JP2023060362A - 多焦点ソフトコンタクトレンズ - Google Patents

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【課題】近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために有効なコンタクトレンズを得ることを目的とする。【解決手段】近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために用いられる多焦点ソフトコンタクトレンズであって、遠方視用である第1のレンズ度数を有する中央領域と、該中央領域の外側に配置される、第2のレンズ度数を有する周辺領域とを有する光学部を備え、該光学部における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%~100%である、多焦点ソフトコンタクトレンズを提供する。【選択図】 図3

Description

本発明は、近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために用いられる多焦点ソフトコンタクトレンズに関する。
近視の頻度には人種差がある。特にアジア人に多く、中でも日本人は近視の多い人種であり、-6D(ディオプター)以上の強度近視の割合も高い。また近年、近視は世界的に増加の一途をたどっており、日本でも裸眼視力1.0未満の児童の割合が年々増加している。また近視は7歳から12歳の学童期に急激に進行することも知られている(非特許文献1)。
近視はその発症機序により屈折性近視、調節性近視(仮性近視)及び軸性近視に分類されるが、学童期における近視進行は主として軸性近視である。人間の眼は、誕生直後は遠視であり、成長期の眼軸伸展により遠視の程度が小さくなり、学童期に入ると正視化する。この正視化現象後の眼軸伸展はそのまま近視化に繋がり、そして一度伸展した眼軸長をもとに戻すことはできない。したがって、成長期から学童期に亘る期間の眼軸伸展の抑制が近視予防又は処置のために有効であると考えられている(非特許文献2)。また、成長期だけでなく成人においても眼軸は伸展する。成人の眼軸伸展は様々な眼疾患のリスクファクターであると言われており、過度の眼軸伸展の結果である強度近視は、合併症として白内障、緑内障、網膜剥離、網膜症、黄斑症、脈絡膜新生血管、後部ぶどう腫又は視神経症等の眼疾患の危険性を高める(非特許文献2)。したがって、眼軸伸展の抑制は近視予防によるQOL改善をもたらすだけでなく、失明に至る重篤な眼疾患の予防に繋がり得る。
この近視進行(過度の眼軸伸展)に対する抑制について、様々な方法が検討されている。これらの眼軸伸展抑制に関する過去の臨床研究結果をメタ解析したところ、アトロピン点眼、ピレンゼピン眼軟膏、オルソケラトロジー、周辺部デフォーカス型眼鏡、累進多焦点眼鏡の順で眼軸長において統計的に有意な抑制効果を示した。しかしながら、アトロピン点眼にみられる副作用や、オルソケラトロジー等における費用負担の問題や手段の煩雑さ、そして眼鏡装用では効果が限定的である等、解決しなければいけない点が残されている(非特許文献3)。
また、この近視進行(眼軸伸展)のリスクファクターに関する研究が進んでおり、年齢、性別、遺伝、社会・生活環境等が眼軸伸展と相関があると言われている(非特許文献4を参照)。特に近業作業(読み書き、VDT(Visual Display Terminals)作業)の増加とそれに伴う調節ラグの発生と日光(特に360~400nmのバイオレットライト)暴露不足が、眼軸伸展のリスクファクターとして注目されつつある(非特許文献5を参照)。また、単焦点レンズにて近視を完全矯正すると、網膜周辺部において焦点のズレ(周辺部デフォーカス)が生じ、その周辺部デフォーカスが眼軸伸展のシグナルになっていると言われ、近視はさらに進行することとなる。現代日本社会において、勉強、読書、VDT作業等の屋内が主のライフスタイルを改めさせることは難しく、そのような近業作業が多く、バイオレットライト暴露に乏しい生活環境下でも近視進行を抑制する方法が求められている。
近年、コンタクトレンズにより近視進行を抑制する方法が検討されており、多焦点ソフトコンタクトレンズにて調節ラグや周辺部デフォーカスが除去され、眼軸伸展が抑制されるとの報告がある。しかしながら、既存の多焦点ソフトコンタクトレンズでは近視進行抑制効果は十分でないことに加え、多焦点故の高次収差による見え方の質(QOV:Quality of Vision)の低下が避けられない(非特許文献6を参照)。これまでの多焦点ソフトコンタクトレンズの課題である見え方の質や光学的安定性を改善した近視予防用多焦点ソフトコンタクトレンズが求められている。
また、近年眼の紫外線暴露による障害が問題視されており、多くのコンタクトレンズにはUV吸収剤が含有されている(非特許文献7)。UV吸収剤は有害な紫外線をカットする点では有益であるものの、紫外線近傍(380nm近傍)の可視光(バイオレットライト)までも過剰にカットしており、このことが近視の進行を助長しているとも言われている。近視の予防のためにはバイオレットライトの十分な暴露が重要であり、UV吸収剤の種類や含有量を適切に調整することが必要である。
川崎 良、大野 京子著、「増加する近視・強度近視」、医学のあゆみ、2015年、Vol.253、No.2、p.159-161 鳥居 秀成著、「エイジングからみた強度近視」、2016年、眼科、Vol.58、No.6、p.635-641 長谷部 聡著、「学童期における近視進行・眼軸延長抑制のストラテジー」、医学のあゆみ、2013年、Vol.245、No.10、p.880-884 Tai Liang Lu et al., "Axial Length and Associated Factors in Children: The Shandong Children Eye Study″ Ophthalmologica, 2016, Vol.235, p.78-86 坪田 一男著、「あなたのこども、そのままだと近視になります。」、ディスカヴァー・トゥエンティワン出版、2017年2月 二宮 さゆり著、「CLによる近視進行防止」、MB OCULL、2013年、No.4、p.67-74 Linda Moore et al., "Ultraviolet (UV) transmittance characteristics of daily disposable and silicone hydrogel contact lenses.″ Contact Lens & Anterior Eye, 2006, Vol.29, p.115-122
本発明は、近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために有効な多焦点コンタクトレンズを提供することを目的とする。
近視の発症には環境因子と遺伝的要因が関連することは広く知られている。最近では、屋外での生活や活動が減少し、室内での生活や活動が増えていることや、スマートフォン、ゲーム機、パーソナルコンピューター、液晶テレビ等の普及により子供から高齢者まで幅広い年齢層でそれらを長時間使用する生活環境になっており、近視化をもたらす近業作業の増加と屋内作業によるバイオレットライト暴露不足は悪化の一途を辿っている。このような背景から、近視予防に繋がる方法が強く求められている。
