以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
なお、脱炭処理時の転炉内には、その炭素濃度に応じて銑鉄又は鋼が存在し得るが、以下の説明では、説明が煩雑になることを避けるために、転炉内の溶銑又は溶鋼のことを、便宜的に、いずれも溶鋼と呼称することとする。また、脱りん処理時については溶銑という単語を用いる。
<<1.本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法>>
本実施形態に係る転炉吹錬システム1の構成および機能について説明する前に、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法について説明する。なお、以下の説明においては、特に説明がない限り、各成分の濃度の単位である(質量%)は、(%)と記載する。
(操業条件、操業要因を用いた溶鋼中りん濃度の推定方法)
吹錬中の溶鋼中りん濃度[P](%)の時間変化が1次反応式で表されると仮定すると、当該1次反応式は下記式(1)のように示される。
ここで、[P]iniはりん濃度初期値(溶銑りん濃度)(%)であり、kは脱りん速度定数(sec−1)である。なお、ここで言う「りん濃度初期値」とは、脱りん処理開始時におけるりん濃度を意味する。
正確な脱りん速度定数kが得られれば、溶鋼中りん濃度を高精度に推定することができる。ただし、一般に実際の吹錬における脱りん速度定数kは一定ではなく、様々な操業条件の影響を受けて変動すると考えられる。そのため、例えば上記特許文献1(特開2013−23696号公報)に開示されているように、溶銑成分および溶銑温度のようなスタティックな情報だけではなく、逐次的に測定される排ガス成分に係るデータおよび排ガス流量に係るデータ等の排ガスデータのような吹錬中のダイナミックな情報を活用して、脱りん速度定数kを推定することが行われる。以下、脱りん速度定数kの推定方法について説明する。
上記式(1)より、吹錬開始(脱りん処理開始)からt秒後における溶鋼中りん濃度は、下記式(2)のように示される。
そうすると、過去の操業実績データを用いて、チャージ毎の脱りん速度定数kを求めることができる。例えば、チャージiにおける脱りん速度定数kiは、下記式(3)を用いて算出される。
ここで、[P]end,iは吹止め時の溶鋼中りん濃度(%)であり、tend,iは吹止め時点までの脱りん反応開始からの経過時間(sec)である。
そして、上記式(3)により得られた脱りん速度定数kを目的変数とするモデル式を予め作成しておく。このモデル式は、種々の統計的手法により構築可能である。本実施形態では、当該モデル式として、種々の操業要因Xを説明変数とする回帰式が用いられる。当該回帰式は、周知の重回帰分析手法によって得られ、例えば下記式(4)のように構築される。実際の吹錬では、当該吹錬時における操業要因Xを下記式(4)に代入することにより脱りん速度定数kが推定され、当該脱りん速度定数kを上記式(2)に適用することにより溶鋼中りん濃度が推定され得る。
ここで、αjはj番目の操業要因Xjに対応する回帰係数であり、α0は定数である。また、操業要因Xの具体例としては、下記表1に示す操業要因が挙げられる。ただし、下記表1に示す操業要因はあくまで一例であって、脱りん速度定数kの推定においては、あらゆる操業要因Xが考慮されてよい。また、脱りん速度定数kの推定には、下記表1に含まれる操業要因の全部または一部が用いられてもよい。
また、上記特許文献1によれば、吹錬中の排ガス流量、排ガス成分、上底吹きガス流量、副原料投入量および溶銑成分から酸素収支を計算して得られる炉内蓄積酸素量原単位が、脱りん速度定数に及ぼす影響が大きいことが示された。したがって、排ガスデータ等を活用して得られる炉内蓄積酸素量原単位、並びに、上吹きランス高さ、酸素ガス流量および底吹きガス流量等の吹錬中のダイナミックな操業要因を、上記式(4)に示される回帰式の説明変数として、表1に記載の説明変数に加えてさらに採用することにより、より精度よく脱りん速度定数の推定が可能であると示されている。
(脱炭酸素効率に係るデータの利用)
CaO源の滓化は、転炉内に吹込まれた酸素が溶鋼中のFeと反応し、FeOが多く生成されることにより進行しやすくなると考えられる。この場合、転炉内に吹込まれた酸素が溶鋼中の炭素と反応する割合が低下し得る。そこで、転炉内に吹込まれた酸素の、溶鋼中の炭素との反応状況を把握することにより、CaO源の滓化状況を把握することができることに本発明者らは想到した。
転炉内に吹込まれた酸素の、溶鋼中の炭素との反応状況を示す指標の例として、脱炭酸素効率がある。脱炭処理における脱炭酸素効率とは、転炉内に吹込まれる酸素と、脱炭処理における溶鋼中の炭素との反応の効率を示す指標である。本発明者らは、脱炭処理時の吹錬におけるスラグ中のCaO濃度を反映する脱炭酸素効率を溶鋼中りん濃度の推定に係る操業要因として採用することにより、溶鋼中りん濃度の推定精度をより向上させることができることに想到した。以下、脱炭酸素効率に係るデータ、およびその利用例について説明する。かかる脱炭酸素効率は、以下に示すように、転炉から排出される排ガス情報から取得することができる。
脱炭酸素効率k0[i](%/(Nm3/ton))は、定周期で測定される排ガス流量および排ガス成分を含む排ガス情報に基づいて、下記式(5)を用いて算出される。
ここで、CO[i+N](%)は排ガス中のCO濃度、CO2[i+N](%)は排ガス中のCO2濃度、Voffgas[i](Nm3/hr(NTP))は総排ガス流量、FO2[i](Nm3/hr(NTP))は、吹錬開始から脱炭酸素効率k0[i]算出時までの転炉内への入力酸素量である。なお、FO2[i]は、スタティック制御により吹錬開始前に決定され得る吹込酸素量から算出され得る。また、角括弧[]内のiは、排ガス流量および排ガス成分の測定におけるサンプリング周期を表している。また、角括弧[]内のNは、排ガス成分分析計による分析遅れ(排ガスが排ガス成分分析計の設置位置に至るまでの時間的な遅れ)に対応する。分析遅れNの具体的な値は、煙道における排ガス成分分析計の設置位置等に応じて、適宜決定されてよい。また、「NTP」はNormal Temperature Pressureを意味する。
なお、上記式(5)は、以下のように導出される。排ガス情報から求められる単位時間当たりの脱炭量wc[i](g/sec)は、下記式(6)によって算出される。
ここで、Voffgas[i]を1000×3600で除しているのは、単位を(L/sec)に変換するためである。また、22.4(L/mol)で除しているのは、モル数に換算するためである。また、12は炭素の原子量である。
脱炭酸素効率k0[i]は、脱炭量(重量%)を酸素原単位(Nm3/ton)で割ったものとして定義されるため、脱炭酸素効率k0[i]は、下記数式(7)によって表現される。ここで、Wstは溶鋼重量(ton)である。下記式(7)を上記式(6)に代入すれば、上記式(5)が得られる。
