本発明の中性子シンチレーターは、樹脂組成物と該樹脂組成物に内包された波長変換ファイバとを構成要素とする。ここで「内包」とは、波長変換ファイバの体軸方向に添うファイバ表面が360°樹脂組成物に覆われている状態を示す。それに対し、ファイバの端面は、その両端又は片端が樹脂組成物から突き出している。シンチレーション光を取り出すため、ファイバの少なくとも一端は樹脂組成物外に出ている必要があるが、残る一端は樹脂組成物中に存在していてもよいし、樹脂組成物から突き出していてもよい。
本発明における上記樹脂組成物は少なくとも(1)リチウム6及びホウ素10から選ばれる少なくとも1種の中性子捕獲同位体を含有する無機蛍光体粒子(以下、単に無機蛍光体粒子ともいう)と、樹脂とを構成要素とする。
該無機蛍光体粒子においては、リチウム6またはホウ素10と中性子との中性子捕獲反応によって、それぞれα線及びトリチウムまたはα線とリチウム7(以下、2次粒子ともいう)が生じ、当該2次粒子によって、無機蛍光体粒子に4.8MeVまたは2.3MeVのエネルギーが付与される。当該エネルギーを付与されることによって、無機蛍光体粒子が励起され、蛍光を発する。
かかる無機蛍光体粒子を用いた中性子シンチレーターは、リチウム6及びホウ素10による中性子捕獲反応の効率が高いため、中性子検出効率に優れており、また、中性子捕獲反応の後に無機蛍光体粒子に付与されるエネルギーが高いため、中性子を検出した際に発せられる蛍光の強度に優れる。
なお、本発明において、無機蛍光体粒子は、中性子捕獲同位体を含有し且つ蛍光を発する無機物からなる粒子であって、該無機物自体が一つの化学物質として把握されるものである。従って、中性子捕獲同位体を含有する非蛍光性粒子と、中性子捕獲同位体を含有しない蛍光体粒子を混合してなる混合物粒子は含まない。より具体的には、例えば中性子捕獲同位体を含有する非蛍光性のLiFと、中性子捕獲同位体を含有しない蛍光体であるZnS:Agを混合したような混合物粒子(特許文献2の実施例2参照)は含まない。かかる混合物粒子においては、中性子捕獲同位体を含有する粒子で生じた2次粒子のエネルギーが、蛍光を発する粒子に到達する前に一部失われる。このとき失われるエネルギーは、2次粒子の発生点から蛍光を発する粒子に到達するまでの飛程によってまちまちであるため、結果として蛍光を発する粒子の蛍光強度が大きくばらつく。したがって、所望のn/γ弁別能が得られないため、かかる混合物粒子は本発明において採用されない。
本発明において、無機蛍光体粒子中のリチウム6及びホウ素10の含有量(以下、中性子捕獲同位体含有量ともいう)は、それぞれ1atom/nm3及び0.3atom/nm3以上とすることが好ましく、それぞれ6atom/nm3及び2atom/nm3以上とすることが特に好ましい。なお、上記中性子捕獲同位体含有量とは無機蛍光体粒子1nm3あたりに含まれる中性子捕獲同位体の個数をいう。中性子捕獲同位体含有量を上記範囲とすることによって、入射した中性子が中性子捕獲反応を起こす確率が高まり、中性子検出効率が向上する。
かかる中性子捕獲同位体含有量は、無機蛍光体粒子の化学組成を選択し、また、無機蛍光体粒子の原料として用いるフッ化リチウム(LiF)あるいは酸化ホウ素(B2O3)等におけるリチウム6およびホウ素10の同位体比率を調整することによって適宜調整できる。ここで、同位体比率とは、全リチウム元素に対するリチウム6同位体の元素比率及び全ホウ素元素に対するホウ素10同位体の元素比率であって、天然のリチウム及びホウ素ではそれぞれ約7.6%および約19.9%である。中性子捕獲同位体含有量を調整する方法としては、天然の同位体比を有する汎用原料を出発原料として、リチウム6およびホウ素10の同位体比率を所期の同位体比率まで濃縮して調整する方法、或いはあらかじめリチウム6およびホウ素10の同位体比率が所期の同位体比率以上に濃縮された濃縮原料を用意し、該濃縮原料と前記汎用原料を混合して調整する方法が挙げられる。
一方、中性子捕獲同位体含有量の上限は特に制限されないが、60atom/nm3以下とすることが好ましい。60atom/nm3を超える中性子捕獲同位体含有量を達成するためには、あらかじめ中性子捕獲同位体を高濃度に濃縮した特殊な原料を多量に用いる必要があるため、製造にかかるコストが極端に高くなり、また、無機蛍光体粒子の種類の選択も著しく限定される。
なお、上記無機蛍光体粒子中のリチウム6の含有量(CLi,P)及びホウ素10の含有量(CB,P)は、あらかじめ無機蛍光体粒子の密度、無機蛍光体粒子中のリチウム及びホウ素の質量分率、及び原料中のリチウム6及びホウ素10の同位体比率を求め、それぞれ以下の式(1)及び式(2)に代入することによって求めることができる。
CLi,P=ρ×WLi×RLi/(700−RLi)×A×10−23 (1)
CB,P=ρ×WB×RB/(1100−RB)×A×10−23 (2)
(式中、CLi,P及びCB,Pはそれぞれ無機蛍光体粒子中のリチウム6の含有量及びホウ素10の含有量、ρはシンチレーターの密度[g/cm3]、WLi及びWBはそれぞれ無機蛍光体粒子中のリチウム及びホウ素の質量分率[質量%]、RLi及びRBはそれぞれ原料におけるリチウム6およびホウ素10の同位体比率[%]、Aはアボガドロ数[6.02×1023]を示す)
本発明における無機蛍光体粒子は特に制限されず、従来公知の無機蛍光体を粒子状としたものを用いることができるが、具体的なものを例示すれば、Eu:LiCaAlF6、Eu,Na:LiCaAlF6、Eu:LiSrAlF6、Ce:LiCaAlF6、Ce,Na:LiCaAlF6、Ce:LiSrAlF6、Ce:LiYF4、Tb:LiYF4、Eu:LiI、Ce:Li6Gd(BO3)3、Ce:LiCs2YCl6、Ce:LiCs2YBr6、Ce:LiCs2LaCl6、Ce:LiCs2LaBr6、Ce:LiCs2CeCl6、Ce:LiRb2LaBr6等の結晶からなる無機蛍光体粒子、及び、Li2O−MgO−Al2O3−SiO2−Ce2O3系のガラスからなる無機蛍光体粒子等が挙げられる。
本発明において、無機蛍光体粒子の発光する波長は、後述する樹脂と混合した際に透明性を得やすい点で、近紫外域〜可視光域であることが好ましく、可視光域であることが特に好ましい。
