JP4014042B2 - 高周波焼入れ用棒鋼 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、高周波焼入れを施す部品の素材として好適な棒鋼に関し、より詳しくは棒鋼を鍛造、切削などによって成形部品にした後、成形部品の全体または一部に高周波焼入れ、または高周波焼入れおよび焼戻しを施す部品、例えばハブユニット、等速ジョイントなどの自動車の部品の素材として好適な棒鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】
自動車の部品であるハブユニットや等速ジョイントには、引張強さ、回転曲げ疲労強度、靭性などの特性と、転動疲労特性とが求められている。この要求を達成すべく、従来、これらの部品は、非調質鋼、あるいは調質鋼などの回転曲げ疲労強度、靭性などに優れた鋼材を転動部以外の部分に用い、JIS規格のSUJ2鋼などの転動疲労特性に優れた軸受鋼を転動部に用いて製造されてきた。
【0003】
しかし、近年、部品の軽量化、コストダウンの要望が強くなってきており、この要望を達成するためには、1つの鋼材に多くの機能を持たせることが必要になってきている。これを達成すべく、例えば、JIS-S55C、SAE1065等のC含有量の高い鋼材に高周波焼入れ、さらに必要に応じて焼戻しを施すことが試みられているが、部品の小型化の進展に伴い、転動部分にこれまでより高い面圧がかかるようになり、これらの鋼材では転動疲労寿命が不十分になってきている。このため、下記に示すような種々の技術が提案されている。
【0004】
特許文献1には、化学組成、または更に所定の式から得られる炭素当量の範囲を特定した高強度高周波焼入用鋼が提案されている。この鋼は、鍛造上がりの硬さ上昇を最小限に抑え、被削性、冷間加工性を確保しながら、非硬化部の疲労強度、硬化部の耐転がり強度、耐ピッチング強度、耐摩耗性、疲労強度等を向上させた鋼であるとされている。
【0005】
しかし、転動疲労特性は、酸化物系介在物の大きさ、硬さおよび偏析の影響を受けやすく、更には高周波焼入れのような短時間熱処理の場合には熱処理前の組織の影響を受けやすいが、特許文献1に記載の発明では酸化物系介在物、偏析、および焼入れ前の組織について考慮されていない。このため、転動部分の転動疲労寿命などの性能が不安定である。
【0006】
特許文献2には、化学組成および特定種類の介在物の個数を限定した加工性および転動疲労性に優れた軸受用鋼が提案されている。しかし、この発明は、球状化焼鈍または焼きなまし処理を施すことを前提としたものであるため、高周波焼入れのような短時間での焼入れを施す場合には、安定して優れた転動疲労寿命を得ることができない。また、この発明では、引張強さ、回転曲げ疲労強度、靭性については何ら考慮されていない。
【0007】
【特許文献1】
特開2002-226938号公報
【特許文献2】
特開平5-117804号公報
【非特許文献1】
西沢泰二、「鉄合金の熱力学(第4回)」、日本金属学会報、1973年、vol.12、401〜417頁
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、その目的は高周波焼入れを施さない部分は、通常並み以上の特性を有し、高周波焼入れ、または高周波焼入れおよび焼戻しを施した部分は、その転動疲労寿命が量産においても安定して優れる高周波焼入れ用棒鋼を提供することである。
【0009】
なお、既に述べたように、転動部分には高い面圧が繰り返し作用するので、後述の実施例の条件における転動疲労試験で、2.0×107以上の転動疲労寿命を有することを目標とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、高周波焼入れを施す部分、または高周波焼入れおよび焼戻しを施す部分の転動疲労寿命に与える化学組成、表層領域の偏析および介在物の影響について調査・研究を重ねた結果、下記の知見を得た。
【0011】
(a)高周波焼入れでは、表層領域のみに焼きが入るので、転動疲労寿命を改善するためには、この領域のみに着目すればよい。