図1は、脱炭処理時における脱炭酸素効率k0[i]の時系列データの例を示すグラフである。なお、当該グラフにより示されるデータは、実際に得られた脱炭酸素効率k0[i]を標準化処理(平均=0、標準偏差=1となるように変換すること)することにより得られたデータである。当該時系列データは、脱炭処理始期における脱炭処理開始時点からの時系列データである。
図1のグラフに示した例では、脱炭酸素効率k0[i]は上昇と下降を繰り返している。脱炭酸素効率k0[i]が相対的に高いときは、転炉内に吹込まれた酸素が溶鋼中のFeより炭素とより多く反応していることを示している。この場合、FeOがあまり生成されないため、CaO源の滓化は進行しにくい。そのため、脱りん反応も促進されていない状態であるといえる。一方で、脱炭酸素効率k0[i]が相対的に低いときは、転炉内に吹込まれた酸素が炭素よりも溶鋼中のFeとより多く反応していることを示している。この場合、FeOがより多く生成されるため、CaO源の滓化が進行している状況である。そのため、脱りん反応が促進されている状態であるといえる。このように、脱炭酸素効率は溶鋼中りん濃度を反映し得る指標となり得る。
脱炭酸素効率k0[i]は、脱炭処理の始期において大きく変動し、その後徐々に略一定の値に収束していくことが多い。当該始期における脱炭酸素効率の変動は、転炉表面における脱りん反応の進行によるCaO源の滓化に伴うものであると考えられる。したがって、本実施形態では、脱炭処理の始期における脱炭酸素効率に係るデータを、上記式(4)の説明変数である操業要因Xjの一つとして用いることができる。
例えば、脱炭処理始期における脱炭酸素効率の時系列データの平均値が、脱りん速度定数kを推定するための回帰式である上記式(4)の説明変数である操業要因Xjとして用いられてもよい。これにより、脱りん反応の進行によるCaO源の滓化の進行の程度を、脱りん速度定数kの推定に反映させることができる。
また、例えば、脱炭処理始期における脱炭酸素効率の時系列データの最大値、最小値、もしくは中間値(具体的には、測定対象期間の中央の時刻における脱炭酸素効率)または当該時系列データの変化率(具体的には、測定対象期間における脱炭酸素効率の変化速度)等、脱炭酸素効率の時系列データに基づく変数が、説明変数として用いられてもよい。
また、例えば、脱炭酸素効率の時系列データに対して時系列クラスタリングを施して得られるクラスタを識別するカテゴリ変数が、説明変数として用いられてもよい。時系列クラスタリングとは、時系列データ同士の距離を求め、当該距離に基づいてクラスタリングを行う手法である。
本実施形態では、まず、過去の操業データから取得される脱炭処理の始期における脱炭酸素効率の時系列データに対して予め時系列クラスタリングが行われる。なお、本実施形態では、時系列クラスタリングの手法として、階層クラスタリングの最近隣法が用いられる。時系列クラスタリングの手法としては、本手法に限定されるものではなく、例えば非階層クラスタリングのk−means法などでもよい。また、本実施形態では、これらの時系列データに対して4つのクラスタに分類されるよう時系列クラスタリングが行われるが、クラスタの数については特に限定されない。クラスタの数については、クラスタリングの結果に応じて適宜設定される。
図2は、脱炭酸素効率の時系列データに対して行われた時系列クラスタリングの結果の例を示す図である。図2の(a)〜(f)のグラフは、各カテゴリ変数(No.1〜6)に対応するクラスタについての時系列クラスタリングの結果をそれぞれ示すグラフである。なお、各図に示される脱炭酸素効率に係るデータは、実際に算出された脱炭酸素効率を標準化処理(平均=0、標準偏差=1となるように変換すること)することにより得られたデータである。また、本実施形態に係る時系列クラスタリングに用いられた脱炭酸素効率の時系列データは、それぞれ脱炭処理の吹錬開始時から50秒経過した時点までの脱炭酸素効率から得られるデータである。この時系列クラスタリングに用いられる脱炭酸素効率の時系列データを選択する時間範囲は特に限定されず、例えば、当該時間範囲は、実際に得られる脱炭酸素効率の時系列データのトレンド、または転炉吹錬設備の操業状態等に基づいて、適宜設定され得る。
図2の(a)〜(f)のグラフに示すように、脱炭酸素効率の時系列データの類似性が高いデータ同士がそれぞれ同一のクラスタに分類されている。例えば、(b)のグラフに示すように、クラスタNo.2には、脱炭酸素効率が漸増している時系列データが分類されている。一方、(d)のグラフに示すように、クラスタNo.4には、脱炭酸素効率がほとんど変化していない時系列データが分類されている。
このように、脱炭酸素効率の時系列データに対して行われた時系列クラスタリングにより得られるクラスタを識別するカテゴリ変数を上記式(4)の説明変数である操業要因Xjとして採用することができる。これにより、単に脱炭処理時に投入されたCaO源の滓化の進行の程度を、溶鋼中りん濃度の推定に反映させることができる。CaO源の滓化の進行の程度は、脱りん反応の進行の程度と大きく関連する。したがって、脱炭処理における脱りん反応の進行の程度がさらに溶鋼中りん濃度の推定に対して加味されるので、溶鋼中りん濃度の推定精度をさらに向上させることが可能となる。
(スラグレベルに係るデータの利用)
また、本発明の一実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法では、上記の脱炭酸素効率に係るデータに加えて、スラグレベルに係るデータが利用され得る。上述したMURCのような転炉吹錬方式では、脱りん処理、中間排滓処理および脱炭処理が同一転炉により連続的に行われる。そのため、脱りん処理および脱炭処理に係る操業条件だけではなく、中間排滓処理に係る操業条件も、本実施形態に係る脱りん速度定数の推定に有用であると考えられる。中間排滓処理に係る操業条件として、例えば、中間排滓処理時間および中間排滓されるスラグ量が挙げられる。
本発明者らは、中間排滓されるスラグ量が、脱りん処理時におけるスラグレベル(スラグ高さ)と関係が深いことを見出した。例えば、中間排滓処理において、スラグレベルが高い場合にはスラグが排滓されやすい。この場合、当該スラグに含まれるりんがより多く排出されることになるので、脱りん効率が向上すると考えられる。一方、スラグレベルが低い場合にはスラグが排滓されにくい。この場合、りんはあまり排出されないことになるので、脱りん効率はあまり向上しないと考えられる。
このことから、中間排滓処理におけるスラグレベルは、溶鋼中りん濃度の大小に関連があると考えられる。そこで、本発明者らは、脱りん処理時の吹錬において転炉内に生じ得るスラグのスラグレベルを溶鋼中りん濃度の推定に係る操業要因として採用することにより、溶鋼中りん濃度の推定精度をより向上させることができることに想到した。以下、スラグレベルに係るデータ、およびその利用例について説明する。
図3は、脱りん処理時におけるスラグレベルの時系列データの例を示すグラフである。なお、当該グラフにより示されるデータは、実際に得られたスラグレベルを標準化処理(平均=0、標準偏差=1となるように変換すること)することにより得られたデータである。当該時系列データは、脱りん処理における吹錬の開始時から吹止め時までに取得された時系列データである。
