(本発明の第1の実施形態)
以下、本発明の第1の実施形態につき、図面を参照しつつ説明する。本実施の形態は、本発明における「丸鋸」の一例としてバッテリを搭載した充電式の丸鋸(動力工具ともいう)を用いて説明する。図1は本実施の形態に係る丸鋸101の全体構成を示す側面図であり、図2は丸鋸101の全体構成を示す側断面図であり、図3は丸鋸101の全体構成を示す正面から見た断面図である。図1〜図3に示すように、本実施の形態に係る丸鋸101は、概括的に見て、被加工材(便宜上図示を省略する)上に載置されて切断方向に移動されるベース111と、当該ベース111の上方に配置される丸鋸本体部103を主体として構成される。
丸鋸本体部103は、鉛直面内で回転される円板状のブレード(鋸刃)113の概ね上半分を覆蓋するブレードケース104、駆動モータ115を収容するモータハウジング105、変速機構117を収容するギアハウジング107、及び作業者が把持して丸鋸101を操作するハンドグリップ109を主体として構成される。ブレード113は、被加工材を切断するべく回転駆動される鋸刃であり、本発明における「鋸刃」に対応し、駆動モータ115は、本発明における「動力源」に対応する。
ブレードケース104には、ブレード113の下半分を覆うセーフティカバー106が回動自在に付設されている。そして当該セーフティカバー106を含めたブレード113の下縁部が、ベース111に形成された開口111a(図3参照)を通して下面側に突出されている。セーフティカバー106は、被加工材を切断するべくベース111の前端部(図2において右側)を被加工材上に載置して前方(図1及び図2において右方向)へ移動させたとき、当該被加工材によって前端部を押されることで退避し、ブレードケース104内に収容される。ハンドグリップ109は、ギアハウジング107の上方に連接されるとともに、引き操作することによって駆動モータ115を通電駆動するトリガ109aを備えている。ブレード113は、駆動モータ115が通電駆動されると、変速機構117を介して回転駆動される。ここでいう変速機構117は、駆動モータ115とブレード113との間に介在してブレード113の回転速度を可変とする機構であり、本発明における「変速機構」に相当する。またハンドグリップ109の端部には、バッテリ108が着脱自在に装着される。なお、本実施の形態に係る駆動モータ115は、ブレーキ付きモータであって、また希土類モータが用いられている。また、バッテリ108としては、42ボルト以下のリチウムイオンバッテリを用いることが好ましい。
次に変速機構117につき、図4及び図5を参照して説明する。本実施の形態に係る変速機構117は、駆動モータ115のモータ軸116に同軸で接続された入力軸121、ブレード113が取付けられる出力軸としてのブレード取付軸125、及び入力軸121とブレード取付軸125の間に配置された中間軸123が、互いに平行に配置された平行3軸式であり、ブレード113に作用する負荷の大きさに応じて自動的に動力伝達経路が高速低トルクから低速高トルクに切替わる2段切替式として構成される。ここでいう中間軸123、ブレード取付軸(出力軸)125及び入力軸121がそれぞれ、本発明における「第1の回転軸」、「第2の回転軸」及び「入力軸」に対応する。図4及び図5は平行3軸式の変速機構117の展開断面図であり、図4は動力伝達経路が高速低トルク側に切替えられた状態を示し、図5は動力伝達経路が低速高トルク側に切替えられた状態を示す。なお、以下の説明では、ブレード取付軸125を出力軸という。
変速機構117は、入力軸121のトルクがピニオンギア131から第1中間ギア132、中間軸123、第2中間ギア133、第1被動ギア134を経て出力軸125に伝達される第1動力伝達経路P1と、入力軸121のトルクがピニオンギア131から第1中間ギア132、中間軸123、第3中間ギア135、第2被動ギア136を経て出力軸125に伝達される第2動力伝達経路P2を有する。そして、第2中間ギア133と第1被動ギア134のギア比(減速比)が第3中間ギア135と第2被動ギア136のギア比(減速比)よりも小さく設定されている。これにより、第1動力伝達経路P1が高速低トルクの動力伝達経路として定められ、第2動力伝達経路P2が低速高トルクの動力伝達経路として定められている。第1動力伝達経路P1及び第2動力伝達経路P2が矢印付き太線によって示される。ここでいう第1動力伝達経路P1が、本発明における「第1の動力伝達経路」に相当し、またここでいう第2動力伝達経路P2が、本発明における「第2の動力伝達経路」に相当する。また、ここでいう第2中間ギア133と第1被動ギア134により、本発明における「第1のギア列」が構成され、第3中間ギア135と第2被動ギア136により、本発明における「第2のギア列」が構成される。
変速機構117における、入力軸121、中間軸123及び出力軸125は、それぞれ軸受121a,123a,125aを介してギアハウジング107に回転自在に支持される。駆動ギアとしてのピニオンギア131は、入力軸121に一体に形成されている。第1中間ギア132と第3中間ギア135は、中間軸123上の一端側(駆動モータ115側であって、図示左側)に並列に配置されるとともに、共通のキー137を介して中間軸123と一体化されており、第1中間ギア132がピニオンギア131に常時に噛み合い係合され、第3中間ギア135が出力軸125上の一端側に設けられた第2被動ギア136と常時に噛み合い係合する構成とされる。第2中間ギア133は、出力軸125上の他端側(ブレード113側であって、図示右側)に軸受138を介して相対回転可能に取付けられており、出力軸125の他端側に配置されるとともにキー139を介して当該出力軸125と一体化された第1被動ギア134と常時に噛み合い係合している。
本実施の形態に係る丸鋸101においては、ブレード113による被加工材の切断作業時において、ブレード113に作用する負荷が小さい切断作業の初期段階では、出力軸125、すなわちブレード113を、高速低トルクの第1動力伝達経路P1によって回転駆動し、切断作業の進行に伴いブレード113に加わる負荷が一定値以上に達したときには、自動的に低速高トルクの第2動力伝達経路P2に切替わるように構成される。このような第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2への切替わりは、中間軸123上に摺動式噛み合いクラッチ141を設け、出力軸125上にはワンウェイクラッチ155を設けることで実現されている。ここでいう摺動式噛み合いクラッチ141が、本発明における「摺動式噛み合いクラッチ」に相当し、またここでいう摺動式噛み合いクラッチ141及びワンウェイクラッチ155によって、本発明における「第1及び第2のクラッチ」が構成される。なお、第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2への切替わりの具体的な設定に関しては、図26〜図28を参照しつつ後述する。
