JP2020109064A - 口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させる方法および口腔用組成物 - Google Patents

口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させる方法および口腔用組成物 Download PDF

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【課題】口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させることでう蝕および歯周病などの口腔疾患の発症および進行を抑制し得る、新規な方法および口腔用組成物を提供すること。【解決手段】本発明の一実施形態に係る口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させる方法は、前記病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、前記病原性細菌の活性を低減させる。本発明の一実施形態に係る口腔用組成物は、口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌によって生成される電子伝達物質の生成阻害剤を含有する。【選択図】図3

Description

本発明は、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させる方法および口腔用組成物に関する。
バイオフィルム(biofilm)は、細菌および細菌が産生する粘着性の菌体外多糖体(EPS:Extracellular Polysaccharide Substance)(グリコカリックス(glycocalyx)とも称される。)が固相表面に付着して形成されるフィルム状の集合体であり、口腔内のデンタルプラーク(歯垢)は、唾液を介して生じるバイオフィルムの典型例である。
口腔バイオフィルムは、500〜700種類、またはそれ以上の数の細菌で構成されており、連鎖球菌属(Streptococcus)の細菌は、その代表的な細菌である。なかでもStreptococcus mutans(S. mutans)は、う蝕の原因となる細菌(う蝕原性細菌)のひとつであり、糖を原料としてグリコカリックスを産生し、歯の表面で他の口腔細菌とともにデンタルプラークを形成する。口腔バイオフィルムの内部に存在するS. mutansなどの細菌は、酸素がなくても増殖できる嫌気性細菌であり、このような細菌の多くがう蝕や歯周病などの口腔疾患に関与する病原性細菌である。そのため、口腔バイオフィルムの除去、あるいは口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌(以下、「口腔バイオフィルム内の病原性細菌」とも記載する。)の殺菌が、口腔疾患の発症および進行のリスク低減に重要であるとされている。また、近年、口腔バイオフィルム内の病原性細菌が全身の様々な疾患に関与していることも明らかにされてきており、口腔ケアに対する関心が一層高まっている。
口腔内常在細菌やう蝕原性細菌が歯の表面に形成するバイオフィルムや、歯周病原性細菌等が歯周ポケット内に形成するバイオフィルムでは、病原性細菌を含む複数の微生物が相互に影響を及ぼしあってコミュニティが形成されている。口腔バイオフィルムの形成が進行すると、バイオフィルムの構造がより複雑に変化するため、抗菌剤は口腔バイオフィルムの内部へ浸透しにくくなり、病原性細菌を効果的に殺菌することが難しくなる。
例えば、特許文献1では、炭素数6〜12の中鎖脂肪酸のモノグリセライドと抗菌成分とを併用することにより、従来の抗菌剤では効きにくい口腔バイオフィルムに対して殺菌効果を発揮させ、口腔バイオフィルムを除去することが提案されている。
特許文献2では、細菌同士の情報伝達メカニズムであるクオラムセンシング(quorum sensing)に着目し、S. mutansによる口腔バイオフィルム形成の抑制効果が報告された化合物の構造を基に探索を行い、けい皮酸類縁体を用いることによって口腔バイオフィルムの形成を抑制することが提案されている。
特許第5953608号公報 特許第6389212号公報
特許文献1のような抗菌剤を用いるアプローチでは、標的とする病原性細菌の抗菌剤に対する耐性が強まったり、抗菌剤によって標的外の細菌の代謝活性を高めてしまったりする場合がある。また、新たな耐性菌が出現する可能性を排除することはできず、殺菌効果の維持・継続が難しいという問題がある。実際に、抗菌剤等の薬剤の使用による耐性菌の増加は、病原性細菌に関する最も大きな問題のひとつである。
近年、クオラムセンシングが細菌の種々の機能の制御に関わっていることが明らかになるにつれて、クオラムセンシングの制御方法に関する研究が活発に行われている。クオラムセンシングの制御によって、細菌の病原性の発現を抑制することが期待されるという点で、特許文献2のようなアプローチは有効性が期待される。また、クオラムセンシングの制御において用いられる化学物質は、耐性菌出現のリスクが低いという点もメリットとなり得るが、このことは、クオラムセンシングを制御することによる効果は限定的であり、病原性細菌を殺菌することはできないことを意味している。また、クオラムセンシングは、細菌によるグリコカリックスの産生の制御など、バイオフィルムの立体構造体の形成には関与しているが、歯などの固相表面への初期吸着などには関与していないため、クオラムセンシングの制御のみによって細菌の付着を防ぐことは難しい。
上述したように、従来の生化学的アプローチでは、口腔疾患に対する十分な予防・治療効果が発揮されない場合があるという問題があった。そのため、これまでの様々な試みにもかかわらず、依然として、今までとは全く異なるアプローチによる口腔疾患の予防および治療に寄与し得る方法の開発が望まれている。
上記の事情に鑑みて、本発明者等は、口腔バイオフィルムの内部に存在するS. mutansに代表される病原性細菌のエネルギー産生メカニズム(代謝反応)、特に嫌気条件下での発酵(fermentation)メカニズムに着目し、物理化学的アプローチを用いて、当該病原性細菌の活性を低減させることで口腔疾患の発症および進行を抑制し得る、新規な方法および口腔用組成物の開発を試みた。
口腔バイオフィルム内の嫌気環境に存在する病原性細菌にとって、酸化還元バランス(レドックスバランス;redox balance)を保つことは、代謝(発酵)を維持する上で非常に重要である。例えば、S. mutansが糖を代謝すると、乳酸、酢酸、ギ酸等の有機酸や、水素、二酸化炭素等が産生され、pHが低下することで口腔バイオフィルムの内部が高い還元環境となる。このような還元条件下では、NADHの酸化によるNAD+の再生が起こりにくくなるため、発酵によるエネルギー産生の最大化が妨げられる。従って、口腔バイオフィルム内の病原性細菌にとって、NADHからNAD+の再生が円滑に行われることが、酸化還元バランスを保ち、生命活動を維持するための重要なファクターである。また、個々の細菌レベルだけでなく、口腔バイオフィルム内でコミュニティを形成している共生細菌による水素の消費が、病原性細菌の細胞内エネルギーのバランスの維持に寄与しているとも考えられている。
自然界に存在する細菌(environmental bacteria)の中には、細胞外電子移動(EET:Extracellular Electron Transport)によってNAD+の再生を行うものがあることが知られている。これらの細菌は、菌体内での電子供与体(有機物)の分解(代謝)によって発生した電子を、細胞外膜に発現した電子伝達酵素(シトクロムc)を介して、菌体外の電子受容体(金属等)に伝達する能力を有することから、「電流発生菌」とも呼ばれ、近年、持続可能なエネルギー生産技術として、バイオマス等を利用して発電をする微生物燃料電池などの分野での研究が盛んに行われている。
しかしながら、S. mutansをはじめとする口腔バイオフィルム内の病原性細菌の多くは、電流発生菌のような細胞表面に局在化するシトクロムcやそれに付随する電子伝達系を有していないことが知られているため、これまで、これらの細菌が上述したような細胞外電子移動を行う能力(細胞外電子伝達能)を有するかどうかは解明されていないばかりか、研究の対象ともされておらず、少なくとも本発明者等が知り得る限りにおいて、そのような研究報告例は存在しない。