【0012】
(b)高周波焼入れのような短時間焼入れの場合、数10〜数100μmの大きさで存在する偏析、いわゆるミクロ偏析が転動疲労寿命に大きく影響し、偏析が激しいと転動疲労寿命が低下する。
【0013】
(c)介在物の組成や硬さは、製鋼方法や化学成分によって変化する。介在物のアスペクト比と介在物の硬さとは相関関係があり、例えば、アスペクト比が小さい介在物は硬質であると判断できる。そこで、アスペクト比が小さい介在物の大きさおよび個数と転動疲労寿命との関係を調べたところ、極めてよい相関が得られた。
【0014】
(d)初析フェライト中のC濃度は極めて低いため、高周波焼入れのような短時間の焼入れの場合、初析フェライトがある大きさ以上になると、オーステナイト域に加熱している間にC濃度が平均含有量の値に達しない領域が残存して、その部分の焼入れ後の硬度が低くなって転動疲労寿命が大きく低下する。従って、より優れた転動疲労特性を得るためには初析フェライトの生成量を安定して少なくすればよい。初析フェライトの生成量は、C含有量がCの共析濃度より低いほど、多くなる傾向がある。このため、C含有量だけでなく、Cの共析濃度を変化させるSi、MnおよびCrの含有量を制限すればよい。
【0015】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、下記の▲1▼に示す高周波焼入れ用棒鋼を要旨とする。
【0016】
▲1▼質量%で、C:0.5〜0.7%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.2〜1.5%、Cr:0〜1.5%、V:0〜0.10%、S:0.002〜0.05%、Al:0.01〜0.04%およびN:0.005〜0.012%を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.003%以下、Oが0.0015%以下、Pが0.02%以下で、下記の(1)式で表されるX値が0.62〜0.90である棒鋼であって、表層領域において、下記の(2)式で表されるA値が0.80以上であり、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2個/mm2以下であることを特徴とする高周波焼入れ用棒鋼。但し、(1)式中のC(%)、Si(%)、Mn(%)、Cr(%)は、各元素の含有量(質量%)を意味する。また、(2)式中のMnMINは表層領域におけるMn濃度の下限値(質量%)、MnAVEはMn濃度の平均値(質量%)を意味する。
【0017】
X=C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%) …(1)
A=(MnMIN/MnAVE) …(2)
なお、上記の▲1▼の高周波焼入れ用棒鋼は、Feの一部に代えて、Ca:0.0003〜0.0020%およびMg:0.0003〜0.0020%の1種または2種を含有してもよい。
【0018】
【発明の実施の形態】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、化学成分の含有量の「%」は「質量%」、「母材」は高周波焼入れが施されない部分、「焼入れ部」は高周波焼入れが施される部分をそれぞれ意味する。
【0019】
1.化学組成
C:0.5〜0.7%
Cは、母材および焼入れ部の機械的性質を向上させるのに有効な元素である。しかし、Cの含有量が0.5%未満では、焼入れ部のビッカース硬度が650に達せず、他の条件を満足していても、所望の転動疲労寿命(後述の実施例における転動疲労試験で2.0×107以上の転動疲労寿命。以下、同じ。)が得られない。一方、Cの含有量が0.7%を超えると、母材の靭性が著しく低下する。従って、Cの含有量を0.5〜0.7%とした。
【0020】
Si:0.1〜1.5%
Siは、母材の引張強さ、回転曲げ疲労強度および焼入れ部の転動疲労寿命を高めるのに有効な元素であるとともに、脱酸剤として必要な元素でもある。また、鋼の切削性を向上させる元素でもある。しかし、その含有量が0.1%未満ではこれらの効果が得られない。一方、Siの含有量が1.5%を超えると、その効果が飽和し、むしろ母材の靭性が低下する。従って、Siの含有量を0.1〜1.5%とした。
