本発明は、アレルギー疾患に対するペプチド免疫療法に有効な多重エピトープペプチドに関する。
アレルギー疾患は、I型過敏症(hypersensitivity)免疫反応、すなわち、IgE抗体を介したI型免疫反応が基盤となって生じた機能障害、あるいは障害による疾患群と定義される。その病態は、花粉症、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、アナフィラキシーショックなどである。花粉症は、アレルギー疾患の代表的疾患であり、我が国では、約10%の人達がスギ花粉症に苦しめられているが、なお、その数は増加の一途をたどっている。米国では、ブタクサ花粉症の患者が5〜15%いると推測されている。このように花粉症は、その患者数が多いこと、眼のかゆみ、鼻水、くしゃみ、鼻づまり等のつらい症状を伴うこと、一度発病すると毎年繰り返すこと等から社会的、経済的にも大きな問題であり、根本的治療法の開発が切望されている。
I型アレルギー反応の成立に関する研究は、アレルギー疾患の理解と治療にあたって重要である。現在、アレルゲン特異的免疫反応における初期の反応、特に、T細胞によるアレルギー反応制御のメカニズムの解明に焦点があてられている。アレルゲンを含む外来抗原に対する免疫反応の開始は、免疫システムの抗原提示細胞に依存する。B細胞、マクロファージ、および樹状細胞を含む抗原提示細胞は、外来抗原を取り込み、抗原ペプチド(T細胞エピトープペプチド)まで断片化してMHCクラスII分子(ヒトではHLAクラスII)のα鎖およびβ鎖で形成されるポケットに収容し、細胞表面に表現し、抗原特異的CD4陽性ヘルパーT細胞(Th細胞)に抗原提示する。HLAクラスII分子はDR、DQおよびDP分子からなり、DR分子のα鎖はHLA-DRA、β鎖はHLA-DRB1、-DRB3、-DRB4または-DRB5遺伝子によりコードされ、DQ分子のα鎖は、HLA-DQA1、β鎖はHLA-DQB1遺伝子によりコードされ、DP分子のα鎖はHLA-DPA1、β鎖はHLA-DPB1遺伝子によってコードされている。HLA-DRAを除く各々の遺伝子は多くの対立遺伝子を含み、抗原ペプチドを収容するポケットは高度の多型性を示し、その構造が微妙に異なる。その結果、ポケットに結合しT細胞に提示される抗原ペプチドの種類はおのずとその構造に制限される。
HLAクラスII拘束性の抗原情報をT細胞レセプター(TCR)を介して受け取ったTh細胞は、活性化し、種々のサイトカインを分泌することにより自ら増殖するとともに、B細胞を形質細胞に分化させ、抗体産生を誘導する。抗原刺激によって活性化されたTh細胞は、サイトカインの産生パターンの相違によってインターロイキン2(IL−2)、インターフェロンγ(IFN−γ)、腫瘍壊死因子β(TNF−β)を産生するTh1細胞、IL-4,IL-5,IL-6,IL-10,IL-13を産生するTh2細胞、両方のサイトカインを産生するTh0細胞、に分類される。アレルギーの原因となるIgE抗体の産生は、IL−4、IL−13によって促進されるが、IFN−γによって抑制される。すなわち、Th1細胞はIgEの産生を抑制し、Th2細胞はそれを促進する。抗原の侵入に際し、Th1細胞が働くかTh2細胞が働くかでアレルギーの感作が生じるか否かが定まるともいえる。実際、アレルギー患者ではTh2細胞が優位に働いていることが知られている。アレルゲン特異的IgE抗体は、末梢血中の好塩基球および組織のマスト細胞に固着し、引き続くアレルゲンの侵入により、アレルゲンを介してIgE抗体が好塩基球やマスト細胞上で架橋し、その結果、ヒスタミン、プロスタグランジンおよびロイコトリエンを含む炎症性メディエーターが放出され、即時性アレルギー反応が引き起こされる。これらの炎症性メディエーターに応答して、局所に集積したリンパ球、単球、好塩基球、および好酸球が活性化され、組織に障害を含む様々な反応をもたらすメディエーターを遊離することにより遅発アレルギー反応が引き起こされる。
抗原特異的にIgE抗体産生を抑制することで特定のアレルギーを治療しようとする試みの一つに、アレルゲンタンパク分子を用いた減感作療法がある。減感作療法は、薬物療法では得ることの出来ない長期にわたる持続効果があり、唯一の根本的治療に近いにもかかわらず、かならずしも一般的な治療法として認知されていないのが現状である。その理由として、この治療法に伴う副作用(局所の腫脹やアナフィラキシーショックなど)の危険性のほかに、この治療法がどうして有効なのかその作用機序がいまだに不明である点があげられる。
そこで登場したのがT細胞エピトープを有するペプチド抗原を用いた減感作の考え方である。この治療方法に用いられるアレルゲン分子上のT細胞エピトープを含むペプチド断片は、B細胞エピトープを含まない、あるいは含んでいても1価であり、マスト細胞の高親和性IgEレセプターをクロスリンクできない、などの理由により、患者に投与してもアナフィラキシーなどの副作用がおこらないと考えられる。さらに、T細胞エピトープを生体に投与すると、T細胞が抗原特異的に不活性化(アナジー、anergy)される現象が知られている(La Salle JM, et al.: J. Exp. Med. 176: 177-186, 1992)。このような理論的背景のもとにネコの毛アレルゲンFel d 1の主要T細胞エピトープを含むペプチドを用いた減感作の動物実験が行われ、in vitroでT細胞アナジーが誘導されることが報告されており(Briner, T. J. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 7608-7612, 1994)、現在このペプチドを用いた減感作の臨床試験が行われている(Norman, P. S. et al.: Am. J. Respir. Crit. Care Med. 154: 1623-1628, 1996; Simons, F. E. et al.: Int. Immunol. 8: 1937-1945, 1996)。このようなアレルゲン分子上の主要T細胞エピトープを含むペプチドを用いた減感作療法は「Peptide-based Immunotherapy」(ペプチド免疫療法あるいはペプチド減感作療法)と呼ばれている。
ペプチド免疫療法に用いるT細胞エピトープペプチドの選定基準として、重要度指数(Positivity Index; 平均T細胞刺激係数×出現頻度)が考案されている(国際公開第94/01560号)。また、ペプチドデザインに際して患者集団におけるHLAハプロタイプの多様性をカバーすべきであるとの報告がある(Wallrer, B. P. & Gefter M. L.: Allergy, 49: 302-308, 1994)。
「T細胞エピトープまたはT細胞エピトープペプチド」とは、アレルゲン特異的T細胞の活性化能(例えば、サイトカイン産生やDNA合成としてとらえられる)を有するT細胞エピトープ、及び該エピトープを含む抗原ペプチドを意味する。
アレルギー患者の中には異なる2種類以上のアレルゲン分子のそれぞれに特異的IgE抗体を持っている者が多い。このような患者にも有効なペプチド免疫療法剤を開発することはアレルギーの根本治療に必要である。しかしながらこれまでにこのような免疫療法剤は開発されてはおらず、上記文献にもこのような発想は示されていない。従って、本発明は、異なる2種以上のアレルゲンに感受性のアレルギー患者にも有効なペプチド免疫療法剤を提供することを課題とする。
スギ花粉主要アレルゲンには、Cry j 1(Yasueda, H. et al.:J. Allergy Clin. Immunol. 71:77-86, 1983)及びCry j 2(Taniai, M. et al.:FEBS Letter 239: 329-332, 1988; Sakaguchi, M. et al.:Allergy. 45: 309-312, 1990)があるが、スギ花粉症患者の90%以上はCry j 1とCry j 2それぞれに対する特異的なIgE抗体をもっており、残り10%弱の患者は、Cry j 1又はCry j 2のどちらか一方に対する特異的IgE抗体をもっている(Hashimoto, M. et al.:Clin. Exp. Allergy 25:848-852, 1995)。従って、本発明者らは、スギ花粉症に対するペプチド免疫療法にCry j 1のみ、或いはCry j 2のみのT細胞エピト−プを用いた場合には、患者の90%に対して十分な有効性は期待できないと考え、Cry j 1のT細胞エピトープ及びCry j 2のT細胞エピトープを同一分子内に含む多重エピトープを作製した。そして、当該多重エピトープペプチドがin vitroにおいて、花粉症患者のT細胞を活性化し、かつ当該患者のIgE抗体と反応せず、マウスを用いたin vivoにおいても免疫応答を誘導することを見出し、この新規な知見から、当該多重エピトープペプチドがスギ花粉症患者に対するペプチド免疫療法剤として有効であることが判明した。