本発明において、無機蛍光体粒子に含有せしめる中性子捕獲同位体が、リチウム6のみであることが好ましい。中性子捕獲反応に寄与する中性子捕獲同位体をリチウム6のみとすることによって、常に一定のエネルギーを無機蛍光体粒子に付与することができ、また、4.8MeVもの極めて高いエネルギーを付与することができる。したがって、蛍光の強度のバラつきが少なく、且つ特に蛍光の強度に優れた中性子シンチレーターを得ることができる。
中性子捕獲同位体としてリチウム6のみを含有する無機蛍光体粒子の中でも、化学式LiM1M2X6(ただし、M1はMg、Ca、Sr及びBaから選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素であり、M2はAl、Ga及びScから選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、XはF、Cl、BrおよびIから選ばれる少なくとも1種のハロゲン元素である)で表わされ、少なくとも1種のランタノイド元素を含有するコルキライト型結晶、及び当該コルキライト型結晶であって、さらに少なくとも1種のアルカリ金属元素を含有するコルキライト型結晶が好ましい。
当該コルキライト型結晶を具体的に例示すればEu:LiCaAlF6、Eu,Na:LiCaAlF6、Eu:LiSrAlF6及びEu,Na:LiSrAlF6からなる無機蛍光体粒子が、発光量が高く、また、潮解性が無く化学的に安定であるため最も好ましい。
本発明においては、無機蛍光体は粒子状でなくてはならない。即ち、中性子シンチレーターのn/γ弁別能を向上せしめることを目的として、従来の無機蛍光体のバルク体に替えて、無機蛍光体の粒子を中性子シンチレーターの構成要素として用いることを特徴とする。以下、かかる無機蛍光体粒子を用いることによって、n/γ弁別能が向上する作用機序について説明する。
一般に、γ線が無機蛍光体に入射すると、無機蛍光体の内部で高速電子が生成され、該高速電子が無機蛍光体にエネルギーを付与することによって、無機蛍光体が発光する。かかる発光によって出力される波高値が、中性子の入射による波高値と同程度に高く、両者を弁別できない場合には、γ線が中性子として計数され、中性子計数に誤差が生じる。特に、γ線の線量が高い場合には、該γ線による誤差が増大し、顕著に問題となる。
γ線の入射によって中性子検出器から出力される波高値は、前記高速電子によって付与されるエネルギーに依存するため、該エネルギーを低減することによって、γ線が中性子シンチレーターに入射した際に出力される波高値を低減することができる。
ここで、シンチレーターにγ線が入射した場合に生じる高速電子が、シンチレーターにエネルギーを付与しながら、シンチレーター中を移動する飛程距離は数mm程度と比較的長い。
それに対して、中性子がシンチレーターに入射した場合には、前記説明したように、該シンチレーター中の無機蛍光体に含まれるリチウム6及びホウ素10と中性子との中性子捕獲反応で生じた2次粒子が無機蛍光体にエネルギーを付与することによって、無機蛍光体が発光するが、該2次粒子の飛程は数μm〜数十μmと上記高速電子より短い。
本発明の第一の特徴としては、無機蛍光体を粒子状とすることにより、上記高速電子を該無機蛍光体粒子から速やかに逸脱せしめ、高速電子が無機蛍光体に付与するエネルギーを低減させようとするものである。
本発明において無機蛍光体粒子の大きさは、中性子の入射により生じる2次粒子のほぼ全てのエネルギーが無機蛍光体に付与される程度の大きさを有しつつ、なるべくγ線の入射により高速電子は逸脱する程度の小ささであることが好ましい。
本発明者らの検討によれば、無機蛍光体粒子の形状を、その比表面積が50cm2/cm3以上である形状とすることが好ましく、比表面積が100cm2/cm3以上である形状とすることが特に好ましい。なお、本発明において、無機蛍光体粒子の比表面積とは、無機蛍光体粒子の単位体積当たりの表面積を言う。
ここで、本発明における比表面積は単位体積当たりの表面積であるから、(1)無機蛍光体粒子の絶対的な体積が小さいほど大きくなる傾向にあり、また(2)形状が真球状である場合に最も比表面積は小さくなり、逆に無機蛍光体粒子の比表面積が大きいほど、該無機蛍光体粒子は真球状からかけ離れた形状となる。例えばX軸、Y軸及びZ軸方向に延びる辺を有する立方体で考えた場合、X=Y=Zの正6面体の場合に最も比表面積が小さく、いずれかの軸方向の長さを短くし、その分他の軸方向の辺を長くしたものは同じ体積でも比表面積が大きくなる。
より具体的には、1辺が0.5cmの正6面体では比表面積が12cm2/cm3であるが、同0.1cmの正6面体(0.001cm3)の場合には、その比表面積は60cm2/cm3である。さらに同じ体積(0.001cm3)で厚みを0.025cmとした場合、縦横が0.2cm×0.2cmのサイズとなり、よって比表面積は100cm2/cm3となる。
換言すれば、比表面積が大きいということは少なくともいずれか1つの軸方向の長さが極めて小さい部分を有するということを示すものである。そしてこの小さい軸方向及びその軸方向に近い向きに走る前記γ線によって生じる高速電子は、前述のとおり速やかに結晶から逸脱するため、該高速電子から無機蛍光体粒子に付与されるエネルギーを低減することができるものである。
前記比表面積に基づく好適な無機蛍光体粒子の形状は、上記の如き知見及び考察により見出されたものであり、当該比表面積を、高速電子から無機蛍光体粒子に付与されるエネルギーを考慮する上で、無機蛍光体粒子が種々の粒子形態を有することを加味した形状の指標として用いることができる。そして実用上、当該比表面積を好ましくは50cm2/cm3以上、より好ましくは比表面積が100cm2/cm3以上とすることによって、特にn/γ弁別能に優れた中性子検出器を得ることができる。
なお、本発明において、前記比表面積の上限は、特に制限されないが、1000cm2/cm3以下とすることが好ましい。該比表面積が1000cm2/cm3を超える場合、すなわち無機蛍光体粒子の少なくともいずれか1つの軸方向の長さが過剰に小さい場合には、前記リチウム6及びホウ素10と中性子との中性子捕獲反応で生じた2次粒子が、無機蛍光体粒子にその全エネルギーを付与する前に無機蛍光体粒子から逸脱する事象が生じるおそれがある。かかる事象においては、中性子の入射によって無機蛍光体粒子に与えられるエネルギーが低下するため、無機蛍光体の発光の強度が低下する。前記2次粒子の全エネルギーを確実に無機蛍光体粒子に与え、無機蛍光体の発光の強度を高めるためには無機蛍光体粒子の比表面積を500cm2/cm3以下とすることが特に好ましい。
