JP6894105B2 - 新規酒母製造方法 - Google Patents
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速醸系酒母造りは、糖化する前に、乳酸菌の力を借りず、外から直接乳酸を加えて酸度を高くし雑菌が増殖しにくい状態にして、そこへ清酒酵母を添加する。そして、加温することで糖化を進めるとともに、酵母の増殖も進める。速醸系酒母造りでは、醸造用乳酸を添加することは認められているが、オーガニック志向が高まりつつある現代において、人工的な成分を外から加えることにマイナスのイメージがあった。
2.冷却した蒸米、米麹、及び水を混合後、品温を5℃以下まで低下させ、又は蒸米をより冷却して混合時点で品温を5℃以下として、その後、複数回、一定時間局所的に加温して米麹による糖化反応を進めつつも、局所加温後8時間から次回局所加温までの品温が、後の清酒酵母添加時まで5℃以下を保つ、酒母製造のための糖化液製造方法。
3.局所的な加温温度が80〜98℃である、前記2の酒母製造のための糖化液製造方法。
4.前記1〜3のいずれか1の方法で糖化液を製造し、5℃以下の該糖化液へ清酒酵母を含む溶液と糖化液の間に界面を形成させるように清酒酵母を添加し、添加後は、昇温開始から2〜6日で目的温度の前後1℃の幅を持つ目的温度帯に達し、かつ、目的温度が15〜25℃の間である、酒母の製造方法。
5.清酒酵母を糖化液により増殖させる方法で、清酒酵母を含む溶液と糖化液の間に界面が形成されるよう清酒酵母を糖化液に添加し、この界面より上の上澄み部分で、清酒酵母の増殖を進行させる清酒酵母の増殖方法。
6.清酒酵母添加直前の酒母製造用糖化液で、酸度が1以下である酒母製造用糖化液。
7.清酒酵母添加直前の酒母製造用糖化液で、乳酸を実質的に含まない酒母製造用糖化液。
付け加えると、微生物学が西洋からもたらされた明治時代から現在まで、酒母製造では、乳酸菌と外から加える乳酸のいずれか又は両方を使用して、雑菌の増殖を抑え、優良な清酒酵母を増殖させることが常識とされている(参考文献:例えば、黒須猛行,「酵母(1)」,醸協,1998,l93巻,5号、334頁左下から4、3行目、灘の酒用語集「酒母・もと」の頁(http://www.nada-ken.com/main/jp/index_shi/220.html))。つまり、乳酸菌と外から加える乳酸のいずれも使用しない酒母製造方法を見出したことは画期的なことといえる。
そもそも、クリーンな環境が整いつつある最近の酒蔵において、蔵付酵母や乳酸菌をはじめとする種々の微生物が混入しにくくなっている。本発明の発明者は、このクリーンな環境を生かして、温度管理により糖化液の品温を低温で維持しながら糖化を進め、微生物の活動増殖を抑えながら優良酵母を増殖させることができれば、乳酸菌と外から加える乳酸のいずれも使用しない、雑菌の増殖と活動を抑えた酒母製造方法を実現できるのではないかと考え研究を開始した。この考え方自体、伝統的な手法にこだわりがちな日本酒製造の世界において、実に画期的なことといえる。
また糖化反応は酵母添加前の糖化反応である。酵母添加後も麹の酵素を失活させるわけではないので、糖化は進むが、酵母添加後は酵母由来の乳酸が生産されるので、乳酸濃度は上昇することが予想される。
まずは、原料の、蒸米、米麹、水を準備する。蒸米はそのままだと熱いので冷却するが、冷却後の蒸米は、0〜17℃であればより好ましく、11〜16℃であればさらに好ましく、5〜10℃であれば特に好ましい。
品温が目標値となった後は、加温しない期間(打瀬)を設けるのがより好ましい。その期間はより好ましくは0.5日〜3日、さらに好ましくは1〜2日である。打瀬期間中は、表面の乾燥を防ぐため1日に1回程度攪拌してもよい。この打瀬の期間に硝酸還元菌が増殖して水中の硝酸塩から亜硝酸を生成し、これが雑菌の増殖を抑制する1つとして働くと考えられている。生もと系酒母造りでは、6〜7℃になった後、その温度で2〜3日置いて打瀬とするので、生もと系酒母造りのときより、打瀬の温度も低い。