更に、本発明者らはこの考え方を進展させて、スギ花粉症の症例では、ヒノキ花粉に対しても臨床症状を発現する例が多いことから、ヒノキ花粉アレルゲンCha o 1のT細胞エピトープ(特願平8-153527号)とスギ花粉アレルゲンCry j 1のT細胞エピトープとを同一分子内に含む多重エピトープを作製し、当該多重エピトープペプチドが、それぞれのT細胞エピトープには反応しないスギ花粉症患者及びヒノキ花粉症患者のT細胞を活性化することを見出した。これらの新規な知見に基づき、このような多重エピトープのデザインは、スギ花粉アレルゲン及びヒノキ花粉アレルゲンに限定されず他のさまざまなアレルゲン由来のT細胞エピトープに適用できることが判明した。
さらにまた、より多くの患者に効果が期待されるように、多重エピトープをデザインする際のT細胞エピトープの選定基準として、患者集団(民族も含めて)における HLA ハプロタイプを調査し、母集団におけるHLAハプロタイプの出現頻度が高いHLAに結合するエピトープをなるべく選択するように配慮すると共に、各エピトープがなるべく同一のHLAクラスII分子によって抗原提示されるものではなく、異なったタイプのHLAクラスII分子によって抗原提示されるT細胞エピトープペプチドを選定することにより、さらに有効対象患者を拡大させることを明らかにした。
すなわち、本発明は、請求の範囲の各請求項に記載の発明からなる。
以下に本発明をスギ花粉、或いはヒノキ花粉に感受性の患者、またはその双方に感受性の患者に有効な多重エピトープペプチドのデザインについて説明するが、本発明はこれらのアレルゲンに感受性の患者のみに限定されない。例えば、すでに一次構造が明らかにされている他のアレルゲン、例えば、ブタクサ(Amba1,Amba2,Amba5,Ambt5,Ambp5)、カモガヤ(Dacg2)、ホソムギ(Lolp1,Lolp2,Lolp3)などの草木花粉、ハンノキ(Alng1)、カバ(Betv1,Betv2)、マウンテンセダ−(Juns1)、エンピツビャクシン(Junv1)などの樹木花粉、或いはその他ここに記載しないさまざまなアレルゲンにも本発明の技術思想は適用され得る。
本明細書において、「多重エピトープペプチド」とは、異なるアレルゲン分子由来のT細胞エピトープが含まれているペプチド(抗原ペプチド又は単にペプチドともいう)を直鎖状に連結して1分子としたペプチドを意味する。また、T細胞エピトープを含むペプチド領域の間に、新たに認識されるエピトープ部位が生じる可能性を減少させるために、抗原提示細胞内で切断される領域を介在させることが好ましい。結果として、該切断領域で多重エピトープペプチドが個々の抗原ペプチドに切断されるので、個別の抗原ペプチドを混合物として投与した場合と同等の効果が期待される。なお、該切断領域は、生体内で切断を受ける限りはいかなる構造でもよいが、ライソゾームに含まれる酵素であるカテプシンBの認識配列であるアルギニンダイマーまたはリシンダイマーを用いることができる。
本発明の多重エピトープペプチドデザインについて、スギ花粉アレルゲンCry j 1およびCry j 2を例として説明する。
スギ花粉症患者末梢血リンパ球をCry j 1またはCry j 2で刺激し、患者ごとのT細胞ラインを作製する。Cry j 1(国際公開第94/01560号)またはCry j 2(Komiyama, N. et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun. 201: 1201, 1994)の全一次構造をカバーする15アミノ酸程度のオーバーラッピングペプチドで患者から樹立したT細胞ラインを刺激することにより、Cry j 1またはCry j 2分子上でT細胞エピトープとして認識されるアミノ酸配列を同定する(図1、図2)。
次に、これら抗原ペプチドと結合するHLAクラスII分子をタイピングする。
ヒトの場合、HLAクラスII分子の遺伝子座には、DR、DQ及びDP分子が存在することが知られている。このことは、抗原を提示する抗原提示分子DR、DQ及びDPによりT細胞の分化が規定されている可能性を意味している。そのため、Cry j 1またはCry j 2の抗原ペプチドがどの遺伝子座由来の抗原提示分子で提示されるのか、また、DR、DQ、またはDP分子を介して抗原ペプチド情報を受け取ったT細胞は、Th1またはTh2細胞のどちらに分化しやすい傾向にあるのかを患者毎に樹立したT細胞クローンを用いて決定する(図3、4)。
図3、4から、抗原ペプチドの刺激後のTh1、Th2またはTh0への分化は特定のエピトープ、特定のHLA分子の組み合わせでは規定されていないことが明らかである。すなわち、本発明の多重エピトープペプチドのデザインのためにペプチドを選定する場合には、最低限T細胞エピトープ部位を含むペプチドであれば、T細胞を刺激することができるため、抗原ペプチド選定の候補となり得る。
多重エピトープペプチドデザインのためのペプチドを選定する基準は、(1)まず重要度指数(国際公開第94/01560号)の高い順番にペプチドを選定する(但し重要度指数は約100以上のものを選定する)、(2)出現頻度の高いHLAクラスII分子を抗原提示分子としているペプチドを選定する、(3)重要度指数にあまり差がない場合、有効性を上昇させるために、異なったタイプの拘束分子で提示されるペプチドを選定することである。つまりあるアレルギー疾患に対する当該アレルゲンのT細胞エピトープを選択するとき、ある集団のアレルギー患者のHLA ハプロタイプの解析を行ない、かつその患者集団が属する母集団の当該HLAハプロタイプの遺伝子頻度の高いT細胞エピトープを選択するのが最も効果が期待される選択である。逆の言い方をすれば、このようにして選択したT細胞エピトープは他の集団では全く有効性が認められなくなる場合があることを意味している。
例えば HLA ハプロタイプのDPB1*0501 を例にすると、あるアレルギー疾患で日本人患者がこの HLA ハプロタイプが高頻度で認められ、この HLA ハプロタイプ拘束性のT細胞エピトープを選択したとする。一方こうして選択したペプチドは北アメリカ人で同じアレルギー疾患の患者に有効性はほとんど期待されない。なぜなら、この HLA ハプロタイプは日本人集団での遺伝子頻度が39.0%と非常に高いが、北アメリカでの白人集団で1.3%、黒人集団で0.8%と非常に低いからである。北アメリカ人から HLA-DP 拘束性のT細胞エピトープを選択するなら DPB1*0401 (北アメリカ;白人30.2%、黒人11.1%、日本人;4.8%)等を選択すべきである。さらに、抗原提示分子がDR、DQ、DPというように異なる遺伝子座レベル、または遺伝子座が同一でも異なったハプロタイプの抗原提示分子で提示されるペプチドを選定することが重要である。
この際、選定すべきエピトープ部位にシステイン残基が含まれていないことが好ましい。システイン残基がエピトープ部位に含まれていると、HLAクラスII分子に非特異的に結合する可能性があり、システイン残基を含む抗原ペプチドで免疫すると、本来は抗原ではない部位が、新たなエピトープとして認識される可能性がある。エピトープとして認識された場合には、2回目、3回目のペプチド投与により、システインを含むエピトープが認識され、副作用が現れる危険性が高くなると予測される。
