以下、本発明の実施形態について説明する。
本実施形態に係る軟磁性合金は、組成式((Fe(1-(α+β)CoαNiβ)1-γX1γ)(1-(a+b+c+d+e))BaPbSicCdCre(原子数比)からなる成分およびMnを含む軟磁性合金であって、
X1がTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Al、Ga、Ag、Zn、S、Ca、Mg、V、Sn、As、Sb、Bi、N、O、Au、Cu、希土類元素、および白金族元素から選択される1種以上であり、
0.020≦a≦0.200
0≦b≦0.070
0≦c≦0.100
0≦d≦0.050
0≦e≦0.040
0.005≦α≦0.700
0≦β≦0.200
0≦γ<0.030
0.720≦1-(a+b+c+d+e)≦0.900
であり、
Mnの含有量をf(at%)として、0.002≦f<3.0である。
上記の組成は、特にCoおよびMnを所定の範囲内で含有することを特徴とする。上記の組成を有する軟磁性合金は、飽和磁束密度Bsおよび耐食性が高い軟磁性合金となる。
飽和磁束密度Bsについては1.5T以上であってもよい。
耐食性については、具体的には、0.5mol/LのNaCl水溶液中において、自然電位を基準電位とし、測定電位範囲を-0.3V~0.3Vとし、電位走査速度を0.833mV/sとして、LSV法により測定した電位および電流値からTafel外挿法により算出した腐食電位が-630mV以上-50mV以下であり、腐食電流密度が0.3μA/cm2以上45μA/cm2以下である。
以下、腐食電位および腐食電流密度の測定方法について説明する。
まず、測定に使用する軟磁性合金としては、後述する方法で作製された幅4~6mm、厚み15~25μmの軟磁性合金薄帯を用いる。次に、軟磁性合金の表面を99%変性エタノールで1分間超音波洗浄後、アセトンで1分間超音波洗浄する。さらに、後述するNaCl水溶液に浸漬させる軟磁性合金の表面の大きさが幅4~6mm×長さ9~11mmとなるようにする。
次に、得られた軟磁性合金の腐食電位および腐食電流を測定する。腐食電位および腐食電流の測定には、LSV法で測定できる電気化学測定器を用いる。例えばBio-Logic社製のポテンショガルバノスタットであるSP-150およびBio-Logic社製のソフトフェアである「EC-Lab」を用いてTafel外挿法により行う。
具体的には、軟磁性合金を作用極として0.5mol/LのNaCl水溶液(25℃)中に浸漬させる。NaCl水溶液はガラス製の電気化学試験セルに10mL、量り入れたものを用いる。電気化学試験セルは外径が28mm、高さが45mm、電極間距離が13mmとなるものを用いる。例えばパイレックスガラス製の電気化学試験セルであるVB2(イーシーフロンティア製)を用いる。対極として作用極の反応を律速しない程度に十分な表面積を有するPtを用いる。対極の表面積の大きさに上限はない。すなわち、表面積を大きくしても腐食電位および腐食電流が変化しない。参照電極として過飽和のKCl水溶液中に浸漬させたAg/AgCl電極を用いる。
軟磁性合金をNaCl水溶液に浸漬させた後に20分間、静置する。NaCl水溶液の対流が無くなるようにするためである。静置後の自然電位を基準電位とし、測定電位範囲を-0.3V~0.3Vとする。電位走査速度は、卑な電位から貴な電位の方向に向かって0.833mV/sとして、LSV法により電位および電流値を測定する。得られた電位および電流値から、Tafel外挿法により腐食電位および腐食電流を算出する。腐食電位は自然電位付近において検出される電流値の絶対値が最も小さくなる電位のことである。腐食電流は腐食電位から垂直に伸ばした直線と後述するTafel直線との交点から求められる。腐食電流密度は、腐食電流および測定した試料の表面積から単位面積当たりの腐食電流を算出することで求められる。なお、試料の表面積は、NaCl水溶液に浸漬させた全ての部分の表面積の合計とする。
なお、Tafel外挿法により外挿するTafel直線はカソード反応側を用いる。アノード反応側を用いる場合には、腐食による生成物などの影響でTafel直線が得られにくいためである。
以下、上記の組成(特にCo、MnおよびCrの含有量)と軟磁性合金の耐食性(腐食電位および腐食電流密度)との関係について説明する。
まず、Co、MnおよびCrをいずれも含有しない組成の軟磁性合金を浸水させた場合には、短時間で軟磁性合金の全面にほぼ同時に錆が発生する。例えば、後述する実施例、試料番号1では、腐食電位が低すぎる値を示し、腐食電流密度が高すぎる値を示す。
上記の組成にCrを添加した組成(Feの一部をCrに置換した組成)の軟磁性合金を浸水させた場合には、軟磁性合金に多数の点錆が生じるようになる。すなわち、腐食箇所が不均一になる。また、Crの含有量が多くなるほどBsが低下する傾向にあることが知られている。具体的には、1at%あたり0.05~0.1T程度、低下する傾向にあることが知られている。また、Crが耐食性向上効果を発揮するには、概ね5at%以上、Crを添加する必要があることが知られている。例えば、Coを含まずCrを概ね1at%含む軟磁性合金薄帯について浸漬試験を60分行った場合の結果が図3である。図3は後述する試料番号167の比較例の軟磁性合金である。軟磁性合金薄帯の全面に大きな赤褐色の錆が生じている。なお、軟磁性合金の浸漬試験は、99%変性エタノールで1分間超音波洗浄後、アセトンで1分間超音波洗浄した軟磁性合金を蒸留水に浸漬することにより行う。
ここで、Crの代わりにCoを添加した組成(Feの一部をCoに置換した組成)の軟磁性合金を浸水させた場合には、Coを添加せずにCrを添加した場合と比較して点錆が発生するまでの時間が長くなる。これは、Feの一部をCoに置換することで軟磁性合金の腐食電位が上昇し、腐食電流密度が低下するためであると考えられる。腐食電位が高くなるほど腐食が発生しにくくなり、腐食電流密度が低くなるほど腐食速度が低下しやすくなる。例えば、後述する試料番号13、25など、試料番号1のFeの一部をCoに置換した場合には、試料番号1と比較して腐食電位が上昇し、腐食電流密度が低下する。