【0021】
Mn:0.2〜1.5%
Mnは、母材の引張強さを高め、焼入れ性を向上させると同時に、Sによる熱間脆性の防止に必要な元素である。これらの効果を発揮させるためにはMnを0.2%以上含有させる必要がある。しかし、その含有量が1.5%を超えるとMnの偏析が顕著になり、転動疲労寿命が著しく低下する。なお、均質化熱処理を行えば転動疲労寿命は向上するが、コストアップにつながる。従って、Mn含有量を0.2〜1.5%とした。
【0022】
Cr:0〜1.5%
Crは添加しなくてもよい。添加すれば、鋼の焼入れ性を向上させると同時に、転動疲労寿命を向上させる。この効果を確実に得るためには、0.3%以上含有することが望ましい。しかし、Crは炭化物に濃化しやすい元素であり、炭化物を安定化する。このため、その含有量が1.5%を超えると、焼入れ部に炭化物が多量に残存して鋼の硬度が低下し、転動疲労寿命が低下する。従って、Cr含有量を0〜1.5%とした。
【0023】
V:0〜0.10%
Vも添加しなくてもよい。添加すれば、母材中に微細な窒化物、炭化物、あるいは炭窒化物として析出し、母材の引張強さ、回転曲げ疲労強度を向上させる。この効果を確実に得るためには、0.02%以上含有することが望ましい。一方、Vの含有量が0.10%を超えると、粗大な窒化物、炭化物、あるいは炭窒化物が残存し、焼入れ部で所望の転動疲労寿命が得られなくなる。従って、V含有量を0〜0.10%とした。
S:0.002〜0.05%
SはMnと結合してMnSを形成し、切削加工性を向上させる元素であるが、その含有量が0.002%未満ではこの効果が得られない。切削加工性を更に向上させるためには、0.02%を超えて含有させることが好ましい。一方、その含有量が0.05%を超えると、粗大なMnSを形成しやすくなり転動疲労寿命が著しく低下する。粗大なMnSは焼入れ部の転動疲労寿命を低下させる傾向があるからである。より長い転動疲労寿命である3.0×107以上を得るためには、その含有量を0.015%以下にすることが好ましい。従って、Sの含有量を0.002〜0.05%とした。切削性改善のためには、その含有量を0.02%を超え0.05%以下とすることが好ましく、転動疲労寿命の向上の観点からは、0.002〜0.015%とすることが好ましい。
Al:0.01〜0.04%
Alは脱酸作用を有するとともに、Nと結合してAlNを形成しやすく、焼入れ部の結晶粒微細化に有効である。この効果を得るためには、Alは0.01%以上含有されている必要がある。しかし、Alは硬質でアスペクト比が小さな非金属系介在物を形成するため、その含有量が0.04%を超えると、粗大な非金属系介在物を形成して転動疲労寿命が著しく低下する。従って、Alの含有量を0.01〜0.04%とした。
N:0.005〜0.012%
Nは、Ti、AlおよびVと結合して窒化物を形成しやすく、これらの窒化物の中でAlNは焼入れ部の結晶粒を微細化し、VNは母材の引張強さを高め、回転曲げ疲労強度を向上させる。これらの効果を得るためには、N含有量を0.005%以上とする必要がある。しかし、その含有量が0.012%を超えると、粗大なTiNが形成されて焼入れ部の転動疲労寿命が低下する。従って、Nの含有量を0.005〜0.012%とした。
本発明の高周波焼入れ用棒鋼は、上記の化学組成を有し、残部はFeおよび不純物からなるが、Feの一部に代えて、転動疲労寿命をさらに高めることを目的としてCa:0.0003〜0.0020%およびMg:0.0003〜0.0020%の1種または2種を含有してもよい。
【0024】
Ca:0.0003〜0.0020%およびMg:0.0003〜0.0020%