以下、多重エピトープデザインの具体例を示す。図1と図2に示したCry j 1とCry j 2の重要度指数を用いると、Cry j 1におけるT細胞エピトープの重要度指数は、ペプチド番号43番のアミノ酸番号211-225(以下p211-225と表示する)(拘束分子 DPA1*0101 - DPB1*0501)が一番高く、ペプチド番号22番p106-120(拘束分子 DRB5*0101)が2番目である。この2者は多重エピトープペプチドに使用する抗原ペプチドとして選定できる。また、Cry j 2における重要度指数は、ペプチド番号14番p66-80(拘束分子 DRB5*0101)と38番p186-200(DRB4*0101)が高く同様に抗原ペプチドとして選定できる。Cry j 2のペプチド番号38番の前に位置するペプチド番号37番p181-195は、重要度指数が280であるが拘束分子がDPA1*0101 - DPB1*0201であり、38番の拘束分子とは異なる。ペプチド37番p181-195はペプチド番号38番p186-200と10残基オーバーラップしており、38番の前に37番の4残基を付加し、HLA-DP分子拘束性のペプチドとして選択できる。これまで選定してきたペプチドの中にはDQ拘束性を示す抗原ペプチドは存在しない。Cry j 1のペプチド番号4番p16-30はDQA1*0102-DQB1*0602が拘束分子であるが、エピトープの中央にシステイン残基が含まれるため選定できない。Cry j 2のペプチド番号69〜70番に該当するp341-360はDQA1*0102-DQB1*0602 で提示されるペプチドであるが、これも70番のペプチドの中にはシステインが含まれている。しかし、システインを含まない69番のペプチドのみでもT細胞を活性化することができるため、12残基のみ、即ちp344-355(ISLKLTSGKIAS)を選定できる。また、Cry j 1のペプチド番号22番p106-120は107番目にシステインを含むが、T細胞クローンを使用したT細胞エピトープのコア配列の決定によって最低必要な配列はp109-117 (FIKRVSNVI)(配列番号:4)の9残基である。すなわち、p106-107番目のPro-Cys残基を除去しても使用することができる。
抗原提示細胞内に取り込まれた抗原はライゾゾームで分解される。抗原提示分子に外来性の蛋白質が取り込まれ、どのようにプロセスされ、またどのように HLAクラスII分子に結合するかは未だに未解決のままである。しかしながら、現在では、この複雑な機構の中で抗原の切断にカテプシンBが関与している可能性が指摘されている(勝沼信彦、日本免疫学会(1995)25:75)。
幾つかの HLAクラスIIタイプに関しては、抗原ペプチドのHLA結合性アミノ酸モチーフが決定されてきている。HLAクラスII分子に対する結合は特異性を有するが、ある特定のHLAクラスIIタイプについても一定の法則を満たすペプチドであればかなりの種類の抗原ペプチドが結合できる(Rammensee, H.-G.et al. Immunogenetics. (1995) 41:178-228)。このため、抗原ペプチドをつなげた部位に、新たに認識されるエピトープ部位が生ずる可能性がある。これを避けるため、抗原ペプチドごとに抗原提示細胞内で切断されるように多重エピトープペプチドをデザインするのが好ましい。カテプシンBが認識するペプチド配列は疎水性アミノ酸-Arg-ArgまたはLys-Lysであるため、エピトープを含むペプチドの後半にArg-ArgまたはLys-Lysを付加し、次に続くエピトープ配列は Arg-ArgまたはLys-Lysに続いて疎水性アミノ酸配列が位置するように配置する。
この具体例の抗原ペプチドの配列の順番に関しては、抗原ペプチドの間にArg-Argを介在させたので、順番は問う必要がないと考えられるが、Cry j 2のペプチド番号14番(図2)に関しては、このペプチドの後半にArgを接続すると、73番のTyrが第一アンカーとなり、付加したArg残基がDRB5*0101のペプチド結合モチーフの9番目のアミノ酸となって第二アンカーとなる可能性がある。その結果、新たなエピトープとして認識される可能性がある。このため、この配列は多重エピトープペプチドの最後に位置するのが好ましい。
このようにして得られた多重エピトープペプチドを、配列番号:1に示す。この多重エピトープの拘束分子は、DRB4*0101、DRB5*0101、DPA1*0101-DPB1*0201、DPA1*0101-DPB1*0501、DQA1*0102-DQB1*0602である。第11回国際組織適合抗原会議において日本人集団におけるこれらの遺伝子頻度が計算されている(Tsuji, K. et al. HLA 1991 vol. 1 (1992) Oxford University Press)。DRB4*0101は0.291、DRB5*0101は0.056(DRB5*0102は0.070)、DPB1*0201は0.208、DPB1*0501は0.399、DQB1*0602は0.053(DQB1*0601は0.204)と算出されている。この値から抗原頻度を計算するとDRB4*0101=0.50、DRB5*0101=0.11(DRB5*0102=0.14)、DPB1*0201=0.37、DPB1*0501=0.64(Hori et al.の観察では0.79)、DQB1*0602=0.10(DQB1*0601=0.37)と計算される。DRB5*0101とDQB1*0602には連鎖不平衡が存在するため同一とみなせるため、DRB5*0101の値が使用できる。日本人集団でDPB1*0201とDPB1*0501の両タイプの両者または片方を所持する確率は0.85と計算される。また、DRB4*0101とDRB5*0101の両者または片方を所持する確率は0.56と計算される。この値から、配列番号:1の多重エピトープペプチドに含まれるT細胞エピトープを一箇所以上認識できる患者はおおよそ90%と見積もられる。しかしながら、これらのHLA-タイプを所持する患者においてもT細胞側でこれらの拘束分子で抗原情報が提示されてもこれらのエピトープペプチドを認識できるT細胞レパートリーが存在するかどうかは不明である。また、T細胞の増殖を引き起こすためのエピトープ数が未知である(2箇所以上必要である可能性がある)ため、この多重エピトープペプチドの有効率は下がると考えられる。実際には17名の末梢血リンパ球の増殖応答での結果つまり、77%前後が妥当な値と予測される。
さらに、有効対象人員を拡大させるために、T細胞エピトープをより多く含む多重エピトープペプチドをデザインすることもできる。例えば、Cry j 1のp213-225, p108-120, Cry j 2のp182-200, p79-98, Cry j 1のp80-95, Cry j 1のp66-80をこの順につないだ多重エピトープペプチド(配列番号:2)、あるいは、Cry j 1のp213-225, p108-120, Cry j 2のp182-200, p79-98, Cry j 1のp67-95, Cry j 2のp238-251, p66-80をこの順につないだ多重エピトープペプチド(配列番号:3)である。これらの多重エピトープペプチドは、調査したスギ花粉症患者21名全員の末梢血リンパ球を刺激し、患者IgE抗体と反応しないのでペプチド免疫療法剤として有効である。このような考え方をさらに進展させて、種の異なるアレルゲン例えば、ヒノキ花粉アレルゲンとスギ花粉アレルゲンのT細胞エピトープを実施例13に示す方法で作製し有効性の拡大をさらにはかることもできる。
T細胞の活性を調節するために多重エピトープペプチドに使用する抗原ペプチド部分の改変を行なうことも本発明に含まれる。改変とは1残基以上のアミノ酸置換、欠失、挿入を行なうことである。抗原ペプチドのアミノ酸置換によってT細胞に与える質的な変化を調べることは既に知られている方法で行うことができる。例えば、本発明の多重エピトープペプチド中の特定のアミノ酸を、1)類似したアミノ酸に置換する方法で、Asp を Glu に、Asn を Gln に、Lys を Arg に、Phe を Tyr に、Ile を Leu に、Gly を Ala に、 Thr を Ser に置換したアナログペプチドを合成し、T細胞の増殖能、あるいはリンホカインの産生能等をもとのペプチドと比較する、2)類似していないアミノ酸に置換する方法で、極性アミノ酸と親水性アミノ酸は疎水性アミノ酸である Ala に、疎水性アミノ酸は親水性アミノ酸である Ser に置換し、もとのペプチドと比較する。このようにして得られたアナログペプチドで、本発明の多重エピトープペプチドと免疫学的に等価(重要度指数、T細胞活性化能等)な多重エピトープペプチドも、本発明に包含される。
