以下では、本発明による電動車両の制御装置を、電動機(モータ)を駆動源とする電気自動車に適用した例について説明する。
図1は、一実施形態における電動車両の制御装置を備えた電気自動車の主要構成を示すブロック図である。特に、本実施形態における車両の制御装置は、アクセルペダルの操作のみで車両の加減速や停止を制御することができる車両に適用することができる。この車両では、ドライバは、加速時にアクセルペダルを踏み込み、減速時や停止時には、踏み込んでいるアクセルペダルの踏み込み量を減らすか、または、アクセルペダルの踏み込み量をゼロとする。なお、登坂路においては、車両の後退を防ぐためにアクセルペダルを踏み込みつつ停止状態に近づく場合もある。
モータコントローラ2には、車速V、アクセル開度AP、モータ(三相交流モータ)4の回転子位相α、モータ4の電流iu、iv、iw等の車両状態を示す信号がデジタル信号として入力される。モータコントローラ2は、入力された信号に基づいて、モータ4を制御するためのPWM信号を生成する。また、モータコントローラ2は、生成したPWM信号に応じてインバータ3の駆動信号を生成する。モータコントローラ2はさらに、後述する方法により、摩擦制動量指令値を生成する。
インバータ3は、相ごとに備えられた2個のスイッチング素子(例えば、IGBTやMOS−FET等のパワー半導体素子)をオン/オフすることにより、バッテリ1から供給される直流の電流を交流に変換し、モータ4に所望の電流を流す。
モータ4は、インバータ3から供給される交流電流により駆動力を発生し、減速機5およびドライブシャフト8を介して、左右の駆動輪9a、9bに駆動力を伝達する。また、モータ4は、車両の走行時に駆動輪9a、9bに連れ回されて回転するときに、回生駆動力を発生させることで、車両の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収する。この場合、インバータ3は、モータ4の回生運転時に発生する交流電流を直流電流に変換して、バッテリ1に供給する。
電流センサ7は、モータ4に流れる3相交流電流iu、iv、iwを検出する。ただし、3相交流電流iu、iv、iwの和は0であるため、任意の2相の電流を検出して、残りの1相の電流は演算により求めてもよい。
回転センサ6は、例えば、レゾルバやエンコーダであり、モータ4の回転子位相αを検出する。
液圧センサ10は、摩擦ブレーキ12のブレーキ液圧を検出する。
ブレーキコントローラ11は、モータコントローラ2で生成された摩擦制動量指令値に応じたブレーキ液圧を発生させる。ブレーキコントローラ11はまた、液圧センサ10により検出されるブレーキ液圧が摩擦制動量指令値に応じて決まる値に追従するようにフィードバック制御を行う。
摩擦ブレーキ12は、摩擦制動部として機能する。具体的には、摩擦ブレーキ12は、左右の駆動輪9a、9bに設けられ、ブレーキ液圧に応じてブレーキパッドをブレーキロータに押しつけて、車両に制動力を発生させる。以下の説明では、この制動力の大きさをブレーキ制動力と呼ぶ。
図2は、モータコントローラ2によって行われるモータ電流制御の処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS201では、車両状態を示す信号がモータコントローラ2に入力される。ここでは、車速V(m/s)、アクセル開度θ(%)、モータ4の回転子位相α(rad)、モータ4の回転速度Nm(rpm)、モータ4に流れる三相交流電流iu、iv、iw、バッテリ1とインバータ3間の直流電圧値Vdc(V)、ブレーキ制動量推定値B、及び、ブレーキペダルSWが入力される。
車速V(m/s)は、制動力を伝達する車輪(制動輪)、或いは、車両駆動時において駆動力を伝達する車輪(駆動輪9a、9b)の車輪速である。車速Vは、図示しない車速センサや、他のコントローラより通信にて取得される。または、車速V(km/h)は、回転子機械角速度ωmにタイヤ動半径rを乗算し、ファイナルギアのギア比で除算することにより求められる。
アクセル開度θ(%)は、図示しないアクセル開度センサから取得されるか、図示しない車両コントローラ等の他のコントローラから通信にて取得される。
モータ4の回転子位相α(rad)は、回転センサ6から取得される。モータ4の回転速度Nm(rpm)は、回転子角速度ω(電気角)をモータ4の極対数pで除算して、モータ4の機械的な角速度であるモータ回転速度ωm(rad/s)を求め、求めたモータ回転速度ωmに60/(2π)を乗算することによって求められる。回転子角速度ωは、回転子位相αを微分することによって求められる。
モータ4に流れる電流iu、iv、iw(A)は、電流センサ7から取得される。
直流電圧値Vdc(V)は、バッテリ1とインバータ3間の直流電源ラインに設けられた電圧センサ(不図示)、または、バッテリコントローラ(不図示)から送信される電源電圧値から求められる。
ブレーキ制動量推定値Bは、液圧センサ10が検出したブレーキ液圧センサ値から取得される。あるいは、ドライバのペダル操作によるブレーキペダルの踏み込み量を検出するストロークセンサ(不図示)等による検出値を使用しても良い。また、モータコントローラ2や、他のコントローラにより生成された摩擦制動量指令値を通信等により取得して、取得した摩擦制動量指令値を、ブレーキ制動量推定値Bとして用いてもよい。
ブレーキペダルSWは、ドライバがブレーキ操作を行ったか否かを判別するスイッチ信号であって、ブレーキペダルに付設されたブレーキスイッチ(不図示)から取得される。なお、ブレーキペダルSW=1の場合は、ドライバによりブレーキペダルが操作されていることを示し、ブレーキペダルSW=0の場合は、ブレーキペダルが操作されていないことを示す。
ステップS202のトルク目標値算出処理では、モータコントローラ2が第1のトルク目標値Tm1*を設定する。具体的には、ステップS201で入力されたアクセル開度θおよびモータ回転速度ωmに応じて算出される駆動力特性の一態様を表した図3に示す第1のアクセル開度−トルクテーブルを参照することにより、第1のトルク目標値Tm1*を設定する。
