以下、本発明を実施するための形態(本実施形態)を説明する。ただし、以下に記載する内容はあくまで一例にすぎず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施することができる。また、参照する各図は、図示の都合上、適宜拡大又は縮小することがあり、各部材の相対的な大きさは実際のものとは異なることがある。
図1は、第一実施形態の製造方法により製造されるエナメル線10の断面図である。エナメル線10は、図1に示すように断面円形状である。そしてエナメル線10は、電気抵抗が小さな金属導体により構成される金属導体線1(芯線)と、その表面に形成された絶縁被膜2とを備える。本実施形態では、絶縁被膜2は、ワニス(ポリアミック酸を含む)を金属導体線1に表面に塗布し、その後焼き付け(乾燥)させることで、形成される。
金属導体線1を形成する材料は、電気抵抗が小さく、電流を通流させ易い材料であればどのようなものであってもよい。具体的には例えば、エナメル線で通常使用される金属材料、即ち銅やアルミニウムのほか、各種合金等が挙げられる。さらに具体的には、銅の場合には、タフピッチ銅、脱酸銅、無酸素銅等が挙げられる。また、各種合金の場合には、銅−錫合金、銅−銀合金、銅−亜鉛合金、銅−クロム合金、銅−ジルコニウム合金、アルミニウム−銅合金、アルミニウム−銀合金、アルミニウム−亜鉛合金、アルミニウム−鉄合金、イ号アルミ合金(Aldrey Aluminium)等が挙げられる。これらの金属材料には、適宜、その表面に錫、ニッケル、銀、アルミニウム等により構成される金属皮膜が形成されていてもよい。
絶縁被膜2は、金属導体線1を通流する電流が漏電することを防止するもの、即ち絶縁するものである。絶縁被膜2は、ポリイミドを含む。そして、このポリイミドは、加熱により、ワニスに含まれるポリアミック酸を脱水してイミド化することで得られる。従って、この絶縁被膜2には、ポリイミドが含まれる。ここで、エナメル線10を構成する絶縁被膜2を形成(製造)する際に使用されるワニスについて説明する。
本実施形態の製造方法により製造されるワニスは、下記式(1)〜式(4)で表される構造のうちの少なくとも一種のカルボキシル単位(第一繰り返し単位)と下記式(5)で表されるアミノ単位(第二繰り返し単位)とが交互にアミド結合することで連結したオリゴマー(本実施形態のオリゴマー)を重合させることで得たポリアミック酸を含むものである。従って、本実施形態では、本実施形態のオリゴマーを重合させてポリアミック酸を合成することでワニスが製造される。なお、ワニスに含まれるポリアミック酸を構成する繰り返し単位と、ポリアミック酸の出発原料となるオリゴマーを構成する構成単位とは同じである。
(前記式(1)〜式(4)において、Rは、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数4以下のアルキル基を表し、当該アルキル基は鎖状でも環状でもよく、分岐を有していてもよい。)
なお、カルボキシル単位は、アミノ単位との結合位置が異なること以外は同じ成分に由来する単位である。即ち、カルボキシル単位は異性体の関係にある。従って、本実施形態では、ワニスに含まれるポリアミック酸及びその出発原料となるオリゴマーは、カルボキシル単位のうちの単一の繰り返し単位のみで構成されてもよいし、複数種のカルボキシル単位が含まれて構成されてもよい。
ここで、カルボキシル単位を与え得るモノマー成分(第一成分、以下、カルボキシル成分という)としては、例えば4,4’−オキシジフタル酸無水物(ODPA)が挙げられる。また、アミノ単位を与え得るモノマー成分(第二成分、以下、アミノ成分という)としては、例えば4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)が挙げられる。
本実施形態では、ワニスに含まれるポリアミック酸は、前記のようにオリゴマー(本実施形態のオリゴマー)を重合させて得られるものである。従って、ポリアミック酸も、前記のカルボキシル単位と前記のアミノ単位とが交互にアミド結合することで連結してなるものである。
ポリアミック酸の末端には、下記式(6)〜(13)で表される構造のいずれかの構造が配置されていることが好ましい。なお、Xは、カルボキシル末端とアミノ末端との重縮合構造を表す。
(前記式(6)〜式(13)において、Rは前記式(1)〜(4)において説明したRと同じであり、Xは、カルボキシル単位とアミノ単位とが交互にアミド結合することで連結された構造を有する。)
ポリアミック酸では、その両末端に、カルボキシル単位及びアミノ単位が存在することが好ましい。即ち、このポリアミック酸においては、カルボキシル末端及びアミノ末端の双方を有することが好ましい。このようなポリアミック酸は、例えば、モル比で等量のカルボキシル成分とアミノ成分とを重合させることで、得られる。ただし、測定誤差等を考慮し、等量と比較した多少のずれ(例えば5mol%以下、好ましくは2mol%以下程度)は許容するものとする。
なお、本明細書において、オリゴマーとは、スチレン換算質量平均分子量が通常3000程度以下の重合体をいう。一方で、ポリマー(ポリアミック酸)とは、スチレン換算質量平均分子量が通常3000を超える重合体をいう。ただし、スチレン換算質量平均分子量は分布を有する。そのため、ポリアミック酸を含むワニスには、3000以下のスチレン換算質量平均分子量を有するオリゴマーが含まれる可能性がある。従って、例えば、スチレン換算質量平均分子量が3000程度以下(具体的には例えば1000程度)のオリゴマーを重合させてポリアミック酸を含むワニスを製造した場合、製造されたワニスには、例えば1000〜2000程度のスチレン換算質量平均分子量を有するオリゴマーが含まれる可能性がある。このように、ポリアミック酸の他にオリゴマーを含むワニスであっても、本発明の範疇に含まれるものとする。
以下、一例として、式(6)〜式(13)の構造を用いて、ポリアミック酸及びその出発原料となるオリゴマーを説明する。前記のRは、重合末端がカルボキシル基である場合は水素原子である。オリゴマーのカルボキシル末端としては、式(6)〜(13)の何れかであることが好ましい。そして、式(6)〜(13)において、含まれる二つのRのうちの一方は水素原子であり、他方はアルキル基であることが好ましい。中でも、このアルキル基のうち、炭素数1〜4の鎖状のアルキル基が好ましい。これにより、立体障害が小さい水素原子、炭素数1〜4の鎖状のアルキル基を選定することによって、重合末端の酸無水物構造のカルボキシル化、エステル化を容易に製造できる。
ポリアミック酸及びその出発原料となるオリゴマーの原料がODPA及びODAのみの場合のアミノ末端の構造例を式(14)に示す。なお、異性体の記載は省略する。