一方、本発明者等は、Shewanella oneidensis(S. oneidensis)等のシュワネラ属細菌に代表される鉄還元菌の細胞外電子伝達機構、およびこれらの細菌の電流発生菌としての産業利用について研究を重ねる中で、口腔バイオフィルム内の病原性細菌が、鉄還元菌と同様に嫌気性細菌であることに着目し、口腔バイオフィルム内での発酵メカニズムにおいて、酸化還元バランスを維持することに細胞外電子伝達機構が関与している可能性があることを着想した。
そこで、本発明者等は、代表的なう蝕原性細菌として知られているS. mutans(UA159株)を用いて、後述する手法により、実際にS. mutansが細胞外電子伝達機構を有していることを見出した。さらに、S. mutansを用いた実験により、S. mutansが、発酵等によって菌体内に生じた過剰な還元エネルギーを電子として菌体外へ伝達することによってNAD+の再生を行い、乳酸発酵活性を保っていることを見出した。すなわち、S. mutansにとって、細胞内から細胞外へ電子を排出することは、酸化還元バランスを保持し、生命活動を維持するために重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
これらの新規な知見に基づき、本発明者等はさらに研究を重ね、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、当該病原性細菌の活性を低減することができ、その結果、口腔疾患の発症および進行を抑制することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
(1)口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、前記病原性細菌の活性を低減させる方法。
(2)前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御する、(1)に記載の方法。
(3)口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、(2)に記載の方法。
(4)口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌による電子伝達物質の生成を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、(2)または(3)に記載の方法。
(5)前記病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素の活性を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、(2)に記載の方法。
(6)前記電子伝達物質がリボフラビンである、(4)に記載の方法。
(7)前記病原性細菌が口腔疾患の原因となる細菌である、(1)から(6)のいずれか一項に記載の方法。
(8)前記病原性細菌が、う蝕原性細菌または歯周病原性細菌である、(7)に記載の方法。
(9)前記病原性細菌が、Streptococcus mutans、Streptococcus sanguinis、Porphyromonas gingivalis、またはAggregatibacter actinomycetemcomitansである、(8)に記載の方法。
(10)口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌によって生成される電子伝達物質の生成阻害剤を含有する口腔用組成物。
(11)前記電子伝達物質がリボフラビンである、(10)に記載の口腔用組成物。
(12)口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素に対する活性阻害剤を含有する口腔用組成物。
本発明によれば、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することによって、当該病原性細菌の活性を低減させることができるので、う蝕および歯周病などの口腔疾患の発症および進行を抑制することができる。また、本発明によれば、口腔バイオフィルム内の病原性細菌が関係する口腔疾患以外の全身疾患の発症および進行を抑制することも可能である。
S. mutansにおける、Rexタンパク質が媒介するNADH依存性の代謝メカニズムの模式図。 S. mutansを用いて得られたクロノアンペログラム(電流−時間応答)の結果。 S. mutansによるグルコース代謝の電気化学測定結果。(a)電流密度(nA/cm)の経時変化、(b)グルコース濃度(mM)の経時変化、(c)乳酸濃度(mM)の経時変化、(d)エタノール濃度(mM)の経時変化。 S. mutansによるグルコース代謝の電気化学測定結果。(a)OCV条件での、電圧(mV)対Ag/AgClの値の経時変化、(b)酢酸濃度(mM)の経時変化、(c)ギ酸濃度(mM)の経時変化。 グルコースの存在下におけるS. mutansによるリボフラビンの還元能を示す発光スペクトル分析の結果。 15NHClを用いて行った電気化学分析の結果。 S. mutansの一細胞毎のNの同位体比(%)を計算した結果。(a)リボフラビン非存在下のOCV条件、(b)リボフラビン存在下のEET条件、(c)リボフラビン存在下のOCV条件、(d)リボフラビン非存在下のEET条件。 図7の各条件で得られた結果をまとめた図。 S. mutansなどの病原性細菌から電極表面への電子移動メカニズムを示す模式図。(i)細胞表面に存在するタンパク質を介する電子伝達機構、(ii)電子伝達物質(例えば、リボフラビン(RF))を介する電子伝達機構。 S. mutansによる直接的な電子伝達機構の存在を示す実験結果。(a)培養培地の置き換え前後の電流密度(nA/cm)の測定結果、(b)DPV分析の結果、(c)過酸化水素(H)の存在下でDABを用いたレドックス依存性染色を行ったS. mutans細胞の透過型電子顕微鏡(TEM)観察結果、(d)過酸化水素(H)の非存在下でDAB染色を行ったS. mutans細胞の透過型電子顕微鏡(TEM)観察結果。 電気化学測定後のITO電極を走査型電子顕微鏡(SEM)観察した結果。 (a)ITO電極で測定されたS. mutansによる電流生成値(μA)の時間経過、(b)図10(b)に示す、標準水素電極(SHE)に対する電位が約20mVでのレドックスピーク電流値(μA)に対して、S. mutansによる電流生成値(μA)をプロットしたグラフ。 DAB染色を行ったS. mutans細胞の透過型電子顕微鏡(TEM)観察結果。(a)ポジティブコントロール条件(DAB−positive)、(b)ネガティブコントロール条件(DAB−negative)。 過酸化水素の存在下でDAB染色処理を施したS. mutans細胞のTEM−LINEプロファイル分析結果。 過酸化水素の非存在下でDAB染色処理を施したS. mutans細胞のTEM−LINEプロファイル分析結果。
本発明の一実施形態に係る口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の活性を低減させる方法は、前記病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、前記病原性細菌の活性を低減させる。
本明細書において、「口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌」とは、口腔バイオフィルムの内部に存在する細菌のうち、口腔疾患または口腔疾患以外の全身疾患(systemic diseases)の原因となる細菌をいう。口腔疾患としては、例えば、う蝕、歯周病などが挙げられる。全身疾患としては、例えば、心疾患(狭心症、心筋梗塞、弁膜症など)、脳疾患(脳梗塞など)、糖尿病(I型糖尿病、II型糖尿病)、腎疾患(糸球体腎炎、腎硬化症など)、胃疾患(胃炎、胃潰瘍など)、皮膚疾患、呼吸器感染症、菌血症、敗血症、細菌性心内膜炎、動脈硬化、関節炎、骨粗鬆症、メタボリックシンドロームなどが挙げられる。なお、本明細書において特に明記しない限り、単に「病原性細菌」と記載される場合、当該病原性細菌は、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌であることが意図される。
