次に、添付図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の構成について説明する前に、一般的なサイクロイド歯車の構成と、その歯形補正の方法について説明する。
一般的なサイクロイド歯車の歯形は、ピッチ円に外接する第1の転円が滑らずに転がるときに第1の転円上の定点が上記ピッチ円と重なる隣接点の間において描く軌跡であるエピサイクロイド曲線と、ピッチ円に内接する第2の転円が滑らずに転がるときに第2の転円上の定点が上記ピッチ円と重なる隣接点の間において描く軌跡であるハイポサイクロイド曲線とを交互に接続することによって形成される。この場合に、歯車の歯数をZ(自然数)、ピッチ円の直径をD、第1の転円の直径をC1、第2の転円の直径をC2とすれば、(πC1+πC2)=πD/Zが成立する条件でサイクロイド歯車の歯形形状を求めることができる。このようにして求めた歯形形状を理論的な歯形形状という。
上記サイクロイド歯車を実用化するに当たり公差設計が必要になる。しかし、サイクロイド歯車は転がり歯車であるから、内歯歯車では内側に、外歯歯車では外側に、それぞれ一切の公差を設けることができない。そのため、歯形の輪郭度を公差として設定するためには上記の理論的な歯形形状のままで歯車を設計することはできず、必ず歯形形状の補正が必要になる。そこで、上記特許文献2では、転円の径を変える方法によって歯形形状の補正を行っている。以下に当該方法の説明を行うが、この説明において、補正前の理論的な歯形形状において、エピサイクロイド曲線を規定する第1の転円の直径と、ハイポサイクロイド曲線を規定する第2の転円の直径とを共にCとする。
図1は上記方法による外歯歯車の歯形形状の補正を説明するための説明図、図2は同方法による内歯歯車の歯形形状の補正を説明するための説明図である。ここで、転円径の変更により歯形補正を行う場合の条件としては、歯車の成立性を維持するために転円径を変更しても1ピッチの歯形のピッチ円の中心角が変わらないことが要求される。この条件を成立させるためには、以下の数1に示すように、エピサイクロイド曲線の転円径の補正量とハイポサイクロイド曲線の転円径の補正量とが相互に符号を反転した同じ絶対値を持つようにしなければならない。ここで、Jは転円補正値、Dはピッチ円の直径、Zは歯数である。
このため、例えば、外歯歯車の場合には、転円補正値Jを用いて、エピサイクロイド曲線の転円の直径をC−Jとし、ハイポサイクロイド曲線の転円の直径をC+Jとする。一方、この外歯歯車に噛合する内歯歯車の場合には、図2に示すように、エピサイクロイド曲線の転円の直径をC+Jとし、ハイポサイクロイド曲線の転円の直径をC−Jとする。このように補正を行うと、外歯歯車の歯形形状が半径方向内側に補正されるとともに、内歯歯車の歯形形状が半径方向外側に補正されるため、外歯歯車と内歯歯車の間に所定のクリアランスを設けることができる。
一方、ピッチ円の半径rc=D/2、元の転円の半径b=C/2、転円径を変更したときの転円の半径をbe、bhとすると、エピサイクロイド曲線は以下の数2で表され、ハイポサイクロイド曲線は以下の数3で表される。ここで、γは転円の回転角である。
また、上述の歯形補正においては、以下の表1に示すようにそれぞれの転円の半径beが補正されていることになる。この場合、外歯歯車において、エピサイクロイド曲線の転円径beはハイポサイクロイド曲線の転円径bhより小さく、内歯歯車において、エピサイクロイド曲線の転円径beはハイポサイクロイド曲線の転円径bhより大きく、しかも、外歯歯車のエピサイクロイド曲線の転円径beは内歯歯車のハイポサイクロイド曲線の転円径bhと等しく、内歯歯車のエピサイクロイド曲線の転円径beは外歯歯車のハイポサイクロイド曲線の転円径bhと等しい。
上記の歯形補正の方法においては、図3に示すように、外歯歯車の歯先と内歯歯車の歯底との間のクリアランスおよび内歯歯車の歯先と外歯歯車の歯底との間のクリアランスがいずれも上記転円補正値Jに一致するのに対し、ピッチ円上のクリアランスはJ×π/2となる。すなわち、歯先と歯底の間のクリアランスとピッチ円上のクリアランスは常に定数倍の関係になる。一方、実際に歯車間の噛合による伝達特性を好適に設定するためには、最も力が伝達されるピッチ円上のクリアランスを管理した上で、歯車同士が干渉しないように歯先と歯底を逃がすことが要求される。しかしながら、上記のように歯先と歯底の間のクリアランスはピッチ円上のクリアランスと一定の関係にあるため、ピッチ円上のクリアランスと歯先と歯底の間のクリアランスをそれぞれ最適な値に設定することができないという問題点がある。特に、上述の関係では、ピッチ円上のクリアランスは常に歯先と歯底の間のクリアランスより大きい。
次に、本実施形態のサイクロイド歯車を用いた歯形補正の方法について説明する。この方法では、転円の半径を転円の回転角γにより変化させた変形サイクロイド曲線を用いることによって歯形補正を行う。サイクロイド曲線は、転円をピッチ円上において滑りなく転がしたときの転円周上の定点が描く軌跡によって形成される曲線により構成される。この定点の角度若しくは転円の姿勢は、ピッチ円上に定点が配置されるときの角度(γ=0°若しくは360°)を基準とする回転角γによって示される。サイクロイド曲線は、一般に、回転角γが0°と360°の間の角度において単一の頂点位置(歯先若しくは歯底)を備える。上述のように転円径を変更する従来の方法では、ピッチ円上のクリアランスと歯先と歯底の間のクリアランスとを独立に設定することはできない。これに対して、本実施形態の方法では転円の半径を上記回転角γに応じて変化させるため、エピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線のそれぞれが占めるピッチ円の中心角の範囲(或いは、ピッチ円上の長さ範囲、後述する転円周に対応する。)と、頂点位置の歯先高さ又は歯底深さとを独立して設定することができるので、ピッチ円上のクリアランスに対する歯先と歯底の間のクリアランスの自由度を高めることができる。