式(6)〜式(13)で表されるカルボキシル末端と、Xの末端に存在するアミノ末端(例えば前記式(14)で表される)とは、常温では重縮合反応が進行しない。つまり、オリゴマーを出発原料とするポリアミック酸では、その分子量が小さくなる。従って、ポリアミック酸を含むワニスの濃度を増すことができ、かつ、粘度を低減することができる。さらに、保管時の重合反応を抑制して保存安定性を改善することもできる。
一方、ポリアミック酸の出発原料となるオリゴマーを200℃以上に加熱すると、カルボキシル末端が、水又はアルコールの脱離を伴って閉環して酸無水物構造が生成する。特に、カルボキシル成分としてODPAを使用した場合には、酸無水物構造が再生成することになる。ここで、メチルエステル基(Rがメチル基)及びカルボキシル基を重合末端に有する場合の化学反応式を以下に示す。
重合末端に再生成した酸無水物は、他方の重合末端に存在する芳香族性のアミノ基に対して高い反応性を有する。加えてカルボキシル単位及びアミノ単位からなる重縮合構造は、エーテル結合を多く含むため、柔軟性に富み、高温下においては近傍の酸無水物と芳香族性のアミノ基が接近しやすいという性質を有する。この効果によって、ワニスは、200℃を超える焼き付け温度において、含まれるポリアミック酸のイミド化とともに低分子量のポリアミック酸の重合が進行する。
つまり、本発明では、焼き付け時に低分子量ポリアミック酸の重合が進行する為、絶縁被膜の熱、機械特性の低下を抑制しつつ、ポリアミック酸を低分子量化することができ、低分子量化によりワニスの高濃度、低粘度化が可能となるのである。また、これとともに、ワニスに含まれ得るオリゴマー間においても同様の重縮合反応が進行して高分子量化することもできる。以上のように焼き付け時に低分子量なポリアミック酸及びそのオリゴマーが高分子量化される本発明によれば、絶縁被膜2に高い破断伸びを付与し、厚膜形成時の絶縁被膜2の割れを防止しつつ、ワニス粘度の低減とその高濃度化を実現する効果を有する。
次いで、ワニスの製造方法について、ワニスに含まれるポリアミック酸の出発原料となるオリゴマーの説明を行いつつ、ODPA及びODAを使用して製造する場合を例に説明する。なお、簡便化のため反応量比は、モル比で表記する。
まず、溶媒(例えば、N−メチル−2−ピロリドン、以下、NMPという)にODPAが溶解される。ODPAの使用量は、ここでは便宜的に1molとする。そして、ODPAが溶解した溶媒(即ちODPA溶液)に対し、ODAが溶解される。ODAの溶解により、ODPAとODAとが重合し、これらのオリゴマーが生成する。
オリゴマーの生成に使用されるODA(第二成分)の使用量は、ODPA(第一成分)1molに対して0.5mol以下とすることが好ましい。このようにすることで、ODAに由来する単位であるアミノ単位が、ODPAに由来するカルボキシル単位よりも少ないオリゴマーが得られる。また、詳細は後記するが、両末端にカルボキシル単位(ODPA由来の酸無水物基に対応する単位)が結合したオリゴマーが得られ易くなる。
また、オリゴマーの生成に関して、ODAとODPAとを重合させて得られたオリゴマーに対して、ODPA1molに対して0.025mol〜0.5molの一価のアルコール及び水のうちの少なくとも一方(以下、部分エステル化剤という)を作用させることが好ましい。そして、部分エステル化剤を作用して得られたオリゴマーを重合させて、ポリアミック酸を生成させることが好ましい。
部分エステル化剤の作用により、オリゴマーの末端に存在するODPAの酸無水物構造の一部が、一価のアルコール又は水に応じて、エステル基又はカルボキシル基に変化する。以下、カルボキシル基又はエステル基に変化することで得られたものを「部分エステル化物」という。また、この反応のことを「部分エステル化反応」という。
ODPAの部分エステル化物の生成量は、一価のアルコール及び水の添加量(総量)によって制御され、部分エステル化物の生成量によってポリアミック酸の分子量(スチレン換算質量平均分子量)が制御される。正確な制御のためには、均一溶液中で部分エステル化反応を実施することが好ましい。
そして、このようにして製造されたオリゴマーを含む溶液に対し、さらにODAを添加することで、これらの重合が進行する。ODAの使用量としては、ODPAの使用量(例えば1mol)の等量から、前記のオリゴマーの使用時に使用した量を引いた残りの量を使用することができる。以上の操作により、ODPAに由来するカルボキシル単位とODAに由来するアミノ単位とが等量ずつ含まれたポリアミック酸と、そのポリアミック酸を含むワニスが得られる。
ポリアミック酸の生成反応中、部分エステル化剤の影響を受けずに残存したODPAの酸無水物基とODAのアミノ基との間で重縮合反応が生じる。一方で、部分エステル化物は末端封止剤として機能し、ポリアミック酸の低分子量化がなされる。この低分子量のポリアミック酸は、一方の重合末端に末端封止剤として用いた部分エステル化物が配され、他方の末端にはODA由来の芳香族ジアミンが配される。従って、使用した部分エステル化剤の使用量が多いと部分エステル化物が多くなることから、重合が進行し難くなり、ポリアミック酸の分子量は比較的小さくなる。一方で、使用した部分エステル化剤の使用量が少ないと部分エステル化物も少なくなることから、重合が進行し易くなり、ポリアミック酸の分子量は比較的大きくなる。
ODPAのNMPに対する溶解性は低く、ポリアミック酸の分子量を制御するためには、ODPAの溶解性を改善することが好ましい。そこで、本発明者らが検討した結果、ワニスに含まれるポリアミック酸の製造時、ODPAの溶解性を改善するためには、まず、所定量のODPAとODAとを反応させ、オリゴマーとすることが有効であることを見出した。本オリゴマーは、両末端にODPA由来の酸無水物基(カルボキシル単位)を有していることが好ましい。そして、本オリゴマーの均一溶液を、部分エステル化反応及び重合縮合反応の出発材料として用いると、オリゴマーの重合物であるポリアミック酸を含むワニスの粘度をさらに低減でき、濃度が例えば50質量%程度のワニスを得ることができる。これは均一溶液中で部分エステル化反応を実施することで部分エステル化反応が効率的に進行することで得られる効果である。
また、ポリアミック酸では、前記のように、ODPAに由来するカルボキシル単位と、ODAに由来するアミノ単位とは、等量であることが好ましい。一方で、ポリアミック酸の出発原料となるオリゴマーの製造の際には、ODAの使用量は、前記のように、等量のODPAよりも少なく(具体的にはODPA1molに対して好ましくは0.5mol以下)とすることが好ましい。従って、まず、ODPAと等量となるODAの量を決定した後、決定されたODAの量の一部とODPAの全部とを使用してオリゴマーを製造し、次いで、部分エステル化して製造されたオリゴマーとODAの残部とを重合させてポリアミック酸を製造することが好ましい。
