植物の品種改良の一手法として、遺伝子組み換え技術が応用されている。すでに、除草剤耐性や害虫耐性などの機能が付加された植物が遺伝子組み換え技術により作出され、実用化が進んでいる。しかし、遺伝子組み換え技術による植物の品種改良は植物への機能付加等にとどまらず、植物に外来遺伝子を導入し有用タンパク質を植物中に発現させるという、いわば植物を有用タンパク質の工場として用いる研究開発がなされている。
組換えタンパク質の植物による生産には多くの利点があり、最も際立ったものとしては、動物トランスジェニック系に比べてコストが削減されること、市場規模に応じた生産規模の調節が容易なこと、ウイルスおよびプリオンなどの動物由来病原体が混入する恐れがないことがある(Daniellら;Trends Plant Sci. 6, 219-226(2001)(非特許文献1)、FischerおよびEmans;Transgenic Research 9,279-299(2000)(非特許文献2)、Giddingsら;Nature Biotech. 18, 1151-1156(2000)(非特許文献3))。
植物における組換えタンパク質の生産に関して、種子系は葉または根を用いる系よりも有利であることが最近明らかにされている(Delaney, 2002;Plants as Factories for Protein Production (Hood, E.E. and Howard, J.A) pp. 139-158(2002). Netherlands: Kluwer Academic (非特許文献4)、HowardおよびHood;Plants as Factories for Protein Production (Hood, E.E. and Howard, J.A) pp. vii-x(2002). Netherlands: Kluwer Academic (非特許文献5))。種子は貯蔵器官であり、その内部には、タンパク粒と呼ばれる特殊なオルガネラ内に少数の貯蔵タンパク質が大量かつ安定的に蓄積されている。これらの性質を利用して、種子は組換えタンパク質の生産のための理想的なバイオリアクターとして用いられてきた。種子内に蓄積された組換えタンパク質は非常に安定性が高く、加工処理または精製を必要とせずに、そのまま経口送達が可能である。抗体またはワクチンを種子内で発現させた場合には、その安定性が高く、室温で保存しても何年間も分解しないことが報告されている。さらに、種子を介して送達されるワクチンは、精製および加工処理を行わなくとも粘膜免疫系による抗体産生を誘導すると考えられている(WalmsleyおよびArntzen; Curr. Opin. Biotech. 11, 126-129 (2000)(非特許文献6))。
ところで、遺伝子組換えによるタンパク質生産において、目的とするタンパク質の生産量は、転写因子等の多くの因子により影響を受ける。そのうちもっとも重要であり制御しやすい因子は、プロモーターの選択である。イネ種子を組換えタンパク質の生産のためのプラットホームとして利用するためには、プロモーターが発現の時期および場所だけでなくそのレベルも制御することから、個々のタンパク質およびバイオテクノロジー用途の必要条件に合わせたプロモーターを用いることが重要である。
しかしながら、胚乳特異的発現に関与するシス調節因子の分析は、異種トランスジェニックタバコおよび同種トランスジェニックイネを用いた少数のグルテリン遺伝子に限定されている(Croissant-SychおよびOkita;Plant Sci. 116, 27-35 (1996)(非特許文献7)、Takaiwaら;Plant Mol. Biol. 16, 49-58 (1991a)(非特許文献8) 、Takaiwaら;Plant Mol. Biol. 30, 1207-1221(1996)(非特許文献9)、Wuら;Plant J. 14, 673-983(1998a)(非特許文献10)、Wuら;Plant J. 23, 415-421(2000)(非特許文献11)、Yoshiharaら;FEBS Lett. 383, 213-218(1996)(非特許文献12)、Zhaoら;Plant Mol. Biol. 25, 429-436(1994)(非特許文献13)、Zhengら;Plant J. 4, 357-366(1993)(非特許文献14))。他の少数のイネ貯蔵タンパク質プロモーターに関しては、空間的な発現パターンが観察されているに過ぎない(Wuら;Plant Cell Physiol., 39, 885-889(1998b)(非特許文献15))
本発明は、種子においてプロモーター活性を有する新規なDNAを提供する。本発明は、上述のとおり、本発明者らによって種子の特定部位に特異的発現活性を有し、恒常的プロモーターや既知の種子特異的プロモーターと比較して高い活性をもつプロモーターが見出されたことに基づくものである。
