以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながらより詳細に説明する。以下の実施形態では、各種工業炉等の被施工体に、金属シリコン紛体及び耐火性の粉粒体の混合物で構成された溶射材を吹き付けて溶射体を得る事例により本発明を具体化している。
図1は、本発明の一実施形態における溶射装置を示す概略図である。図1に示すように本実施形態の溶射装置100は、固気混合部としてエジェクター3を備えるエジェクター式輸送機構により構成されている。
エジェクター3は、エジェクターノズル4と、当該エジェクターノズル4に対向して配置された、下流方向に向かって拡開するデフューザー(混合管)5とを備える。エジェクターノズル4は、その先端からデフューザー5に向けて高速で気体を噴射する。当該噴射気体による吸引作用(エジェクタ効果)により、気体噴射方向と交差する方向(ここでは上方)に配置された吸引口6から溶射材を吸引する。エジェクターノズル4から噴射された気体と吸引された溶射材はデフューザー5において混合され、下流側へ送出される。
吸引口6には、ホッパー1が接続されており、当該ホッパー1内に金属シリコン粉末及び耐火性の粉粒体の混合物で構成された溶射材が収容される。溶射材の供給と停止はホッパー1の下端に設けられたシャッター2の開閉により切り替えることができる。
デフューザー5の下流側に配置されたエジェクター3の吐出口にはホース7aが接続され、当該ホース7aの他端に調整ガス導入部8が接続されている。また、調整ガス導入部8の下流側端部にはホース7bが接続され、当該ホース7bの他端に、先端にT字型のランスチップ9aを備える溶射ランス9が接続されている。なお、図1では、説明のため、エジェクター3、ホース7a、調整ガス導入部8及びホース7bは、断面図として表示している。なお、ホース7a及びホース7bには、溶射装置に使用される公知の任意のホースを使用することができる。
エジェクターノズル4には、エジェクター3から溶射ランス9へ溶射材を搬送するキャリアガスを構成する、支燃性のベースガスをエジェクターノズル4へ供給する、ベースガス供給系が接続されている。ベースガス供給系は、ベースガスを収容するタンク17及び当該タンク17内のベースガスをエジェクターノズル4へ供給するベースガス導入管11を備える。ベースガス導入管11には、上流側から順に、圧力計16、圧力調整器15、流量調整器付流量計14、圧力計13及び開閉弁12が設けられている。これにより、所定流量(所定圧力)のベースガスを、タンク17からエジェクターノズル4に供給することができる。
ベースガスは、調整ガス導入部8から調整ガスを導入しない状態(すなわち、溶射ランス9におけるキャリアガスがベースガスのみの状態)で、溶射ランス9において、被施工体へ吹き付ける溶射材中の金属粉末が燃焼可能な支燃性ガス濃度を有する。本事例のように、溶射材を構成する金属粉末として金属シリコンを使用し、支燃性ガスとして酸素を使用する場合、溶射ランス9における酸素濃度は60体積%以上である。この場合、ベースガスには、酸素ガスや酸素濃度を60体積%以上に調整した酸素富化ガスを利用できる。酸素富化ガスを使用する場合、酸素以外の成分としては、有害なものを除けば、特に限定されない。例えば、空気、窒素ガス、アルゴンガス、二酸化炭素ガスから選択される1種類のガス、又は2種以上からなる混合ガス等を用いることができる。ここでは、ベースガスとして酸素(純酸素)ガスを使用している。
同様に、調整ガス導入部8には、ベースガスと混合されることによりベースガスと一体となってキャリアガスを構成する調整ガスを調整ガス導入部8へ供給する調整ガス供給系が接続されている。この例では、当該調整ガスは、溶射ランス9におけるキャリアガスの支燃性ガス濃度を調整する(低下させる)機能を有する。