即ち、ODPAと、ODPAとモル比で等量となる量の一部のODAとを重合させることで前記オリゴマーを生成させ、生成した当該オリゴマーを重合させて前記ポリアミック酸を得る際、当該オリゴマーと、残部のODAとを重合させることが好ましい。これにより、オリゴマーの利点を生かしつつ、ポリアミック酸全体として、ODPAに由来するカルボキシル単位とODAに由来するアミノ単位とが等量ずつ含まれたポリアミック酸が得られる。
オリゴマーを重合させてポリアミック酸を得る際、共役系の芳香族テトラカルボン酸(無水物であってもよい)の存在下でオリゴマーを重合させるようにしてもよい。これにより、共役系の芳香族テトラカルボン酸に由来する単位を含むポリアミック酸が得られる。ここでいう共役系の芳香族テトラカルボン酸とは、剛直、平面構造を有する化合物である。共役系の芳香族テトラカルボン酸に由来する単位が含まれることで、本発明の効果を奏しつつ、ポリアミック酸のガラス転移温度が、ODPA及びODAのみを構成成分とした場合に比べて40℃以上高い300℃以上の値を示す。共役系の芳香族テトラカルボン酸としては、例えばピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物等である。
共役系の芳香族テトラカルボン酸の存在下でオリゴマーを重合させる場合、ポリアミック酸において、ODPAに由来する単位が12.5mol%〜25mol%であり、ODAに由来する単位が50mol%であり、残部が前記共役系の芳香族テトラカルボン酸に由来する単位であるように、共役系の芳香族テトラカルボン酸の使用量を決定することが好ましい。これにより、ワニスの低粘度化、高濃度化、厚膜形成時の割れの防止が可能となる。
さらに、ODPA及びODAに加えて、その他の成分を使用してもよい。具体的には、例えば芳香族ジアミン、含フッ素化合物(フルオレン化合物等)等を使用することができる。中でも、例えば、4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸無水物や9,9−ビス(3−メチル−4−アミノフェニル)フルオレンといった含フッ素化合物、嵩高い置換基を有する化合物等を使用することで、絶縁被膜2の誘電率を低減することができる。
ワニスに含まれるポリアミック酸のスチレン換算質量平均分子量は、特に制限されるものではないが、ワニスの低粘度化及び成膜性の観点から、好ましくは3000以上、より好ましくは5000以上、さらに好ましくは10000以上、特に好ましくは20000以上、また、その上限として、好ましくは50000以下、より好ましくは45000以下、特に好ましくは40000以下である。スチレン換算質量平均分子量をこの範囲とすることで、焼き付け時の割れの発生を十分に防止することができ、また、ワニスの低粘度化及び高濃度化の双方を両立しやすくすることができる。
ワニスの固形分濃度は、特に制限されるものではないが、絶縁被膜2の厚膜化の観点からは、30質量%以上であることが好ましい。なお、固形分濃度は、ワニス中の溶媒(例えばNMP)を完全に除去した乾燥質量を測定することで、求めることができる。
また、ワニスの粘度も、特に制限されるものではないが、取り扱いや塗布のし易さの観点から、50Pa・s以下、さらに好ましくは10Pa・s以下とすることが好ましい。なお、粘度は、後記する実施例に記載の方法に従って求めることができる。
さらに、ワニスには、前記のポリアミック酸のほか、本発明の効果を著しく損なわない範囲で、任意の材料が含まれていてもよい。例えば、ワニスには、前記ポリアミック酸の副生成物や、重合残渣等の低分子量体が含まれていてもよい。具体的には、部分エステル化反応時の副生成物(例えば、両末端エステル化物)、重合残渣のモノマー又はオリゴマー等を含んでもよい。ワニスに含まれ得るこれら副生成物等も、最終的には焼き付け時の重合反応に組み込まれ、絶縁被膜2の破断伸びの低下が抑制されるためである。そのため、焼き付け時に進行する重合反応によって、最終的に低分子量体が高分子量化させることができる。
また、ワニスには、前記のポリアミック酸のほか、ポリイミド粒子が含まれていても良い。ポリイミド粒子を含むことで、ワニス粘度の過度の増加を抑制しつつ、ワニスの固形分濃度を増大させることができる。ワニスの高濃度化により、更なる厚膜化を図ることができる。また、ポリイミド粒子は、無機粒子に比べて、ポリアミック酸及びその硬化物であるポリイミドとの親和性が高い。そのため、絶縁被膜2の物性低下、特に破断伸びの低下を抑制できる点で好ましく、さらに誘電率の増大を低く抑えることができる点で好ましい。
ポリイミド粒子としては、サブミクロン(例えば0.5μm〜0.7μm程度)以上、15μm以下とすることが好ましい。サブミクロン以上のポリイミド粒子を使用することで、ワニスの粘度の過度の上昇を抑えることができる。また、15μm以下のポリイミド粒子を使用することで、一度の塗布及び焼き付けで形成可能な膜厚に収まるように、絶縁被膜2を形成することができる。なお、ここでいう粒子径とは、前記範囲になるように篩い分けして得られた粒子の径のことをいう。
ポリイミド粒子の使用量としては、ワニスに含まれる固形分全体に対する量として、好ましくは10質量%以上であるが、ワニスの粘度、固形分濃度、及び、絶縁被膜の破断伸びのバランスの観点からは、よりこの好ましくは20質量%以上である。また、その上限は、好ましくは50質量%以下であるが、ワニスの粘度や固形分濃度、絶縁被膜2の破断伸びのバランスからは40質量%以下である。
使用可能なポリイミド粒子の具体例としては、例えばポリイミドの前躯体であるオリゴマーを再沈回収し、加熱処理することで得ることができる。また、市販品として、例えば、宇部興産社製UIP‐R(粒子径:7μm〜12μm)、UIP−S(粒子径:10μm〜15μm)を挙げることもできる。さらに不溶性である熱硬化性ポリイミド樹脂(例えば、宇部興産社製PETI−330)を粉砕して用いることもできる。
なお、他の有機微粒子、例えばアクリロニトリルブタジエンゴム粒子、スチレンブタジエンゴム粒子、シリコーンゴム粒子等の有機微粒子を複合化することによっても、ワニスの高濃度化は実現できるが、その場合は、絶縁被膜2の耐熱性、特に熱分解開始温度の低下を考慮することが好ましい。
