互作用できる位置に2個以上の官能基を配置する、請求項1に記載の方法。
- (i) の工程で配置した2つの官能基を同等の物理化学的性質を有する官能基で置換して(ii) 〜 (vi) の工程を行なうことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
- (i) の工程で配置した2つの官能基の座標を同等な効果をもつと推定される座標に置換して(ii) 〜 (vi) の工程を行なうことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
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