本発明に係る鼻腔粘膜組織収縮性治療剤は、有効成分としてエタノールを含有することを特徴とする。本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を適用する鼻腔粘膜下部組織としては、例えば、下鼻甲介粘膜下部組織、中鼻甲介粘膜下部組織、鼻茸の粘膜下部組織等が挙げられ、特に下鼻甲介粘膜下部組織を対象とすることが好ましい。特に、鼻甲介粘膜下部組織は、鼻腺、海綿様構造を呈する血管網および知覚や自律神経の神経線維に富んでおり、通常鼻腔内の空調作用や生理的腫脹変化などに役立っているため、アレルギー性鼻炎のような病態におかれた場合には、過剰な粘膜下副交感神経の緊張により、血管網の拡張や鼻腺分泌機能の亢進を来たしやすく、いわゆる鼻粘膜の腫脹や鼻汁分泌の過多が頻発となるだけではなく、さらに、知覚神経である三叉神経の過敏により、脳幹網様体を介して、三叉神経と舌咽、迷走、横隔膜神経などの運動神経系との間に形成されたくしゃみ神経反射弓も一層興奮状態となり、くしゃみの多発につながるが、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を適用すれば、粘膜の収縮減量による鼻閉の軽減はもちろんのこと、上述のように鼻腺、血管網及び副交感神経や三叉神経の神経線維もエタノールの凝固作用で同時に損傷ないし部分的に破壊されることにより、鼻汁分泌の減少、粘膜の充血性腫脹の低下、及びくしゃみ発作を抑制することが可能となる。
本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤において、エタノールの含有量としては、治療剤中、30〜95質量%であることが好ましく、50〜80質量%であることがより好ましく、60〜75質量%であることがさらに好ましく、65〜70質量%であることが特に好ましい。エタノール濃度が上記範囲にあることにより、適度な量の治療剤の投与により粘膜組織の適切な収縮を図ることが可能となって、組織に過度の負担を与えることなく粘膜組織を適切に収縮することができる。
また、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤においては、有効成分としてステロイド剤を含有することが好ましく、かかるステロイド剤の含有量としては、治療剤中、0.01〜1.0質量%であることが好ましく、0.05〜0.5質量%であることがより好ましく、0.08〜0.4質量%であることがさらに好ましく、0.1〜0.3質量%であることが特に好ましい。ステロイド剤が有する抗炎症作用、抗浮腫作用により、エタノールによる粘膜変性に伴う局所粘膜の非特異的炎症浸潤、腫脹等を最小限に抑えることができ、この効果は後述する実施例に示されるように非常に顕著である。従って、治療剤投与後の粘膜の炎症反応による局所の疼痛や不快感等を軽減することができると考えられる。このステロイド剤は、エタノール溶液に溶けやすく、また混合による両者の相互薬理作用については、組織からの抽出等の関連データから、外観的変化は勿論のこと、生化学的変化も発生しないものと考えられ(「厚生省薬務局審査第2課:日本薬局方外医薬品成分規格 厚生省 P-P:1282-1284. 1989」、「ステロイドホルモン.ホルモンIIペプチドホルモン.新生化学実験講座9(日本生化学会編) 東京化学同人 P-P:81-109, 1992」)、エタノールを有効成分とする本発明の治療剤中に含有させてもその効用を十分に発揮することができる。
具体的に、上記ステロイド剤としては、抗炎症力価の高いものが好ましく、例えば、リン酸デキサメタゾンナトリウム、リン酸ベタメタゾンナトリウム、リン酸プレドニゾロンナトリウム、酢酸メチルプレドニゾロン、コハク酸プレドニゾロンナトリウム、酢酸デキサメタゾン、酢酸ベタメタゾン・ベタメタゾンリン酸ナトリウム、トリアムシノロンアセトニド等が挙げられ、特に抗炎症作用の力価が高いことと、異物反応が少ないことなどの点からリン酸デキサメタゾンナトリウム、リン酸ベタメタゾンナトリウムが好ましい。より具体的には、デカドロン(登録商標)、オルガドロン(登録商標)、リンデロン(登録商標)、コルソン(登録商標)等が挙げられ、さらに溶解性の点からオルガドロン(登録商標)やリンデロン(登録商標)が好ましい。
また、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤は、有効成分として抗ヒスタミン剤を含有することが好ましく、かかる抗ヒスタミン剤の含有量としては、治療剤中、0.01〜1.0質量%であることが好ましく、0.05〜0.5質量%であることがより好ましく、0.1〜0.3質量%であることがさらに好ましい。抗ヒスタミン剤を含有することにより、ヒスタミンの働き、すなわち末梢血管の拡張、血管壁の透過性亢進、腺組織の分泌増進などの作用を強く抑制し、エタノール注入刺激による局所粘膜の炎症反応、とりわけ一時的な組織滲出液の過剰分泌や浮腫の軽減に有効と考えられる。具体的に、上記抗ヒスタミン注射剤としては、塩酸ジフェンヒドラミン、マレイン酸クロルフェニラミン(dl体、d体)、テオクル酸ジフェニルピラリン、塩酸ジフェニルピラリン、塩酸プロメタジン等が挙げられ、例えばレスミン(登録商標)、クロール・トリメトン(登録商標)、ポララミン(登録商標)、プロコン(登録商標)、ハイスタミン(登録商標)などが挙げられる。エタノールに溶解しやすいこと、抗ヒスタミンの力価が高いこと、及び抗コリン作用や中枢神経抑制作用が弱いことなどの点からレスミン(登録商標)もしくはポララミン(登録商標)が好ましい。
上記本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤は、有効成分(エタノール、ステロイド剤、抗ヒスタミン剤)がそれぞれ個別に容器等に収容される形態であってもよいし、混合液として容器等に収容される形態であってもよい。
なお、鼻腔粘膜と口腔咽頭粘膜のエタノールに対する反応性の違いから、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤中に、有効成分として必ずしもステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤を含有する必要はない。即ち、口腔咽頭粘膜の場合は、仮に中軽度以下の粘膜の腫脹であっても、常に咽頭腔で上気道の閉塞を来たす危険性があり、それは窒息などの不慮の事故に直結するものであることから、ステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤との併用が必要であるが、鼻粘膜の場合、同量のエタノールの注射により来たされる局所粘膜の腫脹度合いは比較的軽度に止まることが判明し、また、実際元々の鼻粘膜の病的腫脹により、すでに両鼻腔がほぼ閉鎖し呼吸道としての機能が果たされていない状態の中で、注射後にさらなる粘膜の腫脹による呼吸苦が来たされることは考えにくいからである。
さらに、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤は、必要に応じて適量の麻酔剤、エタノールの拡散を防ぐ血管収縮剤等を含有してもよい。具体的に、麻酔剤としては、リドカイン、塩酸リドカイン、塩酸メピバカイン、塩酸プロピトカイン、塩酸プロカイン、塩酸テトカイン等が挙げられる。また、血管収縮剤としては、エピネフリン等が挙げられる。特に上記の麻酔剤と血管収縮剤の合剤、例えばキシロカイン(E注)(登録商標)、シタネスト(E注)(登録商標)を用いることがより好ましい。
以上説明した本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤によれば、鼻腔粘膜組織を収縮させることができるので、鼻腔を広げて鼻の通気をよくし、容易かつ安全に、しかも侵襲性が極めて小さく、慢性肥厚性鼻炎、血管運動性鼻炎、通年性又は季節性のアレルギー性鼻炎、慢性鼻副鼻腔炎、及び鼻茸等による鼻閉の症状を改善することができると共に、粘膜下神経線維の反射弓を抑制することができるので、神経の刺激反射によって惹起されるくしゃみの発作や鼻汁分泌を改善することができる。さらに、エタノールを有効成分とするので、非常に安価である上に、非常に安全性が高く、人体に対する副作用や後遺症などの危険性が極めて少ない。また、上記ステロイド剤、抗ヒスタミン剤、麻酔剤、血管収縮剤等の添加剤を含有する本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を注射投与した場合、注射後に開放性術創が形成されず注入した治療剤の漏出がほとんど起こらないので、非常に効率よくステロイド剤等の添加剤が組織内に留まり、その作用を最大限に発現でき、添加剤の含有量をより少量にすることができる。
次に、本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法について説明する。
本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、上記鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を鼻腔粘膜下部組織に投与することを特徴とする。粘膜組織治療剤の投与方法としては、粘膜組織収縮性治療剤を鼻腔粘膜下部組織に直接注射投与することができ、かかる注射器としては一般的な注射器を用いることができるが、後述する本発明の側部連続プッシュ式注射器を用いることが、容易かつ安全にしかも正確に治療剤を注入できるので好ましい。粘膜組織収縮性治療剤を投与する鼻腔粘膜下部組織としては、例えば下鼻甲介粘膜下部組織、中鼻甲介粘膜下部組織、鼻茸の粘膜下部組織等が挙げられ、特に下鼻甲介粘膜下部組織を対象とすることが好ましい。鼻甲介粘膜下部組織は、鼻腺、海綿様構造を呈する血管網および知覚や自律神経の神経線維に富んでおり、通常鼻腔内の空調作用や生理的腫脹変化などに役立っているため、アレルギー性鼻炎のような病態におかれた場合には、過剰な粘膜下副交感神経の緊張により、血管網の拡張や鼻腺分泌機能の亢進を来たしやすく、いわゆる鼻粘膜の腫脹や鼻汁分泌の過多が頻発となるだけではなく、さらに、知覚神経である三叉神経の過敏により、脳幹網様体を介して三叉神経と舌咽、迷走、横隔膜神経などの運動神経系との間に形成されたくしゃみ神経反射弓も一層興奮状態となり、くしゃみの多発につながるが、本発明の粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法によれば、粘膜の収縮減量による鼻閉の軽減はもちろんのこと、上述のように鼻腺、血管網及び副交感神経や三叉神経の神経線維もエタノールの凝固作用で同時に損傷ないし部分的に破壊されることにより、鼻汁分泌の減少、粘膜の充血性腫脹の低下およびくしゃみ発作を抑制することが可能となる。
粘膜組織治療剤の投与量としては、病変の状態や症状の程度によって適宜決定することができるが、粘膜下部組織の膨張を考慮すると、一般に、その投与量は、0.05〜2.0mLであることが好ましく、0.1〜1.0mLであることがより好ましい。また、粘膜組織治療剤の投与は、一度に行ってもよいが、組織の急変を防止し、より安全に治療が行うことができるように、複数箇所に分注することが好ましく、注射針先を粘膜下部組織に挿入して例えば注射針を抜きながら該粘膜下部組織内で注射針先の位置をかえて刺入経路の複数箇所に分注することがより好ましい。分注する際の1回の注入量としては、0.01〜0.5mlであることが好ましく、0.05〜0.3mlであることがより好ましく、0.08〜0.15mlであることがさらに好ましい。特に、エタノール濃度が高い場合、局所の変性、腫脹などがより急激なものとなるため、一箇所あたりの注入量を少量にし、複数箇所に投与することが好ましい。
また、本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法において、投与する治療剤にステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤が含有されていない場合、投与前若しくは投与後のいずれか又は両方に、ステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤を投与してもよい。また注射前、あらかじめ治療対象とする粘膜組織に対して、麻酔薬剤を用いて表面麻酔もしくは浸潤麻酔を行うことが好ましい。麻酔法に関しては基本的にすべて局所麻酔で十分に対処できるものであり、全身麻酔はまったく必要としないので、より簡便に治療を行うことができる。また、注射後は入院管理や加療などが不要のため、日帰り手術が十分実現できる。