本発明の上記DNAとしては、具体的には、配列番号:1から7のいずれかに記載された配列からなるプロモーター活性を有するDNAを挙げることができる。該DNAは本発明者らにより、イネ由来のプロモーター活性を有するDNAとして新規に見出されたものであり、次の3つのグループに分類することができる。
(A)胚乳特異的プロモーターDNAグループ(各DNAの塩基配列を配列番号:1〜4に記載)
(B)胚またはアリューロン組織特異的プロモーターDNAグループ(各DNAの塩基配列を配列番号:5および6に記載)
(C)種子全体で発現するプロモーターDNAグループ(各DNAの塩基配列を配列番号:7に記載)
(A)の胚乳特異的プロモーターDNAグループは、イネグルテリン遺伝子GluB-1のプロモーター(配列番号:1)、イネグルテリン遺伝子GluB-4のプロモーター(配列番号:2)、10kDaプロラミンプロモーター(配列番号:3)、16kDaプロラミンプロモーター(配列番号:4)から構成される。このグループの発現部位はアリューロンやサブアリューロン組織で開花後7日目ですでに見られ、登熟過程で内胚乳部位に広がっていく。この発現パターンは登熟過程を通じて変わらない。
(B)の胚またはアリューロン組織特異的プロモーターDNAグループとして挙げたプロモーターは、イネ胚グロブリン遺伝子のプロモーター(配列番号:5)、イネのオレオシンプロモーター(配列番号:6)である。このグループは、登熟期初期(7日目)ではアリューロン組織で発現が見られ、登熟過程でアリューロ組織、胚へと発現が広がるが、胚乳部位での発現は見られない。
(C)の種子全体で発現するプロモーターとして挙げたプロモーターは、イネADPグルコースピロリン酸酵素遺伝子のプロモーター(配列番号:7)である。このプロモーターは、登熟期初期では胚でまず発現が見られ、登熟過程で種子全体での発現がみられる(登熟後期でも胚での発現が最も高い)
(A)から(C)のこれら種子特異的プロモーターであるDNA(以下、「本発明のDNA」と省略)の調整は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。例えば、配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列から適当なプライマー対(例えば、配列番号:9から22)を設計して、イネゲノムDNAを鋳型にPCRを行い、得られる増幅DNA断片をプローブとしてゲノミックライブラリーをスクリーニングすることによって調製することができる。さらに市販のDNA合成機を用いれば、目的のDNAを合成により調製することも可能である。
本発明のDNAは、プロモーター活性を有するDNAの取得(単離)に利用することも可能である。このDNAの単離においてはまず、本発明のDNAもしくはその一部をプローブとして、または、本発明のDNAに特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、所望の生物から上記DNAと高い相同性を有するDNAを単離することができる。一般的なハイブリダイゼーション技術(Southern, EM., J Mol Biol, 1975, 98, 503.)、またはPCR技術(Saiki, RK. et al., Science, 1985, 230, 1350.、Saiki, RK. et al., Science, 1988, 239, 487.)によって単離可能な、配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAもまた、本発明のDNAに含まれる。すなわち、配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列からなるDNA、もしくはその一部をプローブとして、また配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列からなるDNAに特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、所望の生物から配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列からなるDNAと高い相同性を有するDNAを単離することは、当業者にとって通常行い得ることである。このようなDNAを単離するためには、好ましくはストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行う。本発明においてストリンジェントなハイブリダイゼーション条件としては、6M 尿素、0.4% SDS、0.5×SSCの条件、または0.1% SDS(60℃、0.3mol NaCl、0.03M クエン酸ソーダ)のハイブリダイゼーション条件、あるいはこれらと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を指す。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M 尿素、0.4%SDS、0.1×SSCの条件下では、より相同性の高いDNAを単離できることが期待される。高い相同性とは、塩基配列全体で好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、最も好ましくは90%以上(例えば、95,96,97,98,99%)の配列の同一性を指す。
塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1990, 87, 2264-2268.、Karlin, S. & Altschul, SF., Proc NatlAcad Sci USA, 90, 5873.)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul, SF. et al., J Mol Biol, 1990, 215, 403.)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
本発明のDNAは、通常植物由来であり、好ましくは単子葉植物由来、より好ましくはイネ科由来であるが、種子特異的プロモーター活性を有するDNAであれば、特にその由来は制限されない。
また、本発明は、上記のDNAと構造的に類似しており、かつプロモーター活性を有するDNAを提供する。このようなDNAとしては、例えば、配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列において、1または複数の塩基が置換、欠失、付加、および/または挿入された塩基配列からなり、種子特異的プロモーター活性を有するDNAを挙げることができる。このようなDNAもまた、本発明のプロモーター活性を有するDNAの単離に使用することができる。このようなDNAを調製するために当業者によく知られた方法としては、例えば、上記ハイブリダイゼーション技術、およびポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術等が挙げられる。さらに上記DNAは、例えば、配列番号:1から7のいずれかに記載の塩基配列からなるDNAに対して、site-directed mutagenesis法(Kramer, W. & Fritz, HJ., Methods Enzymol,1987, 154, 350.)により変異を導入することにより調製することもできる。
また、上記のようにして調製されたDNAがプロモーター活性を有するか否かは、当業者においてはレポーター遺伝子を用いた周知のレポーターアッセイ等により検討することが可能である。該レポーター遺伝子としては、その発現が検出可能なものであれば特に制限されず、例えば、当業者において一般的に使用されるCAT遺伝子、lacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β-グルクロニダーゼ(以下、GUS)遺伝子、およびGFP遺伝子等を挙げることができる。
レポーター遺伝子の発現レベルは、該レポーター遺伝子の種類に応じて、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、レポーター遺伝子がCAT遺伝子である場合には、該遺伝子産物によるクロラムフェニコールのアセチル化を検出することによって、レポーター遺伝子の発現レベルを測定することができる。レポーター遺伝子がlacZ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による色素化合物の発色を検出することにより、また、ルシフェラーゼ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による蛍光化合物の蛍光を検出することにより、また、GUS遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用によるGlucuron(ICN社)の発光や5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-グルクロニド(X-Gluc)の発色を検出することにより、さらに、GFP遺伝子である場合には、GFPタンパク質による蛍光を検出することにより、レポーター遺伝子の発現レベルを測定することができる。