本発明の一実施形態において、病原性細菌は、口腔疾患の原因となる細菌であり、代表的には、う蝕原性細菌および歯周病原性細菌である。う蝕原性細菌および歯周病原性細菌としては、例えば、連鎖球菌属(Streptococcus)、ポルフィロモナス属(Porphyromonas)、アグリゲイティバクター属(Aggregatibacter)の細菌が挙げられる。より具体的には、例えば、Streptococcus mutans、Streptococcus sanguinis、Porphyromonas gingivalis、Aggregatibacter actinomycetemcomitansなどが挙げられるが、これらに限定されない。
本明細書において、細菌に関して用いられる「細胞外電子伝達機構」との用語は、細菌の菌体内での電子供与体(有機物)の分解(代謝)によって発生した電子が菌体外の電子受容体(金属等)に伝達される機構を意味する。すなわち、細胞外電子伝達機構を有する細菌は、細胞外電子移動(EET:Extracellular Electron Transport)を行う能力(細胞外電子伝達能)を有する細菌であることを意味する。
従って、本発明の好ましい実施形態では、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御する。
また、上述したように、口腔バイオフィルムは、病原性細菌を含む複数の微生物とそれらの産生物で構成されているため、口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動もまた、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の酸化還元バランスの維持において重要なファクターであると考えられる。従って、本発明の好ましい実施形態では、口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する。
以下で詳述するように、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動は、リボフラビンなどの電子伝達物質によって媒介され得る。また、当該電子伝達物質は、口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動も媒介し得る。このことは、自然界に存在する細菌の生息環境や、細菌同士が形成するコミュニティと同様に、口腔バイオフィルムの内部においても、電子伝達物質生成能を有する細菌が存在する可能性があること、また、当該電子伝達物質生成能を有する細菌による電子伝達物質の生成を阻害することにより、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動や、口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動が抑制され得ることを意味している。従って、本発明の好ましい実施形態では、口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌による電子伝達物質の生成を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する。
なお、前記電子伝達物質生成能を有する細菌は、口腔バイオフィルム内の病原性細菌と同じであってもよく、口腔バイオフィルム内の病原性細菌とは異なる細菌であってもよい。
また、上述したように、自然界に存在する電流発生菌は、細胞外膜に発現した電子伝達酵素(シトクロムc)を介して、細胞外に存在する酸化鉄などの固体を呼吸の最終的な電子受容体として利用できることが知られている。このことは、口腔バイオフィルム内の病原性細菌が、その細胞外膜にシトクロムcまたはそれと同等の機能を有する電子伝達酵素を有している可能性があること、また、当該電子伝達酵素の活性を阻害することにより、当該病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動が抑制され得ることを意味している。従って、本発明の好ましい実施形態では、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素の活性を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する。
本発明の一実施形態に係る口腔用組成物は、口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌によって生成される電子伝達物質の生成阻害剤を含有する。電子伝達物質としては、例えば、リボフラビンが挙げられるが、これに限定されない。本発明においては、口腔バイオフィルムの内部に存在する細菌によって生成される物質であって、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動、および/または口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動に関与することが確認された電子伝達物質を対象とすることができ、当該電子伝達物質の生成阻害剤を適宜選択することができる。このような生成阻害剤は、細菌による当該電子伝達物質の生合成経路を阻害する薬剤であり得る。
本発明の一実施形態に係る口腔用組成物は、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素に対する活性阻害剤を含有する。電子伝達酵素としては、例えば、シトクロムcが挙げられるが、これに限定されない。本発明においては、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞外膜に存在することが確認された電子伝達酵素(電子伝達タンパク質)を対象とすることができ、当該電子伝達酵素の活性阻害剤を適宜選択することができる。
なお、本明細書において、電子伝達酵素に関して用いられる「活性を阻害する」、「活性の阻害」との記載は、対象の酵素が有する、病原性細菌の細胞内から細胞外への電子伝達を媒介する作用を阻害することを意味し、「活性阻害剤」との用語は、当該電子伝達媒介作用を阻害する薬剤を意味する。
本発明の口腔用組成物の形態は特に制限されず、例えば、液体、固体、ゲル、およびペースト等の半固体等の形態が例示され、具体的には、洗口液、液体歯磨き、口中清涼剤、うがい薬(含嗽剤)、液状歯磨き、および練り歯磨きなどの歯磨き類、うがい薬(含嗽剤)、トローチ、およびチューインガム等の形態とすることができる。これらは公知の手段により製剤とすることができる。
以下、本発明の具体的な実施形態について、口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌がS. mutansである場合を例にして説明する。
<口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞外電子伝達能の評価>
S. mutans(UA159株)は、口腔バイオフィルム内に存在する代表的な病原性細菌であり、Rexタンパク質を有していることが知られている。Rexタンパク質は、レドックスセンサーであり、エネルギー代謝の初期調節メカニズムに関与する遺伝子に結合することによって、DNA転写抑制因子として作用する。図1に示すように、Rexタンパク質は、細胞質のNADH/NAD+の比率が低い場合には、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(pdhAB)の転写を抑制して乳酸発酵経路を促進する。一方、NADH/NAD+の比率が高い場合には、標的遺伝子に対するRexタンパク質の結合が阻害されるため、エタノール生成経路が促進される。そのため、NAD+に対してNADHが過剰であるかどうかの指標として、グルコース酸化によって生成されるエタノールの量を利用することによって、実験系の電気化学システムにおける電子移動を定量的に評価することができる。
また、自然界に存在する細菌に関するこれまでの研究において、細胞内の還元エネルギーを細胞外に運び金属の還元を行う電子伝達物質(「電子シャトル(electron shuttle)」とも呼ばれる。)として機能する物質が存在することが知られており、その代表例として、リボフラビン(riboflavin)が挙げられる。なお、リボフラビンは、ビタミンB(Vitamin B2)とも呼ばれ、ビタミンの中で水溶性ビタミンに分類される生理活性物質であり、ヒトの体内では、微生物によって生合成されることが知られている。