以上説明した本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法によれば、鼻腔粘膜組織を収縮させることができるので、鼻腔を広げて鼻の通気をよくし、容易かつ安全に、しかも侵襲性が極めて小さく、慢性肥厚性鼻炎、血管運動性鼻炎、通年性又は季節性のアレルギー性鼻炎、慢性鼻副鼻腔炎、鼻茸等による鼻閉の症状を改善することができると共に、粘膜下神経線維の反射弓を抑制することができるので、神経の刺激反射によって惹起されるくしゃみの発作や鼻汁分泌を改善することができる。また、本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、直接鼻腔粘膜表面に切開・切除あるいは焼灼等の操作を加えることがないため、治療後、鼻腔内粘膜の潰瘍や痂皮の形成、鼻出血、汚染鼻漏の増量および鼻腔内感染症の併発等を最小限に抑えることができ、患者への身体的負担を軽減することができる。また、本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、エタノールを有効成分とする粘膜収縮性治療剤を用いるので、非常に安価である上に、安全性が高く、人体に対する副作用や後遺症などの危険性が極めて少ない。さらに、本発明の鼻腔における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法においては、治療剤投与(注射)後に開放性術創が形成されず、注入した治療剤の漏出がほとんど起こらないので、上記ステロイド剤、抗ヒスタミン剤、麻酔剤、血管収縮剤等の添加剤を含有する場合、非常に効率よくステロイド剤等の添加剤が組織内に留まり、その作用を最大限に発現でき、添加剤の含有量をより少量にすることができる。
次に、図面を参照しつつ、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を用いた粘膜組織に関わる疾患の治療方法の粘膜組織に与える作用について説明する。第1図は、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を用いた粘膜組織に関わる疾患の治療方法の粘膜組織に与える作用機序を説明するための概略図であり、(A)は治療前、(B)は治療時、(C)は治療後を示す。
第1図(A)〜(C)に示すように、鼻腔粘膜、特に下鼻甲介粘膜は、骨膜上に固有層(粘膜下部組織)を有し、その固有層を粘膜上皮層が被う構成となっている。
ところで、鼻汁の分泌に関わる鼻腺や自律神経線維、くしゃみの反射に関わる知覚神経線維、そして粘膜の反応性腫脹(鼻閉)に大きく関与する海綿様血管叢は、主に固有層に分布しており、そのため、鼻炎、とりわけアレルギー性鼻炎の際の諸鼻症状(鼻水、くしゃみ、鼻閉など)の発現と粘膜下層の病態状況は大きく連動している。すなわち、固有層における病態変化の制御が鼻炎の諸症状の改善に直結するものといえる。また、粘膜上皮層は、細菌・塵埃の濾過や局所の感染防御などの鼻腔の生理機能の発現に重要な役割を担っている。したがって、粘膜上皮層を温存しながら、鼻炎の中心病変部でもある粘膜下部組織のみを処理できるような治療法が望まれるが、従来のレーザー焼灼術等はこの粘膜上皮層ごと固有層を取り除くといった治療方法である。
他方、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を用いた粘膜組織に関わる疾患の治療方法は、第1図(B)に示すように、治療剤を直接固有層に投与することができるので、粘膜上皮層の損傷を最小限に抑えつつ、鼻腺、神経線維および血管叢が多量に存在する固有層のみを簡単かつ非常に効率よく損傷ないし部分的に破壊することができ、結果的に過剰鼻汁、くしゃみの誘発は勿論のこと、血管叢の減少に加え、損傷ないし部分的に破壊された粘膜下部組織は線維化が進み、第1図(C)に示すように、瘢痕収縮により粘膜全体の容積が縮小して鼻腔の開通や鼻閉の改善効果が一層促進される。
以上のように、本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤を用いた粘膜組織に関わる疾患の治療方法は、粘膜下部組織に治療剤を投与することにより、粘膜上皮層にダメージを与えることなく粘膜下部組織を収縮させて、その瘢痕線維化により腫脹、肥大した粘膜組織を正常な形態に回復させることができるという非常に有効な効果を奏する。
なお、後述する口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤についても、口腔粘膜固有層の瘢痕収縮による減量効果を得る点において上記鼻腔粘膜における機構と同一であるが、鼻腔粘膜では、口腔粘膜に比して神経線維、分泌腺、血管叢等が極めて多いため、組織の減量とともに重要な意味を持つ神経線維の変性や分泌腺、血管叢の損傷破壊による減少など、従来考えられなかった非常に有効な効果を得ることができる。
以下、本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤について説明する。
本発明に係る口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤は、有効成分としてエタノールとステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤とを含有することを特徴とする。本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を適用する口腔又は咽頭粘膜下部組織としては、例えば、口蓋垂粘膜下部組織、軟口蓋粘膜下部組織、口蓋舌弓(前口蓋弓)粘膜下部組織、口蓋咽頭弓(後口蓋弓)粘膜下部組織、舌根部粘膜下部組織、Waldeyer 咽頭輪の粘膜リンパ組織(咽頭扁桃組織、口蓋扁桃組織、舌扁桃組織、咽頭側索リンパ濾胞)の下部組織等が挙げられ、特に口蓋垂粘膜下部組織、軟口蓋粘膜下部組織、口蓋咽頭弓粘膜下部組織、咽頭扁桃下部組織、口蓋扁桃下部組織、舌扁桃下部組織又は咽頭側索下部組織を対象とすることが好ましい。なお、粘膜下部組織には、粘膜組織の固有層のみならず、その下の組織、例えば筋層等も含む。
多くの鼾症や閉塞型睡眠時呼吸障害は軟口蓋型振動鼾もしくは軟口蓋狭窄型呼吸障害によるものであり、その口腔咽頭所見としては主に口蓋垂の過長、軟口蓋の肥厚や低位、口蓋咽頭弓の幅員の増大及び扁桃の肥大などを特徴としていることから、これらの部位に対する治療剤の注入は、同部位の粘膜瘢痕収縮の形成による振動音の減少や口峡部エアウェイ(air way)の拡大や組織硬化による口蓋垂・軟口蓋の沈下予防に極めて効果的であり、ひいては、鼾や閉塞型睡眠時呼吸障害の改善に大いに役立つものと考えられる。さらに、口腔咽頭粘膜の炎症性疾患のうち特に慢性扁桃炎や病巣感染などにおいて、主病変を持つWaldeyer 咽頭輪の扁桃組織、とりわけ口蓋扁桃組織や咽頭側索リンパ濾胞に対して、治療剤の注入による扁桃組織の凝固による収縮硬化作用がもとの炎症の起因場所である扁桃病変組織の減量及び安定化につながり、同部組織の炎症反応の拡大防止や沈静化にも大きく貢献するものと考えられる。
本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤において、エタノールの含有量としては、治療剤中、30〜95質量%であることが好ましく、50〜80質量%であることがより好ましく、60〜75質量%であることがさらに好ましく、65〜70質量%であることが特に好ましい。エタノール濃度が上記範囲にあることにより、適度な量の治療剤の投与により粘膜組織の適切な収縮を図ることが可能となり、組織に過度の負担を与えることなく粘膜組織を適切に収縮することができる。
また、ステロイド剤の含有量としては、治療剤中、0.01〜1質量%であることが好ましく、0.05〜0.5質量%であることがより好ましく、0.08〜0.4質量%であることがさらに好ましく、0.1〜0.3質量%であることが特に好ましい。ステロイド剤が有する抗炎症作用、抗浮腫作用により、エタノールによる粘膜変性に伴う局所粘膜の非特異的炎症浸潤、腫脹等を最小限に抑えることができ、この効果は後述する実施例に示されるように非常に顕著である。従って、治療剤投与後の粘膜の炎症反応による局所の疼痛や不快感等を軽減することが可能と考えられる。このステロイドは、エタノール溶液に溶けやすく、また混合による両者の相互薬理作用については、組織からの抽出等の関連データから、外観的変化は勿論のこと、生化学的変化も発生しないものと考えられ(「厚生省薬務局審査第2課:日本薬局方外医薬品成分規格 厚生省 P-P:1282-1284. 1989」、「ステロイドホルモン.ホルモンII非ペプチドホルモン.新生化学実験講座9(日本生化学会編) 東京化学同人 P-P:81-109, 1992」)、エタノールを含有する本発明の治療剤中に含有させてもその効用を十分に発揮することができる。
具体的に、上記ステロイドの局所注射剤としては、抗炎症力価の高いものが好ましく、例えば、リン酸デキサメタゾンナトリウム、リン酸ベタメタゾンナトリウム、リン酸プレドニゾロンナトリウム、酢酸メチルプレドニゾロン、コハク酸プレドニゾロンナトリウム、酢酸デキサメタゾン、酢酸ベタメタゾン・ベタメタゾンリン酸ナトリウム、トリアムシノロンアセトニド等が挙げられ、特に抗炎症作用の力価が高いことと異物反応が少ないことなどの点からリン酸デキサメタゾンナトリウム、リン酸ベタメタゾンナトリウムが好ましい。より具体的には、デカドロン(登録商標)、オルガドロン(登録商標)、リンデロン(登録商標)、コルソン(登録商標)等が挙げられ、さらに溶解性の点からオルガドロン(登録商標)やリンデロン(登録商標)が好ましい。
また、抗ヒスタミン剤の含有量としては、治療剤中、0.01〜1質量%であることが好ましく、0.05〜0.5質量%であることがより好ましく、0.1〜0.3質量%であることがさらに好ましい。抗ヒスタミン剤を含有することにより、ヒスタミンの働き、すなわち末梢血管の拡張、血管壁の透過性亢進、腺組織の分泌増進などの作用を強く抑制し、エタノール注入刺激による局所粘膜の炎症反応、とりわけ浮腫の軽減に有効と考えられる。具体的に、上記抗ヒスタミン剤としては、塩酸ジフェンヒドラミン、マレイン酸クロルフェニラミン(dl 体、d 体)、テオクル酸ジフェニルピラリン、塩酸ジフェニルピラリン、塩酸プロメタジン等が挙げられ、例えばレスミン(登録商標)、クロール・トリメトン(登録商標)、ポララミン(登録商標)、プロコン(登録商標)、ハイスタミン(登録商標)などが挙げられる。エタノールに溶解しやすいこと、抗ヒスタミンの力価が高いこと、および抗コリン作用や中枢神経抑制作用が弱いことなどの点からレスミン(登録商標)もしくはポララミン(登録商標)が好ましい。
上記本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤は、有効成分(エタノール、ステロイド剤、抗ヒスタミン剤)がそれぞれ個別に容器等に収容される形態であってもよいし、混合液として容器等に収容される形態であってもよい。
口腔咽頭粘膜の場合は、注射後局所の疼痛による摂食困難、又は粘膜の腫脹による上気道の狭窄を来たし、呼吸困難に陥りかねず、また、仮に中軽度以下の粘膜の腫脹であっても、常に咽頭腔で上気道の閉塞を来たす危険性があり、窒息などの不慮の事故に直結しかねないため、ステロイド剤及び/又は抗ヒスタミン剤を含有させる必要がある。
さらに、本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤は、必要に応じて、麻酔剤、エタノールの拡散を防ぐ血管収縮剤等を含有してもよい。具体的に、麻酔剤としては、リドカイン、塩酸リドカイン、塩酸メピバカイン、塩酸プロピトカイン、塩酸プロカイン、塩酸テトカイン等が挙げられる。また、血管収縮剤としては、エピネフリン等が挙げられる。特に上記の麻酔剤と血管収縮剤の合剤、例えばキシロカイン(E注)(登録商標)、シタネスト(E注)(登録商標)を用いることがより好ましい。
以上説明した本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤によれば、当該粘膜組織の非特異的炎症浸潤、腫脹等を最小限に抑えつつ、当該粘膜組織を収縮させることができるので、容易かつ安全に、しかも侵襲性が極めて小さく、鼾症、睡眠時呼吸障害等を改善することができる。さらに、本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤に含まれるエタノールは、非常に安価である上、非常に安全性が高く、人体に対する副作用や後遺症などの危険性が極めて少ない。また、本発明の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を注射投与した場合、注射後に開放性術創が形成されず、注入した治療剤の漏出がほとんど起こらないため、非常に効率よくステロイド剤が組織内に留まり、その作用を最大限に発現でき、ステロイド剤の含有量をより少量にすることができる。また、抗ヒスタミン剤、麻酔剤、血管収縮剤等の添加剤を含有する場合も同様に、その作用を最大限に発現でき、その含有量をより少量にすることができる。