摺動式噛み合いクラッチ141の構成が図4及び図5の他、図6〜図10に示される。図6は摺動式噛み合いクラッチ141の外観図であり、図7は図6のA−A線断面図である。また図8は駆動側クラッチ部材142を示し、図9は被動側クラッチ部材143を示し、図10はトルクリング152を示している。摺動式噛み合いクラッチ141は、図6に示すように、中間軸123の長軸方向において、互いに対向状に配置された駆動側クラッチ部材142及び被動側クラッチ部材143と、駆動側クラッチ部材142を被動側クラッチ部材143に向けて押圧付勢するクラッチバネ144を主体として構成される。駆動側クラッチ部材142と被動側クラッチ部材143は、図8及び図9に示すように、互いに対向する側面にそれぞれ周方向に複数(例えば3個)の略台形状の山形カム141a,143aを有し、それら山形カム141a,143aが互いに噛み合い係合することによってトルクを伝達し(図4及び図6参照)、噛み合い係合が解除することでトルク伝達が遮断される構成とされる(図5参照)。
駆動側クラッチ部材142は、中間軸123に遊嵌状に嵌合されている。すなわち、中間軸123に対し周方向及び長軸方向に摺動自在に取付けられており、当該中間軸123に圧入固定されたトルク伝達部材としてのトルクリング152を介して回転駆動される構成とされる。トルクリング152は、図10に示すように、周方向等分位置に外径方向に突出する複数(3個)のトルク伝達部としての突部152aを備えている。駆動側クラッチ部材142の山形カム142aが形成されている方の側面には、トルクリング152の外形形状に概ね対応する形状の収容空間153が形成されており、当該収容空間153にトルクリング152が周方向への相対移動不能に収容されている。従って、中間軸123と共にトルクリング152が回転されると、駆動側クラッチ部材142は、収容空間153における当該トルクリング152の突部152aと係合する係合凹部153a(図8参照)の径方向の壁面、すなわちトルク伝達面153bを周方向に押圧されることで一体状に回転する。一方、被動側クラッチ部材143は、第2中間ギア133に一体化されている。
駆動側クラッチ部材142は、弾性部材としての圧縮コイルバネからなるクラッチバネ144によって、山形カム142aが被動側クラッチ部材143の山形カム143aに噛み合い係合して動力伝達状態とされる位置、すなわち動力伝達位置へと付勢されている。なお、クラッチバネ144は、駆動側クラッチ部材142と第1中間ギア132の間に弾発状に配置されている。
第1動力伝達経路P1によってブレード113が回転駆動されている状態において、当該ブレード113にクラッチバネ144の付勢力を超える一定値以上の負荷が作用すると、山形カム142a,143aの斜面に作用する長軸方向成分の力で駆動側クラッチ部材142が被動側クラッチ部材143から離間する方向へと移動(後退動作)される。すなわち、駆動側クラッチ部材142は、動力解除位置へと移動され、山形カム142a,143aの噛み合い係合が解除されて動力遮断状態とされる。図11(A)には摺動式噛み合いクラッチ141が動力伝達状態から動力遮断状態に変化する態様が示される。そして、摺動式噛み合いクラッチ141が動力遮断状態に切替わると、ワンウェイクラッチ145が作動し、動力伝達経路が高速低トルクの第1動力伝達経路P1から低速高トルクの第2動力伝達経路P2へと切り替えられる。
次にワンウェイクラッチ145につき説明する。ワンウェイクラッチ145の構成が図15及び図16に示される。図15は出力軸125に設けられた各部材を示す側面図であり、図16は図15におけるC−C線断面図である。ワンウェイクラッチ145は、第2被動ギア136と共に回転する外輪146と、外輪146と出力軸125の間に介在される複数の針状ころ147及びバネ148を主体として構成されている。針状ころ147は、外輪146の周方向に所定間隔で形成されたカム溝146a内に転動可能に配置され、バネ148によってカム面146bの噛み合い位置に向かって付勢されている。
従って、第1被動ギア134と共に外輪146が出力軸125に対して図16において右回りに回転されると、バネ148の付勢力によって針状ころ147がカム面146bと出力軸125との間に噛み込み、楔作用によって出力軸125を駆動する。この状態が図16に示される。一方、出力軸125が外輪146よりも高速で回転するときには、外輪146が出力軸125に対し相対的に図示左回りに回転することになる。このため、針状ころ147は、カム面146bから離れ、外輪146が出力軸125に対し空転する。つまり、摺動式噛み合いクラッチ141が動力伝達状態にあるときは、外輪146が出力軸125に対し相対的に図示左回りに回転されるため、ワンウェイクラッチ145は、空転し、動力伝達をしない。
上記のように構成された変速機構117によれば、駆動モータ115の停止状態では、摺動式噛み合いクラッチ141は、クラッチバネ144の付勢力で駆動側クラッチ部材142が被動側クラッチ部材143と接近する側へと移動されている。すなわち、両クラッチ部材142,143の山形カム142a,123aが互いに噛み合い係合する動力伝達状態に保持されている。かかる状態で、被加工材の切断作業を行なうべく駆動モータ115が通電駆動されると、駆動モータ115のトルクは、第1動力伝達経路P1を経て出力軸125に伝達される。すなわち、ピニオンギア131、第1中間ギア132、中間軸123、摺動式噛み合いクラッチ141、第2中間ギア133、第1被動ギア134及び出力軸125を経てブレード113が高速低トルクで回転駆動される。
このとき、中間軸123から第3中間ギア135及び第2被動ギア136を経てワンウェイクラッチ145の外輪146も回転されるが、前述したように、外輪146の回転速度よりも出力軸125の回転速度が高速であるため、外輪146は空転する。
上記のように、ブレード113による被加工材の切断作業は、第1動力伝達経路P1を使用しての高速低トルクで開始する。そして、切断作業が進行し、ブレード113に作用する負荷が摺動式噛み合いクラッチ141のクラッチバネ144にて設定される切替設定値を超えると、当該摺動式噛み合いクラッチ141が動力遮断状態に切替わる。すなわち、図11の(A)に示すように、駆動側クラッチ部材142に対し山形カム142a,143aのカム面(斜面)を経て作用する長軸方向成分で駆動側クラッチ部材142がクラッチバネ144の付勢力に抗して被動側クラッチ部材143から離間され、山形カム142a,143aの噛み合い係合が解除される。かくして、摺動式噛み合いクラッチ141が動力遮断状態に切替わり、出力軸125の回転速度がワンウェイクラッチ145の外輪146の回転速度を下回ると、バネ148の付勢力によって針状ころ147がカム面146bと出力軸125との間に噛み込み、楔作用によって出力軸125を駆動する。これにより駆動モータ115のトルクの伝達経路が第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替わり、ブレード113は、ピニオンギア131と第1中間ギア13のギア比、及び第3中間ギア135と第2被動ギア136とのギア比で定められた低速高トルクで回転駆動される。