図2は、第二実施形態の製造方法により製造されるエナメル線20の断面図である。なお、この図2に示すエナメル線20は、前記の図1を参照しながら説明したワニスを使用して製造することができる。そこで以下の記載では、このワニスを使用して、図2に示すエナメル線20を製造するものとして、第二実施形態のエナメル線20の説明を行なう。以下の図3以降に示す各実施形態についても同様とする。
前記の図1に示したエナメル線10では、その断面が円状であったが、図2に示すエナメル線20では、その断面はほぼ矩形状(面取りした矩形状)である。本実施形態の製造方法により製造されるワニスは、前記のように高濃度かつ低粘度であるため、効率的な厚膜化が可能である。また、図2に示すような矩形状の場合、コイルに使用する際、稠密にエナメル線を捲きまわすことが可能となり、コイルの小型化、高出力化を図りやすいという利点がある。
図3は、第三実施形態の製造方法により製造されるエナメル線の断面図である。図3に示すエナメル線30には、絶縁被膜2にポリイミド粒子4が含まれている。即ち、図3に示すエナメル線30は、前記の図1を参照しながら説明した、ポリイミド粒子4を含むワニスが金属導体線1に塗布及び焼き付けされることで、製造されたものである。
また、図3に示すエナメル線30では、絶縁被膜2の外側に、さらに別の絶縁被膜3が形成されている。即ち、エナメル線30では、二層の絶縁被膜2,3が形成されている。絶縁被膜3(第二の絶縁被膜。前記の絶縁被膜2の表面に形成されたもの)は、共役系の芳香族テトラカルボン酸(PMDA等)に由来する繰り返し単位と、ODA(4,4’−ジアミノジフェニルエーテル)に由来する繰り返し単位とが交互にイミド化して連結された構造を有するポリイミドを含んで構成される。
絶縁被膜3を構成するポリイミドは高い耐熱性及び弾性率を有し、破断伸びも大きい。そのため、本実施形態のワニスにより形成された絶縁皮膜2の外側に、別の絶縁被膜3が形成されることで、絶縁被膜2の利点を活かしつつ、エナメル線30の耐久性を高めることができる。なお、絶縁被膜3の厚さとしては、塗布及び焼き付け回数削減の観点から、絶縁被膜2の厚さの5%以上、10%以下とすることが好ましい。
図4は、第四実施形態の製造方法により製造されるエナメル線の断面図である。前記の図3を参照しながら説明したエナメル線30では、その断面形状が円形状であったが、図4に示すエナメル線40では、その断面はほほ矩形状(面取りした矩形状)である。図4に示すような矩形状の場合には、コイルに使用する際、稠密にエナメル線を捲き回すことが可能となる利点がある。
図5は、第五実施形態の製造方法により製造される回転電機(図示しないモータ等)に備えられた固定子近傍の構造を示す図である。固定子60では、ステーターコア5のスロット6の内部に前記図2を参照しながら説明したエナメル線20が捲き回されて構成されたコイル50が組み込まれている。前記のように、本実施形態の製造方法により製造されるワニスによれば、厚膜化が可能であることから、高電圧で電流を流した場合でも高い絶縁性が維持される。そのため、特に高電圧で駆動する回転電機(図5では一部のみ図示)において、本実施形態の製造方法により製造されるワニスを使用して得られたエナメル線(例えば前記のエナメル線20)を適用したときに、本発明の効果が好適に発揮される。
これらのように、前記各実施形態におけるエナメル線10,20,30,40(本実施形態におけるエナメル線)は、各種性能(例えば、耐熱性、耐圧性、寸法精度)を犠牲にすることなく、高濃度化及び低粘度化を図ったワニスを使用して少ない塗布及び焼き付け回数で製造することができる。また、少ない塗布及び焼き付け回数であっても、十分な膜厚が確保されているため、良好な絶縁性や耐熱性を示す。そのため、本実施形態のエナメル線によれば、製造コストを削減しつつ、優れた効果を奏するコイルを製造することができる。そして本実施形態のエナメル線は、変圧器等の電機部品に適用可能なコイルのほか、例えば、そのコイルを使用した回転電機等にも適用可能である。また、エナメル線を使用した電機部品は、家電品、産業用電機、船舶用電機、鉄道、自動車用電機等に好適である。
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
<ワニスの作製及び評価>
(参考例A)
参考例Aのワニスは、構造中にエーテル基を有する柔軟な酸二無水物ODPAとODAとのオリゴマーを出発材料とするポリアミック酸を含有する高濃度低粘度ワニスの合成方法の例である。
100mLのサンプル瓶にODPA(和光純薬工業社製、以下同じ)を15.4929g(49.9117mmol)、ODA(和光純薬工業社製、以下同じ)を5.004g(24.99mmol)、NMP(和光純薬工業社製、以下同じ)を48.2g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。ODPAはNMPに対して完全に溶解した。このサンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌してODPA−ODA−ODPAオリゴマー溶液を作製した。本オリゴマー溶液は、濃度29.8質量%の均一溶液であり、ODPAの仕込み比率がODAを上回っていることからオリゴマーの両末端には酸無水物基が存在する。
このサンプル瓶に、部分エステル化剤として超脱水メタノール(和光純薬工業社製、以下同じ)を0.4g(12.4844mmol、ODPAに対して25mol%)添加し、窒素置換して密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。次いで、サンプル瓶を開封してODAを4.9995g(24.9675mmol)加え、ODPAとODAとのモル比を1:1に調整した。その後、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、24時間、ロータリーミキサにて攪拌し、濃度34.9質量%のポリアミック酸ワニスを得た。
本ワニス中のポリアミック酸のスチレン換算重量平均分子量(以下Mwと略す)を、以下の条件で観測した。カラムにはGelPak GL−S300MDT−5を2本連結し、溶離液の流量は1mL/分、検出器はUV(270nm)、ワニス濃度は5mg/mLに調整し、注入量は5μL、カラム温度は40℃、溶離液はジメチルホルムアミドとテトラヒドロフランとを1:1容量比で混合し、さらにリン酸0.06M及び臭化リチウム0.06Mを含むものとした。観測されたMwは21000であった。