本事例のように、溶射材を構成する金属粉末として金属シリコンを使用する場合、ベースガスと調整ガスからなるキャリアガスの溶射ランス9における酸素濃度は60体積%未満まで低下させる。この場合、調整ガスには、酸素を含まないガス、酸素を含むガスのいずれを使用してもよい。調整ガスに含まれる成分としては、有害なものを除けば、特に限定されない。例えば、空気、窒素ガス、アルゴンガス、二酸化炭素ガス及び酸素から選択される1種類のガス、又は2種以上からなる混合ガス等を用いることができる。経済性の観点では、空気が好ましく、圧縮空気を利用することもできる。調整ガスとして空気を使用する場合、エアドライヤーで乾燥したドライエアを使用することで、調整ガスが通過する部分に含まれる金属部分の錆等の発生を防止することができる。
ここでは、調整ガス導入部8へ導入される調整ガスとして圧縮空気(ドライエア)を使用している。そのため、調整ガス供給系は、コンプレッサー27及び当該コンプレッサー27において生成された圧縮空気(調整ガス)を調整ガス導入部8へ供給する調整ガス導入管21を備える。調整ガス導入管21には、上流側から順に、圧力計26、圧力調整器25、乾燥機(エアドライヤー)24、流量調整器付流量計23及び開閉弁22が設けられている。これにより、所定流量の調整ガスを、コンプレッサー27から調整ガス導入部8に供給することができる。なお、開閉弁22を設けることなく、例えば、コンプレッサー27のオン/オフにより、調整ガスの導入及び導入停止を切り替えることも可能であるが、応答性の観点から開閉弁22を設けることが好ましい。
図2(a)及び図2(b)は、本実施形態における調整ガス導入部8の構造を示す概略図である。図2(a)に示すA−A線に沿う断面が図2(b)に対応し、図2(b)に示すB−B線に沿う断面が図2(a)に対応する。
図2(a)及び図2(b)に示すように、調整ガス導入部8は、SUS(ステンレス鋼板:Steel Use Stainless)により作製された、溶射材の搬送方向に沿う軸心を有する2つのリング状部材31、32及びこれらのリング状部材を同軸状に連結支持する連結材33から構成される。図2(b)に示すように内側リング状部材32の外径は、外側リング状部材31の内径より小さくなっており、内側リング状部材32と外側リング状部材31との間に、全周にわたってバッファー空間36が設けられている。バッファー空間36の溶射材の搬送方向に沿う両端は連結材33により閉塞されている。
また、図2(a)及び図2(b)に示すように、外側リング状部材31は、その壁面を貫通する調整ガス導入口34を有している。また、内側リング状部材32は、その壁面を貫通する貫通孔35を有している。特に限定されないが、この例では、調整ガス導入口34及び貫通孔35は溶射材搬送方向と直角に形成されており、内径は、それぞれ9mmと2mmになっている。なお、調整ガス導入口34は外側リング状部材31の壁面の、溶射材搬送方向の中央部1カ所に設けられており、貫通孔35は内側リング状部材32の壁面の周方向に等間隔で、溶射材搬送方向の中央部8カ所に設けられている。上述の調整ガス導入管21は、調整ガス導入口34に接続されており、調整ガス導入口34に導入された調整ガスはバッファー空間36及びいずれかの貫通孔35を経由して溶射材が搬送される内側リング状部材32の内部に導入される。
上述の構成を有する溶射装置100では、調整ガス導入部8から調整ガスを導入しない状態(すなわち、溶射ランス9におけるキャリアガスがベースガスのみの状態)で溶射作業が実施される。そして、溶射作業中に溶射ランス9において先端着火が発生した場合には、調整ガス導入部8から調整ガスを導入して溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を溶射材に含まれる金属シリコンが燃焼することのない酸素濃度(ここでは、60体積%未満)まで低下させる。これにより、溶射ランス9の先端着火を消火することができる。