CaおよびMgはいずれも、MnS中に固溶してアスペクト比を小さくするので、転動疲労寿命を高める作用を有する。この効果を確実に得るためには、CaおよびMgのいずれも0.0003%以上とするのが望ましい。しかし、Caを0.0020%を超えて含有させると粗大なCa系酸化物が生成しやすくなり、Mgを0.0020%を超えて含有させると粗大なMg系酸化物が生成しやすくなる。このため、いずれの場合も転動疲労寿命の低下が著しくなり、所望の転動疲労寿命が得られない。従って、本発明の高周波焼入れ用棒鋼には、CaおよびMgの1種または2種を含有させてもよいが、これらの元素を含有させる場合には、それぞれCaの含有量は0.0003〜0.0020%、Mgは0.0003〜0.0020%とするのが望ましい。
本発明の高周波焼入れ用棒鋼においては、不純物元素としてのTi、O(酸素)およびPの含有量については下記のとおりに制限する。
Ti:0.003%以下
Tiは、Nと結合してTiNを形成し、転動疲労寿命を低下させる。特に、その含有量が0.003%を超えると、転動疲労寿命の低下が著しくなる。従って、Tiの含有量を0.003%以下で、できるだけ少なくすることが望ましい。
O:0.0015%以下
Oは、酸化物系介在物を形成し、その多くはアスペクト比が3以下のものであるため、転動疲労寿命を低下させるため、その含有量はできるだけ少ないことが望ましい。特に、その含有量が0.0015%を超えると転動疲労寿命の低下が著しくなるので、Oの含有量を0.0015%以下とした。
【0025】
P:0.02%以下
Pは粒界偏析して粒界を脆化させやすい元素であり、その含有量が0.02%を超えると、母材の靭性が大きく低下し、シャルピー衝撃試験で高い衝撃値(後述の実施例における衝撃試験で、30J/cm2以上の衝撃値)が得られなくなる。従って、P含有量を0.02%以下とした。
【0026】
2.C、Si、MnおよびCrの含有量の関係
本発明の高周波焼入れ用棒鋼は、下記の(1)式で表されるX値が0.62〜0.90であることが必要である。但し、前記のとおり(1)式中のC(%)、Si(%)、Mn(%)、Cr(%)は、各元素の含有量(質量%)を意味する。
【0027】
X=C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%) …(1)
上記の化学組成を有する棒鋼を通常の条件で熱間鍛造後、放冷すると、多くの場合、初析フェライトとパーライトからなる組織が得られる。しかし、初析フェライト中のC濃度は極めて低いため、高周波焼入れのような短時間の焼入れの場合、初析フェライトが多く存在すると、オーステナイト域に加熱している間に初析フェライトであった部分のC濃度が平均含有量の値に達せず、その部分の焼入れ後の硬度が低くなる。このように部分的に軟質な場所が存在すると、転動疲労寿命が大きく低下する。
【0028】
初析フェライトの生成量は、化学組成と熱処理条件などによって変化する。本発明が対象とする棒鋼は、多くの場合、熱間鍛造後、放冷されて成形される。このため、熱間鍛造後、放冷することを前提とすれば、化学組成を制御することで、初析フェライトの生成量を十分に低減することができ、高周波焼入れを施した部分の転動疲労寿命を向上させることができる。
【0029】
そこで、化学組成と初析フェライトの生成量の関係について調査した。初析フェライトの生成量は、C含有量と共析炭素濃度との差に大きく影響される。共析炭素濃度は、例えば、非特許文献1に示されているように、Si、Mn、CrおよびNiなどの元素の含有量によって変化する。本発明において含有量が0.1%を超える元素は、Cを除くとSi、MnおよびCr元素であるので、上記の非特許文献1に示されている図を用いて、下記の手法により上記の(1)式を定義した。
【0030】
すなわち、Si、MnおよびCrの濃度が0から2%の範囲での曲線を直線に近似して各元素の濃度1%あたりの共析炭素濃度の低下量を求めた。求めた低下量は、それぞれSiは0.11%、Mnは0.07%、Crは0.08%であったことから、「C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%)」をX値として(1)式を完成した。このX値をある範囲内に制御すれば、高周波焼入れ後に軟質な部分をなくすことができ、転動疲労寿命を向上させることができる。
【0031】
そこで、表1に示す鋼a〜jについて、真空溶解にて180kg溶解して鋳造した。