Feの一部をCoに置換し、さらに、Feの一部をCrに置換した場合には、さらに点錆が減少する。これは、Coを含む軟磁性合金について、Feの一部をCrに置換することで、腐食電位が少し上昇し、腐食電流密度が大きく低下するためであると考えられる。例えば、Feの一部をCoに置換し、さらにCrを概ね1at%含む軟磁性合金薄帯について浸漬試験を60分行った場合の結果が図4である。図4は後述する実施例、試料番号173の軟磁性合金である。図4では軟磁性合金薄帯に複数の点錆が生じるのみである。図3に示すCoを含まない場合のような軟磁性合金薄帯の全面におよぶ赤褐色の大きな錆は生じない。
ここで、軟磁性合金にMnを0.002at%以上3.0at%未満、添加する場合には、腐食電位が上昇する。
Feの一部をCoに置換しない場合には、Mnの添加による腐食電位の上昇幅および腐食電流密度の低下幅が小さい。したがって、Mnを添加しても軟磁性合金の耐食性にはほとんど影響がない。
しかし、上記の範囲内でFeの一部をCoに置換することで、Mnの添加による腐食電位の上昇幅および腐食電流密度の低下幅が大きくなる。そして、軟磁性合金の耐食性が上昇する。また、Feの一部をCoに置換することでBsも上昇するが、置換量が多すぎる場合にはBsが逆に低下する。
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の各成分について詳細に説明する。
Bの含有量(a)は0.020≦a≦0.200である。Bsを向上させる観点からは0.020≦a≦0.150であることが好ましい。耐食性を向上させる観点からは0.050≦a≦0.200であることが好ましい。すなわち、0.050≦a≦0.150であることが特に好ましい。aが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
Pの含有量(b)は0≦b≦0.070である。すなわち、Pを含まなくてもよい。0≦b≦0.050であることが好ましい。また、耐食性を向上させる観点からはbが0.001以上であることが好ましく、Bsを向上させる観点からは、bが0.050以下であることが好ましい。bが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、bが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
Siの含有量(c)は0≦c≦0.100である。すなわち、Siを含まなくてもよい。0≦c≦0.070であることが好ましい。cが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。さらに、上記の範囲内でcが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、cが大きすぎる場合にはCoを含有することによる腐食電位の上昇率が小さくなり、Coを含有することによる腐食電流密度の低下が生じにくくなる。その結果、Coを含有することによる耐食性の向上効果が小さくなる。
Cの含有量(d)は0≦d≦0.050である。すなわち、Cを含まなくてもよい。0≦d≦0.030であることが好ましく、0≦d≦0.020であることがさらに好ましい。dが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
Crの含有量(e)は0≦e≦0.040である。すなわち、Crを含まなくてもよい。0≦e≦0.020であってもよく、0.001≦e≦0.020であってもよい。eが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、eが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
Feに対するCoの含有量(α)は0.005≦α≦0.700である。0.010≦α≦0.600であってもよく、0.030≦α≦0.600であってもよく、0.050≦α≦0.600であってもよい。αが上記の範囲内であることによりBsおよび耐食性が向上する。Bsを向上させる観点からは0.050≦α≦0.500であることが好ましい。αが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、αが大きすぎる場合にはBsが低下しやすくなる。
さらに、αが0.500以下、または、aが0.150以下である場合にはBsを1.50T以上としやすくなる。
Feに対するNiの含有量(β)は0≦β≦0.200である。すなわち、Niを含まなくてもよい。0.005≦β≦0.200であってもよい。Bsを向上させる観点からは0≦β≦0.050であってもよく、0.001≦β≦0.050であってもよく、0.005≦β≦0.010であってもよい。βが大きくなるほど耐食性が向上する傾向にあるが、βが大きすぎる場合にはBsが低下する。
X1はTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Al、Ga、Ag、Zn、S、Ca、Mg、V、Sn、As、Sb、Bi、N、O、Au、Cu、希土類元素、および白金族元素から選択される1種以上である。X1はTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Al、Ga、Ag、Zn、S、Ca、Mg、V、Sn、As、Sb、Bi、N、O、Au、希土類元素、および白金族元素から選択される1種以上であってもよい。なお、希土類元素にはSc、Yおよびランタノイドが含まれる。白金族元素には、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPtが含まれる。X1は不純物として含まれてもよく、意図的に添加してもよい。X1の含有量(γ)は0≦γ<0.030である。すなわち、Fe、CoおよびNiの合計含有量に対し3.0%未満をX1で置換してもよい。