後記する比較例1のような通常のポリアミック酸では、酸二無水物と芳香族ジアミンとを1:1モル比で仕込むと、Mwが100000以上の高分子量のポリアミック酸が得られる。高分子量化することによって成膜性を確保するとともに、絶縁被膜の破断伸びを向上する効果がある。対して参考例Aにおけるポリアミック酸は、ODPA−ODA−ODPAオリゴマーの部分エステル化物の末端封止効果により、低分子量化することが確認された。また、東機産業社製 TV−25型粘度計による30℃における粘度を観測したところ、4.8Pa・sと非常に低い値が観測された。この低い粘度は、ポリアミック酸の低分子量化の効果に基づくものである。
次いで、成膜性を評価した。本ワニスを厚さ1mmの銅板上に塗布ギャップ150μmで塗布し、340℃のホットプレート上に載せて5分間保持して焼付して絶縁被膜を作製した。これにより、厚さ37μmの絶縁被膜が得られた。この絶縁被膜は割れが無く、その外観は良好であった。本ポリアミック酸ワニスは、後記する比較例1に記載した剛直構造のみから構成されるポリアミック酸のワニスよりも、厚い塗布膜の焼き付けが可能であった。
絶縁被膜の破断伸びを以下のようにして観測した。厚さ5mm、縦横200mmのガラス板に、厚さ10μm、長さ180mm、幅150mmのアルミ箔をポリイミドテープで貼りつけた。そして、このアルミ箔上に、バーコータを用いて塗布ギャップ50μmの条件でワニスを塗布した。ワニス塗布後のアルミ箔をガラス板ごと高温槽に入れて、100℃/60分、150℃/30分、340℃/5分の条件で焼付し、1夜かけて室温に冷却してアルミ箔付絶縁被膜を得た。この絶縁被膜にも割れが無く、その外観は良好であった。
アルミ箔を18質量%塩酸水溶液で除去し、膜厚12μmの絶縁被膜を得た。該絶縁被膜をダンベル社製SDK―500型ダンベルカッタを用いて打ち抜きし、ダンベル状サンプルを作製した。該ダンベル状サンプルの破断伸びは、島津製作所社製AG−X型オートグラフを用いて、支点間距離50mm、引張速度10mm/分、25℃の条件で観測したところ50%であった。
ポリアミック酸の一方の末端に、カルボキシル基及びエステル基を有するODPAとODAの重縮合構造を有し、他方の末端にODA由来の芳香族性のアミノ基を有する参考例Aのポリアミック酸は、焼き付け時にポリアミック酸同士の重合(以下、「その場重合」という)が進行するので、良好な厚膜形成能と高い破断伸びを有する絶縁被膜を形成するものとの結果を得た。厚膜での塗布、焼き付けが可能で、高い破断伸びを有する絶縁被膜を形成できる本ポリアミック酸は、エナメル線の絶縁皮膜の厚膜化に有効であると考えられる。
(参考例B)
参考例Bのポリアミック酸ワニスは、参考例Aよりも高濃度化するためにODPAの部分エステル化率を増した例、即ち、エステル化剤であるメタノールを多く加えた高濃度低粘度ワニスの合成例である。
100mLのサンプル瓶にODPAを15.5093g(49.9945mmol)、ODAを5.0054g(24.9938mmol)、NMPを48g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。ODPAはNMPに対して完全に溶解した。このサンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌してODPA−ODA−ODPAオリゴマー溶液を作製した。本オリゴマー溶液は、濃度29.9質量%の均一溶液であった。
このサンプル瓶に、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.8008g(24.9938mmol、ODPAに対して約50mol%)添加し、窒素置換して密栓した。メタノールの添加量は、参考例Aの約2倍の量とした。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。次いで、サンプル瓶を開封してODAを5.0055g(24.9975mmol)加え、ODPAとODAとのモル比を1:1に調整した。その後、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、24時間、ロータリーミキサにて攪拌し、濃度35.4質量%のワニスを得た。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
本ポリアミック酸のMwは、6000であった。エステル化剤のメタノールを多く加えて、ODPAの部分エステル化率を増したことにより、参考例Aのポリアミック酸よりも低分子量化したことを確認した。ワニス粘度は、低分子量化の効果により0.53Pa・sと参考例Aのワニスよりも低い値を示した。また、塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は42μmであり、低粘度、低分子量化したにも関わらず、その絶縁被膜には割れが無く、その外観は良好であった。
絶縁被膜の破断伸びは50%であり、分子量が低いポリアミック酸から得られた絶縁被膜としては高い値を示した。これはエステル化剤を増やした、即ち、部分エステル化率の高いODPA−ODA−ODPAオリゴマーを用い、低分子量化した参考例Bのポリアミック酸においても、焼き付け時のその場重合の効果によって、破断伸びの高い絶縁被膜が得られることを示している。本ポリアミック酸は、極めて高いワニスの高濃度低粘度化効果、絶縁被膜の形成能、絶縁被膜の破断伸びを有することから、エナメル線の絶縁被膜の形成に好適である。
(参考例C)
参考例Cは、参考例Bのワニスを高濃度化した高濃度低粘度ワニスの例である。
100mLのサンプル瓶にODPAを15.506g(49.9839mmol)、ODAを5.0044g(24.992mmol)、NMPを27.3g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。ODPAはNMPに対して完全に溶解した。このサンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌してODPA−ODA−ODPAオリゴマー溶液を作製した。本オリゴマー溶液は、濃度42.9質量%であり、均一溶液であった。
このサンプル瓶に、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.8006g(24.9938mmol、ODPAに対して約50mol%)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。次いで、サンプル瓶を開封してODAを5.0044g(24.9975mmol)加え、ODPAとODAとのモル比を1:1に調整した。その後、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、24時間、ロータリーミキサにて攪拌し、濃度49.1質量%のポリアミック酸ワニスを得た。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