本発明の目的は、近視若しくは眼疾患の予防又は処置のために有効な多焦点コンタクトレンズを提供することである。特に、近視が発症・進行する成長期の子供や若年層、さらには、白内障、緑内障、網膜剥離、網膜症、黄斑症、脈絡膜新生血管、後部ぶどう腫又は視神経症等の眼疾患のリスクが高まる中高年層に効果的である多焦点コンタクトレンズを提供することにある。
上記課題を解決するために、本発明者等が種々検討した結果、バイオレットライトを充分に透過し、中央領域が遠用の多焦点ソフトコンタクトレンズを装用することにより、眼軸伸展を抑制し近視の進行が抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、下記に掲げるソフトコンタクトレンズを提供する。
[1]近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために用いられる多焦点ソフトコンタクトレンズであって、
遠方視用である第1のレンズ度数を有する中央領域と、
該中央領域の外側に配置される、第2のレンズ度数を有する周辺領域とを有する光学部を備え、
該光学部における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%~100%である、多焦点ソフトコンタクトレンズ。
[2]前記レンズの動摩擦係数が、0.1~2.4である、[1]に記載の多焦点ソフトコンタクトレンズ。
[3]前記レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が、3~5gである、[1]又は[2]に記載の多焦点ソフトコンタクトレンズ。
[4]前記レンズの素材が、シリコーンハイドロゲル又は非シリコーンハイドロゲルである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の多焦点ソフトコンタクトレンズ。
[5]前記シリコーンハイドロゲルが、コムフィルコン(comfilcon)、エンフィルコン(enfilcon)、アスモフィルコン(asmofilcon)、デレフィルコン(delefilcon)、エフロフィルコン(efrofilcon)、サムフィルコン(samfilcon)、ファンフィルコン(fanfilcon)、ステンフィルコン(stenfilcon)、ソモフィルコン(somofilcon)、ナラフィルコン(narafilcon)、ガリフィルコン(galyfilcon)、及びセノフィルコン(senofilcon)からなる群より選択される少なくとも1種である、[4]に記載の多焦点ソフトコンタクトレンズ。
[6]前記非シリコーンハイドロゲルが、メタフィルコン(methafilcon)、オマフィルコン(omafilcon)、テトラフィルコン(tetrafilcon)、オキュフィルコン(ocufilcon)、ネルフィルコン(nelfilcon)、ネフィルコン(nefilcon)、フェムフィルコン(phemfilcon)、ポリマコン(polymacon)、ヒラフィルコン(hilafilcon)、ネソフィルコン(nesofilcon)、及びエタフィルコン(etafilcon)からなる群より選択される少なくとも1種である、[4]に記載の多焦点ソフトコンタクトレンズ。
本発明により、近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために効果的な多焦点ソフトコンタクトレンズが提供される。
図1は、本発明の一実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズの構成を示す図である。 図2は、本発明の他の実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズの構成を示す図である。 図3は、本発明に係る実施例と、比較例における動摩擦係数評価試験の結果を示すグラフである。 図4は、本発明に係る実施例と、比較例における圧縮強度評価試験の結果を示すグラフである。 図5は、本発明に係る実施例と、比較例における光線透過率評価試験の結果を示すグラフである。 図6は、本発明に係る実施例と、比較例における近見側の調節微動の評価試験を示すグラフである。
以下、本発明の実施形態に係る多焦点コンタクトレンズの一例を、図を参照しながら説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではない。また、図1~図2において、図面の寸法比と実際の寸法比とは、必ずしも一致しておらず、また、各図面の間での寸法比も、必ずしも一致していない。
図1では、本発明の一実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズの概略構成を示している。本発明の一実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は光学部2とエッジ部5とを備えている。光学部2は、所定の屈折度数を有するように構成されている。エッジ部5は、多焦点ソフトコンタクトレンズを装用した場合に、眼球への接触性に関係する。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、直径φ7~18mmとなるように形成されており、好ましくは、直径φ10~16mm、更に好ましくは、直径φ12~15mm、特に好ましくは、直径φ13~14.5mmとなるように形成されている。また、光学部2は、直径φ5~16mmとなるように形成されており、好ましくは、直径φ8~14mm、更に好ましくは、直径φ10~13mm、特に好ましくは、直径φ11~13mmとなるように形成されている。
また、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、円盤状の部材で構成されており、眼球への装用面が凹状に形成されている。なお、別の実施形態においては、多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、楕円形等の部材により構成されていてもよい。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1では、光学部2は、中心から順に、中央領域3、及び周辺領域4が同心円状に形成されている。
中央領域3は、遠方視用である第1のレンズ度数を有する。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1では、中央領域3を通って眼内に入射する遠方からの光線が、第1のレンズ度数によって網膜上に焦点を形成する。
中央領域3は、遠方を見るために用いられる領域であり、多焦点ソフトコンタクトレンズ1の中心に円上に形成されている。中央領域3の径は、適切に近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置することの観点から、半径0.5~3.5mmとなるように形成されている。
中央領域3では、遠方から入射する光線が網膜上に適切に焦点を形成できる観点から、所望の屈折度数(遠用度数、マイナスディオプター)が用いられている。この屈折度数は、通常のソフトコンタクトレンズで用いられている遠用度数と同様にして設定される。
中央領域3における屈折度数は、遠方視を明瞭とすることの観点から、光線入射高が0~1.5mmの範囲における球面収差の変化量(最大値と最小値との差)が、0.3mm以内となるように設定されることが好ましい。