本実施形態の歯形補正の方法の一つの具体例として、上記変形サイクロイド曲線は、転円上の定点がピッチ円上にある基準角度から頂点位置にある回転角へ向けて転円の半径を漸増若しくは漸減させる態様で変化させたときに形成される曲線であることが好ましい。これによってサイクロイド歯車の歯先若しくは歯底の頂点位置を転円の半径の最大値若しくは最小値によって容易に設定することができる。特に、この具体例では、上記変形サイクロイド曲線は前記頂点位置の回転方向の両側に対称な形状を有する。このようにすると、回転の向きが変わっても回転伝達特性が変わらないように構成できる。ただし、例えば、サイクロイド歯車の使用時の回転の向きが定まっている場合には上記の対称性を有する必要はない。
また、上記具体例では、上記の対称性を有することにより、上記変形サイクロイド曲線の歯先若しくは歯底となる頂点は、回転角γ=180°のときに得られる。ただし、本発明においては、変形サイクロイド曲線の頂点位置は、回転角γ=0°又は360°の基準角度の間の適宜の回転角において設定することができる。
一方、転円を固定された半径を有する真円とした場合のサイクロイド歯車の歯形のエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線は、x座標およびy座標を示す以下の数4の式により表される。ここで、rcはピッチ円の半径、beはエピサイクロイド曲線の転円の半径、bhはハイポサイクロイド曲線の転円の半径、θeはエピサイクロイド曲線におけるピッチ円の中心角、θhはハイポサイクロイド曲線におけるピッチ円の中心角である。各式の第1項と第2項に見られるように、各曲線は、転円の中心が描く軌跡(第1項)と転円上の定点が転円の中心を基準として描く軌跡(第2項)を重ね合わせることで導くことができる。
次に、上記数4の式に基づいて上記変形サイクロイド曲線の式を導く。すなわち、上記数4の式の中の真円からなる転円の半径を転円の回転角γに応じて変える。従来の場合には転円の半径が転円径=bで回転角γに依存せずに一定であるのに対して、本実施形態では転円半径を回転角γの関数f(γ)=b+Δb(γ)とし、ベースとなる半径bを基準とする転円(真円)の半径の変化量Δbを回転角γにより変化させる。なお、Δbは正でも負でもよい。このことにより、転円を真円ではなく変形された変形円にした場合と実質的に等価なサイクロイド曲線を形成することができる。すなわち、真円からなる転円の半径を回転角γに応じて変化させることは、転円を真円が変形されてなる変形円とした場合と実質的に等価であると考えることができる。このとき、上記変形円は、滑らかで閉じた形状の、外側に凸の曲線で構成される。後述する具体例の場合には、上記変形円は、定点を通過する長軸若しくは短軸を備えるとともにこの長軸若しくは短軸に対して線対称な形状を有する。また、この変形円の形状は2回対称の回転対称性をも有する。すなわち、この変形円の形状は、真円を、その中心を通過する或る軸の両側へ対称に引き伸ばした形状、或いは、両側から対称に押しつぶした形状である。
上記具体例の変形サイクロイド曲線の場合には、例えば、Δb(γ)=Asin[γ/2]とし、転円半径を以下の回転角γの関数とする。
f(γ)=b+Asin[γ/2](Aは定数) (1)
すなわち、γ=0°および360°のときの転円半径はb、γ=180°のときの転円半径はb+Aとなる。本実施形態では、上記数4の式において転円中心の描く軌跡(第1項)中の転円半径be、bhを上記式(1)で示される回転角γの関数とすればよい。ここで、上記の定数Aが正の値を持つならば上記変形円は定点を通過する長軸を備えるとともに、この長軸に対して対称な形状及び2回対称の回転対称性を有する形状を有し、定数Aが負の値を持つならば上記変形円は定点を通過する短軸を備えるとともに、この短軸に対して対称な形状及び2回対称の回転対称性を有する形状を有すると考えることができる。
ここで、上記の定数Aとして、歯車の歯底引っ張り長さの補正値(以下、単に「歯底補正値」という。)K、歯先引っ張り長さの補正値(以下、単に「歯先補正値」という。)Lを用いる。外歯歯車の場合には、エピサイクロイド曲線の転円半径は、ベースとなる転円半径をbeとすると、be−Lsin[γ/2]、ハイポサイクロイド曲線の転円半径は、ベースとなる転円半径をbhとすると、bh+Ksin[γ/2]となり、内歯歯車の場合には、エピサイクロイド曲線の転円半径はbe+Ksin[γ/2]、ハイポサイクロイド曲線の転円半径はbh−Lsin[γ/2]となる。このとき、例えば、転円中心の軌跡を上記転円半径の関数f(γ)で置き換えることとすると、例えば、上記数4の第1項のbe、bhに上記転円半径の補正式を代入することにより、この具体例の場合のエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の式が得られる。
