明 細 書
中性子散乱法を用いたタンパク質の形態変化に起因する疾患の診断方 法
技術分野
[0001] 本発明は、生体中に存在するタンパク質の形態変化を、タンパク質に対して無侵襲 で自然なまま観察することにより、タンパク質の形態変化に起因する疾患を診断する 方法及び医薬のスクリーニング方法に関する。
背景技術
[0002] 近年、パーキンソン病を初めとして、アルツハイマー病など多くの脳疾患に微小管 結合タンパク質タウゃシヌクレインの代謝異常や構造異常によるタンパク質の線維化 や、細胞内の不要なタンパク質の分解系に関与するプロテオゾームシステムに関与 するュビキチンの細胞内リサイクルシステムを司る UCH— L1 (ubiquitin carboxyl -terminal hydrolase)の遺伝子異常に起因するタンパク質凝集体形成と神経原 線維細胞変性、細胞死が深く関わっていることが分かってきた。従って、生体中にお けるタンパク質の線維化、凝集体形成等の形態変化は、種々の疾患の原因、進展、 治癒過程等に深く関与してレ、ると考えられてレ、る。
[0003] 従来のタンパク質の構造解析に関しては、結晶化したタンパク質の構造を解析しよ うとする技術が種々開発されている力 S、この技術によって生体中のタンパク質の実質 的な形態変化 (例、自己集合によるオリゴマー形成等)を予測することは大変困難で ある。そこで、水溶液中でナノレベルのタンパク質構造を解析する技術がいくつか開 発されている。このうち、 X線小角散乱法によれば、タンパク質の水溶液構造を観察 することが可能である力 特に水中での X線照射によるタンパク質の損傷は免れ得ず
、ラジカル生成'重合反応による分子間共有結合形成が生じる。従って、この方法は
、分子間相互作用による複合体構造の解析には不向きである。核磁気共鳴法 (NM R)によれば、分子量が 3万程度までの単一タンパク質分子であれば、解析が可能で あるが、それ以上の分子量を有するタンパク質や複合体を形成すると、 13Cや15 N等 の同位元素を用いて特殊な分子修飾を行わないと解析が困難である。また、原子間
力顕微鏡 (AFM)は、タンパク質を水中でマイ力表面に吸着させ、マイクロプローブ でタンパク質表面を走査し、その形状を観察する手法であるが、タンパク質を基盤表 面に固定するため、化学修飾が必要となるという問題がある。
発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0004] 従って、本発明は、タンパク質に対して無侵襲で自然なまま、水溶液中のタンパク 質の形態変化を観察し、その形態変化と疾患との関係を解明し、当該手段を用いた 診断方法及び医薬のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0005] そこで本発明者は、中性子小角散乱法を用いて水溶液中のタンパク質を観察して きたところ、重水中のタンパク質に冷中性子を照射すれば水溶液中でタンパク質に 何ら化学修飾や力学的作用を及ぼさずに、無侵襲で自然なままタンパク質構造が観 察でき、かつ正常なタンパク質と異常なタンパク質の水溶液中での形態と、疾患との 間に相関性があること、さらにこの結果を用いれば医薬のスクリーニングもできること を見出し、本発明を完成した。
[0006] すなわち、本発明は、重水中に溶解又は分散した被検タンパク質に冷中性子を照 射し、当該冷中性子の散舌しから被検タンパク質の形態を測定することを特徴とする、 被検タンパク質の形態変化に起因する疾患の診断方法を提供するものである。 また、本発明は、被検物質で処理された対象タンパク質又は被検物質を投与され た動物から分離された対象タンパク質を用いる医薬のスクリーニング方法であって、 重水中に溶解又は分散した対象タンパク質に冷中性子を照射し、当該冷中性子の 散乱から対象タンパク質の形態を測定することを特徴とする、対象タンパク質の形態 変化に起因する疾患の治療薬のスクリーニング方法を提供するものである。
発明の効果
[0007] 本発明方法によれば、生体中に存在する状態と同様である、水溶液中でのタンパ ク質の構造、形態変化が無侵襲で自然なまま観察できるため、真に生体中で起こつ ているタンパク質の形態変化と疾患との関係が観察できることになり、種々の疾患の
初期状態、進展状態、治癒過程等が正確に診断でき、かつ医薬がスクリーニングで きる。
図面の簡単な説明
[図 1]中性子小角散乱による重水溶媒中の蛋白質構造の観察方法の概念図である。
[図 2]コア、シェル型のタンパク質構造の散乱べ外ル qと散乱強度 I (q)を求める場合 の理論式である。