0<γ<0.030であってもよい。
特に軟磁性合金が薄帯形状である場合には、0≦γ≦0.028であってもよい。また、特に軟磁性合金が粉末形状である場合には、0.000≦γ≦0.028であってもよい。
Fe、Co、NiおよびX1の合計含有量(1-(a+b+c+d+e))は0.720≦1-(a+b+c+d+e)≦0.900である。0.780≦1-(a+b+c+d+e)≦0.890であってもよい。上記の式を満たす場合には、Bsが向上しやすくなる。
0.001≦e≦0.020であり、かつ、1.00≦α(1-γ){1-(a+b+c+d+e)}×e×10000≦50.0であってもよい。すなわち、Coの含有量とCrの含有量との積が特定の範囲内にあってもよい。上記の式を満たす場合には、高い耐食性および高いBsが両立しやすくなる。
本実施形態に係る軟磁性合金は、組成式((Fe(1-(α+β))CoαNiβ)1-γX1γ)(1-(a+b+c+d+e))BaPbSicCdCre(原子数比)からなる成分のほかにMnを含む。そして、Mnの含有量をf(at%)として、0.002≦f<3.0である。なお、Mnの含有量の母数はFe、Co、Ni、X1、B、P、Si、CおよびCrの合計含有量である。Mnの含有量が上記の範囲内であることによりBsおよび耐食性が向上する。Mnの含有量が小さすぎる場合には耐食性が低下する。Mnの含有量が大きすぎる場合には軟磁性合金が粗大な結晶を含みやすくなり、耐食性が低下する。
また、Mnの含有量をf(at%)として、0.003≦f/α(1-γ){1-(a+b+c+d+e)}≦710を満たしてもよい。すなわち、上記の組成式からなる成分に対するCoの含有量を母数とした場合のMnの含有割合が上記の範囲内にあってもよい。
さらに、軟磁性合金が粉末形状である場合には、Coを含有し、かつ、Mnを含有しない場合と比較して後述する粒子の円形度が上昇しやすくなる。
一般的に、軟磁性合金粉末を作製する場合には、軟磁性合金薄帯を作製する場合と比較して溶融金属中の酸素量の影響を受けやすい。そして、溶融金属中に酸素を含む場合には、後述する粒子の円形度が低下しやすくなる。ここで、軟磁性合金粉末がMnを含有する場合には、Mnに脱酸素効果があるため、ガスアトマイズ等の粉末を作製する際に溶融した金属中における酸素含有量が少なくなりやすい。そして、酸素含有量が少ないほど、後述する粒子の円形度が上昇しやすくなる。
図5は後述する表1A~表1Mに示される軟磁性合金粉末の実験例において、f=0である場合(点線)とf=0.040である場合(実線)とを比較したグラフである。グラフから明らかなように、Mnを含有しない場合には、Coを含有することで粒子の円形度が著しく低下する。すなわち、Mnを含有せずにCoのみを含有する場合には粒子の円形度を高くすることが困難である。これに対し、Mnを含有する場合にはCoを含有しても円形度が好適に維持される。
本実施形態に係る軟磁性合金は上記以外の元素を不可避的不純物として含んでいてもよい。例えば、軟磁性合金100質量%に対して0.1質量%以下、含んでいてもよい。
また、本実施形態に係る軟磁性合金は下記(1)に示す非晶質化率Xが85%以上であることが好ましい。非晶質化率Xが高い構造を有する場合には、非晶質化率Xが低い構造を有する場合と比較して腐食電位が高くなりやすく、腐食電流密度が低くなりやすい。そして、軟磁性合金の耐食性が向上しやすい。
X=100-(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)
Ic:結晶性散乱積分強度
Ia:非晶性散乱積分強度
非晶質化率Xが高い構造は、概ね非晶質で構成される構造またはヘテロアモルファスからなる構造、である。ヘテロアモルファスからなる構造は、結晶が非晶質中に存在する構造のことである。なお、結晶の平均結晶粒径には特に制限はないが、平均結晶粒径が概ね0.1nm以上100nm以下であってもよい。また、XRD測定におけるIc(結晶性散乱積分強度)成分に起因する結晶における結晶粒径においては特に制限はない。
非晶質化率Xは、軟磁性金属粉末に対してXRDによりX線結晶構造解析を実施し、相の同定を行い、結晶化したFe又は化合物のピーク(Ic:結晶性散乱積分強度、Ia:非晶性散乱積分強度)を読み取り、そのピーク強度から結晶化率を割り出し、上記(1)により算出する。以下、算出方法をさらに具体的に説明する。
本実施形態に係る軟磁性金属についてXRDによりX線結晶構造解析を行い、図1に示すようなチャートを得る。これを、下記(2)のローレンツ関数を用いて、プロファイルフィッティングを行い、図2に示すような結晶性散乱積分強度を示す結晶成分パターンαc、非晶性散乱積分強度を示す非晶成分パターンαa、およびそれらを合わせたパターンαc+aを得る。得られたパターンの結晶性散乱積分強度および非晶性散乱積分強度から、上記(1)により非晶質化率Xを求める。なお、測定範囲は、非晶質由来のハローが確認できる回析角2θ=30°~60°の範囲とする。この範囲で、XRDによる実測の積分強度とローレンツ関数を用いて算出した積分強度との誤差が1%以内になるようにした。
軟磁性合金の形状には特に制限はなく、粉末形状であってもよい。
粉末形状の軟磁性合金(軟磁性合金粉末)では、上記の方法で腐食電位および腐食電流密度を測定できない。本実施形態では、0≦γ<0.030を満たす軟磁性合金粉末の腐食電位および腐食電流密度は、酸素含有量をγに換算して0.003以下とする点以外、同一の組成および非晶質化率を有する軟磁性合金薄帯の腐食電位および腐食電流密度と同一であるとする。以下、酸素含有量をγに換算して0≦γ≦0.003を満たす点以外、同一の組成および非晶質化率を有する軟磁性合金薄帯のことを、測定用軟磁性合金薄帯と呼ぶ。