上記のように歯先補正値Lおよび歯底補正値Kを用いると、上記変形サイクロイド曲線からなるエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線を求めることができる。すなわち、エピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線において歯先補正値Lと歯底補正値Kによりそれぞれピッチ円との交差位置とは独立して歯先と歯底の高さを設定することができる。
ここで、さらにエピサイクロイド曲線の転円半径とハイポサイクロイド曲線の転円半径との関係を示す転円補正値Jを用いると、例えば、be=b−J/2、bh=b+J/2のように設定して、両曲線を半径方向内側にそれぞれ補正したり、be=b+J/2、bh=b−J/2のように設定して、両曲線を半径方向外側にそれぞれ補正したりすることができる。すなわち、本実施形態では、上記変形サイクロイド曲線を用いる補正を行う際において、ベースとなる転円径自体をさらに補正することも可能である。このようにすると、一般的には、転円補正値J、歯先補正値L、歯底補正値Kを適宜に設定することによって歯形を補正することができる。
ここで、歯先と歯底の関係により、図4には、上記のようにして得られる外歯歯車の歯形形状を示す式から導出した、共通の転円径Cの転円を用いた補正前の歯形形状と、転円補正値J、歯底補正値K、歯先補正値Lを用いた補正後の歯形形状とを示す。一方、内歯歯車の歯形形状については、図5において、上記の歯先と歯底の関係を逆にすることで内歯歯車の歯形形状を示す式から導出した、共通の転円径(直径)Cの転円を用いた補正前の歯形形状と、転円補正値J、歯底補正値Kおよび歯先補正値Lを用いた補正後の歯形形状とを示す。なお、図4及び図5に示す例はエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の双方の転円のベースとなる直径を共にCとした場合の一例を示すものであり、本実施形態を限定するものではない。
ここで、サイクロイド歯車を形成するためには、ピッチ円の直径がD、歯数がZ、エピサイクロイド曲線の転円周をCFe、ハイポサイクロイド曲線の転円周をCFhとすれば、
(CFe+CFh)=πD/Z (2)
が成立する必要がある。
ここで、エピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の転円の半径が共に一定の場合には、転円周CFe、CFhは転円半径be、bhと比例する(1対1に対応する)ため、一方の曲線の転円径をJだけ大きくしたとき、上記式(2)の関係を維持するには、図1乃至図3に示すように、他方の曲線の転円径を同じ値Jだけ小さくする必要がある。
これに対して、本実施形態の場合には、上記転円周CFe、CFhは、歯先補正値Lおよび歯底補正値Kとは比例せず、転円半径の変化態様が変われば1対1にも対応しないので、補正値L及びKを転円周の長さとは独立して設定することができ、これによって歯形形状の自由度を高めることができる。例えば、上記式(1)の具体例の場合においては、外歯歯車のとき、CFe=π(C−J)−4L、CFh=π(C+J)+4Kであり、また、内歯歯車のとき、CFe=π(C+J)+4K、CFh=π(C−J)−4Lとなる。したがって、上記式(2)から以下の式が成立する。
2πC+4(K−L)=πD/Z (3)
したがって、補正値についてK=Lが成立するのであれば、上記式(2)の関係は常に成立するため、歯形の1ピッチを変えずに歯先の高さ及び歯底の深さを任意に設計することができる。
また、サイクロイド歯車が外歯歯車である場合において、歯形全体にわたり半径方向内側へ補正を行う(すなわち、歯底補正値K(若しくはJ+K)と歯先補正値L(若しくはJ+L)が共に正の補正を行う)ときには、CFe<CFhが成立する。逆に、サイクロイド歯車が内歯歯車である場合において、歯形全体にわたり半径方向外側へ補正を行う(すなわち、歯底補正値K(若しくはJ+K)と歯先補正値L(若しくはJ+L)が正の補正を行う)ときには、CFe>CFhが成立する。ただし、後述するように、本実施形態の場合には、各補正値が正となる補正を行う場合に限らず、各補正値が負となる補正を行うことも可能である。
本実施形態の上記変形サイクロイド曲線は、前述のように、回転角により転円半径を変化させた場合に描かれるサイクロイド曲線であれば、上記の具体例に限られない。すなわち、上記変形サイクロイド曲線は、上記具体例の式(1)に示す態様に限らず、転円半径が回転角γの任意の関数、すなわちf(γ)で変化するときに得られる形状であればよい。ただし、この関数f(γ)は、f(γ=0°)=f(γ=360°)が成立する関数である。この場合、転円半径をベースとなる真円の半径bを用いてf(γ)=b+Δb(γ)とすれば、転円半径の変化量Δb(γ)は回転角γの任意の関数でよく、Δb(γ)、f(γ)は変曲点(屈折点)を有する関数であってもよい。ただし、伝達特性等を考慮すると回転角γについて滑らかな関数であることが好適である。なお、この曲線(関数f(γ))の変化態様に応じて、上述の転円周CFe、CFhと補正値L、Kとの対応関係が変化する。したがって、サイクロイド曲線間で転円半径の変化態様を個々に変更することにより、上記式(3)においてK=Lが成立しなくても、歯形の1ピッチを変えずに設計することが可能になる。