また、上記以外の遺伝子をレポーターとする場合、該遺伝子の発現レベルの測定は、当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、該遺伝子のmRNAを定法に従って抽出し、このmRNAを鋳型としたノーザンハイブリダイゼーション法、またはRT-PCR法を実施することによって該遺伝子の転写レベルの測定を行うことができる。さらに、DNAアレイ技術を用いて、該遺伝子の転写レベルを測定することも可能である。また、該遺伝子からコードされるタンパク質を含む画分を定法に従って回収し、本発明のタンパク質の発現をSDS-PAGE等の電気泳動法で検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うこともできる。さらに、該遺伝子からコードされるタンパク質に対する抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法を実施し、該タンパク質の発現を検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うことも可能である。該遺伝子からコードされるタンパク質の検出に用いる抗体としては、検出可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばモノクローナル抗体、またはポリクローナル抗体の両方を利用することができる。該抗体は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。
また、本発明は上記プロモーターDNAの下流に任意の遺伝子が機能的に結合されているDNAを提供する。本発明のDNAは、上記プロモーターDNAの活性化を通じて、該任意遺伝子がコードする所望のタンパク質やペプチドを種子特異的に発現させることができる。
本発明において、「機能的に結合した」とは、本発明のプロモーター活性を有するDNAに転写因子が結合することにより、下流の遺伝子の発現が誘導されるように、本発明のDNAと該遺伝子とが結合していることをいう。従って、該遺伝子が他の遺伝子と結合しており、他の遺伝子産物との融合タンパク質を形成する場合であっても、本発明のDNAに転写因子が結合することによって、該融合タンパク質の発現が誘導されるものであれば、上記「機能的に結合した」の意に含まれる。
本発明は、上記プロモーターDNAまたは上記プロモーターDNAの下流に任意の遺伝子が機能的に結合されているDNA(以後、これらを上記DNAと略す)を含むベクターを提供する。本発明のベクターは、宿主細胞内において上記DNAを保持したり、所望のタンパク質等を発現させるために植物体を形質転換したりするのに有用である。
上記DNAを挿入するベクターは、植物細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることも可能である。上記DNAが挿入されたベクターは、例えば、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法等の当業者に公知の方法によって、植物細胞に導入することができる。アグロバクテリウムを介する方法においては、例えばNagelらの方法(Microbiol.Lett.,67:325(1990))にしたがって、上記DNAが挿入された発現ベクターをアグロバクテリウムに導入し、このアグロバクテリウムを直接感染法やリーフディスク法で植物細胞に感染させることにより、上記DNAを植物細胞に導入することができる。
また本発明は、上記DNAやベクターが導入された形質転換植物細胞を提供する。本発明における形質転換植物細胞は、上記DNAやベクターが導入された植物の細胞または細胞の集合であって植物体を再生しうるものであれば、その形態を問わない。例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどは本発明における植物細胞に含まれる。
植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
さらに、本発明は上述した細胞を保持した形質転換植物体を提供する。本発明植物体は、所望の遺伝子産物の産生系として利用できる。
形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。イネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))の方法が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594 (1989))の方法が挙げられ、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports12:7-11 (1992))の方法が挙げられ、ユーカリであれば土肥ら(特開平8-89113号公報)の方法が挙げられる。
また本発明は、上記DNAが導入された細胞を保持する植物体のみならず、その繁殖材料をも提供する。一旦、ゲノム内に上記DNAやベクターが導入された形質転換植物体が得られれば、繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。特に、種子は繁殖材料であると同時に、導入された上記プロモーターにより外来遺伝子産物が高度に蓄積された部位である。