周辺領域4は、第2のレンズ度数を有し、中央領域3の外側に配置されている。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1では、周辺領域4を通って眼内に入射する光線が、第2のレンズ度数によって網膜上に焦点を形成する。
周辺領域4では、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制効果を発揮する観点から、第1のレンズ度数に対して所望の加入度数が用いられている。加入度数は、0.5~3.0D(ディオプタ)が好ましく、0.5~2.5Dがより好ましく、0.5~2.0Dが更に好ましく、0.5~1.5Dが特に好ましい。第2のレンズ度数に用いられる加入度数は、装用者における周辺部デフォーカスの症状等により適宜設定される。
周辺領域4は、入射する光線が網膜上に適切に焦点を形成できる観点から、所定の幅が設定されている。周辺領域4の幅は、限定はされないが、0.2~3mmとなるように形成されており、好ましくは、0.5~2mmとなるように形成されている。
周辺領域4における第2のレンズ度数は、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制効果を発揮する観点から、光線入射高が2.5~3.5mmの範囲における球面収差の変化量(最大値と最小値との差)が、0.5mm以内となるように設定されることが好ましい。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、光学部2における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%~100%である。限定はされないが、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、光学部2における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が80%~100%であることが好ましく、90%~100%であることが更に好ましく、95%~100%であることが更により好ましく、96.5%~100%であることが特に好ましい。本明細書において、「波長360nmから400nmにわたる」とは、「波長360nmから400nmの全波長域において」と同義である。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、光学部2における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が高く設計されているため、バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させることが可能となる。このため、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、眼軸伸展を抑制させ、近視の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。また、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、眼軸伸展を抑制させることにより、過度の眼軸伸展の結果である強度近視を抑制し、合併症としての緑内障、網膜剥離、網膜症、黄斑症、脈絡膜新生血管、後部ぶどう腫又は視神経症等の後眼部疾患の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。
本明細書において、ソフトコンタクトレンズの波長360nmから400nmにわたる光線透過率は、ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存する。そのコンタクトレンズの余分な水分を拭い、コンタクトレンズホルダーにセルを保持させ、TOPCON社製、TM-1分光透過率計を用いて測定する。次に、波長5nm間隔の透過率をPCに出力し、それら各透過率の平均値を360nmから400nmにわたる光線透過率として計算し、近視の進行予防をもたらすことが知られているバイオレットライト暴露量の指標とする。
なお、波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%以上となる限りにおいて、紫外線吸収剤等のバイオレットライトの透過性に関わる成分を含有していてよい。本発明の効果を顕著に奏する観点から、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、紫外線吸収剤を含有していないことが好ましい。
光学部2における波長360nmから400nmにわたる光線透過率を高めるために、多焦点ソフトコンタクトレンズ1は無色であることが好ましいが、光学部2における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%以上となる限りにおいて、コンタクトレンズとして必要な着色剤を含んでいてもよい。このような着色剤としては、例えば、フタロシアニン系着色剤等が挙げられる。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、その動摩擦係数が、0.1~2.4となるように形成されていることが好ましく、0.1~2.0がより好ましく、0.1~1.5がより好ましく、0.1~1.0が更に好ましく、0.1~0.8が特に好ましく、0.1~0.7が最も好ましい。バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させ、且つ、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制効果を発揮するために、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1が適切に眼球の動きや瞬きの動きに合わせて移動し、光軸が安定することが求められる。
ソフトコンタクトレンズ装用時において、レンズと角膜は同心円状にあること(センタリング)が最適であるが、レンズの許容される動きについては、レンズ物性によって異なり、柔らかいレンズであれば動きは小さくてよく、逆に硬いレンズであればある程度の動きがないと角結膜障害を惹起する。
網膜周辺部デフォーカスを除去するための多焦点ソフトコンタクトレンズの場合、光軸の安定性が決定的に重要であり、このセンタリングと、レンズの動きの調整がより厳密に求められることになる。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1を形成する素材が、シリコーンハイドロゲルである場合、長期間の装用が求められる近視の進行予防を目的とした多焦点ソフトコンタクトレンズとして好適であるものの、第一世代のシリコーンハイドロゲルソフトコンタクトレンズにおいては、そのレンズ物性(硬さ、摩擦の高さ)故に角結膜障害を避けるためにある程度の動きを許容するしかなく、近視予防用ソフトコンタクトレンズとしては光軸の安定性が不十分な場合がある。このような硬くて摩擦の高いソフトコンタクトレンズをタイトフィッティングとすることで光軸を安定化することは可能であるものの、硬くて滑りの悪い(摩擦の高い)ソフトコンタクトレンズが角結膜に密着することで角結膜に障害を及ぼし得るため、シリコーンハイドロゲルソフトコンタクトレンズを近視予防多焦点CLとして用いる場合には、特に一定の柔らかさ(レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度)と動摩擦係数の低さを確保することが好ましい。