上記のように、本実施の形態によれば、ブレード113に作用する負荷が小さい状態では、減速比の小さい第1動力伝達経路P1を使用して高速低トルクで被加工材の切断作業を遂行し、一方、ブレード113に大きな負荷が加わる状態では、ギア比の大きい第2動力伝達経路P2を使用して低速高トルクで切断作業を行なうことができる。
このように、ブレード113に作用する負荷に応じてトルクの伝達経路が高速低トルクの第1動力伝達経路P1から低速高トルクの第2動力伝達経路P2に自動的に切替わる構成としたことにより、変速機構を有しない丸鋸に比べて、駆動モータ115の焼損防止が図れるとともに、バッテリ108の1充電当たりの切断作業量を向上することができる。
特に、本実施の形態においては、変速機構117を構成するギア列における各ギアの噛み合い係合を保持した状態、すなわち各ギアの位置を固定した状態で、第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替えることができるため、変速動作を円滑に行なうことが可能となり、変速動作の円滑性を向上することができる。
また、本実施の形態によれば、中間軸123上に摺動式噛み合いクラッチ141を設ける一方、出力軸125上にワンウェイクラッチ145を設けているため、摺動式噛み合いクラッチ141の動作をコントロールすることのみで第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2への使用伝達経路の切替えが実現されることになり、合理的な変速機構117を構築することができる。
また、本実施の形態では、摺動式噛み合いクラッチ141を出力軸125よりも高速低トルクで回転する中間軸123上に設けたので、摺動式噛み合いクラッチ141に作用する負荷を小さくできる。このため、クラッチの保護あるいは耐久性を向上する上で有効となる。また、ギアハウジング107に対する各軸の配置から見て、中間軸123はギアハウジング107の中央寄りに配置される。このため、ワンウェイクラッチ145に比べて径方向に大型の摺動式噛み合いクラッチ141を中間軸123上に配置することで、ギアハウジング107の大型化を抑えることが可能になる。
ところで、丸鋸101の最大切り込み深さ(ベース111下面からのブレード111の下縁部の突出量)は、図2において、作業者が、ハンドグリップ109を下向きに押し下げて丸鋸本体部103を、ベース111の前端部に設定された回動軸(便宜上図示を省略する)を回動支点にして回動させたとき、便宜上図示を省略するが、ギアハウジング107に設けられた最大切り込み深さの規制部がベース111のストッパに当接することで規定される。従って、例えば外径の大きい摺動式噛み合いクラッチ141を出力軸125に設けたときは、出力軸125の中心からギアハウジング107の下端面107Lまでの距離が大きくなってしまい、最大切り込み能力に影響する。つまり最大切り込み能力が低下することになるが、本実施の形態によれば、中間軸123に摺動式噛み合いクラッチ141を設ける構成としたことにより、出力軸125からギアハウジング107の下端面107Lまでの距離を小さく設定することが可能なため、最大切り込み能力に影響しない。
一方、ワンウェイクラッチ145は、出力軸125上に設けている。減速側である出力軸125上の第2被動ギア136は、中間軸123上の第3中間ギア135よりも大径に設定される。このことから、ワンウェイクラッチ145を出力軸125と第2被動ギア136の間に設ける構成とすることで、ワンウェイクラッチ145の配置スペースが確保し易く、ワンウェイクラッチ145を容易に組み込むことが可能になる。
ところで、ブレード113に加わる負荷に応じて自動的に摺動式噛み合いクラッチ141の切替えを行なう構成の場合、ブレード113に加わる負荷がクラッチバネ144にて設定される切替設定値の周辺で変動した場合、摺動式噛み合いクラッチ141が頻繁に切替わることになる。そこで、かかる課題を解決するべく、本実施形態に係る変速機構117は、摺動式噛み合いクラッチ141が一旦動力遮断状態に切替わった後は、当該切替わった状態に保持するラッチ機構、及び切断作業の停止後(駆動モータ115の停止時)には、初期状態すなわち動力伝達状態に戻すリセット機構を有している。
以下、ラッチ機構151につき、主に図7、図8、及び図10、図11を参照して説明する。ラッチ機構151は、摺動式噛み合いクラッチ141における駆動側クラッチ部材142が動力遮断位置へ移動した際に、当該駆動側クラッチ部材142を動力遮断位置、詳しくは駆動側クラッチ部材142の山形カム142aが被動側クラッチ部材143の山形カム143aから引き離された位置(隙間を置いて対向する位置)に保持する機構として備えられる。ラッチ機構151は、前述のトルクリング152を主体として構成されている。ここでいうラッチ機構が、本発明における「ラッチ機構」に相当する。
トルクリング152を収容するべく形成された駆動側クラッチ部材142の収容空間153において、トルクリング152の突部152aが係合する係合凹部153aの回転方向前方領域には、前方に向かって上り勾配で傾斜する斜面153cが形成されている。そして、トルクリング152は、駆動側クラッチ部材142が動力伝達位置から動力遮断位置側へと移動して動力遮断状態とされる際、収容空間153から脱出して突部152aが斜面153c上に乗り上げ、これにより駆動側クラッチ部材142の山形カム142aを被動側クラッチ部材143の山形カム143aから引き離すように構成されている。このときの動作態様が図11に示される。図11における(A)がクラッチの動作を示し、(B)がラッチ部材としてのトルクリング152の動作を示している。なお、トルクリング152の突部152aの斜面153cへの乗り上げを円滑化するべく、突部152aの斜面153cとの対向面は、斜面あるいは円弧状の曲面で形成されている。
図11の最上段に示すように、駆動側クラッチ部材142が動力伝達位置に置かれた山形カム142a,143aの噛み合い係合状態では、前述のようにトルクリング152の突部152aが係合凹部153aのトルク伝達面153bと係合し、トルク伝達状態に保持されている。かかる状態において、クラッチバネ144にて設定された一定値以上の負荷がブレード113に作用し、駆動側クラッチ部材142が動力遮断位置に向かって後退動作すると、中間軸123に固定されているトルクリング152が駆動側クラッチ部材142に対し長軸方向、すなわち収容空間153から抜け出る(浮き上がる)方向に相対移動する。これにより、トルクリング152の突部152aが係合凹部153aから抜け出し、トルク伝達面153bから外れると、トルクを受けなくなった駆動側クラッチ部材142とトルクリング152との間に回転速度差が生じる。このため、トルクリング152が駆動側クラッチ部材142に対し周方向に相対移動し、トルクリング152の突部152aが斜面153cの端部に乗り上げる(図11の上から2段目参照)。この突部152aの乗り上げ動作により、駆動側クラッチ部材142が長軸方向に押される。すなわち、駆動側クラッチ部材142に対し山形カム142aを被動側クラッチ部材143の山形カム143aから切り離す方向(長軸方向)に力が加えられ、これにより、山形カム142a,143aの切り離しがアシストされる。その結果、山形カム142a,143aのカム面に作用する負荷が軽減されることになる。このことは、山形カム142a,143aの摩耗を低減することが可能となり、ひいてはクラッチバネ144にて設定される切替設定値の変動を抑制できる。