なお上記説明では軸という用語を用いたが、X,Y及びZの空間座標位置を示すために便宜的に用いただけであり、本発明で用いる無機蛍光体粒子がこれら特定の軸方向に辺を有する立方体に限定されるものでは無論ない。
また無機蛍光体粒子が不定形の場合、上記比表面積は密度計及びBET比表面積計を用いて得られる密度及び質量基準の比表面積から容易に求めることができる。
本発明において、好適に用いられる無機蛍光体粒子の形状を具体的に例示すれば、平板状、角柱状、円柱状、球状、或いは不定形の粒子形態であって、等比表面積球相当径が50〜1500μm、特に好ましくは100〜1000μmである形状が挙げられる。
本発明で用いる無機蛍光体粒子の製造方法は特に限定されず、前記好適な形状の粒子よりも大きな形状を有するバルク体を粉砕及び分級して、所期の形状の粒子を得る方法、或いは、溶液を出発原料として粒子生成反応により、好適な形状の無機蛍光体粒子を直接得る方法が挙げられる。
かかる製造方法の中でも、バルク体を粉砕及び分級する方法が、生産効率が高く、所期の粒子を安価に得られるため好ましい。バルク体を粉砕する方法は特に限定されず、ハンマーミル、ローラーミル、ロータリーミル、ボールミル、或いはビーズミル等の公知の粉砕機をなんら制限なく用いることができる。無機蛍光体粒子を製造する際には、比表面積が極端に大きい所謂微粉末の発生を抑制し、前記説明したような、好ましくは1000cm2/cm3以下、特に好ましくは500cm2/cm3以下の比表面積を有する無機蛍光体粒子を得るためには、ハンマーミル及びローラーミルを用いることが特に好ましい。
また、前記バルク体を粉砕した粒子を分級する方法は、乾式ふるい、湿式ふるい、或いは風力分級等の公知の分級方法を特に制限なく適用することができる。
分級方法の中でも、ふるい分けにより分級する方法が好適な比表面積の粒子を得やすく好ましい。前記説明した形状の無機蛍光体粒子は、ふるい分けによって好適に得ることができる。ふるい分けとは、所定の目開きの上側ふるいと該上側ふるいよりよりも目開きの小さい下側ふるいを用いて、上側を全通し、下側ふるいを通過する粒子を実質的に含んでいない粒子を分級する方法である。かかるふるい分けにおいては、ふるいの目開きに対して、少なくともいずれか1つの軸方向の長さが小さい粒子は、該ふるいを通過する傾向がある。したがって、上側ふるいによって、前記γ線によって励起される高速電子が逸脱しやすい形状の無機蛍光体粒子を分取し、下側ふるいによって、前記γ線によって生じる高速電子が逸脱しやすい形状の無機蛍光体粒子を分取し、且つ前記中性子によって生じる2次粒子が逸脱してしまうような形状の無機蛍光体粒子を除去することが容易である。
具体的には、ふるい分けによって、目開き1000μmのふるいを全通し、目開き100μmのふるいを通過する粒子を実質的に含んでいない無機蛍光体粒子を分級し、当該無機蛍光体粒子を中性子シンチレーターに用いることが好ましい。さらに、目開き500μmのふるいを全通し、目開き100μmのふるいを通過する粒子を実質的に含んでいない無機蛍光体粒子を分級し、当該無機蛍光体粒子を中性子シンチレーターに用いることが特に好ましい。
本発明の中性子シンチレーターは、上記無機蛍光体粒子と、樹脂を含んでなる樹脂組成物(以下、単に樹脂組成物ともいう)を一つの構成要素とする。前記説明から理解されるように、本発明の無機蛍光体粒子は、一般に用いられる無機蛍光体に比較してサイズが小さいため、単独の無機蛍光体粒子では中性子検出効率に乏しいという問題が生じる。かかる問題は、複数の無機蛍光体粒子を樹脂と混合し、当該樹脂中に分散せしめることによって解決することができ、前記優れたn/γ弁別能を有しながら、なおかつ高い中性子検出効率を有する中性子シンチレーターを得ることができる。
すなわち、本発明の中性子シンチレーターの中性子検出効率は、樹脂組成物中の無機蛍光体粒子に由来する中性子捕獲同位体の含有量に依存し、該含有量を高めることによって向上することができる。なお、かかる中性子捕獲同位体含有量は、樹脂組成物1nm3あたりに平均的に含まれる無機蛍光体粒子由来の中性子捕獲同位体の個数をいい、リチウム6の含有量(CLi,C)及びホウ素10の含有量(CB,C)のそれぞれについて、前記無機蛍光体粒子中のリチウム6の含有量(CLi,P)及びホウ素10の含有量(CB,P)、ならびに樹脂組成物中の無機蛍光体粒子の体積分率(V)を用いて、以下の式(3)及び式(4)より求めることができる。
CLi,C=CLi,P×(V/100) (3)
CB,C=CB,P×(V/100) (4)
(式中、CLi,C及びCB,Cはそれぞれ樹脂組成物中のリチウム6の含有量及びホウ素10の含有量、CLi,P及びCB,Pはそれぞれ無機蛍光体粒子中のリチウム6の含有量及びホウ素10の含有量、Vは樹脂組成物中の無機蛍光体粒子の体積分率(V)[体積%]を示す)
本発明において樹脂組成物中の無機蛍光体粒子の含有量は、特に限定されるものではないが、前記式から明らかなように樹脂組成物中の無機蛍光体粒子の体積分率を高めることによって、中性子検出効率を向上できる。したがって、樹脂組成物中の無機蛍光体粒子の体積分率を5体積%以上とすることが好ましく、10体積%以上とすることが特に好ましく、20体積%以上とすることが最も好ましい。樹脂組成物全体に対する無機蛍光体粒子の体積分率の上限は、特に制限されないが、樹脂組成物を製造する際の粘性等を考慮すると、80体積%未満が好ましく、50体積%未満がより好ましい。
一方、本発明において前記樹脂組成物は、上記無機蛍光体粒子が樹脂中に均一に分散しており、近接する無機蛍光体粒子同士の間隔が広いことが望ましい。粒子同士の間隔を広くすることによって、ある無機蛍光体粒子から逸脱した高速電子が、近接した他の無機蛍光体粒子に入射し、該無機蛍光体粒子にエネルギーを付与して発光の総和を増大することを防ぐことができる(図1参照)。