Cry j 1 あるいは Cry j 2 由来の抗原ペプチドと反応するT細胞は Th2 と Th0 の性質を有するものが多い(図3、図4)。ところで、BCGワクチンは細胞性免疫能を賦活することによって結核菌からの感染を予防する。細胞性免疫を賦活させるためには Th1 タイプのT細胞を誘導しなければならないが、BCG接種したヒトのT細胞クローンの性質を検討すると Th1 タイプのT細胞が多いことが報告されている(松下 祥、第45回日本アレルギー学会、836頁、1995年)。松下の報告によれば、HLA-DR14(DRB1*1405) 拘束性に結核菌 BCGa 蛋白の84-100 アミノ酸配列 (EEYLILSARDVLAVVSK)を認識するTh1 クローンが存在する。そこで、日本人の60%以上が持っているHLAハプロタイプであるDPA1*0101-DPB1*0501 拘束性のT細胞エピトープを選択し(例えば図1のCry j 1 43番ペプチド(p211-225)/ KSMKVTVAFNQFGPN)、このペプチドをDRB1*1405 拘束性の結核菌 BCGa 蛋白の84-100 T細胞エピトープとつないだ多重エピトープペプチドEEYLILSARDVLAVVSKRRMKVTVAFNQFGPNは、DRB1*1405 のハプロタイプを持つスギ花粉症患者に当たる確率はかなり高くなると考えられる。このような多重エピトープペプチドを用いれば、BCGa 抗原由来ペプチドによって Th1 のリンホカイン、特に IL-12 の産生が期待できる。IL-12はIL-4 と相反する作用を持ち、T細胞にはたらいて Th細胞の Th1 への分化を誘導することが多くのヒトおよびマウスの例で知られている(Manetti, R., et al.: J. Exp. Med., 177, 1199-1204, 1993; Wu, C., et al.: J. Immunol., 151, 1938-1949, 1993; Hsieh, C., et al.: Science, 260, 547-549, 1993)。特に、Manetti 等の実験結果ではダニアレルゲンの一つである Der p 1 抗原特異的なT細胞クローンは通常 Th2 が誘導されるが、IL-12 存在下では Th1 又は Th0 が誘導されるとされている。従って、Th1 誘導能を持つT細胞エピトープとアレルゲン反応性のT細胞エピトープを組み合わせた多重エピトープペプチドを用いることによって、本来 Th2 誘導性のT細胞が Th1 又は Th0 タイプのT細胞に誘導されることが期待される。
本発明のCry j 1及び/又はCry j 2のT細胞エピトープを少なくとも一つ含むペプチドをマウスに皮下投与するとその後のスギ花粉アレルゲンに暴露された場合にT細胞アナジーが生じ(図13、14)、IL−2産生量も対照群に比較して有意に低下する。ヒトの減感作療法の際はIL-2が減少するとの報告(J. Allergy Clin. Immunol. 76: 188, 1985)がある。さらに、本発明の多重エピトープペプチドは、当該ペプチドを構成する各T細胞エピトープペプチドに対するT細胞クローンのそれぞれを活性化し(図10)、かつ患者IgE抗体と反応しない(図8)。これらの結果は、本発明の多重エピトープペプチドがアレルゲンに対して免疫寛容を誘導し、アレルギー疾患のペプチド免疫療法剤としての有用性を示すものである。 本発明多重エピトープペプチドは製薬学的に許容し得る担体または希釈剤と共に投与することができる。その有効量は、スギ花粉アレルゲンに対する感受性の程度、年齢、性別及び患者の体重、並びに患者における免疫応答を引き出すペプチドの能力などの因子に従って変化する。
投与経路は、注射(皮下、静脈内)、点鼻、点眼、経口、吸入、経皮などの簡便な方法で投与することができる。
なお、本明細書及び配列表におけるアミノ酸の1文字記号による表記は、IUPAC生化学命名委員会によって制定された表記とする(生化学辞典(第2版)1468頁表1.1参照)。
T細胞ラインを用いたCry j 1及びCry j 2 のT細胞エピトープの同定
18名のスギ花粉症患者末梢血リンパ球を、スギ花粉アレルゲンであるCry j 1またはCry j 2で刺激して、各アレルゲンを特異的に認識するT細胞ラインを患者別に樹立した。
96-ウエル平板培養プレート上で、マイトマイシンC処理した 5×104個の自己由来B細胞株、2μMのオーバーラッピングペプチド、2×104個のT細胞ラインを、0.2mlの15%血清を含むRPMI-1640培養液中で2日間培養し、0.5μCiの[3H]チミジンを添加後さらに18時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込み量を測定した。ペプチドを添加した際の[3H]チミジンの細胞内取り込みの値を、ペプチドを添加しない対照[3H]チミジンの細胞内取り込み量の値で割ることによって得られる値(刺激係数/Stimulation Index)が2以上である場合を、添加したペプチドが抗原ペプチドとして認識されたと定義する。
Cry j 1の場合、各患者が認識するCry j 1分子上のT細胞エピトープ部位は、平均9.8でありその範囲は4≦エピトープ数≦15であった。他方、Cry j 2の場合は平均8.7であり、その範囲は2≦エピトープ数≦13であった。Cry j 1は、353アミノ酸、Cry j 2は379アミノ酸で構成されるため、100アミノ酸残基あたりおおよそ2.3〜2.8箇所のT細胞エピトープ部位が存在することになる。
HLA-クラスIIタイプは、患者ごとに異なると考えられるため、認識されるT細胞エピトープは、HLA-クラスIIタイプごとに異なると予測される。そのため、各患者が認識する抗原ペプチドを患者ごとにマップした。その結果、Cry j 1、Cry j 2分子上では、各患者で認識され得るエピトープ部位は異なっていた。アレルゲン分子上では、個人によってT細胞エピトープとして認識され易い部位と認識されにくい部位が存在する。また、T細胞エピトープごとにT細胞の増殖率が異なるため、このエピトープマップのみでは、多重エピトープのデザインにどの抗原ペプチドを選定してよいのかの判定ができない。そこで、18名の患者について、刺激係数が2以上でる場合の抗原ペプチドについて平均の刺激係数を算出し、この値に当該抗原ペプチドを保持する患者の割合(出現頻度)をかけることによって、エピトープごとの優位性を示す「重要度指数」を算出した(国際公開第94/01560号参照)。
図1と図2にその結果を示す。Cry j 1においては、ペプチド番号43番(p211-225)が重要度指数が679で最高値を示し、ペプチド番号22番の指数は578、ペプチド番号4番の指数は373と続いている。Cry j 2においては、ペプチド番号14番の指数が709で最高値を示し、ペプチド番号38番の指数が680、ペプチド番号48の指数が370と続いている。ペプチド免疫療法を考慮した場合には、重要度指数の高い抗原ペプチド一つを選定しペプチド免疫療法として使用する方法があるが、出現頻度の最も高いペプチドであるCry j 1のNo.22、あるいはNo.43の場合でも72%の患者でしか効果が期待できず、実際の有効率はさらに下がるであろう。有効率を上げるためにはいくつかのT細胞エピトープを組み合わせる必要性がある。この場合、T細胞エピトープの選定には、重要度指数の高いものが候補となるが、いくら重要度指数の高いエピトープのみを選択しても、これらのエピトープを抗原として提示するHLAクラスII分子が同一であれば有効率を上げることはできない。そのため、T細胞エピトープペプチドを提示するHLAクラスII分子のタイプを同定する必要がある。
T細胞クローンの認識するT細胞エピトープペプチドの同定
18名のスギ花粉症患者の中でCry j 1において高い重要度指数を示すペプチド番号43番と22番を認識する患者2 名[患者B(以下PBと略す)、患者J(PJ)]とCry j 2において高い重要度指数を示すペプチド番号14番、38番、48番、69番を認識する患者3名[PB、患者C(PC)、患者R(PR)]を選定しこれらのスギ花粉症患者の末梢血リンパ球をCry j 1またはCry j 2で刺激してCry j 1またはCry j 2を認識するT細胞クローンを樹立した。4名の患者のHLA-クラスIとクラスIIタイプを以下に示す。
PB:A2/24 - B39/55 - Cw7/w3 - DRB1*1501/0901 - DRB4*0101 - DRB5*0101、DQA1*0102/0301 - DQB1*0602/0303 - DPA1*0101/0101 - DPB1*0501/0201、