一定時間の局所加温は、局所1カ所あたり0.5〜6分間加温するのがより好ましく、1〜4分間加温するのがさらに好ましく、1〜2分間加温するのが特に好ましい。加温する局所の数は、28〜40Lに1カ所がより好ましく、200Lタンクの場合、5〜7カ所程度であればより好ましい。局所の加温温度(以下、局所加温温度)は、80℃〜98℃がより好ましく、90〜95℃がさらに好ましい。局所周囲の温度が、麹酵素が糖化反応を進めるのに適した温度の50〜60℃になるようにする。
局所加温後は速やかに品温を5℃以下にするが、具体的には、局所加温後8時間以内に5℃以下とするのがより好ましく、5時間以内がさらに好ましく、3時間以内が特に好ましい。ただし、局所加温からの経過時間が短いと、局所加温による温度差が解消していない可能性があるので、複数個所での温度測定から推定される温度差解消後の品温か、あるいは攪拌して温度差を解消させた後の品温が5℃以下とする。品温の低下やその維持は、温度調整のできる部屋に置くなどして、タンク周囲の温度を目的温度かそれより低い温度にすることで、行う。
局所加温の頻度は1〜2日に1回がより好ましい。5℃以下にしてから次回局所加温までの品温は5℃以下を維持する。つまり、「局所加温⇒5℃以下にする⇒5℃以下維持⇒局所加温」を繰り返す。局所加温後一時的に品温が5℃を超える可能性もあるが、原則として後の酵母添加時まで品温5℃以下を維持する。
原則5℃以下は、後の工程である清酒酵母添加時まで維持するが、清酒酵母はグルコース濃度が20g/100mL以上、より好ましくは25g/100mL以上になってから添加するので、糖度がそれ以上になるまでは、原則5℃以下を維持することとなる。グルコース濃度は、グルコオキシダーゼを用いたバイオセンサを利用し、生じた電流を測定してグルコース濃度に換算するGluco Jr.(株式会社バイオット社製)で測定した値である。
例えば、暖気(だき)樽という湯の入った樽を投入することで局所加温する場合、局所加温温度である暖気樽表面の温度、すなわち暖気肌を、80℃〜98℃とするのがより好ましく、90〜95℃とするとさらに好ましい。このとき暖気樽に入れる湯の温度は、80〜100℃の間となり、暖気樽周囲の温度は、麹酵素が糖化反応を進めるのに適した温度の50〜60℃になる。局所1カ所あたりの暖気樽投入時間は1〜2分、200Lタンクのときは、5〜7カ所に投入して複数カ所の投入時間合計で10〜15分間であればより好ましい。タンク周囲の温度は3℃以下として、局所加温後、品温が5℃になってから次の局所加温までの品温は5℃以下を保つ。つまり、局所加温後一時的に5℃を超える可能性もあるが、清酒酵母添加時まで原則5℃以下を保つようにする。
5℃以下では、低温性の乳酸菌であってもほとんど増殖も活動もできないので、本発明の製造方法では、後の酵母添加時に乳酸菌はほぼ存在しないこととなる。さらに、他の雑菌の増殖や活動も抑えることができる
加えて暖気肌は80〜98℃と高温で、周囲の温度も50〜60℃と比較的高温になるので、局所とその周辺で殺菌効果が生じる。通常の生もと造りの場合、暖気肌60〜70℃程度、加温(暖気樽)周囲の温度も40℃程度なので、本発明の方法は、局所をより高い温度として殺菌効果を高くすることも特徴のひとつである。つまり、低温に維持することで乳酸菌の増殖及び雑菌の増殖・活動を共に抑え、局所加温中の局所では高温で雑菌を殺菌する仕組みになっている。
さらに、短期間で酒母を製造する場合は、後述するように、亜硝酸や糖の生成が不十分で、雑菌の増殖抑制が不十分になる可能性があるので、雑菌による酒母汚染を抑制するために、一般生菌数103CFU/g以下の麹を使用するのが好ましい。
また、このときの糖化液は実質的には乳酸を含まないが、これは、雑菌の増殖抑制に効くほどの乳酸を含まないことを意味し、野生酵母やバクテリアなどの雑菌由来の少量の乳酸は存在しても構わない。
本発明は、清酒酵母添加前の糖化の工程では品温を徐々にあげることはせず、原則5℃以下を保つことに特徴があり、5℃以下では、乳酸菌はほとんど増殖することはできないので、乳酸菌を増殖させることが必要な伝統的な生もとの製造方法からすると異例の製造方法といえる。さらに、乳酸菌を増殖させないので、その分、糖の消費が少なく、清酒酵母の栄養となる糖濃度が高い糖化液を製造できる。糖濃度がより高いことで、濃糖圧迫をより効かせることもできる。なお、糖の消費はボーメ度が低下することで測定できる。