また、酸素含有量をγに換算して0≦γ<0.030を満たす範囲内で酸素含有量を変化させても、各種特性は大きく変化しない。特にBsは軟磁性合金が薄帯形状であるか粉末形状であるかに関わらず同一となる。したがって、通常は酸素含有量をγに換算してγ=0であると考えてよい。
測定用軟磁性合金薄帯の製造方法を以下に示す。
測定用軟磁性合金薄帯は、単ロール法により製造する。
まず、各元素の純物質を準備し、目的となる組成の測定用軟磁性合金薄帯が最終的に得られるように秤量する。そして、各元素の純物質を溶解し、母合金を作製する。なお、前記純物質の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる測定用軟磁性合金薄帯とは通常、同組成となる。
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(溶湯)を得る。溶融金属の温度は1000~1500℃とする。
単ロール法においては、主にロールの回転速度を調整することで得られる測定用軟磁性合金薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズルとロールとの間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる測定用軟磁性合金薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さは15~30μmとする。
ロールの温度は20~30℃、ロールの回転速度は20~30m/sec.、チャンバー内部の雰囲気は大気中とする。またロールの材質はCuとする。
また、得られた測定用軟磁性合金薄帯に対して熱処理を行うことでナノ結晶を析出させ非晶質化率を低下させることができる。熱処理温度、熱処理時間および熱処理時の雰囲気を適宜、制御することで非晶質化率を目的の値とすることができる。
測定用軟磁性合金薄帯は20℃~25℃で不活性雰囲気内、例えばAr雰囲気中で保管する。そして、作製後24時間以内に腐食電位および腐食電流密度を測定する。
測定用軟磁性合金薄帯は、活性雰囲気中に放置する場合、または、不活性雰囲気中でも長時間、放置する場合において、表面が酸化される場合がある。測定用軟磁性合金薄帯の表面が酸化されると測定用軟磁性合金薄帯の表面に不動態膜が形成される場合がある。そして、表面に不動態膜が形成されることにより、測定用軟磁性合金薄帯の腐食電位および腐食電流密度が変化してしまう場合がある。したがって、測定用軟磁性合金薄帯は不活性雰囲気中に保管し、作製後に長時間放置せずに腐食電位および腐食電流密度を測定する必要がある。
軟磁性合金粉末は、軟磁性合金粉末に含まれる粒子のWadellの円形度の平均値が0.80以上であってもよい。Wadellの円形度の平均値は1に近いほど軟磁性合金粉末に含まれる粒子の形状が球形に近くなる。そして、Wadellの円形度の平均値が高い当該軟磁性合金粉末は、例えば磁気コアを作製する際に粉末の充填性が向上しやすい。そして、得られる磁気コアの透磁率が向上しやすい。
軟磁性合金粉末の平均粒子径については特に制限はない。例えば1μm以上150μm以下であってもよい。
軟磁性合金粉末に含まれる粒子のWadellの円形度の平均値および平均粒子径については、モフォロギG3(マルバーン・パナティカル社)を用いて評価する。モフォロギG3はエアーにより粉末を分散させ、個々の粒子形状を投影し、評価することができる装置である。光学顕微鏡またはレーザー顕微鏡で粒子径が概ね0.5μm~数mmの範囲内である粒子形状を評価することができる。また、モフォロギG3を用いる場合には、多数の粒子形状を一度に投影し評価することができる。
モフォロギG3は多数の粒子の投影図を一度に作製し評価することができるため、従来のSEM観察などでの評価方法と比べて短時間で多数の粒子の形状を評価することができる。例えば後述する実験例では20000個の粒子について投影図を作製し、個々の粒子について、粒子径およびWadellの円形度を自動的に算出し、平均粒子径および円形度の平均値を算出している。これに対し、従来のSEM観察では、短時間で多数の粒子の形状を評価することが難しい。
Wadellの円形度は、投影図において、粒子断面に外接する円の直径に対する粒子断面の投影面積に等しい円の直径(円相当径)の比(円相当径/外接円の径)で定義される。
また、一般的な粒子径(粒度分布)の計算方法は体積基準である。これに対し、モフォロギG3を用いて粒子径(粒度分布)を評価する場合には、体積基準でも個数基準でも粒子径(粒度分布)を評価できる。
また、軟磁性合金粉末における平均粒子径はレーザー回折法を用いた粒度分布計でも測定可能である。本実施形態においては、レーザー回折法を用いた粒度分布計で測定された体積基準での粒度分布を平均粒子径とした。
次に磁性粉末から磁気コアを作製する方法について説明する。
磁性粉末を成形することにより磁気コアを得ることができる。成形方法には特に限定はない。一例として加圧成形により磁気コアを得る方法について説明する。
まず、磁性粉末と樹脂とを混合する。樹脂を混合させることで、加圧成形により強度の高い成形体を得やすくなる。樹脂の種類には特に制限はない。例えばフェノール樹脂、エポキシ樹脂などが挙げられる。樹脂の添加量にも特に制限はない。樹脂を添加する場合には、磁性粉末に対して1質量%以上5質量%以下、添加してもよい。
磁性粉末と樹脂との混合物を造粒して造粒粉を得る。造粒方法には特に制限はない。例えば、撹拌機を用いて造粒してもよい。造粒粉の粒径には特に制限はない。
得られた造粒粉を加圧成形して成形体を得る。成形圧には特に制限はない。例えば、面圧1ton/cm2以上10ton/cm2以下であってもよい。成形圧を高くするほど得られる磁気コアの比透磁率が高くなりやすい。しかし、磁性粉末の粒度分布がブロードである場合には、成形圧を通常の加圧成形における成形圧よりも低くしても得られる磁気コアの比透磁率を高くすることができる。得られる磁気コアが緻密化しやすいためである。