駆動側クラッチ部材142が更に後退動作し、山形カム142a,143aの噛み合い係合が解除されると、トルクリング152が駆動側クラッチ部材142に対し周方向に更に相対移動する。このため、突部152aが斜面153cに更に乗り上げる。すなわち、この乗り上げによる山形カム142a,143aの切り離しのアシストは、当該山形カム142a,143aの噛み合い係合の解除後も継続される。これにより駆動側クラッチ部材142が被動側クラッチ部材143から更に離間され、山形カム142a,143a間に長軸方向の隙間が生ずる。斜面153cに乗り上げた突部152aは、斜面153c前方に直立するストッパ面153dに係止し、その後、トルクリング152と駆動側クラッチ部材142は一体となって回転する。この状態が図11(B)の最下段に示される。
すなわち、トルクリング152は、駆動側クラッチ部材142が動力伝達状態から動力遮断状態へと切替わる際、当該駆動側クラッチ部材142の山形カム142aが被動側クラッチ部材143の山形カム143aから離間する動力遮断位置よりも更に後退移動された位置、つまり山形カム142a,143a間に長軸方向の所定の隙間が確保される隔離位置へと移動させて当該隔離位置に保持する。このように、摺動式噛み合いクラッチ141は、一旦動力遮断側に切替わると、その後ブレード113に加わる負荷の如何に拘わらず動力遮断状態を保持するため、ブレード113に加わる負荷がクラッチバネ144にて設定される切替設定値の周辺で変動した場合であっても、第2動力伝達経路P2を使用しての低速高トルクでの安定した切断作業を遂行することが可能となる。また、駆動側クラッチ部材142が隔離位置へと移動されて当該隔離位置に保持されることで、山形カム142a,143a間に長軸方向に一定の隙間が確保されるので、確実な動力遮断状態が得られ、山形カム142a,143aの当接による異音あるいは振動の発生を防止できる。
一方、切断作業後、駆動モータ115の通電駆動を停止すると、当該駆動モータ115のブレーキが作動する。これにより回転速度が減速される中間軸123と一体に回転するトルクリング152と、慣性トルクによって回転速度を維持しようとする駆動側クラッチ部材142の間には回転速度差が生じ、両部材が周方向に相対的に回動する。この周方向の相対回動は、トルクリング152の突部152aが駆動側クラッチ部材142の斜面153cから下りる方向である。このため、突部152cが収容空間153の係合凹部153aに嵌り込む。すなわち、トルクリング152は、初期位置へと復帰(リセット)することになり、これにより摺動式噛み合いクラッチ141の動力遮断状態の保持が自動的に解除される。つまり、駆動モータ115のブレーキ及び駆動側クラッチ部材142の慣性を利用したリセット機構が構成されている。ここでいうリセット機構が、本発明における「リセット機構」に相当する。なお、トルクリング152による動力遮断状態保持が解除されると、駆動側クラッチ部材142は、クラッチバネ144の付勢力によって動力伝達位置へと移動され、次の切断作業に備える。
また、本実施の形態に係る変速装置117の場合、駆動モータ115が起動する際、ブレード113の質量が大きく、慣性が大きいと、摺動式噛み合いクラッチ141が誤動作、すなわち、動力伝達状態から動力遮断状態に切替わり、変速する可能性がある。このような不具合を解決するべく本実施の形態に係る変速機構117は、起動時の変速を規制する変速規制機構161を備えている。ここでいう変速規制機構161が、本発明における「切替規制機構」を構成する。
以下、変速規制機構161につき、主に図12〜14を参照して説明する。図12は図6におけるB−B線断面図であり、図13は駆動側クラッチ部材142をクラッチバネ装着側から見た斜視図であり、図14はストッパ162を示す斜視図である。本実施の形態に係る変速規制機構161は、駆動側クラッチ部材142に放射状に配置された複数(例えば3個)のストッパ162及び弾性部材としての圧縮コイルバネ163を主体として構成されている。
各ストッパ162及び圧縮コイルバネ163は、駆動側クラッチ部材142のクラッチバネ装着面側(山形カム142aと反対側)の側面周方向等分位置に形成されたストッパ収容凹部164に収容され、径方向に移動可能とされている。各ストッパ162は、内径側の先端部が中間軸123の外周面と対向するとともに、圧縮コイルバネ163によって中間軸123側に向かって押圧付勢されている。中間軸123の外周面には、ストッパ162と対向する領域に周方向の環状溝165が形成されている。そして、駆動側クラッチ部材142が動力伝達位置に置かれたとき、各ストッパ162の径方向の先端部が中間軸123外周の環状溝165に径方向から突入されて弾発状に係合され、これにより駆動側クラッチ部材142を動力伝達位置に保持する構成とされる。この状態が図12及び図4に示される。
なお、圧縮コイルバネ163は、ストッパ162に設けたガイドピン166によって動作の安定化が図られている。また、駆動側クラッチ部材142の側面には、図4及び図5に示すように、ストッパ収容凹部164に収容されたストッパ162及び圧縮コイルバネ163を覆う円板状のカバー部材167が取付けられ、このカバー部材167には、クラッチバネ144の付勢力が作用している。
本実施の形態に係る変速規制機構161は、上記のように構成されている。駆動モータ115の停止状態では、摺動式噛み合いクラッチ141が動力伝達状態にある。このため、圧縮コイルバネ163によって内径方向へと付勢されているストッパ162は、中間軸123の環状溝165に係合されている。従って、駆動モータ115の起動時においては、中間軸123の環状溝165に係合するストッパ162によって駆動側クラッチ部材142の長軸方向の移動が規制されることになり、当該駆動側クラッチ部材142は、山形カム142aが被動側クラッチ部材142の山形カム143aと噛み合い係合する動力伝達位置に保持される。これにより、モータ起動時の摺動式噛み合いクラッチ141の誤動作を防止することができる。
しかして、駆動モータ115が起動し、回転数が上昇すると、それに伴い駆動側クラッチ部材142とともに回転するストッパ162に作用する遠心力によって当該ストッパ162が圧縮コイルバネ163の付勢力に抗して外側に移動し、環状溝165から脱出する(図5参照)。これにより駆動側クラッチ部材142のストッパ162による移動規制が解除され、駆動側クラッチ部材142のブレード113に加わる負荷に応じた動力伝達状態から動力遮断状態への切替わりが許容される。
このように、本実施の形態に係る変速規制機構161によれば、ブレード113の慣性が大きい電動丸鋸101において、駆動モータ115の起動時にブレード113の慣性で変速機構117が変速する、すなわち第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替わるといった誤動作を防止でき、これにより変速機構117の利点を十分に活用することが可能になる。また、このような変速規制機構161は、丸鋸101に限らず、研磨、研削作業に用いられるグラインダや比較的大径の穴明け作業に用いられるダイヤコアドリルのように、先端工具の質量が大きい動力工具において特に有効である。