ただし、後述するステップS203の停止制御中止判断処理にて、停止制御を中止すると判断された際は、モータコントローラ2は、第1のアクセル開度−トルクテーブルよりも、アクセル開度が小さい領域における回生制動量が小さくなるように設定された図4に示す第2のアクセル開度−トルクテーブルを参照することにより、トルク目標値としての第4のトルク目標値Tm4*を設定する。なお、アクセル開度0[%]、かつ、モータ回転速度0[rpm]におけるトルク目標値[Nm]が正トルクとなる、いわゆるクリープトルクを出力する図5に示す第3のアクセル開度−トルクテーブルを参照することにより、第4のトルク目標値Tm4*を設定してもよい。
ステップS203の停止制御中止判断処理では、モータ回転速度や車輪速相当の車速V[m/s]に対して微分処理を行い、微分処理によって得た値に基づいて、タイヤのスリップ状態を推定する。車速V[m/s]を微分して得た値が所定値以上であれば、タイヤはスリップ状態であると判断し、停止制御中止判断フラグflg_stopを1にセットする。
また、ブレーキペダルSWが1、すなわちドライバによりブレーキ操作がされている場合も、停止制御中止判断フラグflg_stopを1にセットする。本ステップで実行される停止制御中止判断処理の詳細については、後述する。
ステップS204では、コントローラ2が停止制御処理を行う。具体的には、コントローラ2が、停車間際か否かを判定し、停車間際でない場合は、ステップS202で算出した第1のトルク目標値Tm1*を第3のモータトルク指令値Tm3*に設定し、停車間際の場合は、第2のトルク目標値Tm2*を第3のモータトルク指令値Tm3*に設定する。この第2のトルク目標値Tm2*は、モータ回転速度の低下とともに外乱トルク指令値Tdに収束するものであって、登坂路では正トルク、降坂路では負トルク、平坦路では概ねゼロである。これにより、路面の勾配に関わらず、停車状態を維持することができる。
またさらに、第3のモータトルク指令値Tm3*は、上述のステップ203において判断された停止制御中止判断フラグflg_stopに応じて、図6に示す通りに切り替えられて、最終トルク目標値(トルク目標値Tm*)としての第5のトルク目標値Tm5*に設定される。
図6は、停止制御中止判断処理における停止制御中止判断結果に基づいて実行されるトルク切替を説明するための図である。図に示す通り、第3のトルク目標値Tm3*は、flg_stop=0(停止制御を中止しない)の時に、第5のトルク目標値Tm5*に設定される。flg_stop=1(停止制御を中止する)の時は、ステップS202の処理で算出される第4のトルク目標値Tm4*が、第5のトルク目標値Tm5*に設定される。停止制御処理の詳細については後述する。
ステップS205では、モータコントローラ2が制振制御処理を行う。具体的には、モータコントローラ2が、トルク目標値Tm*としての第5のトルク目標値Tm5*とモータ回転速度ωmとに対して制振制御処理を施す。これにより、トルク目標値Tm*は、駆動軸トルクの応答を犠牲にせずトルク伝達系振動(ドライブシャフトの捩じり振動等)を抑制するものとなる。制振制御処理の詳細については後述する。
続くステップS206では、コントローラ2が電流指令値算出処理を行う。具体的には、ステップS205で算出したトルク目標値Tm*に加え、モータ回転速度ωmや直流電圧値Vdcに基づいて、d軸電流目標値id*、q軸電流目標値iq*を求める。例えば、トルク指令値、モータ回転速度、および直流電圧値と、d軸電流目標値およびq軸電流目標値との関係を定めたテーブルを予め用意しておいて、このテーブルを参照することにより、d軸電流目標値id*およびq軸電流目標値iq*を求める。
ステップS207では、d軸電流idおよびq軸電流iqをそれぞれ、ステップS206で求めたd軸電流目標値id*およびq軸電流目標値iq*と一致させるための電流制御を行う。このため、まず初めに、ステップS201で入力された三相交流電流値iu、iv、iwと、電動モータ4の回転子位相αとに基づいて、d軸電流idおよびq軸電流iqを求める。続いて、d軸、q軸電流指令値id*、iq*と、d軸、q軸電流id、iqとの偏差から、d軸、q軸電圧指令値vd、vqを算出する。
そして、d軸、q軸電圧指令値vd、vqと、電動モータ4の回転子位相αから、三相交流電圧指令値vu、vv、vwを求める。求めた三相交流電圧指令値vu、vv、vwと電流電圧値Vdcから、PWM信号tu(%)、tv(%)、tw(%)を求める。このようにして求めたPWM信号tu、tv、twにより、インバータ3のスイッチング素子を開閉することによって、電動モータ4をトルク目標値Tm*で指示された所望のトルクで駆動することができる。
<停止制御中止判断処理>
ここで、本発明に特徴的な、前述のステップS203において実行される停止制御中止判断処理の詳細について、図7に示すフローチャートを参照して説明する。
図7は、停止制御中止判断処理を表したフローチャートである。停止制御中止判断処理は、モータコントローラ2において一定のサイクルで常時実行され、ステップS204で実行される停止制御を中止するか否かを判断する。停止制御を中止すると判断された場合は、停止制御処理において、図6を参照して先に述べたとおり、第4のトルク目標値Tm4*が第5のトルク目標値Tm5*に設定される。そして、本処理において停止制御を中止すると判断された場合であって、且つ、前回処理時においては停止制御を継続する(中止しない)と判断されていた場合は、第3のトルク目標値Tm3*が第5のトルク目標値Tm5*に設定される。
以下に説明するスリップ判断処理では、図2のステップS204に係る停止制御処理において用いられる種々の制御パラメータを、停止制御において通常用いられる制御パラメータ(通常時の制御パラメータ)よりも速応性を上げた停止制御再開時の制御パラメータに設定し、設定された停止制御再開時の制御パラメータを所定時間T1経過するまで継続させる。以下、ステップS203において実行される、停止制御中止判断処理、および、停止制御を中止した後、再度停止制御を再開する場合に設定される停止制御再開時の制御パラメータを所定時間T1の間継続させるための処理を、フローを元に説明する。