また、先端着火の消火後、溶射作業を再開する際には、調整ガス導入部8からの調整ガスの導入を停止する。ベースガスは、先端着火を消火する際にも流れ続けているため、溶射材の供給は継続されている。そのため、従来構成のように、溶射材の供給を停止する場合とは異なり、溶射材の供給は安定した状態が継続している。したがって、調整ガス導入部8からの調整ガスの導入を停止することで、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度は、溶射材に含まれる金属シリコンが燃焼する酸素濃度(ここでは、60体積%以上)まで速やかに上昇する。その結果、溶射ランス9から吐出された溶射材中の金属シリコンの燃焼が再開し、溶射作業を再開することができる。なお、調整ガスの導入、非導入の切替は、上述の調整ガス供給系が備える開閉弁22の開状態と閉状態とを切り替えることで実現可能である。当該切替は、例えば、開閉弁22を電磁弁で構成し、電気信号により実現する構成を採用することができる。また、開閉弁22を作業者の近傍に設置できる場合は、手動により切替を行うことも可能である。
以上のような消火及び溶射作業再開の応答性の観点から、調整ガス導入部8の設置位置は溶射ランス9に近いことが好ましい。すなわち、ホース7bと溶射ランス9との接続部から40m以内に設けることが好ましく、より好ましくは20m以内である。調整ガス導入部8と溶射ランス9との間の距離が40mより大きくなると、開閉弁22を開状態にした後、溶射ランス9に調整ガスが到達するのに時間を要する状態になり、先端着火の消火に時間を要することになる。また、開閉弁22を閉状態にして溶射作業を再開する場合も、ホース7b内の調整ガスが排出されて溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度が十分に上昇するまでに時間を要することになる。この場合、キャリアガスの酸素濃度が十分に上昇するまでの間に搬送される溶射材が無駄になるため好ましくない。なお、本実施形態では、搬送管7を構成するホース7a及びホース7bの長さはそれぞれ0.3mと15mである。また、ホース7a及びホース7bの内径はともに25mmであり、ホース7bに接続する溶射ランス9の内径は18mm、長さは3mである。また、ランスチップ9aの開口径は16mmである。
なお、以上の例では、エジェクター3の下流側に調整ガス導入部8を設置したが、上述の調整ガス導入部8と溶射ランス9との間の距離の条件を満足可能であれば、調整ガス導入部8はエジェクター3の上流側、すなわち、ベースガス導入管11に設けられてもよい。また、調整ガス導入部8は、溶射材の搬送管の複数箇所に設置することも可能である。加えて、溶射装置100では、調整ガス供給系が、コンプレッサー27により圧縮空気を供給する構成としたが、ベースガス供給系と同様に、タンクに収容された調整ガスを供給する構成にすることもできる。
ところで、上述の例では、ベースガスが支燃性ガスであり、調整ガス導入部8から調整ガスを導入しない状態で溶射作業を実施し、調整ガス導入部8から調整ガスを導入することで先端着火を消火する構成とした。しかしながら、調整ガス導入部8から調整ガスを導入した状態で溶射作業を実施し、調整ガス導入部8から調整ガスの導入を停止することで先端着火を消火する構成とすることも可能である。この構成では、キャリアガスがベースガスと調整ガスとで構成されている状態で、溶射ランス9におけるキャリアガス中の支燃性ガスの濃度が溶射材に含まれる金属粉末が燃焼可能な濃度になり、キャリアガスがベースガスのみで構成されている状態では、溶射ランス9におけるキャリアガス中の支燃性ガスの濃度が溶射材に含まれる金属粉末が燃焼不可能な濃度になる。
図3は、本発明の一実施形態における他の溶射装置を示す概略図である。図3に示すようにこの溶射装置200は、上述の溶射装置100と、ベースガス供給系及び調整ガス供給系の構成のみが異なっている。すなわち、溶射装置200のベースガス供給系は、溶射装置100において、溶射材に含まれる金属粉末が燃焼可能な濃度の支燃性ガスを含むガスを収容するタンク17に代えて、溶射材に含まれる金属粉末が燃焼不可能な濃度の支燃性ガスしか含まないガス、あるいは支燃性ガスを含まないガスを収容するタンク47を備える。また、溶射装置200の調整ガス供給系は、溶射装置100のコンプレッサー27に代えて、ベースガスと調整ガスとからなるキャリアガス中の支燃性ガス濃度を、溶射材に含まれる金属粉末が燃焼可能な濃度にすることが可能な濃度の支燃性ガスを含むタンク46を備える。また、乾燥機24が取り除かれ、流量調整器付流量計23と開閉弁22との間に圧力計41が付加されている。他の構成は、溶射装置100と同様である。