本ポリアミック酸のMwは、6000であった。参考例Aよりもエステル化剤であるメタノールを多く用い、ODPA−ODA−ODPAオリゴマーの部分エステル化率を増したことにより、参考例Aよりも低分子量化することを確認した。また、ワニス粘度は高濃度ワニスとしては、極めて低い値である6Pa・sを示した。
塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は53μmであり、高濃度化の効果によって参考例Bよりも厚い絶縁被膜を得ることができた。その絶縁被膜には、割れが無く、良好な外観を有していた。
絶縁被膜の破断伸びは、参考例Aと同様にして測定したところ50%であり、低分子量体から得られた絶縁被膜としては高い値を示した。これは焼付時に低分子量のポリアミック酸同士が重合して、高分子量化した効果であると考えている。本ポリアミック酸ワニスは、低粘度化による作業性の向上と、高濃度化による厚膜化に対応しており、エナメル線の絶縁被膜の厚膜化に有用であると考えられる。
(実施例4)
実施例4のポリアミック酸ワニスは、ODPA−ODA−ODPAオリゴマーの部分エステル化物と剛直構造を有する酸二無水物であるPMDAとの共重合構造を有するポリアミック酸を含有する高濃度低粘度ワニスの合成例である。
100mLのサンプル瓶にODPAを7.75g(24.9823mmol)、ODAを1.6688g(8.334mmol)、NMPを43.6g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。ODPAはNMPに対して完全に溶解した。このサンプル瓶を、90℃のオイルバスに浸し、マグネチックスターラで30分間攪拌して均一溶液を得た。その後、ロータリーミキサで24時間、室温で攪拌してODPA−ODA−ODPAオリゴマー溶液を作製した。本オリゴマー溶液の濃度は、17.8質量%で均一溶液であった。
このサンプル瓶に、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.3997g(12.475mmol、ODPAに対して約50mol%)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。次いで、サンプル瓶を開封してODAを8.3372g(41.636mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を室温で24時間、ロータリーミキサにて攪拌した。
サンプル瓶を開封して、PMDA(和光純薬工業社製、以下同じ)を5.4642g(24.9826mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を100℃のオイルバスに浸し、3時間、マグネチックスターラで攪拌し、均一溶液を得た。その後、室温の下、ロータリーミキサで24時間室温で攪拌して実施例4のワニスを得た。得られたワニスは均一溶液であり、濃度は35.1質量%であった。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは24000であった。ODPA−ODA−ODPAオリゴマーを部分エステル化した効果によって、ODPAとODAとPMDAとの三元共重合体においても分子量を低減出来ることが確認された。そのワニス粘度は、6.4Pa・sと高濃度ワニスとしては低い値が観測された。
さらに、参考例Aと同様にして成膜性を評価したところ、塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は37μmであった。その絶縁被膜には、剛直な構造を有するPMDAを構造中に導入したにもかかわらず、焼き付け時のひび割れも無く、良好な外観を有していた。本ポリアミック酸では、PMDAのような剛直構造を導入した場合にも、焼き付け時に低分子量ポリアミック酸同士の、その場重合が発現し、絶縁被膜の割れを防止することできたものと考えられる。
さらに、参考例Aと同様にして測定した絶縁被膜の破断伸びは65%であり、参考例A〜3よりも大きな値であった。これは、焼き付け時のその場重合の効果に加えて、共重合したPMDAの剛直で平坦な構造による分子間のパッキング効果によるものと考えられる。
このように実施例4のワニスは、低粘度化及び高濃度化の双方を図りつつ、絶縁被膜の大きな破断伸び、及び、厚膜化の効果が認められた。よって本ワニスは、絶縁被膜の製造コストを抑制しつつ、絶縁被膜の厚膜化、高性能化に貢献できる。
(実施例5)
実施例5は、実施例4よりもODPAの配合量を増した高濃度低粘度ワニスの合成例である。
100mLのサンプル瓶にマグネチックスターラ用攪拌子を入れ、次いでODPAを10.0743g(32.4747mmol)、ODAを2.168g(10.827mmol)、NMPを45.2g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。ODPAはNMPに対して完全に溶解した。このサンプル瓶を、90℃のオイルバスに浸し、マグネチックスターラで30分間攪拌して均一溶液を得た。その後、ロータリーミキサで24時間、室温で攪拌してODPA−ODA−ODPAオリゴマー溶液を作製した。本オリゴマー溶液の濃度は、21.3質量%で均一溶液であった。
このサンプル瓶に、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.5188g(16.1923mmol、ODPAに対して49.8612mol%)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。次いで、サンプル瓶を開封してODAを7.8366g(39.136mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を室温で24時間、ロータリーミキサにて攪拌した。
サンプル瓶を開封し、PMDAを3.8251g(17.4886mmol)追加して、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を100℃のオイルバスに浸し、3時間、マグネチックスターラで攪拌し、均一溶液を得た。その後、室温の下、ロータリーミキサで24時間室温で攪拌した。得られたワニスは均一溶液であり、濃度は35.1質量%であった。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは18000であり、実施例4よりも小さな値を示した。これは部分エステル化させる末端構造の構成成分であるODPAを増量した効果であると考えられる。また、低分子量化の効果によって実施例4よりも低い、3.4Pa・sのワニス粘度が観測された。