【0032】
【表1】
【0033】
なお、溶解の際、不純物元素が十分低減するように原料の選定、精錬に十分注意を払った。これらのインゴットを1250℃での10時間均質化熱処理を施して偏析を十分低減した後、熱間鍛造により直径40mmの棒鋼(以下、この項において「φ40mm棒鋼試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0034】
このφ40mm棒鋼試験片を加熱温度1150℃、仕上温度1050℃の条件での熱間鍛造により直径13mmの棒鋼にした。この熱間鍛造は、軸受け部品の成形部品とするための熱間鍛造を模擬したものである。この直径13mmの棒鋼から切削加工により、直径12mm、長さ22mmの試験片を作製した。この試験片に最高加熱温度950〜1000℃、硬化深さ(有効硬化層深さ、以下同じ)が約2mmとなる条件で高周波焼入れを施し、さらに通常の熱処理炉を用いて160℃で1時間の焼戻しを行った後、表面を鏡面に研磨して試験片(以下、この項において「φ12mm焼入れ試験片」と呼ぶ)を作製した。このφ12mm焼入れ試験片を用いて転動疲労試験を実施した。
【0035】
図1は、(1)式から求められるX値と転動疲労寿命との関係を示す図である。図1に示すように、X値が0.62〜0.90の場合に、目標とする転動疲労寿命を達成した。従って、X値を0.62〜0.90の範囲に制限する必要がある。さらに、より優れた転動疲労寿命を得るためには、X値を0.68〜0.90の範囲に制限することが好ましい。
【0036】
3.表層領域の偏析
本発明の高周波焼入れ用棒鋼は、下記の(2)式で表されるA値が0.80以上であることが必要である。但し、(2)式中のMnMINは表層領域におけるMn濃度の下限値(質量%)、MnAVEはMn濃度の平均値(質量%)を意味する。
A=(MnMIN/MnAVE) …(2)
なお「表層領域」とは、表面から深さが5mmまでの領域と定義する。
【0037】
ここで、偏析しやすい元素としては、C、Mn、Cr等の元素が知られている。しかし、Cは、軽元素であり、一般的な測定機器であるEPMAでは測定精度が低くなりやすく、Crは、本発明の高周波焼入れ用棒鋼には添加されない場合もある。このため、本発明者らは、Mnの表層領域における濃度に着目して下記の実験を行った。
【0038】
表2に示す鋼EおよびHを電気炉でそれぞれ3ton溶解して鋳造し、インゴットままで放冷した。なお溶解の際、不純物元素が十分低減するように原料の選定、精錬に十分注意を払った。比較的大型のインゴットを放冷したため、50〜200kgのインゴットを放冷したものや、連続鋳造で凝固を制御したものに較べ、偏析は激しいと考えられる。このインゴットを分塊圧延により155mm角のビレットにした後、熱間圧延により直径40mmの棒鋼にした。
【0039】
【表2】
【0040】
この棒鋼を6ヶに分割して、均質化熱処理の条件を変えることにより、偏析レベルの異なる棒鋼(以下、この項において「φ40mm棒鋼試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0041】
このφ40mm棒鋼試験片を、加熱温度1150℃、仕上温度1050℃の条件の熱間鍛造後、放冷することにより直径13mmとした。その後、切削加工によって直径12mm、長さ22mmの試験片を作製した。この試験片に最高加熱温度950〜1000℃、硬化深さが約2mmとなる条件で高周波焼入れを施し、さらに通常の熱処理炉を用いて160℃で1時間の焼戻しを施した後、表面を鏡面に研磨して試験片(以下、この項において「φ12mm焼入れ試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0042】
φ40mm棒鋼試験片について、表層領域を横断面方向からMnについてEPMAによる線分析を行った。この分析を3回実施し、最も低かったMn濃度(以下、MnMINと呼ぶ)と最も高かったMn濃度(以下、MnMAXと呼ぶ)を記録した。このとき、MnMAXについてはMnSに起因すると考えられるものは除いた。また転動疲労試験は、φ12mm焼入れ試験片を用いて実施した。均質化処理条件、転動疲労寿命および表層領域のMn濃度を表3に示す。