図3を参照すると、脱りん処理の末期において、スラグレベルが上昇していることが分かる。つまり、スラグの生成(スラグフォーミング)が進行しているのは脱りん処理末期においてである。したがって、本実施形態では、脱りん処理の末期におけるスラグレベルに係るデータを、上記式(4)の説明変数である操業要因Xjの一つとして用いることができる。
例えば、脱りん処理末期におけるスラグレベルの時系列データの平均値が、脱りん速度定数kを推定するための回帰式である上記式(4)の説明変数である操業要因Xjとして用いられてもよい。これにより、脱りん処理により生じたスラグ量を、脱りん速度定数kの推定に反映させることができる。
また、例えば、脱りん処理における吹錬の吹止め時におけるスラグレベル、または吹錬末期におけるスラグレベルの時系列データの中間値(具体的には、測定対象期間の中央の時刻におけるスラグレベル)もしくは当該時系列データの変化率(具体的には、測定対象期間におけるスラグレベルの変化速度)等、スラグレベルの時系列データに基づく変数が、説明変数として用いられてもよい。
また、例えば、スラグレベルの時系列データに対して上述した時系列クラスタリングを施して得られるクラスタを識別するカテゴリ変数が、説明変数として用いられてもよい。本実施形態では、まず、過去の操業データから取得される脱りん処理末期におけるスラグレベルの時系列データに対して予め時系列クラスタリングが行われる。また、本実施形態では、これらの時系列データに対して6つのクラスタに分類されるよう時系列クラスタリングが行われる。クラスタの数については特に限定されず、クラスタリングの結果に応じて適宜設定される。
図4は、スラグレベルの時系列データに対して行われた時系列クラスタリングの結果の例を示す図である。図4の(a)〜(f)のグラフは、各カテゴリ変数(No.1〜6)に対応するクラスタについての時系列クラスタリングの結果をそれぞれ示すグラフである。なお、各図に示されるスラグレベルに係るデータは、実際に得られたスラグレベルを標準化処理(平均=0、標準偏差=1となるように変換すること)することにより得られたデータである。また、本実施形態に係る時系列クラスタリングに用いられたスラグレベルの時系列データは、それぞれ吹止め時から50秒遡った時点までのスラグレベルから得られるデータである。この時系列クラスタリングに用いられるスラグレベルの時系列データを選択する時間範囲は特に限定されず、例えば、当該時間範囲は、実際にレベル計により得られるスラグレベルの時系列データのトレンド、または転炉吹錬設備の操業状態等に基づいて、適宜設定され得る。
図4の(a)〜(f)のグラフに示すように、スラグレベルの時系列データの類似性が高いデータ同士がそれぞれ同一のクラスタに分類されている。例えば、(b)のグラフに示すように、クラスタNo.2には、スラグレベルの上昇率が高く、かつ時系列データ全体に亘ってスラグレベルが高い時系列データが分類されている。一方、(e)のグラフに示すように、クラスタNo.5には、スラグレベルの推移の変化が小さい時系列データが分類されている。
このように、スラグレベルの時系列データに対して行われた時系列クラスタリングにより得られるクラスタを識別するカテゴリ変数を上記式(4)の説明変数である操業要因Xjとして採用することができる。これにより、単に脱りん処理において生じたスラグ量だけではなく、脱りん処理の吹錬末期におけるスラグフォーミングの傾向を、溶鋼中りん濃度の推定に反映させることができる。スラグフォーミングの傾向の違いは、スラグ成分等のスラグ性状に基づくものと考えられる。したがって、脱りん反応におけるスラグ性状による影響もさらに溶鋼中りん濃度の推定に対して加味されるので、溶鋼中りん濃度の推定精度をさらに向上させることが可能となる。
(実際の操業時におけるクラスタリング結果の利用)
次に、実際の操業時において、上述した各時系列データのクラスタリング結果を脱りん速度定数kの推定に用いる方法について説明する。ここでは、脱炭酸素効率の時系列データを用いた例について説明する。
まず、過去の操業データから取得される脱炭処理の始期における脱炭酸素効率の時系列データに対して予め時系列クラスタリングを行い、当該時系列データを複数のクラスタに分類しておく。そして、これらのクラスタごとのカテゴリ変数を説明変数の一つとする回帰式(上記式(4))を構築しておく。
次に、各クラスタに分類される脱炭酸素効率の複数の時系列データの、測定点j(j=1〜n)における平均値βave,jを、測定点ごとに算出する。測定点とは、当該時系列データの対象範囲における、脱炭酸素効率の測定時点を意味する。例えば、図2に示した各クラスタには、脱炭処理開始時から50秒経過した時点までの各時系列データが分類されている。脱炭酸素効率が1秒ごとに測定されている場合、測定点数は50点となる。
次いで、脱りん速度定数kを推定する対象である、実際の脱炭処理時における脱炭酸素効率の時系列データ(Sj)を取得し、当該時系列データSjと上記の平均値βave,jとの差分をクラスタごとに求める。当該差分の最も小さいクラスタを、時系列データ(Sj)が属するクラスタであると判断して、このクラスタに対応するカテゴリ変数が、操業要因に係る説明変数として用いられる。当該差分は、例えば、下記式(8)で示す差分二乗和であってもよい。当該差分は、公知の統計的手法により適宜求められる。脱りん速度定数kは、得られたカテゴリ変数を構築された回帰式に他の説明変数とともに代入することにより算出され得る。
また、スラグレベルの時系列データのクラスタリング結果も、上述した方法により、脱りん速度定数kの推定に用いることができる。また、脱炭酸素効率の時系列データとともに、スラグレベルの時系列データを用いて脱りん速度定数kの推定を行うことも可能である。すなわち、各種類の時系列データのそれぞれについて予め時系列クラスタリングを行い、クラスタリング結果に対応するカテゴリ変数を説明変数の一つとする回帰式を構築しておけば、複数の時系列データを脱りん速度定数kの推定に利用することができる。これにより、脱りん速度定数kの推定精度をさらに向上させることができる。
以上、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法について説明した。
<<2.本実施形態に係る転炉吹錬システム>>
<2.1.転炉吹錬システムの構成>
続いて、上記に示した本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法を実現するためのシステムの一例について説明する。図5は、本発明の一実施形態に係る転炉吹錬システム1の構成例を示す図である。図5を参照すると、本実施形態に係る転炉吹錬システム1は、転炉吹錬設備10、転炉吹錬制御装置20、計測制御装置30および操業データベース40を備える。
(転炉吹錬設備)