本事例のように、溶射材を構成する金属粉末として金属シリコンを使用し、支燃性ガスとして酸素を使用する場合、ベースガスとして、例えば、酸素濃度が60体積%よりもやや低い55体積%としたガスを利用できる。この場合、酸素以外の成分としては、有害なものを除けば、特に限定されない。例えば、窒素ガス、アルゴンガス、二酸化炭素ガスから選ばれる1種類のガス、又は2種以上からなる混合ガス等を用いることができる。ここでは、ベースガスとして酸素濃度55体積%、窒素45体積%の混合ガスを使用している。また、この場合、調整ガスには、ベースガスと調整ガスとの混合により構成されるキャリアガスの、溶射ランス9における酸素濃度が60体積%以上にすることが可能な任意のガスを使用することができる。ここでは、調整ガス導入部8へ導入される調整ガスとして酸素(純酸素)ガスを使用している。
上述の構成を有する溶射装置200では、調整ガス導入部8から調整ガスを導入した状態(すなわち、溶射ランス9におけるキャリアガスがベースガスと調整ガスとの混合ガスにより構成される状態)で溶射作業が実施される。そして、溶射作業中に溶射ランス9において先端着火が発生した場合には、調整ガス導入部8からの調整ガスの導入を停止して溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を溶射材に含まれる金属シリコンが燃焼することのない酸素濃度(ここでは、60体積%未満)まで低下させる。これにより、溶射ランス9の先端着火を消火することができる。
また、先端着火の消火後、溶射作業を再開する際には、調整ガス導入部8からの調整ガスの導入を再開する。ベースガスは、先端着火を消火する際にも流れ続けているため、溶射材の供給は継続されているため、溶射材の供給は安定した状態が継続している。したがって、調整ガス導入部8からの調整ガスの導入を再開することで、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度は、溶射材に含まれる金属シリコンが燃焼する酸素濃度(ここでは、60体積%以上)まで速やかに上昇する。その結果、溶射ランス9から吐出された溶射材中の金属シリコンの燃焼が再開し、溶射作業を再開することができる。
なお、ここでは、エジェクター3の下流側に調整ガス導入部8を設置したが、溶射装置200においても、溶射装置100と同様に、調整ガス導入部8はエジェクター3の上流側、すなわち、ベースガス導入管11に設けられてもよい。しかしながら、溶射装置200では、調整ガス導入部8よりも上流側では、配管内の酸素濃度が60体積%未満であるため、仮に、逆火等が発生した場合でも、調整ガス導入部8よりも上流側へは燃焼が拡大しないという特徴がある。そのため、調整ガス導入部8はできるだけ下流側(溶射ランス9側)に設置することが好ましい。また、このように、調整ガス導入部8を溶射ランス9に近い位置に設置する構成は、特に、反応性の高い溶射材を使用するような、摩擦等による発火の可能性が高い施工条件等での施工に好適である。すなわち、キャリアガスに溶射材を混合するエジェクター3やエジェクター3から調整ガス導入部8までの搬送管7では、キャリアガスであるベースガスの酸素濃度が60%未満であるため、摩擦等による発火の可能性を著しく低下させることが可能になり、安全な溶射施工が可能となる。また、溶射装置100と同様に、溶射装置200においても、調整ガス導入部8は、溶射材の搬送管の複数箇所に設置することもできる。
以上説明したように、本発明によれば、金属燃焼溶射において、先端着火が生じた際の消火及び溶射作業の再開が容易になり、溶射作業の作業性の低下を最小限に抑えながら、逆火や発火のリスクを低減することができる。また、高い反応性を有する溶射材の発火に対する安全性を大幅に高めることができる。