このような歯形補正は、後述するように、特に内接式の歯車機構において歯形間のクリアランスを設定する上で有効であるが、本実施形態はこのような場合に限らず、外歯歯車同士の噛合構造を有する歯車機構など、種々の状況に合わせたサイクロイド歯車の歯車形状を得るために用いることができる。すなわち、歯車の材質、伝達トルク、回転特性などの種々の条件に合わせて、高性能の歯車機構を得る目的で、サイクロイド歯車の歯形形状を改善するために用いることができる。
一般的には、相互に噛合するサイクロイド歯車である第1の歯車と第2の歯車を有する歯車機構において、第1の歯車と第2の歯車の歯形形状を設定する場合に本実施形態を用いることができる。すなわち、第1の歯車のエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線、並びに、第2の歯車のエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の合計4つの曲線のうちのいずれか一つを上記変形サイクロイド曲線とする。
この場合に、第1の歯車の上記いずれか一つの曲線と、噛合領域においてこの曲線に対向する第2の歯車の曲線とが共に上記変形サイクロイド曲線であることが好適な噛合態様を実現する上で好ましい。例えば、第1の歯車と第2の歯車が共に外歯歯車である場合には、第1の歯車のエピサイクロイド曲線と第2の歯車のハイポサイクロイド曲線の双方を上記変形サイクロイド曲線とするか、或いは、第1の歯車のハイポサイクロイド曲線と第2の歯車のエピサイクロイド曲線の双方を上記変形サイクロイド曲線とする。また、後述するように第1の歯車が外歯歯車であり、第2の歯車が内歯歯車であれば、第1の歯車のエピサイクロイド曲線と第2の歯車のエピサイクロイド曲線の双方を上記変形サイクロイド曲線とするか、或いは、第1の歯車のハイポサイクロイド曲線と第2の歯車のハイポサイクロイド曲線の双方を上記変形サイクロイド曲線とする。このようにすると、噛合し合う、相互に対向する曲線同士を共に上述のように補正できるため、好適な噛合態様を設計することができる。また、この観点からみれば、上記4つの曲線の全てが上記変形サイクロイド曲線であることがより望ましいことはもちろんである。
次に、上記サイクロイド歯車の歯形形状を用いて実際に外歯歯車(第1の歯車)と内歯歯車(第2の歯車)が噛合してなる内接式の歯車機構の実施例について説明する。図6は、各実施例において用いる外歯歯車1と内歯歯車2の噛合状態を模式的に示す図である。外歯歯車1のピッチ円1pの中心点1xは、内歯歯車2のピッチ円2pの中心点2xに対して図示上方の噛合部分の側に偏心した位置にある。この状態で、当該噛合部分において歯形1aは歯形2aと噛合している。なお、図中において、X方向およびY方向は上記各式のx、yに対応する方向を示し、ピッチ円の中心角θは上記各式のθe、θhに対応するものである。
ここで、ピッチ円1pの直径がD1、歯数がZ1、エピサイクロイド曲線の転円周がCFe1、ハイポサイクロイド曲線の転円周がCFh1の外歯歯車1においては、
(CFe1+CFh1)=πD1/Z1 (4)
が成立しなければならない。ここで、図4及び図5の場合において上記式(1)に示す関数を採用すると、上記式(3)により、
2πC+4(K1−L1)=πD1/Z1 (5)
となる。ここで、K1、L1は外歯歯車1の歯形1aの補正値、K2、L2は内歯歯車2の歯形2aの補正値である。
また、ピッチ円2pの直径がD2、歯数がZ2、エピサイクロイド曲線の転円周がCFe2、ハイポサイクロイド曲線の転円周がCFh2の内歯歯車2においては、
(CFe2+CFh2)=πD2/Z2 (6)
が成立しなければならない。ここで、図4及び図5の場合において上記式(1)に示す関数を採用すると、上記式(3)により、
2πC+4(K2−L2)=πD2/Z2 (7)
となる。
さらに、噛合する歯車間では、歯形の1ピッチ分の中心角が一致する必要があるため、
D1/Z1=D2/Z2 (8)
が成立する。したがって、上記式(4)、(6)及び(8)により、
(CFe1+CFh1)=(CFe2+CFh2) (9)
が成立する。この条件は、上記式(5)及び(7)の場合には、
K1−L1=K2−L2 (10)
となる。
この内接式の歯車機構において、上記噛合領域、すなわち、両歯車が半径方向に最も近接する部分(図6の上部)で外歯歯車1の歯形1aと内歯歯車2の歯形2aが干渉しないようにするには、少なくとも以下の二条件を満たす必要がある。第1の条件としては、相互に対向する二組の曲線間(エピサイクロイド曲線同士、および、ハイポサイクロイド曲線同士)で、転円周CFe1、CFe2、CFh1、CFh2について、
CFe1<CFe2 (11)
CFh1>CFh2 (12)
が成立しなければならない。ここで、図4及び図5の場合において上記式(1)に示す関数を採用すると、外歯歯車のとき、CFe1=π(C−J1)−4L1、CFh1=π(C+J1)+4K1であり、また、内歯歯車のとき、CFe2=π(C+J2)+4K2、CFh2=π(C−J2)−4L2である。ここで、J1は外歯歯車1の歯形1aの補正値、J2は内歯歯車2の歯形2aの補正値である。したがって、上記式(11)及び(12)は、
−(J1+4L1)<(J2+4K2) (13)
(J1+4K1)>−(J2+4L2) (14)
となる。