次に、本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法について説明する。
本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、上記口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を口腔又は咽頭粘膜下部組織に投与することを特徴とする。口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の投与方法としては、口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を口腔又は咽頭粘膜下部組織に直接注射投与することができ、かかる注射器としては一般的な注射器を用いることができるが、後述する本発明の側部連続プッシュ式注射器を用いることが容易かつ安全にしかも正確に治療剤を注入できるので好ましい。口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を投与する口腔又は咽頭粘膜下部組織としては、例えば、口蓋垂粘膜下部組織、軟口蓋粘膜下部組織、口蓋舌弓(前口蓋弓)粘膜下部組織、口蓋咽頭弓(後口蓋弓)粘膜下部組織、舌根部粘膜下部組織、Waldeyer 咽頭輪の粘膜リンパ組織(咽頭扁桃組織、口蓋扁桃組織、舌扁桃組織、咽頭側索リンパ濾胞)の下部組織等が挙げられ、特に口蓋垂粘膜下部組織、軟口蓋粘膜下部組織、口蓋咽頭弓粘膜下部組織、咽頭扁桃下部組織、口蓋扁桃下部組織、舌扁桃下部組織又は咽頭側索下部組織を対象とすることが好ましい。なお、粘膜下部組織には、粘膜組織の固有層のみならず、その下の組織、例えば筋層等も含む。
多くの鼾症や閉塞型睡眠呼吸障害は軟口蓋型振動鼾もしくは軟口蓋狭窄型呼吸障害によるものであり、その口腔咽頭所見としては主に口蓋垂の過長、軟口蓋の肥厚や低位、口蓋咽頭弓の幅員の増大及び扁桃の肥大などを特徴としていることから、これらの部位に対する治療剤の注入は、同部位の粘膜瘢痕収縮の形成による振動音の減少や口峡部エアウェイ(air way)の拡大や組織硬化による口蓋垂・軟口蓋の沈下予防に極めて効果的であり、ひいては、鼾や閉塞型睡眠時呼吸障害の改善に大いに役立つものと考えられる。さらに、口腔咽頭粘膜の炎症性疾患のうち特に慢性扁桃炎や病巣感染などにおいて、主病変を持つWaldeyer 咽頭輪の扁桃組織、とりわけ口蓋扁桃組織や咽頭側索リンパ濾胞に対して、治療剤の注入による扁桃組織の凝固による収縮硬化作用がもとの炎症の起因場所である扁桃病変組織の減量及び安定化につながり、同部組織の炎症反応の拡大防止や沈静化にも大きく貢献するものと考えられる。
口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の投与量としては、病変の状態や症状の程度によって適宜決定することができるが、粘膜下部組織の膨張を考慮すると、一般にその投与量は、0.05〜2mLであることが好ましく、0.1〜1.0mLであることがより好ましい。また、口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の投与は、一度に行ってもよいが、組織の急変を防止してより安全に治療を実施するため、複数箇所に分注することが好ましく、注射針先を粘膜下部組織に挿入して例えば注射針を抜きながら該粘膜下部組織内で注射針先の位置をかえて刺入経路の複数箇所に分注することがより好ましい。分注する際の1回の注入量としては、0.01〜0.5mlであることが好ましく、0.05〜0.3mlであることがより好ましく、0.08〜0.15mlであることがさらに好ましい。特に、エタノール濃度が高い場合、局所の変性、腫脹などがより急激なものとなるため、一箇所あたりの注入量を少量にし、複数箇所に投与することが好ましい。
また、本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法において、投与する治療剤に抗ヒスタミン剤が含有されていない場合、投与前若しくは投与後のいずれか又は両方に、抗ヒスタミン剤を投与してもよい。また注射前、あらかじめ治療対象とする粘膜組織に対して、麻酔薬剤を用いて表面麻酔もしくは浸潤麻酔を行うことが好ましい。麻酔法に関しては基本的にすべて局所麻酔で十分に対処できるものであり、全身麻酔はまったく必要としないので、より簡便に治療を行うことができる。また、注射後は入院管理や加療などが不要なため、日帰り手術が十分実現できる。
以上説明した本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法によれば、当該粘膜組織の非特異的炎症浸潤、腫脹等を最小限に抑えつつ、当該粘膜組織を収縮させることができるので、容易かつ安全に、しかも侵襲性が極めて小さく、鼾症、睡眠時呼吸障害等を改善することができる。また、本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、直接当該粘膜表面に切開・切除あるいは焼灼等の操作を加えることがないため、治療後、口腔内粘膜の潰瘍や痂皮の形成、口腔内感染症の併発等を最小限に抑えることができ、患者への身体的負担を軽減することができる。さらに、本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法は、エタノールを含有する粘膜収縮性治療剤を用いるので、非常に安価である上、非常に安全性が高く、人体に対する副作用や後遺症などの危険性が極めて少ない。さらに、本発明の口腔又は咽頭における粘膜組織に関わる諸疾患の治療方法においては、治療剤投与(注射)後に開放性術創が形成されず注入した治療剤の漏出はほとんど起こらないので、非常に効率よくステロイド剤が組織内に留まり、その作用を最大限に発現でき、添加剤の含有量をより少量にすることができる。また、抗ヒスタミン剤、麻酔剤、血管収縮剤等の添加剤を含有する場合も同様に、その作用を最大限に発現でき、その含有量をより少量にすることができる。
以上説明した本発明の鼻腔粘膜組織収縮性治療剤又は口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の注入においては以下に説明する本発明の側部連続プッシュ式注射器を用いることが好ましい。すなわち、従来より用いられている通常の注射器を使用することも可能であるが、その場合、熟練した者によらないと一箇所に大量の治療剤が注入されて粘膜組織に過度の損傷を与える危険性が高いので、一度に大量注入されることを確実に防止できる、以下に説明する本発明の側部連続プッシュ式注射器を用いることが好ましい。
以下、図面に基づき本発明の第1の実施形態に係る注射器について説明する。第2図(A)は本発明の第1の実施形態に係る注射器の概略説明図であり、第2図(B)は第2図(A)に示す注射器の1B−1B断面図であり、第3図は第2図に示す注射器のピストンの動作説明図であり、第4図は第2図に示す注射器のピストンの押し出しによる治療剤の射出機構の説明図である。
第2図に示すように、本発明の第1の実施形態に係る注射器10は、外筒12と、外筒12内を移動可能なピストン14と、外筒12の側部から外側に付勢され突出して設けられた側部突出部材16と、側部突出部材16を外筒12内側に向かって押圧することによりピストン14を前進させる、ピストン14及び側部突出部材16と係合するスイッチ機構18と、ピストン14の前進により水密状態で押入可能な底部材20を備えた薬剤容器22を収納・保持する、ピストン14の前進する側の外筒12内に設けられた薬剤容器収納部24と、前進したピストン14の復帰を防止するストッパ部材26(ストッパ機構と、外筒12の先端部に設けられ注射針34を備えた針部材27とを有している。
外筒12は、例えば、内径が10〜50mm程度、長さが50〜200mm程度の筒状体であって、内部には、長軸方向に移動可能なピストン14を備えている。ピストン14は、前端部に第1の円盤部材28を有し、後端部に第2の円盤部材30を有する棒状部材であって、第1の円盤部材28は、その径が薬剤容器22の内径よりやや小さくなって、薬剤溶器22を注射器10に装着した際には、その前側面が薬剤容器22内を摺動する底部材20の外側面(後面)に当接し、また、第2の円盤部材30は、その径が外筒12の内径とほぼ同径となって、その外周面が外筒12内面と接している。
また、ピストン14の前方には、薬剤容器収納部24が設けられており、かかる薬剤容器収納部24に薬剤容器22が収納される。収納される薬剤容器22は、円筒体32の両側を、針部材27の注射針34を挿通可能な栓部材36とピストン14の第1の円盤部材28による押し出しによって摺動可能な底部材20とによって密閉されて構成され、内部に治療剤を収納することを可能としている。かかる薬剤容器22は、使用用途等に合わせて、適宜、0.1ml、0.2ml、0.3ml、0.5ml、1.0ml等の所定量の治療剤を収納するように構成することができるが、上記の粘膜組織に関わる疾患の治療に用いられる場合には、0.05〜2mlの治療剤を収納するように構成されることが好ましく、0.1〜1.0mlの治療剤を収納するように構成されることがより好ましい。このように、所定量の治療剤が収納された薬剤容器22を脱着可能な構成とすることにより、エタノールのような揮発性の物質を含有する治療剤を投与する場合には、治療剤の揮発を防ぐことができる。なお、例えば薬剤容器収納部24には、温度制御手段が設けられていることが好ましく、薬剤容器22内の治療剤の温度を一定に保つことが可能となる。
側部突出部材16は、外筒12の中央側部から外側に、弾性部材により付勢され突出して設けられており、ピストン14の長軸方向に対して垂直(第2図上、上下方向)に移動可能となっている。第2図(B)に示すように、この側部突出部材16は、スイッチ機構18の半周側面を覆うU字状の部材であって、側部両側には、前後方向に所定間隔をあけてそれぞれ第1凸部40及び第2凸部42が設けられている。第1凸部40及び第2凸部42は、前方側の面が凸部上部から下方に向かって広がるように傾斜し、後方側の面が凸部上部から垂直下方に延びている。
スイッチ機構18は、中空角柱体であって内部にピストン14を挿通する。また、スイッチ機構18の側部両側には、側部突出部材16の第1凸部40及び第2凸部42に係合する第3の凸部44及び第4の凸部46が設けられており、第3の凸部44及び第4の凸部46は、前方側の面が凸部上部から垂直下方に延びると共に後方側の面が凸部上部から下方に向かって広がるように傾斜している。また、スイッチ機構18は、内部に挿通したピストン14を外周から押圧して保持し、ピストン14を連続的に前進させることを可能とするピストン前進機構を有している。
このような、ピストン前進機構としては、ピストンを前進させることができる機構であれば特に制限されるものではなく、例えば、特開平05−050792号公報、特開平06−008688号公報、特開平07−251595号公報、特開平08−034194号公報、特開2001−018579号公報、特開2002−166692号公報、特開2002−234292号、特開2002−370489号公報、特開2002−362090号公報、特開2002−362088号公報、特開2002−362087号公報、特開2002−362089号公報、特開2002−347385号公報、特開2002−347384号公報、特開2002−326493号公報、特開2002−321493号公報、特開2002−321491号公報、特開2002−301894号公報、特開2002−192881号公報、特開2002−127674号公報、特開2001−270283号公報、特開2001−260588号公報、特開2000−280683号公報、特開2000−211286号公報、特開2000−108579号公報、特開2000−037987号公報、特開2000−025384号公報、特開2000−015987号公報、特開2000−001088号公報、特開平11−309983号公報等に記載のようなシャープペンシル方式(連続ノック方式)が挙げられる。