[図 3]正常型 UCH— L1の結晶構造を示す図である。 (UCH— L1と同様に hydrola se活性(50%のアミノ酸配列が一致する)を有し、生体に広く分布している UCH— L 3の結晶構造解析データから SWISS— MODELによって解析)
[図 4]球状タンパク質 UCH— L1の単量体、二量体からの理論曲線と、実際の正常型 UCH— L1の測定結果を示す図である。 I ( ;測定(秦)、1 (q) ;理論曲線、(—— e c
)、モノマー;( )、ダイマー。
[図 5]UCH— L1回転楕円体とした場合の理論曲線である。 a.球状の単量体の短径 aを徐々に変化させた回転円盤体 (短径; a、長径; b、( = c) )の理論曲線、 b.球状の 二量体の短径 aを徐々に変化させた回転円盤体 (短径; a、長径; b、( = c) )の理論曲 線、 c.球状の二量体の短径 a, ( = b)を徐々に変化させた紡錘体(短径; a、( = b)、 長径; c)の理論曲線である。
[図 6]正常型 UCH— L1及びアミノ酸置換体の中性子散乱曲線及び理論曲線による フィッティングを示す図である。 a.正常型 UCH_L1、 I (q);測定(·)、 I (q);理論 e c 曲線、( )、モノマー(a, 29 A, b, ( = c) , 52A); ( )、ダイマー、 b. 193
M置換、 I ) ;測定(秦)、1 (q) ;理論曲線、 (——)、モノマー(a, 2θΑ, b, ( = c) e c
, 62A) ; ( )、ダイマー、 S18Y置換、 I ( ;測定(秦)、1 (q) ;理論曲線、 ( e c
)、モノマー(a, 43A, b, ( = c) , 43A); ( )、ダイマー、 d. I93M + S1
8Y置換、 I );測定(秦)、1 (q) ;理論曲線、 (——)、モノマー(a, 3l A, b, ( = c e c
) , 50A) ; ( )、ダイマー。
[図 7]正常型 UCH— LI及びアミノ酸置換体の円二色性測定による二次構造変化を 示す図である。
[図 8]正常型 UCH— L1及びアミノ酸置換による形態変化と機能変化を示す図である
[図 9]微小管結合タンパク質タウの単分子(自己集合により球状クラスター形成)構造 、及び、 SS結合形成による線維化を示す図である。線維化タウ(〇); SS結合還元 · 切断によるタウの自己集合体(き)。比較として、黒の実線にタウと同等の分子量を有 する球状タンパク質力 の理論的散乱曲線を示した。
発明を実施するための最良の形態
[0009] 本発明の診断方法においては、被検タンパク質を重水中に溶解又は分散して用い る。生体中においてタンパク質は、細胞中又は体液中に溶解して存在している。従つ て、本発明においては、生体中において、そのタンパク質が存在している自然な状 態の形態を観察することができる。ここで被検タンパク質としては、種々の疾患に関与 していると考えられるすべてのタンパク質、例えば酵素、膜タンパク質、受容体タンパ ク質、構造蛋白質等が挙げられる。より具体的な例としては、 UCH— Ll、微小管結 合タンパク質タウ等を挙げることができる。
[0010] これらのタンパク質としては、生体から分離されたタンパク質でもよいし、生体由来 の遺伝子を使用して合成されたタンパク質でもよい。遺伝子を使用したタンパク質の 合成には、当該遺伝子の構造さえ判明していれば、公知の手法により行うことができ る。
[0011] 重水中のタンパク質濃度は、特に限定されないが、 10 μ Μ以上あれば十分である 。好ましくは 10 μ Μ〜100πιΜ、より好ましくは 10 μ Μ〜10πιΜである。
[0012] 冷中性子は、公知の手段により中性子から変換させることができる。すなわち、加速 器によって加速された陽子等の粒子線を重元素(例えば、ウラン、タングステン、水銀 etc)からなるターゲットにあて、原子核の分裂的崩壊を起こさせ、パルス中性子を得 、これを減速材 (液体水素、液体重水素、固体メタン等)で冷却することにより得られ る。同様に原子炉からウランの崩壊に伴い発生する中性子も同様な方法で冷中性子 に変化できる (新高分子実験学 6 高分子構造 (2)散乱実験と形態観察、 p282 高 分子学会編 共立出版株式会社参照)。ここで冷中性子の波長は、およそ 0. 5〜: 1. 5nm前後である。
[0013] 当該冷中性子は、タンパク質の原子核に照射しても、散乱するだけで原子核を破
砕しないためタンパク質へのダメージは殆どない。冷中性子の原子に対する散乱能 は、原子の散乱長密度によって決まる。特に、重水素(2H、 deuterium ; D)は大きな 正の散乱長を有するのに対し、軽水素( )のそれは負である。このことを利用すると 、冷中性子は相対的に、タンパク質中の水素原子( )に散乱されやすぐ溶媒であ る重水(D O)に吸収されやすい性質を有している。従って、重水中にタンパク質を