また、第2の条件では、外歯歯車1の歯形1aにおいて、ピッチ円1p上から半径方向外側へ最も離反した歯先とピッチ円1p上との間の半径方向の離隔距離である歯先高さLLe1と、ピッチ円1p上から半径方向内側へ最も離反した歯底とピッチ円1p上との間の半径方向の離隔距離である歯底深さLLh1、内歯歯車2の歯形2aにおいて、ピッチ円2p上から半径方向外側へ最も離反した歯底とピッチ円2p上との間の半径方向の離隔距離である歯底深さLLe2と、ピッチ円2p上から半径方向内側へ最も離反した歯先とピッチ円2p上との間の半径方向の離隔距離である歯先高さLLh2について、
LLe1<LLe2 (15)
LLh1>LLh2 (16)
が成立しなければならない。ここで、図4及び図5の場合において上記式(1)に示す関数を採用すると、外歯歯車1の歯形1aでは、LLe1=C−(J1+L1)、LLh1=C+(J1+K1)であり、内歯歯車2の歯形2aでは、LLe2=C+(J2+K2)、LLh2=C−(J2+L2)である。したがって、上記式(15)及び(16)は、
−(J1+L1)<(J2+K2) (17)
(J1+K1)>−(J2+L2) (18)
となる。
以上のように、本実施形態では、式(9)、(11)、(12)、(15)、(16)がいずれも成立する条件で歯形1a及び2aを設計する。特に、図4及び図5に示す具体例では、後述するように、式(10)、(13)、(14)、(17)、(18)を満たす補正値を設定する。
この場合に、本発明においては特に限定されるものではないが、外歯歯車1の歯先の回転角γe1、内歯歯車2の歯底の回転角γe2、外歯歯車1の歯底の回転角γh1、内歯歯車2の歯先の回転角γh2について、歯車設計をさらに容易にする上では、
γe1=γe2 (19)
γh1=γh2 (20)
が成立することが望ましい。上記具体例においては、これらの各頂点位置の角度は全てγe1=γe2=γh1=γh2=180°である。
この歯車機構において、外歯歯車1の歯数Z1と内歯歯車2の歯数Z2は異なり、Z1<Z2が成立する。例えば、歯数の差が最小の場合はZ2−Z1=1となる。この歯車機構における外歯歯車1と内歯歯車2の偏心量ET(図6に示す中心点1xと2xの距離)を、上記噛合領域においてピッチ円1pと2pが重なる条件で求めることにより、
ET=(D2−D1)/2={D1(Z2−Z1)}/(2Z1)=α
とすれば、上記噛合領域(図6の上部)における外歯歯車1と内歯歯車2のクリアランスは、図4に示す外歯歯車1の歯先補正値L1(若しくはJ1+L1)と、図5に示す内歯歯車2の歯底補正値K2(若しくはJ2+K2)との関係、並びに、図4に示す外歯歯車の歯底補正値K1(若しくはJ1+K1)と、図5に示す内歯歯車2の歯先補正値L2(若しくはJ2+L2)との関係によって定まる。
例えば、ベースとなる真円の径Cが共通であれば、いずれの歯車も各補正値LとKが共に正となるように、外歯歯車1の歯形1aを半径方向内側に補正し、内歯歯車2の歯形2aを半径方向外側に補正することにより、両歯形間には必ずクリアランスを設けることができる。特に、転円補正値Jをさらに設けることによってクリアランスを確実に得ることができる。ただし、本実施形態では、歯先補正値Lと歯底補正値Kを共に正の値にする必要はなく、一方の歯車における2つの曲線のうちの少なくとも一方の曲線に対する補正値を負に設定した場合でも、後述するように、当該少なくとも一方の曲線に対向する他方の歯車の曲線に対する補正値をその分だけ大きく設定すればよい。
外歯歯車1と内歯歯車2でベースとなる真円径Cを共通とする、図4及び図5の場合には、クリアランスCRe(エピサイクロイド曲線間)とCRh(ハイポサイクロイド曲線間)は以下の式に示すようになる。
CRe=(J1+L1)+(J2+K2)
CRh=(J1+K1)+(J2+L2)
この場合には、外歯歯車1と内歯歯車2の偏心量ETは、ET<α+CRe=α+J1+J2+L1+K2、並びに、ET<α+CRh=α+J1+J2+L2+K1の双方を満たす必要がある。
一方、例えば、上記噛合領域の反対側にある離隔領域(図6の下部)では、ピッチ円1pと2pの間に以下の間隔DT=α+ETが生ずる。ここで、偏心量ET=αのとき、DT=2α=D2−D1=D1(Z2−Z1)/Z1である。この離隔領域では、外歯歯車1と内歯歯車2が半径方向に最も離隔した状態で、外歯歯車1の歯先が内歯歯車2の歯先の内側を通過するように構成する必要がある。したがって、外歯歯車1のエピサイクロイド曲線におけるピッチ円1pから半径方向外側への突出量の最大値である頂点位置の歯先高さLLe1と、内歯歯車2のハイポサイクロイド曲線におけるピッチ円2pから半径方向内側への突出量の最大値である頂点位置の歯先高さLLh2との関係により、
DT>LLe1+LLh2
が成立すれば、上記離隔領域において外歯歯車1の歯形1aと内歯歯車2の歯形2aとが干渉することはない。したがって、偏心量ETは、
ET=DT−α>(LLe1+LLh2)−α
を満たす必要がある。図4及び図5の場合には、LLe1=C−(J1+L1)、LLh2=C−(J2+L2)であるから以下の条件になる。
ET>2C+J1+J2+L1+L2−α
したがって、偏心量ETは、上記の上限と下限の間の範囲で設定することができる。ただし、偏心量ETをαよりも小さくすると噛合領域における噛み合い率が低下するため、偏心量ETの下限はαであることが好ましい。