転炉吹錬設備10は、転炉11、煙道12、上吹きランス13、サブランス14、排ガス成分分析計101、排ガス流量計102およびレベル計103を備える。転炉吹錬設備10は、例えば、計測制御装置30より出力された制御信号に基づいて、上吹きランス13による溶銑への酸素の供給の開始および停止、サブランス14による溶鋼中の成分濃度および溶鋼温度の測定、冷材および副原料(例えば生石灰等)の投入、並びに、転炉11による溶銑およびスラグの排滓に関する処理を行う。転炉吹錬設備10には、上吹きランス13に対して酸素を供給するための送酸装置、転炉11に対して冷材を投入するための駆動系を有する冷材投入装置、並びに転炉11に対して副原料を投入するための駆動系を有する副原料投入装置等、一般的な転炉による吹錬に用いられる各種装置が設けられ得る。
転炉11の炉口からは吹錬に用いられる上吹きランス13が挿入されており、送酸装置から送られた酸素15が上吹きランス13を通じて炉内の溶銑に供給される。また、溶銑の撹拌のために、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス等が底吹きガス16として転炉11の底部から導入され得る。転炉11内には、高炉から出銑された溶銑、少量の鉄スクラップ、溶銑(溶鋼)温度を調整するための冷材、およびCaO源である生石灰等のスラグ形成のための副原料が投入される。なお、副原料が粉体である場合は、上吹きランス13を通じて酸素15とともに転炉11内に供給されてもよい。
一次精錬では、前記化学式(101)に示されるように、溶銑に含まれるりんが転炉内のスラグに含まれるFeO、およびCaO含有物質を含む副原料と化学反応することにより(脱りん反応)りんがスラグに取り込まれる。つまり、吹錬によりスラグの酸化鉄の濃度を増加させることにより、脱りん反応が促進される。なお、脱りん反応は主に脱りん処理時に進行し得るが、脱炭処理時においても生じ得る。
また、一次精錬では、溶銑中の炭素が上吹きランス13から供給された酸素と酸化反応する(脱炭反応)。これにより、COまたはCO2の排ガスが生成される。これらの排ガスは、転炉11から煙道12へ排出される。
このように、転炉吹錬では、吹込まれた酸素と、溶銑中の炭素、りん、または珪素等とが反応し、酸化物が生じる。ここで生じた酸化物は、排ガスとして排出されるか、またはスラグとして安定化する。吹錬における酸化反応によって炭素が除去されるとともに、りん等がスラグに取り込まれて除去されることにより、低炭素で不純物の少ない鋼が生成される。
また、転炉11の炉口から挿入されるサブランス14は、脱炭処理時に、先端を所定のタイミングで溶鋼に浸漬され、炭素濃度を含む溶鋼中の成分濃度、および溶鋼温度等を測定するために用いられる。このサブランス14による成分濃度および/または溶鋼温度等の溶鋼データの測定のことを、サブランス測定と呼ぶ。サブランス測定により得られた溶鋼データは、計測制御装置30を介して転炉吹錬制御装置20に送信される。
吹錬により発生した排ガスは、転炉11外に設けられる煙道12へと流れる。煙道12には、排ガス成分分析計101、および排ガス流量計102が設けられる。排ガス成分分析計101は、排ガスに含まれる成分を分析する。排ガス成分分析計101は、例えば、排ガスに含まれるCOおよびCO2の濃度を分析する。排ガス流量計102は、排ガスの流量を測定する。排ガス成分分析計101および排ガス流量計102は、所定のサンプリング周期(例えば5〜10(sec)周期)で、逐次的に、排ガスの成分分析および流量測定を行う。排ガスの成分分析および流量測定は、少なくとも脱炭処理時に行われることが好ましく、前記式(4)に示した回帰式の説明変数として用いられる炉内蓄積酸素量原単位の算出のために、転炉吹錬全体を通して行われることが好ましい。排ガス成分分析計101によって分析された排ガス成分に係るデータ、および排ガス流量計102によって測定された排ガス流量に係るデータ(以下、これらのデータを「排ガスデータ」と呼称する)は、計測制御装置30を介して転炉吹錬制御装置20に、時系列データとして出力される。なお、転炉吹錬制御装置20が溶鋼中りん濃度を逐次的に推定するためには、この排ガスデータは、逐次、転炉吹錬制御装置20に出力されることが好ましい。
また、転炉吹錬設備10は、転炉11の開口の近傍において、レベル計103を備え得る。レベル計103は、転炉吹錬時における転炉11内の溶銑(溶鋼)およびスラグ等の浴面レベルを測定する装置である。なお、本明細書においては、この浴面レベルのことをスラグレベルと称する。
レベル計103により得られるスラグレベルは、スラグの滓化状況を反映する情報であり、前記式(4)に示した回帰式の説明変数として直接的に、または間接的に用いられる。レベル計103は、所定のサンプリング周期(例えば1秒周期)で、逐次スラグレベルの測定を行う。レベル計103により得られたスラグレベルに係るデータは、計測制御装置30を介して転炉吹錬制御装置20に、時系列データとして出力される。
このレベル計103は、例えば、特開2015−110817号公報に開示されているような、マイクロ波射出装置、アンテナ、および演算装置等により実現され得る。上記文献に開示されたレベル計では、マイクロ波射出装置が転炉の内部へマイクロ波を射出し、アンテナが浴面で反射された反射波を検出し、演算装置が、射出されたマイクロ波および検出された反射波に基づいて、浴面レベルを計測する。
なお、本実施形態においてスラグレベルに係るデータが脱りん速度定数kの推定に用いられない場合、レベル計103は転炉吹錬設備10に備えられなくてもよい。
(転炉吹錬制御装置)
転炉吹錬制御装置20は、データ取得部201、クラスタ決定部202、クラスタリング実行部203、りん濃度推定部204、転炉吹錬データベース21および入出力部22を備える。転炉吹錬制御装置20は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ストレージおよび通信装置等のハードウェア構成を備え、これらのハードウェア構成によって、データ取得部201、クラスタ決定部202、クラスタリング実行部203およびりん濃度推定部204の各機能が実現される。また、転炉吹錬データベース21は、転炉吹錬制御装置20において用いられる各種データを格納するデータベースであり、ストレージ等の記憶装置により実現される。また、入出力部22は、キーボード、マウス、またはタッチパネル等の入力装置、ディスプレイ、またはプリンタ等の出力装置、および通信装置により実現される。
転炉吹錬制御装置20は、転炉吹錬データベース21に格納されている各種データ、排ガス成分分析計101および排ガス流量計102から取得される排ガスデータ、サブランス14から取得される溶鋼データ、並びにレベル計103から取得されるスラグレベルに係るデータを入力値として、溶鋼中りん濃度を推定する。溶鋼中りん濃度は、転炉吹錬制御装置20の各機能部が有する機能により推定される。また、転炉吹錬制御装置20は、推定された溶鋼中りん濃度を、転炉吹錬における操業の制御に用いてもよい。例えば、推定された溶鋼中りん濃度が目標溶鋼中りん濃度(目標データ212に格納されている)を超えていると判断された場合、転炉吹錬制御装置20は、溶鋼中りん濃度が目標溶鋼中りん濃度よりも下回るように、転炉吹錬の操業条件を変更し得る。このように、溶鋼中りん濃度を高精度で推定することができれば、一次精錬により得られる溶鋼の品質を高く維持することができる。
なお、本実施形態に係る転炉吹錬制御装置20の各機能部が有する具体的な機能については後述する。