本実施形態において、ソフトコンタクトレンズの動摩擦係数は、以下のプロトコールに従い測定される。
ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存する。その後、摩擦感テスター(Tribomaster TL201Ts、トリニティラボ社製)の接触子にソフトコンタクトレンズを接着させる。一方、人工皮革を摩擦感テスターの移動テーブルに張り付け、人工皮革上に生理食塩水15mLを、接触子が移動しうる全面に充分に行き渡るように広げる。つぎに測定ユニットに50gの錘を装着する。ソフトコンタクトレンズを接着させた接触子を、測定ユニットに取り付け、人工皮革上に2.0mm/秒の速度で移動させる。1秒あたり100回、20秒間測定を行う。移動開始から10秒後の動摩擦係数から測定前の動摩擦係数を引いた値をそのコンタクトレンズの動摩擦係数(μk)として計算し、瞬目時の眼瞼とコンタクトレンズの引っかかり-光軸のズレ-すなわちコンタクトレンズの光学的安定性の指標とする。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、光軸安定化の観点から、本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1が適度の柔らかさ(レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度)を有することが必要となる。レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が低すぎると、瞬きや眼球の動きによってソフトコンタクトレンズがズレてしまうため光軸が不安定化し、最大値が高すぎるとソフトコンタクトレンズが角結膜に密着することで角結膜に障害を及ぼし得ることから、3~5gであることが好ましく、3~4.5gであることがより好ましく、3~4gであることがより好ましい。
本明細書において、コンタクトレンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値は、測定器:テクスチャーアナライザー(英弘精機株式会社製) TA.XT.plus TEXTURE ANALYSERを用いて、同測定器添付の手順書に従って測定される。具体的には、レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値は、以下の手順により測定される。
ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存する。このコンタクトレンズを生理食塩水で満たしたプラスチックシャーレの底にレンズ前面を上向きに置く。測定器のプローブの中心とコンタクトレンズの中心が一致するように調節し、測定を開始する。
テクスチャーアナライザー TA.XT.plus TEXTURE ANALYSERの設定は以下の通りである。
テストモード:圧縮測定
プローブタイプ:φ10mmシリンダープローブ
Target Mode:Distance
Distance:2.5mm
Triger Type:Auto
Triger Force:0.1g
Test Speed:1.0mm/sec
プローブがコンタクトレンズの頂点を前面から光軸方向へ押し下げ始めてから2.5mm(2.5秒)レンズを押しつぶす際の圧縮強度を測定し、その最大値を圧縮強度最大値として記録する。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1を構成する素材には、種々の重合性レンズ形成調製物が用いられる。このような素材としては、含水素材が好ましく、ハイドロゲルが好適に用いられる。本発明の効果を顕著に奏する観点から、素材は特にシリコーンハイドロゲルが好ましい。シリコーンハイドロゲルは、シロキサンモノマー、オリゴマー又はマクロマーを含む重合性レンズ形成調合物を主成分としている。
非シリコーンハイドロゲルとしては、例えば、米国採用名称(USAN)により、エタフィルコン(etafilcon)、ネルフィルコン(nelfilcon)、オキュフィルコン(ocufilcon)、及びオマフィルコン(omafilcon)を有する含水素材等が挙げられる。これらの素材は、USANにおけるAタイプであっても、B、C、Dタイプ等であってもよい。いくつかの実施形態では、2,3-ジヒドロキシプロピルメタクリレート(GMA)を単独で又はHEMAと組み合わせて含む含水素材を主成分とするハイドロゲルコンタクトレンズであるのが良い。
非シリコーンハイドロゲルとしては、高含水である素材が好ましく、含水率が50%以上である素材がより好ましく、米国食品医薬品局(FDA)のソフトレンズ分類では、グループ2又はグループ4に分類される素材が更に好ましく、メタフィルコン(methafilcon)、オマフィルコン(omafilcon)、テトラフィルコン(tetrafilcon)、オキュフィルコン(ocufilcon)、ネルフィルコン(nelfilcon)、ネフィルコン(nefilcon)、フェムフィルコン(phemfilcon)、ポリマコン(polymacon)、ヒラフィルコン(hilafilcon)、ネソフィルコン(nesofilcon)、及びエタフィルコン(etafilcon)からなる群より選択される少なくとも1種が特に好ましく、メタフィルコン(methafilcon)A、オマフィルコン(omafilcon)A、テトラフィルコン(tetrafilcon)A、及びオキュフィルコン(ocufilcon)Bからなる群より選択される少なくとも1種が最も好ましい。
シリコーンハイドロゲルとしては、例えば、米国採用名称(USAN)により、アクアフィルコン(acquafilcon)、バラフィルコン(balafilcon)、コムフィルコン(comfilcon)、エンフィルコン(enfilcon)、ガリフィルコン(galyfilcon)、レネフィルコン(lenefilcon)、ロトラフィルコン(lotorafilcon)、ロトラフィルコン(lotorafilcon)、及びセノフィルコン(senofilcon)、デレフィルコン(delefilcon)、エフロフィルコン(efrofilcon)、サムフィルコン(samfilcon)、ファンフィルコン(fanfilcon)、ステンフィルコン(stenfilcon)、ソモフィルコン(somofilcon)を有する含水素材等が挙げられる。これらの素材は、USANにおけるAタイプであっても、B、C、Dタイプ等であってもよい。バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させ、且つ、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制効果を発揮するために、シリコーンハイドロゲルは、コムフィルコン(comfilcon)、エンフィルコン(enfilcon)、アスモフィルコン(asmofilcon)、デレフィルコン(delefilcon)、エフロフィルコン(efrofilcon)、サムフィルコン(samfilcon)、ファンフィルコン(fanfilcon)、ステンフィルコン(stenfilcon)、ソモフィルコン(somofilcon)、ナラフィルコン(narafilcon)、ガリフィルコン(galyfilcon)、及びセノフィルコン(senofilcon)からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましく、コムフィルコン(comfilcon)A、エンフィルコン(enfilcon)A、エフロフィルコン(efrofilcon)A、デレフィルコン(delefilcon)A、ナラフィルコン(narafilcon)B、ガリフィルコン(galyfilcon)A、及びセノフィルコン(senofilcon)Aからなる群より選択される少なくとも1種であることがより好ましい。