また、外筒12の後部内周面には、ピストン14の第2の円盤部材30に係合して前進したピストン14のもどりを防止するストッパ部材26が設けられている。このストッパ部材26は、外筒12の後部の内周面にピストン14の一回の前進距離に相当する間隔をおいて連続して設けられた、複数の対向する前方に向かって傾斜した片であって、ピストン14の前進を可能とする一方、ピストン14が所定距離前進した後(片を越えた後)にはピストン14の後進が確実に防止される構成となっている。なお、上記シャープペン方式を用いた場合にはストッパ機構が具備されているので必ずしもこの片は装備しなくてもよいが、より確実にピストンの後進を防止するためには装備していることが好ましい。
さらに、外筒12の先端部には、針部材27が設けられている。注射針付部材27は、外筒12の先端部に脱着可能な装着部48と装着部48に固定された注射針34とを有しており、薬剤容器22を薬剤容器収納部24に収納し、針部材27を取り付けた際には、注射針34の後部が薬剤容器22の栓部材36を貫通して薬剤容器22内に位置する。
本発明の注射器10は上記のように構成されており、以下その動作について説明する。
第3図(A)〜(C)及び第4図に示すように、注射器10においては、側部突出部材16の押圧面17を押圧して側部突出部材16を外筒12の内方向(第2図上、垂直上方)に移動させることにより、側部突出部材16の第1凸部40の前方側の斜面とスイッチ機構18の第3の凸部44の後方側の斜面、及び側部突出部材16の第2凸部42の前方側の斜面とスイッチ機構18の第4の凸部46の後方側の斜面とが摺接し移動してスイッチ機構18が所定距離前方に移動する。同時に、スイッチ機構18は、ピストン前進機構により内部に挿通されたピストン14を外周から押圧し保持してピストン14を前進させる(第3図(A),(B))。側部突出部材16をいっぱいに押圧してスイッチ機構18の前進が終了すると、内部に挿通されたピストン14外周面の押圧が解除(非押圧状態)され、ピストン14を前進した位置にとどめたままスイッチ機構18は後進してもとの位置に戻る(第3図(C))。このとき、ピストン14の前進に伴い第2の円盤部材30はピストン14が一つ前方のストッパ部材26(第4図参照)を越えているので、かかるストッパ部材26によってピストン14がスイッチ機構18と共に後進することが確実に防止される。以上の動作においては、ピストン14は第4図中のaからbまでの所定距離前進するので、かかるピストン14により薬剤容器22の底部材20を第4図中のa’からb’までの所定距離前方に押し出し、所定量の治療剤を注射針34から射出することができる。そして、この動作を繰り返すことにより、同量の治療剤を連続的に射出することができる。
以上のような注射器10においては、側部突出部材を一回最後まで押圧することによるピストンの前進距離が常に一定であることにより、所望の量の治療剤を射出することができる。また、側部から突出した側部突出部材を押し切る構成であるので、押圧による注射針の進行方向へのずれを確実に防止して注射器を安定して保持して治療剤を注入することができる。即ち、病変部の適切な箇所に正確、確実に治療剤を注入することができ、また、注入の際の不意な治療剤の漏出・散布等を防止することができる。特に、治療剤として上記鼻腔粘膜組織収縮性治療剤又は口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を用いた場合には、注射針を抜きながら刺入経路の複数箇所に分注するときにも適切な個所に治療剤を注入でき、また、治療剤の漏出・散布を防止して非患部粘膜表面の健康な粘膜上皮組織の損傷を防止することができる。
さらに、本発明の注射器10は、連続的に側部突出部材を押圧することにより、前回と同量の治療剤を射出することができるので、一回の治療で複数箇所に治療剤を注入する場合や、同一個所に複数回に分けて注入する場合においては特に有用である。即ち、例えば、右鼻腔粘膜の処置後、針部材を付け替えて残った治療剤を引き続き左鼻腔粘膜に注射することができ、また、注射針を刺したまま、粘膜下で注射針先の深さや方向を変えながら複数回注入することによって、一回の注射のみで、すなわち最少侵襲でかなり広範囲にわたる粘膜下に治療剤を注入することが可能となる。
次に、本発明の第2の実施形態に係る注射器について説明する。なお、上記第1の実施形態に係る注射器10と同様の構成のものは、同一の符号を付して説明を省略する。第5図(A)は本発明の第2の実施形態に係る注射器の概略説明図であり、第5図(B)は第5図(A)に示す注射器の4B−4B断面図であり、第6図は第5図に示す注射器のピストンの動作説明図である。
第5図に示すように、本発明の第2の実施形態に係る注射器50は、外筒12と、外筒12内を移動可能なピストン52と、外筒12の側部から外側に付勢され突出して設けられた側部突出部材16と、側部突出部材16を外筒12内側に向かって押圧することによりピストン52を前進させる、ピストン52及び側部突出部材16と係合するスイッチ機構54と、ピストン52の前進により水密状態で押入可能な底部材20を備えた薬剤容器22を収納・保持する、ピストン52の前進する側の外筒12内に設けられた薬剤容器収納部24と、前進したピストン52の復帰を防止するストッパ機構の一例である固着機構と、外筒12の先端部に設けられ注射針を備えた針部材27とを有している。
ピストン52は、前端部に第1の円盤部材56を有し、後端部に第2の円盤部材58を有する棒状部材であって、第1の円盤部材56は、その径が薬剤容器22の内径よりやや小さくなって、薬剤溶器22を注射器50に装着した際には、その前側面が薬剤容器22内を摺動する底部材20の外側面に当接し、また、第2の円盤部材58は、その径が外筒12の内径とほぼ同径となってその外周面が外筒12内面と接している。また、ピストン52の中央部前方側には、後方に向かって広がった複数の同形のテーパー状部材60a,60b,60c,60dが設けられている。さらに、ピストン52の第1の円盤部材56の前面には、固着機構を有しており、薬剤容器22の底部材20の外側面(後面)と固着することを可能としている。
スイッチ機構54は、中空角柱体であって内部にピストン52を挿通する。また、スイッチ機構54の側部には、側部突出部材16の第1凸部40及び第2凸部42に係合する第3の凸部62及び第4の凸部64が設けられており、第3の凸部62及び第4の凸部64は、前方側の面が凸部上部から垂直下方に延びると共に後方側の面が凸部上部から下方に向かって広がるように傾斜している。また、スイッチ機構54の前方先端部内周には、弾性部材によって内側に付勢されたピストン押し出し部材66が設けられており、使用前の状態においてはテーパー状部材60aの後面にその前面が当接している。さらに、ピストン52の第1の円盤部材56とピストン押し出し部材66との間には、ピストン52を内部に収納するように弾性部材の一例であるコイルバネ68が設けられている。
本発明の注射器50は上記のように構成されており、以下その動作について説明する。
第6図(A)〜(C)に示すように、注射器50においては、側部突出部材16の押圧面17を押圧して側部突出部材16を外筒12の内方向(第5図上、垂直上方)に移動させることにより、側部突出部材16の第1凸部40の前方側の斜面とスイッチ機構54の第3の凸部62の後方側の斜面、及び側部突出部材16の第2凸部42の前方側の斜面とスイッチ機構54の第4の凸部64の後方側の斜面とが摺接して移動してスイッチ機構54が所定距離前方に移動する。同時に、スイッチ機構54のピストン押し出し部材66がテーパー状部材60aの後面を押し出してピストン52を所定距離前進させる(第6図(A),(B))。側部突出部材16をいっぱいに押圧しスイッチ機構54の前進が終了すると、スイッチ機構54がコイルバネ68により後進すると共に、内側に付勢された押し出し部材66が、押し出した一つ後方のテーパー状部材60bの側部により外側に押し広げられてそのテーパー状部材60bを越えると同時に内側に付勢されてテーパー状部材60bの後面に当接する。このとき、ピストン52は、第1の円盤部材56の前面及び薬剤容器22の底部材20の外側面が固着機構により固着されているのでピストン52は後進することなく前進した位置にとどまる。以上の動作により所定量の治療剤が注射針34(第5図参照)から射出される。そして、この動作を繰り返すことにより、同量の治療剤を連続的に射出することができる。
以上のような注射器50においては、側部突出部材を一回最後まで押圧することによるピストンの前進距離が常に一定であることにより、所望の量の治療剤を射出することができる。また、側部から突出した側部突出部材を押し切る構成であるので、押圧による注射針の進行方向へのずれを確実に防止して注射器を安定して保持して治療剤を注入することができる。即ち、病変部の適切な箇所に正確、確実に治療剤を注入することができ、また、注入の際の不意な治療剤の漏出・散布等を防止することができる。特に、治療剤として上記鼻腔粘膜組織収縮性治療剤又は口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を用いた場合には、注射針を抜きながら刺入経路の複数箇所に分注するときにも適切な個所に治療剤を注入でき、また、治療剤の漏出・散布を防止して非患部粘膜表面の健康な粘膜上皮組織の損傷を防止することができる。
さらに、本発明の注射器50は、連続的に側部突出部材を押圧することにより、前回と同量の治療剤を射出することができるので、一回の治療で複数箇所に治療剤を注入する場合や、同一個所に複数回に分けて注入する場合においては特に有用である。即ち、例えば、右鼻腔粘膜の処置後、針部材を付け替えて残った治療剤を引き続き左鼻腔粘膜に注射することができ、また、注射針を刺したまま、粘膜下で注射針先の深さや方向を変えながら複数回注入することによって、一回の注射のみで、すなわち最少侵襲でかなり広範囲にわたる粘膜下に治療剤を注入することが可能となる。
次に、本発明の第3の実施形態に係る注射器について説明する。第3の実施形態に係る注射器は、二種の薬剤を投与する場合に有用である。従来、このような二種の薬剤を投与する注射器として、特開平7−136267号公報、特開平7−148261号公報、特開平7−136264号公報、特開平6−142203号公報、特開平6−181985号公報、実開平5−152号公報、特開平4−246364号公報、特開昭62−14863号公報、特開昭62−5357号公報、特開昭64−80371号公報、特開平7−299141号公報、特開平7−265423号公報、特開平9−308688号公報、特開昭51−11691号公報等に記載された注射器があるが、これらはいずれも複雑な構造であり、連続注入が可能な本発明に係る注射器とはコンセプトが異なる。
以下、図面を参照して本発明の第3の実施形態に係る注射器について説明するが、第1の実施形態に係る注射器10と同一の構成のものについては同一符号を付して説明を省略する。第7図は本発明の第3の実施形態に係る注射器の概略説明図であり、第8図は第7図に示す注射器に収納された薬剤容器の斜視図であり、第9図(A)〜(C)は第7図に示す注射器の使用説明図である。
第7図及び第8図に示すように、第3の実施形態に係る注射器70は、薬剤容器71を薬剤容器収納部24に収納している。薬剤容器収納部24に収納された薬剤容器71は、円筒体72(胴体部)の両側を、注射針付部材27aの注射針34aを挿通可能な栓部材74とピストン14の第1の円盤部材28による押し出しによって摺動可能な底部材76とによって密閉され、内部に治療剤を収納することを可能としている。また、円筒体72の栓部材74の近傍には、薬剤を隔離する隔壁78が設けられており、薬剤Aを収納する薬剤室80と薬剤Bを収納する薬剤室82を形成し、薬剤室80には割合の少ない薬剤が収納され、薬剤室82には割合の多い薬剤が収納されることとなる。この薬剤A及び薬剤Bは特に制限されるものではなく、粘膜組織に関わる諸疾患の治療に用いられる場合には、例えば、薬剤Aとしてはステロイド剤や抗ヒスタミン剤等が挙げられ、薬剤Bとしては有効成分としてエタノールを含有する治療剤等が挙げられる。隔壁78の周部は円筒体72の内面に固着され、また、隔壁78の表面及び/又は裏面には破断誘導部84(第8図参照)が形成されている。破断誘導部84は、隔壁78の中央にC形状に形成された線状部であり隔壁78の他の部分より部材厚が薄くなって、かかる部分に沿って隔壁78が容易に破断されるようになっている。破断誘導部84が、上記のように例えばC形状にして連繋部85を形成することにより、隔壁78の一部が隔壁本体から切断されて治療剤の注射針からの注出を妨げたり、底部材76の摺動を妨げたりすることを防止することができる。