さらに、参考例Aと同様にして成膜性を評価したところ、塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は37μmであった。また、その絶縁被膜には、剛直な構造を有するPMDAを構造中に導入したにもかかわらず、焼き付け時のひび割れも無く、良好な外観を有していた。本ポリアミック酸では、PMDAのような剛直構造を導入した場合にも、焼き付け時に低分子量ポリアミック酸同士の重縮合が進行するその場重合が発現し、絶縁被膜の割れを防止することできたものと考えられる。
さらに、参考例Aと同様にして測定した絶縁被膜の破断伸びは65%であり、低分子量体から得られた絶縁被膜としては高い値を示した。これは、焼き付け時のその場重合の効果に加えて、共重合したPMDAの剛直で平坦な構造による分子間のパッキング効果によるものと考えられる。
このように実施例5のワニスは、低粘度化及び高濃度化の双方を図りつつ、絶縁被膜の大きな破断伸び、及び、厚膜化の効果が認められた。よって本ワニスは、絶縁被膜の製造コストを抑制しつつ、絶縁被膜の厚膜化、高性能化に貢献できる。
(参考例1)
参考例1は、参考例Bにおけるオリゴマーを用いずに、本件出願人と同一の出願人が既に出願した方法(特願2017−007318)に沿ってODPAを直接部分エステル化する製造例である。
100mLのサンプル瓶にマグネチックスターラ用攪拌子を入れ、次いでODPAを15.4924g(49.94mmol)、NMPを48.8gを採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。その後、室温の下、ロータリーミキサで24時間攪拌した。本溶液ではODPAが完全に溶解することはなく、ODPAの不溶物が存在した。濃度は、24.1質量%であった。
次いで、サンプル瓶を開封し、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.8g(24.97mmol、ODPAに対して50mol%)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。
サンプル瓶を開封してODAを10.002g(49.95mmol)追加し、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を室温下、24時間、ロータリーミキサにて攪拌した。得られたワニスは均一溶液であり、濃度は35質量%であった。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは11000であり、参考例Bよりも大きな分子量が観察された。参考例Bと同等量のエステル化剤を用いたにも関わらず、本実施例のポリアミック酸は、参考例Bのポリアミック酸よりも高分子量化した。これは溶解性が低いODPAを直接エステル化したため、不溶成分のエステル化が不十分となり高分子量化したものと思われた。また、高分子量化によって参考例Bよりも高い、1.4Pa・sのワニス粘度が観測された。
さらに、参考例Aと同様にして成膜性を評価したところ、塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は38μmであり、絶縁被膜にはひび割れ等がなく、絶縁被膜の破断伸びは50%であり、低分子量体から得られた絶縁被膜としては高い値を示した。参考例1のポリアミック酸もその場重合性を有していることから、成膜性が優れ、破断伸びの高い絶縁被膜を与えるものの、同一組成の参考例Bのポリアミック酸ワニスよりも粘度が高く、更なる高濃度化のためには、低分子量化によるワニス粘度の低減が好ましいといえる。
(参考例2)
参考例2は、実施例5におけるオリゴマーを用いずに、本件出願人と同一の出願人が既に出願した方法(特願2017−007318)に沿ってODPAを直接部分エステル化する製造例である。
100mLのサンプル瓶にマグネチックスターラ用攪拌子を入れ、次いでODPAを10.0743g(32.4747mmol)、NMPを45.2g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓した。その後、室温の下、ロータリーミキサで24時間攪拌した。本溶液ではODPAが完全に溶解することはなく、ODPAの不溶物が存在した。濃度は、18.2質量%であった。
次いで、サンプル瓶を開封し、部分エステル化剤として超脱水メタノールを0.5188g(16.1923mmol、ODPAに対して49.8612mol%)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。本工程において本オリゴマーの末端に存在する酸無水物基の一部がカルボキシル化、エステル化された。
サンプル瓶を開封してODAを10.0046g(49.963mmol)追加し、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を室温下、24時間、ロータリーミキサにて攪拌した。得られたワニスは均一溶液であった。次いで、本サンプル瓶を開封し、PMDAを3.8251g(17.4886mmol)追加して、サンプル瓶内を窒素置換した。本サンプル瓶を100℃のオイルバスに浸し、3時間、マグネチックスターラで攪拌し、均一溶液を得た。その後、室温の下、ロータリーミキサで24時間攪拌した。得られたワニスは均一溶液であり、固形分濃度は35.1質量%であった。本ワニスに対して参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは23000であり、実施例5よりもよりも大きな値を示した。実施例5と同等量のエステル化剤を用いたにも関わらず、本実施例のポリアミック酸は、実施例5のポリアミック酸よりも高分子量化した。これは溶解性が低いODPAを直接エステル化したため、不溶成分のエステル化が不十分となり高分子量化したものと思われた。また、高分子量化によって実施例5よりも高い、6.3Pa・sのワニス粘度が観測された。
さらに、参考例Aと同様にして成膜性を評価したところ、塗布ギャップ150μmにおける絶縁被膜厚は37μmであった。また、その絶縁被膜には、剛直な構造を有するPMDAを構造中に導入したにもかかわらず、焼き付け時のひび割れも無く、良好な外観を有していた。本ポリアミック酸でも、焼き付け時に低分子量ポリアミック酸同士の重縮合が進行するその場重合が発現し、絶縁被膜の割れを防止することできたものと考えられる。