また、本実施の形態では、変速規制機構161を中間軸123上に設けている。このことにより、出力軸125よりもトルクの小さい中間軸123上に環状溝165が形成されるので、たとえ溝部の軸径が細くなっても、大きなトルクが作用する出力軸125に設ける場合に比べると、耐久性を向上する上で有効となる。
また、本実施の形態では、ストッパ162を周方向3等分位置に配置したので、ストッパ162が環状溝165に係合した状態において、駆動側クラッチ部材142に作用する長軸方向の力を当該駆動側クラッチ部材142の回転中心を含む面受け構造で受けることができる。このため、駆動側クラッチ部材142が中間軸123に対し傾かないように支持し、芯振れを防止できる。
ところで低速高トルクでの切断作業中には、ブレード113に過大な負荷が作用する可能性がある。そこで、このような過大な負荷が作用した場合に備えて出力軸125上には、トルクリミッター154が設定されている。図17には出力軸125にトルクリミッター154が組み付けられた状態が示される。出力軸125は、その長軸方向において、第1及び第2被動ギア134,136が取付けられる基部側軸部125Aと、ブレード113が取り付けられる先端側軸部125Bとに2分割されるとともに、当該分割部位に介在されたトルクリミッター154によって接続されている。
出力軸125の基部側軸部125Aと先端側軸部125Bは、互いに遊嵌状に嵌合する円形突起と円形凹部を介して同軸上に配置されるとともに、互いに対向する鍔部125Aa,125Baを備えている。トルクリミッター154は、基部側軸部125Aの鍔部125Aaと先端側軸部125Bの鍔部125Ba間に挟み込まれた摩擦板155と、両鍔部125Aa,125Baが互いに押し付け合う方向に付勢力を作用する板バネ156により構成されており、板バネ156によって最大伝達トルクが定められている。
このように、最終軸である出力軸125上のトルクリミッター154によって最大伝達トルクが管理されるため、切断作業中において、ブレード113に過大な負荷が作用した場合には、摩擦板155が鍔部125Aa,125Baに対して滑ることで過大な負荷に対応することができる。
さて、本実施の形態に係る変速機構117は、変速モードを切替える(選択する)モード切替機構181を備えている。モード切替機構181は、本発明における「モード切替機構」に対応する。モード切替機構181は、ブレード113に作用する負荷に応じて、トルクの伝達経路が自動的に第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替わる自動変速モード、トルクの伝達経路が第1動力伝達経路P1に固定(限定)される高速モード、第2動力伝達経路P2に固定(限定)される低速モードの間で切替可能に構成される。
以下、モード切替機構181につき、主として図4、図5及び図18〜図21を参照して説明する。図18はモード切替機構181の外観図であり、図19〜図21は展開断面図である。なお、ギアハウジング107は、略円筒形状のインナハウジング107Aを有し、このインナハウジング107A内に前述した変速機構117が収容されている(図2及び図3参照)。インナハウジング107Aは、その長軸方向が変速機構117における中間軸123の長軸方向、従って摺動式噛み合いクラッチ141の長軸方向と平行に定められており、このインナハウジング107Aにモード切替機構181が取付けられている。
モード切替機構181は、実質的には、摺動式噛み合いクラッチ141につき、ブレード113に作用する負荷に応じて動力伝達状態と動力遮断状態との間で自動的に切替わる態様、すなわち自動変速モード、負荷の大小に拘わらず動力伝達状態に固定する態様、すなわち高速モード、負荷の大小に拘わらず動力遮断状態に固定する態様、すなわち低速モードの間で切替えることができるように構成される。モード切替機構181は、インナハウジング107Aの外周面に周方向に回動自在に取付けられたモード切替スリーブ182と、当該モード切替スリーブ182に取付けられた複数(本実施の形態では2本)の棒状の作動体183とを主体として構成されている。
インナハウジング107Aの外周面には、単一(複数でも可)のガイド溝107bが形成されている。モード切替スリーブ182は、その内周面に突条182aを有し、当該突条182aがインナハウジング107Aのガイド溝107bに係合され、インナハウジング107Aに対し長軸方向の移動が規制された状態で長軸回りに回動可能とされている。なお、モード切替スリーブ182は作業者により回動操作可能とされるが、当該回動操作については、便宜上図示を省略するが、例えば、ギアハウジング107に形成された開口部を通してモード切替スリーブ182を直接にて指で操作する、あるいはモード切替スリーブ182に一体状に設けたモード切替ハンドルをギアハウジング107の開口部を通して外部に露出させ、このモード切替ハンドルを介して操作するというような態様で構成することが可能である。
また、モード切替スリーブ182には、作動体183に対応する数(2個)の螺旋状の細孔(リード溝)182bが同一円周上に周方向に所定長さで形成されている。そして、各細孔182bには、作動体183の長軸方向の一端(基端)が摺動自在に係合されている。作動体183は、インナハウジング107Aに形成された長軸方向に延在するスリット107cを貫通してインナハウジング107A内の中間軸123の中心に向かって径方向に延在されている。すなわち、作動体183は、スリット107cによって周方向の移動が規制された状態で、当該スリット107cに沿う長軸方向への移動が許容されている。従って、モード切替スリーブ182が一方側あるいは他方側に回動操作されると、細孔182bに摺動自在に係合している作動体183がインナハウジング107Aのスリット107cに沿って長軸方向一方側あるいは他方側に移動し、この作動体183の長軸方向の移動(変位)を利用して噛み合いクラッチ141の作動状態の切替えが遂行される。モード切替スリーブ182を、図18においてLO方向に回動させたときの回動端位置が低速モード位置として定められ、HI方向に回動させたときの回動端位置が高速モード位置として定められ、両位置の中間位置が自動変速モード位置として定められている。
作動体183の先端は、クラッチバネ144の一端を受けるバネ受リング184の側面と、駆動側クラッチ部材142に固定されたカバー部材167の側面との間に挿入されている。バネ受リング184の中心部には、長軸方向に突出する円筒部184aが形成されている。バネ受リング184の円筒部184aは、カバー部材167の中心部に形成された円筒部167aの外周に長軸方向への相対移動が可能に遊嵌状に嵌合されるとともに、その端面がカバー部材167の側面に当接されている。これによりクラッチバネ144の付勢力がカバー部材167を介して駆動側クラッチ部材142の側面に作用する。バネ受リング184の側面とカバー部材167の側面とは、所定の間隔を置いて対向しており、この間に作動体183の先端が挿入されている。