このような歯形1aと歯形2aの噛合部分を備えた内接噛合遊星歯車機構としては図10に示すものが例示される。この内接噛合遊星歯車機構10は、2K−H型の歯車機構であり、外装部材10Aと外装部材10Bがシール材10d等を介して密接して構成されたハウジングの内部に構成されている。上記外装部材10Aは玉軸受等よりなる軸受10aを介して第1軸材11を軸線10x周りに回転可能に軸支している。この第1軸材11には外装部材10Aによる軸支部分以外の部位に上記軸線10xに対して偏心した偏心部11aを備えている。この偏心部11aは二段歯車12を偏心回転可能な状態で軸支している。図示例では、偏心部11aの外周面と二段歯車12の内周面とはころ軸受等よりなる軸受11bを介して相互に回転可能に構成されている。上記二段歯車12は、第1軸材11の回転に応じた偏心部11aの偏心動作に伴う偏心軌道(公転軌道)を描きながら、第1軸材11に対して自転可能に接続される。この二段歯車12は、軸線方向の一方(図示例では第1軸材11の側)に外歯12aを備えるとともに、軸線方向の他方(後述する第2軸材15の側)に内歯12bを備えている。二段歯車12は、上記外歯12aと上記内歯12bを軸線方向にずらして構成するための段付形状の断面を有している。
二段歯車12(第1の歯車)の外歯12aは、外装部材10Aに固定された内歯歯車13(第2の歯車)に設けられた内歯13aと噛合している。ここで、外歯12aと内歯13aはいずれも上述のサイクロイド歯形を備えている。そして、内歯歯車13の内側で内歯13aに対して外歯12aが偏心した状態で内接噛合している。図示例では偏心部11aが軸線10xに対して図示上方に偏心した位置にあり、これによって二段歯車12も図示上方の偏心位置に配置されている。第1軸材11が軸線10x周りに回転すると、偏心部11aが偏心回転することにより二段歯車12の偏心方向も回転し、これによって外歯12aが内歯13aに噛合する領域も回転するので、外歯12aと内歯13aの歯数の関係に応じて二段歯車12が自転する。
二段歯車12の内歯12bは伝達歯車14の外歯14aに噛合している。この伝達歯車14は外装部材10Bに軸受10cを介して回転可能に軸支された第2軸材15に固定されている。なお、二段歯車12の内歯12bと伝達歯車14の外歯14aは、二段歯車12の偏心動作(公転動作)に応じて噛合領域が円周周りに旋回しながら軸線10x周りの回転動作(自転動作)のみを伝達する。第2軸材15の先端部には軸線10xに沿って形成された円筒状の内周面を備えた凹端部15aが形成され、この凹端部15a内に第1軸材11の先端部11cが挿入されている。この先端部11cは軸受10bを介して凹端部15aの内周面に対し回転可能に軸支されている。
以上の内接噛合遊星歯車機構10では、第1軸材11がキャリア軸として機能し、二段歯車12が外歯12aと内歯12bにより一体型の遊星歯車として機能し、内歯歯車13が内歯車として機能し、伝達歯車14が太陽歯車として機能する。したがって、例えば、キャリア軸である第1軸材11を入力とすれば、第2軸材15が出力となる。なお、二段歯車12の代わりに、外歯12aを備えた単なる外歯歯車を用い、この外歯歯車が第2軸材15との間に設けられた偏心噛合構造などの自転成分のみを伝達する手段と直接に接続される構成であってもよい。また、第1軸材11と外歯12aとを偏心して回転可能に構成する取付構造は、上記のような偏心部11aと軸受11bを介した軸支構造に限らず、単なる摺動可能な滑り構造、偏心カムを用いた構造、クランク機構を介した構造など、種々の構造を用いることができる。さらに、上述の自転成分のみを伝達する手段としては、上述の偏心噛合構造に限らず、内ピンとこの内ピンに偏心方向に遊びを持って嵌合するピン嵌合部とを備えた遊嵌係合構造などの他の伝達機構を用いることができる。
上記サイクロイド歯車の例として、特に、内接噛合遊星歯車機構において用いられる外歯歯車(第1の歯車)と内歯歯車(第2の歯車)として、すなわち、図6に示す上記外歯歯車1と内歯歯車2、或いは、図10に示す上記二段歯車12の外歯12aと内歯歯車13の内歯13aとして、以下の実施例1〜3を設計した。ここで、いずれの実施例においても、上記式(8)の関係を満たすように、内歯歯車の歯数を31、外歯歯車の歯数を30とし、また、内歯歯車のピッチ円直径を62(mm)、外歯歯車のピッチ円直径を60(mm)とした。以下の各実施例では、上記式(10)、(13)、(14)、(17)、(18)がいずれも満たされるように、それぞれ上記具体例の各補正値を設定した。
まず、上記の歯先補正値Lと歯底補正値Kが内歯と外歯の噛合時に相互に対向する二組の曲線間においてそれぞれ共通に用いられる態様で、表2および図7に示すように、歯形2aの半径方向外側への補正量と歯形1aの半径方向内側への補正量を均等とした実施例1を構成することができる。実施例1では、歯形2aと歯形1aのそれぞれのエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の合計4つの転円1e、1h、2e、2hがいずれも上記具体例の変形サイクロイド曲線とされている。