PJ:A24/- - B61/51 - Cw3/- - DRB1*1501/0802 - DRB5*0101、DQA1*0102/0401 - DQB1*0602/0402 - DPA1*-/- - DPB1*0501/0402、
PC:A-2/2 - B54/51 - Cw1/-、DRB1*0405/1501 - DRB4*0101 - DRB5*0101 - DQA1*0301/0102 - DQB1*0401/0602 - DPA1*0202/0202 - DPB1*0201/0501、
PR:A-11/- - B60/35 - Cw7/w3 - DRB1*0901/1501 - DRB4*0101 - DRB5*0101 - DQA1*0301/0102 - DQB1*0303/0602 - DPA1*01/0202 - DPB1*0201/0201)。
Cry j 1を特異的に認識するT細胞クローンを、PB由来末梢血リンパ球から計35種類、PJ由来末梢血リンパ球から計14種類樹立した。同様に、Cry j 2を特異的に認識するT細胞クローンを、PB由来末梢血リンパ球から計31種類、PC由来末梢血リンパ球から10種類、PR由来末梢血リンパ球から17種類樹立した。これらのT細胞クローンは全てCD3+、CD4+、CD8−、TCRαβ+、TCRγδ−であるため、拘束分子はHLA-クラスII分子であることが判明した。96-ウエルミクロ培養プレート上でマイトマイシンC処理した5×104個の自己由来B細胞株、2μMのオーバーラッピングペプチド及び2×104個のT細胞クローンを 0.2mlの15%血清を含むRPMI-1640培養液中で2日間培養し、0.5μCiの[3H]チミジンを添加後さらに18時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込みを測定した。この操作で、各T細胞クローンの認識するT細胞エピトープを同定した。
作製したCry j 1を認識するT細胞クローンの中で69%(34/49)は抗原を含むペプチド刺激に対して増殖応答を示し、抗原ペプチドを同定できた。同様に、Cry j 2を認識するT細胞クローンの中で、69%(40/58)において抗原ペプチドを同定できた。Cry j 1を特異的に認識するT細胞クローンは、ペプチド番号4、13、19、22、30、31、39、43、51、66番、Cry j 2を特異適に認識するT細胞クローンは、ペプチド番号4、8、14、17、31、37、38、48、65、66、68、69、70番を認識していた。結果を図3と図4にまとめた。
遺伝子座レベルにおけるHLAクラスII拘束分子の同定
実施例2で樹立したT細胞クローンの増殖応答系に、HLA-クラスIIの DR、DQ、またはDPに対して特異的に反応する単クローン抗体を添加して、T細胞の増殖応答を阻止することにより、遺伝子座レベルでのHLAクラスII拘束分子を同定した。
96-ウエルミクロ培養プレート上で、マイトマイシンC処理した2×104個の自己由来B細胞株、2μMのオーバーラッピングペプチド、3μg/mlの抗 DR、DQ、またはDP単クローン抗体(ベクトン/ディッキンソン社製)、2×104個のT細胞クローンを、0,2 mlの15%血清を含むRPMI-1640 培養液中で2日間培養し、0.5μCiの[3H]チミジンを添加後さらに18時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込みを測定した。結果を図5に示す。この図から、Cry j 1 p106-120、Cry j 2 p66-80、Cry j 2 p186-200ペプチドの拘束分子はDR、Cry j 2 p341-355 ペプチドの拘束分子はDQ、Cry j 1 p211-225、Cry j 2 p181-195の拘束分子はDPであることがわかる。他のT細胞クローンの拘束分子についても同様に解析した(図3及び図4参照)。
HLAクラスII分子の個々のタイプにおける拘束分子の同定
HLAクラスII遺伝子座レベルでの拘束分子が同定できたT細胞クローンを、DRに関しては、個々のタイプを遺伝子導入したマウスL-細胞、DQまたはDPに関しては、タイプに関してハプロタイプの一致するB細胞株を抗原提示細胞として用いることにより個々のタイプにおける拘束分子の同定が可能である。
96-ウエルミクロ培養プレート上でマイトマイシンC処理した5×104個のマウスL-細胞、またはハプロタイプの一致するB細胞株、2μMのオーバーラッピングペプチド、3μg/mlの抗DR、DQ、またはDP単クローン抗体(ベクトン/ディッキンソン社製)、2×104個のT細胞クローンを0.2 mlの15%血清を含むRPMI-1640培養液中で2日間培養し、0.5μCiの[3H]チミジンを添加後さらに18時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込みを測定した。
T細胞クローンの増殖応答が観察された場合に、拘束分子が同定できる。Cry j 1 p106-120ペプチドを提示する拘束分子はDRB5*0101、Cry j 1 p211-225ペプチドを提示する拘束分子はDPA1*0101 - DPB1*0501、Cry j 2 p66-80ペプチドを提示する拘束分子は DRB5*0101、Cry j 2 p181-195ペプチドを提示する拘束分子はDPA1*0101 - PDB1*0201、Cry j 2 p186-200ペプチドを提示する拘束分子はDRB4*0101、Cry j 2 p341-355ペプチドを提示する拘束分子はDQA1*0102 - DQB1*0602であった(図6)。他のエピトープ部位についての解析結果は図3及び図4に記載されている。
T細胞クローンのThタイプの同定
アレルギーの発症にはTh2細胞の関与が想定されている。現在の研究レベルでは、抗原刺激後、T細胞のTh1またはTh2細胞への分化が、特定のエピトープペプチドまたはHLA-クラスII遺伝子座レベルで規定されているのかはまだ、未解決な部分が多い。しかし、ペプチドで刺激後、Th2細胞が優位に誘導される場合には、ペプチド投与によりスギ花粉症が悪化する可能性が高い。実施例2で作製したT細胞クローンをT細胞が認識するエピトープペプチドで刺激し、IL-2、IL-4、IFNγの産生量を測定することによってThタイプを決定した。
24-ウエルミクロ培養プレート上でマイトマイシンC処理した1×105個の自己由来B細胞株、2μMのエピトープペプチド、5×105個のT細胞クローンを1mlの10%ヒト血清を含むRPMI-1640培養液中で24時間培養した。遠心で細胞を沈澱させ、培養上清を得た。培養上清中のIL-2、IL-4、IFNγは市販のELISAキット[IL-2(R&D 社製)]、IL-4(メドジェニックス社製)、IFNγ(大塚アッセイ研究所製)で測定した。
各T細胞クローンの産生するIL-2、IL-4、IFNγ量を図3、図4に示す。Cry j 1を認識するT細胞クローンは、Th2細胞が12、Th1細胞が1、Th0細胞が16であり、Th2がTh1よりも多かったが、Cry j 2を認識するT細胞クローンはTh2細胞が10、Th1細胞が8、Th0細胞が8であり、Th2とTh1とは同程度であった。個々のT細胞クローンの認識するT細胞エピトープ、拘束分子、Thタイプを比較すると、個々のT細胞クローンによってTh2、Th1、Th0タイプは異なり、同一のエピトープ、同一の抗原提示分子を認識する数個のT細胞クローンには、Th2細胞とTh1細胞が見いだされている。これらの結果は、Cry j 1またはCry j 2刺激後のT細胞のTh2、Th1、またはTh0細胞への分化は、特定のT細胞エピトープ、特定の拘束分子の組み合わせでは規定されていないことを意味している。つまり、T細胞エピトープ部位を含むペプチドは全て、本発明の多重エピトープペプチドの候補となりうることが判明した。
多重エピトープペプチドの作製
Cry j 1及びCry j 2分子中に存在するIgE抗体エピトープ部位を同定した結果、Cry j 1にはこの一次構造を認識するIgEエピトープは存在しないこと、Cry j 2にはIgE抗体エピトープが少なくとも4ヶ所存在することが明らかとなったが、これらのIgE抗体エピトープ部位は、T細胞エピトープ部位とは異なる部位であった。この知見をもとに、Cry j 1及びCry j 2のT細胞エピトープ部位のうち、図7に示すペプチドを選択した。