本実施の形態に係るモード切替機構181は、上記のように構成されている。従って、モード切替スリーブ182が、例えば自動変速モード位置に置かれたときは、作動体183の先端は、バネ受リング184の側面側に移動され、カバー部材167の側面から離間している。このとき、作動体183の先端とカバー部材167の側面との間の長軸方向の距離が、駆動側クラッチ部材142と被動側クラッチ部材143との噛み合い係合を解除し得る長さ、すなわち駆動側クラッチ部材142の山形カム142aが被動側クラッチ部材143の山形カム143aから離間することを許容する長さに設定される。この状態が図4及び図5に示される。
このように、自動変速モードが選択された場合には、摺動式噛み合いクラッチ141が通常通り作動することが可能とされる。このため、丸鋸101による被加工材の加工作業時において、既述のブレード113に加わる負荷に応じた動力伝達経路の切替わりが自動的に遂行される。
モード切替スリーブ182が高速モード位置に切替えられたときには、作動体183の先端が、動力伝達位置に置かれた駆動クラッチ部材142のカバー部材167の側面に当接される。この状態が図19に示される。作動体183の先端がカバー部材167の側面に当接された状態では、丸鋸101の駆動時において、駆動側クラッチ部材142のクラッチ解除方向への移動が作動体183によって規制されるため、摺動式噛み合いクラッチ141はブレード113に加わる負荷の変動に関係なく、噛み合い係合状態が継続的に維持される。従って、駆動モータ115のトルクは、前述したように、摺動式噛み合いクラッチ141を経由する第1動力伝達経路P1を介してブレード113に伝達される。すなわち、高速モードが選択された場合には、変速機構117を第1動力伝達経路P1に固定した状態でブレード113を高速低トルクで駆動することができる。
次にモード切替スリーブ182が低速モード位置に切替えられたときには、作動体183の先端がバネ受リング184の側面を押動し、当該バネ受リング184をカバー部材167の側面から離間させる。このとき、バネ受リング184の円筒部184aの端面とカバー部材167の側面との間の距離が、駆動側クラッチ部材142と被動側クラッチ部材143との噛み合い係合を解除し得る長さに設定され、駆動側クラッチ部材142に対するクラッチバネ144の付勢力が作用しない。この状態が図20に示される。
この状態において、丸鋸101が駆動されると、駆動側クラッチ部材142の山形カム142aが被動側クラッチ143の山形カム143aから負荷を受けると、当該駆動側クラッチ部材142が動力解除位置へと後退動作されるとともに、前述したトルクリング152の作用により山形カム142aが被動側クラッチ143の山形カム143aから離間した動力解除位置に保持される。この状態が図21に示される。従って、駆動モータ115のトルクは、前述したように、ワンウェイクラッチ145を経由する第2動力伝達経路P2を介してブレード113に伝達される。すなわち、低速モードが選択された場合には、変速機構117を第2動力伝達経路P2に固定した状態でブレード113を低速高トルクで駆動することができる。
このように、本実施の形態に係るモード切替機構181によれば、変速機構117につき、被加工材の厚み(切り込み深さ)や硬度等に応じて、ブレード113を高速低トルクで駆動される高速モード、あるいは低速高トルクで駆動される低速モード、あるいは高速低トルクと低速高トルクの間で伝達経路が自動的に切替わる自動変速モードを適宜選択し、目的に応じて使い分けることが可能となる。このため、利便性が向上する。
(本発明の第2の実施形態)
次に本発明の第2の実施形態につき、図22及び図23を参照して説明する。図22はモード切替機構181及び変速トルク調節機構191を示す外観図であり、図23は展開断面図である。本実施の形態は、第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替わる変速の切替設定値(変速トルク値)につき、作業者が任意に調節することを可能とした変速トルク調節機構191を備えたものであり、この構成以外については、前述した第1の実施形態と同様に構成される。従って、図22及び図23に示された各構成部材については、同一符号を付してその説明を省略あるいは簡略化する。なお、変速トルク調節機構191は、前述したモード切替機構181と併設されており、従って、モード切替機構181によって自動変速モードが選択された場合に機能する。変速トルク調節機構191は、本発明における「切替設定値調節機構」に対応する。
変速トルク調節機構191は、実質的には、摺動式噛み合いクラッチ141の切替設定値を決定するバネの付勢力を調整するように構成される。本実施の形態では、既設のクラッチバネ144に加え、更にサブクラッチバネ195が備えられ、このサブクラッチバネ195の付勢力が調整可能とされる。変速トルク調節機構191は、変速トルク調節スリーブ192と、当該変速トルク調節スリーブ192に取付けられた付勢力調整用のバネ受部材193とを主体として構成される。
変速トルク調節スリーブ192は、モード切替スリーブ182の場合と同様、インナハウジング107Aに形成されたガイド溝107dに突条192aを介して長軸方向の移動が規制された状態で長軸回りに回動自在に取付けられている。バネ受部材193は、サブクラッチバネ195の一端を受けるバネ受円板部193aと、当該バネ受円板部193aから外径方向に延在する複数(本実施の形態では2本)のアーム部193bによって構成されている。そして、アーム部193bの端部が、作動体183の場合と同様、インナハウジング107Aに形成された長軸方向に延在するスリット107eを貫通するとともに、変速トルク調節スリーブ192に形成された螺旋状の細孔(リード溝)192bに摺動自在に係合されている。従って、変速トルク調節スリーブ192が一方側あるいは他方側に回動操作されると、細孔192bに摺動自在に係合しているバネ受部材193がインナハウジング107Aのスリット107eに沿って長軸方向一方側あるいは他方側に移動し、このバネ受部材193の長軸方向の移動(変位)を利用してサブクラッチバネ195の付勢力が調整される。なお、サブクラッチバネ195は、バネ受部材193のバネ受円板部193aとバネ受リング184との間に介在され、当該バネ受リング184を介して駆動側クラッチ部材142を動力伝達位置へ移動させる方向に付勢している。
また、変速トルク調節スリーブ192の回動操作については、モード切替スリーブ182の場合と同様の態様で操作できるように構成される。
本実施の形態に係る変速トルク調節機構191は、上述のように構成されている。従って、モード切替機構181によって自動変速モードを選択した状態において、変速トルク調節スリーブ192を図22におけるD方向に回動させたときには、バネ受部材193がバネ受リング184から離間する方向へと移動し、サブクラッチバネ194の付勢力が弱くなる。一方、変速トルク調節スリーブ192を図22におけるE方向に回動させたときには、バネ受部材193がバネ受リング184に近づく方向へと移動し、サブクラッチバネ194の付勢力が強くなる。