また、転炉吹錬制御装置20は、例えば、転炉11への酸素の吹込み、並びに冷材および副原料の投入等の転炉吹錬に関するプロセス全体を制御する機能を有する。また、例えば、転炉吹錬制御装置20は、一般的なスタティック制御において行われている、吹錬開始前に所定の数式モデル等を用いて転炉11への吹込み酸素量、冷材の投入量(以降、冷材量と呼称する)および副原料の投入量等を決定する機能等を有する。また、例えば、転炉吹錬制御装置20は、一般的なダイナミック制御において行われているサブランス測定について、その測定対象や測定タイミング等を制御する機能を有する。
図示しない各機能における具体的な処理(例えば、上述した、冷材および副原料投入の制御方法、スタティック制御において吹錬開始前に吹込み酸素量や各種冷材および副原料の投入量等を決定する方法、並びにサブランス測定の制御方法)としては、各種の公知の方法が適用され得るため、ここでは詳細な説明は省略する。
転炉吹錬データベース21は、例えば、図5に示したように、溶銑データ211、目標データ212、およびパラメータ213等を格納する。これらのデータは、不図示の入力装置や通信装置を介して追加、更新、変更、または削除されてもよい。例えば、後述する操業データベース40に格納されている各種データのうち転炉吹錬に用いられるデータが、転炉吹錬データベース21に追加されてもよい。転炉吹錬データベース21に記憶されている各種データは、データ取得部201により読み出される。なお、本実施形態に係る転炉吹錬データベース21を有する記憶装置は、図5に示すように転炉吹錬制御装置20と一体となって構成されているが、他の実施形態においては、転炉吹錬データベース21を有する記憶装置は、転炉吹錬制御装置20とは分離された構成であってもよい。
溶銑データ211は、転炉11内の溶銑に関する各種のデータである。例えば、溶銑データ211には、溶銑についての情報(チャージごとの初期の溶銑重量、溶銑成分(炭素、りん、珪素、鉄、マンガン等)の濃度、溶銑温度、溶銑率等)が含まれる。溶銑データ211には、その他にも、一般的に溶銑予備処理および脱炭処理において用いられる各種の情報(例えば、副原料および冷材の投入についての情報(副原料および冷材量についての情報)、サブランス測定についての情報(測定対象や測定タイミング等についての情報)、吹込み酸素量についての情報等)が含まれ得る。目標データ212には、脱りん処理後、脱炭処理後、およびサブランス測定時等における溶銑中(溶鋼中)の目標成分濃度および目標温度などのデータが含まれる。パラメータ213は、クラスタ決定部202およびりん濃度推定部204において用いられる各種のパラメータである。例えば、パラメータ213には、操業要因を説明変数とする回帰式におけるパラメータ、およびりん濃度を推定するためのパラメータ(脱りん速度定数等)が含まれる。
入出力部22は、例えば、りん濃度推定部204による溶鋼中りん濃度の推定結果等を取得し、各種出力装置に出力する機能を有する。例えば、入出力部22は、推定された溶鋼中りん濃度をオペレータに表示させてもよい。また、転炉吹錬制御装置20が推定された溶鋼中りん濃度に基づいて転炉吹錬制御を行う場合、入出力部22は、推定された溶鋼中りん濃度に基づく転炉吹錬に係る指示を、計測制御装置30に出力してもよい。この場合、当該指示は、転炉吹錬制御装置20の有する転炉吹錬制御に係る機能により自動的に生成される指示であってもよいし、表示された溶鋼中りん濃度(推定値)に係る情報を閲覧したオペレータの操作により入力される指示であってもよい。また、入出力部22は、転炉吹錬データベース21に格納されている各種データを追加、更新、変更、または削除するための入力インタフェースの機能を有してもよい。また、入出力部22は、データ取得部201により取得された各種データ、クラスタ決定部202による決定結果、およびりん濃度推定部204による推定結果を、操業データベース40に出力してもよい。
(計測制御装置)
計測制御装置30は、CPU、ROM、RAM、ストレージおよび通信装置等のハードウェア構成を備える。計測制御装置30は、転炉吹錬設備10の備える各装置と通信し、転炉吹錬設備10の全体の動作を制御する機能を有する。例えば、計測制御装置30は、転炉吹錬制御装置20からの指示に応じて、中間排滓処理のための転炉11の傾動、転炉11への冷材および副原料の投入、上吹きランス13の酸素15の吹込み、並びにサブランス14の溶鋼への浸漬およびサブランス測定等に係る操作を制御する。また、計測制御装置30は、排ガス成分分析計101、排ガス流量計102、レベル計103およびサブランス14等の転炉吹錬設備10の各装置から得られたデータを取得して、転炉吹錬制御装置20に送信する。
(操業データベース)
操業データベース40は、ストレージ等の記憶装置により実現されるデータベースであり、転炉吹錬の操業に係る各種データを格納するデータベースである。当該各種データは、データ取得部201により取得された転炉吹錬設備10の各装置から得られるデータ、並びにクラスタ決定部202による決定結果、およびりん濃度推定部204による推定結果を含む。
例えば、本実施形態に係る操業データベース40は、排ガス成分分析計101および排ガス流量計102により測定された排ガスデータから得られる脱炭酸素効率に係るデータを操業ごとに蓄積する。また、本実施形態に係る操業データベース40は、レベル計103により測定されたスラグレベルに係るデータを操業ごとに蓄積し得る。
本実施形態に係る操業データベース40は、操業ごとの脱炭酸素効率に係るデータをクラスタリング実行部203に出力する。また、本実施形態に係る操業データベース40は、操業ごとのスラグレベルに係るデータをクラスタリング実行部203に出力し得る。なお、本実施形態に係る操業データベース40を有する記憶装置は、図5に示すように転炉吹錬制御装置20とは分離されて構成されているが、他の実施形態においては、操業データベース40を有する記憶装置は、転炉吹錬制御装置20と一体になった構成であってもよい。
<2.2.各機能部の構成および機能>
次に、本実施形態に係る転炉吹錬制御装置20の各機能部の構成および機能について説明する。
再度図5を参照すると、本実施形態に係る転炉吹錬制御装置20には、データ取得部201、クラスタ決定部202、クラスタリング実行部203およびりん濃度推定部204の各機能部が備えられる。
(データ取得部)
データ取得部201は、溶鋼中りん濃度を推定するための各種データを取得する。例えば、データ取得部201は、転炉吹錬データベース21に記憶されている溶銑データ211、目標データ212およびパラメータ213を取得する。すなわち、データ取得部201は、溶銑データ取得部としての機能を有する。これらのデータは、遅くとも、りん濃度推定部204による溶鋼中りん濃度の推定処理が開始される前に取得される。本実施形態に係るデータ取得部201は、転炉吹錬データベース21に記憶されている各種データを、転炉吹錬開始前に取得する。