そのため、リボフラビンなどの電子伝達物質を併用して細胞外電子伝達能を評価することによって、目的の病原性細菌の細胞外電子伝達能に関するより詳細な知見を得ることができ、その活性の調節(低減)に有効な手法を効率よく選択することが可能となる。以下では、病原性細菌としてS. mutans(UA159株)を用い、S. mutansの細胞外電子伝達能、およびS. mutansによる電子シャトルとしてのリボフラビンの利用能の評価手法およびその結果について、具体的に説明する。
<細胞培養物の調製>
ATCC(American Type Culture Collection)から入手したS. mutans(UA159株)を、ブチルゴム栓をしたバイアル内で、20mLのブレインハートインフュージョン(BHI)培地中で、37℃で前培養した。バイアル内のヘッドスペースは、対数増殖期の後期に達するまでCO/N(20:80 v/v)を充填して無酸素状態とした。このときの波長600nmにおける吸光度(OD600)は1.0であり、培地のpHは4.6±0.2まで低下した。得られた培養物を、7800rpm、37℃で10分間遠心分離し、得られた細胞ペレットを合成培地(DM)で2回洗浄した。なお、合成培地は、一般に知られている手法を一部改良して調製した。合成培地の成分組成(1リットル当たり)は、以下の通りである:NaHCO 2.5g;CaCl・2HO 0.09g;NHCl 1.0g;MgCl・6HO 0.2g;NaCl 10g;HEPES 7.2g;酵母抽出物 0.5g。
<電気化学分析(ホールセル法)>
作用極、対極、参照極で構成される3電極システムを備えた測定装置(シングルチャンバー)を用いて、電気化学測定を行った。作用極のスズドープ酸化インジウム(ITO)は、スプレー熱分解法による薄膜形成装置(SPD Laboratory社製)を用いてガラス基板上に成膜し、測定装置の底部に設置した(抵抗値 8Ω/□;厚さ 1.1mm;表面積 3.14cm)。対極および参照極としては、それぞれ、白金ワイヤおよびAg/AgCl(KClsat)を用いた。
この電気化学セルに、電解質(電子供与体(electron donor))として10mMのグルコースを添加した合成培地(4.8mL)、またはグルコースを添加した合成培地に電子受容体(electron acceptor)として10μMのリボフラビン(RF)を追加した培地(4.8mL)を注入し、セル内の溶液をNガスで少なくとも15分間パージして、溶存酸素を除去した。次いで、合成培地で前洗浄したS. mutansを用いて新たに調製した細胞懸濁液0.2mL(600nmでの光学濃度(OD):2.5)を注入し、標準水素電極(SHE)を基準としてITO電極の電位差を+0.4Vとする定電位条件で、最終のOD600を0.1とした。電気化学測定中、測定装置の温度は37℃に維持し、装置の振とうや溶液の撹拌は行わなかった。
対照として、グルコースおよびリボフラビンを含まない無菌培地(sterile medium)、および10μMのリボフラビンを添加した無菌培地を用い、同様の電気化学分析を行った。
また、比較試験として、電極が電子を受け取らない状態とする開路電圧(OCV;Open Circuit Voltage)条件で、同様の電気化学分析を行った。
自動分極システム(VMP3、Bio Logic Company社製)を用いて、クロノアンペロメトリー測定および微分パルスボルタンメトリー(DPV)測定を行った。DPVの測定条件は、以下の通りである:SHEを基準とする電位差 −0.6V〜+0.7V、パルス高さ 50mV、パルス幅 0.3s、電位ステップ 5mV/s、ステップ時間 5s。微分パルスボルタモグラムにおけるデータ分析には、オープンソースソフトウェアであるSOASソフトウェアを使用した。
<グルコースおよび代謝産物の濃度の定量>
測定装置から8時間おきに約200μLのアリコートを回収し、孔径0.22μmのフィルターを通して細胞を取り除いたろ液を−20℃で保管し、分析に供した。グルコース濃度は、グルコースアッセイキット(GAGO−20、Sigma−Aldrich製)を用いて測定した。代謝産物の測定では、上記のろ液を蒸留水で100倍に希釈し、pHを8.0に調整したものを試料として用いた。乳酸、酢酸、ギ酸の濃度は、イオンクロマトグラフィーシステム(HIC−20Asuper、Shimadzu社製)を用いて測定した。試料の注入量は50μLとし、ノンサプレッサ方式で陰イオン測定を行った。分析カラムおよびガードカラムは、それぞれ、Shim−pack IC−A3、およびShim−pack IC−GA3(いずれもShimadzu社製)を用いた。移動相には8mM p−ヒドロキシ安息香酸、3.2mM Bis−Trisおよび50mM ボロン酸を含有させ、流速は1.2mL/minとした。カラム温度は40℃に維持し、検出器(CDD−10ASP)のパラメーターは当該システムの取扱説明書に記載の通りに設定した。ピーク面積の分析は、Shimadzu社より提供された分析用ワークステーションソフトウェア(LabSolutions)を用いて行った。酢酸、乳酸およびギ酸の溶離時間は、それぞれ、約2.4分、約3.25分、約3.4分であり、検量線は十分に高い直線性(R=0.999)を示した。なお、イオンクロマトグラフィー分析では、乳酸、酢酸およびギ酸以外の代謝産物は検出されなかった。
<重クロム酸の酸性溶液を用いた滴定によるエタノール産生量の分析>
重クロム酸の酸性溶液を用いる標準的な滴定法を一部変更して、試料中のエタノール濃度を測定した。滴定に用いる溶液は以下のようにして調製した。
(1)重クロム酸溶液(5.0mol/L 硫酸中、0.01mol/L):125mLの水を500mLのコニカルフラスコに入れ、一定の速度で旋回させながら70mLの濃硫酸をゆっくりと滴下する。フラスコを冷却した後、0.75gの重クロム酸カリウム(KCr)を加え、この混合物を蒸留水で250mLに希釈する。
(2)デンプン溶液(指示薬溶液;1.0%):100mLの沸騰水に1.0gの可溶性デンプンを添加し、溶解するまで撹拌する。
(3)チオ硫酸ナトリウム溶液(Na・5HO;0.03mol/L):7.44gのNa・5HOを1Lのメスフラスコに入れ、蒸留水に溶解させて1L溶液とする。
(4)ヨウ化カリウム溶液(KI;1.2mol/L):25mLの水に5gのKIを溶解させる。
10mLの重クロム酸溶液を50mLファルコンチューブに移した。試料を蒸留水で1:50に希釈し、希釈した試料液から1mLをピペットでエッペンドルフチューブに取り、このサンプルチューブを、重クロム酸溶液が入ったファルコンチューブ内に設けた試料ホルダに置いて、37℃に設定したインキュベーター内で一晩保管した。その後、ファルコンチューブを室温に冷却し、ゆっくりとキャップを緩めて試料ホルダを取り出した。ファルコンチューブの壁面を蒸留水でリンスし、約100mLの蒸留水および1mLのヨウ化カリウム溶液を加え、チューブを旋回させて内容物を混合した。チオ硫酸ナトリウム溶液で満たしたビュレットを用いて、各チューブの試料液の滴定を行った。ヨウ素の褐色が黄色に薄くなったとき、1mLのデンプン溶液を添加し、青色が消失するまで滴定を続けた。ブランクテストを行うことにより、アルコールの添加がない場合の重クロム酸の量を測定した。試料液およびブランクテストの溶液(ブランク溶液)の滴定に要したチオ硫酸ナトリウム溶液の平均体積を算出し、試料液の滴定における値からブランク溶液の滴定における値を除算して得た値を用いて、チオ硫酸ナトリウムのモル数を計算し、アルコール濃度を決定した。チオ硫酸ナトリウムのモル数と、エタノールのモル数の関係は、以下のようにして計算した:6molのS 2−は、1molのCr 2−と等価であり、2molのCr 2−は、3molのCOHと等価である。従って、1molのS 2−は、0.25molのCOHと等価である。
図2は、クロノアンペログラム(電流−時間応答)の結果である。図2中、「SM added」との記載は、矢印で示した時点でS. mutansの細胞懸濁液を注入したことを表す。また、「10mM Glucose」との記載は、矢印で示した時点で10mMのグルコースを注入したことを表す。なお、本実験系では、S. mutansを注入する前の合成培地には、グルコースおよびその他の電解質は含まれておらず、10μMのリボフラビンが添加されている。
S. mutansの注入後、電流値は約0.06μAで安定し、グルコースを注入した直後に0.10μAを超える値まで電流値が急激に上昇した。このことは、S. mutansが、グルコースを酸化することによって電流を発生させる能力を有していることを示している。