そして、成形体に含まれる樹脂を硬化させて磁気コアを得ることができる。硬化方法には特に制限はない。用いた樹脂を硬化させることができる条件で熱処理を行ってもよい。
次に、磁気コアにおけるWadellの円形度の評価方法について説明する。
磁気コアに含まれる磁性粉末粒子の粒度分布およびWadellの円形度は、SEM観察により測定することができる。具体的には、磁気コアの任意の断面に含まれる磁性粉末粒子1個1個についてSEM画像から粒子径(Heywood径)およびWadellの円形度を算出することが可能である。SEM観察の倍率には特に制限はなく、磁性粉末粒子の粒子径が測定できればよい。また、SEM観察の観察範囲の大きさには特に制限はないが、少なくとも10個以上、好ましくは100個以上、さらに好ましくは500個以上の磁性粉末粒子が含まれる大きさとする。観察範囲に含まれる磁性粉末粒子の個数は可能な限り、100個以上になるようにする。複数の断面から複数の観察範囲を設定することで、観察範囲に含まれる磁性粉末粒子の合計個数が少なくとも100個以上になるようにしてもよい。
磁気コアに含まれる磁性粉末粒子のWadellの円形度は、断面における当該磁性粉末粒子の面積をS、当該磁性粉末粒子の周囲の長さをLとして、2×(π×S)1/2/Lで表される。
磁気コアにおいて様々な組成の磁性粉末粒子が混合されている場合には、EDS(エネルギー分散型X線分析)による組成マップを得る。組成マップにより磁性粉末粒子の組成を特定する。そして、Wadellの円形度の平均値を算出する組成の磁性粉末粒子のみを抽出し、Wadellの円形度を測定する。
モフォロギG3を用いて測定した軟磁性合金粉末のWadellの円形度の平均値と、磁気コアにおける任意の断面から抽出した磁性粉末粒子のWadellの円形度の平均値とは概ね一致する。
軟磁性合金粉末が樹脂成分等と混在している磁気コアに含まれる軟磁性合金粉末のBsも測定することが難しい場合がある。しかし、この場合でも測定用軟磁性合金薄帯を作製してBsを測定することで磁気コアに含まれる軟磁性合金粉末のBsを知ることができる。
軟磁性合金粉末が樹脂成分等と混在している磁気コアにおける軟磁性合金粉末の腐食電位および腐食電流密度は、測定用軟磁性合金薄帯を作製することで測定することができる。
軟磁性合金の組成を確認する方法には特に制限はない。たとえば、ICP(誘導結合プラズマ)を用いることができる。また、ICPで酸素量を求めることが難しい場合には、インパルス加熱溶融抽出法を併用することができる。ICPで炭素量および硫黄量を求めることが難しい場合には、赤外吸収法を併用することができる。
軟磁性合金粉末が樹脂成分等と混在している磁気コアに含まれる軟磁性合金粉末など、上記で示したICP等を用いて軟磁性合金の組成を確認しにくい場合がある。その場合には、電子顕微鏡によるEDS(エネルギー分散型X線)分析やEPMA(電子プローブマイクロアナライザー)分析で組成を確認できる場合がある。ただし、EDS分析やEPMA分析では詳細な組成を確認することが難しい場合がある。例えば、磁気コア中の樹脂成分が測定に影響する場合が挙げられる。また、磁気コアを加工する必要がある場合において加工自体が測定に影響する場合が挙げられる。
上記のICP、インパルス加熱溶融抽出法およびEDS等で詳細な組成を決定することが難しい場合には、3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて組成を確認してもよい。3DAPを用いる場合には、分析する領域において樹脂成分や表面酸化などの影響を除外して軟磁性合金、つまり軟磁性合金粉末の組成を測定することができる。軟磁性合金粉末の内部において小さな領域、例えばΦ20nm×100nmの領域を設定して平均組成を測定することができるためである。また、3DAPで測定できる場合には、3DAPで決定した組成のみを用いて測定用軟磁性薄帯を作製し、Bs、腐食電位および腐食電流密度を測定することも可能である。
軟磁性合金の非晶質化度を確認する方法には特に制限はない。一般的には上記の通り、XRD測定によりX線結晶構造解析を実施する。しかし、軟磁性合金粉末が樹脂成分等と混在している磁気コアではXRD測定が困難である。XRD測定が困難な場合には、EBSD(結晶方位解析)を用いて非晶質化度を測定してもよい。さらに、透過電子顕微鏡(TEM)によるΦ100nm~Φ数μmの広い視野から得られる制限視野電子回折パターンを用いて回折スポットの強度を解析することにより非晶質化度を算出してもよい。
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法について説明する。
本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法には特に限定はない。例えば単ロール法により本実施形態に係る軟磁性合金の薄帯を製造する方法がある。また、薄帯は連続薄帯であってもよい。
単ロール法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各元素の純物質を準備し、最終的に得られる軟磁性合金と同組成となるように秤量する。そして、各元素の純物質を溶解し、母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金とは通常、同組成となる。
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(溶湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はないが、例えば1000~1500℃とすることができる。
単ロール法においては、主にロールの回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズルとロールとの間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さには特に制限はないが、例えば15~30μmとすることができる。