ステップS701では、モータコントローラ2は、ブレーキ制動量推定値Bが所定値より大きいか否か判定する。本実施形態においては当該所定値を0に設定するため、モータコントローラ2は、ブレーキ制動量推定値Bが0か否かを判定する。すなわち、ブレーキ制動量推定値Bが0であり、車両に対して勾配に関連しない抵抗成分が作用していない場合は、ステップS704の処理が実行される。ブレーキ制動量推定値Bが0ではなく、車両に対して勾配に関連しない抵抗成分が作用している場合は、ステップS702の処理が実行される。なお、本ステップにおいてブレーキ制動量推定値Bと比較する所定値は、ブレーキパッドの摩擦係数μが変化することにより生じる外乱トルクの推定誤差の許容量に応じて適宜設定される。
ステップS702では、モータコントローラ2は、モータ回転速度ωmを微分した値の絶対値、すなわち、モータ回転速度の前回値ωm_zとモータ回転速度の今回値ωmの差分の絶対値で表されるモータ回転加速度|dω/dt|を算出する。そして、モータ回転加速度|dω/dt|と、車両の駆動輪がスリップ状態にあると判断可能なモータ回転加速度slip1[rad/s^2]とを比較し、|dω/dt|<slip1が成立する場合は、車両はスリップ状態ではないと判断し、続くステップS703の処理を実行する。|dω/dt|≧slip1が成立する場合は、車両はスリップ状態であると判断して、ステップS705の処理が実行される。なお、車両の駆動輪がスリップ状態にあると判断可能なモータ回転加速度は、通常想定し得る車両の減速度や、路面の勾配変化に基づく変化量以上の値となる。
ステップS703では、モータコントローラ2は、ブレーキペダルSWが0(OFF)か1(ON)かを判定する。ブレーキペダルSWが0であり、ドライバの、少なくともブレーキペダル操作による車両停止要求がないと判定された場合は、ステップS704の処理が実行される。ブレーキペダルSWが1であり、ドライバのブレーキペダル操作による車両停止要求があると判断さる場合は、ステップS704の処理が実行される。
ステップS704では、モータコントローラ2は、ステップS701〜S703の処理によって、勾配に関連しない抵抗が車両に作用していないと判定された場合、および、勾配に関連しない抵抗が車両に作用していると判定された場合であっても、車輪がスリップ状態にないと判定され、且つ、ドライバのブレーキ操作による車両停止要求がないと判定された場合は、停止制御を継続すると判断し、停止制御中止判断処理flg_stopを0に設定する。設定後、ステップS706の処理が実行される。
ステップS705では、モータコントローラ2は、ステップS701〜S703の処理によって、車両に勾配に関連しない抵抗が作用していると判定された場合であって、車輪がスリップ状態にある、或いは、ドライバのブレーキ操作による車両停止要求があると判定された場合は、停止制御を中止すると判断し、停止制御中止判断処理flg_stopを1に設定する。設定後、ステップS706の処理が実行される。
ステップS706では、モータコントローラ2は、停止制御中止判断フラグflg_stopが、前回処理との比較において、0(停止制御継続)から1(停止制御中止)に変化したか否かを判定する。すなわち、停止制御中止判断フラグの前回値flg_stop_zが0であって、且つ、本処理における停止制御中止判断フラグflg_stopが1の場合は、続くステップS707の処理が実行され、それ以外の場合はステップS708の処理が実行される。
ステップS707では、モータコントローラ2は、外乱トルク推定値の前回値を保持する。具体的には、外乱トルク推定値の前回値Td_zを、外乱トルク推定値Td_holdとしてメモリ或いはレジスタ等の記憶回路に格納する。格納した後、続くステップS711の処理を実行する。
ステップS708では、モータコントローラ2は、停止制御中止判断フラグflg_stopが、前回処理との比較において、1(停止制御中止)から0(停止制御継続)に変化したか否かを判定する。すなわち、停止制御中止判断フラグの前回値flg_stop_zが1であって、且つ、本処理における停止制御中止判断フラグflg_stopが0の場合は、続くステップS709の処理が実行され、それ以外の場合はステップS710の処理が実行される。
ステップS709では、モータコントローラ2は、タイマ1に所定のタイマ時間T1を設定する。タイマ1は、後述するステップS713の処理において設定される停止制御再開時の制御パラメータから、通常時の制御パラメータに戻すタイミングを計るためのタイマである。タイマ1にタイマ時間T1が設定された後、タイマ1のカウントダウン処理を行うステップS712の処理が実行される。
ステップS710では、モータコントローラ2は、タイマ1のカウント値が0か否かを判断する。タイマ1が0の場合は、停止制御処理の制御パラメータを、停止制御再開時の制御パラメータから、通常時の制御パラメータに戻すタイミングであるため、続くステップS711の処理を実行する。タイマ1が0でない場合は、タイマ1のカウントダウン処理を行うステップS712の処理が実行される。
ステップS711では、モータコントローラ2は、停止制御処理に用いられる制御パラメータとして通常時の制御パラメータを設定し、本処理を終了する。
ステップS712では、モータコントローラ2は、タイマ1のカウント値から1を減算し、タイマ1に再び格納することで、演算周期毎にタイマ1をカウントダウンする処理を行う。タイマ1がカウントダウンされた後、続くステップS713の処理が実行される。
ステップS713では、モータコントローラ2は、停止制御処理に用いられる制御パラメータとして停止制御再開時のパラメータを設定し、本処理を終了する。停止制御再開時のパラメータとは、上述の通り通常時の制御パラメータよりも速応性を上げた制御パラメータであり、通常時の制御パラメータに対して以下3つの処理を行う事により設定される。
すなわち、(1)図10の乗算器601において、モータ回転速度フィードバックトルクTωを算出する際にモータ回転速度ωmに乗算されるゲインKvrefを、通常時よりも大きい値に設定する。(2)外乱トルク推定器502が有する図11の制御ブロック805で示すHz(s)なる2次式の分子と2次式の分母とで構成されるフィルタ(式(13)参照)において、分母の減衰係数ζcを、通常時よりも小さい値に設定する。(3)図11の制御ブロック802で示すローパスフィルタH(s)の時定数を、通常時よりも小さい値に設定する。これにより、速応性を上げた停止制御開始時のパラメータが設定される。