このようにして、上澄みで酵母を増殖させることで、糖化液中の雑菌に濃糖圧迫をかけつつ、酵母には濃糖圧迫や亜硝酸による影響が及ばないようにして、清酒酵母の増殖を進める。界面は、酵母溶液を糖化液に添加し、攪拌しなければ自然形成されるが、静かにそっと添加するのがより好ましい。
その後、清酒酵母増殖がある程度進めば攪拌してもよく、例えば清酒酵母添加2〜3日後に攪拌してもよい。
昇温は、例えば目的の温度にされた空間に、酵母を添加した糖化液の入った容器を置いて、行う。こうすれば、製造スケールにもよるが、36〜108時間程度で、目的温度帯に達する。空間に直接接する上澄みから先に温まり酵母の増殖が進むという点でもより好ましい。酵母添加後しばらくは攪拌しないので、温度に多少のむらは生じるが、温度は表面でなく、中心付近を測定した値とする。
5℃以下の温度から、目的の温度帯まで、速やかに昇温することにより、有用でない乳酸菌など雑菌が増殖する前に、添加した清酒酵母を増殖させていると考えられる。
なお、日本酒の製造は並行複発酵なので、酵母を添加しても糖化発酵は続き、すなわち糖化液の製造工程と清酒酵母の増殖工程が時間軸でみると、重なる部分がある。
<長期低温糖化酒母>
米麹30kgと水95Lを混ぜ1〜2時間置いて、麹の酵素を水に溶出させ水麹を作った。次に冷却した蒸米60kgをこの水麹に入れた。このとき仕込温度は15.4℃だった。(図1参照、以下実験例1で同じ)。仕込んだ日をday1とした。仕込み後は、水麹と蒸米をよく混ぜた。数時間後に蒸米は水分を吸収して、膨れ上がった。膨れ上がってから、蒸米がつぶれないようにゆっくりと櫂をいれ、荒櫂を行った。荒櫂により、麹酵素を蒸米全体にいきわたらせて糖化を促進するだけでなく、品温を低下させ、かつ、温度を均一にした。これらの入ったタンクを室温2.0〜2.5℃に設定した部屋に移し、day1午後から、品温を低下させ、day2午前までに3.2℃にした。
その後1日1回櫂を入れ表面の乾燥を防ぎつつ3℃前後を維持し、day4午前から局所的な加温をした。局所的な加温は暖気樽を入れる(以下、暖気入れ)ことで行った。暖気樽には100℃の湯を入れた。暖気入れは、1つのタンクに暖気樽1本を使用した。暖気樽をタンクに入れ、1カ所で1〜2分経過したら、タンク内の次の場所へ暖気樽を移動させ、タンク内の計5〜7カ所で暖気を入れた。暖気樽はトータルすると10〜15分間タンク内に存在した。暖気樽投入後、表面の暖気肌は90℃、樽の極近辺は70℃、樽周囲の温度は50〜60℃となった。暖気入れ終了後5〜8時間後に品温を測定したところ5℃以下の値であった。
day4午前に最初の暖気入れをしてから、day5、day7、day9と、day5以降は2日ごとに暖気入れを行って糖化を進めた。day15に最後の暖気を入れ、day18に酵母を添加した。この間、混合後の温度低下から酵母添加まで、暖気入れから一定時間経過後から次回暖気入れの間の品温を、5℃以下に維持した。
清酒酵母はきょうかい酵母901号酵母を使用し、酵母の添加は、液体培養酵母(2.0〜3.0×108cells/mL、以下液体培養酵母中の酵母数同じ)500mLを2本、計1L添加して行った。液体培養酵母の添加は、酵母と糖化液の間に界面が形成されるようにそっと行った。さらに、液体培養酵母の入っていた容器を共洗いしてその水を添加した。添加後は、上澄み液が糖化液の表面を覆っていた。
酵母添加後、20℃に設定した酒母室に移動し、全体的に加温しながら、day18からday21の4日間で3℃から19.6℃まで昇温した。清酒酵母も順調に増えてきたのでday20に、容器内を攪拌した。
day21からは品温を20℃前後で維持し、day24からは冷却を開始した。その後、枯らしの工程を経て、day31に酒母が完成した。
バクテリア数と酵母数をday1、18、21、31でカウントし、酒母1mLあたりのそれぞれの数の推移を調べた(図2)。その結果、バクテリアは増殖せず、添加後、酵母も勢いよく増加しており、優良酵母が多数培養され、雑菌のいない優れた酒母を製造できたことがわかった。
温度変化の様子を比べるために、生もと系の山廃造りで酒母を製造したときの温度変化の様子を示した(図3)。蒸米60kg、米麹30kg、及び水95Lのスケールで酒母を製造した。day6から徐々に温度を上げ、十分に酸度が上がったday22で酵母を添加した。この図から、生もと系酒母造りと比較して、本願発明の酒母製造方法は、低温で糖化反応を進めていること、酵母添加後、速やかに昇温させていることがわかる。