なお、上述した実施形態は本発明の技術的範囲を制限するものではなく、既に記載したもの以外でも、本発明の範囲内で種々の変形や応用が可能である。例えば、上記実施形態では、キャリアガスに溶射材を担持させる固気混合部としてエジェクターを使用したが、加圧式の固気混合装置を使用してもよい。また、溶射ランスにおける酸素濃度を調整する手法は、上記手法に限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲において、適宜変更可能である。
また、調整ガス導入部の構造も、本発明の効果を奏する範囲において適宜変更可能である。例えば、溶射材の搬送管に対する調整ガス導入部の形状やサイズは何ら限定されるものではない。すなわち、溶射材搬送方向に垂直な断面において、調整ガスを搬送管内に導入する導入口の数は任意である。また、溶射材搬送方向に平行な断面において、調整ガスは溶射材搬送方向に対して直角に導入されてもよく、90度以下の角度又は90度以上の角度で斜めに導入されてもよい。導入口の形状も円形状である必要はなく、方形状、スリット状、らせん状等の任意の形状を採用可能である。さらに、溶射材搬送管の断面積や導入口の開口面積も、溶射材やベースガス、調整ガスの特性を勘案して任意に決めることができ、何ら限定されるものではない。加えて、搬送管は、柔軟性を有するホースの他、金属管のような剛性を有するパイプ等、任意の材質の配管を採用できる。また、配管の断面形状は円形であることが好ましいが他の断面形状を採用してもよい。
以下、実施例および比較例を提示して、本発明の溶射装置の効果を具体的に説明する。図4は、本実施例において使用した溶射装置を示す概略図である。図4に示すように、この溶射装置300は、ベースガス導入管11の開閉弁12の下流側に第2調整ガス導入部10を備え、また、調整ガス導入部8の下流側に第3調整ガス導入部20を備える点で上述の溶射装置100と異なっている。
第2調整ガス導入部10はT字管で構成されており、当該第2調整ガス導入部10を介して、上述の酸素タンク17からの酸素(純酸素)ガスと上述のコンプレッサー27からの圧縮空気(ドライエア)との一方及び双方を導入可能である。ベースガス導入管11に設けられた第2調整ガス導入部10の分岐端(コンプレッサー27に接続する端部)には、他端が上述の乾燥機24に接続された調整ガス導入管71が接続されている。そして、当該調整ガス導入管71には、上流側から順に、流量調整器付流量計73及び開閉弁72が設けられている。これにより、所定流量の調整ガスを、コンプレッサー27から第2調整ガス導入部10に供給することができる。
第3調整ガス導入部20はY字管で構成されており、調整ガスとして、上述の酸素タンク17からの酸素ガスと上述のコンプレッサー27からの圧縮空気との一方及び双方を導入可能である。当該第3調整ガス導入部20の分岐端(調整ガスが導入される端部)には、上述の圧力調整器15と流量調整器付流量計14との間に他端が接続された調整ガス導入管61が接続されている。当該調整ガス導入管61には、上流側から順に、流量調整器付流量計64、圧力計63及び開閉弁62が設けられている。これにより、所定流量(所定圧力)の酸素ガスを、タンク17から第3調整ガス導入部20に供給することができる。また、開閉弁62と第3調整ガス導入部20との間には、他端が上述の乾燥機24に接続された圧縮空気導入管81が接続されている。当該圧縮空気導入管81には、上流側から順に、流量調整器付流量計83及び開閉弁82が設けられている。これにより、所定流量の圧縮空気を、コンプレッサー27から第3調整ガス導入部20に供給することができる。なお、第3調整ガス導入部20と調整ガス導入部10とは、内径25mm、長さ5mのホース7cで接続されており、第3調整ガス導入部20と溶射ランス9とは、内径25mm、長さ10mのホース7dで接続されている。