2
溶解、分散すると、大きなコントラストが生じ、タンパク質構造が観察できる(中性子小 角散乱法)。その解析範囲は、数 Aからサブミクロンに及ぶ。この概念図を図 1に示 す。
[0014] ここで、中性子小角散乱法について説明する。生成した冷中性子はスリット系の中 性子導管を通じて、試料に照射させる。試料から生じた散乱光の検出は、二次元検 出器が用レ、られる。測定したレ、q (運動量変化)範囲に応じて真空チャンバ一中を移 動してカメラ長を任意に変えることができる。カメラ長に応じてスリット部のコリメーショ ンも調整する必要があるが、この機構により、広レ、 q範囲で精度良いデータを得ること ができる。異なるカメラ長、すなわち q範囲で測定を行い、それらを重ね合わせて 1本 の合成曲線にすることもできる。セル部分は、温度制御やサンプルチェンジャーなど が組込めるような工夫をするのが好ましい。高温や低温、高圧などの特殊セルュニッ 卜ち用レ、ること力 Sできる。
[0015] 試料セルとしては、角型又は太鼓型の石英製の容器を用いるのが普通である。中 性子線は、ホウ素フリーの石英ガラスをほとんど吸収されることなく透過するので、セ ル容器壁の厚さは lmm程度の扱いやすいセルを使用できる。 100% D〇で:!〜 1
2
Ommとするのが普通である。セル厚が薄いほど散乱は弱ぐ長時間の積算を要する 。セルは超音波洗浄などで十分に清浄にするのが望ましレ、。
[0016] 散乱光の測定は、散乱測定と別個に透過率 (transmittance)の測定を行レ、、その 値を用いてセル及び溶媒などによるバックグラウンド散乱を差引くことにより行うのが 好ましい。組成が既知であれば計算で差引くこともできるが、十分に広角側まで測定 し、このバックグラウンドを実験的に求め差引くことが好ましい。中性子小角散乱法で はポイントビームを用いるので、通常デスメアーの必要はない。等方性試料の場合は 、二次元検出器で得られた二次元データのサーキユラ一アベレージをとり、一次元デ
ータに変換する処理をコンピューターで行う。
[0017] 散乱光のコンピューター処理により、タンパク質の形態が観察できるので、この形態 の変化、例えば形状及び/又は大きさの変化を観察することにより、疾患の診断がで きる。診断に用いる解析方法とは、表 1、 2、 3に示すように様々なタンパク質の形状を 予測して、散乱ベクトル、 q= (4 π Z λ ) sin Θと散乱強度を計算し、どの形状が最も 実験値に相応しいか解析できる。
[0018] [表 1] タンパク質の形状変化に伴う散乱べクトル。と散乱強度 I ί の関係 球 (半径 R)
3(sm x— cos x)
l(q)= 2(q)= x=aR
X
楕円 (a, a, V a)
I(q)= I Φ2 (qa cos20 + v2sin 0)cos θ ά θ
[0019] [表 2]
々な ¾ ^子からの散乱理¾_式と回転半径 (S)
細くて長い棒 (針) (長さ L, x=Lq/2) ("
ガウスコイル (2)
<S2 >=nb2 /6 ≡ <S2 >^
I(q)=^"(e-X— l+x)' x = <S2 >2: Debye Function
1
I( - , (Approx, error < 15%)
1+q2 <S2 >/2
f本のガウス鎖からな る星型高分子 (3)
f
F: x, =q < S > =q"nb lb
3f-2
ランダム f 分岐高分子(4)
1
I(q)= x=q < S > =q*nb lb
1+-
3
櫛形高分子,枝 f本 (重合度 D =nb),主鎖重合度 No. (5)
(义)
2(1- e'
X— (1— e.")+(l— e-
x("
y' f-
ι+ひ—
e- え)/ χλ— (1— e xえ If x
2X
2/f(f-l) 16
6 (6)
nb'
<s2 > Ring - =-<S2 >
12 2
3]
良溶媒中の排除体積効果を伴う非ガウス鎖
(7)
ε : ηοη - Gaussian Oarameter
半屈曲性高分子 (Kratky-Porod Chain) oit Doty, 1953)
L : contour length, λ ': stiffness parameter
Kuhn Segment Length Ak = lim(<R2>/L) =b=2Lp;
Lbq:
、
λ
(Sharp and Bloomfield, 1968) where L=bn: conlour length, b: length of the statistical chain element
(1)松岡秀榭「コロイド、ミセル、高分子溶液への応用」日本結晶学会誌、 41、 269 ( 1999) .