図3(a)は、電流密度(nA/cm)の経時変化である。図3(a)中、「SM added」との記載は、矢印で示した時点でS. mutansの細胞懸濁液を注入したことを表す。
対照の無菌培地を用いた場合には、リボフラビンの存在下(Sterile medium w/ RF)および非存在下(Sterile medium)のいずれも、S. mutansの添加による電流密度の変化は見られなかった。一方、電子供与体として10mMのグルコースを添加した合成培地を用いた場合(EET)には、リボフラビンの非存在下で、約30nA/cmの電流密度を示した。また、リボフラビンの存在下(RF EET)では、リボフラビンの非存在下よりも早いタイミングで電流密度の上昇が見られ、その最大値は約40nA/cmであった。
また、図3(b)〜図3(d)に示すように、グルコースを添加した合成培地を用いた場合(EET)、グルコースおよびリボフラビンを添加した合成培地を用いた場合(RF EET)、OCV条件でグルコースを添加した合成培地を用いた場合(OCV)、OCV条件でグルコースおよびリボフラビンを添加した合成培地を用いた場合(RF OCV)のいずれも、電流の発生に伴い、グルコース濃度は低下し(図3(b))、有意な量の乳酸の産生が確認された(図3(c))が、エタノールの生成は確認されなかった(図3(d))。
なお、図3(b)、3(c)においては、各条件とグラフとの対応関係を、(1)〜(4)の符号を用いて示している。後述する図4(b)、図4(c)、図8についても同様である。
これらの結果は、S. mutansの添加後、培地中のグルコースの酸化によって乳酸が産生されるとともに、電極表面に電子が伝達されることにより電流が発生したことを意味している。従って、S. mutansが、細胞外電子伝達能を有することが実証された。
このように、電子供与体としてのグルコースが存在する環境は、S. mutansにとって、細胞外電子移動(EET)を行うことが可能な環境であるということができる。そのため、以下では、グルコースを含む培地を用いた条件を、便宜的に「EET条件」とも称する。
これまでの研究により、自然界に存在する電流発生菌では、上記と同様の実験系において、10〜100μA/cmの電流密度が得られることが確認されている。この値と比べると、S. mutansの細胞外電子伝達機構によって発生し得る電流値は、微生物燃料電池等で用いられる電流発生菌による電流値の約100分の1程度の微小なものであるといえる。
すなわち、本発明によって活性が低減される病原性細菌は、一般に電流発生菌として知られているシュワネラ属(Shewanella)細菌、ジオバクター属(Geobacter)細菌等と比べて、細胞外電子伝達機構によって細胞内から細胞外へ移動する電子の量が少ない場合があることに留意されたい。
しかしながら、このような少量の電子移動に起因する微小な電流の発生が、S. mutansによる乳酸発酵の促進とエタノール生成の抑制に有意に関係していることに加え、S. mutansの細胞内の還元エネルギーの緩和に有意に寄与しているという事実は、本発明者等による新たな知見であり、本発明の根幹をなす技術的思想である。
<口腔バイオフィルム内の病原性細菌による電子伝達物質の利用能の評価>
以下、上記の実験系による電気化学分析の結果について、より詳細に説明する。
電気化学測定の開始から5時間を超えると、EET条件での電流密度の値は飽和に達し(図3(a))、その後電流密度が低下するにつれて、グルコースの消費速度および乳酸の産生速度も低下した(図3(b)、図3(c))。
一方、電気化学測定の開始から24時間が経過しても、EET条件ではエタノールの生成はほとんど見られず(図3(d))、酢酸およびギ酸の生成量はごくわずかであった(図4(b)、図4(c))。
これらの結果から、S. mutansの細胞外電子伝達機構が、乳酸発酵およびグルコース酸化と相関関係を有することが示唆された。
対照的に、OCV条件で、電流の生成がゼロになるように維持した場合には、電気化学測定の開始後8時間の時点で、6mMのエタノールの生成が確認され(図3(d))、グルコース濃度の経時変化の傾向は、EET条件での結果とほぼ同様であり(図3(b))、乳酸濃度については、電気化学測定の開始から8時間までは増加した後、減少傾向を示した(図3(c))。
乳酸産生と比較して、エタノールの生成によってより多くのNAD+が再生されることを考慮すると、OCV条件では、Rex遺伝子が、NADH量が多いことを検知し、エタノールの生成を促進することでNAD+の生成を促していると考えられる。
従って、これらの結果は、本実験系で確認された電流の発生はNAD+の再生と関連しており、細胞外電子伝達機構がS. mutansにおける乳酸産生に寄与していることを示している。
一方、EET条件で、リボフラビンの存在下での電流密度は、電気化学測定の開始後20時間においても、最大値の60%以上を維持しており(図3(a))、前駆体のギ酸の生成率は、電気化学測定の開始後8時間において、当初のグルコース濃度(10mM)の5%未満、すなわち、0.5mM未満であった(図4(c))。
このことは、本実験系で確認された電流の発生は、発酵で生じた水素の酸化によって支配されているのではなく、電子授受のプロセス(electron shuttling process)と関連していることを示している。
図5は、グルコースの存在下におけるS. mutansによるリボフラビンの還元能を示す、発光スペクトル分析の結果である。発光スペクトル測定は嫌気条件のキュベット中で行い、励起波長は450nmとした。
10μMのリボフラビンの530nmにおける蛍光強度を基準として(A)、OD600=0.1となるようにS. mutansを添加し(B)、その後、10mMのグルコースを添加するにつれて(C)、リボフラビンの530nmの蛍光強度は有意に減少した。
この結果は、リボフラビンが酸化されていること(酸化型のリボフラビンが生成していること)を示しており、このリボフラビンの酸化が、S. mutansによるものであること、また、S. mutansによるグルコース酸化と関連付けられることを示している。
なお、図5中、「DM」は、合成培地の発光スペクトルである。
ここで、リボフラビンの非存在下での、OCV条件で得られた結果に着目すると(図3(c)、図3(d))、OCV条件でも、リボフラビンの還元が代謝経路に対して一定の影響を与えていることが分かる。このことは、少量の電子の移動が、細胞質のNADH/NAD+の比率に有意な影響を及ぼすことを示している。
OCV条件における代謝産物の測定結果の経時変化を、リボフラビンの存在下および非存在下で比較すると、リボフラビンの存在下では、エタノール生成率は電気化学測定の開始後8時間において50%増加し(図3(d))、乳酸産生は電気化学測定の開始後8時間を超えると大きく低下した(図3(c))。一方、グルコース消費率は、リボフラビンの存在下および非存在下では有意な差は見られなかった(図3(b))。乳酸の消費によってNADHが生じることを考慮すると、S. mutansは、細胞内に還元エネルギーを蓄積していると考えられる。また、リボフラビンの非存在下の場合と比べて、リボフラビンの存在下でのS. mutansの添加に伴って、電流値をゼロに維持するのに要する電極電位は、急激に負電位へシフトした(図4(a))。このことは、リボフラビンが、S. mutansの細胞内から細胞外への還元エネルギーの排出を促進していることを示している。
リボフラビンは、成長培地における必須の栄養素であると考えられているが、本発明者等による実験条件では、電解質自体が十分な量の酵母抽出物を含んでいる(リボフラビン含有量は3nM未満)ので、リボフラビンの有無による影響は、リボフラビンが電子を受容する能力に起因するものであると言える。
これらの結果から、リボフラビンの非存在下のOCV条件では、NADH/NAD+の比率が高く、そのため、このような条件では、S. mutansが、その代謝活性を失い得ることが示唆された。また、従来、自然界に存在する細菌を対象とした研究においてのみ明らかにされていたリボフラビンの電子シャトルとしての機能が、S. mutansについても具体的に確認された。
すなわち、発酵性細菌(嫌気性細菌)について、細胞内電位のバランスを保つことを補助する電子伝達物質(電子シャトル)が存在し、実際に細菌がそのような電子シャトルを利用して酸化還元バランスを保っていることが、本発明者等によって初めて明らかにされた。また、口腔バイオフィルムを構成する微生物の中に、病原性細菌の細胞内から細胞外への電子の移動を補助する電子伝達物質を生成する細菌が存在し得ることが示された。