また、薬剤容器71には、栓部材36を貫通しその先端が薬剤室80内に位置するピン部材86が設けられており、このピン部材86の頭部を薬剤容器71内部方向に押し込むことにより、ピン部材86の先端が隔壁78を押圧して破断誘導部84に沿って隔壁78を破断する。このピン部材86は、C形状の破断誘導部84内側の連繋部85近傍にその先端が位置するように設けられ、破断誘導部84に沿って十分に隔壁を破断させて大きな開口を形成し、二種の薬剤が十分混合できるようになっている。また、上記のように、隔壁78が栓部材74の近傍に設けられることにより、ピン部材86により隔壁78を容易に破断することができる。
また、注射器70の先端部に取り付けられる注射針付部材27a(第7図参照)は、外筒12の先端部に脱着可能な装着部48aと装着部48aに固定された注射針34aとを有している。この注射針付部材27aは、注射針34aが薬剤容器71の栓部材74を貫通した際に、破断誘導部84より破断した隔壁78が注射針34aに接して治療剤の注出が妨げられないように、注射針34aが装着部48aに偏心して固定されている(第7図及び第9図(C)参照。)。また、破断誘導部84より破断した隔壁78は可動状態となっているため、注射を行う際には底部材76の摺動により、隔壁78が自然に薬剤室80の前方側面へ押し戻されていくような形になるので、薬剤室内の薬液を無駄なく利用することができる(第9図(C)参照)。
以上のように構成された注射器70を使用するには、まず、第9図(A)に示すように、ピン部材86を押し込み、破断誘導部84(第8図参照)に沿って隔壁78を破断する。これにより、薬剤室80と薬剤室82にそれぞれ収納されていた個別の薬剤同士を安全、簡単かつ速やかに混合することができる。次に、第9図(B)に示すように、ピン部材86を抜き取り、次いで、第9図(C)に示すように、注射針付部材27aを装着する。そして、注射器10を使用する場合と同様に、注射器70の側部突出部材16を押圧することにより、混合された治療剤を正確に同量ずつ連続的に射出することができる。
このような注射器70おいては、注射器10や注射器50と同様の効果を有することに加え、上記のような薬剤容器を用いることにより、各薬剤は完全に注射直前まで相互に隔離された状態にあるので、注射を行うまでの保存期間中に各薬剤同士の不必要な混合が避けられ、いわゆる配合剤のように多剤薬物の配合保存により生じやすい各々の薬物の品質変化による注射効果の差異の発生を防止し、また、配合薬剤自体の生体安全性も向上させることができる。即ち、実際に注入するまでの配合薬液の品質管理や保存等の問題はほとんど考慮しなくてもよく、より安全に治療剤の注入を施行することが可能となる。また、異なる種類の薬剤同士の配合液を製造するために必要とされる煩雑な配合新薬の開発過程を省略又は簡略化することが可能となる。さらに、これまで困難とされてきた注射器筒内の充填薬物に関する滅菌消毒の問題がより簡単に薬剤容器製造のレベルで解決することができる。しかも、注射器70は、構造が極めてシンプルであり、複雑な細工は一切不要であるので、より低価格の製品生産を実現することができる。
次に、本発明の第4の実施形態に係る注射器90について説明する。本発明の第4の実施形態に係る注射器は、注射器70と同様に、二種の薬剤を投与する場合に有用である。なお、注射器70と同一の構成のものについては同一符号を付して説明を省略する。第10図は本発明の第4の実施形態に係る注射器の概略説明図であり、第11図は第10図に示す注射器に収納された薬剤容器の斜視図であり、第12図(A)(B)は第10図に示す注射器の使用説明図であり、第13図は第12図に示す注射器の部分拡大図である。
第10図及び第11図に示すように、本発明の第4の実施形態に係る注射器90は、薬剤容器91を薬剤容器収納部24に収納している。薬剤容器収納部24に収納された薬剤容器91は、円筒体92(胴体部)の両側を、注射針付部材27aの注射針34aを挿通可能な栓部材94とピストン14の第1の円盤部材28による押し出しによって摺動可能な底部材96とによって密閉され、内部に治療剤を収納することを可能としている。栓部材94には、薬剤収納室98が設けられており、例えば、ステロイド剤、抗ヒスタミン剤等が収納される。かかる薬剤収納室98の底部の外面99に破断誘導部102が設けられ、その少し中心寄り(内部)に円盤状の支持部材100が固着されている。支持部材100は、一般的に柔軟な材質で構成されている薬剤収納室98の底部を支持して押圧による材料の伸びを防止するための硬質な部材であって、薬剤収納室98の底部の破断を容易にする。破断誘導部102は、支持部材100を囲むC形状に形成された線状部であって、薬剤収納室98の底部の他の部分より部材厚が薄くなっており、注射針付部材27aを装着と同時に注射針34aの後端部で薬剤収納室98の底部を押圧することにより、破断誘導部102に沿って薬剤収納室98の底部が破断されるようになっている。破断誘導部102が、上記のように例えばC形状にして連繋部103(第11図参照)を形成することにより、薬剤収納室98の底部の一部が薬剤収納室98の底部本体から切断されて治療剤の注射針からの注出を妨げたり、底部材96の摺動を妨げたりすることを防止することができる。
また、注射器90の先端部に取り付けられる注射針付部材27a(第10図参照)は、外筒12の先端部に脱着可能な装着部48aと装着部48aに固定された注射針34aとを有している。この注射針付部材27aの注射針34aは、薬剤容器91の栓部材94を貫通すると同時に薬剤収納室98の底部を破断するが、破断誘導部102(図11参照)に沿って十分に大きな開口を形成し二種の薬剤が十分混合できるように、薬剤収納室98の底部のC形状の破断誘導部102内側の連繋部103(図11参照)近傍を注射針34aが押し開けるように、装着部48aに注射針34aが偏心して固定されている(第13図参照)。このとき、薬剤容器91と注射針付部材27aとの円周方向における装着が一定となるように外筒12、薬剤容器91及び注射針付部材27aに目印を形成しておくことが好ましい。すなわち、第13図に示すように、注射針34aは、連繋部103が折れ曲がった状態を注射針34aの薬剤収納室98に進入した部分によって保たれる構造として、注射針34aの入口35aが支持部材100を押し開けて形成した開口部35bを、押し開けた支持部材100などが塞いで治療剤の注出を妨げないようにしている。同時に注射液がよりスムーズに注射針を通って流出できるように注射針34aの入口35a側は斜め(鋭角)にしている。例えば、注射針34aの入口35a部分が、連繋部103側が長くなる(鋭角となる)ように傾斜した構造として、その鋭角部で薬剤収納室98の底部の一部を支持する構成とすることが好ましい。
以上のように構成された注射器90を使用するには、まず、第12図(A)及び(B)に示すように、注射針付部材27aを外筒12の先端部に装着し、注射針34aの後端部で薬剤収納室98の底部を押圧して破断誘導部102(第11図参照)に沿って薬剤収納室98の底部を破断する。これにより、薬剤収納室98に収納されていた薬剤と薬剤容器91本体に収納されていた薬剤とを安全、簡単かつ速やかに混合することができる。そして、注射器10を使用する場合と同様に、注射器90の側部突出部材16を押圧することにより、混合された微量の治療剤を正確に同量ずつ連続的に射出することができる。
このような注射器90おいては、注射器10や注射器50と同様の効果を有することに加え、上記のような薬剤容器を用いることにより、各薬剤は完全に注射直前まで相互に隔離された状態にあるので、注射を行うまでの保存期間中に各薬剤同士の不必要な混合が避けられ、いわゆる配合剤のように多剤薬物の配合保存により生じやすい各々の薬物の品質変化による注射効果の差異の発生を防止し、また、配合薬剤自体の生体安全性も向上させることができる。即ち、実際に注入するまでの配合薬液の品質管理や保存等の問題はほとんど考慮しなくてもよく、より安全に治療剤の注入を施行することが可能となる。また、異なる種類の薬剤同士の配合液を製造するために必要とされる煩雑な配合新薬の開発過程を省略又は簡略化することが可能となる。さらに、これまで困難とされてきた注射器筒内の充填薬物に関する滅菌消毒の問題がより簡単に薬剤容器製造のレベルで解決することができる。しかも、注射器90は、構造が極めてシンプルであり、複雑な細工は一切不要であるので、より低価格の製品生産を実現することができる。
さらに、本発明の第5の実施形態に係る注射器について説明する。本発明の第5の実施形態に係る注射器は、薬剤容器のみを交換して注射器を継続して使用するタイプである。なお、注射器10と同一の構成のものについては同一符号を付して説明を省略する。第14図は本発明の第5の実施形態に係る注射器の概略説明図であり、第15図(A)(B)及び第16図(A)(B)は第14図に示す注射器の使用説明図である。
第14図に示すように、本発明の第5の実施形態に係る注射器104の外筒106は、その側部の薬剤容器収納部24(前側部)の位置に薬剤容器22の出し入れを可能とする開閉窓108を有すると共に、ストッパ部材26の位置に開閉窓110を有している。また、ピストン112は外筒106の後方からその後部が突出すると共に、その端部(後端部)には第3の円盤部材114を備えている。第3の円盤部材114が設けられることにより、かかる第3の円盤部材114を把持してピストン112を容易に後退させることができる。また、ピストン112は、注射器10と同様に、第1の円盤部材116、第2の円盤部材118を有している。
このような構成の注射器104の薬剤容器22の交換方法としては、第15図(A)に示すように、治療剤を射出した後(ピストン112を前進させた後)、注射針付部材27を取り外し、次いで開閉窓110を開くことにより、ストッパ部材26とピストン112との係合を解く。次に、第15図(B)に示すように、側部突出部材16を押圧することによりスイッチ機構18とピストン112との係合を解き、第3の円盤部材114を把持してピストン112を後退させて、ピストン112の第1の円盤部材116を薬剤容器22と非接触状態とする。そして、第16図(A)に示すように、開閉窓108を開き、使用済みの薬剤容器22を取り出し、新しい薬剤容器を導入する。最後に、第16図(B)に示すように、側部突出部材16を押圧してピストン112の第1円盤部を薬剤容器22の底部材20に当接させて開閉窓108,110を閉じ、新しい注射針付部材を装着して次の使用を可能とする。このように、開閉窓108、110を設けることにより薬剤容器22の交換を容易かつスムーズに行うことができる。そして、以上の手順を繰り返すことにより、注射器104の繰り返し使用が可能となる。なお、本実施形態においては薬剤容器22を使用したが、薬剤容器71又は薬剤容器91を用いることも当然に可能である。
このような注射器104においては、注射器10や注射器50と同様の効果を有することに加え、破損するまで何回も再利用できるため、毎回注射後に発生する医療廃棄物は薬剤容器のみとなり、使い捨ての注射器に比して医療廃棄物を大幅に減少させることが可能となる。製造面からみても大量生産、供給するものは薬剤容器のみであるので、非常に無駄のない省エネの製品開発になる。
以上、いくつかの実施形態を挙げて本発明の注射器を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、針部材の注射針の一部又は全部を彎曲させることもでき、この場合、針先の方向が注射針の軸方向(外筒の軸方向)に対して(弯曲させた針先の方向と針先の元の位置との間の角度が)0を越えて130度であることが好ましく、10〜90度であることがより好ましく、20〜70度であることがさらに好ましい。このように注射針の一部(先端部)を彎曲させる場合、かかる彎曲させる注射針の先端部の長さとしては、5〜40mmであることが好ましく、10〜30mmであることがより好ましい。これにより、口腔咽喉粘膜や鼻腔粘膜の下部組織等の注射困難な場所にも正確に治療剤の注入をすることが可能となる。具体的に、例えば、口蓋垂に注射する際には、口蓋垂の先端部から上方に向かって注射針を挿入する必要があるが、かかる場合に、注射針が彎曲していることにより、正確に注射針を挿入して治療剤を注入することが可能となる。
また、ピストンの後部を外筒の後方から突出させる構成とすることもでき、この場合、通常の注射器同様、ピストンを後方から押圧することによって使用できるように構成することができる。さらに、側部突出部材の押圧面にはすべり止めが設けられていてもよく、これにより、より安全に治療剤を注入することが可能となる。