ロールの温度、回転速度およびチャンバー内部の雰囲気には特に制限はない。ロールの温度は20~30℃とすることが非晶質からなる構造としやすくなるため好ましい。ロールの回転速度は速いほど初期微結晶の平均結晶粒径が小さくなる傾向にある。また、20~30m/sec.とすることで非晶質からなる構造を有する軟磁性合金薄帯を得やすくなる。チャンバー内部の雰囲気はコスト面を考慮すれば大気中とすることが好ましい。
また、非晶質からなる構造を有する軟磁性合金に対して熱処理を行うことでナノ結晶を生成させ、非晶質化率Xを低下させることができる。熱処理時の雰囲気には特に制限はない。真空中やArガス中のような不活性雰囲気下で行ってもよい。
また、本実施形態に係る軟磁性合金を得る方法として、上記した単ロール法以外にも、例えば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法により本実施形態に係る軟磁性合金粉末を得る方法がある。以下、ガスアトマイズ法について説明する。
ガスアトマイズ法では、上記した単ロール法と同様にして1000~1500℃の溶融合金を得る。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。具体的には、溶融させた母合金を吐出口から筒体内の冷却部に向けて吐出する際に、吐出された滴下溶融金属に向けて高圧ガスを噴射する。滴下溶融金属が冷却部(冷却水)に衝突することで冷却固化され、軟磁性合金粉末となる。粉体を作製する際の滴下溶融金属量を変化させることで非晶質化率Xを変化させることができる。滴下溶融金属量が多いほど非晶質化率Xが低くなる傾向にある。
さらに、非晶質からなる構造を有する軟磁性合金粉末に対して熱処理を行うことでナノ結晶を生成させ、非晶質化率Xを低下させることもできる。熱処理時の雰囲気は特に制限はない。真空中やArガス中のような不活性雰囲気下で行ってもよい。
ガスアトマイズ法において、溶融金属を得た後にMnを添加してもよい。溶融金属を得た後にMnを添加することで、溶融金属の脱酸素効果が十分に発揮されやすくなる。そして、溶融金属の粘性をさらに低下させやすくなる。溶融金属の粘性が低いほどWadellの円形度の平均値が高くなりやすくなる。
噴射ガス中の酸素濃度を変化させることで、得られる軟磁性合金粉末の酸素含有量を変化させることができる。なお、噴射ガスの種類には特に制限はなく、N2ガス、Arガスなどが挙げられる。
なお、軟磁性合金薄帯を粉砕して軟磁性合金粉末を得ようとしてもWadellの円形度の平均値を0.80以上とすることは困難である。
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されない。
本実施形態に係る軟磁性合金の形状には特に制限はない。上記した通り、薄帯形状や粉末形状が例示されるが、それ以外にもブロック形状等も考えられる。
本実施形態に係る軟磁性合金の用途には特に制限はない。例えば、磁性部品が挙げられ、その中でも特に磁心(磁気コア)、インダクタ等が挙げられる。
特に非晶質化率Xが85%以上である軟磁性合金粉末を用いて磁心を作製する場合には、比透磁率が高く鉄損が低い磁心が得られる。
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
(実験例1)
表1~表12に示す各実施例および比較例の合金組成となるように原料金属を秤量し、高周波加熱にて溶解し、母合金を作製した。
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属とした後に、大気中において30℃のロールを回転速度25m/sec.で用いた単ロール法により前記金属をロールに噴射させ、薄帯を作成した。薄帯の厚さ20~25μm、薄帯の幅約5mm、薄帯の長さ約10mとした。単ロールの材質はCuとした。
表10の試料番号625、627、629については、熱処理を行い、結晶粒径が30nm以下であるナノ結晶を析出させ、非晶質化率Xを10%に低下させた。具体的には、400~650℃で10~60分、熱処理を行った。
得られた各薄帯に対してX線回折測定を行い、非晶質化率Xを測定した。非晶質化率Xが85%以上である場合には非晶質からなるとした。非晶質化率Xが85%未満であり平均結晶粒径が30nmよりも小さい場合ナノ結晶からなるとした。非晶質化率Xが85%未満であり平均結晶粒径が30nmよりも大きい場合には結晶からなるとした。結果を各表に記載した。
母合金の組成と薄帯の組成とが概ね一致していることをICP分析により確認した。
<飽和磁束密度Bs>
各薄帯に対し、Bsを測定した。Bsは振動試料型磁力計(VSM)を用いて磁場1000kA/mで測定した。Bsが1.50T以上である場合にBsが良好であるとした。
<腐食電位Ecorrおよび腐食電流密度icorr>
各薄帯を加工したのちに、NaCl水溶液に浸漬して上記の方法で測定した。なお、各薄帯は上述で作製した薄帯の厚さ20~25μm、薄帯の幅約5mmの薄帯を用い、NaCl水溶液に浸漬する部分が薄帯の厚さ20~25μm、薄帯の幅約5mm、長さ約10mmなるように長さについて適宜、加工した。なお、薄帯の厚みはマイクロメーターを用い、薄帯の幅および長さはデジタルマイクロスコープを用いて測定しNaCl水溶液に浸漬している部分の表面積を算出した。腐食電位は-630mV以上である場合を良好とし、腐食電流密度は45μA/cm2以下である場合を良好とした。
表1A~表1MはFeに対するCoの含有量(α)およびMnの含有量(f)を変化させた点以外は同条件で実施した。αおよびfなどが所定の範囲内である場合にはBsおよび耐食性が良好であった。これに対し、αが小さすぎる場合、Mnの含有量が所定の範囲外である場合には、耐食性が低下した。また、αが大きすぎる場合にはBsが低下した。さらに、Mnの含有量が大きすぎる場合には、軟磁性合金薄帯に結晶が生じて非晶質化率Xが85%未満となった。