しかしながら、一般に、無機蛍光体粒子の比重は樹脂の比重より大きいため、前記液体または粘体の樹脂と無機蛍光体粒子を混合した際に、粒子が沈降して底部に凝集し、粒子同士の間隔を保持することが困難となる場合がある(図2参照)。かかる場合においては、樹脂の粘度を高めて樹脂組成物にチキソトロピック性を付与し、粒子の沈降を抑制する方法、無機蛍光体粒子とは異なる粒子をさらに配合し、該粒子を無機蛍光体の粒子間に充填することによって、無機蛍光体粒子の間隔を保持する方法(図3参照)、または、所期の厚さよりも薄い樹脂組成物であって、下部に粒子が沈降して凝集した層、上部に樹脂のみからなる層を有する樹脂組成物を複数調製し、これらを積層することによって、巨視的な粒子同士の間隔を保持する方法(図4参照)が好適に採用できる。
本発明において、該樹脂組成物中の無機蛍光体粒子から発せられた蛍光を、後述する波長変換ファイバへ効率よく導くためには、該樹脂組成物を透明体とすることが好ましい。
そのため、本発明における樹脂組成物の第2の必須成分である樹脂は、透明樹脂であることが好ましい。具体的には、前記無機蛍光体粒子の発光波長における該樹脂の内部透過率が80%/cm以上であることが好ましく、90%/cm以上であることが特に好ましい。かかる樹脂を具体的に例示すれば、シリコーン樹脂、フッ素樹脂等があげられる。ポリ(メタ)アクリレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリビニルトルエン、及びポリビニルアルコール等があげられる。また屈折率や強度等を調整する目的で、複数の樹脂を混合して用いてもよい。また、前記透明樹脂の中でも、無機蛍光体粒子の発光波長における屈折率が、無機蛍光体粒子の屈折率に近い透明樹脂を用いることが好ましい。具体的には無機蛍光体粒子の屈折率に対する透明樹脂の屈折率の比が、0.95〜1.05であることが好ましく、0.98〜1.02であることが最も好ましい。透明樹脂の屈折率の比をかかる範囲とすることによって、無機蛍光体粒子と樹脂との界面における光の散乱を抑制することができ、前記樹脂組成物の透明性を高めることができる。なお当該屈折率は、本発明のシンチレーターを用いる温度域での屈折率である。例えば、本発明のシンチレーターを100℃で用いる場合、上記屈折率比は100℃で求める必要がある。
前記無機蛍光体粒子の発光波長における屈折率は、屈折率計を用いて測定することができる。一般に、屈折率計の光源として、Heランプのd線(587.6nm)、同r線(706.5nm)、H2ランプのF線(486.1nm)、同C線(656.3nm)、Hgランプのi線(365.0nm)、同h線(404.7nm)、同g線(435.8nm)、及び同e線(546.1nm)を用いることができる。これら光源の中から、無機蛍光体粒子の発光波長より短波長側の光源及び長波長側の光源を適宜選択し、各光源の波長及び該波長において測定された屈折率を、それぞれ以下のセルマイヤーの式(6)に代入して定数A及びBを求めた後、同式に無機蛍光体粒子の発光波長を代入して所期の屈折率を求めることができる。なお、無機蛍光体粒子の発光波長が、前記いずれかの光源の波長と一致する場合は、当該光源を用いて屈折率を求めれば良い。また、かかる屈折率の測定においては、測定に適した形状の無機蛍光体のバルク体及び樹脂のバルク体を用いて良い。
n2−1=Aλ2/(λ2−B) (6)
(式中、nは波長λにおける屈折率を表し、A及びBは定数である)
本発明において、前記樹脂組成物は無機蛍光体粒子と、液体または粘体の樹脂を混合したスラリー状またはペースト状の樹脂組成物として用いても良く、或いは無機蛍光体粒子と、液体または粘体の樹脂前駆体を混合した後に該樹脂前駆体を硬化せしめた固体状の樹脂組成物として用いても良い。
当該樹脂組成物の製造方法は特に制限されないが、以下に具体的な製造方法を例示する。
本発明における樹脂組成物をスラリー状またはペースト状の樹脂組成物として用いる場合には、まず、無機蛍光体粒子と、液体または粘体の樹脂を混合する。かかる混合操作においては、プロペラミキサー、プラネタリーミキサー、またはバタフライミキサー等の公知の混合機を特に制限なく用いることができる。
次いで、混合操作において樹脂組成物中に生じた気泡を脱泡することが好ましい。かかる脱泡操作においては、真空脱泡機、または遠心脱泡機等の脱泡機を特に制限なく用いることができる。かかる脱泡操作を行うことによって、気泡による光の散乱を抑制することができ、樹脂組成物の内部透過率を高めることができる。
なお、前記混合操作及び脱泡操作において、樹脂組成物の粘度を低下せしめ、混合及び脱泡を効率よく行う目的で、樹脂組成物に有機溶媒を添加しても良い。
本発明において樹脂組成物を固体状のものとして用いる場合には、以下の方法により容易に製造できる。即ち、液体または粘体の樹脂前駆体を用いて前記と同様に混合操作及び脱泡操作を行う。次いで、得られた無機蛍光体粒子と樹脂前駆体の混合物を所望の形状の鋳型に注入し、該樹脂前駆体を硬化せしめる。硬化せしめる方法は特に制限されないが、加熱、紫外線照射、或いは触媒添加により、樹脂前駆体を重合する方法が好適である。
ここで、本発明の樹脂組成物は、スラリー状またはペースト状で用いることができ、また、固体状で用いる場合にも所望の形状の鋳型によって成型できるため、任意の形状とすることが容易である。したがって、本発明によれば、用途に応じてロッド状、中空チューブ状、或いは大面積の中性子シンチレーターを提供することができる。
本発明の中性子シンチレーターにおける第二の構成要素は、波長変換ファイバである。
該波長変換ファイバは、前記樹脂組成物部位中の無機蛍光体粒子からの発光を光検出器へ導くためのライトガイドとして作用する。該波長変換ファイバの作用機構を、図5を用いて説明する。無機蛍光体粒子から発せられた光が波長変換ファイバに到達すると、波長変換ファイバが該無機蛍光体の発光を吸収し、もとの波長とは異なる波長で再発光する。この波長変換ファイバの発光は等方的に生じるが、波長変換ファイバの外面に対してある角度で発せられた光は、波長変換ファイバの内部を全反射しながら伝搬し、波長変換ファイバの端部へ到達する。そして、該波長変換ファイバの端部に光検出器を設置することにより、無機蛍光体粒子からの発光を、波長変換ファイバを介して収集することができる。