(2) J. ¾. Higgms, H. G. Benoit, 'Polymerand Neutron scattering , Oxf ord, (1994) .
(3) O. Kratky, O. Glatter, ed. Small— angle X— ray Scattering", Chap . 12, Academic 1982.
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(5) P. Debye, J. Phys. Colloid Chem. , 51 , 18 (1948) .
(6) H. Benoit, J. Polym. Sci. , 11, 507 (1953) .
(7) K. Kajiwara, W. Burchard, M. Gordon, Br. Polym. J., 2, 110 (1970) . その他の参考文献
E. F. Casassa, G. C. Berry, J. Polym. Sci. , A— 2, 4, 881 (1966) .
E. F. Casassa, J. Polym. Sci. , A. 3, 605 (1965) .
O. B. Ptiysyn, Zhurnal Fizicheskoi Khimii, 31. 1091 (1957).
A. Peterlin, J. Chem. Phys. , 23, 2464(1955).
[0022] また、散乱ベクトル、 q、が大きい領域(c!〜 1/Rg、 Rgは重心回転半径)ではギニ ェの法貝 IJ (参考文献: A. Gunier, G. Fournet, Small Angle Scattering of X-rays, Wiley, New York, 1955. )によれば、散舌 Lベタ卜ノレ qと散舌 L強度 I (q) の関係は、 I(q)=I(0)exp(-l/3 Rg2q2)と表すことができ、表 4に示すような計 算により、タンパク質の形状を推定することもできる。 1(0)は qを 0外挿して得られる値 であり、散乱強度を絶対値換算すると、この値は分子量に依存する値となる(参考文 献: Jacrot and Zaccai(Biopolymers, 20(1981), 2413— 2426))。
[0023] [表 4] 様々なタンパク質の重心回転半径 Rgと形状パラメ一ターの関係 粒子の形状 形状パラメーター 関係式
球 半径 R =(3/5)R2
円柱 半径 γ, 長さ RG2: =(y2/2)+(L2/12)
回転楕円形 半径長 a , a , ν a RG2; =a2(2+ 2)/5
薄い円盤 半径 R RG2: =R2/2
細い棒状 長さ RG2: =L2/12
直方体 2 a , 2 b , 2 c RG2; =(a2+b2+c2)/3
[0024] また、タンパク質の中心にコアを形成するような複雑なタンパク質構造についても、 図 2に示すような解析方法 (J. Marignan, P. Basserau, and P. Delord, J. Phys . Chem. , 90, 645 (1986) )によって、形状パラメーターを求めることができる。
[0025] 一方、散乱ベクトル qが比較的大きな領域では、棒状のタンパク質で、散乱ベクトル qと断面の重心平均半径 Rcとの関係が、 q2*Rc2<lである時、すなわち、棒の太さ に対応する散乱強度 I(q) が棒の長さ Lに対して、 L /qの関係のある時、 ln(I(q)
thin
=K+ (-1/2 * Rc2 * q2)となるため、 In (I (q)と q2でプロットして得られる直線の傾 きょり Rcを求めることができる。実際の断面半径 Rは、 R=Rc1/2から求めることができ る(参考文献; H. Matsuoka et al. , J. Colloid. Interface Sci. , 118, 387(1 987))。
[0026] ここでは、例えば、パーキンソン病の発症に関わるュビキチンリサイクル機能を有す
る、 UCH— Llについて、正常型 UCH— LIタンパク質構造と、パーキンソン病危険 増幅因子である UCH— LI (I93M置換体)とパーキンソン病危険軽減因子である U CH-LKS18Y置換体)のヒト遺伝子から大腸菌を用レ、てタンパク質を合成 ·精製し 、重水素中で構造を解析した。その結果、 (1) UCH_L1は、水中で二量体として存 在する。 (2)二量体を形成する単量体の構造は各々異なっており、パーキンソン病危 険増幅因子である UCH— Ll (I93M置換体)は正常型よりも楕円性が高ぐ一方、 パーキンソン病危険軽減因子である UCH— Ll (S18Y置換体)は、楕円性が低ぐ ほぼ球状の二量体であることが判明した。タンパク質の球状性は円二色性計測によ るタンパク質内部の β一ターン (折り返し構造)の増加(球状性増加) ·減少(楕円性 増カロ)によっても裏付けられる。