さらに本発明は、任意の遺伝子を植物細胞の種子において発現させる方法を提供する。本発明の方法は、本発明の上記プロモーターDNAの下流に任意の遺伝子が機能的に結合されているDNAまたは上述の本発明ベクターを植物細胞に導入する工程および該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む。植物細胞への導入工程、植物体の再生工程は上述の方法によることができる。本発明の方法は、植物から所望の遺伝子産物を得る目的で、あるいは、所望の遺伝子産物を蓄積した種子を得る目的で使用することができる。本発明の方法により所望の遺伝子を用いて再生された植物体は、該所望遺伝子産物を蓄積している種子を結実するため、該所望遺伝子産物は、種子から精製する等によって得ることができる。また、該所望産物が医薬品等である場合は、種子のまま摂取可能なことから、遺伝子産物の精製工程を省略し、種子を最終形態として使用することもできる。
本発明者らが単離したプロモーターのうち、10kDaイネプロラミンプロモーターについては、興味ある知見が得られた。種子特異的プロモーター活性を検討する過程において、10kDaプロラミンプロモーターの下流にNosターミネターが結合された場合は種子のみならず、根、茎等の師部にも発現が見られるにもかかわらず、本来の3'非翻訳領域(0.3kb;配列番号:8)が結合された場合は、種子以外での発現が抑えられることが明らかになった。すなわち、本発明者らは、イネの10kDaプロラミンプロモーターの3'非翻訳領域配列が胚乳以外の部位における発現を抑制し、胚乳特異的発現には3'側の非翻訳領域の配列が必要であることを見出した。これまでに、本発明者らにより、5'側非翻訳領域を種子中での発現を保証するプロモーターと外来遺伝子との間に挿入することにより、外来遺伝子産物を種子中に高度に発現できることが明らかにされているが(特開2002-58492)、種子特異的発現に5'側のみならず3'側配列が必要であることが明らかになったのは、種子貯蔵タンパク質遺伝子では初めてである。
該3'非翻訳領域は、胚乳に加えて他の組織でも活性を有するプロモーターの下流に結合することで、胚乳以外での発現を抑制し、胚乳特異的発現を可能にさせるために利用することが考えられる。
従って、本発明は、(1) 配列番号:8に記載の3'非翻訳領域のDNA、(2) 該3'非翻訳領域を含むベクター、(3) 任意のプロモーターおよび該3'非翻訳領域を含むベクター、(4) 任意のプロモータ、任意の遺伝子、および該3'非翻訳領域を含むベクター、(5) (4)のベクターを保持する細胞および形質転換植物体、(6)該形質転換植物体の繁殖材料、並びに(7)該3'非翻訳領域をを利用した胚乳特異的発現の誘導方法をも提供するものである。
以下、実施例によりさらに本発明を詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に制限されるものではない。
[実施例1] プロモーター-GUSキメラ遺伝子の構築およびトランスジェニック植物の単離
調節因子と推定されるものを調べることではなく、種子で発現される複数の遺伝子の発現パターンおよびプロモーター活性を特徴付けることとした。サイズが0.8〜2.4kbの範囲にわたる15種のプロモーターを、ゲノムDNAまたはゲノムクローンをテンプレートとして用いるPCRによって単離した。
遺伝子および対応するプロモーターのサイズは以下の通りである:イネ10kDaプロラミン、0.8kb;イネ13kDaプロラミン(PG5a)、0.9kb;イネ16kDaプロラミン、0.9kb;イネグルテリンGluB-4、1.4kb;イネ胚グロブリン(REG2)、1.3kb;イネ18kDaオレオシン(Ole18)、1.3kb;イネグルタミン酸合成酵素遺伝子(GOGAT)、0.8kb;イネピルビン酸、正リン酸ジキナーゼ(PPDK)、0.8kb;イネADP-グルコースピロホスホリラーゼ(AGPアーゼ)、2.0kb;イネデンプン分枝酵素(SBE1)、2.0kb;およびダイズβ-コングリシニン、1.0kb。イネグルテリン GluB-1:1.3kb、2.3kb、イネグルテリン GluB-2;2.4kbおよびイネアラニンアミノトランスフェラーゼ(AlaAT);1kb、 イネ26kDaグロブリン(Glb-1);1.0kb、トウモロコシユビキチンプロモーター:2kb。
このうち、2.3kb GluB-1、GluB-4、10kDaプロラミン、16kDaプロラミン、イネ胚グロブリン、イネのオレオシン、イネADPグルコースピロホスホリラーゼのプロモーターの配列をそれぞれ配列番号:1から7に、これらプロモーターを単離するために用いたプライマー対の配列を配列番号:9から22に示した)。
種々のプロモーター断片を、ハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ(HPT)遺伝子を選択マーカーとして含む改変バイナリーベクターpGPTV-35S-HPTに挿入した(図1)。改変ベクターはpGPTV-HPTバイナリーベクター(Beckerら1992)から、Nosプロモーターを0.8kb CaMV 35Sプロモーターの代わりにHPT遺伝子のプロモーターとして用いることによって構築した。検討する種子プロモーターを、改変バイナリーベクター中でβ-グルクロニダーゼ(GUS)をコードするUdiA遺伝子の上流に導入した。