本発明における上記波長変換ファイバは、無機蛍光体粒子の発光波長において、樹脂組成物部位中の樹脂の屈折率に対する波長変換ファイバの屈折率の比が、0.95以上であるものが好ましい。無機蛍光体粒子で生じた発光は、樹脂を介して波長変換ファイバに入射するが、ある臨界角を超える入射角で波長変換ファイバに入射しようとする光は、樹脂と樹脂組成物部位の界面で全反射され、入射することができない。前記屈折率の比を0.95以上とすることによって、該臨界角を約70度以上とすることができ、樹脂組成物部位から波長変換ファイバへの入射の効率を高めることができる。該屈折率の比を1以上とすることによって、前記樹脂と樹脂組成物部位の界面において全反射が起こらなくなるため、特に好ましい。さらに、該屈折率の比を1.05以上とすることによって、波長変換ファイバで再発光した光が、波長変換ファイバと樹脂組成物部位の界面で全反射しながら波長変換ファイバの内部を伝搬する効率が高まり、前記(3)波長変換ファイバの発光が、波長変換ファイバの内部を伝搬せずに散逸することによる損失をも低減できるため、最も好ましい。
該波長変換ファイバの材質は特に制限されないが、一般にはポリスチレン、ポリメチルメタクリレート及びポリビニルトルエン等のプラスチック製の基材に、種々の吸収波長を有する有機蛍光体を含有せしめたものが市販されており、これらのナトリウムD線における屈折率(nD)は約1.5〜1.6である。したがって、前記屈折率の比の要件を満たすためには、これらよりも屈折率が低い低屈折率樹脂を用いることが好ましい。かかる低屈折率樹脂としては、シリコーン樹脂、フッ素化シリコーン樹脂、フェニルシリコーン樹脂及びフッ素樹脂が好適に使用でき、nDが約1.3〜1.5のものが市販されている。
また、前記説明したように、無機蛍光体粒子の屈折率は、該低屈折率樹脂と同程度に低いことが好ましい。かかる無機蛍光体粒子としては、化学式LiM1AlF6(ただし、M1はMg、Ca、Sr及びBaから選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素である)で表わされ、少なくとも1種のランタノイド元素を含有するコルキライト型結晶、及び当該コルキライト型結晶であって、さらに少なくとも1種のアルカリ金属元素を含有するコルキライト型結晶からなる粒子が好ましい。該コルキライト型結晶のnDは約1.4前後であり、前記屈折率の比の要件を満たすことが容易である。なお、ここでは便宜上ナトリウムD線における屈折率を例にとって説明したが、無機蛍光体の発光波長においても同様である。
本発明においては、上記波長変換ファイバは前記樹脂組成物中に内包されていなければならない。一般に、波長変換ファイバによって樹脂組成物部位からの発光を収集する場合には、光の収集効率に乏しいという問題がある。すなわち、(1)樹脂組成物部位からの発光の一部が、波長変換ファイバに到達せずに消光することによる損失、(2)波長変換ファイバが、樹脂組成物部位からの発光を吸収し再発光する際に生じる損失、(3)波長変換ファイバの発光が、波長変換ファイバの内部を伝搬せずに散逸することによる損失等が生じるため、波長変換ファイバの端部に設置された光検出器に到達する光量は、蛍光体から発せられた光量のわずか数%にとどまることが一般的である。
このように、光検出器に到達する光量が少ない場合には、必然的に光量のばらつきも大きくなるため、前記したように、波高値に閾値を設けて当該閾値によって中性子とγ線を弁別することが困難となり、γ線による計数誤差が顕著になる。
本発明においては波長変換ファイバを樹脂組成物部位に内包することによって、前記(1)樹脂組成物部位からの発光の一部が、波長変換ファイバに到達せずに消光することによる損失を大幅に低減でき、光の収集効率が向上する。すなわち、波長変換ファイバが樹脂組成物の外に配置される場合、樹脂組成物内で生じた発光が、一旦樹脂組成物から出射した後、中間相を介して再度波長変換ファイバに入射する必要がある。従来、かかる過程における損失を低減すべく種々検討がなされているが(例えば特許文献4参照)、いまだ改善の余地があった。これに対して、前記波長変換ファイバが樹脂組成物に内包されている場合、樹脂組成物からの発光が中間相を介することなく波長変換ファイバに入射するため、損失を大幅に低減できる。
また、波長変換ファイバを樹脂組成物部位に内包せしめることによって、波長変換ファイバの使用量を削減することができ、また、樹脂系複合体の構造を簡略化することができる。すなわち、波長変換ファイバが樹脂組成物の外に配置される場合、樹脂組成物から出射した光を効率よく樹脂組成物部位に入射するためには、樹脂組成物から光が出射する面を波長変換ファイバで隙間なく覆うか、または、例えば特許文献5の図1にあるような複雑な形状の反射材を用いて、樹脂組成物部位から出射した光を波長変換ファイバに集光する必要がある。これに対して、前記波長変換ファイバが樹脂組成物に内包されている場合、樹脂組成物の外周を反射材で覆う等、従来公知の簡便な手法によって光を樹脂組成物の内部に封じ込めるだけで、樹脂組成物部位の内部で縦横に走行する光が波長変換部にいずれ到達するため、樹脂組成物部位から出射した光を波長変換ファイバに効率よく入射することができる。光を樹脂組成物の内部に封じ込めるためには、樹脂組成物表面を反射材で覆えばよく、該反射材としては、未焼成のポリテトラフロロエチレン、或いは硫酸バリウム等の白色顔料からなる反射材が好適である。
本発明の中性子シンチレーターにおいては、前記波長変換ファイバを樹脂組成物に内包せしめる際に、波長変換ファイバを樹脂組成物の外壁面に対して特定の位置に配置することを特徴の一つとする。本発明者らの検討によれば波長変換ファイバを樹脂組成物の外壁面に対して特定の位置に配置し、できるだけ狭い領域の樹脂組成物の中に波長変換ファイバを内包させることによってn/γ弁別が向上する。具体的には、該波長変換ファイバの直径(d)に対する、ファイバの中心軸と樹脂組成物の外壁面の距離(D)の比(D/d)が1〜10の範囲となるように波長変換ファイバを設置する。
D/dが1〜10の範囲にあるとは、波長変換ファイバの中心軸から最も近い外壁面の位置が、少なくとも波長変換ファイバの直径の1倍以上であり、かつ最も遠い外壁面の位置が、最大でも波長変換ファイバの直径の10倍以下であることを意味する。D/dは好ましくは2〜5である。
なお、樹脂組成物に複数の波長変換ファイバが内包される場合は、それぞれの波長変換ファイバがとりうるD/dについて計算し、その中の最大値と最小値を、複数本ファイバを内包する樹脂組成物のとりうるD/dの値とする。
1≦D/d≦10 (7)
かかる指標を満たすように、できるだけ狭い領域の樹脂組成物部位の中に波長変換ファイバを内包することによって、γ線によって生じる高速電子が蛍光体中を走る距離を小さくすることができ、その結果、γ線が中性子シンチレーターに入射した際に出力される波高値を低減することができる(図6参照)。