このように、本実施の形態に係る変速トルク調節機構191によれば、摺動式噛み合いクラッチ141のサブクラッチバネ194の付勢力を調整することにより、第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替わる変速の切替設定値を作業者が任意に調整することができる。また、本実施の形態では、螺旋状溝107dを利用したネジ式によって変速トルク調節スリーブ192を調整する構成のため、変速の切替設定値の調整が無段階調整となり、きめ細かい調整が可能となる。
なお、上述した第1及び第2の実施形態では、摺動式噛み合いクラッチ141を中間軸123上に設けたが、これを出力軸125に設けることが可能であり、このことが図24及び図25に示される。図24及び図25は変速機構117の構成を示す展開断面図である。ただし、図24及び図25では、モード切替機構181及び変速トルク調節機構191については、便宜上図示が省略されている。
摺動式噛み合いクラッチ141は、出力軸125上に取付けられている。このような配置構成としたことにより、中間軸123上に配置される第2中間ギア133が当該中間軸123にキー139によって固定され、当該第2中間ギア133と常時に噛み合い係合する第1被動ギア134は、出力軸125に軸受138を介して回転自在に支持される。
また、摺動式噛み合いクラッチ141は、駆動側クラッチ部材142と被動側クラッチ部材143とクラッチバネ144を主体として構成されることについては、前述した第1の実施形態の場合と同様であるが、中間軸123上に配置する構成とした第1の実施形態の場合とは、動力の伝達方向が逆転している。つまり、第1被動ギア134と共に回転するクラッチ部材143が駆動側とされ、トルクリング152を介して出力軸125と共に回転するクラッチ部材142が被動側となる。そしてクラッチバネ144は、被動側クラッチ部材142と、ワンウェイクラッチ145が組み付けられる第2被動ギア136との間に介在され、当該被動側クラッチ部材142を駆動側クラッチ部材143に接近させる方向に付勢している。
従って、ブレード113に加わる負荷が小さい状態では、駆動モータ115のトルクは、入力軸121のピニオンギア131、第1中間ギア132、中間軸123、第2中間ギア133、第1被動ギア134、摺動式噛み合いクラッチ141及び出力軸125によって構成される第1動力伝達経路P1を経てブレード113に伝達され、ブレード113は、高速低トルクで回転駆動される。この状態が図24に示される。
そして、クラッチバネ144及びサブクラッチバネにて定められる切替設定値を超える負荷がブレード113に作用すると、被動側クラッチ部材142がクラッチバネ144及びサブクラッチバネの付勢力に抗して動力伝達位置から動力遮断位置へ移動される。これにより被動側クラッチ部材142の山形カム142aが駆動側クラッチ部材143の山形カム143aから離間して噛み合い係合が解除される。すると、駆動モータ115のトルクは、入力軸121のピニオンギア131、第1中間ギア132、中間軸123、第3中間ギア135、第2被動ギア136、ワンウェイクラッチ145及び出力軸125によって構成される第2動力伝達経路P2を経てブレード113に伝達され、ブレード113は、低速高トルクで回転駆動される。この状態が図25に示される。
上記のように、本実施の形態においても、前述した第1の実施形態と同様、変速機構117を構成するギア列における各ギアの噛み合い係合を保持した状態、すなわち各ギアの位置を固定した状態で、第1動力伝達経路P1から第2動力伝達経路P2に切替えることができるため、変速動作を円滑に行なうことが可能となり、変速動作の円滑性を向上することができる。
ここで、上記構成の変速機構117において、第1動力伝達経路P1と第2動力伝達経路P2との間での切替わりの具体的な設定につき、以下に詳細に説明する。この設定では、ギアの組み合わせを適宜選択することによって、第1の設定モード及び第2の設定モードを少なくとも形成可能とされる。
第1の設定モードは、ブレード113のトルクが相対的に低く且つ回転速度が相対的に高い設定モード(高速−低トルクモード)として規定される。一方、第2の設定モードは、ブレード113のトルクが相対的に高く且つ回転速度が相対的に低い設定モード(低速−高トルクモード)として規定される。これら第1の設定モード及び第2の設定モードの典型例に関しては、図26〜図28が参照される。ここで図26には、本実施の形態の駆動モータ115のブレード113の回転に係るトルク[N・m]と回転数[min−1]との相関グラフが示され、図27には、本実施の形態の駆動モータ115のブレード113の回転に係るトルク[N・m]と出力[W]との相関グラフが示され、また図28には、本実施の形態の駆動モータ115のブレード113の回転に係るトルク[N・m]と効率[%]との相関グラフが示される。
図26に示すように、第1の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の回転数特性に関し、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の中間トルクTMを下回るトルク領域にて第1の回転数特性直線S1を形成する。一方、第2の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の回転数特性に関し、中間トルクTMを上回るトルク領域にて第2の回転数特性直線S2を形成する。この第2の回転数特性直線S2は、第1の回転数特性直線S1から連続して形成される。すなわち、本実施の形態では、中間トルクTMを境界として、軽負荷時(「低負荷時」ともいう)と重負荷時(「高負荷時」ともいう)とで、回転数に関する特性直線が切り替わるように設定される。このような回転数設定においては、いずれか一方のみの回転数特性直線を用いる場合に比して、高回転状態を得ることができ、とりわけ軽負荷時における回転数を高めることが可能となる。
また、図27に示すように、第1の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の出力特性に関し、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の中間トルクTMを下回るトルク領域にて1つのピーク(図27の場合、最小トルクTLと中間トルクTMとの間の出力)を有する略山形の第1の出力特性曲線C1を形成する。一方、第2の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の出力特性に関し、中間トルクTMを上回るトルク領域にて1つのピーク(図27の場合、最大トルクTHに対応する出力)を有する略山形の第2の出力特性曲線C2を形成する。この第2の出力特性曲線C2は、第1の出力特性曲線C1から連続して形成される。すなわち、本実施の形態では、中間トルクTMを境界として、軽負荷時と重負荷時とで、出力に関する特性曲線が切り替わるように設定される。なお、ここでいう最小トルクTLは、ブレード113による被加工材の最小切り込み深さに基づいて規定され、また最大トルクTHは、ブレード113による被加工材の最大切り込み深さに基づいて規定される。また、中間トルクTMは、クラッチバネ144の付勢力の設定によって所定の値、或いは所定の数値範囲として規定され得る。このような出力設定においては、いずれか一方のみの出力特性曲線を用いる場合に比して、高出力状態が安定して得られることとなる。なお、被加工材の切り込み深さに限らず、被加工材の材種や被加工材の切り方(直角切り、傾斜切り等)などに基づいてトルクが規定されてもよい。