トランスジェニックイネ植物体(Oryza sativa cv Kitaake)は、アグロバクテリウムを介した形質転換によって作出した。上記の通りに構築したプラスミドを、電気穿孔によってアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)EHA105株に導入した。イネ成熟種子に由来する5週齡カルスを、形質転換したA. tumefaciensによって3日間にわたり処理した。感染カルスのそれぞれを、ハイグロマイシンを含むN6選択培地およびMS再生培地中で4週間にわたって連続培養した。再生した実生を温室に移した(Gotoら、Nature Biotech. 17, 282-286(1999))。
各構築物に対して、20種を上回る独立したトランスジェニック植物を作出した。所望のプロモーター融合物の存在を、独立したトランスジェニックイネ系統の葉から単離したゲノムDNAを用いるPCRによって確認し、陽性系統をプロモーター特性の分析に用いた。
[実施例2] 種子貯蔵タンパク質遺伝子のプロモーターの種子における活性
種子貯蔵タンパク質プロモーターによって導かれるGUSレポーター遺伝子発現の部位を明らかにするために、トランスジェニックイネの種子を組織化学染色によって検査した。組織化学的分析のために、開花後(DAF)17日の段階にある成熟中の種子をカミソリ刃で長軸方向に切片化した上で、0.5mM X-Gluc(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドイルグルクロニド)および20%メタノールを含む50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)中にて37℃でインキュベートした。染色反応のための至適インキュベーション時間は、GUS活性の程度に応じて30分から一晩までさまざまであった。
検出した発現パターンを図2に示す。イネのグルテリンプロモーター(1.3kbおよび2.3kbのGluB-1、GluB-2ならびにGluB-4、図2-a〜d)およびプロラミンプロモーター(10kDa、13kDaおよび16kDa、図2-e〜g)は胚乳におけるGUS遺伝子の発現を導いた。グルテリンプロモーターおよびプロラミンプロモーターからのGUS発現はアリューロンおよびサブアリューロンで観察されたが、胚には認められなかった。グルテリンプロモーターおよびプロラミンプロモーターを含むトランスジェニックイネの成熟中の種子をさらに詳しく調べたところ、GUS活性は胚乳の外側部で最も高く、内部では弱いことが判明した。GluB-1プロモーター(1.3kbおよび2.3kbの両方)は、胚付近の胚乳領域ではるかに高い活性を示した。13kDaプロラミンプロモーター(PG5a)によって導かれたGUS発現は胚乳の外側部に厳密に限定されていた。26kDaグロブリンGlb-1プロモーターは内部のデンプン質胚乳組織におけるGUS発現を導いた(図2-h)。胚貯蔵タンパク質プロモーター(REG 2、Ole18およびβ-コングリシニン、図2-i〜k)によって生じたGUS発現は胚およびアリューロンに限局され、胚乳では全く発現がみられなかった。これらの胚貯蔵タンパク質プロモーターによって媒介されるGUSの発現パターンの間にはほとんど違いが認められなかった。興味深いことに、双子葉植物と単子葉植物との間の発現の違いに関しては数多くの報告があるにもかかかわらず(Chowdhuryら、Plant Cell Rep. 16, 277-281(1997)、Rathaousら、Plant Mol. Biol. 23, 613-618(1993))、双子葉植物であるダイズ由来のβ-コングリシニンプロモーターは単子葉植物であるイネでも胚特異的発現を保った。β-コングリシニンプロモーターによって導かれたGUS発現はイネでは極めて弱いことも注目され、同じプロモーターを双子葉植物であるタバコに導入した場合に胚および子葉で高発現がみられたことと著しく対照的であった。
全体的には、種子貯蔵タンパク質プロモーターとの融合物を有するトランスジェニックイネでは葉、葉鞘、茎および根のいずれにもGUS活性は検出されなかった(非提示データ)。唯一の例外は10kDaプロラミンプロモーターであり、これは栄養器官である程度発現が認められた(図3)。これらの結果は、胚乳貯蔵タンパク質遺伝子(10kDaプロラミンを除く)は胚乳特異的な様式で発現され、胚貯蔵タンパク質遺伝子の発現は胚およびアリューロン層に限定されるという結論を裏付けるものである。