<停止制御処理>
まず、本実施形態における電動車両の制御装置の、モータトルクTmからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gp(s)について説明する。なお、この伝達特性Gp(s)は、外乱トルクの推定も含めた停止制御処理において、車両の駆動力伝達系をモデル化した車両モデルとして用いられる。
図8は、車両の駆動力伝達系をモデル化した図であり、同図における各パラメータは、以下に示すとおりである。
Jm:電動モータのイナーシャ
Jw:駆動輪のイナーシャ
M:車両の重量
Kd:駆動系の捻り剛性
Kt:タイヤと路面の摩擦に関する係数
N:オーバーオールギヤ比
r:タイヤの荷重半径
ωm:モータ回転速度
Tm:トルク目標値Tm*
Td:駆動輪のトルク
F:車両に加えられる力
V:車両の速度
ωw:駆動輪の角速度
Tb:摩擦制動量(モータ軸換算トルク)(≧0)
そして、図8より、以下の運動方程式を導くことができる。
ただし、式(1)〜(3)中の符号の右上に付されているアスタリスク(*)は、時間微分を表している。
式(1)〜(5)で示す運動方程式に基づいて、モータ4のトルク目標値Tmからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gp(s)を求めると、次式(6)で表される。
ただし、式(6)中の各パラメータは、次式(7)で表される。
式(6)に示す伝達関数の極と零点を調べると、次式(8)の伝達関数に近似することができ、1つの極と1つの零点は極めて近い値を示す。これは、次式(8)のαとβが極めて近い値を示すことに相当する。
従って、式(8)における極零相殺(α=βと近似する)を行うことにより、次式(9)に示すように、Gp(s)は、(2次)/(3次)の伝達特性を構成する。
また、ステップS205の制振制御(フィードフォワード補償器)を併用する際は、Gp(s)と制振制御のアルゴリズムにより、車両モデルGp(s)は、次式(10)で示すとおり、制振制御を適用した場合の車両応答Gr(s)と見なすことができる。
なお、制振制御(F/F補償器)は、特開2001−45613号公報に記載されている制振制御でも良いし、特開2002−152916号公報に記載されている制振制御であっても良い。
続いて、図9〜11を参照して、停止制御処理の詳細について説明する。
図9は、停止制御処理を実現するためのブロック図である。停止制御処理は、モータ回転速度F/Bトルク設定器501と、外乱トルク推定器502と、加算器503と、トルク比較器504とを用いて行われる。以下、それぞれの構成について詳細を説明する。
モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、検出されたモータ回転速度ωmに基づいて、モータ回転速度フィードバックトルク(以下、モータ回転速度F/Bトルクと呼ぶ)Tωを算出する。詳細は図10を用いて説明する。
図10は、モータ回転速度ωmに基づいて、モータ回転速度F/BトルクTωを算出する方法を説明するための図である。モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、乗算器601を備え、モータ回転速度ωmにゲインKvrefを乗算することにより、モータ回転速度F/BトルクTωを算出する。ただし、Kvrefは、電動車両の停止間際に電動車両を停止させるのに必要な負(マイナス)の値であり、例えば、実験データ等により適宜設定される。モータ回転速度F/BトルクTωは、モータ回転速度ωmが大きいほど、大きい制動力が得られるトルクとして設定される。
なお、モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、モータ回転速度ωmにゲインKvrefを乗算することによりモータ回転速度F/BトルクTωを算出するものとして説明したが、モータ回転速度ωmに対する回生トルクを定めた回生トルクテーブルや、モータ回転速度ωmの減衰率を予め記憶した減衰率テーブル等を用いて、モータ回転速度F/BトルクTωを算出してもよい。
図9に戻って説明を続ける。外乱トルク推定器502は、検出されたモータ回転速度ωmと、第3のトルク目標値Tm3*とに基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出する。ただし、停止制御中止判断フラグの前回値flg_stop_zが1、且つ、本処理中における停止制御中止判断フラグflg_stopが0の場合は、外乱トルク推定値Tdを、停止制御中止判断処理において保持した外乱トルク推定値Td_holdと一致させるため、外乱トルク推定器502における各フィルタ処理を初期化する。外乱トルク推定器502の詳細は図11を用いて説明する。
図11は、モータ回転速度ωmと、第5のトルク目標値Tm5*と、摩擦ブレーキ制動量推定値Bおよび車速Vに基づいて算出されるブレーキトルク推定値とに基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出する方法を説明するためのブロック図である。外乱トルク推定器502は、制御ブロック801と、制御ブロック802と、ブレーキトルク推定器803と、減算器804と、制御ブロック805とを備える。
制御ブロック801は、H(s)/Gr(s)なる伝達特性を有するフィルタとしての機能を担っており、モータ回転速度ωmに対してフィルタリング処理を施すことにより、第1のモータトルク推定値を算出する。H(s)は、分母次数と分子次数との差分が、制振制御を適用した場合のモータトルクTmとモータ回転速度ωmとの伝達特性Gr(s)(式(10)参照)の分母次数と分子次数との差分以上となる伝達特性を有するローパスフィルタである。
制御ブロック802は、H(s)なる伝達特性を有するローパスフィルタとしての機能を担っており、第3のトルク目標値Tm3*に対してフィルタリング処理を行うことにより、第2のモータトルク推定値を算出する。