また、本発明の注射器は、薬剤容器を前方から出し入れ可能に構成することもできる。さらに、隔壁や薬剤収納室底部に形成された破断誘導部の形状は特に制限されないが、例えば円弧状とする場合等には、その円弧の外部と内部を連結する連結部材を設けることもでき、これにより隔壁や薬剤収納室底部の一部が切り離されて治療剤の注射針からの注出を妨げたり、底部材の摺動を妨げたりすることを防止することができる。なお、本発明の注射器は、上記鼻腔粘膜組織収縮性治療剤、口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の他、インスリン等の他の薬剤を注入するために用いることもできる。さらに、本発明の注射器は、使い捨て注射器であってもよいし、薬剤容器のみを交換して継続使用できる注射器であってもよい。また、注射器と薬剤容器とを組み合わせた治療具セットとすることもでき、その場合、注射器本体に薬剤容器を収容した形態の治療具セットでもよいし、注射器と薬剤容器とを収納ケースに収納した形態の治療具セットでもよい。また、微量な治療剤を複数回にわたって注出できるように、注射器と薬剤容器との形状等を考慮して、注射器の側部突出部材を一回押圧することによって0.01〜0.5ml注出できるよう構成することが好ましく、0.03〜0.3ml注出できるように構成することがより好ましく、0.08〜0.15ml注出できるように構成することがさらに好ましい。
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。なお、本実施例において、特に指定がない限り、「%」は「質量%」を示すものとする。
[実施例1−1]
(エタノール治療側)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は、主に鼻閉、鼻汁、くしゃみの症状のある27歳の女性であり、臨床診断の結果、季節性、通年性混合タイプのアレルギー性鼻炎と診断された。
まず前処置として、主に右下鼻甲介粘膜に対して4%キシロカイン(塩酸エピネフリン1:1000添加)にて表面麻酔を行った。次に、彎曲した23Gカテラン注射針を用いて、注射針先を下鼻甲介骨に軽く当てながら、下鼻甲介の中央部を超えるまで進めた後、注射針を抜きながら最も粘膜の腫脹した部分を中心に鼻腔粘膜組織収縮性治療剤(70%エタノール、0.2ml)を2か所、粘膜下部組織に分注した。その後、注射針を一気に拔去せずに最初の刺入部付近に注射針先をとどめて、十数秒してから注射針を拔去した。注射完了後、エピネフリン(止血剤)ガーゼにて下鼻甲介粘膜を10分間圧迫止血して、治療を終了した。
[比較例1−1]
(対照治療側)
実施例1−1と同じ患者に対して以下の対照治療を行った。
まず前処置として、主に左下鼻甲介粘膜に対して4%キシロカイン(塩酸エピネフリン1:1000添加)にて20分間表面麻酔を行った。次に、高周波温熱装置であるCoblator(アースロケア社製、ENTEC Coblation System)を用いて、電極プローベの先端部を下鼻甲介の粘膜下部組織に計2カ所挿入し、1ヶ所につき10秒ずつ高周波電流(90ワット、プローベの先端温度は65℃)を放射して下鼻甲介粘膜を焼灼した。焼灼後、エピネフリン(止血剤)ガーゼにて下鼻甲介粘膜を10分間圧迫止血して、治療を終了した。
[評価]
エタノール治療側と対照治療側の治療前及び治療後(1週間後、2週間後、4週間後、8週間後)の下鼻甲介粘膜組織をファイバースコープにより観察した。また、エタノール治療側と対照治療側の治療前及び治療後(2週間後、4週間後、8週間後)の鼻腔の通気度(鼻腔通気抵抗値)を測定した。鼻腔通気抵抗値は、鼻腔通気度計(チェストエム・アイ社製、KOC-8900)を用い、マスクによるanterior法(前方誘導法)で測定し、鼻腔の通気度を客観的に反映するものである。なお、正常成人の鼻腔抵抗の基準は、100 Pascal における吸気時の左右の片側鼻腔通気抵抗値が1.2(Pa/ml/s)以下であって、かつ、全鼻腔抵抗値が0.3(Pa/ml/s)以下であり、また、正常人とは、過去に鼻疾患の既往がなく、日常特に鼻閉を自覚しない人と定義される(鼻閉の客観的測定法 1 −鼻腔通気度検査法、acoustic rhinometry−.長谷川誠、河合信孝、本橋賢一、田中英和、一川聡夫 Johns, 16: 1547-1551, 2000.)。
さらに、上記エタノール治療及び対照治療を施した患者の総合的鼻症状(くしゃみ、鼻汁、鼻閉、日常生活の支障度)の改善状況を下記表4に示す評価基準に基づいて調査した。
ここに、第17図は、エタノール治療側に係る治療前後のファイバースコープによる右下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は1週間後、(c)は2週間後、(d)は4週間後、(e)は8週間後を表す。また、第17図中、●印は鼻中隔を示し、▲印は下甲介を示し、▽印は中鼻道を示し、■印は総鼻道を示し、×印は下鼻道を示し、矢印により指された部分は中鼻甲介を示す。第18図は、対照治療側に係る治療前後の左下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は1週間後、(c)は2週間後、(d)は4週間後、(e)は8週間後を表す。また、第18図中、●印は鼻中隔を示し、▲印は下甲介を示し、▼印は中鼻道を示し、■印は総鼻道を示し、×印は下鼻道を示し、矢印により指された部分は中鼻甲介を示す。第17図及び第18図の中、Pは100 Pascal における吸気時の左右それぞれの鼻腔通気抵抗値(Pa/ml/s)を示す。第19図は、上記エタノール治療及び対照治療を施した患者の治療後の時間経過に伴う表4の評価基準に基づく評価結果を表すグラフである。
[結果]
第17図(エタノール治療側)から明らかなように、本発明のエタノールを含有する鼻腔粘膜収縮性治療剤を用いた治療方法においては、治療剤を下鼻甲介粘膜下部組織へ注入後、時間の経過とともに粘膜の収縮が著明となり、各鼻道の開通がみられた。特に、第4週以降((d)、(e)参照。)では、今まで隠れていた中鼻甲介も中鼻道の開通によりしっかりと観察できるようになった。しかも、術後の粘膜面の損傷や痂皮形成の程度に関しては、対照治療側に比してはるかに穏便であることも判明した。また、第17図に示された治療後における鼻腔通気抵抗値の確実な低下(右鼻腔通気抵抗値は治療前の3.43Pa/ml/sから治療8週間後には、0.39Pa/ml/sに軽減した)から明らかなように、本発明の治療剤を用いた治療方法においては、顕著な鼻腔(鼻道)の開通効果が認められた。
一方、第18図から明らかなように対照治療側においては、エタノール治療側と同様に粘膜の収縮作用が得られたが、焼灼後しばらくの間その粘膜面に強い潰瘍性病変を来たし、そのため粘膜創の回復に、より長い時間を要した。
また、第19図から明らかなように、上記エタノール治療及び対照治療を施した患者の自覚症状は、翌日より直ちに鼻症状、特にくしゃみ、鼻汁の著明な改善がみられ、第4週目以降は鼻閉感も解消された。また、2週目以降は鼻アレルギーの内服薬の使用は一切見られなくなり、日常生活の支障度も0となった。即ち、左鼻腔に対しては、従来他の疾患で行われている高周波組織減量法を応用してはいるが、全体として鼻症状の改善効果が得られたことから、本発明の治療法によっても鼻症状の著明な改善効果が得られることが明らかであるといえる。
[実施例1−2]
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は、主に鼻閉、鼻汁、くしゃみの症状のある20歳の女性であり、臨床診断の結果、季節性、通年性混合タイプのアレルギー性鼻炎と診断された。
実施例1−1と同様の方法で、患者の両方の鼻腔に対して治療を行った。なお、治療剤として70%エタノールを用い、それぞれの鼻腔に対して0.3mlずつ注入した。
[評価]
治療前及び治療後(2週間後、4週間後、8週間後、16週間後)の下鼻甲介粘膜組織をファイバースコープにより観察した。また、実施例1−2に係る治療を施した患者の総合的鼻症状(くしゃみ、鼻汁、鼻閉、日常生活の支障度)の改善状況を上記表4に示す評価基準に基づいて調査した。
ここに、第20図は、実施例1−2に係る治療前後のファイバースコープによる左下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は2週間後、(c)は4週間後、(d)は8週間後、(e)は16週間後を表す。また、第20図中、●印は鼻中隔を示し、▲印は下甲介を示し、▼印は中鼻道を示し、■印は総鼻道を示し、×印は下鼻道を示し、矢印により指された部分は鼻汁を示す。第21図は、実施例1−2に係る治療前後のファイバースコープによる右下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は2週間後、(c)は4週間後、(d)は8週間後、(e)は16週間後を表す。また、第21図中、●印は鼻中隔を示し、▲印は下甲介を示し、▼印は中鼻道を示し、■印は総鼻道を示し、×印は下鼻道を示す。第20図及び第21第21図中のPは、上述の第17図及び第18図におけるPと同様である。第22図は、実施例1−2に係る治療を施した患者の治療後の時間経過に伴う表4の評価基準に基づく評価結果を表すグラフである。
[結果]
第20図から明らかなように、本発明のエタノールを含有する鼻腔粘膜収縮性治療剤を用いた治療を施した左鼻腔においては、治療前には左下鼻甲介粘膜の肥厚や、総鼻道に水様性鼻汁の貯留が認められていたが、治療後にはほとんど粘膜表面を損傷せず、確実に粘膜の収縮が来たされただけでなく、水様性鼻汁の分泌もほとんど見られなくなり、その効果は治療後16週間を過ぎた時点でもなお持続していた。また、左鼻腔通気抵抗値は、治療2週間以降、常に1以下に維持されており、一定の鼻腔開通効果が示されている。また、第21図から明らかなように、本発明のエタノールを含有する鼻腔粘膜収縮性治療剤を用いた治療を施した右鼻腔に関しても左鼻腔と同様の効果が示された。なお、左右の総合鼻腔抵抗値は治療前では0.83であったが、治療16週間後には0.27にまで低下していた。
さらに、第22図から明らかなように、実施例1−2に係る治療を施した患者の自覚症状は、一週間以内でアレルギー三大症状とも言われるくしゃみ、鼻漏、鼻閉のいずれの程度をも半減した。特に、2週間後以降は、これまでスコア3を示した日常生活支障度も0となり、また4週間以降は、鼻症状のいずれもが1以下に止まっている。なお、実施例1−2に係る治療後は、鎮痛剤を含め抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤などの投薬は一切行わなかった。
したがって、本発明によるエタノール治療法の効果は高周波組織減量法に同等、あるいはそれ以上であることが明らかであるといえる。また、本発明の治療に伴う鼻腔内感染、鼻出血および嗅覚障害などの不意な鼻合併症の発生も認められなかった。
[実施例1−3]
また、実施例1−2と同様の治療を他の患者(20名)についても行ったが、非常に高い確率で、上記と同様な非常に良好な結果が得られた。従来の外科的処置(鼻粘膜切除術、レーザー焼灼術、凍結手術)と比較した結果を表5に示す。
具体的に、表5は、2〜3週間に1回の割合で計1回〜3回、本発明の治療を施した通年性/混合性鼻アレルギーの計20症例(年齢15〜45歳)の治療成績について、くしゃみ、鼻汁、鼻閉の症状別にその改善率を表わしたものである。なお、改善率とは、くしゃみ、鼻汁、鼻閉のそれぞれの改善効果について、不変及び悪化を除いた改善効果が現れたケースの確率(%)をいう。また、全症例は3〜6ヶ月間の観察期間中、抗ヒスタミンやステロイド製剤を含めた一般の抗アレルギー薬の内服投与は一切行われなかった。
表5より、本発明のエタノールを含有する鼻腔粘膜収縮性治療剤を用いた治療方法においては、くしゃみ94%、鼻汁87%、鼻閉90%の改善率であった。これは従来のレーザー手術や下鼻甲介粘膜広汎切除術の治療成績に比べて非常に優れている。特に、くしゃみの症状改善には群を抜いた効果を示している。
[実施例1−4]
前述の実施例から明らかなように、エタノール治療は侵襲性が小さく、しかも確たる鼻症状の改善効果が得られることは明白であるが、続いて、有効成分としてエタノールのみを含有する本発明の治療剤を用いた治療方法(以下エタノール治療という。)と、有効成分としてエタノールとステロイド剤を含有する治療剤を用いた治療方法(以下ステロイド含有治療という。)との臨床経過を詳細に追跡する比較を行った。
エタノール治療は、通年性アレルギー性鼻炎と診断された21歳の女性に対して行われ、70%エタノールからなる治療剤、0.4mlを実施例1−1と同様の方法で左側鼻腔に対して分注した。他方、ステロイド含有治療は、血管性運動性鼻炎と診断された40歳の男性に対して行われ、70%エタノール、0.4mlに0.4%デカドロン0.08mlを添加して作製した治療剤を実施例1−1と同様の方法で左側鼻腔に対して分注した。