種子貯蔵タンパク質プロモーターは胚乳または胚のいずれかに特異的な発現を示したものの、非貯蔵タンパク質のプロモーターは異なる発現パターンを呈した(図2)。AlaATプロモーターによる指令を受けるGUS遺伝子はデンプン質胚乳の中心部で発現され、胚付近の胚乳ほど活性が高かった(図2-l)。PPDK-GUS導入遺伝子の発現パターンは胚乳貯蔵タンパク質のものと類似していた(図2-o)。AGPアーゼプロモーターによる指令を受けるGUS遺伝子は果皮を含む種子全体で発現されたが、特に内部のデンプン質胚乳および胚で高度であった(図2-n)。これに対して、GOGATプロモーターおよびSBEプロモーターは、主として胚盤(胚と胚乳との境界部)におけるGUS遺伝子の発現を導いた(図2-mおよび2-p)。
[実施例3] 栄養器官におけるGUS発現パターン
検討したプロモーターのほとんどが、GUS遺伝子の胚乳特異的または胚特異的な発現を示した。しかし、GUS活性は、10kDaプロラミン、PPDKおよびAGPアーゼのプロモーター(図3)、さらにはAlaATプロモーター(Kikuchiら、Plant Mol. Biol. 39, 149-159(1999))を有するトランスジェニックイネの栄養組織中でも検出された。これらのトランスジェニックイネでは、胚乳または種子全体に加えて、葉、葉鞘および茎における維管束の師部でもGUS活性が検出された(図3-a〜c)。これらのトランスジェニックイネでは根の内皮にもGUS活性が検出された。しかし、AGPアーゼプロモーターによって生じた発現パターンはPPDKおよび10kDaプロラミンのプロモーターによるものとは幾分異なり、特に前者のプロモーターは頂端分裂組織におけるGUSの高発現を生じさせたが、一方、後者の2つのプロモーターは根組織の均一な染色をもたらした。さらに、根でのGUS活性も異なり、AGPアーゼプロモーターはPPDKプロモーターおよび10kDaプロラミンプロモーターよりも強力であった。
天然型の10kDaプロラミン遺伝子は通常は成熟中の胚乳で発現され、栄養組織では検出されない。今回観察されたGUS融合物の異所性発現は、Nosターミネーターを天然型10kDaプロラミン遺伝子の停止コドンの下流にある0.3kb領域に置き換えることにより、正常な胚乳特異的発現に戻すことができた(非提示データ)。3'転写終結領域のこの置換はプロモーター活性にほとんど影響を及ぼさなかったことが注目される。これらの結果は、10kDaプロラミン遺伝子の胚乳特異的発現には5'隣接領域と3'隣接領域の両方が必要なことを示している。
なお、3'転写終結領域の単離に用いたプライマー対を配列番号:23および24に示す。
[実施例4] 種子発生過程におけるプロモーター活性
発生過程にある種子における導入遺伝子発現の分布を、7、12および17 DAFに採取した種子の縦断切片の組織染色によって検討した。具体的には、開花後(DAF)7、12および17日の段階にある成熟中の種子をカミソリ刃で長軸方向に切片化した上で、0.5mM X-Gluc(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドイルグルクロニド)および20%メタノールを含む50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)中にて37℃でインキュベートした。染色反応のための至適インキュベーション時間は、GUS活性の程度に応じて30分から一晩までさまざまであった。
種子成熟過程における発現パターンをすべてのトランスジェニック系統で検討し、各種子プロモーターに関して代表的な1つの系統の結果を図4および図5に示した。興味深いことに、GUS発現が最初に検出された部位は構築物毎に異なっていた。グルテリンプロモーターおよびプロラミンプロモーターの場合は、青色のGUS染色が胚乳の周辺領域、すなわちアリューロンおよびサブアリューロンで最初に観察された。グルテリンプロモーターおよび16kDaプロラミンプロモーターに関してはその後、種子の成熟に伴って(17 DAF)染色が内部のデンプン質胚乳にも広がったが、10kDaおよび13kDaプロラミンプロモーターではこれはみられなかった(図4-a〜g)。この発現パターンは、青色のGUS染色が胚付近の内部デンプン胚乳細胞で最初に観察され、発現パターンが種子発生過程中に変化しなかった26kDa Glb-1プロモーターとは著しく対照的であった(図4-h)。
REG2、Ole18およびβ-コングリシニン遺伝子のプロモーターによって導かれるGUS遺伝子の発現は7 DAFまでに観察された。この活性はアリューロン層でまず生じた後に、胚で発現される傾向がみられた。これらのプロモーターの発現はアリューロンおよび胚に限局していた(図4-i,jおよび図5-k)。