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1を構成する素材として、シリコーンハイドロゲルを用いる場合、光軸安定化の観点から、動摩擦係数の低さと一定の柔らかさ(レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値)とのバランスが重要となる。この場合、適切なバランスは、動摩擦係数が0.1~2、且つ、レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が3~5gであり、好ましくは、動摩擦係数が0.1~1.0、且つ、レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が3~4.5gであり、更に好ましくは、動摩擦係数が0.1~0.7、且つ、レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が3~4gである。
このような、動摩擦係数の低さと一定の柔らかさとのバランスを達成するためには、多焦点ソフトコンタクトレンズ1の素材は、シリコーンハイドロゲルであることが好ましく、米国採用名称(USAN)により、コムフィルコン(comfilcon)、エンフィルコン(enfilcon)、アスモフィルコン(asmofilcon)、デレフィルコン(delefilcon)、エフロフィルコン(efrofilcon)、サムフィルコン(samfilcon)、ファンフィルコン(fanfilcon)、ステンフィルコン(stenfilcon)、ソモフィルコン(somofilcon)、ナラフィルコン(narafilcon)、ガリフィルコン(galyfilcon)、及びセノフィルコン(senofilcon)からなる群より選択される少なくとも1種を用いることが好ましく、コムフィルコン(comfilcon)A、エンフィルコン(enfilcon)A、アスモフィルコン(asmofilcon)A、エフロフィルコン(efrofilcon)A、デレフィルコン(delefilcon)A、ナラフィルコン(narafilcon)B、ガリフィルコン(galyfilcon)A、及びセノフィルコン(senofilcon)Aからなる群より選択される少なくとも1種を用いることがより好ましい。
本実施形態において、多焦点ソフトコンタクトレンズ1を構成する素材は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、含水率が35~70質量%であることが好ましく、38~60質量%であることがより好ましく、45~55質量%であることが更に好ましい。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、適度な含水率となるよう形成されることにより、多焦点ソフトコンタクトレンズ1が適切に眼球の動きや瞬きの動きに合わせて移動し、光軸が安定し得る。
本明細書において、含水率とは、ソフトコンタクトレンズ中の水の割合を示し、具体的には以下の計算式1により求められる。
[式1]
含水率(%)=(含水した水の重量/含水状態のソフトコンタクトレンズの重量)×100
かかる含水率はISO18369-4:2006及び/又は薬食発第0428008号「コンタクトレンズ承認基準の改正について」の記載に従って、重量測定方法により測定される。
本実施形態において、多焦点ソフトコンタクトレンズ1を構成する素材は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、酸素透過係数(Dk値)が115以上であることが好ましく、120以上であることがより好ましく、125以上であることが更に好ましい。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために用いられるため、長期間の装用が求められる。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、高い酸素透過係数を有するよう形成されることにより、長期間の装用に好適となる。
本明細書において、酸素透過係数(Dk値)の測定単位は、(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))である。酸素透過係数(Dk値)は、ISO18369-4:2006及び/又は薬食発第0428008号「コンタクトレンズ承認基準の改正について」の記載に従って、電極法により測定される。
ソフトコンタクトレンズ装用時には、角膜形状によるものだけでなく、コンタクトレンズ前涙液層や、ソフトコンタクトレンズの動き(センタリング)によって高次収差(軽度の不正乱視)が発生し、網膜の結像にボケを生じる可能性がある。水濡れ性が悪い(静的接触角が高い)ために、ソフトコンタクトレンズ前涙液層の安定性が悪く、本来均一な層をなすべきソフトコンタクトレンズ前涙液層が乱れやすく、そのことが輪をかけて高次収差をもたらすことになる。本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、低い静的接触角を有するよう形成されることにより、高次収差の発生が抑制される。
本実施形態において、多焦点ソフトコンタクトレンズ1を構成する素材は、本発明の効果を顕著に奏する観点から、静的接触角が1~50°であることが好ましく、2~30°であることがより好ましく、3~20°であることが更に好ましく、4~17°であることが特に好ましく、5~15°であることが最も好ましい。
本明細書において、静的接触角は、接触角計DM-501(協和界面科学株式会社製)を用い、同接触角計の液滴法の測定手順に従って測定される。具体的には、静的接触角は、以下の手順により測定される。
ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存する。このコンタクトレンズの余分な水分を拭い、測定台の上にレンズ前面を上向きに置く。接触角計の付属シリンジを用いて、生理食塩水を1μLレンズ表面に着滴させ、コンタクトレンズの静的接触角を測定する。
静的接触角の測定条件は以下の通りである。
使用機器:接触角計 Drop Master 500 (協和界面科学)
液滴量:1μl/レンズ1枚
計測時間:着滴から1秒後
接触角計算方法:θ/2法
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1の中心厚みは、本発明の効果を顕著に奏する観点から、0.01~0.20mmであることが好ましく、0.50~1.15mmであることがより好ましい。本明細書において、レンズの中心厚みとは、レンズの光学部2の中心部分(光学中心)の厚みを意味する。