また、図28に示すように、第1の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の効率特性に関し、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の中間トルクTMを下回るトルク領域にて1つのピーク(図28の場合、最小トルクTLと中間トルクTMとの間の効率)を有する略山形の第1の効率特性曲線C3を形成する。一方、第2の設定モードでは、最小トルクTLと最大トルクTHとの間の通常使用トルク範囲ΔTにおけるブレード113の効率特性に関し、中間トルクTMを上回るトルク領域にて1つのピーク(図28の場合、中間トルクTMと最大トルクTHとの間の効率)を有する略山形の第2の効率特性曲線C4を形成する。第2の効率特性曲線C4は、第1の効率特性曲線C3から連続して形成される。すなわち、本実施の形態では、中間トルクTMを境界として、軽負荷時と重負荷時とで、効率に関する特性曲線が切り替わるように設定される。このような効率設定においては、いずれか一方のみの効率特性曲線を用いる場合に比して、高効率状態が安定して得られることとなる。とりわけ重負荷時での第2の設定モードにおいては、大きなトルクを発生させるギア比に設定可能であるため、重負荷のかかる大径のブレード使用時におけるロックを防止することでき、大径のブレードを搭載可能となる。
本実施の形態の変速機構117におけるこのような設定によれば、出力軸125に加わる負荷トルクに応じて、少なくとも2つの設定モードを設けることで、切断作業時に生じる負荷トルクの変動に対応して円滑に切断作業を遂行することが可能となり、以って切断作業の円滑化向上を図ることが可能となる。また、2つの設定モードのうちのいずれか一方の設定モードのみに設定された変速機構と比較した場合、出力及び効率を高いレベルで安定化させることが可能となり、特に軽負荷時での第1の設定モードにおいてはブレード113の回転速度を高めることが可能となる一方、重負荷時での第2の設定モードにおいては大きなトルクを発生させるギア比に設定可能であり、大径のブレードを搭載可能となる。これにより、最大切断能力を向上させることが可能となる。
具体的な効果として、バッテリのみを用いる形式の丸鋸の場合には、効率を高いレベルで安定化させることで、作業量を向上させ或いは作業時間を短縮することが可能となる上に、トルクの細いDC機においてもAC機のような使用感を持たせることが可能となる。また、バッテリ(DC)及びAC電源を用いる形式の丸鋸の場合には、出力を高いレベルで安定化させることで、重負荷時においてブレード113がロックされる回数を低減させ或いはロックトルク値を高め、また電流消費を低減させることができ、以って駆動モータ115の焼損防止、バッテリ過電流の保護を図ることが可能となる。また、材料に応じた最適設定によって切断速度を向上させることが可能となる。更に、ブレード113の周速を高めることによって細かい切断を行なうことができ、以って切断面(バリ、面粗度)の向上を図ることが可能となる。
なお、本発明では、本実施の形態の第1の設定モード及び第2の設定モードに加えて、更なる別の設定モードが設定されてもよい。また、第1の設定モード及び第2の設定モードでは、必要に応じて少なくとも1つのピークを有する略山形の出力特性曲線が形成されるように、また少なくとも1つのピークを有する略山形の効率特性曲線が形成されるように設定することが可能である。
また、本実施の形態の変速機構117では、第1の設定モードにおける第1の出力特性曲線C1のピークに対応する第1トルクと、第2の設定モードにおける第2の出力特性曲線C2のピークに対応する第2トルクとに関し、第1トルクに対する第2トルクの比率が1.5〜2.5とされた設定を採用するのが好ましい。同様に、第1の設定モードにおける第1の効率特性曲線C3のピークに対応する第1トルクと、第2の設定モードにおける第2の効率特性曲線C4のピークに対応する第2トルクとに関し、第1トルクに対する第2トルクの比率が1.5〜2.5とされた設定を採用するのが好ましい。また、本実施の変速機構117では、第2中間ギア133に対する第1被動ギア134の第1ギア比と、第3中間ギア135に対する第2被動ギア136の第2ギア比とに関し、第1ギア比に対する第2ギア比の比率が1.5〜2.5とされた設定を採用するのが好ましい。トルク及びギア比に関するこのような設定によれば、実用的に変速動作の円滑性の高い変速機構を構成することが可能となる。
なお、第1の設定モードと第2の設定モードとの切り替えは、上記実施の形態のようなクラッチバネ144による機械的な検知機構、或いはトルクを連続的或いは断続的に検出するセンサ等による電気的な検知機構による実際の検知情報に基づいて自動で行なわれる自動式であってもよいし、或いは作業者による操作部材の手動操作によって行なわれる手動式であってもよい。また、上記実施の形態では、第2の設定モードがラッチ機構151を介して保持される場合について記載したが、ラッチ機構151を省略した場合には、検知トルクが中間トルクを上回った場合に第1の設定モードから第2の設定モードへと切り替わる一方、当該検知トルクが中間トルクを下回った場合に第2の設定モードから第1の設定モードへと切り替わる構成とされる。
また、本実施の形態に係る変速機構117は、3軸平行式の場合で説明したが、入力軸と出力軸との2本の平行軸から構成される2軸式であっても成立する。また、ワンウェイクラッチ145を中間軸123側に設けても成立する。また、本実施の形態の変速機構117では、ギアを常時噛み合い式とする場合について記載したが、必要に応じてギアの噛み合い係合が一時的に解除されるタイプの変速機構に本発明を適用することも可能である。また、本発明では、本実施の形態のラッチ機構151、変速規制機構(切替規制機構)161、変速トルク調節機構(切替設定値調節機構)191のうちの少なくとも1つを必要に応じて適宜省略することもできる。また、本発明では、本実施の形態の摺動式噛み合いクラッチ141以外のクラッチ、例えば電磁式のクラッチ等を採用することもできる。また、本実施の形態は、充電式の丸鋸101の場合で説明したが、これに限られるものではない。丸鋸であっても、バッテリの代わりにAC電源を用いる形式の丸鋸、あるいは図示のような手持式のほか、ベースに設置されたテーブル上に被加工材を載せて切断作業を行なう卓上丸鋸や卓上スライド丸鋸に適用できるし、木工用、金工用、窯業用或いはプラスチック用のいずれにも適用することが可能である。この場合、鋸刃として、チップソー、ノコ刃、切断砥石、ダイヤモンドホイールなどを用いることが可能である。