なお本発明において、該波長変換ファイバの断面の形状は特に制限されない。上記波長変換ファイバの直径(d)は、ファイバの断面が円でない場合には、該波長変換ファイバの等断面積円相当径を、波長変換ファイバの直径と見做す。
また波長変換ファイバの直径が大きすぎると、ファイバを伝わる光の光路長が伸び光量低下の原因となる可能性があるため、本発明ではファイバの直径が0.1〜5mmのものを使用するのが好適である。
本発明においては、前記説明した効果によって、波長変換ファイバの使用量を削減することができるが、使用量が過度に少ない場合には、光量の損失が増大するおそれがあるため、適切な使用量とすることが好ましい。該適切な使用量は、波長変換ファイバの体軸に垂直な断面における樹脂組成物部位の断面積に対する波長変換ファイバの断面積の比によって規定することができる。樹脂組成物部位から出射した光を効率よく樹脂組成物部位に入射するためには、該断面積の比を0.0025以上とすることが好ましく、0.01以上とすることが特に好ましい。一方、波長変換ファイバの使用量を削減し、また、樹脂系複合体の構造を簡略化して製造コストを低減するためには、該断面積の比を1以下とすることが好ましく、0.1以下とすることが特に好ましい。
前記のように本発明の中性子シンチレーターに光検出器を組み合わせることにより中性子検出器とすることができる。即ち、中性子の入射によって樹脂組成物から発せられた光は、波長変換ファイバを介して光検出器へ導かれる。光検出器に到達した光は、光検出器によって電気信号に変換され、中性子の入射が電気信号として計測されるため、中性子計数等に用いることができる。本発明において、光検出器は特に限定されず、光電子増倍管、フォトダイオード、アバランシェフォトダイオード、ガイガーモードアバランシェフォトダイオード、マイクロPMT等の従来公知の光検出器を何ら制限なく用いることができる。
なお、波長変換ファイバにおいて、光検出器に対向する端面を光出射面とし、当該光出射面を平滑な面とすることが好ましい。かかる光出射面を有することによって、中性子シンチレーターで生じた光を効率よく光検出器に入射できる。 本発明の中性子シンチレーターと光検出器とを組み合わせて中性子検出器を製作する方法は特に限定されず、例えば、光検出器の光検出面に波長変換ファイバの光出射面を光学グリース或いは光学セメント等で光学的に接着し、光検出器に電源および信号読出し回路を接続して中性子検出器を製作することができる。なお、前記信号読出し回路は、一般に前置増幅器、整形増幅器、及び多重波高分析器などで構成される。
本発明においては前記中性子シンチレーターを複数配列した中性子検出ユニット及び、該中性子検出ユニットに光検出器を組み合わせた中性子検出器も提供できる。
一例として、中性子線源を中心とする球の球面の法線方向に中性子シンチレーターを複数配列した中性子検出ユニットを用いれば、中性子検出効率が良く、かつn/γ弁別も良い中性子検出器を提供することができる。
また、中性子検出ユニットの中性子有感部分が、中性子線源を中心とする球に張る立体角が大きくなるように、中性子シンチレーターを複数配列することにより、有感面積が大きい中性子検出器を提供することができる。
さらに中性子検出ユニットを構成する中性子シンチレーターそれぞれに、複数の光検出器を組み合わせることにより位置分解能を持った中性子検出器を作製することも可能である。
以下、発明を実施するための付加的態様について記述する。本発明におけるシンチレーターを構成する樹脂組成物に、前記無機蛍光体粒子及び樹脂に加えて、中性子捕獲同位体を含有しない蛍光体(以下、中性子不感蛍光体ともいう)をさらに混合することも可能である。
かかる態様においては、γ線の入射によって生じた高速電子が、前記無機蛍光体粒子から逸脱した後に該中性子不感蛍光体に到達してエネルギーを付与し、該中性子不感蛍光体が蛍光を発する。すなわち、γ線が入射した際には、無機蛍光体粒子と中性子不感蛍光体の双方がエネルギーを付与され蛍光を発する。一方、中性子が入射した際には、無機蛍光体粒子で生じた2次粒子は無機蛍光体粒子から逸脱しないため、無機蛍光体粒子のみが蛍光を発する。
ここで、蛍光寿命や発光波長等の蛍光特性が前記無機蛍光体粒子と異なる中性子不感蛍光体を用いれば、かかる蛍光特性の差異を利用して中性子とγ線を弁別することができる。すなわち、蛍光特性の差異を識別できる機構を中性子検出器に設けておき、無機蛍光体粒子に由来する蛍光と中性子不感蛍光体に由来する蛍光の双方が検出された場合にはγ線が入射した事象とし、無機蛍光体粒子に由来する蛍光のみが検出された場合には中性子が入射した事象として処理することができる。かかる処理を講じることによって、n/γ弁別能に特に優れた中性子検出器を得ることができる。
蛍光特性の差異を識別できる機構を具体的に例示すれば、前記無機蛍光体粒子と中性子不感蛍光体の蛍光寿命の差異を識別でき得る波形解析機構、及び、無機蛍光体粒子と中性子不感蛍光体の発光波長を識別でき得る波長解析機構が挙げられる。
以下、前記波形解析機構について、より具体的に例示する。該波形解析機構は、前置増幅器、主増幅器、波形解析器及び時間振幅変換器により構成される。
前記中性子シンチレーターと光検出器と組み合わせてなる本発明の中性子検出器において、該光検出器より出力された信号を、前置増幅器を介して主増幅器へ入力し、増幅・整形する。ここで、主増幅器で増幅・整形され、該主増幅器より出力される信号の強度は経時的に増加するが、かかる増加に要する時間(以下、立ち上がり時間ともいう)は、前記無機蛍光体粒子あるいは中性子不感蛍光体の蛍光寿命を反映しており、蛍光寿命が短い程、立ち上がり時間が短くなる。
該立ち上がり時間を解析するため、主増幅器で増幅・整形された信号を波形解析器に入力する。波形解析器は、前記主増幅器より入力された信号を時間積分し、当該時間積分された信号強度が所定の閾値を超えた際にロジック信号を出力する。ここで、波形解析器には二段階の閾値が設けられており、第一のロジック信号と第二のロジック信号がある時間間隔を以て出力される。
次に波形解析器から出力される二つのロジック信号を時間振幅変換器(Time to amplitude converter, TAC)に入力し、波形解析器から出力される二つのロジック信号の時間差をパルス振幅に変換して出力する。該パルス振幅は、波形解析器から出力される第一のロジック信号と第二のロジック信号の時間間隔、すなわち立ち上がり時間を反映する。