[評価]
エタノール治療及びステロイド剤含有治療それぞれの治療前及び治療後(3日後、5日後、10日後)の下鼻甲介粘膜組織をファイバースコープにより観察した。第23図は、実施例1−4におけるエタノール治療前後のファイバースコープによる左下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は3日後、(c)は5日後、(d)は10日後を表す。また、第24図は、実施例1−4におけるステロイド剤含有治療前後のファイバースコープによる左下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は3日後、(c)は5日後、(d)は10日後を表す。
[結果]
第23図に示すように、エタノール治療においては、治療後の最初の1〜2週間は、鼻粘膜の上皮層は粘膜下に注入されたエタノールの浸透や炎症性刺激などの影響により、幾分障害が生じていた。第23図(c)(d)に示すように、治療後の約1週間前後においては、従来の外科的治療に比べれば非常に軽度のものであるが、局所粘膜上皮層の糜爛、潰瘍および易出血性などの症状が併発していた。
他方、第24図に示すように、ステロイド剤含有治療においては、治療後にもたらされる局所組織への炎症性刺激を最小限に抑えることが可能となった。具体的に、第23図(c)(d)及び第24図(c)(d)に示すように、エタノール治療後の約1週間前後と、同量・同濃度のエタノールに一定濃度のステロイド剤を加えたステロイド含有治療後の約1週間前後を比較すると、ステロイド剤含有治療の局所粘膜の肉眼的所見は、エタノール治療に比べて極めて良好なものであり、粘膜上皮層の損傷はほとんど見られなかった。すなわち、ステロイド剤が有する抗炎症作用、抗浮腫作用による効果が、上皮層において予想以上に顕著に示されることが明らかになり、これは、本発明の治療方法における重要な目的の一つである上皮層の損傷を抑制してその生理機能を極力維持するという目的を、容易かつ確実に達成できる手法であり、非常に有効な治療方法であることが判明した。
以上のように、最終的に単に鼻粘膜の収縮効果を求めるならば、エタノール治療であっても、ステロイド剤含有治療であっても両者はほぼ同等な作用を持つものであろうが、粘膜上皮に対する侵襲性をより一層軽減し、粘膜上皮の機能の温存という極めて重要な目的を達成しながら、臨床治療過程の短縮を促し、一層治療効果の質を向上する意味では、ステロイド剤含有治療の優位性は明らかに高いものであり、当然ながら、患者もより早い段階から鼻症状の改善効果が得られる。
[実施例1−5]
実施例1−4と同様に行ったエタノール治療とステロイド剤含有治療の各3症例について、治療後2週間における下甲介粘膜の経時的変化を以下の基準に基づいて評価した。鼻腔を占拠するほど下甲介粘膜は反応性腫脹や易出血性を呈し、それに加え、50%以上の面積において下甲介粘膜上皮層に明らかな糜爛・潰瘍性病変や痂皮の形成などが観察された場合は+++(スコア3)、下甲介粘膜の収縮や鼻道の開通は見られるが、粘膜上皮層の爛れが幾分( 10%未満の面積)残っているものを+(スコア1)、+++と+の中間のものを++(スコア2)とした。なお、幾分の腫脹が見られるが、粘膜上皮層の傷害は極めて少ないものを±(スコア0.5)、粘膜上皮層はほとんど無傷であり、かつ確実な粘膜組織の収縮が認められるものを−(スコア0)とした。
第25図は、実施例1−5に係るエタノール治療とステロイド剤含有治療とを行った患者3名における上記評価基準に基づく経過時間に対する下鼻介粘膜の侵襲度(平均)を表すグラフである。なお、第25図中、Eはエタノール治療を指し、E/Sはステロイド剤含有治療を指す。
第25図に示すように、鼻粘膜に対する侵襲度の低減、ひいて治療効果の早期発現などについては、ステロイド剤含有治療の優位性はエタノール治療に比べて明白である。
[実施例1−6]
(治療方法)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は主に鼻出血の症状のある61歳の男性であり、慢性鼻炎、鼻中隔弯曲症、左鼻茸(炎症性ポリープ)と診断された。具体的には、初診時、前鼻鏡所見にて、鼻中隔の弯曲偏位、鼻粘膜全体の発赤とともに、とくに左下鼻甲介粘膜の高度な腫脹や乳頭状増生などが認められた。また、病理組織診断にて、乳頭状増生した部分の生検により、鼻茸と診断された。鼻アレルギー検査では、血清非特異的/特異的抗体定量検査は陰性であった。鼻腔副鼻腔画像診断では、左鼻腔内の軟部組織陰影が認められた。
治療は、70%エタノール/0.1%デカドロンからなる本発明の治療剤0.4〜0.6mlを3週間おきに合計3回、左鼻腔の鼻茸様変化した下鼻甲介粘膜下部組織へ分注した。
[評価]
治療前及び治療後6ヶ月の下鼻甲介粘膜組織をファイバースコープにより観察した。また、治療前の下鼻甲介粘膜組織について病理組織学的検査を行った。
第26図は、実施例1−6に係る治療前後のファイバースコープによる下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は治療から6ヶ月後を表す。それぞれの図の左側は弱拡大、右側は強拡大の図である。また、第27図は、実施例1−6に係る治療前の下鼻甲介粘膜組織について病理組織学的検査結果を表す図である。
第26図(a)に示すように、治療前の鼻腔内所見では、左下鼻甲介粘膜を中心に分葉状の小隆起を有する広基性の増殖性腫瘤が認められた。その表面は赤い色調を呈し、易出血性であり、また一部は淡黄白ないし黄灰色の苔状物質に覆われ壊死を伴っている(図中の★印参照。)。また、第27図に示すように、治療前の病理組織学的検査では、腫瘤は主に粗な結合組織からなり、間質の浮腫、細胞浸潤、基底膜の硝子様肥厚、線毛円柱上皮の剥落、ビランもしくは変性増殖、ならびに血管の増生、拡張などの多彩な所見が認められ、いわゆる浮腫型鼻茸に一致した病理組織像であった。治療後、顕著な鼻茸の縮小効果が得られ、第26図(b)に示すように、最初の治療を行ってから6ヶ月後における鼻腔内所見では鼻茸はほぼ消失し、それに伴い各鼻道は開通し、下鼻甲介粘膜全体は健常者の所見に類似するに至った。
[実施例1−7]
(治療方法)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は主に鼻閉、鼻水の症状のある52歳の女性であり、アレルギー性鼻炎、鼻中隔弯曲症、両側鼻腔の鼻茸(アレルギー型)と診断された。具体的には、初診時、前鼻鏡所見では鼻中隔の弯曲偏位、両側鼻腔粘膜の蒼白性腫脹と同時に多量の水様性鼻汁の分泌が認められた。また、両側の下鼻甲介粘膜は浮腫状もしくは分葉状のポリープ様変化を示しており、その一部の外観は赤色を呈し、血管に富み易出血性となっていた。病理組織診断では出血性鼻茸であった。鼻汁好酸球検査では、+++であり、血清特異的抗体定量検査では、スギ(3+)、ブタクサ(3+)、埃(3+)であり、副鼻腔画像診断、一般血液・生化学検査では、異常がなかった。
治療は、70%エタノールからなる本発明の治療剤0.4〜0.6mlを3週間おきに合計3回、ポリープ変性した両側下鼻甲介粘膜下部組織へ分注した。
[評価]
治療前及び治療後8ヶ月の下鼻甲介粘膜組織をファイバースコープにより観察した。また、治療前及び治療後6ヶ月の下鼻甲介粘膜組織について病理組織学的検査を行った。
第28図は、実施例1−7に係る治療前後のファイバースコープによる下鼻甲介粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は治療から8ヶ月後を表す。また、第29図は、実施例1−7に係る治療前後の下鼻甲介粘膜組織の病理組織学的検査結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は治療から6ヶ月後を表す。
[結果]
第28図(a)に示すように、治療前の鼻腔内所見では、両側鼻腔下鼻甲介粘膜の浮腫性肥厚や分葉状の突出が認められた。粘膜の表面の赤く充血した部分は易出血性であったが、全般的には粘膜は淡紅〜蒼白の色調を呈して、その表面には多量の水様性鼻漏が見られた。また、第29図(a)に示すように、病理組織学的検査では、浮腫性間質に明らかな血管の拡張、増生および出血巣がみられ(図中の★印参照。)、さらに間質や上皮下への高度な好酸球の浸潤、上皮細胞の脱落欠損などが認められ、その他の臨床検査所見と考え合せると、いわゆるアレルギー性鼻炎で、さらに好酸球浸潤を伴った出血性鼻茸であることが判明した。
そして、治療後には明らかに症状の改善がみられ、第29図(b)に示すように、6ヶ月を経過した時点での病理組織像では、粘膜上皮細胞の扁平上皮化生が一部に見られたものの異型性は認められなかった。また、粘膜下の間質における浮腫性変化や出血巣が消失し、粘膜下部組織は緻密な新しい増生線維により再構築されていた。また、第28図(b)に示すように、最初の治療から8ヶ月後には下鼻甲介粘膜は両側ともほぼ正常な形態となった。
[実施例2−1]
(治療剤の調製)
90%エタノール1.5mLに、デカドロン(登録商標)1管(2mg/0.5ml、萬有製薬)を混合して、エタノール含有率67.5%、デカドロン含有率0.1%の治療剤(2mL)を調製した。
(治療方法)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は主にいびきの症状のある64歳の男性であり、軟口蓋・口蓋垂振動型の鼾症および重度の閉塞型睡眠時呼吸障害と診断された。具体的には、初診時、外来諸検査(レ線、内視鏡など)にて主に軟口蓋の下位、口蓋垂の過長による、いわゆる軟口蓋・口蓋垂振動型の鼾症が認められ、終夜睡眠ポリグラフィー検査では、呼吸障害指数のAHI(apnea-hyponea index)が35.2の重度を示し、中途覚醒や明らかないびき症状も確認された。また、ベッドパートナーによるいびき音10段階評価(VAS(visual analog scale))はスコア10であった。
まず前処置として、主に口蓋垂および軟口蓋粘膜に対して約5mlの4%キシロカインにて表面麻酔及び2mlの1%キシロカインE(アストラゼネカ)にて浸潤麻酔を行った。次に、口蓋垂の基部中心より軟口蓋側(上方)へ約0.7mm、さらに少し左へ寄った位置に注射針を刺し(第30図(c)の矢印部参照。)、続いて口蓋垂長軸の中央を過ぎたあたりの粘膜下まで注射針先を進め、その位置と、さらに注射針を抜きながら口蓋垂の途中、および口蓋垂基部の左側粘膜下に合計0.3 ml の口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤を分注した。これは、まず第一段階として、口蓋垂および左側口蓋弓粘膜に組織の収縮を起こすことを目的とした。
最初の治療から6週間後の口腔内所見では軽度の口蓋垂の短縮以外特に大きな変化は見受けられないが、治療剤注入後一時的に5にまで軽減したVASが再び7〜8となり、いびきがやや再増大傾向にあったため、二回目の治療として、最初の治療から6週間経過後に、口蓋垂の先端部(第31図(b)の矢印部参照。)より注射針を刺して、口蓋垂全体の粘膜下部組織に上記治療剤0.6mlを分注する治療を行った。さらに、三回目の治療として、最初の治療から4ヶ月経過後に、再び口蓋垂の先端部(図32(c)の矢印部参照。)より注射針を刺して、口蓋垂全体の粘膜下部組織に上記治療剤0.6mlを分注する治療を行った。
[評価]
実施例2−1による治療前及び治療後の口蓋垂粘膜組織を口腔内視診により観察し、眼底カメラを利用して撮影した。また、いびき音10段階評価(VAS)を行った。ここに、第30図は、実施例2−1に係る治療前後の口蓋垂粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前、(b)は治療前の鼾時、(c)は最初の治療から1時間後、(d)は最初の治療から2週間後、(e)は最初の治療から4週間後を表す。第31図は、同様に、実施例2−1に係る口蓋垂粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は最初の治療から6週間後、(b)は二回目の治療から30分後、(c)は二回目の治療から1時間後、(d)は二回目の治療から3時間後、(e)は二回目の治療から1週間後(最初の治療から7週間後)、(f)は二回目の治療から4週間後(最初の治療から10週間後)を表す。第32図も、同様に、実施例2−1に係る口蓋垂粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は最初の治療から3ヶ月後、(b)は最初の治療から4ヶ月後、(c)は三回目の治療から30分後、(d)は三回目の治療から1ヶ月後(最初の治療から5ヶ月後)、(e)は最初の治療から6ヶ月後、(f)は最初の治療から10ヶ月後を表す。第30図中、★印は口蓋垂を示し、●印は軟口蓋を示し、■印は前口蓋弓を示し、▼印は後口蓋弓を示し、両矢印により示された空間は咽頭腔を示し、矢印で指した点は注射針を刺した点を示し、点線は注射針先の軌跡を示す。図31及び図32中、矢印で指した点は注射針を刺した点を示し、点線は注射針先の軌跡を示す。