図7のペプチドa、bはそれぞれ図1のCry j 1のペプチドNo.43、22に対応し、ペプチドcは図2のCry j 2のNo.14に対応し、d、eはそれぞれ図2のCry j 2の37-38及び69-71のアミノ酸の一部からなるものである。
これらの5種類のペプチドを直列につなぎ合わせて多重エピトープペプチドを作製する場合、2つのペプチドとaとbはa-bの順で固定し残りの3つのペプチド(c、d及びe)をランダムにつなぎ合わせ且つ各ペプチドの間にArg-Argの配列を挿入した多重エピトープペプチドは下記の6種類となる。
C.A.#1.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-c-Arg-Arg-d-Arg-Arg-e
C.A.#2.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-c-Arg-Arg-e-Arg-Arg-d
C.A.#3.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-d-Arg-Arg-c-Arg-Arg-e
C.A.#4.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-d-Arg-Arg-e-Arg-Arg-c
C.A.#5.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-e-Arg-Arg-c-Arg-Arg-d
C.A.#6.a-Arg-Arg-b-Arg-Arg-e-Arg-Arg-d-Arg-Arg-c
多重エピトープペプチドのヒトIgE抗体に対する反応性
実施例6で得た6種の多重エピトープペプチド(C.A.#1〜#6)を0.2M酢酸緩衝液(pH4.5)に溶解させ、0.1ml/ウェルでブラックプレート(大日本製薬社製)に加えて4℃で一晩放置した。抗原溶液を除去した後、洗浄液で3回洗浄し、29名のスギ花粉患者及び健常人血清(4倍希釈)を加えて、37℃で4時間反応させた。血清を除去後、洗浄液で3回洗浄し、β-D-ガラクトシダーゼ標識抗ヒトIgE抗体(Pharmacia社製)を室温で一晩反応させた。洗浄液で3回洗浄後、0.1mM 4-メチルウンベリフェリル-β-D-ガラクトピラノシド/0.01M リン酸緩衝液(pH 7.0)、0.1M NaCl、1mM MgCl2、0.1% NaN3、0.1%BSAの基質溶液を加え、37℃で2時間反応させた。0.1M グリシン/NaOH、pH10.3溶液をこれに加えて反応を停止させ、蛍光分光光度計(Labsystems)で蛍光強度を測定した。なお、各多重エピトープペプチドに対する陽性コントロールとしてビオチン標識ウサギ抗dエピトープIgGとガラクトシダーゼ標識ストレプトアビジン(ピアス社製)を反応させた。
この結果、29名全てのヒト血清は、6種の多重エピトープペプチド(C.A.#1〜#6)全てについて蛍光強度が3〜5であった(ブランク値は3又は4)。これに対してスギ花粉から抽出、精製した抗原であるCry j 1には、蛍光強度1,000以上が6名、100以上が14名、10以上が4名、9以下が5名であった。一方、ウサギ抗dエピトープペプチドIgGは6種のコンセンサスアレルゲンに対して3,000以上を示した(ブランク値は112、Cry j 1アレルゲンには230)。以上のことから、多重エピトープペプチドはスギ花粉症患者のアレルゲン特異的IgE抗体と実質的に結合せず、また、各エピトープの接続順序はヒトIgE抗体との反応性に影響を与えないことが判明した(図8)。
多重エピトープペプチドのT細胞エピトープの認識の有無
実施例6で得た多重エピトープペプチドのうちC.A.#4を構成する抗原ペプチドが実際にT細胞エピトープとして機能しているかどうかについて検討した。
96-ウエルミクロ培養プレート上でマイトマイシンC処理した5×104個の自己由来B細胞株、2×104個のT細胞クローンを、0.2mlの15%血清を含むRPMI-1640培養液中で、抗原として50μg/mlのCry j 1、2μg/mlのCry j 2、多重エピトープペプチドC.A.#4を構成する個々の抗原ペプチド、または遺伝子発現で作製した10μg/mlのC.A.#4多重エピトープペプチドのいずれかと共に2日間培養し、0.5μCiの[3H]チミジンを添加後さらに16時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込みを測定した。結果を図9に示す。
Cry j 1 p106-120を認識するT細胞クローンPB8-3、Cry j 1 p211-225を認識するT細胞クローンPB8-34、Cry j 2 p66-80を認識するT細胞クローンPB4-22、Cry j 2 p181-195を認識するT細胞クローンPB14-5、Cry j 2 p186-200を認識するT細胞クローンPB14-34はいずれも抗原ペプチドによく反応している。一方、多重エピトープペプチドの場合も、個々のペプチドと同様の強さでT細胞クローンが増殖応答している。Cry j 2 p341-355を認識するT細胞クローンPB14-19に関しては、多重エピトープペプチド刺激に対してやや弱い増殖応答が観察された。
以上の結果は多重エピトープペプチドに含まれる抗原ペプチドは各々エピトープとしてよく機能し、T細胞を活性化する能力を保持していることを示している。
多重エピトープペプチドによるスギ花粉症患者末梢血リンパ球の増殖応答
多重エピトープペプチドはT細胞エピトープ部位を含むため、ペプチド免疫療法を試みる場合には、末梢血リンパ球に増殖応答を惹起させることが必要である。多重エピトープペプチドで末梢血リンパ球を刺激し、増殖応答が観察されるかについて調査した。
スギ花粉症患者または健常人由来末梢血リンパ球を10%ヒト血清を含むRPMI-1640培養液に懸濁した後、96-ウエル丸底培養プレートの各ウエルに2.5×105個/200μlになるように播種した。配列番号:1の多重エピトープペプチド、Cry j 1またはCry j 2のいずれかを、多重エピトープペプチドが最終濃度0.001〜20μg/ml、Cry j 1が50μg/ml、Cry j 2が2μg/mlになるように添加し、6日間培養した。0.5μCiの[3H]チミジンを添加してさらに16時間培養した。細胞を細胞ハーベスターでガラスフィルターに補集した後、液体シンチレーションカウンターで[3H]チミジンの細胞内取り込みを測定した。
患者6名の中で5名の末梢血リンパ球が多重エピトープペプチドに対して増殖応答を示した。患者1名と健常者2名の末梢血リンパ球は増殖応答を示さなかった(図10)。
末梢血リンパ球の増殖応答は0.1μg/mlの多重エピトープペプチド刺激で起こり始め、投与量に比例して増殖応答は増大した。この結果から、in vitroで十分なT細胞増殖応答を誘導する多重エピトープペプチドの濃度は10μg/ml以上であると判断された。
17名のスギ花粉症患者と2名の健常者由来末梢血リンパ球を10μg/mlの配列番号:1の多重エピトープペプチドで刺激し、T細胞応答を算定した。健常人の末梢血リンパ球ではT細胞増殖応答能が観察されなかった。17名の患者では最高で9,652cpmの[3H]チミジンの取り込みが観察された。抗原刺激なしの末梢血リンパ球の[3H]チミジンの取り込みを1と計算し、抗原存在下の末梢血リンパ球の[3H]チミジンの取り込み値を刺激係数(SI)で表現し、結果を図11に示した。T細胞エピトープの同定の際にはSI>2以上を陽性とみなすため、同様にSI>2以上をペプチドに対して増殖応答が観察されたとみなすことにすると、17名の患者の中で13名(76.5%)に増殖応答がみられた。この結果から、スギ花粉症患者にペプチドを投与した場合には76.5%の患者においてペプチド免疫療法の効果があると判定される。
スギ花粉症患者に、本発明の多重エピトープペプチドでペプチド免疫療法を試みる場合、前もって、患者由来末梢血リンパ球の多重エピトープペプチドに対する増殖応答能を調査し、増殖応答の見られる患者を選定することができる。この試験によって多重エピトープペプチドを用いたペプチド免疫療法がその患者に適用できるのかが判定できるし、増殖応答能の高さから治療効果についてもある程度の予測ができると考えられる。
マウスを用いたスギ花粉アレルゲン投与による免疫寛容の誘導