本実施形態に係る多焦点ソフトコンタクトレンズ1は、毎日装用レンズであってもよく、長時間装用レンズであってもよく、毎日使い捨てレンズであってもよい。
別の実施形態において、図2に示すように、多焦点ソフトコンタクトレンズ1の光学部2において、移行領域6を備えていてもよい。
移行領域6は、遠方視用である第1のレンズ度数と、第2のレンズ度数とを滑らかに変化させる領域である。移行領域6は、中央領域3の外側であって、周辺領域4の内側に配置される。限定はされないが、移行領域6は、中央領域3の外周であって、周辺領域4の内周に配置されていてもよい。
移行領域6は、第1のレンズ度数と第2のレンズ度数とが急激に変化せず、良好な視界が得られることの観点から、所定の幅が設定されている。移行領域6の幅は、限定はされないが、0.2~3mmとなるように形成されており、好ましくは、0.5~2mmとなるように形成されている。
[用途]
本明細書において、「近視若しくは後眼部疾患の進行予防の処置」とは、眼軸が伸展しつつある近視眼において、更なる眼軸伸展を抑制することをいう。本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、光学部の中央領域が遠方視用となっており、近眼(眼軸伸展)が進み始めた患者の網膜中心窩でボケなく焦点を結像させるため、光学部の中央領域がマイナスディオプターとなっている。ただ、眼軸が伸展した眼球は前後に長いラグビーボール状となっているため中心窩に焦点を合わせると周辺部では網膜より後ろに焦点がズレることになる。そこで、本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、光学部の周辺領域に、焦点を前にズラすために光学部の中央領域のレンズ度数に加えてプラスの加入度数が入っており、中央領域が遠方視用で周辺領域が近方視用の多焦点ソフトコンタクトレンズと類似の光学特性を有している。
このことにより眼軸が伸展した(しつつある)近視眼において、網膜中心部でも周辺部でも焦点が網膜上に結像することが可能となり、眼軸伸展を助長する網膜周辺部デフォーカスが抑制され、近視の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。また、本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、眼軸伸展を抑制させることにより、過度の眼軸伸展の結果である強度近視を抑制し、合併症としての緑内障、網膜剥離、網膜症、黄斑症、脈絡膜新生血管、後部ぶどう腫又は視神経症等の後眼部疾患の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。
本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、光学部における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が高く設計されているため、バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させることが可能となる。このため、本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、眼軸伸展を抑制させ、近視の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。また、本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズは、眼軸伸展を抑制させることにより、過度の眼軸伸展の結果である強度近視を抑制し、合併症としての緑内障、網膜剥離、網膜症、黄斑症、脈絡膜新生血管、後部ぶどう腫又は視神経症等の後眼部疾患の進行予防又は処置に用いられることが可能となる。
また、「近視若しくは後眼部疾患の進行予防の処置」には、日光暴露(バイオレットライト暴露)の少ない屋内作業や、読み書き、VDT(Visual Display Terminals)作業の多いライフスタイルにおける見る力(視力)を維持することや、現代社会の近視進行を助長するようなライフスタイルにおいても、高品位なQOV(Quolity of Vision)を維持することが含まれる。
また、「近視若しくは後眼部疾患の進行予防の処置」には、多焦点ソフトコンタクトレンズのパッケージ訴求、製品訴求、リーフレット、取扱説明書、あるいは学会発表等において、近視及びそれに付随して発症する合併症の進行予防・治療すること、“眼軸伸展による屈折変化あるいは角膜曲率半径変化の正常化”、“健やかな目の成長サポート”、“成長期の目のサポート”、“視機能の維持”あるいは“目のアンチエージング”に類する言葉を記載・言及することが含まれる。
本明細書において「近視」とは、軸性近視であり、眼軸伸展が原因となって起こる近視を指す。眼軸伸展は、調節麻痺剤や散瞳剤を用いて検出することができる。すなわち、ここで言う近視とは、水晶体や毛様体によってピント調節される分を除いた裸眼本来の焦点のズレによって起こるものであり、調節性近視(仮性近視)のように一時的な目の疲れ(毛様体筋の疲労)を除去すると元に戻る近視とは異なる。したがって、ここで言う近視は、“視機能の低下”、“見る力の低下”、“遠くを見る力の低下”、“遠くのものを見る力の低下”、“目の基本性能の低下”、“本来の視力の低下”あるいは“焦点のズレ”とも定義できる。
「後眼部疾患」とは、硝子体、網膜、脈絡膜、強膜又は視神経における疾患を言い、具体的には、緑内障、網膜剥離、黄斑円孔、中心窩分離症、網膜浮腫、糖尿病網膜症、網膜色素変性症、黄斑浮腫、糖尿病黄斑変性症、近視性黄斑変性、加齢黄斑変性、近視性神経障害を含む。しかしながら、本実施形態はこれらの定義に制限されることはなく、広く眼軸伸展が関連する症状・疾患等に適用可能である。
[製造方法]
本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズとして所望の形状となるよう成形キャビティを有する成形型を用意する。この成形型の成形キャビティ内に、所定の含水素材のモノマー組成物を収容して、型内でモノマー組成物の重合を行い、成形物を得る(モールド法)。更に、必要に応じて、機械的な仕上げ加工を施してもよい(切削加工法)。多焦点ソフトコンタクトレンズの製造方法としては、当業者に従来から公知の各種方法が採用され得るが、生産コストの観点から、モールド法が好ましい。
成形された含水性ポリマーは、成形後、更に、水中に浸漬される(水和処理)。これにより、所定の含水率を有する。更に、成形された含水性ポリマーは多焦点ソフトコンタクトレンズとして生体で利用できるように、必要に応じた滅菌処理等が施される。
成形された含水性ポリマーは、必要に応じて、プラズマガスや紫外線、コロナ放電、エキシマレーザー、電子線等による表面処理や、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリル酸、メトキシトリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ジメチルアクリルアミド等の親水性剤による表面コーティング(親水性化)が施され、水濡れ性等の特性を付与することも可能である。
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
各試験例で用いたコンタクトレンズは以下の通りである。
(実施例1)