[0027] ュビキチンリサイクル機能である加水分解活性は Ι93Μく正常型く S18Yの順に 高ぐタンパク質の球状性 (globularity)とは病理学的にも一致することを初めて明ら かにした。この手法を用いれば、タンパク質の遺伝子変異による水中での実質的な 構造変化が判明するため、病理的な予知と診断が可能となる。
[0028] 正常な微小管結合タンパク質タウの水中での単分子構造と、脳疾患で見られるタウ の線維構造 (病的状態)を in vitroで直接比較した例はない。中性子小角散乱法で 、 SS結合で部分的に架橋されたタウ分子は直径が 36Aの線維状の長線維を形成 する力 SS結合を完全に切断すると、タウは自発的により半径が 350 Aの球状クラス ターを形成することが明らかになった。これにより、正常な状態から病的な状態に至る プロセスの解明が容易となり、細胞変性や細胞死を誘発する異常なタンパク質の線 維化を抑制する医薬の開発が可能となる。
[0029] また、被検物質で処理された対象タンパク質又は被検物質を投与された動物から 分離された対象タンパク質を試料として、前記同様に中性子小角散乱法により形態 を測定すれば、当該被検物質が医薬として有用か否力、がスクリーニングできる。ここ で、対象タンパク質は、前記被検タンパク質と同様に、合成されたものでも生体から 分離されたものでもよい。
[0030] 本発明によれば、病因に関わるタンパク質を直接生体より抽出 ·精製する力、、あるい は、脳のように直接タンパク質の抽出が困難な場合、クローユングした遺伝子からタ
ンパク質を合成 ·精製した試料に対して本発明により直接タンパク質構造 (複合体)を 観察し、正常型と比較することで、診断が実施できる。
[0031] また、 UCH—L1のような二量体形成タンパク質に対しては、遺伝子治療により、 19 3M変異型パーキンソン病患者に S 18Y球状タンパク質を発現させ、酵素機能を回 復させる可能性への道を開ぐまた、異常タンパク質の形状を正常に回復させ (球状 化)、機能を回復させる薬剤のスクリーニング方法となる。また、タウのような異常なタ ンパク質会合'凝集に対する抑制剤のスクリーニングが可能となる。
[0032] 疾患患者から抽出した病的因子の候補となる種々のタンパク質と正常人から抽出さ れた正常なタンパク質を比較し、どのタンパク質の形態が変化してレ、るかを検査し、 発症原因を明らかにすることができる。また、脳疾患のように被検タンパク質が直接抽 出できない場合には、患者から抽出した遺伝子からタンパク質を合成し、正常なタン パク質と比較することにより診断を行うことができる。更には、正常なタンパク質であつ ても代謝異常によって線維化など、異常な高分子体が認められる疾患では、タンパク 質が直接抽出されたものか、あるいは遺伝子から合成されたかに関わらず、正常なタ ンパクに種々の処理、例えばリン酸化や酸化ストレスを負荷し、負荷前後の形態を比 較すれば、どのような代謝過程の異常により正常なタンパクが高分子化するかがわか り、発症原因を明らかにすることができる。また、さらにはこれらの知見に基づき、現状 における治療方針の決定、遺伝子治療への展開、タンパク質の異常な会合や凝集を 抑制する新規医薬スクリーニング方法への展開や、強いては疾患予防対策法を図る ことが可能となる。
[0033] 本発明において、診断又はスクリーニングされる医薬の対象となる疾患は、タンパク 質の形状や大きさの変化に起因する疾患であり、例えば脳内タンパク質であるシヌク レインの遺伝子異常が関連する家族性パーキンソン病、特発性パーキンソン病、ュ ビキチンリサイクル機能を有する、 UCH— L1の遺伝子異常に関連する家族性パー キンソン病が挙げられる。また、 Tauopathyと称される神経原線維変化型痴呆で、一 般的なアルツハイマー病の他、タウ遺伝子の変異が認められる前頭側頭葉痴呆、老 人斑が認められない神経原線維優位痴呆がある。一方、電子顕微鏡で観察すると、 周期が 80nmで繰り返し構造を有する、タウの PHF (paired helical filament)が
見られる疾患としては、遺伝性疾患や発達異常、炎症性疾患でも認められるが、常 染色体劣性遺伝疾患では、 Niemann -Pick typeC等の代謝疾患、 Hallervoden Spate症候群等の変性疾患、常染色体優性遺伝疾患では、筋ジストロフィー症、 家族性プリオン病が揚げられる。また、亜急性硬化性全脳膜炎等の慢性疾患がある 。家族性の Pick病では、 PHF (paired helical filament)の主用な構成要素であ る異常なタウ(three repeat tau)凝集体が見られる。正常なタウ(four repeat t au)でも、例えば進行性核上性麻痺や皮質基底核変性症では、その凝集体が認め られている。更には、ポリグルタミンが蓄積する疾患としては、ハンチントン舞踏病や マシャド 'ジヨセフ病が挙げられる。本発明は、これらの脳疾患に制限されるものでは なぐ種々のタンパク質構造異常に起因する細胞死を伴う、癌やエイズ等のウィルス 性疾患、感染症、代謝異常病、先天性疾患など生体の広範囲な領域に渡る様々な 組織 '細胞でのタンパク質構造異常の診断 ·治療 '新薬スクリーニングにも応用できる 実施例