<口腔バイオフィルム内の病原性細菌の代謝活性の定量的評価>
次に、細胞に特異的な安定同位体を用いて、二次イオン質量分析(NanoSIMS分析)を行うことによる、S. mutansの代謝活性の定量的評価手法およびその結果について説明する。
ITO電極(表面積 3.14cm)を備えた嫌気条件の反応装置に、10mMのグルコースを添加した合成培地、または10mMのグルコースと10μMのリボフラビンを添加した合成培地を注入し、標準水素電極(SHE)を基準としてITO電極の電位差を+0.4Vとする定電位条件下で、ITO電極表面に、唯一の窒素源として15NHClを供給した状態で、S. mutansのインキュベーションを行った。
結果を図6に示す。図6中、「SM added」との記載は、矢印で示した時点でS. mutansの細胞懸濁液を注入したことを表す。
15Nによる同位体効果の影響と思われる変化は見られたものの、非標識のHNClを用いた場合(図示せず)と同様の電流の生成が確認された。また、リボフラビンの存在下(W/ riboflavin)では、リボフラビンの非存在下(W/o riboflavin)の場合よりも、15時間の電気化学測定で得られた電流値の最大値が22%高かった。
<二次イオン質量分析用の試料調製>
電気化学測定を行った後、S. mutansを含むバイオフィルムが付着したITO電極を反応装置から回収し、2.5%のグルタルアルデヒドを含む0.1Mのリン酸緩衝液中で10分間固定し、電極を新たな0.1Mのリン酸緩衝液に浸漬させて洗浄した。洗浄した電極試料を、リン酸緩衝液中のエタノールのグラジエント(25%、50%、75%、90%)および100%エタノールで脱水し、t−ブタノールによる溶媒交換、真空乾燥の後、Quick Coater SC−701(サンユー電子社製)を用いて白金でコーティングした。CAMECA NanoSIMS 50 L system(CAMECA社製)を用いて、試料の表面にCsビームを照射し、二次イオン(1214および1215)の量を測定した。一細胞毎に対象領域(ROI:Regions of Interest)をマーキングし、各ROIにおけるイオン強度の合計値を算出し、全窒素(Ntotal)に対する15Nの割合(15N/Ntotal)から、一細胞毎のNの同位体比(%)を計算した。各試料について、200以上の細胞を対象として計測を行った。
結果を図7および図8に示す。図7(a)〜図7(d)において、右上に記載した数字は、計測を行った細胞の数(n)を表す。
リボフラビン非存在下のOCV条件(図7(a);OCV)では、比較的低い活性(15N/Ntotal < 10%)を示した細胞が全体(n=231)の42%であった。一方、リボフラビン存在下のOCV条件(図7(c);RF OCV)、およびリボフラビン存在下のEET条件(図7(b);RF EET)では、15N/Ntotalの値が10%未満の細胞の数は、それぞれ14%および9%であり、図7(a)に示すリボフラビン非存在下のOCV条件と比較して、有意に低かった。なお、リボフラビン非存在下のEET条件(図7(d);EET)における、15N/Ntotalの値が10%未満の細胞の数は、4%であった。
各条件で得られた結果をまとめた図8からも理解されるように、これらの結果から、リボフラビンがS. mutansの細胞内から細胞外への電子移動を媒介すること、また、リボフラビンが存在することによって、活性の低い細胞の代謝活性が高められることが示唆された。
また、リボフラビン非存在下のOCV条件(図7(a))では、分析した細胞の50%以上が、他の条件での細胞と同様に活性を有し、15N/Ntotalの値の平均値は、他の3つの条件と類似していた。このことは、S. mutansにおいて、代謝経路が変化することに起因するエネルギー産生の効率化への影響は小さいことを示している。
これらの単一細胞の活性に関するNanoSIMS分析の結果から、以下の事項が導かれる。
・小さい電流値として確認されるS. mutansの細胞内から細胞外への電子の移動は、細胞内のNADH/NAD+の比を制御するのに大きな役割を果たしていること。
・リボフラビンが、口腔バイオフィルムにおいて、S. mutansの細胞内外、バイオフィルムの内外の電子移動を媒介すること。
・細胞内の還元的な環境から細胞外の酸化的な環境へ電子を排出することによってNAD+の再生が起こり、S. mutansによる乳酸発酵が促進されること。
このような電子の移動は、電流発生菌と呼ばれる細菌をはじめ自然界に存在する細菌においては既に確認されていた現象であるが、本発明者等によって、口腔バイオフィルム内に存在する病原性細菌が細胞外電子伝達機構を有していること、また、少量の電子の移動が当該病原性細菌の酸化還元バランスの維持に大きく関与していることが、S. mutansを用いて初めて実証された。
電流発生菌と呼ばれるシュワネラ属細菌やジオバクター属細菌などでは、クーロン効率(columbic efficiency)として80%を超える値が得られるという報告例もあるが、それらの細菌と比較して、上記のS. mutansを用いた実験系における電気化学測定の開始から24時間後のクーロン効率は、クーロン値の合計と消費されたグルコースの量から、0.05%未満と推定された。これらの結果は、S. mutansにおける細胞外電子伝達機構の役割は、自然界に存在する細菌において見られるような、代謝によって生じた電子の流れを主導することではなく、細胞内から細胞外への電子の移動を補助することであるということを示している。
以上の知見を総合的に考慮すると、口腔バイオフィルムの内部に存在する細菌のコミュニティにおいて、特に、S. mutansが存在する口腔バイオフィルムの内部において、酸化還元バランスの恒常性(レドックスホメオスタシス)の維持に電子の移動が深く関与していることが強く示唆される。このことは、後述するように、S. mutansが生得的に細胞外電子伝達機構を有していること、すなわち、外的要因として電子移動を媒介する物質(電子伝達物質)の有無によらず、細胞内から細胞外へ電子を伝達する仕組みを備えていることからも支持される。
上記の実験系で得られた結果に示されるように、電子受容体としてのリボフラビンを添加しない場合であっても、乳酸発酵の向上と15Nの同化を伴って有意な量の電流の発生が確認された一方、リボフラビン存在下の場合と比較して、無視できない程度にエタノールの生成が確認された(図3、図7(d))。
また、図3(a)に示すように、リボフラビンの存在下でも非存在下でも、電流生成の経時変化の傾向は類似しており、グルコース消費率はほぼ一致しており(図3(b))、無視できない程度に酢酸やギ酸の生成が確認された(図4(b)、図4(c))。リボフラビン存在下の場合と比較してリボフラビン非存在下で電流の発生量が小さい理由としては、リボフラビンが、電極に付着した細菌だけでなく、実験系に存在するプランクトンの細胞からも電子を伝達している可能性が考えられる。
これらの結果は、S. mutansが、リボフラビンを介した電子の授受(シャトリング)によってのみではなく、リボフラビンなどの電子伝達物質を介しない直接的な電子移動メカニズムによって、電極表面に電子を伝達する能力を有していることを示唆している。すなわち、口腔バイオフィルムの内部に存在するS. mutansなどの細菌は、図9(ii)に模式的に示すような、電子伝達物質(例えば、リボフラビン(RF))を介する電子伝達機構と、図9(i)に模式的に示すような、細胞表面に存在するタンパク質を介する電子伝達機構を有していると考えられる。
<口腔バイオフィルム内の病原性細菌による直接的な電子伝達能の評価>
次に、上述したような口腔バイオフィルム内の病原性細菌による直接的な電子伝達能を評価するための実験手法およびその結果について説明する。