また、データ取得部201は、排ガス成分分析計101および排ガス流量計102から出力される排ガスデータを取得する。すなわち、データ取得部201は、排ガスデータ取得部としての機能を有する。取得される排ガスデータは、時系列データである。排ガスデータの取得は、一次精錬の全般にわたって行われる。本実施形態に係るデータ取得部201は、排ガス成分分析計101および排ガス流量計102が逐次的に測定する排ガスデータを逐次的に取得する。なお、他の実施形態においては、データ取得部201は、脱りん処理中の排ガスデータを、脱りん処理後に一括して取得してもよい。
また、データ取得部201は、取得した排ガスデータから脱炭酸素効率を算出し得る。すなわち、データ取得部201は、脱炭酸素効率算出部としての機能を有する。脱炭酸素効率は、取得した排ガス流量および排ガス成分の時系列データから、前記式(5)を用いて得られる時系列データである。本実施形態に係るデータ取得部201は、少なくとも脱炭処理の開始時点から所定時間を経過するまでの脱炭酸素効率の時系列データを、逐次的に測定される排ガスデータから算出する。なお、他の実施形態においては、データ取得部201は、脱炭処理の開始時点から所定時間を経過するまでの排ガスデータを中間サブランス測定前に一括して取得し、取得された排ガスデータから脱炭酸素効率の時系列データを算出してもよい。
また、データ取得部201は、レベル計103から出力されるスラグレベルに係るデータを取得する。すなわち、データ取得部201は、スラグレベルデータ取得部としての機能を有する。取得されるスラグレベルに係るデータは時系列データである。スラグレベルの取得は、脱りん処理時に行われる。本実施形態に係るデータ取得部201は、脱りん処理時にレベル計103が逐次的に測定するスラグレベルに係るデータを逐次的に取得する。なお、他の実施形態においては、データ取得部201は、脱りん処理中のスラグレベルに係るデータを、脱りん処理後に一括して取得してもよい。
また、データ取得部201は、脱炭処理時にサブランス14によるサブランス測定により得られる溶鋼データを取得する。すなわち、データ取得部201は、溶鋼データ取得部としての機能を有する。
なお、データ取得部201は、上述した各種データ以外にも、脱りん処理、中間排滓処理および脱炭処理に係るデータを取得する。データ取得部201は、転炉吹錬設備10に備えられる各種装置から出力されるデータを、計測制御装置30を介して取得する。
データ取得部201は、取得したデータをクラスタ決定部202およびりん濃度推定部204に出力する。また、データ取得部201で取得されたデータは操業データベース40に格納される。
(クラスタ決定部、クラスタリング実行部)
クラスタ決定部202は、クラスタリング実行部203により取り出される複数のクラスタのうち、データ取得部201から取得した脱炭酸素効率の時系列データについて最も類似度の高いクラスタを決定する。クラスタ決定部202により決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数は、りん濃度推定部204に出力される。当該カテゴリ変数は、りん濃度推定部204による推定に用いられる前記式(4)に示した回帰式の説明変数である操業要因Xjとして用いられる。
また、クラスタリング実行部203は、操業データベース40から取得した過去の操業における脱炭酸素効率の時系列データに対してクラスタリングを行い、複数のクラスタを得る。クラスタリング実行部203により得られたクラスタに係る情報は、クラスタ決定部202に出力される。また、当該クラスタに係る情報は、操業データベース40に出力されてもよい。また、クラスタリング実行部203は、操業データベース40に格納されている過去の操業における脱炭酸素効率の時系列データが更新された場合に、適宜クラスタリングを実行してもよい。
なお、スラグレベルの時系列データも、本実施形態に係るクラスタ決定部202およびクラスタリング実行部203の処理対象となり得る。例えば、クラスタリング実行部203は、操業データベース40から取得した過去の操業におけるスラグレベルの時系列データに対してクラスタリングを行って複数のクラスタを得てもよい。この場合、クラスタ決定部202は、当該複数のクラスタのうちデータ取得部201が取得したスラグレベルの時系列データについて最も類似度の高いクラスタを決定してもよい。
なお、他の実施形態において上記カテゴリ変数を説明変数として用いない場合、クラスタ決定部202およびクラスタリング実行部203は、転炉吹錬制御装置20に含まれなくてもよい。
(りん濃度推定部)
本実施形態に係るりん濃度推定部204は、データ取得部201から出力された各種データ、およびクラスタ決定部202から出力されたクラスタを識別する変数であるカテゴリ変数を用いて、脱りん速度定数kおよび溶鋼中りん濃度を推定する。具体的には、りん濃度推定部204は、まず、上記の各種データおよびカテゴリ変数を説明変数として、前記式(4)に示す回帰式に代入することにより、脱りん速度定数kを算出する。そして、りん濃度推定部204は、前記式(2)に算出した脱りん速度定数kを代入することにより、溶鋼中りん濃度を推定する。りん濃度推定部204は、サブランス14によるサブランス測定以降(すなわち、データ取得部201による溶鋼データの取得の開始以降)、逐次的に脱りん速度定数kおよび溶鋼中りん濃度を推定する。すなわち、サブランス測定以降、脱炭処理の吹止め時(終点時)までの範囲における脱りん速度定数kおよび溶鋼中りん濃度が、りん濃度推定部204により推定される。
なお、他の実施形態において上記カテゴリ変数を説明変数として用いない場合、脱炭酸素効率の時系列データに基づく変数(例えば、平均値等)が、当該説明変数として用いられ得る。同様に、スラグレベルの時系列データに基づく変数も、当該説明変数として用いられ得る。
以上、図5を参照して、本実施形態に係る転炉吹錬制御装置20の各機能部の構成および機能について説明した。なお、図5には示されていないが、転炉吹錬制御装置20は、操作量算出部をさらに備えてもよい。操作量算出部は、りん濃度推定部204により推定された溶鋼中りん濃度に基づいて、脱炭処理における吹込み酸素量もしくは冷材量、または上吹きランス高さ等の操作量を算出してもよい。操作量算出部の機能は、例えば、上記特許文献1に開示されている機能と同一であってもよい。本実施形態に係るりん濃度推定部204により推定される溶鋼中りん濃度は、上記特許文献1に開示された技術により推定される溶鋼中りん濃度よりも精度が高い。そのため、操作量算出部により算出される操作量の信頼度も高いので、実際の溶鋼中りん濃度を、目標溶鋼中りん濃度により近づけることが可能となる。
<<3.溶鋼中りん濃度推定方法のフロー>>
図6は、本実施形態に係る転炉吹錬システム1による溶鋼中りん濃度推定方法のフローチャートの一例である。また、図7は、本実施形態に係る転炉吹錬システム1による一次精錬において取得または推定される各種の時系列データの例を示すグラフである。図6および図7を参照しながら、本実施形態に係る転炉吹錬システム1による溶鋼中りん濃度推定方法のフローについて説明する。なお、図6に示す各処理は、図5に示す転炉吹錬制御装置20によって実行される各処理に対応している。そのため、図6に示す各処理の詳細については省略し、各処理の概要を説明するに留める。