[0034] 実施例 1
中性子散乱法による UCH— L1の遺伝子変異タンパク質の構造解析によるパーキ ンソン病の診断
ヒト正常型 UCH-L1 cDNA及び、これに I93M, S 18Y, I93M + S 18Yの変 異を加えた cDNAを調製した。各々の cDNAを大腸菌用の発現ベクター pPROtet E233にサブクローユングし、大腸菌株 DH5aPROへ導入した。得られた形質転換 体を Circle Grow mediumで〇Dが約 0. 5になるまで 37°Cで振とう培養し(約 2時 間)、最終濃度 0. ImMになるようにイソプロピル一 /3 _ D _チォガラタトシド(IPTG) をカロえた後、さらに 6時間培養した。菌体を遠心操作(5000 X g、 20分、室温)により 回収し、 20mM HEPES、 pH7. 8に懸濁した。超音波破砕法により菌体を溶解し、 Co2+ - Sepharose (TALON purification kit, Clontech)を用いて、指示に従 レ、 UCH— L1を精製した。これを凍結乾燥し、 80°Cで保存した(参考文献; K. Ms hikawa, et. all. , B. B. R. C. , 304, 176— 183 (2003) )。
[0035] 濃度が 0. 86mg/mLとなるように重水を用いた緩衝液(最終的に、 50mM HEP
ES pH7. 8, 5mMジチオスレィトール(DTT) )に溶解し、高エネルギー加速器研 究機構に設置された中性子散乱装置 (WINK、 0. 03 < q (A— < 0. 15)により中 性子散乱測定を室温下で行った。ここで、 qは、ブラッグ角を Θ、とした時に q= (4 π / λ ) 3ίη θと表される運動量変化である。溶媒と UCH— L1溶液の透過率を測定し 、バックグラウンドを差し引き、標準化して得られた各々の散乱強度を求めた。 UCH —L1溶液からの散乱強度から溶媒の散乱強度を差し引いたものを、タンパク質から 散乱する中性子の散乱強度とした。
[0036] 次に水溶液中でのタンパク質の形態を解析する。タンパク質の水中での構造から 予測される理論的な中性子散乱曲線と、実験で得られた UCH— L1の中性子散乱 曲線が最も一致するようなタンパク質の形態を求めた。より具体的には、 UCH-L1 の結晶構造はまだ未知である力 UCH— L1と同様に hydrolase活性(50%のァミノ 酸配列が一致する)を有し、生体に広く分布している UCH— L3の結晶構造解析デ ータから SWISS— MODELによって解析(参考文献; Schwede, T. et. al. , Nucl eic Acids Res. 31 , 3381— 3385 (2003) . 、 Guex, N. et al. , Electrophor esis 18, 2714- 2723 (1997) . 、 Peitsch, M. C. , Bio/Technology 13, 6 58— 660 (1995) . )した結果を用いて、 UCH— L1の結晶構造を算定した(図 3)。 次に結晶構造情報より、タンパク質の回転半径を計算すると(参考文献; Svergun, D. I. et al. , Proc. Matl. Acad. Sci. USA, 95, 2267— 227) (1998) . 、 Sve rgun, D. I. et al. , J. Appl. Cryst. 28, 768— 77) (1995) . )、重心回転半径 R gが、 16. 5 A (実際の回転半径は、
[0038] である球状タンパク質であることが想定された。算定された球状タンパク質の半径か ら、重水中での UCH— L1の単量体の中性子散乱曲線を次式(1)により、理論的に 得ること力 Sできる。また、二量体についても二分子の中心間距離力も求めることができ る。
[0040] 図 4に、算定した球状タンパク質 UCH— LIの単量体、二量体からの理論曲線と、 実際の正常型の測定結果を示す。明らかに単量体ではなく二量体に近いが、更に 球状でないことが分かった。そこで、タンパク質の体積はアミノ酸数が一定であれば、 変形してもその体積はあまり変化しないので、徐々にタンパク質の形状を回転円盤体 (短径; a、長径; b、( = c) )もしくは紡錘体 (短径; a、( = b)、長径; c)として変形させ、 更にこれらの形態として、単量体及び二量体を予測した。これらのタンパク質を全て 5 Aの立方体に分割し、分割された立方体間の散乱長密度差は水素原子 (H)と重水 素(D)間の差に比べると極めて小さいことを考慮し、タンパク質の全ての部位間の相 関を計算することにより、水溶液からの理論的な中性子散乱曲線を次式 (2)により求 めた。