ブレーキトルク推定器803は、摩擦ブレーキ制動量推定値Bと、車速Vとに基づいて、ブレーキトルク推定値を算出する。ブレーキトルク推定器803では、摩擦ブレーキ制動量推定値Bからモータ軸のトルク換算を行うための乗算処理や、液圧センサ10により検出された液圧センサ値から実制動力までの応答性等を考慮してブレーキトルク推定値が算出される。
減算器804は、第2のモータトルク推定値から第1のモータトルク推定値とブレーキトルク推定値とを減算し、減算して得た値を制御ブロック805に出力する。
制御ブロック805は、Hz(s)なる伝達特性を有するフィルタであり、減算器804の出力に対してフィルタリング処理を行う事により、外乱トルク推定値Tdを算出する。
ここで、伝達特性Hz(s)について説明する。上記式(10)を書き換えると、次式(11)が得られる。ただし、式(11)中のζz、ωz、ωpはそれぞれ、式(12)で表される。
以上より、Hz(s)を次式(13)で表すことができる。
上記の通り算出される外乱トルク推定値Tdは、図11に示す通り、外乱オブザーバにより推定されるものであって、車両に作用する外乱を表すパラメータである。
ここで、車両に作用する外乱としては、空気抵抗、乗員数や積載量に起因する車両質量の変動によるモデル化誤差、タイヤの転がり抵抗、路面の勾配抵抗等が考えられるが、停車間際やイニシャルスタート時に支配的となる外乱要因は勾配抵抗である。外乱要因は運転条件により異なるが、外乱トルク推定器502は、モータトルク指令値Tm*と、モータ回転速度ωmと、制振制御を適用した場合の車両モデルGr(s)とに基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出するので、上述した外乱要因を一括して推定することができる。これにより、いかなる運転条件においても、減速からの滑らかな停車を実現することができる。
図9に戻って説明を続ける。加算器503は、モータ回転速度F/Bトルク設定器501によって算出されたモータ回転速度F/BトルクTωと、外乱トルク推定器502によって算出された外乱トルク推定値Tdとを加算することによって、第2のトルク目標値Tm2*を算出する。モータ回転速度ωmが低下して0に近づくと、モータ回転速度F/BトルクTωも0に近づくため、第2のトルク目標値Tm2*は、モータ回転速度ωmの低下に応じて、外乱トルク推定値Tdに収束していく。
トルク比較器504は、第1のトルク目標値Tm1*と第2のトルク目標値Tm2*の大きさを比較し、値が大きい方のトルク目標値を第3のトルク目標値Tm3*に設定する。車両の走行中、第2のトルク目標値Tm2*は第1のトルク目標値Tm1*よりも小さく、車両が減速して停車間際(車速が所定車速以下)になると、第1のトルク目標値Tm1*よりも大きくなる。従って、トルク比較器504は、第1のトルク目標値Tm1*が第2のトルク目標値Tm2*より大きければ、停車間際以前と判断して、第1のトルク目標値Tm1*を第3のトルク目標値Tm3*として設定する。また、トルク比較器504は、第2のトルク目標値Tm2*が第1のトルク目標値Tm1*より大きくなると、車両が停車間際と判断して、第1のトルク目標値Tm1*ではなく第2のトルク目標値Tm2*を第3のトルク目標値Tm3*として設定する。なお、停車状態を維持するため、第2のトルク目標値Tm2*は、登坂路では正トルク、降坂路では負トルク、平坦路では概ねゼロに収束する。
そして、図6を参照して上述した通り、停止制御中止判断処理において、停止制御中止判断フラグflg_stopが0(停止制御継続)に設定されている場合に、第3のトルク目標値Tm3*が、最終トルク目標値としての第5のトルク目標値Tm5*に設定される。
以上が停止制御処理の詳細である。このような処理を行うことにより、車両が走行している路面の勾配に関わらず、モータトルクのみで滑らかに停車し、停車状態を保持することができる。
<制振制御>
ここで、上述の図2に係るステップS205で実行される制振制御の詳細について、図12を用いて説明する。
図12は、本実施形態において用いる制振制御処理の詳細を説明するブロック図である。フィードフォワード補償器908(以下、F/F補償器という)は、上記式(10)で示した車両応答Gr(s)と、車両へのトルク入力とモータの回転速度の伝達特性のモデルGp(s)の逆系から構成されるGr(s)/Gp(s)なる伝達特性を有するフィルタとしての機能を担っており、第5のトルク目標値Tm5*に対してフィルタリング処理を行うことにより、フィードフォワード補償による制振制御処理を行う。
なお、F/F補償器908にて行う制振制御F/F補償は、特開2001−45613号公報に記載されている制振制御でもよいし、特開2002−152916号公報に記載されている制振制御でもよい。
制御ブロック903、904は、フィードバック制御(以下、フィードバックのことをF/Bという)にて用いられるフィルタである。制御ブロック903は上述したGp(s)なる伝達特性を有するフィルタであり、加算器905から出力される、F/F補償器908の出力と後述する制御ブロック904の出力とを加算して得た値に対してフィルタリング処理を行う。そして、減算器906において制御ブロック903から出力された値からモータ回転速度ωmが減算される。減算された値は制御ブロック904に入力される。制御ブロック904は、ローパスフィルタH(s)と、車両へのトルク入力とモータの回転速度の伝達特性のモデルGp(s)の逆系とから構成されるH(s)/Gp(s)なる伝達特性を有するフィルタであり、減算器906からの出力に対してフィルタリング処理を行う。当該フィルタリング処理が行われ、F/B補償トルクとして算出された値は、ゲイン補償器907に出力される。
ゲイン補償器907は、ゲインKFBを有するフィルタであり、ゲインKFBの値を調整することで、制振制御処理において用いるF/B補償器の安定性を調整することができる。ゲイン補償器907によってゲイン調整されたF/B補償トルクTF/Bは、加算器905へ出力される。
そして、加算器905において、F/F補償器908による制振制御処理がなされた第5のトルク目標値Tm5*と、前述のF/B補償トルクとして算出した値TF/Bとが加算されることで、車両のトルク伝達系の振動を抑制するモータトルク指令値Tm*が算出される。