バイオフィルム内の環境に依存しない経路による電子の移動を評価するために、シュワネラ属細菌やジオバクター属細菌などの、自然界に存在する細菌の電子伝達能を評価するために用いられている実験系を用いた。具体的には、上記の電気化学分析で使用した電気化学セルと同様の構成を有する電気化学セルを用いて、使用済みの培養培地を取り除き、Nでスパージングした無菌合成培地(10mMのグルコースを含む)で置き換え、培地の置き換え前後の電流密度を測定した。培地の置き換えの度に、電極に付着したバイオフィルムを、Nでスパージングした合成培地(N2-sparged DM)で2回リンスした。また、培地の置き換えを行っている間は、電気化学セル内に酸素が混入するのを避けるため、セル内のヘッドスペースをNで連続的にスパージングした。使用済みの培養培地については、培地中に可溶性のレドックス媒介性物質(redox mediator)が蓄積しているかどうかを評価した。培養ろ液はバイオフィルムの周囲から回収し、遠心分離して細胞デブリを除去した後、培地を置き換えた電気化学セルに入れ、Nでスパージングした。なお、フィルターは、有機分子がフィルターに吸着してしまうことを避けるため、使用しなかった。上記と同様の微分パルスボルタンメトリー(DPV:Differential Pulse Voltammetry)測定を行って、レドックス分子を検出した。
図10(a)は、電流密度の測定結果である。図10(a)中、「cells added」との記載は、矢印で示した時点でS. mutansの細胞懸濁液を注入したことを表す。「exchange w/ fresh medium」との記載は、矢印で示した時点で、10mMのグルコースを含む無菌合成培地に交換したことを表す。「exchange w/ spent medium」との記載は、矢印で示した時点で、使用済みの合成培地に交換したことを表す。
その結果、培地を交換した後も、交換前と同程度のレベルの電流の生成が継続的に確認された。すなわち、培地の変更によって、S. mutansによる電流生成への影響は確認されず、また、培地にプランクトン細胞が含まれない場合でもS. mutansによる電流生成が確認された。
また、電気化学測定を行った後のITO電極を走査型電子顕微鏡(SEM)観察した結果、図11に示すように、S. mutansが電極の表面に直接付着している様子が確認された。なお、SEM観察用の試料は、上記の二次イオン質量分析用の試料と同様の手順で調製し、白金をコーティングした電極試料を、VE−9800電子顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察した。
上記の結果は、可溶性のレドックス媒介性物質や水素は、S. mutansによる電流生成において支配的な役割を果たしていないことを示している。
また、図10(b)に示すDPV分析の結果から、培地の置き換え前のバイオフィルム(Established biofilm)および培地の置き換え後のバイオフィルム(biofilm-exchange w/ fresh DM)では、レドックスピークは、標準水素電極(SHE)に対して20mVおよび250mVにおいて検出されたが、これらのピークは、使用済みの合成培地(spent DM)および無菌合成培地(fresh DM)では検出されなかった。このことは、レドックス活性の成分は、培地の置き換えによって影響を受けず、S. mutansとともにそのままの状態で電極表面に存在していることを示している。
図12(a)は、ITO電極(表面積 3.14cm)を用いて、10mMのグルコースの存在下、標準水素電極(SHE)を基準としてITO電極の電位差を+0.4Vとする定電位条件で測定した、S. mutansによる電流生成値(μA)の時間経過を示すグラフである。図12(a)中、「cells added」との記載は、矢印で示した時点でS. mutansの細胞懸濁液を注入したことを表す。また、これ以外の矢印は、DPV測定のタイミングを示しており、2時間間隔で測定を行ったことを表す。
図12(b)は、図10(b)に示したDPボルタモグラムにおける、標準水素電極(SHE)に対する電位が約20mVでのレドックスピーク電流値(μA)に対して、S. mutansによる電流生成値(μA)をプロットしたグラフである。
図12(b)中の左上に挿入したグラフに示すように、電気化学測定の開始2時間後の結果を除いて、20mVでのピーク電流値とS. mutansによる電流生成値の間に、相関係数の二乗(R)=0.9489で線形関係が得られ、さらに、図12(b)に示した回帰直線が原点を通過していることから、レドックス分子が優先的に電流生成を媒介しており、水素や、酵母抽出物中に含まれる少量のリボフラビンは、このプロセスにわずかに関与しているのみであることが示された。
このように、電解質の上清液の置き換えや、S. mutansとともにレドックス分子が存在することによる無視できない程度の影響から、S. mutansが、その細胞表面に存在する生体分子を介して、電極表面に直接的に電子を伝達していることが実験的に確認された。
さらに、S. mutansの細胞表面から電極表面への直接的な電子移動メカニズムが存在することは、3,3’−ジアミノベンジン(DAB)を用いたレドックス依存性染色(redox-dependent staining)、および透過型電子顕微鏡(TEM)観察によっても確認することができる。
<透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた観察手順>
20mLの細胞培養物を7800rpmで10分間遠心分離することによって、S. mutans細胞を回収し、回収したS. mutans細胞を、2%パラホルムアルデヒドおよび2.5%グルタルアルデヒドを含む溶液中で氷冷して固定した。固定後のすべての操作は、2mLのエッペンドルフチューブ中で行った。1.5mLの洗浄液で穏やかに懸濁させながら5回洗浄を行い、50mM Na−HEPES(pH 7.4、35g/L NaCl)を用いて5000×gで4分間遠心分離した。次いで、3,3’−ジアミノベンジン(DAB)と過酸化水素(H)による処理および四酸化オスミウム(OsO)溶液によるポスト固定を行い、細胞膜およびペプチドグリカン層を染色した後、樹脂包埋を行った。得られた樹脂ブロックから80nmの切片を切り出し、銅製のマイクログリッド上に載せ、JEM−1400電子顕微鏡(日本電子製)を用いて80kVの加速電圧条件で観察した。S. mutansの細胞膜による電子線吸収の定量分析は、DAB陽性の染色細胞のLINEプロファイルから取得されたLRホワイトレジン、細胞質、および細胞膜の領域の電子線透過(ET)量を比較することによって行った(Deng, X., Dohmae, N., Nealson, K. H., Hashimoto, K. & Okamoto, A. Multi-heme cytochromes provide a pathway for survival in energy-limited environments. Sci. Adv. 4, eaao5682 (2018)を参照されたい。)。
TEM観察結果を図10(c)、図10(d)および図13に示す。
過酸化水素の存在下でDAB染色を行うポジティブコントロール条件(DAB positive)では、図10(c)および図13(a)に示すように、細胞膜およびペプチドグリカン層の染色が確認されたのに対して、ネガティブコントロール条件として過酸化水素を用いなかった場合(DAB negative)には、図10(d)および図13(b)に示すように、細胞膜やペプチドグリカン層の染色はほとんどもしくは全く確認されなかった。図10(c)では、白色矢印で示すように、細胞表面またはペプチドグリカン層にレドックス活性剤が存在する様子が確認できるが、図10(d)では、白色矢印で示した箇所にそのような物質が存在することは確認できない。なお、図10(c)、図10(d)のスケールバーは、100nmである。
図14Aおよび図14Bは、DAB活性剤を用いてコントラストを増強したペプチドグリカン層の領域をTEM−LINEプロファイル分析し、電子線透過量を正規化して、これまでに報告された自然界に存在する電流発生菌の細胞外膜シトクロムcに関するデータと比較した結果である。
図14Aは、ポジティブコントロール条件(DAB positive)でS. mutans細胞をDAB染色した結果であり、図14Bは、ネガティブコントロール条件(DAB negatiev)でS. mutans細胞をDAB染色した結果である。
各条件で得られたTEM画像から、図14Aおよび図14Bの左上に示すように1つの細胞を任意に選定し、分析対象として3箇所を選択し、電子線透過量をLINEプロファイル分析した。1〜3の符号を付したLINEプロファイル分析結果について、Y軸は電子線透過量であり、X軸は分析に用いたフレームの長さ(nm)である。