【0043】
【表3】
【0044】
表3に示すように、同じ鋼の間では、Mn偏析が低減すると転動疲労寿命が改善されるが、異なる鋼の間では、Mn濃度の絶対値と転動疲労寿命は相関がないことが分かる。これらの関係を図を使って説明する。
【0045】
図2は、「(表層領域のMn濃度上限値)/(Mn濃度平均値)」、即ち、「MnMAX/MnAVE」と転動疲労寿命との関係を示す図であり、図3は、「(表層領域のMn濃度下限値)/(Mn濃度平均値)」、即ち、「MnMIN/MnAVE」と転動疲労寿命との関係を示す図である。
【0046】
図2に示す例でも「MnMAX/MnAVE」が小さくなれば、転動疲労寿命が向上し、相関関係が認められるが、図3に示す例の方がその相関関係は明瞭である。このため、Mnの偏析としては「MnMIN/MnAVE」に着目することとした。図3に示すように、「MnMIN/MnAVE」が0.80以上であれば、常に目標とする転動疲労寿命が得られる。従って、本発明の高周波焼入れ用棒鋼は、「MnMIN/MnAVE」、即ち、上記の(2)式で表されるA値が0.80以上であることが必要である。
【0047】
4.介在物の形態、大きさおよび個数
本発明の高周波焼入れ用棒鋼では、表層領域において、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2個/mm2以下であることが必要である。本発明者らは、介在物の形態、大きさおよび個数に着目して下記の実験を行った。
【0048】
下記の表4に示す鋼k〜pおよびrを真空溶解にて180kg溶解して鋳造し、鋼qを電気炉で3ton溶解して鋳造した。また、鋼rは鋳型に耐火物が損傷しているものを用い、意図的に耐火物が混入するようにした。これらのインゴットを熱間鍛造により直径40mmの棒鋼にした後、この棒鋼に1250℃での10時間均質化熱処理を施して偏析を十分に低減して試験片(以下、この項において「φ40mm棒鋼試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0049】
【表4】
【0050】
このφ40m棒鋼試験片を加熱温度1150℃、仕上温度1050℃の条件の熱間鍛造により直径13mmにした後、切削加工によって直径12mm、長さ22mmの試験片を作製した。この試験片に最高加熱温度950〜1000℃、硬化深さが約2mmとなる条件で高周波焼入れを施し、さらに通常の熱処理炉を用いて160℃で1時間の焼戻しを行った後、表面を鏡面に研磨して試験片(以下、この項において「φ12mm焼入れ試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0051】
φ12mm焼入れ試験片を用いて転動疲労試験を実施し、寿命に到った試験片の破壊起点を詳細に観察し、表層領域に介在物が存在していた試験片については介在物のアスペクト比も測定した。この結果を図4に示す。
【0052】
図4は、破壊起点となった介在物の短径と長径との関係を示す図である。図4に示すように、破壊起点となった介在物は、いずれもアスペクト比が3以下であり、短径が10μm以上になっていた。また、破壊起点となった介在物の種類をEPMAによって同定したところ、TiN、VN、Al2O3、SiO2の介在物が観察され、MnSの介在物は破壊起点とならなかった。この理由は、MnSが他の介在物に較べて軟質であるためと考えられる。
【0053】
長径および短径は、図5に示すように、途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線を長径(L1)と定義し、それと垂直な直線で粒内に最も長く引ける直線を短径(L2)と定義した。アスペクト比はL1/L2と定義した。
【0054】