本実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法では、まず、データ取得部201は、転炉吹錬開始前に、転炉吹錬データベース21に格納されたデータ等の各種データを取得する(ステップS101)。具体的には、データ取得部201は、溶銑データ211、目標データ212、およびパラメータ213を取得する。
次に、データ取得部201は、脱りん処理時および中間排滓処理時において、脱りん処理および中間排滓処理に係るデータを取得する(ステップS103)。具体的には、データ取得部201は、レベル計103により測定されたスラグレベルに係るデータをレベル計103から逐次的に取得する。
次に、クラスタ決定部202は、ステップS103において取得された脱りん処理時のスラグレベルの時系列データに基づいて、操業要因として用いられるクラスタを決定する(ステップS105)。具体的には、図6に示すように、クラスタ決定部202は、本チャージの脱りん処理末期におけるスラグレベルの時系列データのそれぞれについて、クラスタリング実行部203により取り出された各クラスタのうち最も類似度の高いクラスタを決定する。クラスタ決定部202は、ここで決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数を、りん濃度推定部204に出力する。
次に、データ取得部201は、脱炭処理の開始時点から、脱炭処理に係るデータを取得する(ステップS107)。具体的には、データ取得部201は、排ガス成分分析計101および排ガス流量計102によって測定された排ガスデータを排ガス成分分析計101および排ガス流量計102から逐次的に取得する。なお、排ガスデータの取得は、脱炭処理の開始時点から終了時点まで連続的に行われる。ステップS107に係る脱炭処理に係るデータの取得処理は、脱炭処理の開始時点から所定時間が経過する時点(ステップS109)まで繰り返し実施される処理である。かかる所定時間は、後段におけるクラスタ決定部202による決定処理に用いられる脱炭酸素効率の時系列データの時間範囲に相当する。
次に、データ取得部201は、脱炭処理の開始時点から所定時間(予め定められた時間範囲)が経過したか否か判別する(ステップS109)。脱炭処理の開始時点から所定時間が経過していない場合(ステップS109/NO)、データ取得部201は、脱炭酸素効率に係るデータを取得する(ステップS111)。具体的には、データ取得部201は、逐次的に取得される排ガスデータから脱炭酸素効率を、脱炭処理の開始時点から所定時間が経過する時点までの間逐次的に算出し、脱炭酸素効率の時系列データを取得する。
次に、脱炭処理の開始時点から所定時間が経過した場合(ステップS109/YES)、クラスタ決定部202は、ステップS111において取得された脱炭酸素効率の時系列データに基づいて、操業要因として用いられるクラスタを決定する(ステップS113)。具体的には、図6に示すように、クラスタ決定部202は、本チャージの脱炭処理始期における脱炭酸素効率の時系列データについて、クラスタリング実行部203により取り出された各クラスタのうち最も類似度の高いクラスタを決定する。クラスタ決定部202は、ここで決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数を、りん濃度推定部204に出力する。
次に、データ取得部201は、引き続き脱炭処理に係るデータを取得する(ステップS115)。ステップS115に係る脱炭処理に係るデータの取得処理は、脱炭処理の開始時点から所定時間が経過した時点から脱炭処理の終了時点(ステップS121)まで繰り返し実施される処理である。ステップS115に係る処理はステップS107に係る処理と同様である。また、サブランス測定が行われるタイミングにおいては、データ取得部201は、溶鋼データを取得する。
次に、りん濃度推定部204は、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法において、サブランス測定が既に行われているか否か判別する(ステップS117)。サブランス測定がまだ行われていない場合(ステップS117/NO)、りん濃度推定部204による溶鋼中りん濃度の推定は行われず、データ取得部201は、繰り返し排ガスデータ等の脱炭処理に係るデータを取得する(ステップS115)。一方、サブランス測定が既に行われている場合(ステップS117/YES)、りん濃度推定部204は、溶鋼中りん濃度の推定を行う(ステップS119)。具体的には、りん濃度推定部204は、データ取得部201により取得された各種データを用いて、まず、サブランス測定時の脱りん速度定数kおよび溶鋼中りん濃度の推定を行う。これは、サブランス測定で得られる溶鋼温度実績値および溶鋼中炭素濃度実績値が、脱りん速度定数kの推定の高精度化により有効であるためである。より詳細には、まず、サブランス測定で得られる溶鋼温度実績値および溶鋼中炭素濃度実績値を含む各種データに基づく説明変数を前記式(4)の回帰式に代入することにより、脱りん速度定数kを得る。次に、得られた脱りん速度定数kが脱りん処理開始時からサブランス測定時まで同一の値であるとみなして、溶銑りん濃度をりん濃度初期値[P]iniとし、かつ、脱りん処理開始からサブランス測定時までの経過時間をtとして前記式(2)に代入することにより、サブランス測定時のりん濃度[P]を求める。このように、サブランス測定時に推定された脱りん速度定数kを用いて脱りん処理開始からサブランス測定時におけるりん濃度を推定しても、下記実施例に示すように、十分な精度でりん濃度を推定可能であるので、実用上の問題はない。
サブランス測定以降、りん濃度推定部204は、脱炭処理が終了したか否か判別する(ステップS121)。脱炭処理が終了していない場合(ステップS121/NO)、りん濃度推定部204は、脱炭処理が終了する時点まで、上記のサブランス測定時の溶鋼中りん濃度推定値を初期値として、前記式(4)による脱りん速度定数kの推定と、推定されたkを用いた、前記式(2)による溶鋼中りん濃度の推定を繰り返し行う(ステップS115〜ステップS119に係る処理)。一方、脱炭処理が終了した場合(ステップS121/YES)、りん濃度推定部204は、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定処理を終了する。
以上、図6および図7を参照して、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法のフローについて説明した。なお、図6に示した本実施形態に係る溶鋼中りん濃度の推定方法に係るフローチャートに示したステップは、あくまでも一例にすぎない。