表2A、表2BはCrの含有量(e)を変化させた実験例、表3A、表3BはPの含有量(b)を変化させた実験例、表4A、表4BはCの含有量(d)を変化させた実験例、表5A、表5BはSiの含有量(c)を変化させた実験例、表6A、表6B、表6CはBの含有量(a)を変化させた実験例をそれぞれ記載したものである。各成分の含有量が所定の範囲内である場合にはBsおよび耐食性が良好であった。
表2A、表2Bでは、特に0.001≦e≦0.020かつ1.00≦α(1-γ){1-(a+b+c+d+e)}×e×10000≦50.0である場合において良好な耐食性を維持しながら高いBsが得られた。これに対し、αが小さすぎる場合には耐食性が低下し、αが大きすぎる場合にはBsが低下した。また、eが大きすぎる場合にもBsが低下した。
表3A、表3Bでは、特に0≦b≦0.050である場合において、良好な耐食性を維持しながら高いBsが得られた。また、bが0.001以上である場合にはbが0.000である場合と比較して耐食性が高く、bが0.050以下である場合にはbが0.050を上回る場合と比較して高いBsが得られた。これに対し、bが大きすぎる場合にはBsが低下した。
表4A、表4Bでは、dが大きすぎる場合にはBsが低下した。
表5A、表5Bでは、cが大きすぎる場合にはBsが低下した。
表6A、表6B、表6Cでは、aが小さすぎる場合には、軟磁性合金薄帯に結晶が生じて非晶質化率Xが85%未満となり、耐食性が低下した。aが大きすぎる場合には、Bsが低下した。
表7A~表7Mは、表1A~表1Mとは異なり、PおよびCrを含まない組成でFeに対するCoの含有量(α)およびMnの含有量(f)を変化させた。αおよびfなどが所定の範囲内である場合にはBsおよび耐食性が良好であった。これに対し、αが小さすぎる場合、Mnの含有量が所定の範囲外である場合には、耐食性が低下した。また、αが大きすぎる場合にはBsが低下した。さらに、Mnの含有量が大きすぎる場合には、軟磁性合金薄帯に結晶が生じて非晶質化率Xが85%未満となった。
表8は試料番号173についてFeの一部をNiに置換した試料について記載した。Niを少量含むことにより、Niを含まない場合と比較してBsが向上する傾向にあった。また、βが大きくなるほど耐食性が向上したが、βが大きすぎる場合にはBsが低下した。
表9A~表9Dは試料番号173についてFeの一部をX1に置換した試料について記載した。X1を所定の範囲内で含む場合、すなわちγが特定の範囲内である場合には高い耐食性および高いBsを有していた。
表10はγ=0、0.037、0.085のそれぞれの場合について熱処理の有無が異なる2種類の試料を作製した結果について記載した。非晶質化率Xを低下させることでBsは向上したが耐食性が低下した。また、γが大きすぎる場合には、Bsおよび/または耐食性が低下した。
(実験例2)
表1~表10に示す各実施例および比較例の合金組成となるように原料金属を秤量し、高周波加熱にて溶解し、母合金を作製した。この際に、Mn以外の原料を先に溶融させて溶融合金を得た後にMnを添加させて溶融させた。
作製した母合金を加熱して溶融させ、1500℃の溶融状態の金属とした後に、ガスアトマイズ法により、各試料の合金組成を有する軟磁性合金粉末を作製した。具体的には、溶融させた母合金を吐出口から筒体内の冷却部に向けて吐出する際に、吐出された滴下溶融金属に向けて高圧ガスを噴射した。なお、高圧ガスはN2ガスとした。滴下溶融金属が冷却部(冷却水)に衝突することで冷却固化され、軟磁性合金粉末となった。なお、ガスアトマイズ法の条件は表1~表10に記載した平均粒子径およびWadellの円形度の平均値を有する軟磁性合金粉末が得られるように適宜、制御した。具体的には、溶融金属の噴出量は0.5~4kg/分、ガス噴射圧は2~10MPa、冷却水の圧力は7~19MPaの範囲内で変化させた。
母合金の組成と粉末の組成とが概ね一致していることをICP分析により確認した。
得られた各粉末に対してX線回折測定を行い、非晶質化率Xを測定した。非晶質化率Xが85%以上である場合には非晶質からなるとし、非晶質化率Xが85%未満であり平均結晶粒径が30nmより小さい場合にはナノ結晶からなるとし、非晶質化率Xが85%未満であり平均結晶粒径が30nmよりも大きい場合には結晶からなるとした。なお、実験例1(薄帯)の場合と実験例2(粉末)の場合とでは結晶構造は全て同一となった。
得られた軟磁性合金粉末の平均粒子径およびWadellの円形度の平均値については、上記の方法で測定した。また、母合金の組成と粉末の組成とは、一致していることをICP分析により確認した。
表1A~表1MはFeに対するCoの含有量(α)およびMnの含有量(f)を変化させた点以外は同条件で実施した。表2~表12に記載した実施例も含めて、αおよびfなどが所定の範囲内である場合にはBsおよび耐食性が良好であった。さらに、Wadellの円形度の平均値も0.80以上となった。これに対し、αが小さすぎる場合、Mnの含有量が所定の範囲外である場合には、耐食性が低下した。また、αが大きすぎる場合にはBsが低下した。さらに、Coの含有量が所定の範囲内でありMnの含有量が小さすぎる場合には、Wadellの円形度の平均値が低下した。Mnの含有量が大きすぎる場合には、軟磁性合金粉末に結晶が生じて非晶質化率Xが85%未満となった。
(実験例3)
実験例3では、表11、表12に示す組成を有する軟磁性合金粉末を用いてトロイダルコアを作製した。表11では、PおよびCrを含有する場合についてαの値および/または平均粒子径を変化させた試料、および、PおよびCrを含有しない場合についてαの値および/または平均粒子径を変化させた試料を記載した。表12では、滴下溶融金属の量を変化させることで非晶質化率Xを変化させた試料を記載した。なお、表11に記載の実施例、および表12の非晶質化率100%の実施例は全て実験例2で作製した軟磁性合金粉末を用いた実施例である。試料番号は実験例2と同一のものを用いた。