なお、図12を参照して上述した制振制御は一例であり、特開2003−9566号公報に記載されている制振制御でもよいし、特開2010−288332号公報に記載されている制振制御でもよい。
以上が、本実施形態の電動車両の制御装置の詳細である。以下では、車両が平坦路を走行中に、モータ4の回生トルク指令に加えて、ドライバのブレーキペダル操作により車両にさらにブレーキ制動量が加わる場面において、本実施形態の電動車両の制御装置を電気自動車に適用した場合の制御結果について、図13〜図15を参照して、従来例との比較に基づき説明する。
図13(a)は、従来例による制御結果のタイムチャートを示し、図13(b)は、本実施形態による制御結果のタイムチャートを示す。図13は、上から順に、トルク指令値、車速V、前後加速度、外乱トルク推定値、および、ブレーキ制動量が加えられたか否かの指標としてのブレーキペダルSWを表している。また、トルク指令値を表す図中における点線は停止制御中止判断フラグflg_stopを示す(0:停止制御継続、1:停止制御中止)。
まず、従来例にかかる制御結果について、図13(a)を参照して説明する。
時刻t0では、回生トルクにて制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1では、ドライバがブレーキペダルを踏み込むことによって車両にブレーキ制動量が加わるとともに、ブレーキペダルSWが1となる。
時刻t2では、車両に作用するブレーキ制動量を推定したブレーキ制動量推定値Bに応じて外乱トルク推定値が補正されている。しかしながら、ブレーキパッドのμ変化等の影響によって、ブレーキ制動量推定値Bに対して車両に実際に作用するブレーキ制動量が小さいため、外乱トルク推定器502における減算器804において実際値以上のブレーキトルク推定値が減算される。その結果、平坦路では0となるべき外乱トルク推定値が、負の値を示しており、降坂傾向に誤推定されてしまう。
時刻t3からt4では、外乱トルク推定値が降坂傾向に誤推定された状態で停止制御が実行されるため、トルク指令値が負の値に収束する。しかしながら、ドライバのブレーキ操作によって、車両に対して、トルク指令値による負方向へのモータトルクより大きいブレーキトルクが作用するため、車両の停車状態は維持される。
時刻t5では、ドライバのブレーキペダル操作により、車両へのブレーキ制動力が解除される。しかしながら、外乱トルク推定値は降坂傾向に誤推定されており、トルク指令値は負の値を示すため、車両が後退してしまう。
時刻t6では、ブレーキ制動力は解除されているため、停止制御により与えられるモータトルクによって、後退している車両を停止させる。
次に、本実施形態にかかる制御結果について図13(b)を参照して説明する。
時刻t0では、回生トルクにて制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1では、ドライバのブレーキペダル操作により車両にブレーキ制動量が加わるとともに、ブレーキペダルSWが1となり、停止制御中止判断フラグflg_stopが1に設定されるため、停止制御を中止して、停止制御処理において算出される第3のトルク目標値Tm3*から、第4のトルク目標値Tm4*へ切り替わる。
時刻t2からt3では、ブレーキ制動量と、第4のトルク目標値Tm4*とにより車両が減速していく。
時刻t3からt4では、主にドライバのブレーキペダル操作によるブレーキ制動量によって、車両が停止する。
時刻t5では、ドライバのブレーキペダル操作によって車両に加えられたブレーキ制動量が解除され、ブレーキペダルSWが0となるため、停止制御中止判断フラグflg_stopは0となる。従って、外乱トルク推定値は、図7に係るステップS707の処理において保持された外乱トルク推定値Td_holdを初期値とするとともに、ステップS713において設定された即応性を挙げた制御パラメータに基づく停止制御が実行される。
時刻t5からt6では、外乱トルク推定値は平坦路相当を示しており、勾配抵抗と一致しているため、車両の停車状態が保持される。
次に、図14を参照して車両が平坦路を走行中にモータ4の回生トルクによって減速している際に、ドライバのブレーキペダル操作により、車両にブレーキ制動量が加えられ、さらに、路面状態に起因して車両がスリップ状態となるシーンにおける制御結果について説明する。なお、本制御においては、ブレーキペダルSW信号は検知せず、摩擦ブレーキ制動量推定値B、及び、車両のスリップ状態に基づいて、停止制御を中止するか否かが判断される。
図14(a)は、従来例による制御結果のタイムチャートを示し、図14(b)は、本実施形態による制御結果のタイムチャートを示す。図14は、上から順に、トルク指令値、車速V、スリップ率、前後加速度、外乱トルク推定値、および、ブレーキ制動量を表している。また、トルク指令値を表す図中における点線は停止制御中止判断フラグflg_stopを示す(0:停止制御継続、1:停止制御中止)。車速Vを示す図中における点線は、車体速Vcを示す。
また横軸に示す時間軸において、路面状態は以下の通り変化する。すなわち、時刻t0〜t2は、通常のアスファルト路面等の高μ路、時刻t2〜t4は、氷結路面等の低μ路、時刻t4〜t6は、高μ路である。
まず、従来例にかかる制御結果について図14(a)を参照して説明する。
時刻t0では、回生トルク指令にて制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1では、回生制動に摩擦ブレーキ制動量を上乗せして制動することで前後加速度がより負側、すなわち制動側に増加する。なお、外乱トルク推定値は、ブレーキトルク推定値を補正することで、実際の路面状況に即した平坦路相当になっている。
時刻t2〜t4では、車両の走行路面が低μ路となり、車両がスリップ状態となるため車速が急峻にゼロに近づくロック傾向になり、その後、スリップ状態からグリップ状態に戻り、車速が急峻に増加することで、外乱トルク推定値が上下し振動的になる。そのため、外乱トルク推定値に基づいて算出されるトルク指令値(モータトルク)も振動している。その結果、前後加速度が前後に揺すられるため、ドライバに不快な振動を与えてしまう。