前記説明から理解されるように、該時間振幅変換器から出力されるパルス振幅が小さい程、立ち上がり時間が短く、したがって前記無機蛍光体粒子あるいは中性子不感蛍光体の蛍光寿命が短いと識別される。
以下、前記波長解析機構について、より具体的に例示する。該波長解析機構は、光学フィルタ、該光学フィルタを介して中性子シンチレーターに接続される第二の光検出器、及び弁別回路により構成される。
本態様において、中性子シンチレーターから放出される光の一部は前記光学フィルタを介さずに第一の光検出器に導かれ、他の一部は光学フィルタを介して第二の光検出器に導かれる。
ここで、無機蛍光体粒子はAnmの波長で発光し、中性子不感蛍光体はAnmとは異なるBnmの波長で発光するものとする。すると、前記説明したように、γ線が入射した際には無機蛍光体粒子と中性子不感蛍光体の双方が蛍光を発するため、中性子シンチレーターからはAnm及びBnmの光が発せられ、中性子が入射した際には無機蛍光体粒子のみが蛍光を発するため、Anmの光のみが発せられる。
本態様において、前記光学フィルタは、Anmの波長の光を遮り、且つBnmの波長の光を透過するフィルタである。したがって、中性子を照射した際に中性子シンチレーターから発せられたAnmの光は、第一の光検出器には到達するが、第二の光検出器には光学フィルタによって遮られるため到達しない。一方で、γ線を照射した際にシンチレーターから発せられた光の内、Anmの光については前記中性子を照射した場合と同様であるが、Bnmの光は、第一の光検出器に到達し、また光学フィルタを透過するため第二の光検出器にも到達する。
そのため、Anmの光が第一の光検出器に入射し、該光検出器から信号が出力された際に、第二の光検出器から信号が出力されなければ中性子による事象とし、Bnmの光が第二の光検出器に入射して該光検出器から信号が出力されればγ線による事象として識別することができる。
なお、本態様において、前記のように中性子とγ線を弁別するために弁別回路が設けられる。該弁別回路は、前記第一の光検出器からの信号に同期して動作し、該光検出器からの信号が出力された際に、第二の光検出器からの信号の有無を判定する回路である。該弁別回路として具体的なものを例示すれば、反同時計数回路、ゲート回路等が挙げられる。
かかる有機蛍光体を具体的に例示すれば、2,5−Dipheniloxazole、1,4−Bis(5−phenyl−2−oxazolyl)benzene、1,4−Bis(2−methylstyryl)benzene、アントラセン、スチルベン及びナフタレン、ならびにこれらの誘導体等の有機蛍光体が挙げられる。かかる有機蛍光体は、一般に前記無機蛍光体粒子に比較して蛍光寿命が短いため、蛍光寿命の差異を利用してn/γ弁別能を向上させるために好適に用いることができる。
当該中性子不感蛍光体の含有量は、本発明の効果を発揮する範囲で適宜設定できるが、樹脂に対して0.01質量%以上とすることが好ましく、0.1質量%以上とすることが特に好ましい。含有量を0.01質量%以上とすることによって、前記高速電子から付与されたエネルギーによって、該中性子不感蛍光体が効率よく励起され、該中性子不感蛍光体からの発光の強度が増加する。また、当該中性子不感蛍光体の含有量の上限は特に制限されないが、濃度消光によって該中性子不感蛍光体の発光の強度が減弱することを防ぐ目的で、樹脂に対して5質量%以下とすることが好ましく、2質量%以下とすることが特に好ましい。当該中性子不感蛍光体の含有量をかかる範囲とすることによって、該中性子不感蛍光体からの発光の強度が増加し、前記無機蛍光体粒子との蛍光特性の差異を利用して中性子とγ線を弁別することが容易となる。
以下、本発明の実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。また、実施例の中で説明されている特徴の組み合わせすべてが本発明の解決手段に必須のものとは限らない。
実施例1
本実施例では、Euを0.02mol%ドープしたEu:LiCaAlF6結晶からなる無機蛍光体粒子を用い、中性子検出器を製作した。
該Eu:LiCaAlF6結晶は、中性子捕獲同位体としてリチウム6のみを含有する。該Eu:LiCaAlF6結晶の密度は3.0g/cm3、リチウムの質量分率は3.2質量%、原料におけるリチウム6の同位体比率は95%であり、したがってその中性子捕獲同位体含有量(CLi,P)は、前記式(1)より、9.1atom/nm3である。
また、該Eu:LiCaAlF6結晶に放射線を照射し、該Eu:LiCaAlF6結晶の発光波長を蛍光光度計で測定した結果、370nmであった。なお、該放射線は、中性子照射時に生じる2次粒子の一つであるα線とし、線源として241Amを用いた。
Eu:LiCaAlF6結晶からなる無機蛍光体粒子の製造に際し、前記Eu:LiCAF6結晶のバルク体を用意し、該バルク体をハンマーミルによって粉砕した後、乾式分級により分級して300μmの上側ふるいを通過し、150μmの下側ふるいに残留したものを集め不定形の無機蛍光体粒子を得た。
該無機蛍光体粒子の質量基準の比表面積を、BET比表面積計を用いて測定したところ、0.01m2/gであった。したがって、単位体積当たりの表面積は、300cm2/cm3であった。
本実施例では、シリコーン樹脂(信越化学製、KER−7030)を樹脂として用いた。該樹脂はA液とB液の2液からなり、等量の2液を混合して樹脂前駆体を調製した後、該樹脂前駆体を加熱により硬化せしめて使用することができる。また、該樹脂は、前記Eu:LiCaAlF6結晶の発光波長である370nmにおいて、内部透過率が95%/cmである透明樹脂である。
前記Eu:LiCaAlF6結晶、LiCaAlF6結晶、及び前記シリコーン樹脂の370nmにおける室温での屈折率を、屈折率計を用いて測定した。なお、かかる屈折率の測定においては、測定に適した所定の形状のEu:LiCaAlF6結晶のバルク体及び樹脂のバルク体を用いた。屈折率計の光源として、Hgランプのi線(365.0nm)、及びh線(404.7nm)を用いた。各光源の波長及び該波長において測定された屈折率を、前記セルマイヤーの式(6)に代入して定数A及びBを求めた後、同式を用いて370nmにおける屈折率を求めた。その結果、Eu:LiCaAlF6結晶、LiCaAlF6結晶、及びシリコーン樹脂の370nmにおける屈折率は、それぞれ1.40、1.40及び1.41であり、無機蛍光体粒子の屈折率に対する透明樹脂の屈折率の比はともに1.01であった。