図 5aに単量体もしくは二量体の 5 Aの立方体間全ての相関を求める場合の概 念図を示す。図 5bは単量体の回転円盤体(短径; a、長径; b、( = c) )で短径、 a、を 次第に変化させた場合の散乱ベクトル qと散乱強度 I (q)との関係を示す。図 5cは二 量体とした場合の回転円盤体 (短径; a、長径; b、( = c) )で短径、 a、を次第に変化さ せた場合の散乱ベクトル qと散乱強度 I (q)との関係を示す。更に、図 5dは二量体で も、紡錘体 (短径; a、( = b)、長径; c)として、短径、 a、を次第に変化させた場合の散 乱ベクトル qと散乱強度 I (q)との関係を示す。図 5bの回転円盤体二量体のみにおい て、 0. l < q(A_ 1) < 0. 15の範囲で、特徴的な散乱強度の減衰が見られ、図 4の U CH— L1の散乱曲線は回転円盤体に最も近いことが分かる。
[0041] [数 3] =∑∑fif ( 2 )
t J
[0042] 次に、実験値と理論値の差が最小となるように、次式(3)を用いてフィッティングを 行った。
[0043] [数 4]
∑^mle(q) - n - lc(q))q2)2
Σ ( 2)2
[0044] ここで、 mはスケーリングファクター、 nはバックグラウンドファクター、 I (q)は実際に e
中性子散乱測定で得られた散乱強度、 I (q)は理論的に得られた散乱強度である。
Rが最も小さくなるようなタンパク質の形態を UCH— L1の水溶液中の構造とした。紡 錘体では長径が極めて長レ、紡錘体でなければ、実際の測定曲線と一致しな力、つた ため、回転円盤体を採用した。図 6に示すように、正常型 UCH_L1 I93M S18Y I93M + S18Y全ては二量体である力 二量体を形成する単量体は、正常型 [短径 29A ;長径、 52A (図 6a) ] I93M [短径、 20A ;長径、 62A (図 6b) ] S18Y [短 径、 43A ;長径、 43A (図 6c)コ、 I93M + S18Y [短径、 3l A ;長径、 50A (図 6d) ] であった。すなわち、アミノ酸置換によって、水中での単量体の球状性は異なることが 判明した。アミノ酸置換による UCH— L1の球状性変化は、タンパク質の二次構造に おける i3—ターン (ペプチド鎖の折り返し)含有率とよく相関することが知られている。 図 7に円二色性測定結果から、 α リックス、 β シート、 β ターン、ランダムコィ ル成分が、アミノ酸置換によってどのように変化したかを示した。正常型と比較して、 I 93Μ置換により、 β シートの増加、 β ターンの減少が見られた。一方、正常型と 比較して、 S18Y置換により、 —ターンの増加が見られた。更に Ι93Μ置換体と比 較しても、 S18Y置換により、 /3—ターンの増加が見られた。すなわち表 5に示すよう に、中性子散乱実験から得られた、アミノ酸置換による UCH— L1の球状性変化と、 円二色性測定による β—ターンを指標とした UCH— L1の球状性変化はよく一致す ることが確認された。
[0045] [表 5]
UCH-L1 のアミノ酸置換による中性子散乱から求めた
楕円性の相対的変化と |3- turn含有率の導体的変化の関係
Amino acid Relative change of β-turn content Relative change of
Type substitution Circular raito ellipsoidal (% 6-turn
Wild non 1.8* - 6.6 -
I93M 3.1* 0.58 a 5.0 0.76 d
S18Y 1.0* 1.79 a 7.8 1.18 d
I93M mutant S18Y 1.6* 1.93 b 5.8 1.56 e
S18Y polymorphis a I93M 1.6* 0.52 e 5.8 0.64 f
*楕円率は中性子散乱による回転円盤体の b/ a値力 計算した。
a I93M と S18Yの相対的な楕円率の変化は wild-typeの楕円率に対する相対的な変化として計算した。
b I93Mの楕円率に対する相対的な変化として, I93Mの楕円率に対する相対的な変化として,計算した。
dI93M と S18Yの相対的な β-turn含有率の変化は wild-typeの含有率に対する相対的な変化として計算した。
e I Mの β-turn含有率に対する相対的な変化として, f I93Mの β-tum含有率に対する相対的な変化として訐算した。
[0046] これらの結果と UCH— L1の機能、すなわちュビキチンの細胞内回収機能である 加水分解活性から、図 8に要約するように、
(1) UCH— L1は水中で二量体を形成している。
(2)アミノ酸置換により、二量体を形成する UCH— L1の単量体の球状性は変化し、 I 93M置換ではより球状から変形した形状となり、一方、 S18Y置換ではより球状性が 高まる。