スギアレルゲンを投与して治療を行なう、いわゆる減感作治療のメカニズムについて、詳細はわかっていない。そこでマウスを用いた動物実験を行なった。スギ花粉アレルゲン、Cry j 1 を1匹当たり300μg, CB6F1マウス(雌、5匹)の皮下に5日間隔で2回投与した。コントロールとして同容量の PBS を皮下投与(雌、5匹)した。さらに5日後に Cry j 1 100μg を Alum アジュバンドと共に皮下に投与して免疫を行ない、さらに10日後にリンパ節細胞を単離し、コントロール群マウスのリンパ節細胞、Cry j 1 投与マウスのリンパ節細胞をそれぞれの群単位でプールした。プールしたリンパ球に Cry j 1 を 0, 50, 150 μg/ml 加え、さらに3日間培養を行ない、培養上清を採取して含まれる IL-2 を測定した(Endogen 社製)。その結果を図12に示す。コントロール群である PBS 投与マウスは Cry j 1 濃度が 0, 50, 150 μg/ml と増加すると共に IL-2 の産生量が増加した。一方、Cry j 1 投与マウスはこれらのコントロールマウスに比べ明かに IL-2 の産生量が減少し、スギ花粉アレルゲン投与によって免疫寛容が生じた。この結果は現在用いられているスギ花粉アレルゲンによる減感作療法の有効例を再現している。
CB6F1マウスのT細胞エピト−プの同定
8週齢の雄CB6F1マウスをアジュバント(Imject Alum: ピアス社製)と共に組み換えCry j 2(rCry j 2)10μgで2週間おきに3回免疫した(ip)。最終免疫から1週間後にマウス3匹から脾細胞を調製し一つにまとめた。96ウエルプレ−ト(ファルコン社製)1ウエルに対し脾細胞(5×106)を15残基からなる74種類のCry j 2のオ−バ−ラッピングペプチド(0.115μM)のそれぞれと共に0.2mlのRPMI培地(10% FCS、2mM L-グルタミン、50U/ml ペニシリン、50μg/ml ストレプトマイシン)で培養した。対照としてPBS、50μg/ml Cry j 1、0.3μg/ml rCry j 2のそれぞれに対する反応も検討した。各々の試験試薬に対し3ウエル播種し、37℃、5% CO2条件下で3日間培養した。最後の6時間0.5μCi/ウエルの[3H]-チミジンでパルスラベルを行いセルハ−ベスタ−(Inoteck、ベルト−ルドジャパン社製)で細胞をガラスフィルタ−上に補集し、乾燥した後、液体シンチレ−ションカウンタ−(TRI-CARB 4530、パッカ−ドジャパン社製)で[3H]-チミジンの細胞内取り込みを測定した。
rCry j 2で免疫したCB6F1マウスは抗原であるrCry j 2に強い反応性を示したが、もう一つのスギ花粉主要アレルゲンであるCry j 1には反応せず、この系が抗原特異的反応であることが確認された。そして、rCry j 2で免疫したCB6F1マウスは、調べた74種類のオ−バ−ラッピングペプチドのうち図2に示すNo.14ペプチドとNo.48ペプチドに顕著な応答性を示した。このことからCB6F1マウスにおいてNo.14とNo.48のペプチドが主要T細胞エピト−プとして抗原提示に関与していることが示された。ヒトにあってもNo.14とNo.48のペプチドは主要T細胞エピト−プペプチドであることから、CB6F1マウスはスギ花粉に対するペプチド免疫療法に使用するペプチドの有効性を評価するうえで有用なモデル動物になりうると判断された。
抗原ペプチドNo.14のインビボにおける免疫応答
1群8匹の雄CB6F1(8週令、雄)マウス1匹当り生理食塩水に溶解した3mg No.14ペプチドを、5日間隔で2回皮下投与した。対照群としては等容量(200μl)の生理食塩水を同様に投与した。2回目のペプチド投与後5日目にインジェクトアルム(Imject Alum)と混合したrCry j 2(50μg/匹)で全てのマウスを皮下免疫した。免疫1週間後に各々のマウスから脾細胞を調製した。96ウエルプレ−ト(ファルコン)1ウエルに対し脾細胞(5×106)をrCry j 2(3μg/ml)と共に0.2mlのRPMI培地(10% FCS、2mM L-グルタミン、50U/ml ペニシリン、50μg/ml ストレプトマイシン)で培養した。対照としてrCry j 2を含まない条件下で培養した。3H-チミジンによるT細胞増殖の測定は、実施例1に記載された方法に準じて行った。サイトカイン測定は、対照を含めた3種類のペプチド投与群(0.3, 1.3, 10μg/ml)について、in vitroで0.3μg/mlのCry j 2で刺激したときの培養上清を用いた。
CB6F1マウスに予めNo.14ペプチドを皮下投与しておくと続くrCry j 2による抗原刺激に対し、T細胞の免疫応答性が生理食塩水投与群に比べ有意(p<0.01)に抑制された(図13)。IL-2産生に関しては、3種類のペプチド投与群においてそれぞれ対照群より有意に減少した。このことからマウスのモデル系においてNo.14ペプチドはスギ花粉アレルギ−に対しペプチド免疫療法の予防効果を有することが示された。
抗原ペプチドNo.48のインビボにおける免疫応答
6週齢の雄CB6F1マウス1匹当り生理食塩水に溶解した3mg No.48ペプチドを、5日間隔で2回皮下投与した。対照群 としては等容量(200μl)の生理食塩水を同様に投与した。ペプチド投与群及び対照群の動物数は各々8匹とし、2回目のペプチド投与から5日目にアジュバント(Imject Alum)と混合したrCry j 2(50μg)で全てのマウスを皮下免疫した。免疫1週間後に各々のマウスから脾細胞を調製した。96ウエルプレ−ト(ファルコン)1ウエルに対し脾細胞(5×106)をrCry j 2(3μg/ml)と共に0.2mlのRPMI培地(10% FCS、2mM L-グルタミン、50U/mlペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン)で培養した。対照としてrCry j 2を含まない条件下で培養した。3H-チミジンによるT細胞増殖の測定は実施例10に記載された方法に準じて行った。
CB6F1マウスに予めNo.48ペプチドを皮下投与しておくと続くrCry j 2による抗原刺激に対し、T細胞の免疫応答性が生理食塩水投与群に比べ有意に抑制された(p<0.05)。このことからマウスのモデル系においてNo.48ペプチドはスギ花粉アレルギ−に対しペプチド免疫療法による予防効果を有することが示された(図14)。
以上の実験結果から、従来行われてきたヒトにおけるスギ花粉抽出エキスによる減感作療法がT細胞エピト−プを介した作用機作であることが明らかになった。
コア配列の決定
Cry j 1 ペプチド番号22番(p106-120)のT細胞ラインおよびT細胞クローン増殖応答に必要なアミノ酸配列(core)を決定するために、図15に示すようにこのペプチドのN末端およびC末端から1残基づつのアミノ酸を削除してp107-120 (p22-2), p108-120 (p22-3), p109-120(p22-4), p110-120(p22-5), p111-120(p22-6), p106-119(p22-7), p106-118(p22-8), p106-117(p22-9), p106-116(p22-10), p106-115(p22-11)の11種類のペプチドをペプチド合成機(PSSM-8, 島津製作所製)により合成した。Cry j 1ペプチド番号22番のp106-120 と反応する3名のスギ花粉症患者のT細胞ライン(PJ, PR, PB )、および患者1名のT細胞クローン(PB 8-3, PB 8-2, PB 9-39) を実施例1及び2の方法を用いてこれら11種類のペプチドに対する反応性を検討した。2種類のT細胞ライン(PJ, PB)と2種類のT細胞クローン(PB 8-2, PB 9-39)はp106-120 (p22-1)を認識して増殖したが、1種類のT細胞ラインとT細胞クローンは増殖応答を示さなかった(図15)。この結果、p106-120コア配列は「FIKRVSNVI」(配列番号:4)の9残基であることが判明した(この9残基をCry j 1 #22 core と表示する)。
スギ花粉およびヒノキ花粉アレルゲン由来T細胞エピトープを含む多重エピトープペプチド