φ40mm棒鋼試験片について、先に定義した表層領域を縦断面方向から光学顕微鏡によって観察した。観察は倍率200倍で10視野行い、各視野中で介在物のアスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるものの個数を測定した。なお、観察した面積は10視野の合計で3.0mm2である。また、MnSについては、光学顕微鏡で観察した際の介在物の濃淡差から他の介在物と区別して、測定から除外した。各試験片のアスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数および転動疲労寿命を表4に併記した。
【0055】
表4に示すように、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2以下の場合に、目標とする転動疲労寿命を達成した。従って、高周波焼入れ棒鋼の「表層領域におけるアスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物」の個数を2個/mm2以下とした。
【0056】
なお、介在物の形状と大きさは、介在物の組成、凝固速度、凝固偏析などの影響を受け、更に製鋼の設備の影響も受ける。このため、上記のMnS以外の介在物の条件を満足するように製造条件を設定する必要があるが、例えば、以下の条件を満たように調整すれば、目標とする介在物の形状と大きさが得られる。
【0057】
(1)鋼中の含有量をAlは0.04%以下、Oは0.0015%以下、Tiは0.003%以下、Nは0.012%以下にすること。
【0058】
(2)取鍋、タンディッシュ等の耐火物の溶損や鋳造時のスラグ及びパウダーの巻き込みを防止すること。
【0059】
(3)鋳造を小断面のインゴット又はブルームで行うこと。
【0060】
実施例などに用いた180kgのインゴットの場合は、上記の(1)および(2)の条件を満たしていれば、目標とする介在物の形状と大きさを得られた。連続鋳造で例えば400mm角といった大断面のブルームを製造する場合には、溶鋼の電磁攪拌や凝固末期軽圧下を適用すればよい。
【0061】
【実施例】
前掲の表2に示す化学組成を有する鋼A〜Zを溶解した。この内、鋼E、HおよびTは電気炉で3ton溶解して鋳造し、鋼A〜D、F、G、I〜S、U〜Zは真空溶解にて180kg溶解して鋳造した。表2における鋼B、D〜F、H、J、L、T〜Zは、本発明で規定される化学組成を満足するを満足するものであり、これらの鋼のうちVおよびWは、本発明で規定するX値の範囲から外れたものである。鋼A、C、G、I、KおよびM〜Sは、成分のいずれかが本発明で規定する含有量の範囲から外れたものである。また、鋼Uは鋳型に耐火物が損傷しているものを用い、意図的に耐火物が混入するようにした。
【0062】
電気炉で3ton溶解して鋳造した鋼E、H、およびTはインゴットを分塊圧延により155mm角のビレットにした後、通常の熱間圧延により直径40mmの棒鋼にし、真空溶解にて180kg溶解して鋳造した鋼A〜D、F、GおよびI〜Zについては、通常の熱間鍛造により直径40mmの棒鋼にした。
【0063】
これらの棒鋼の一部については表5および表6に示す条件で均質化熱処理を施して試験片(以下、この項において「φ40mm棒鋼試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0064】
このφ40mm棒鋼試験片に、表5および表6に示す条件で熱間鍛造を施した後、放冷することにより直径30mmの棒鋼と直径13mmの棒鋼を作製した。この直径30mmの棒鋼からJIS 4号の引張試験片、Uノッチ試験片(ノッチ下高さ:8mm)および平行部が直径8mm、長さ25mm、コーナー部が25mmRの平滑回転曲げ疲労試験片(以下、単に「平滑回転曲げ疲労試験片」と呼ぶ)を作製した。また、直径13mmの棒鋼から切削加工によって直径12mm、長さ22mmの試験片を作製した。この試験片に最高加熱温度950〜1000℃、硬化深さが約2mmとなる条件で高周波焼入れを施し、さらに通常の熱処理炉を用いて160℃で1時間の焼戻しを施した後、表面を鏡面に研磨して試験片(以下、この項において「φ12mm焼入れ試験片」と呼ぶ)を作製した。
【0065】