(3)より変形された I93M置換体では、加水分解活性が低下し、パーキンソン病危険 増幅因子となる。
(4)より球状性の高い S18Y置換体では、加水分解活性が増加し、パーキンソン病危 険軽減因子となって発症を抑制する。
[0047] 以上が明らかになった。このように、中性子散乱法を用いることにより、従来の結晶 構造解析からは予測が困難であった、生体に即した水中でのタンパク質の形態を明 らかにすることが可能であるば力りではなぐタンパク質の形態を正常なタンパク質と 比較すれば、パーキンソン病の診断ができることが判明した。
[0048] 実施例 2
中性子散乱法による微小管結合タンパク質タウの構造解析によるアルツハイマー 病の診断
大腸菌用の発現ベクター PRK172にヒト Tau 40蛋白質(441アミノ酸)の cDNAを サブクローユングし、大腸菌株 BL21 (DE3) pLysSへ導入した。得られた形質転換
体を Circle Grow mediumで〇Dが約 0· 5になるまで 37°Cで振とう培養し(約 2時 間)、最終濃度が 0. ImMになるように IPTGを加えた後、さらに 6時間培養した。菌 体を遠心操作(5000 X g、 20分、室温)により回収し、 PC buffer (20mM MES -NaOH, pH6. 8, 0. 5mM Mg Acetate, ImM EGTA, 2mM PMSF)に 懸濁した。超音波破砕法により菌体を溶解し、 1/150倍量の 2 _メルカプトエタノー ノレ、最終濃度 0. 8mMの NaClをカ卩えた後、 95°Cで 15分間処理した。冷却後、遠心 (20000 X g、 30分、 4°C)して上清を回収し、 PC bufferに対してー晚透析した。 P C bufferで平衡化した PC11樹脂と、透析後の蛋白質溶液を混合し、 4°Cで 5時間 以上撹拌した。 0. ImM NaClを含む PC bufferで樹脂を十分に洗浄した後、 0. 5mM NaClを含む PC bufferにより Tau 40蛋白質画分を溶出した。 Tau 40蛋 白質画分を MilliQ水に対してー晚透析し、更に 50mM Tris-HCl, 5mM EDT A, lOmM DTT, pH7緩衝液に置き換え、凍結乾燥した後、中性子散乱実験に供 した。また、タウ精製過程において、空気酸化で一旦タウ分子間に SS結合が形成さ れると、容易にこれを還元 ·切断できないため、 SS結合による高分子化現象を解消 するため、更に、 20mM DTTを加えて 70°Cで加熱し、 SS結合を還元 ·切断したタ ゥについても同様に中性子散乱測定を行った。高分子化したタウは、 日本原子力研 究所の中性子散乱装置(SANS—J ; 0. 0013 < q (A_ 1) < 0. 014)、及び高工ネル ギー加速器研究機構の中性子散乱装置(SWAN ; 0. 009< q (A_1) < 0. 99)で測 定した。また、 SS結合を還元'切断し、精製された低濃度のタウについては、 日本原 子力研究所の中性子散乱装置に 40枚の物質レンズを組み込むことにより、中性子を 集光させて測定した。
結果を図 9に示す。 SS結合を還元 '切断する前のタウは、 qく〜 0. 008 A 1で見ら れるように、直線の傾きが、 q_2に比例することから、ランダムコイルを形成して水中に 溶解'分散しており、鎖の太さは、 0. 009く q (A く 0. 025の範囲で横断面解析 (参考文献; H. Matsuoka et al. , J. Colloid. Interface Sci. , 118, 387 (19 87) )を行った結果(図 5中の挿入図)、直径が 36 Aであることが判明した。一方、 SS 結合を還元'切断した後は散乱曲線は処理前と全く異なり、 qが小さくなるにつれ、散 乱強度は増加しなくなり、また、 qが大きくなるにつれ、散乱強度の減少は q_4に比例
することから粒子は球状となっていることが判明した。 Gunier法(参考文献; A. Guni er, et. al. , 'Small— angle scattering of X— rays , Wiley, New York ( 1 955) )により、粒子の回転半径は 350 Aであり、数十個のタウ分子が自己集合によつ て会合し、球状クラスターを形成していることが判明した。正常なタウであっても、種 々の脳疾患で凝集体が見つけられている。従って、本解析により、正常なタウ分子は 水溶液中で、他のタンパク質と結合する力、、あるいは弱い分子間相互作用によって 会合体を形成しているが、酸化ストレスが細胞に加わると、分子間に SS結合が導入 され、線維化してしまうことが判明した。中性子散乱法を用いる評価系により、脳細胞 内で生じる異常なタンパク質の高次構造化現象を in vitroで再現することができ、こ れを阻害、抑制するような新規薬剤のスクリーニングが可能となる。