しかし、絶縁被膜の破断伸びは35%に低下した。先に述べたように本参考例では、ODPAを直接部分エステル化しており、不溶成分はエステル化されずに高分子量化したものと考えられる。つまり系内にはエステル化に寄与しなかったエステル化剤が残存しているものと考えられる。本系にPMDAを加えた場合、重合過程においてPMDAもエステル化される可能性がある。PMDAは剛直構造を有しており、その場重合性が低いと考えられる。本系においては、高分子量化したODPAを含有するポリアミック酸の効果によって成膜性はよいものの、その場重合性が低いPMDAを含むポリアミック酸のエステル化及びカルボキシル化物が生成し、絶縁被膜の破断伸びが低下したものと考えている。
以上の参考例A〜C、実施例4及び5並びに参考例1及び2の結果を表1に纏めた。なお、参考例1及び2における「オリゴマーの製造条件及び物性」の「固形分濃度」は、オリゴマーを製造していないことから、ODPAのNMP溶液についての固形分濃度を示している。
(比較例1)
比較例1は、剛直な構造を有するPMDAとエーテル結合を有するODAとからなるポリアミック酸を含有するポリアミック酸ワニスの合成例である。比較例1の構造末端は、カルボキシル基及びエステル基を有するODPAとODAとの重縮合構造を含んでいない。
30mLのサンプル瓶にODAを1.4338g(7.16mmol)、NMPを17g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、ODAを溶解した。このサンプル瓶に、PMDAを1.5647g(7.15mmol)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌して比較例1のワニスを得た。本ワニスの濃度は15質量%であった。本ワニスを用いて参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは120000と大きく、その粘度も6.8Pa・sと低濃度ワニスとしては高い値を示した。塗布ギャップが100μmで絶縁被膜の厚さは10μmであり、塗布ギャップを150μmとして厚膜化を試みたが焼き付け時に発泡が生じ、絶縁被膜が得られなかった。
厚さ10μmの絶縁被膜の外観は良好であり、その破断伸びは65%と高い値を示したが、比較例1のワニスを用いて絶縁被膜の厚膜化を図るためには、多くの塗布焼き付けを繰り返すことになる。
(比較例2)
比較例2は、両末端にカルボキシル基とカルボン酸エステル基を有するPMDAとODAとからなる低分子量ポリアミック酸に、所定量のODAモノマーを混合して、PMDAとODAとの当量比を1:1モル比として調整したワニスの例である。その本ポリアミック酸の両重合末端にはカルボキシル基、及びエステル基を有するPMDAとODAとの重縮合構造を有する。
50mLのサンプル瓶にODAを2.0040グラム(10.008mmol)、NMPを30.5g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、ODAを溶解した。このサンプル瓶に、PMDAを3.2684g(14.984mmol)を添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。
サンプル瓶を開封してエステル化剤として超脱水メタノールを0.3189g(9.958mmol)を加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を24時間、室温でロータリーミキサにて攪拌した。本ワニスにODAを0.9965g(4.976mmol)追加して、濃度17.8質量%のワニスを得た。本ワニスを用いて参考例Aと同様の評価を行った。
Mwは43000と小さく、そのためワニス粘度は0.2Pa・sと非常に小さな値を示した。塗布ギャップ100μmにおける絶縁被膜の形成厚さは10μmであった。本絶縁被膜の外観は良好であったが、破断伸びは、低分子量化の影響で25%に低下し、破断伸びが小さくなった。また、塗布ギャップを150μmとして成膜を試みたが、発泡が生じて成膜できず、絶縁被膜は得られなかった。
(比較例3)
比較例3は、比較例2のポリアミック酸ワニスを高濃度化した例である。
50mLのサンプル瓶にODAを1.0019グラム(5.003mmol)、NMPを15.13g採取し、サンプル瓶内を窒素置換して密栓し、ODAを溶解した。このサンプル瓶に、PMDAを1.6377グラム(7.508mmol)添加し、窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶をロータリーミキサで24時間、室温で攪拌した。
サンプル瓶を開封してエステル化剤として超脱水メタノールを0.1633グラム(5.097mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓した。本サンプル瓶を24時間、室温でロータリーミキサにて攪拌した。次いで、高濃度化のために、以下のように同作業を繰り返した。
本サンプル瓶にODAを1.0007g(4.998mmol)、PMDAを1.6369g(7.505mmol)加え、窒素置換した後、密栓して室温でロータリーミキサで24時間攪拌した。ついで超脱水メタノールを0.1594グラム(4.975mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓し、本サンプル瓶を24時間、室温でロータリーミキサにて攪拌した。
さらに、本サンプル瓶にODAを1.0017グラム(5.002mmol)、PMDAを1.6258グラム(7.454mmol)加え、窒素置換した後、密栓して室温でロータリーミキサで24時間攪拌した。ついで超脱水メタノールを0.1576グラム(4.919mmol)加え、サンプル瓶内を窒素置換して、密栓し、本サンプル瓶を24時間、室温でロータリーミキサにて攪拌した。
最後に、PMDAとODAとの当量比を一致させるため、本ワニスにODAを1.4929g(7.456mmol)加えて、溶解させ、濃度39.5質量%のワニスを得た。本ワニスを用いて参考例Aと同様の評価を行った。
比較例3のポリアミック酸の分子量は43000であった。ワニス粘度は、参考例Bに比べて、高濃度化の影響で42.5Pa・sに上昇した。塗布ギャップ100μm及び150μmのいずれにおいても、塗布焼き付けしたところ絶縁被膜に多数のクラックが発生し、絶縁被膜は得られなかった。
本結果から、ODAと剛直構造を有するテトラカルボン酸二無水物であるPMDAのみからなるポリアミック酸は、低分子量化による高濃度、低粘度化は可能であるものの、低分子量であるため絶縁被膜にクラックが生じやすく、厚膜塗布プロセスには適さないことが判明した。
以上の比較例1〜3の結果を表2に纏めた。