非貯蔵タンパク質のプロモーターの代表的なトランスジェニック系統の種子成熟過程における時間的パターンを図5-l〜pに示す。AlaATプロモーターからのGUS発現は最初に内部のデンプン質胚乳組織に現れ、最終的には胚乳全体に広がったが、胚は染色されないままであった(図5-l)。SBE1プロモーターによって生じたGUS活性も内部デンプン質胚乳組織、特に胚付近の組織に限局していた(図5-p)。しかし、GUS活性が極めて低いため、青色の染色は12 DAFまで検出することができなかった。これに対して、AGPアーゼ遺伝子プロモーター融合物を導入した場合には、GUS染色は胚から始まり、その後に胚乳の中央部にも広がった。青色のGUS染色は最終的には成熟に向かう種子組織全体で観察され、胚における染色が強かった(図5-n)。種子発生過程におけるこの発現プロファイルは、ユビキチンプロモーターで観察されたものと非常に類似していた(図5-q)。これに対して、PPDKプロモーターはグルテリンプロモーターおよびプロラミン遺伝子プロモーターのものに類似した発現パターンを示した(図5-o)。GOGATプロモーターによって導かれるGUS活性は胚盤に限局しており、GUS活性が7 DAFの時点で検出されなかったことを除いて種子発生過程における変化はほとんどなかった(図5-m)。
[実施例5] プロモーター強度の定量分析
種々のプロモーターの強度を評価するために、GUS活性の蛍光分析アッセイをJefferson(1987)に従って行った。17 DAFの成熟中の種子をGUS抽出バッファー(50mM NaPO4、pH 7.0、10mM 2-メルカプトエタノール、10mM Na2-EDTA、0.1%SDS、0.1%Triton X-100)中でホモジネート化した。遠心処理の後に、上清の10μlを、1mM 4-メチルウンベリフェリルβ-D-グルクロニド(MUG)を含むアッセイ用バッファー90μlと混合した。37℃で1時間インキュベートした後に、0.2M Na2CO3 900μlを添加することによって反応を停止させた。蛍光光度計の値を4-メチルウンベリフェロン(4MU)希釈系列の値と比較した。タンパク質含量は、Bio-Rad Protein Assayキットを用い、血清アルブミンを標準物質として用いて評価した。各トランスジェニック植物から種子を3個ずつアッセイした。
図6に示す通り、プロモーター活性には大きな差異があった。今回分析した種子プロモーターはプロモーター強度に基づいて4つの群に分類することができる。高GUS活性群には以下の4つが属する:GluB-4、10kDaプロラミン、16kDaプロラミンおよびGlb-1の各プロモーター。これらのプロモーターの平均GUS活性はそれぞれ44.8±16.5、38.8±10.8、27.1±12.7および28.6±11.8pmol 4MU/分/μgタンパク質であった。中等度GUS活性群には以下の2つが属する:2.3kb GluB-1およびAGPアーゼ遺伝子の各プロモーター。それらのGUS活性は高活性群で観察されるものよりも低いが、他のものよりははるかに高い。2.3kb GluB-1プロモーターおよびAGPアーゼプロモーターの平均GUS活性はそれぞれ21.3±7.0および10±4.7pmol 4MU/分/μgタンパク質であった。7種のプロモーター、すなわち1.3kb GluB-1、GluB-2、13kDプロラミン、REG-2、Ole18、AlaATおよびPPDKの各プロモーターは暫定的に、比較的低いGUS活性群に分類した。これらのプロモーターの平均GUS活性はそれぞれ2.1±1.2、5.5±2.2、7.4±5.5、2.4±1.2, 2±4.6、5.9±4.0および4.0±3.0pmol 4MU/分/μgタンパク質であった。残る3種のプロモーターであるGOGAT、SBE1およびβ-コングリシニン遺伝子の各プロモーターは低GUS活性群に分類した。これらのプロモーターによって導かれるGUS発現は極めてわずかであり、活性は1pmol 4MU/分/μgタンパク質未満であった。対照として用いたユビキチンプロモーターからのGUS活性は、平均7.4±8.5pmol 4MU/分/μgタンパク質(成熟中の種子内)であった。ユビキチンプロモーターは汎用プロモーターとして多くの用途に用いられているものの、このレベルは比較的低いGUS活性群のプロモーターから得られたものと同程度であった。
比較のために、PPDKプロモーターおよびAGPアーゼプロモーターの栄養組織中での活性も検討した。葉、茎および鞘における平均GUS活性は、PPDKについてはそれぞれ8.7±6.8、3.7±3.6および16.3±13.9pmol 4MU/分/μgタンパク質であり、AGPアーゼについてはそれぞれ12.5±5.0、40.2±28.5および23.2±16.6pmol 4MU/分/μgタンパク質であった。これらのプロモーター活性は成熟中の種子から得られたものと同程度であるかそれよりも高かった。これに対して、10kDaプロラミンプロモーターに関しては栄養組織での発現が観察されたものの、GUS活性(葉3.1±1.1;茎6.0±2.9;鞘2.3±1.0pmol 4MU/分/μgタンパク質)は成熟中の種子で観察されたものよりもはるかに低かった。PPDK、AGPアーゼおよび10kDaプロラミン遺伝子は構成性に発現されるが、種々の組織における発現レベルは遺伝子によってさまざまであった。