次に、本実施形態にかかる制御結果について図14(b)を参照して説明する。
時刻t0では、回生トルク指令にて制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1では、回生制動に加えて摩擦ブレーキ制動量Bが立ち上がることで前後加速度が制動側に増加するが、外乱トルク推定値は、ブレーキ制動量推定値Bに基づいて算出されるブレーキトルク推定値により補正されることで平坦路相当になっている。
時刻t2からt4では、車両の走行路面が低μ路となり、車速が急峻にゼロに近づくロック傾向になる。そのため、摩擦ブレーキ制動量BがONするのに加えて、車両がスリップ状態にあると判断されるので、停止制御中止判断フラグflg_stopが1に設定されるとともに、停止制御処理において算出される第3のトルク目標値Tm3*が、アクセル開度−トルクテーブルを参照して算出される第4のトルク目標値Tm4*へ切り替わる。その結果、停止制御を中止して、停止間際にモータトルクを外乱トルク推定値に収束させない制御に切り替わる。これにより、ドライバのアクセル操作に応じて算出される第4のトルク目標値Tm4*に基づいて車両が操作されるため、スリップが収束傾向となり、従来例では発生していた外乱トルク推定値の振動を抑止し、前後加速度の振動をなくすことができる。
時刻t4からt5では、路面状態が、低μ路から高μ路に戻り、スリップ状態判断フラグflg_slipが0に設定される。その後、所定のT1時間の間、図7のステップS713において設定された速応性を上げた停止制御開始時の速度パラメータによる停止制御によって、モータトルクが外乱トルク推定値に収束されるとともに、車両が減速していく。
そして、T1時間経過後のt5〜t6において、通常時の制御パラメータが設定された停止制御によって車両が停止される。
次に、図15を参照して、車両が平坦路を走行中にバッテリ1が満充電となり、回生電力が制限されたためにブレーキ制動量が立ち上がる場面において、さらに、路面状態に起因して車両がスリップ状態となるシーンにおける制御結果について説明する。
図15(a)は、従来例による制御結果のタイムチャートを示し、図15(b)は、本実施形態による制御結果のタイムチャートを示す。図14は、上から順に、トルク指令値、車速V、スリップ率、前後加速度、外乱トルク推定値、および、ブレーキ制動量を表している。また、トルク指令値を表す図中における点線は停止制御中止判断フラグflg_stopを示す(0:停止制御継続、1:停止制御中止)。車速Vを示す図中における点線は、車体速Vcを示す。
また、横軸に示す時間軸において、路面状態は以下の通り変化する。すなわち、時刻t0〜t2は、通常のアスファルト路面等の高μ路、時刻t2〜t4は、氷結路面等の低μ路、時刻t4〜t6は、高μ路である。
まず、従来例にかかる制御結果について、図15(a)を参照して説明する。
時刻t0では、バッテリ1が満充電であるため、ドライバのアクセルペダル操作によらずにブレーキ制動量Bが立ち上がることで制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1以降では、車両が回生可能な低速域に入るため、摩擦ブレーキ制動が弱まり、回生トルクが増加し始める。回生トルクと摩擦ブレーキ12によるブレーキトルクの切り替えは、各制動力の総量が変化しないようにスムーズに実行されるので、当該切り替えによる前後加速度の変化は生じない。なお、外乱トルク推定値は、ブレーキ制動量Bに応じて算出されるブレーキトルク推定値により補正されることで、実際の路面状況に即した平坦路相当になっている。
時刻t2〜t4では、車両の走行路面が低μ路となり、車両がスリップ状態となるため車速が急峻にゼロに近づくロック傾向になり、その後、スリップ状態からグリップ状態に戻り、車速が急峻に増加することで、外乱トルク推定値が上下し振動的になる。そのため、外乱トルク推定値に基づいて算出されるトルク指令値(モータトルク)も振動している。その結果、前後加速度が前後に揺すられるため、ドライバに不快な振動を与えてしまう。
続いて、本実施形態にかかる制御結果について、図15(b)を参照して説明する。
時刻t0では、バッテリ1が満充電であるため、ドライバのアクセルペダル操作によらずにブレーキ制動量Bが立ち上がることで制動している状態であり、外乱トルク推定値は平坦路相当の値を推定している。
時刻t1以降では、車両が回生可能な低速域に入るため、摩擦ブレーキ制動が弱まり、回生トルクが増加し始める。回生トルクと摩擦ブレーキ12によるブレーキトルクの切り替えは、各制動力の総量が変化しないようにスムーズに実行されるので、当該切り替えによる前後加速度の変化は生じない。なお、外乱トルク推定値は、ブレーキ制動量Bに応じて算出されるブレーキトルク推定値により補正されることで、実際の路面状況に即した平坦路相当になっている。
時刻t2からt4では、車両の走行路面が低μ路となり、車速が急峻にゼロに近づくロック傾向になる。そのため、摩擦ブレーキ制動量BがONするのに加えて、車両がスリップ状態にあると判断されるので、停止制御中止判断フラグflg_stopが1に設定されるとともに、停止制御処理において算出される第3のトルク目標値Tm3*が、アクセル開度−トルクテーブルを参照して算出される第4のトルク目標値Tm4*へ切り替わる。その結果、停止制御を中止して、停止間際にモータトルクを外乱トルク推定値に収束させない制御に切り替わる。これにより、ドライバのアクセル操作に応じて算出される第4のトルク目標値Tm4*に基づいて車両が操作されるため、スリップが収束傾向となり、従来例では発生していた外乱トルク推定値の振動を抑止し、前後加速度の振動をなくすことができる。
時刻t4からt5では、路面状態が、低μ路から高μ路に戻り、スリップ状態判断フラグflg_slipが0に設定される。その後、所定のT1時間の間、図7のステップS713において設定された速応性を上げた停止制御開始時の速度パラメータによる停止制御によって、モータトルクが外乱トルク推定値に収束されるとともに、車両が減速していく。
そして、T1時間経過後のt5〜t6において、通常時の制御パラメータが設定された停止制御によって車両が停止される。