前記Eu:LiCaAlF6結晶からなる無機蛍光体粒子0.45g、及び予め等量のA液とB液を混合したシリコーン樹脂の樹脂前駆体0.67gを混合容器に入れ、撹拌棒を用いてよく混合した後、該混合操作において混合物中に生じた気泡を、真空脱泡機を用いて脱泡した。次いで0.37gの該混合物を、予め波長変換ファイバが1本挿入された5mm×5mm×50mmのアルミ製型枠に注入し、1時間静置して無機蛍光体粒子を沈降させた後、100℃ で2時間加熱して樹脂前駆体を硬化せしめた。該操作を合計5回繰り返した後、アルミ型枠から波長変換ファイバが内包された樹脂組成物をとり出した(図7参照)。なお、波長変換ファイバの対軸方向が樹脂組成物の長編方向に一致している。該樹脂組成物は透明体であった。該樹脂組成物の外周を未焼成のポリテトラフロロエチレンのシートからなる反射材で覆い、本発明の中性子シンチレーターを得た。
作製した中性子シンチレーターの波長変換ファイバの体軸に垂直な断面における樹脂組成物部位の断面積に対する波長変換ファイバの断面積の比は0.0314であった。また、波長変換ファイバの直径に対する、波長変換ファイバの中心軸と樹脂組成物の外壁面の距離の比は、2.5〜3.5である。
波長変換ファイバとしては断面の直径が1mmである株式会社クラレ製B−1を用いた。該波長変換ファイバは、有機蛍光体を含有せしめたポリスチレンをコア材とし、その外周にクラッド材としてポリメチルメタクリレートを設けたものであり、Eu:LiCaAlF6結晶からなる無機蛍光体粒子の発光波長である、370nmにおいて吸収を有する。該コア材及びクラッド材の370nmにおける屈折率は、それぞれ1.64及び1.51であった。
中性子検出ユニットの波長変換ファイバの端面を鏡面研磨して光出射面とした。次いで、光検出器として光電子増倍管(浜松ホトニクス社製 R7600U)を用意し、当該光電子増倍管の光検出面と前記中性子シンチレーターの光出射面を光学グリースによって光学的に接着した後、該中性子シンチレーターと光検出器を遮光用のブラックシートで覆った。前記光電子増倍管に電源を接続し、また、信号読出し回路として、光電子増倍管側から前置増幅器、整形増幅器及び多重波高分析器を接続し、本発明の中性子検出器を得た。
本発明の中性子検出器の性能を以下の方法により評価した。2.4MBqの放射能のCf−252を20cm角の立方体形状の高密度ポリエチレンの中心に設置し、該Cf−252からの中性子を高密度ポリエチレンで減速して中性子検出器に照射した。
光電子増倍管に接続された電源を用いて、−1300Vの高電圧を光電子増倍管に印加した。中性子の入射によって、中性子シンチレーターから発せられた光を光電子増倍管でパルス状の電気信号に変換し、当該電気信号を前置増幅器、整形増幅器を介して多重波高分析器に入力した。多重波高分析器に入力された電気信号を解析して波高分布スペクトルを作成した。
次に、中性子に替えて、0.83MBqの放射能のCo−60を中性子シンチレーターから5cmの距離に設置し、該Co−60からのγ線を照射する以外は、前記と同様にして波高分布スペクトルを作成した。0.83MBqの放射能のCo−60から5cmの距離におけるγ線の線量は、10mR/hもの極めて高い線量である。
得られた波高分布スペクトルを図8に示す。図8の実線および点線は、それぞれ中性子およびγ線照射下での波高分布スペクトルである。なお、当該波高分布スペクトルにおいて、横軸を中性子ピークの波高値を1とした相対値で示した。明瞭な中性子ピークが確認できた。また、γ線の入射によって生じる電気信号の波高値が、中性子ピークの波高値と同等の大きさに達する事象がわずかに見られるが、γ線による中性子線の計数誤差は軽微であり、容易に中性子線とγ線を弁別できることがわかる。
実施例2
実施例1と同様にして作製したサンプル5個を実施例1に対して中性子の有感面積が約5倍となるように配列し、それ以外は実施例1と同様に波高分布測定を行った。
得られた波高分布スペクトルを図9に示す。図9の実線および点線は、それぞれ中性子およびγ線照射下での波高分布スペクトルである。なお、当該波高分布スペクトルにおいて、横軸を中性子ピークの波高値を1とした相対値で示した。明瞭な中性子ピークが確認できた。また、γ線の入射によって生じる電気信号の波高値が、中性子ピークの波高値と同等の大きさに達する事象がわずかに見られるが、γ線による中性子線の計数誤差は軽微であり、容易に中性子線とγ線を弁別できることがわかる。また、実施例1に比べて約5倍の中性子による発光をカウントした。
比較例1
LiCaAlF6結晶からなる無機蛍光体粒子2.25g、及び予め等量のA液とB液を混合したシリコーン樹脂の樹脂前駆体3.35gを混合容器に入れ、撹拌棒を用いてよく混合した後、該混合操作において混合物中に生じた気泡を、真空脱泡機を用いて脱泡した。次いで1.85gの該混合物を、予め波長変換ファイバが5本挿入された25mm×5mm×50mmのアルミ製型枠に注入し、
1時間静置して無機蛍光体粒子を沈降させた後、100℃ で2時間加熱して樹脂前駆体を硬化せしめた。該操作を合計5回繰り返した後、アルミ型枠から波長変換ファイバが内包された樹脂組成物をとり出した(図10参照)。なお、波長変換ファイバの対軸方向が樹脂組成物の長編方向に一致している。該樹脂組成物は透明体であった。該樹脂組成物の外周を未焼成のポリテトラフロロエチレンのシートからなる反射材で覆い中性子シンチレーターを得た。作製した中性子シンチレーターの波長変換ファイバの直径に対する、波長変換ファイバの中心軸と樹脂組成物の外壁面の距離の比は、2.5〜22.63である。
実施例1と同様にして測定した波高分布スペクトルを図11に示す。図11の実線および点線は、それぞれ中性子およびγ線照射下での波高分布スペクトルである。なお、当該波高分布スペクトルにおいて、横軸を中性子ピークの波高値を1とした相対値で示した。γ線の入射によって生じる電気信号の波高値が、中性子ピークの波高値と同等の大きさに達する事象が見られ、γ線による中性子線の計数誤差が大きくなる問題がある。実施例と1と実施例2は比較例1と比べてn/γ弁別が良い。