表2には、この変形サイクロイド曲線に対応する転円半径の変化態様と実質的に等価な、固定された転円形状を有する上記変形円を考えた場合において、当該変形円の形状寸法を歯数とピッチ円径とともに示す。ここで、上記変形円の転円形状を示す値として、回転角γが基準角度(180°)であるときのピッチ円の半径方向に沿った上記変形円の径を軸方向楕円径(厳密には楕円ではないが、ここでは楕円を上記変形円の具体例に相当する用語として用いる。)とし、ピッチ円の円周に沿った接線方向の径を円周方向楕円径としている。軸方向楕円径は、変形サイクロイド曲線において頂点位置(定点がピッチ円から最も離隔する位置)の歯先高さ若しくは歯底深さを示す値である。いずれの転円形状も、転円上の定点1cpe、1cph、2cpe、2cphが歯底又は歯先の頂点位置の角度(回転角γ=180°)と一致したときの姿勢、すなわち、当該定点1cpe、1cph、2cpe、2cphを通過する長軸若しくは短軸が図示二点鎖線で示される半径方向に沿ったときの姿勢により示される。このとき、外歯歯車1のエピサイクロイド曲線に対応する上記変形円の軸方向楕円径はC−J1−L1、円周方向楕円径はC−J1、ハイポサイクロイド曲線に対応する上記変形円の軸方向楕円径はC+J1+K1、円周方向楕円径はC+J1である。また、内歯歯車2のエピサイクロイド曲線に対応する上記変形円の軸方向楕円径はC+J2+K2、円周方向楕円径はC+J2、ハイポサイクロイド曲線に対応する上記変形円の軸方向楕円径はC−J2−L2、円周方向楕円径はC−J2である。なお、後述する表3および表4についても同様である。
ここで、図7において点線で示す転円OeとOhを共に固定された同じ直径C=1(mm)を有するものとし、転円Oeに対応するエピサイクロイド曲線と転円Ohに対応するハイポサイクロイド曲線からなる歯形を基準歯形Oa(図示一点鎖線)とする。この基準歯形Oaと比べると、実施例1の回転角γに応じて変化する半径を有する転円2eに対応する変形エピサイクロイド曲線と、回転角γに応じて変化する半径を有する転円2hに対応する変形ハイポサイクロイド曲線からなる歯形2aは、ピッチ円2pの半径方向外側へ補正される。また、上記基準歯形Oaに対して、実施例1の回転角γに応じて変化する半径を有する転円1eに対応する変形エピサイクロイド曲線と、回転角γに応じて変化する半径を有する転円1hに対応する変形ハイポサイクロイド曲線からなる歯形1aはピッチ円1pの半径方向内側へ補正される。このとき基準歯形Oaに対する歯形2aの補正量と歯形1aの補正量は、全体(1ピッチの歯形全体)でみると均等である。なお、図7では、各転円1e(外歯のエピサイクロイド曲線に対応するもの)、2e(内歯のエピサイクロイド曲線に対応するもの)、1h(外歯のハイポサイクロイド曲線に対応するもの)、2h(内歯のハイポサイクロイド曲線に対応するもの)の上記変形円の形状をそれぞれ模式的に描いてある。
ここで、本実施例の各補正値(C=1)は、転円補正値J1=0.05、J2=0.05、歯先補正値L1=0.05、L2=0.05、歯底補正値K1=0.1、K2=0.1である。このとき、補正値K1=K2及びL1=L2により式(10)が成立し、また、各補正値が全て正の値であることにより式(13)、(14)、(17)、(18)が成立する。
実施例1では、噛合時に相互に対向する歯形同士が共に上記変形サイクロイド曲線で構成されるため、歯先と歯底のクリアランスの設定自由度が高くなるという利点がある。すなわち、転円1eに基づく歯形1aのエピサイクロイド曲線と、転円2hに基づく歯形2aのハイポサイクロイド曲線とがいずれも補正可能である。また、転円1hに基づく歯形1aのハイポサイクロイド曲線と、転円2eに基づく歯形2aのエピサイクロイド曲線とがいずれも補正可能である。したがって、相互に対向する二つの曲線の双方をそれぞれの転円半径の変化態様(例えば、上記変形円で表現すれば転円の変形度合)により補正できるため、両曲線間のクリアランスの最適化を図ることができるとともに、当該クリアランスを得るための設計の自由度を広げることができる。また、この例では、歯形1aと歯形2aのそれぞれ二つの曲線の合計4つの曲線の全てが上記変形サイクロイド曲線で構成される。このような手法ではクリアランス設定の自由度がさらに高いものとなる。
一方、以下の表3および図8に示すように、歯形2aを基準歯形Oaとし、歯形1aのみを補正した実施例2を構成することも可能である。ここで、歯形2aは、転円2e、2hが固定された半径を備えた真円である基準歯形Oaそのものである。一方、歯形1aは、補正値J、L、Kによって転円1e,1hの半径が回転角γに応じて変化する。すなわち、この実施例2では、歯形2aのエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の2つの転円2e、2hがいずれも固定された半径を有する転円Oe,Ohとされ、歯形1aの変形エピサイクロイド曲線と変形ハイポサイクロイド曲線の2つの転円1e,1hがいずれも回転角γにより変化する半径を有する円とされている。このため、歯形1aの変形エピサイクロイド曲線(歯先)と変形ハイポサイクロイド曲線(歯底)の部分でそれぞれ対向する歯形2aのエピサイクロイド曲線(歯底)とハイポサイクロイド曲線(歯先)に対するクリアランスをそれぞれ適宜に設定することができる。なお、実施例2では歯形2aを基準歯形Oaとする一方で歯形1aを補正しているが、逆に歯形1aを基準歯形Oaとする一方で歯形2aを補正するようにしてもよい。また、図8でも、転円1eと1hの上記変形円の形状をそれぞれ模式的に描いてある。
ここで、本実施例の各補正値(C=1)は、転円補正値J1=0.1、J2=0、歯先補正値L1=0.15、L2=0、歯底補正値K1=0.15、K2=0である。この場合には内歯歯車2の歯形2aが基準歯形Oaであるが、外歯歯車1の歯形1aの歯先補正値L1と歯底補正値K1が同じ値であるため、上記式(10)が成立し、同歯形1aの補正値が全て正の値を持つことで式(13)、(14)、(17)、(18)も成立するようになっている。