それぞれのプロファイリング結果は、大まかに3つの領域に分けることができる。電子線透過量の値が最も低い領域は、黒色矢印で示すように細胞膜(membrane)であり、点線で囲んだ部分の両側の領域は、LRホワイトレジン(resin)または細胞の内側(cytoplasm)である。図14Aにおける白色矢印は、細胞表面もしくはペプチドグリカン層に局在化したDAB活性剤を示している。図14Aに示した3つのプロファイリング結果から得られた正規化した電子線透過量の平均値は、1.23と見積もられ、自然界に存在する細菌について報告された値(1.88)と近い値が得られた。
これらの結果から、S. mutans細胞のペプチドグリカン層の表面に、レドックス活性酵素が局在していることが示唆され、このことは、S. mutansが直接的な細胞外電子伝達能を有していることと首尾よく一致する。一方、S. mutansは、自然界に存在する電流発生菌における電子伝達機構に必須の遺伝子であるシトクロムcをコードする遺伝子を欠いていることが報告されている。そのため、上記の実験系では、DABによって染色されたのはヘム中心ではなく、遷移金属イオン、NADHまたはFAD補因子が染色された可能性がある。このことは、S. mutansによる直接的な電子伝達機構においては、シトクロムcとは異なる新規なタイプのレドックス酵素が関係する電子移動メカニズムが存在することが示唆された。
このように、レドックス色素を用いて染色したS. mutansを用いた電気化学的分析および透過型電子顕微鏡観察の結果から、S. mutansの細胞表面に結合した酸化還元酵素を介した直接的な細胞外電子伝達機構が存在することが確認された。
S. mutansが有する生得的かつ直接的な(リボフラビンなどの電子伝達物質を介さない)細胞外電子伝達能によって、電子移動の速度が向上するように思われるが、それだけでなく、本発明者等によって得られた新たな知見は、口腔バイオフィルムにおいて、広範囲にわたる別の電子移動メカニズム(すなわち、導電性のマトリックス)が存在していることも示している。
自然界に存在する細菌の中には、piliの産生とともに、導電性のバイオフィルムを形成する細菌があることが知られている(例えば、G. sulfurrenducens PCAなど)。また、同様のナノスケールの構造体が、口腔の病原性バイオフィルムに存在することがこれまでに報告されており、原子間力顕微鏡観察から導電性を有することが確認されている。これらの導電性のマトリックスが口腔バイオフィルムに存在することから推測すると、S. mutansは、細胞内に蓄積した過剰な還元エネルギーを、バイオフィルムの外側の酸化的環境に排出することができると考えられる。このことは、上記の実験例で確認された少量の電流値(電荷)が代謝活性に有意に影響を及ぼしていることからも支持される。なぜなら、このような低いレベルの電気伝導であっても、バイオフィルム内に存在する細菌にとっては十分に有意義であるはずであるからである。
上記の実験系を用いて得られた各種の電気化学分析結果は、口腔バイオフィルムの内部に存在する細菌が、その電子伝達機構によって電子を細胞内から細胞外へ移動させる(排出する)こと、さらには、細菌同士のネットワークや電子伝達物質などを介してバイオフィルムの内部から外部へ電子が移動する(排出される)ことによって、細菌内、バイオフィルム内において過剰な還元エネルギーが蓄積された状態が解消され、酸化還元バランスの恒常性(ホメオスタシス)が維持されていることを示している。
このように、S. mutansが有する細胞外電子伝達機構は、所定の電気化学系において微小な電流値として確認することができ、この少量の電子移動が、口腔バイオフィルム内のように嫌気的な条件下での代謝経路や代謝活性に大きく関与しており、発酵における酸化還元バランスの恒常性維持に大きく影響していることから、口腔バイオフィルム内の病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、当該病原性細菌の活性を低減させることができ、う蝕および歯周病などの口腔疾患の発症および進行を抑制することができることが、具体的に示された。
レドックスホメオスタシスおよび継続的なNAD+の再生が、種々のタイプのバイオフィルムを形成する広範囲の発酵性細菌にとって普遍的な課題であることからすれば、過剰な還元エネルギーを排出するという現象(すなわち、微生物による生存戦略)は、至る所に存在する可能性がある。嫌気的呼吸鎖における微生物による電子の利用は、環境微生物学の分野における関心事項であるので、本発明者等による新規な知見は、バイオフィルム内の発酵性細菌のエネルギー代謝を解明し、また、その理解に基づいて制御することの第一歩となるはずである。加えて、細胞外電子伝達機構がバイオフィルムにおける細菌の活性を増強するのに重要な役割を果たしていることから、細胞外電子伝達機構に寄与する酵素を特定することによって、口腔疾患や全身疾患の新規な予防および治療に向けた新たなアプローチが可能になるものと期待される。すなわち、細胞外電子伝達機構は、マイクロバイオーム(microbiome;微生物叢)における病原性細菌に対する、薬剤による制御や物理化学的手法による制御の有望な標的となり得る。
以上、本発明の実施形態について、S. mutansを例にして詳細に説明してきたが、具体的な形態は上記の実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更等があっても本発明に含まれる。
本発明は、従来の生化学的アプローチとは全く異なり、物理化学的手法を駆使することによって、口腔疾患の予防および治療に寄与し得る新規な方法および口腔用組成物を提供するものである。また、本発明によれば、口腔バイオフィルム内の病原性細菌が関係する口腔疾患以外の全身疾患の発症および進行を抑制することも可能であると考えられる。本発明は、従来の抗菌剤のように、口腔バイオフィルム内への薬剤の浸透性の問題や、新たな耐性菌の発生の問題などとは無関係であり、また、クオラムセンシングの制御剤のように、薬剤の適用場面や効果が限定されることは基本的に想定されず、様々な応用が可能であると期待される。

Claims (12)

  1. 口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御することにより、前記病原性細菌の活性を低減させる方法。
  2. 前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞外電子伝達機構を制御する、請求項1に記載の方法。
  3. 口腔バイオフィルムの内部から外部への電子移動を抑制することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、請求項2に記載の方法。
  4. 口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌による電子伝達物質の生成を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、請求項2または3に記載の方法。
  5. 前記病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素の活性を阻害することにより、前記病原性細菌の細胞内から細胞外への電子移動を抑制する、請求項2に記載の方法。
  6. 前記電子伝達物質がリボフラビンである、請求項4に記載の方法。
  7. 前記病原性細菌が口腔疾患の原因となる細菌である、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
  8. 前記病原性細菌が、う蝕原性細菌または歯周病原性細菌である、請求項7に記載の方法。
  9. 前記病原性細菌が、Streptococcus mutans、Streptococcus sanguinis、Porphyromonas gingivalis、またはAggregatibacter actinomycetemcomitansである、請求項8に記載の方法。
  10. 口腔バイオフィルムの内部に存在する、電子伝達物質生成能を有する細菌によって生成される電子伝達物質の生成阻害剤を含有する口腔用組成物。
  11. 前記電子伝達物質がリボフラビンである、請求項10に記載の口腔用組成物。
  12. 口腔バイオフィルムの内部に存在する病原性細菌の細胞外膜に存在する電子伝達酵素に対する活性阻害剤を含有する口腔用組成物。
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