商品名:バイオフィニティ(登録商標)マルチフォーカル、(クーパービジョン・ジャパン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:comfilcon A
着色剤:フタロシアニン系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:48%
静的接触角:15°
酸素透過係数(Dk値):128(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.0mm
ベースカーブ:8.6
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.100mm
UV吸収剤:不含有
中央領域の特性:遠方視用
(比較例1)
商品名:ワンデー アキュビュー モイスト(登録商標)、(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ4
USAN:etafilcon A
着色剤:アントラキノン系着色剤
含水素材:2-HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)
含水率:58%
静的接触角:15°
酸素透過係数(Dk値):28(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.3mm
ベースカーブ:8.4
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.084mm
UV吸収剤:ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤
中央領域の特性:近方視用
(比較例2)
商品名:メダリスト マルチフォーカル(登録商標)、(ボシュロム・ジャパン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:polymacon
着色剤:アントラキノン系着色剤
含水素材:2-HEMA
含水率:38.6%
静的接触角:20°
酸素透過係数(Dk値):9(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.5mm
ベースカーブ:8.7
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.100mm
UV吸収剤:不含有
中央領域の特性:近方視用
(比較例3)
商品名:メダリスト(登録商標) プレミア マルチフォーカル、(ボシュロム・ジャパン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ3
USAN:balafilcon A
着色剤:アントラキノン系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:36%
静的接触角:73°
酸素透過係数(Dk値):99(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.0mm
ベースカーブ:8.6
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.090mm
UV吸収剤:不含有
中央領域の特性:近方視用
(比較例4)
商品名:エアオプティクス(登録商標) アクア、(日本アルコン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:lotrafilcon B
着色剤:フタロシアニン系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:33%
静的接触角:18°
酸素透過係数(Dk値):110(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.2mm
ベースカーブ:8.6
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.070mm
UV吸収剤:不含有
中央領域の特性:近方視用
(比較例5)
商品名:ワンデー アキュビュー トゥルーアイ(登録商標)、(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:narafilcon A
着色剤:アントラキノン系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:46%
酸素透過係数(Dk値):100(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.2mm
ベースカーブ:9.0
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.085mm
UV吸収剤:ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤
中央領域の特性:近方視用
(比較例6)
商品名:アキュビュー アドバンス(登録商標)、(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:galyfilcon A
着色剤:ベンゾトリアゾール系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:47%
静的接触角:88°
酸素透過係数(Dk値):60(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.0mm
ベースカーブ:8.7
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.070mm
UV吸収剤:ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤
中央領域の特性:近方視用
[試験例1.動摩擦係数評価試験]
実施例1、比較例1及び3~6に係る各ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存した。その後、摩擦感テスター(Tribomaster TL201Ts、トリニティラボ社製)の接触子にソフトコンタクトレンズを接着させた。一方、人工皮革を摩擦感テスターの移動テーブルに張り付け、人工皮革上に生理食塩水15mLを、接触子が移動しうる全面に充分に行き渡るように広げた。つぎに測定ユニットに50gの錘を装着した。ソフトコンタクトレンズを接着させた接触子を、測定ユニットに取り付け、人工皮革上に2.0mm/秒の速度で移動させた。1秒あたり100回、20秒間測定を行った。移動開始から10秒後の動摩擦係数を測定し、10秒後の動摩擦係数から測定前の動摩擦係数を引いた値をそのコンタクトレンズの摩擦係数(μk)とした。結果を図3に示した。
図3に示す通り、本発明に係る実施例1は、動摩擦係数が0.7未満であり、滑りの良い多焦点ソフトコンタクトレンズであることが認められた。本発明に係る実施例1は動摩擦係数が低いため、角結膜への密着による角結膜障害を起こしにくく、眼球の動きや瞬きに合わせて移動し、光軸が安定することが期待される。光軸が安定することにより、バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させ、且つ、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制させることによる、本発明の多焦点ソフトコンタクトレンズが有する効果を十分に発揮することが期待される。