実施例2では、一方の(内歯)歯車2の歯形2aは通常の真円に基づくサイクロイド曲線からなる基準歯形で構成できるため、他方の(外歯)歯車1の歯形1aのみを上記変形サイクロイド曲線とすればよい。このような一方の歯形のみの補正によるクリアランスの設定は、従来の転円径を補正する手法(補正値Jのみを用いる手法)では不可能である。本実施形態のように上記変形サイクロイド曲線では、上記実施例1のような均等補正に限らず、本実施例のような、均等補正以外の補正も行うことが可能になる。
また、以下の表4および図9に示すように、歯形2aと歯形1aを共に補正するものの、相互に異なる補正量として、補正態様をオフセットした実施例3を構成することも可能である。この場合、歯形2aについては、エピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の双方に対して回転角γにより半径が変化する転円2e,2hにより上記補正が施されるが、歯形1aについては、エピサイクロイド曲線に回転角γにより半径が変化する転円1eにより上記補正が施されるものの、ハイポサイクロイド曲線には転円径を変えた補正が施されるだけで、当該ハイポサイクロイド曲線の転円1h自体は固定された半径を有するもの(ただし、その半径は0.9C=0.9)となっている。なお、図9に示す各転円の上記変形円の形状が模式的なものである点は上記と同様である。
ここで、本実施例の各補正値(C=1)は、転円補正値J1=−0.1、J2=0.2、歯先補正値L1=−0.05、L2=0.15、歯底補正値K1=0、K2=0.2である。このとき、式(10)が成立するように歯形1aと2aの各補正値KとLが設定されるとともに、J1とL1はいずれも負の値を持つ分、J2とK2が大きいことで、上記式(13)、(14)、(17)、(18)も成立するようになっている。
実施例3では、歯形1aのサイクロイド曲線をマイナス方向(歯底補正値Kや歯先補正値Lが負の値になる態様)に補正することで基準歯形Oaよりも半径方向外側に配置し、このように配置された歯形1aに対して所定のクリアランスが確保できるように、歯形2aのサイクロイド曲線をプラス方向に大きく補正している。このため、歯形1aと歯形2aが基準歯形に対して半径方向外側にオフセットされた態様となっている。ただし、上記とは逆に、歯形1aと歯形2aが基準歯形に対して半径方向内側にオフセットされた態様とすることも可能である。
上記の実施例1〜3のいずれにおいても、相互に噛合する歯形2aと歯形1aのエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の合計4つの曲線のうち少なくとも一つを上記変形サイクロイド曲線とする歯形補正が施される。これにより、サイクロイド歯車同士の内歯と外歯の噛合部におけるピッチ円上のクリアランスと、歯先と歯底の間のクリアランスとを相互に独立して設定することが可能になる。このため、最も力が伝達される箇所のピッチ円上のクリアランスを管理し(例えば最適な値に設定し)、その上で、歯先と歯底の間のクリアランスを相互干渉が生じないようにピッチ円上のクリアランスとは別に設定することができる。したがって、種々の状況に応じたサイクロイド歯形の最適設計が容易になる。また、設計自由度が向上するため、例えば、歯車の材質に応じた設計を実施する場合や、内歯と外歯で材質が異なる場合において両歯の強度差をコントロールするためにアンバランスなギャップを付けること(特に実施例3の場合)なども可能になる。
より具体的に述べると、転円半径が一定である場合には転円径と転円周とが1対1に対応するため、歯先と歯底の補正量は、エピサイクロイド曲線又はハイポサイクロイド曲線のピッチ円周に沿った長さによって限定される。しかし、本実施形態の場合には、ピッチ円1p、2p上のエピサイクロイド曲線とハイポサイクロイド曲線の角度範囲に対応する転円周CFe(上述のCFe1又はCFe2)やCFh(上述のCFh1又はCFh2)は、歯先と歯底の補正量だけでは定まらず、転円1e,1h,2e,2hの半径の変形態様(例えば、上記変形円で言えば変形度合)によっても変化する。したがって、上記変形サイクロイド曲線を用いることでその曲線形状自体の自由度が増大する。また、歯先と歯底の補正量による転円周への影響は、従来の転円径の補正量による転円周への影響とは異なり、比例関係にはない。したがって、補正量と転円周との間に従来とは異なる新たな相関関係を持ちこむことができることによっても、歯形設計の自由度が高められる。
尚、本発明のサイクロイド歯車および歯車機構は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、上記実施例1〜3では変形サイクロイド曲線を転円半径の特定の変化態様に対応するものとして設計している。また、複数のサイクロイド曲線間において共通の変化態様を用いている。しかし、実施例と異なる曲線を上記変形サイクロイド曲線としてもよく、或いは、実施例とは異なる転円半径の変化態様により形成される変形サイクロイド曲線としてもよく、さらには、複数の曲線間で互に異なる転円半径の変化態様により上記変形サイクロイド曲線を設計してもよい。また、上記実施形態の歯車機構は外歯歯車と内歯歯車が噛合する例を示すが、外歯歯車同士が噛合する構造にも適用できる。さらに、上記歯車機構においては、上述の4つのサイクロイド曲線のうち一つの曲線のみを上記変形サイクロイド曲線とした場合でも、当該曲線と他の曲線との間のクリアランスの自由度を高めることができるため、機構の設計自由度を向上させることができ、歯車機構の性能をさらに高めることが可能になる。