[結果]
第30図から明らかなように、治療前は((a)参照。)、口蓋垂長は約15mm、口蓋垂幅は約6mmであり、明らかな口蓋垂の過長がみられた。実際、患者に診療椅子の上に座ったままでいびきをかいてもらうと((b)参照。)、口蓋垂が完全に呼吸圧によって咽頭腔の後方へ吸い込まれ、完全に鼻咽腔を塞ぐ状態となり、その後暫くの間は、咽頭腔の呼吸通路が遮断されることとなった。治療1時間後((c)参照。)では、局所の軽度の腫脹や一部の粘膜に白く変色した部分が観察されたが、出血、疼痛および呼吸苦などの症状は一切見られなかった。その後、順調な経過を辿り、2週間以降((d),(e)参照。)では口蓋垂全体が堅くしまった感じを受けた。4週間後には、口蓋垂の長さは治療前より約1mmが短縮し、ベッドパートナーによるいびき音10段階評価(VAS)は、スコア5まで減少されていた。
また、第31図に示すように、最初の治療から6週間後((a)参照。)の口腔内所見では軽度の口蓋垂の短縮以外特に大きな変化は見受けられないが、治療剤注入後一時的に5にまで軽減したVASが再び7〜8となり、いびきがやや再増大傾向にあったため、二回目の治療の運びとなった。(b)〜(d)に示すように、二回目の治療後、一時的に局所粘膜の腫脹が見られたが、その程度は1時間((c)参照。)前後をピークにその後は徐々に軽減していった。この間、呼吸苦などの症状はほとんど見当らなかった。二回目の治療から1週間後には、口蓋垂粘膜の肉眼的所見ではほとんど損傷がなく((e)参照。)、二回目の治療から4週間後においては、口蓋垂長が12mmに短縮していた((f)参照。)。VASも常時6以下となった。二回目の治療においては、治療剤の注入量は1回目の時より2倍であるものの、注射後の経過については、基本的に良好なものであった。
第32図に示すように、最初の治療から3ヵ月後も4ヵ月後も口蓋垂の所見は定常化していた((a)及び(b)参照。)。(c)〜(f)に示すように、三回目の治療以降も順調な経過を辿り、最終的に最初の治療から10ヶ月経過した時点では、口蓋垂長が10mm(口蓋垂幅:5mm)にまで瘢痕収縮していた。VASも常時4以下となっていた。
また、第33図に、治療前と治療後(最初の治療から6ヶ月後)における主に口腔内視診に基づいて眼底カメラによって撮影した結果、一部はファイバースコープによる観察結果、頭部X線規格写真計測(セファロメトリ)の結果、AHI及びVSAの結果を示す。なお、第33図中、(a)は治療前を示し、(b)は最初の治療から6ヶ月後を示す。第33図に示すように、治療前と最初の治療から6ヵ月後とにおける結果と比較すると、治療後は、口蓋垂が15mmから10mmに短縮し、実際ファイバー下では中咽頭腔の口蓋垂((a)の矢印部)による出っ張りの減少も見られた。また、頭部X線規格写真計測(セファロメトリ)ではPNS−P(軟口蓋長:後鼻棘から口蓋垂先端までの距離)の長さも50mmから45mmへ変化していた。また、VASが10から4へ低下するとともにAHIも注射前の35.2から26.1にまで改善された。
[実施例2−2]
(治療剤の調製)
実施例2−1と同様に治療剤を調製した。
(治療方法)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は主にいびきの症状のある42歳の男性であり、口蓋垂振動型の単純性鼾症と診断された。具体的には、初診時、外来諸検査(レ線、内視鏡など)にて主に口蓋垂の過長やその振動による鼾が認められた。また、終夜睡眠ポリグラフィー検査では、呼吸障害指数のAHIが1.3の異常なしと判断されたが、ペットパートナーによるいびき音10段階評価(VAS)のスコアは7であった。
まず前処置として、主に口蓋垂および軟口蓋粘膜に対して約5mlの4%キシロカインにて表面麻酔及び2mlの1%キシロカインE(アストラゼネカ)にて浸潤麻酔を行った。次に、口蓋垂の先端部(第34図(b)の矢印部参照。)より注射針を刺し、口蓋垂全体の粘膜下部組織に上記治療剤0.3mlを分注した。また、最初の治療から一ヶ月後、口蓋垂は短縮したが効果が不十分なため、再度上記治療薬を0.6ml分注する治療を行った。
[評価]
実施例2−2による治療前及び治療後の口蓋垂粘膜組織を口腔内視診により観察した。また、いびき音10段階評価(VAS)を行った。ここに、図34は、実施例2−2に係る治療前後の口蓋垂粘膜組織の眼底カメラによる図であり、(a)は治療前、(b)は最初の治療から30分後、(c)は最初の治療から1ヶ月後、(d)は2回目の治療から30分後、(e)は2回目の治療から1週間後、(f)は2回目の治療から2ヶ月後(最初の治療から3ヵ月後)を表す。また、第34図中、矢印で指した点は注射針を刺した点を示す。
[結果]
第34図に示すように、治療前は、口蓋垂の過長(11mm)が見られたが((a)参照。)、最初の治療から一ヶ月後には口蓋垂が10mmに短縮していた((c)参照。)。二回目の治療後も順調な経過を辿り、最初の治療から3ヵ月後には口蓋垂が8.5mmまでに短縮し、VASも2まで軽減した((e)及び(f)参照。)。さらに、最初の治療から10ヵ月以上経過しても調子は良好であった。
[実施例2−3]
単純性もしくはAHIが10以下の軽度の閉塞性睡眠時呼吸障害(OSAS)を伴った、いびきのVASが7以上を訴えた10例の口蓋垂振動型鼾症(平均口蓋垂長:15.9±3.2mm)患者に対して本発明の治療剤を用いた治療を行った。全症例は月に1回、計1〜3回、平均して2.4回の治療を実施し、その約3〜6ヵ月後にいびきVASおよび口蓋垂長の変化を治療前と比較評価した。その結果を第35図及び第36図に示す。
第35図及び第36図から明らかなように、全症例を平均すると、VASは治療前の8.6から治療後の3.0に減少しており、口蓋垂長も治療前の15.9mmから治療後の10.3mmに短縮し、明らかに優れた改善効果が認められる。
[実施例2−4]
(治療剤の調製)
実施例2−1と同様に治療剤を調製した。
(治療方法)
患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は以前より扁桃炎や咽頭違和感を繰り返し、特に扁桃炎の急性期にいびきが一層増悪傾向にある27歳の男性であり、口蓋扁桃型の単純性鼾症および習慣性扁桃炎と診断された。具体的には、初診時、視診および内視鏡検査による鼻腔、咽頭腔および喉頭腔の観察では両側口蓋扁桃がマッケンジー分II度肥大を示し、一部の表面には膿栓の付着が認められた以外、明らかな異常所見はなかった。化学・免疫血清検査のASO(anti streptlysin O)は301(IU/ml)と高値であった。PSGにおけるAHIは0.3と異常なかったが、ベッドパートナーによるいびき音VASは7であった。
まず前処置として、主に口蓋垂および軟口蓋粘膜に対して約5mlの4%キシロカインにて表面麻酔及び2mlの1%キシロカインE(アストラゼネカ)にて浸潤麻酔を行った。次に、右扁桃の上極の粘膜下部組織を中心に上記治療剤0.6mlを分注した。
[評価]
実施例2−4に係る治療前及び治療後の口蓋扁桃粘膜組織を口腔内視診又はファイバースコープにより観察した。ここに、図37は、実施例2−4に係る治療前後の口腔内視診又はファイバースコープによる口蓋扁桃粘膜組織の観察結果を表す図であり、(a)は治療前の口腔内視診に基づく眼底カメラによる図、(b)は治療前のファイバースコープによる図、(c)は治療から3週間後の口腔内視診に基づく眼底カメラによる図、(d)は治療から6週間後の口腔内視診に基づく眼底カメラによる図である。
[結果]
第37図(a)に示すように、治療前においては、両側の口蓋扁桃はともに扁桃洞から咽頭腔に露出し、Mackenzie分類のII度肥大を示していた。また、両側扁桃の一部の陰窩に黄白色の膿栓の貯留も認められていた(図中の矢印参照。)。第37図(b)に示すように、ファイバースコープ所見では、両側扁桃の肥大が口蓋咽頭弓後方の中咽頭腔まで突出していた。また、第37図(c)に示すように、3週間後には明らかな右扁桃上極部分の容積の縮小が見られ、第37図(d)に示すように、その効果は6週間後にも確認された。なお、治療後の臨床経過観察中、咽頭感染症、扁桃炎の急性増悪および呼吸苦や嚥下困難などの合併症状は皆無であった。
[比較例2−1]
本発明のステロイド剤を含有した治療剤を見い出す前に、患者の同意のもとに以下の治療を行った。患者は主にいびきの症状のある53歳の男性であり、軽度睡眠時呼吸障害を伴う口蓋垂型の鼾症であった。
まず前処置として、主に口蓋垂および軟口蓋粘膜に対して約5mlの4%キシロカインにて表面麻酔及び2mlの1%キシロカインE(アストラゼネカ)にて浸潤麻酔を行った。次に、比較例に係る70%エタノールからなる治療剤を口蓋垂全長にわたり0.6ml分注する治療を行った。
[評価]
比較例2−1に係る治療前後の口蓋垂粘膜組織を口腔内視診により観察した。また、治療前と治療から2ヶ月後において、いびき音10段階評価(VAS)を行った。ここに、図38は、比較例2−1に係る治療前後の口腔内視診に基づく眼底カメラによる口蓋垂粘膜組織の図であり、(a)は治療前、(b)は治療から30分後、(c)は治療から1週間後、(d)は治療から2週間後、(e)は治療から4週間後、(f)は治療から5週間後、(g)は治療から2ヶ月後を表す。また、図38(b)中、矢印は注射針を刺した点を示し、点線は刺入経路を指す。
[結果]
図38(a)に示すように、治療前、口蓋垂の長さは約19mm(縦破線矢印)、その幅員は約8mm(横破線矢印)の軽度睡眠時呼吸障害を伴う口蓋垂型の鼾症であった。治療後30分では、図38(b)に示すように、口蓋垂全体にわたる高度の腫脹(橙色の点線で描かれた範囲は腫れて舌根部に隠れた口蓋垂の先端部を示す)とともに、一部の粘膜面が灰紫〜黒紫の色調に変色し、粘膜組織に強い損傷を来たす可能性が伺われた。第38図(c)に示すように、治療後1週間後の所見では、想像以上に粘膜の損傷が進行し口蓋垂粘膜表面の大半に白い壊死性潰瘍病変が形成されており、特に先端部分の粘膜は死滅に近い状態に陥り、灰白色の無機質に置換されていた(縦矢印参照。)。第38図(d)に示すように、2週間後には口蓋垂の壊死性潰瘍の病変部はかなり改善傾向を示しているものの(横矢印参照。)、先端部の死滅した粘膜はすでに脱落消失したようであった。第38図(e)に示すように、4週間後、粘膜の潰瘍部分はさらに縮小しているが、第38図(f)に示すように、5週間後まで粘膜局所の発赤や炎症反応などは消退しなかった。また、第38図(g)に示すように、2ヶ月後の観察では、口蓋垂の粘膜創面はほぼ治癒しており、形状からも明らかな収縮効果が認められるが(口蓋垂長:12mm)、口蓋垂先端部の変形は残存したままであった。
以上のように、全般を通して、実施例に係るステロイド剤含有治療に比べて、比較例にかかるエタノール治療剤は、より強い組織侵襲性を示した。その治療後の局所粘膜の瘢痕治癒時間は、同液量のエタノールのステロイド含有治療剤の例の約1〜2週間に対して、本症例を含め平均して(n=3)約4〜5週間前後と倍以上の時間を要した。
すなわち、比較例に係る口腔咽頭粘膜組織収縮性治療剤の使用においては、実際の組織損傷作用は思った以上に強く、粘膜下部組織に注入されたエタノールによる非特異的炎症性反応の広がりや粘膜表層部への侵襲波及などにより、粘膜自体の壊死性潰瘍巣の形成が引き起こされやすい傾向にある。そのため、瘢痕治癒後にも口蓋垂の部分的欠損や変形が残りやすい結果となることが明らかになった。また、炎症性反応の拡大に伴い組織損傷の治癒機転が遷延化するにつれて、安定した粘膜の瘢痕収縮効果が得られるまでには、より長期の臨床経過を要した。そして、当然ながら長い治癒過程の中、口腔咽頭の疼痛や違和感、摂食の不自由、食欲の低下などによる患者側の心身的苦痛度は倍増することが明らかになった。さらに、形態上、口蓋垂全体は自然の形態のまま縮小するのではなく、一部の構造的欠損などによる不自然な変形を起こせば、何らかの口腔の生理機能変化を合併する可能性も否定できないであろう。事実、UPPP(Uvulopalatopharyngoplasty)などの外科的治療を施した後、口腔粘膜の障害により特に微妙な音声障害が惹起された。
以上のことから、口腔咽頭粘膜組織の治療においては、ステロイド剤を含有した治療剤を用いることが必要である。