また、調整ガス導入部8に調整ガスを供給する調整ガス導入管21の開閉弁22の下流側には、上述の圧力調整器15と流量調整器付流量計14との間に他端が接続された酸素ガス導入管51が接続されている。当該酸素ガス導入管51には、上流側から順に、流量調整器付流量計54、圧力計53及び開閉弁52が設けられている。これにより、所定流量(所定圧力)の酸素ガスを、タンク17から調整ガス導入部8に供給することができる。
特に限定されないが、ここでは、タンク17の圧力は1MPaであり、圧力調整器15により0.5MPaに圧力を低下させている。また、コンプレッサー27では、圧力が0.8MPaの圧縮空気を生成し、圧力調整器25により0.5MPaに圧力を低下させている。圧縮空気生成のためにコンプレッサー27に導入する大気は、窒素、酸素、アルゴンおよび微量成分からなる。ここでは大気を窒素76%、酸素23%、アルゴン1%と仮定し、酸素ガスと圧縮空気の一方又は双方の酸素濃度(%)を(圧縮空気流量×0.23+酸素流量)/(圧縮空気流量+酸素流量)×100の計算式により算出している。
本実施例では、以上のような実験用溶射装置300を使用して、ベースガス及び調整ガスを、表1〜表5に示す供給条件として溶射実験を行った。なお、溶射実験に使用した溶射材には一般的なシリカ質のものを使用した。溶射材の組成は、SiO2成分が80質量%、金属シリコン粉末が15質量%、燃焼助剤、結晶化促進剤等の添加物が5質量%である。当該溶射実験では、シャモット質キャスタブルで作成した200mm×400mm×40mmのパネルを灯油バーナー加熱炉のほぼ中央に設置して表面をバーナーで加熱し、放射温度計で測定した表面温度が750℃を超えた後放冷し、表面温度が650℃に達した時点で4kgの溶射材を85kg/hの吐出量でキャスタブルパネルに溶射している。
各条件の溶射では、適宜、作業開始時の着火状態、作業中の燃焼状態、燃焼停止(消火)状態、燃焼再開状態を目視で評価し、表中に記載している。なお、表中の「−」は、未評価であることを示している。また、表中では、便宜上、上流側から順に、第2調整ガス導入部10を「導入部A」と表記し、調整ガス導入部8を「導入部B」と表記し、第3調整ガス導入部10を「導入部C」と表記している。
また、適宜、各条件による施工体について、付着率、施工体の見掛け気孔率、圧縮強度を評価し、表中に記載している。付着率は、溶射前後のパネルの重量増加量を測定して付着質量を算出し、溶射ランス9から吐出した溶射材の重量に対する当該付着質量の割合(百分率)を算出している。本試験条件によって50%以上の付着率が得られれば、実際の施工を問題なく実施可能である。
施工体の見掛け気孔率、圧縮強度は、溶射実験により得られた施工体を加熱炉から取り出して表面に断熱ブランケットを配置して徐冷し、冷却後の施工体から湿式ダイアモンドカッターで40mm×40mm×40mmの寸法のサンプルを切り出して、110℃で一昼夜乾燥後に評価した(JIS R2205準拠)。本詩形条件より、施工体の見掛け気孔率が40%以下、圧縮強度が2MPa以上であれば、実際の施工において十分な耐用性を得ることが可能である。
以下、各溶射実験条件について順に説明する。表1では、導入部A(第2調整ガス導入部10)のみから酸素ガス(ベースガス)、圧縮空気(調整ガス)の一方又は双方を導入し、溶射作業を実施可能な、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を評価している。実施例1〜10及び比較例1、2では、酸素ガス及び圧縮空気により構成されるキャリアガスの流量を30Nm3/h又は35Nm3/hに固定し、酸素ガスと圧縮空気の割合を変化させている。
表1に示す実施例1〜10から理解できるように、いずれのキャリアガス流量においても、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度が60体積%以上では溶射施工が可能であり、施工体品質も実使用で要求されるレベルを満足することができる。一方、表1に示す比較例1、2から理解できるように、キャリアガスの酸素濃度60体積%を下回ると、点火せず、溶射施工が不可能になる。