以上、一実施形態に係る電動車両の制御装置は、走行駆動源として機能するとともに車両に回生制動力を与えるモータ4と、車両に摩擦制動力を与える摩擦制動部(例えば摩擦ブレーキ12)と、を備える電動車両の制御方法を実現する装置であって、モータ4の回転速度を検出し、モータ4に作用する外乱トルクを推定し、車両状態に基づいて、摩擦制動部による摩擦制動量を検出または推定し、摩擦制動量推定値Bに応じて外乱トルク推定値を補正する。そして、電動車両が停車間際になると、モータ4の回転速度の低下とともに、モータトルクが外乱トルク推定値に収束するようにモータ4を制御する停止時のトルク制御(停止制御)を実行し、停車間際以降において、摩擦制動量推定値Bが予め設定された所定値より大きい場合は、停止時のトルク制御を中止するとともに、アクセル開度とモータの回転速度とに応じて算出される駆動力特性に基づくトルク制御を実行する。
これにより、推定された摩擦制動量と実際に車両に作用しているブレーキ制動量とに乖離が生じても、摩擦制動量が予め設定された所定値より大きい場合は、停止制御を中止するとともに、アクセル開度とモータ回転速度より算出される駆動力特性に基づくドライバの意図に応じた制動力のコントロールが可能となる。このように、摩擦制動量が予め設定された所定値より大きい場合には、停止間際にモータトルクを外乱トルク推定値に収束させないことで、摩擦ブレーキが解放された際、停止制御の影響で車両が前進或いは後退することを抑止し、停車状態を保持することができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、摩擦制動部は電動車両の駆動輪9a、9bに作用する摩擦ブレーキ12であって、摩擦制動量は、摩擦ブレーキ12により車両に作用する摩擦制動力の大きさである。また、摩擦制動量は、ドライバのブレーキペダル操作に応じて増減する。これにより、人の飛び出し等による緊急制動時にドライバがブレーキペダルを操作する場合には、停止制御を中止して、車両の制動をドライバのブレーキペダル操作に委ねることができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、停車間際以降において停止制御を中止する場合は、停止制御を中止する時における外乱トルク推定値を保持し、停車間際以降において停止制御が中止された後、摩擦制動量が予め設定された所定値以下となった場合は、停止制御を中止する際に保持した値を外乱トルク推定値の初期値に設定するとともに、停止制御を再開する。これにより、一定勾配の路面において摩擦制動量が所定値以下となった場合は、停止制御再開時の外乱トルク推定値を改めて算出することなく、正しい値で外乱トルク推定値を初期値として、停止制御を再開することができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、停車間際以降において、停止制御が中止された後、摩擦制動量が予め設定された所定値以下となった場合は、摩擦制動量が予め設定された所定値以下となってから所定時間T1経過するまでの間、停止制御にかかる制御パラメータの速応性を上げるとともに、駆動力特性に基づくトルク制御を中止して、停止制御を実行する。これにより、停止制御再開時に外乱トルク推定値を勾配外乱へと速やかに一致させることができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、電動車両の駆動輪9a、9bがスリップしているか否かを推定し、停車間際以降において、摩擦制動量が予め設定された所定値より大きく、且つ、駆動輪9a、9bがスリップしていると推定した場合は、停止制御を中止するとともに、アクセル開度と前記モータの回転速度とに応じて算出される駆動力特性に基づくトルク制御を実行する。これにより、車両がスリップすることで、停止制御処理において用いられる車両モデル(Gp(s)、Gr(s))が成立しない場合は、停止制御を中止して、停止間際にモータトルクを外乱トルク推定値に収束させない制御に切り替わるので、停止制御の影響により車両が前後に揺れることを抑止することができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、停車間際以降において、停止制御を中止する場合は、停止制御を中止する時における外乱トルク推定値を保持し、停車間際以降において、停止制御が中止された後、所定値以下の摩擦制動量が検出または推定され、且つ、駆動輪9a、9bがスリップしていないと推定した場合は、停止制御を中止する際に保持した値を外乱トルク推定値の初期値に設定するとともに、駆動力特性に基づくトルク制御を中止して、停止制御を再開する。これにより、一定勾配の路面において摩擦制動量が所定値以下となり、かつ、車両がスリップ状態からグリップ状態に戻った場合に、停止制御再開時の外乱トルク推定値を改めて算出することなく、正しい値で外乱トルク推定値を初期値として、停止制御を再開することができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、停車間際以降において、停止制御が中止された後、摩擦制動量が予め設定された所定値以下となり、且つ、前記駆動輪9a、9bがスリップしていないと推定した場合は、摩擦制動量が予め設定された所定値以下となってから所定時間T1経過するまでの間、停止制御にかかる制御パラメータの速応性を上げるとともに、駆動力特性に基づくトルク制御を中止して、停止制御を実行する。これにより、停止制御再開時に外乱トルク推定値を勾配外乱へと速やかに一致させることができる。また、車両がグリップ状態に戻り停止制御が再開された時の路面状況が登坂路であっても、車両の後退が抑止され、速やかに停車することができる。
本発明は、上述した一実施形態に限定されることはない。例えば、図7を参照して説明した停止制御中止判断処理に係るフローでは、ステップS701〜ステップS703の全ての処理を順次実行していたが、必ずしも全てを実行する必要はなく、例えば、ブレーキペダルSWを検知せず(ステップS703)、ブレーキ制動量推定値Bと駆動輪9a、9bのスリップ状態に基づいて(ステップS701、702)、停止制御を中止するか否かを判断してもよい。