ヒノキ花粉アレルゲンCha o 1 のT細胞エピトープ(特願平8-153527号)であるペプチド番号8(p71-90; IFSKNLNIKLNMPLYIAGNK), あるいはペプチド番号32(P311-330; SSGKNEGTNIYNNNEAFKVE)と実施例14で得られたCry j 1#22コア配列「FIKRVSNVI」をつないだペプチド2種類(Cha o 1#8-Cry j i #22 core, Cha o 1 #32-Cry j 1 #22 core )をペプチド合成機(PSSM-8; 島津製作所製)で合成した。Cha o 1#8とCry j 1#22 core, Cha o 1#32とCry j 1#22 coreとの間には RR 配列を挿入した。即ち Cha o 1 #8-Cry j 1 #22 core(配列番号:5)と Cha o 1#32-Cry j 1 #22 core(配列番号:6)である。
スギ花粉症患者およびヒノキ花粉症患者からそれぞれCry j 1特異的T細胞ラインおよびCha o 1特異的T細胞ラインをそれぞれ作製した。Cry j 1 特異的T細胞ラインおよびCha o 1特異的T細胞ラインは、結核菌抗原(PPD)および溶連菌細胞壁 (SCW) 抗原とは反応せず、またCry j 1 特異的T細胞ラインはCry j 1 #22あるいはCry j 1#22 core とは反応するが、Cha o 1 #8 及び#32とは反応せず、Cha o 1 特異的T細胞ラインはCha o 1 #8及び#32とは反応するが Cry j 1#22あるいはCry j 1#22coreとは反応しなかった(図16)。一方これらのT細胞ラインはいずれも、配列番号:5の多重エピトープペプチド及び配列番号:6の多重エピトープペプチドの両方に反応した。これらの結果から、スギ花粉およびヒノキ花粉アレルゲン由来のT細胞エピトープをつないだ多重エピトープペプチドは、スギ花粉症患者およびヒノキ花粉症患者のペプチド免疫療法に有効であることが明らかとなった。
アナログペプチドの増殖応答およびサイトカイン産生
Cry j 1#22 coreのT細胞エピトープペプチドのアミノ酸を置換することによってT細胞の活性を調節することが可能か否かを、2つのクローンPJ7-9及びPB10-18を用いて検討した。Cry j 1ペプチド番号22番p106-120 に反応するT細胞クローンPJ 7-9及びPB10-12は、DRB5*0101を拘束分子とし、Cry j 1#22coreの9残基を認識する。この9残基を含む13残基のペプチドp108-120 (VFIKRVSNVIIHG) 中の9残基の各アミノ酸を、類似アミノ酸、非類似アミノ酸の2種類のアミノ酸によって置換したアナログペプチドを合成した(図17、18)。そして、これらのアナログペプチドに対するT細胞クローンPJ7-9及びPB10-18の反応性を[3H]チミジンの取込み量で調べた。反応溶液中のサイトカイン濃度は、R&D Systems 社製のサイトカイン測定キットで測定した。その結果を、図17及び図18に示した。ここで、アミノ酸置換していない13残基のペプチドを反応させた上清の IFN γ、IL-4、IL-2、IL-5の産生量及び細胞の[3H]チミジンの取込み量をそれぞれ100%とした。PJ7-9クローンの場合、Cry j 1#22core「FIKRVSNVI」の3、4、6番目の各アミノ酸部分「K」「R」「S」は類似アミノ酸置換と非類似アミノ酸置換の両者、あるいは非類似アミノ酸置換により[3H]チミジンの取り込みおよびサイトカインの産生量がそれぞれ著しく抑制された(図17)。従って、これらの部分のアミノ酸はペプチドを介したHLA 分子とT細胞レセプター分子の複合体形成に重要な部分と考えられる。1番目のアミノ酸 (F) を類似アミノ酸である Y に置換しても[3H]チミジンの取り込み量とIL-4, IL-5 の産生量に変化は認められないが、非類似アミノ酸である「S」に置換すると[3H]チミジンの取り込み量に変化は認められないにもかかわらず、IFN γと IL-2の産生量は著しく増大した。PB10-18クローンの場合は、Cry j 1#22coreの1、2、3、4、6、7、8番目のアミノ酸置換によって[3H]チミジンの取り込みが抑制され、これらの部分のアミノ酸はペプチドを介したHLA 分子とT細胞レセプター分子の複合体形成に重要な部分と考えられる。さらに6、7、8番目のアミノ酸置換によってIL-5の産生量に比較して IL-2 の産生抑制が認められた(図18)。これらの結果から、Cry j 1#22coreの1番目のアミノ酸FをSに置換した「SIKRVSNVI」が IFN-γの産生量を増大させたことにより、アレルギーの治療剤として有用であることが明らかとなった。
本発明の多重エピトープペプチドは、異なるアレルゲン分子由来のT細胞エピトープペプチドを含み、かつ、アレルギー患者集団の中で遺伝子頻度の高いHLAクラスII分子で提示されるペプチドを含み、さらには、HLAクラスII遺伝子座(DR、DQ、DP)間で異なる分子で提示されるペプチドを数個含むので、最小の多重エピトープペプチドの長さで、有効対象患者数を拡大したペプチド免疫療法が期待できる。
また、アレルギー患者に、本発明の多重エピトープペプチドを用いてペプチド免疫療法を試みる場合、前もって、患者由来の末梢血リンパ球の該ペプチドに対する増殖応答能を調査し、増殖応答が惹起される患者を選定することができる。この調査によって、多重エピトープペプチドによるペプチド免疫療法がその患者に適用できるかどうかの判定が可能であり、増殖応答能の高さから、治療効果についてもある程度予測が可能である。
図1は、スギ花粉症患者由来の細胞ラインのCry j 1オーバーラップペプチドに対する、平均刺激係数、出現頻度及び重要度指数(平均刺激係数×出現頻度)を示す図である。
図2は、スギ花粉症患者由来の細胞ラインのCry j 2オーバーラップペプチドに対する、平均刺激係数、出現頻度及び重要度指数(平均刺激係数×出現頻度)を示す図である。
図3は、Cry j 1の抗原ペプチドを拘束するHLAクラスIIタイプ及び当該抗原ペプチドとHLAクラスII拘束分子の複合体を認識するT細胞クローンのThタイプを示す図である。
図4は、Cry j 2の抗原ペプチドを拘束するHLAクラスIIタイプ及び当該抗原ペプチドとHLAクラスII拘束分子の複合体を認識するT細胞クローンのThタイプを示す図である。
図5は、抗原ペプチドと結合するHLAクラスII分子の遺伝子座レベル(DR、DQ、DP)における同定結果を示す図である。
図6は、抗原ペプチドと結合するHLAクラスII分子の各遺伝子座の対立遺伝子レベルにおける同定結果を示す図である。
図7は、多重エピトープペプチドに用いた抗原ペプチド結合配列を示す図である。図中a及びbはCry j 1のNo.43及び22のペプチドに対応し、cはCry j 2のNo.14に対応し、d、eは、No.37-38(p181-200)、No.69-71(p346-365)に対応する。
図8は、多重エピトープペプチド、C.A.#1、C.A.#2、C.A.#3、C.A.#4、C.A.#5、C.A.#6のヒトIgEとの反応性を示す図である。
図9は、T細胞クローンによる多重エピトープペプチド、C.A.#4に含まれるT細胞エピトープの認識結果を示す図である。
図10は、スギ花粉症患者と健常者の末梢血リンパ球に対する各種濃度の多重エピトープペプチド(配列番号:1)刺激によるリンパ球増殖応答能を示す図である。
図11は、2名の健常者と17名のスギ花粉症患者の末梢血リンパ球に対する配列番号:1の多重エピトープペプチド刺激による増殖応答能を示す図である。
図12は、CB6F1マウスに対するスギ花粉アレルゲンCry j 1投与による免疫寛容の誘導を示す図である。
図13は、CB6F1マウスに対するCry j 2のNo.14ペプチド(p66-80)投与による免疫寛容を示す図である。
図14は、CB6F1マウスに対するCry j 2のNo.48ペプチド(p236-250)投与による免疫寛容を示す図である。
図15は、Cry j 1のNo.22ペプチド(p106-120)のコアアミノ酸配列決定を示す図である。
図16は、スギ花粉特異的T細胞エピトープペプチドとヒノキ花粉特異的T細胞エピトープペプチドからなる多重エピトープペプチドに対するスギ花粉症患者及びヒノキ花粉症患者のリンパ球の反応性を示す図である。
図17は、Cry j 1#22coreペプチドのアミノ酸置換アナログペプチドに対するT細胞クローンPJ7-9の増殖応答性およびその際のサイトカイン産生量を示す図である。
図18は、同上アナログペプチドに対するT細胞クローンPB10-18の増殖応答性およびその後のサイトカインの産生量を示す図である。