また、表2では、ベースガスとして酸素ガスのみを供給し、溶射作業を実施している状況下において調整ガスを導入した場合の消火特性、及びその後に調整ガスの導入を停止した場合の作業再開性を評価している。実施例11、13では、導入部B(調整ガス導入部8)のみから調整ガスを導入している。実施例12、14では、導入部C(第3調整ガス導入部20)のみから調整ガスを導入している。実施例15、16では、導入部A(第2調整ガス導入部10)のみから調整ガスを導入している。また、比較例3、4では、調整ガスを導入することなく、溶射材の供給を停止した場合の消火特性、及びその後に溶射材の供給を再開した場合の作業再開性を示している。溶射材の供給停止及び供給再開は、上述のシャッター2を遠隔操作で開閉することで行った。
なお、実施例11〜16では、調整ガス(圧縮空気)の導入時は、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度は60体積%未満であり、調整ガスの導入停止時は、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度は60体積%以上である。なお、調整ガスの導入及び導入停止は、電磁弁で構成した開閉弁72、22、82の開閉により行い、当該開閉弁72、22、82の開閉は溶射ランス9を保持している溶射実験者が遠隔で操作するようにしている。また、実施例11〜16では、燃焼停止後も溶射材及びキャリアガスが供給され続けるため、溶射ランス9から溶射材及びキャリアガスが吐出され続ける。この場合、多量の熱量を蓄積している実炉ではあまり問題にならないが、本実験では吐出された溶射材及びキャリアガスにより施工体が冷却され、当該冷却に起因して溶射作業の再開が困難になる可能性がある。そのため、燃焼停止中は溶射ランス9の方向を変えて被施工体に吐出物があたらないようにしている。
表2に示す実施例11〜16から理解できるように、いずれの調整ガス導入部から調整ガスを導入しても、瞬時に消火することができる。また、その調整ガス導入部からの調整ガスの導入を停止すれば瞬時に燃焼が再開し、溶射作業を再開することができる。一方、表2に示す比較例3、4から理解できるように、シャッター2を閉状態にして溶射材の供給を停止する場合は、溶射材の流れ込みの影響で燃焼の停止がやや緩慢であった。また、シャッター2を開状態にして溶射材の供給を再開する場合も、溶射材の供給が安定するまでに時間を要する影響で燃焼が安定するまでに時間を要した。
次いで、表3では、ベースガスとして酸素ガスのみを供給し、溶射作業を実施している状況下において強制的に先端着火を発生させ、当該先端着火の消火特性及びその後に調整ガスの導入を停止した場合の作業再開性を評価している。なお、ここでは強制的に先端着火を生じさせるために、実験炉内にシャモット質の並型れんがで囲いこんだ空間を作成し、れんがの表面温度を900℃と高めにした上で酸素流量を20Nm3/h以下に低下させて溶射作業を実施している。実施例17では、導入部C(第3調整ガス導入部20)のみから調整ガスを導入している。また、比較例5では、調整ガスを像入することなく、溶射材の供給を停止した場合の消火特性、及びその後に溶射材の供給を再開した場合の作業再開性を示している。溶射材の供給停止及び供給再開は、上述のシャッター2を遠隔操作で開閉することで行っている。
表3に示す実施例17から理解できるように、調整ガスを導入することで先端着火を瞬時に消火することができる。また、調整ガスの導入を停止しても、瞬時に燃焼が再開し、溶射作業を再開することができる。一方、表3に示す比較例5から理解できるように、シャッター2を閉状態にして溶射材の供給を停止する場合は、溶射材の流れ込みの影響で燃焼の停止がやや緩慢であった。また、シャッター2を開状態にして溶射材の供給を再開する場合も、溶射材の供給が安定するまでに時間を要する影響で燃焼が安定するまでに時間を要した。また、本実験での試行錯誤の結果、先端着火を確認してから消火されるまでの時間が2秒程度までであれば、安全な消火やその他の対応が可能であった。例えば、酸素ガスと圧縮空気の合計ガス流量が40Nm3/hである場合、内径25mmの配管であれば1.8秒で40mガスが移動することになる。そのため、調整ガスの導入位置は溶射ランス9から40m以内であれば先端着火発生に安全に対応できることになる。