表11、表12の実施例の軟磁性合金粉末は全てBsが良好であることを確認した。また、表11および表12の実施例の軟磁性合金粉末は目視にてグレーの金属色であることを確認した。この点からも表11および表12の実施例の軟磁性合金粉末は耐食性が良好であることが確認できた。これに対し、表11および表12の比較例の軟磁性合金粉末は目視にて赤褐色であることを確認した。この点からも比較例の軟磁性合金粉末は耐食性が良好ではないことが確認できた。
以下、本実験例におけるトロイダルコアの作製方法について記載する。まず、軟磁性合金粉末と樹脂(フェノール樹脂)とを混合した。軟磁性合金粉末に対して樹脂量が2質量%となるように混合した。次に、攪拌機として一般的なプラネタリーミキサーを用いて粒径500μm程度の造粒粉となるように造粒した。次に、得られた造粒粉を加圧成形することにより、外形11mmφ、内径6.5mmφ、高さ6.0mmのトロイダル形状の成形体を作製した。充填率が72~73%程度になるように面圧を2ton/cm2(192MPa)~10ton/cm2(980MPa)の範囲で調整した。得られた成形体を150℃で硬化させ、トロイダルコアを作製した。トロイダルコアは後述する試験に必要な数だけ作製した。
<充填率>
各トロイダルコアの密度を、そのトロイダルコアの寸法および質量から算出した。次に、算出されたトロイダルコアの密度を軟磁性合金粉末の質量比率から計算した密度である真密度で割ることにより、充填率(相対密度)を算出した。
<比透磁率>
各トロイダルコアについて、巻き数12ターンでワイヤを巻き付けてLCRメータ(HP社製LCR428A)によって測定周波数100kHzで測定した。
<鉄損>
各トロイダルコアについて、1次巻線を20回、2次巻線を14回、巻き回した。そして、300kHz、50mT、20~25℃での鉄損をB-Hアナライザ(岩崎通信機株式会社製SY-8232)を用いて測定した。
表11より、αなど組成が所定の範囲内である軟磁性合金粉末を用いてトロイダルコアを作製する場合には、αが小さすぎる比較例と比較して高い比透磁率を有していた。また、鉄損については、平均粒子径が大きいほど大きくなる傾向にあった。
表12より、非晶質化率Xが85%以上である場合には、Xが85%以下である場合と比較して比透磁率が高く鉄損が低い結果となった。
表1~表12では、酸素含有量をγに換算してγ=0であるとみなして組成を記載した。実際にも酸素含有量をγに換算して0≦γ<0.030を満たす。表1~表12に記載した軟磁性合金薄帯と、同一の組成を有する軟磁性合金粉末とでは、Bsが全て同一であった。さらに、表1~表12に記載した全ての軟磁性合金薄帯は、同一の組成を有する軟磁性合金粉末の測定用軟磁性合金薄帯とみなせる。測定用軟磁性合金薄帯における腐食電位および腐食電流密度が良好な場合、同一の組成を有する実施例の軟磁性合金粉末は目視にてグレーの金属色であることを確認した。これに対し、測定用軟磁性合金薄帯における腐食電位および腐食電流密度が良好ではない場合、同一の組成を有する比較例の軟磁性合金粉末は目視にて赤褐色であることを確認した。この点からも比較例の軟磁性合金粉末は耐食性が良好ではないことが確認できた。
(実験例4)
実験例4では、表13に記載された組成を有する軟磁性合金粉末を作製した。このときに噴射ガス中の酸素濃度を表13に示す値に変化させることで、得られる軟磁性合金粉末の酸素含有量を変化させてγを変化させた。そして、実験例3と同様にトロイダルコアを作製した。結果を表13に示す。
表13の実施例および比較例は全てBsが良好であった。また、表13の実施例の軟磁性合金粉末は目視にてグレーの金属色であることを確認した。この点からも表13の実施例の軟磁性合金粉末は耐食性が良好であることが確認できた。これに対し、γが大きすぎる比較例の軟磁性合金粉末は目視にて赤褐色であることを確認した。
さらに、0≦γ<0.030を満たす各実施例の軟磁性合金粉末を用いてトロイダルコアを作製する場合には、γ≧0.030である各実施例軟磁性合金粉末を用いて同等な充填率のトロイダルコアを作製する場合と比較して、高い比透磁率を有し、かつ、鉄損が低かった。
(実験例5)
実験例5では、表13の実施例のトロイダルコアにおいて、3DAPにてトロイダルコアに含まれる軟磁性合金粉末の組成を確認し、軟磁性合金薄帯を作製した。作製した軟磁性合金薄帯について、Bs、腐食電位および腐食電流密度を測定した。結果を表14に示す。
表14より、各実施例の軟磁性合金薄帯におけるBs、腐食電位および腐食電流密度は良好であった。
表14より、酸素含有量をγに換算して0≦γ<0.030の範囲で変化させて作製した軟磁性合金粉末において3DAPにて組成を確認し、同組成の軟磁性合金薄帯を作製した場合には、作製された軟磁性合金薄帯の腐食電位および腐食電流密度が大きく変化しなかった。さらに、軟磁性合金粉末の酸素含有量をγに換算して0≦γ≦0.003の範囲で変化させて、測定用軟磁性合金薄帯を作製した場合には、作製された軟磁性合金薄帯の腐食電位および腐食電流密度が全く変化しなかった。
以上より、酸素含有量をγに換算して0≦γ<0.030を満たす軟磁性合金粉末の腐食電位および腐食電流密度を測定するための測定用軟磁性合金薄帯は、酸素含有量をγに換算して0≦γ≦0.003を満たす点以外は組成が同一である軟磁性合金薄帯としてよいことが裏付けられた。さらに詳細に説明すると、酸素含有量が0≦γ≦0.003の範囲では軟磁性合金薄帯の腐食電位および腐食電流密度が全く変化しなかったため、直接的には測定することが困難である軟磁性合金粉末の腐食電位および腐食電流密度は、酸素含有量が0≦γ≦0.003である軟磁性合金薄帯を用いて測定してよいことが裏付けられた。さらに、表1~表12に記載した試料のように酸素含有量をγに換算して0≦γ<0.030を満たす場合には酸素を含まないとみなしても通常は問題がないことが裏付けられた。