[試験例2.圧縮強度評価試験]
実施例1、比較例1~4及び6に係る各ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存した。このコンタクトレンズを生理食塩水で満たしたプラスチックシャーレの底に球面レンズ前面を上向きに置いた。以下の測定器のプローブの中心との真下にコンタクトレンズの中心が一致するように調節し、測定を開始した。
測定器:テクスチャーアナライザー TA.XT.plus TEXTURE ANALYSER
測定器の設定は以下の通りである。
テストモード:圧縮測定
プローブタイプ:φ10mmシリンダープローブ
Target Mode:Distance
Distance:2.5mm
Triger Type:Auto
Triger Force:0.1g
Test Speed:1.0mm/sec
プローブがコンタクトレンズの頂点を前面から光軸方向へ押し下げ始めてから2.5mm(2.5秒)レンズを押しつぶす際の圧縮強度を測定し、その最大値を圧縮強度最大値として記録した。結果を図4に示した。
図4に示す通り、本発明に係る実施例1は、コンタクトレンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が、3g以上4g未満であった。レンズ前面からの光軸方向への圧縮強度の最大値が低すぎると、瞬きや眼球の動きによってソフトコンタクトレンズがズレてしまうため光軸が不安定化し、最大値が高すぎるとソフトコンタクトレンズが角結膜に密着することで角結膜に障害を及ぼし得るため、本発明に係る実施例1は、適度の柔らかさを有することが認められた。光軸が安定することにより、バイオレットライトを十分に眼球へ曝露させ、且つ、多焦点構造による調節ラグや周辺部デフォーカスの抑制させることによる、本発明の多焦点ソフトコンタクトレンズが有する効果を十分に発揮することが期待される。
[試験例3.光線透過率評価試験]
実施例1、比較例1~4に係る各ソフトコンタクトレンズをパッケージから取り出し、水気を切った後に、ISO生理食塩水(塩化ナトリウム:0.83w/v%、リン酸水素ナトリウム12水和物:0.5993w/v%、リン酸二水素ナトリウム2水和物:0.0528w/v%)で2回washし、さらに5mlのISO生理食塩水を分注した12well プレート中にレンズを1~3日間室温で保存した。そのコンタクトレンズの余分な水分を拭い、コンタクトレンズホルダーにセルを保持させ、TOPCON社製、TM-1分光透過率計を用いて測定した。次に、波長5nm間隔の透過率をPCに出力し、それら各透過率の平均値を360nmから400nmにわたる光線透過率として計算し、近視の進行予防をもたらすことが知られているバイオレットライト暴露量の指標とした。実施例1と比較例1との対比結果を図5に示した。
図5に示す通り、本発明に係る実施例1は、光学部における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が90%以上であることが確認された。本発明に係る実施例1は、近視の進行予防をもたらすことが知られているバイオレットライト十分に眼球へ曝露させることが可能であるため、眼軸伸展を抑制し、近視の進行予防又は処置に効果を奏することが期待される。
[試験例4.近見側の調節微動の評価試験]
毛様体の調節負荷が大きい場合、眼球の光軸に垂直な方向の機械的張力が発生し、これが眼軸長を伸展させることに繋がり、近視進行の一因となることが機械的張力理論により説明されている。長時間の注視作業などによる毛様体筋の緊張状態は、調節微動高周波成分の出現頻度(HFC:High Frequency Component)値を指標として測定することができる。HFC値は、眼の屈折値を経時的に記録した際に生じる調節微動について、一定の距離を注視した際の高周波数成分の出現頻度を示す値である。高周波数成分は、水晶体の振動、すなわち毛様体筋の震えを示し、高周波成分の出現頻度が上昇するほど、毛様体筋に強いストレスが生じていることとなり、HFC値が高いほど、毛様体筋が緊張し、眼が疲れている状態である。
3名の被験者により、5眼にて評価を行った。各被験者は、1日4時間以上のVDT作業に従事し、自覚症状を訴え、かつ医師により目の疲れを確認された者(年齢:30歳以上40歳未満)である。
被験者の視力やベースカーブに合わせたコンタクトレンズを、測定日の朝に装用させた。コントロールとして加入度数のない単焦点コンタクトレンズ(比較例7)を装用させ、別の日に加入度数(+1.0D)の多焦点コンタクトレンズ(実施例1)を装用させ、それぞれの調節微動の値を比較した。午前中は通常のVDT作業(パソコン画面を見ながらの文字入力作業)を2時間実施させ、眼精疲労を蓄積させた。その後、HFC値を、下記の装置及び条件で、付属の取扱説明書に従い測定した。
装置名:眼調節機能測定ソフトウェア AA-1(株式会社ニデック社製)
加入度数のない単焦点コンタクトレンズを装用したコントロール眼における調節微動平均値に対し、パワーは同じで加入度数+1.0のコンタクトレンズを装用した際の調節微動平均値の抑制率を計算した。
[式2]
近見調節微動における抑制率=(加入のないコントロール眼における調節微動平均値-加入度数+1.0の調節微動平均値)/加入のないコントロール眼における調節微動平均値×100
比較例7は、実施例1と同等のコンタクトレンズ特性であるが、多焦点でなく単焦点である以下のものを用いた。
(比較例7)
商品名:バイオフィニティ(登録商標)、(クーパービジョン・ジャパン株式会社製)
(特性)
ソフトコンタクトレンズ分類:グループ1
USAN:comfilcon A
着色剤:フタロシアニン系着色剤
含水素材:シリコーンハイドロゲル
含水率:48%
静的接触角:15°
酸素透過係数(Dk値):128(cm/秒)・(mLO/(mL・mmHg))
レンズ直径:14.0mm
ベースカーブ:8.6
-3.00ディオプタにおける中心厚み:0.100mm
UV吸収剤:不含有
中央領域の特性:遠方視用
その結果を図6に示す。図6中、縦軸は、上記式2にて算出した、近見調節微動における抑制率(%)を示し、横軸は、被験眼のコンタクトレンズの中心度数を示す。
図6に示す通り、全ての測定において、加入度数+1.0のコンタクトレンズを装用することで調節微動を7.5%~17.2%抑制できることが認められた。本発明に係る多焦点ソフトコンタクトレンズを装用することにより、毛様体の調節負荷を軽減することが可能であるため、眼球の光軸に垂直な方向の機械的張力が発生を抑制することで、近視進行の一因である眼軸長の伸展を抑制することが可能となる。
1…多焦点コンタクトレンズ、2…光学部、3…中央領域、4…周辺領域、5…エッジ部、6…移行領域

Claims (1)

  1. 近視若しくは後眼部疾患の進行予防又は処置のために用いられる多焦点ソフトコンタクトレンズであって、
    遠方視用である第1のレンズ度数を有する中央領域と、
    該中央領域の外側に配置される、第2のレンズ度数を有する周辺領域とを有する光学部を備え、
    該光学部における波長360nmから400nmにわたる光線透過率が70%~100%である、多焦点ソフトコンタクトレンズ。
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