続いて、搬送路における発火の抑制について例示する。本実施例では溶射装置300のエジェクター3はSUSで作製している。しかしながら、発明者らの知見によれば、デフューザー5をSS(一般構造用圧延鋼材:Steel for Structure)で作製した場合、溶射材供給時にエジェクター3で発火を生じることがわかっている。そこで、SS製のデフューザー5を装着した上で導入部A(第2調整ガス導入部10)より酸素濃度60体積%未満の酸素と圧縮空気の混合ガスを導入し、溶射作業時には、導入部B(調整ガス導入部8)又は導入部C(調整ガス導入部20)から酸素ガスを導入して溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を60体積%以上にする方式について溶射試験を実施した。実施例18〜21では、導入部B(調整ガス導入部8)のみから調整ガスを導入している。実施例22〜25では、導入部C(第3調整ガス導入部20)のみから調整ガスを導入している。また、比較例6、7では、導入部A(第2調整ガス導入部10)において調整ガスを導入することなく、酸素ガスのみをエジェクター3に供給している。
表4に示す実施例22〜25から理解できるように、エジェクター3に酸素濃度が低い(60体積%未満)ベースガスを供給し、エジェクター3の下流側(調整ガス導入部8又は第3調整ガス導入部20)から酸素を補償する調整ガスを導入することで、良好な施工が可能であり、施工体品質も問題のないものを得ることができる。一方、表4に示す比較例6、7から理解できるように、エジェクター3に酸素濃度が高い(60体積%以上)のベースガスを供給する構成では瞬時に発火した。すなわち、このように、エジェクター3に酸素濃度が低いベースガスを供給し、エジェクター3の下流側から酸素を補償する調整ガスを導入する構成とすることで、反応性を高めた溶射材の使用等、発火が発生しやすい溶射条件においても、発火に対する安全性を高めることができる。
なお、当該構成では、溶射作業を実施している状況下において、エジェクター3の下流側で導入する調整ガスの導入を停止することで燃焼を停止することができ、その後に調整ガスの導入を再開することで溶射作業を再開することができる。また、溶射作業を実施している状況下において、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を低下させる調整ガスをさらに導入することでも燃焼を停止することができ、その後に当該調整ガスの導入を停止することで溶射作業を再開することもできる。
表5では、溶射ランス9におけるキャリアガスの酸素濃度を低下させる調整ガスを導入する場合の消火特性及び作業再開性を評価している。実施例27では、導入部B(調整ガス導入部8)から酸素を補償するための酸素ガスを導入し、消火をする場合に導入部C(第3調整ガス導入部20)から酸素濃度を低下させるための調整ガスを導入している。実施例27では、導入部C(第3調整ガス導入部20)から酸素を補償するための酸素ガスを導入し、消火をする場合に導入部B(調整ガス導入部8)から酸素濃度を低下させるための調整ガスを導入している。
表5に示す実施例26、27から理解できるように、いずれの調整ガス導入部から酸素濃度を低下させるための調整ガスを導入しても、瞬時に消火することが可能である。また、当該調整ガスの導入を停止すれば瞬時に燃焼が再開し、溶射作業を再開することが可能である。
以上のように、本発明によれば、金属燃焼溶射において、先端着火が生じた際の消火及び溶射作業の再開が容易になり、溶射作業の作業性の低下を最小限に抑えながら、逆火や発火のリスクを低減することができる。また、高い反応性を有する溶射材の発火に対する安全性を大幅に高めることが可能になる。