例えば、ステップS101〜ステップS105に係る処理や、ステップS111およびステップS113に係る処理が実行されるタイミングは、ステップS119における溶鋼中りん濃度の推定処理が開始される以前であれば、特に限定されない。具体的には、他の実施形態において、データ取得部201が脱炭酸素効率に係るデータおよびスラグレベルに係るデータを一括して各種装置から取得する場合、ステップS101、ステップS103およびステップS111におけるデータの取得処理、並びにS105およびステップS113におけるクラスタの決定処理は、ステップS119における溶鋼中りん濃度の推定処理が開始される以前に完了していればよい。ステップS119における溶鋼中りん濃度の推定処理の開始時に溶鋼中りん濃度の推定に用いられるデータがそろっていれば十分だからである。
<<4.まとめ>>
脱炭処理におけるCaO源の滓化状況は、溶鋼中りん濃度に影響する脱りん反応の進行の程度を反映する。このCaO源の滓化状況は、脱炭処理における脱炭酸素効率に関係する。このことから、本実施形態によれば、脱りん速度定数kを算出するための説明変数に用いられる操業要因の一つとして、脱炭処理の始期における脱炭酸素効率の時系列データ(またはその平均値)が用いられる。すなわち、脱りん反応の進行の程度と関係するCaOの滓化状況として、脱炭処理時に取得される脱炭酸素効率が溶鋼中りん濃度の推定に適用される。これにより、転炉吹錬における溶鋼中りん濃度の推定精度をより高くすることができる。
また、本実施形態によれば、過去の操業時における脱炭酸素効率の時系列データに対して行われる時系列クラスタリングにより得られるクラスタを識別するカテゴリ変数が操業要因に係る説明変数として用いられる。そして、実際の操業時において得られる脱炭酸素効率の時系列データの示す傾向と類似するクラスタが決定され、決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数が、当該チャージの操業要因に係る説明変数として回帰式に代入される。これにより、単に脱炭処理の始期における脱炭酸素効率の変動のパターンを、脱りん速度定数kの推定に反映させることができる。すなわち、転炉吹錬における溶鋼中りん濃度の推定精度をさらに高くすることができる。
また、中間排滓処理において排滓されるスラグ量に関係すると言われる転炉内のスラグレベルを操業要因の一つとして用いることにより、溶鋼中りん濃度の推定精度をさらに高くすることができる。さらに、スラグレベルの時系列データに対して時系列クラスタリングの手法を適用することにより、脱りん処理時の吹錬末期におけるスラグフォーミングの傾向を、脱りん速度定数kの推定に反映させることができる。すなわち、溶鋼中りん濃度の推定精度をさらに高くすることができる。
なお、図5に示す構成は、あくまで本実施形態に係る転炉吹錬システム1の一例であり、転炉吹錬システム1の具体的な構成はかかる例に限定されない。転炉吹錬システム1は、以上説明した機能を実現可能に構成されればよく、一般的に想定され得るあらゆる構成を取ることができる。
例えば、転炉吹錬制御装置20が備える各機能は、1台の装置においてその全てが実行されなくてもよく、複数の装置の協働によって実行されてもよい。例えば、データ取得部201、クラスタ決定部202、クラスタリング実行部203およびりん濃度推定部204のうちの1又は複数のいずれかの機能のみを有する一の装置が、他の機能を有する他の装置と通信可能に接続されることにより、図示する転炉吹錬制御装置20と同等の機能が実現されてもよい。
また、図5に示す本実施形態に係る転炉吹錬制御装置20の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、PC等の処理装置に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが記録された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
次に、本発明の実施例について説明する。本発明の効果を確認するために、本実施例では、本実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法により得られる溶鋼中りん濃度の推定精度について検証した。なお、以下の実施例は本発明の効果を検証するために行ったものに過ぎず、本発明が以下の実施例に限定されるものではない。
各実施例および比較例について、サブランス測定時の溶鋼中りん濃度がそれぞれ算出された。溶鋼中りん濃度は、前記式(4)により得られた脱りん速度定数kを前記式(2)に代入することにより得られた。算出された溶鋼中りん濃度を、以下「推定値」と称する。
なお、各実施例および比較例に係る溶鋼中りん濃度の推定精度の検証のため、サブランス測定時の溶鋼中りん濃度の実績値が測定された。各実施例および比較例に係る溶鋼中りん濃度の推定値と実績値との誤差(推定誤差)をそれぞれ算出し、当該推定誤差の標準偏差(%)を求めた。標準偏差が小さいほど、推定誤差が小さい、すなわち、推定精度が高いと言える。
前記式(4)で示される回帰式に用いられる説明変数は、下記表2に示すとおりである。具体的には、比較例では、説明変数として、前記表1に示す従来の操業要因が用いられた。一方、実施例1では、説明変数として、前記表1に示す操業要因に加え、脱炭酸素効率の時系列データについてクラスタ決定部202により決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数(脱炭酸素効率に係るカテゴリ変数と称する)が用いられた。実施例2では、説明変数として、前記表1に示す操業要因および上記脱炭酸素効率に係るカテゴリ変数に加え、スラグレベルの時系列データについてクラスタ決定部202により決定されたクラスタに対応するカテゴリ変数(スラグレベルに係るカテゴリ変数と称する)が用いられた。
次に、各実施例および比較例に係る溶鋼中りん濃度の推定精度の検証結果を示す。図8は、各実施例および比較例に係る、サブランス測定時の溶鋼中りん濃度の実績値に対する推定誤差の標準偏差を示すグラフである。図8を参照すると、各実施例では、比較例に比べて、溶鋼中りん濃度の推定精度が向上していることが分かる。
まず、実施例1に係る推定精度は、比較例に係る推定精度よりも高いことが示された。本発明者らは、各チャージに関して前記式(4)で示される回帰式による回帰結果を分析した結果、脱炭酸素効率の推移の状況に応じて脱りん効率が変動する傾向があることを見出した。この傾向に着目することで、脱炭処理におけるCaO源の滓化状況が、脱炭酸素効率の時系列データに基づく説明変数により脱りん速度定数kの算出に反映されたため、溶鋼中りん濃度の推定精度が向上したと考えられる。
さらに、実施例2に係る推定精度は、実施例1に係る推定精度よりもさらに高くなることが示された。説明変数として、脱炭酸素効率に係るカテゴリ変数だけではなく、スラグレベルに係るカテゴリ変数を組み合わせて用いたことにより、脱りん処理時の吹錬末期におけるスラグフォーミングが脱りん速度定数kの算出にさらに反映されたためと考えられる。
以上より、各実施例では、比較例に比べて、サブランス測定時の溶鋼中りん濃度を精度よく推定できることが示された。特に、脱炭酸素効率に係るカテゴリ変数のみならず、スラグレベルに係るカテゴリ変数を組み合わせて用いることで、溶鋼中りん濃度の推定濃度をさらに向上することが可能であることが示された。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。