蒸米40kg、米麹20kg、水63Lを準備し、酒母の製造をday10まで実験例1と同様に行った。ただし、仕込み後、蒸米をすりつぶすように櫂を入れた。
day10に、1/3量を分取して実験例2のサンプルとし、残りの2/3量を徐々に昇温して比較実験例2を進めた。打瀬後のday4から徐々に昇温すると、雑菌数が多くなることが予想され、実際の酒造りに影響する可能性があるので、糖化の途中から昇温することとした。温度変化の様子を図4で示した。
バクテリア数と酵母数をday10、18、23、25、32でカウントし、酒母1mLあたりのそれぞれの数の推移を調べた(図5)。
比較実験例2のサンプルの一部を使用して、day10以降も、実験例1に準じて酒母の製造を行った。
比較実験例2のday10で1/3量を分取して、実験例2のサンプルとし、実験例1に準じて酒母の製造を続けた。このときの温度変化の様子を図6で示した。
バクテリア数と酵母数をday10、18、23、25、32でカウントし、酒母1mLあたりのそれぞれの数の推移を調べた(図7)。
実験例2と比較実験例2の結果から、実験例2は、比較実験例2のようにバクテリアが一旦増殖してしまうこともなく、酵母の数もday23で8×107となり比較実験例2の7.1×107より多いので酵母が勢いよく増加していることがみてとれ、優良酵母が多数培養され、雑菌のいない優れた酒母を製造できたことがわかった。
<実験例3 短期低温糖化酒母の製造>
バクテリア数と酵母数をday1、5、9、14でカウントし、酒母1mLあたりのそれぞれの数の推移を調べた(図9)。その結果、バクテリアは増殖せず、添加後、酵母も勢いよく増加しており、優良酵母が多数培養され、雑菌のいない優れた酒母を製造できたことがわかった。
<小スケールによる酵母添加方法の検討>
実験例2で製造した糖濃度の高い糖化液を使用して、酵母の添加方法と酵母増殖速度の関係について検討した。
まず、糖化液2Lを入れた4L梅酒用瓶を4本準備した。糖化液の性状を表1に示した。次に4本それぞれに、液体培養酵母5.5mLを添加し、さらに、酵母溶液の入っていた容器を共洗いした水2.7mLを加えた。酵母はきょうかい酵母の901号酵母を使用した。酵母溶液は、界面を形成するように添加し(A−1、A−2)、あるいは添加後攪拌した(B−1、B−2)。
24時間経過後、瓶を取り出し、3℃の酒母室へ移動し、酒母1mL中の酵母数をカウントし、その結果を表2で示した。インキュベーターの上段と下段で昇温速度に差があったと思われるので、同じ段のA−1とB−1、A−2とB−2を比較すると、A−1はB−1の1.5倍、A−2はB−2の1.8倍となり、界面を形成させるよう添加したものは、仕込み直後に攪拌したものより、勢いよく酵母が増殖することが分かった。
Claims (3)
- 乳酸菌を増殖させそこから生産される乳酸、外から加える乳酸、のどちらも存在しない条件下で、清酒酵母添加前の糖化反応を進める、酒母製造のための糖化液製造方法であって、
冷却した蒸米、米麹、及び水を混合後、品温を5℃以下まで低下させ、又は蒸米をより冷却して混合時点で品温を5℃以下として、その後、複数回、一定時間局所的に80〜98℃で加温して米麹による糖化反応を進めつつも、局所加温後8時間から次回局所加温までの品温が、後の清酒酵母添加時まで5℃以下を保ち、かつ、反応系全体を50〜60℃にする殺菌工程がなく、かつ、清酒酵母添加直前の酸度が1以下である、酒母製造のための糖化液製造方法。 - 請求項1の方法で糖化液を製造し、5℃以下の該糖化液へ清酒酵母を含む溶液と糖化液の間に界面を形成させるように清酒酵母を添加し、添加後は、昇温開始から2〜6日で目的温度の前後1℃の幅を持つ目的温度帯に達し、かつ、目的温度が15〜25℃の間である、酒母の製造方法。
- 清酒酵母添加直前の酒母製造用糖化液で、糖化液全体を50〜60℃にする殺菌をされずになり、かつ、乳酸菌を増殖させそこから生産される乳酸及び外から加える乳酸のいずれも含まず、かつ、酸度が1以下であり、かつ、グルコース濃度が20g/100mL以上である、酒母製造用糖化液。
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