表層領域のMn濃度の下限値は、φ40mm棒鋼試験片の横断面(長さ方向に直角な切断面)について、表面から深さ5mmの範囲で、通常のEPMAによる線分析で各3回測定し、Mnが最も低くなった濃度を求めた。
【0066】
引張強さは、JIS4号の試験片を用い、通常の方法により室温で引張試験を行い、各2回の引張強さの平均値を求めた。JISに規定されているS55Cの一般的な値を上回る850MPa以上を合格、これ未満を不合格とした。
【0067】
衝撃値は、Uノッチ試験片(ノッチ下高さ:8mm)の試験片を用い、通常の方法により室温で衝撃試験を行い、各2回の衝撃値の平均値を求めた。衝撃値が30J/cm2以上を合格、これ未満を不合格とした。
【0068】
回転曲げ疲労強度は、平滑回転曲げ疲労試験片を用い、通常の方法により小野式回転曲げ疲労試験を行い、繰り返し数1.0×107回の応力を回転曲げ疲労強度とした。JISに規定されているS55Cの一般的な値を上回る350MPa以上を合格、これ未満を不合格とした。
【0069】
転動疲労試験における転動疲労寿命は次の方法で測定した。
【0070】
試験機:円筒式ラジアル型転動疲労試験機
最大面圧:6200MPa
試験片回転数:46000回/分
試験片数:各12個
転動疲労寿命は、各条件に付き12個のφ12mm焼入れ試験片の各転動疲労寿命を縦軸に累積破損確率、横軸に転動疲労寿命をとったワイブル確率紙にプロットして、それに対する線形近似直線を引き、累積頻度破損確率が10%になる転動疲労寿命(以後L10寿命と称する)を求めた。L10寿命が2.0×107以上を合格、これ未満を不合格とした。
【0071】
アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数は次の方法で測定した。φ40mm棒鋼試験片の縦断面(長さに平行な切断面)について表面から深さ5mmの範囲で、倍率200倍で10視野観察し、通常の画像解析の手法を用いて、各視野中で介在物のアスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるもの個数を測定した。またMnSについては、光学顕微鏡で観察した際の、介在物の濃淡差から他の介在物と区別して、測定から除外した。
【0072】
これらの製造条件および測定結果を表5および表6に示す。
【0073】
【表5】
【0074】
【表6】
【0075】
表5および表6に示すように、化学組成、X値、A値、介在物個数のいずれか1つ以上の条件が本発明で規定される範囲を外れる比較例No.1、4、5、10〜12、14、18〜21、23および25〜35は、転動疲労寿命が2.0×107未満と短いか、衝撃値、引張強さまたは回転曲げ疲労強度のいずれかが目標値に達しなかった。
【0076】
一方、本発明例No.2、3、6〜9、13、15〜17、22、24および36〜38は、転動疲労寿命が2.0×107回以上で、且つ高周波焼入れを施さなかった試験片の衝撃値が30J/cm2以上で、転動疲労寿命、および靭性が良好であった。また、本発明例はいずれも、引張強さ、回転曲げ疲労強度ともに通常以上である。
【0077】
【発明の効果】
本発明の高周波焼入れ用棒鋼は、焼入れしない部分の特性は通常並み以上を確保しつつ、高周波焼入れ、さらに必要に応じて焼戻しを施した部分の転動疲労寿命が安定して極めて優れているので、自動車の部品であるハブユニット、等速ジョイントなどに用いられる鋼材および部品の素材として好適である。
【図面の簡単な説明】
【図1】(1)式から求められるX値と転動疲労寿命との関係を示す図である。
【図2】「(表層領域のMn濃度上限値)/(Mn濃度平均値)」と転動疲労寿命との関係を示す図である。
【図3】「(表層領域のMn濃度下限値)/(Mn濃度平均値)」と転動疲労寿命との関係を示す図である。
【図4】破壊起点となった介在物の短径と長径との関係を示す図である。
【図5】長径および短径の定義を示す図である。
Claims (2)
- 質量%で、C:0.5〜0.7%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.2〜1.5%、Cr:0〜1.5%、V:0〜0.10%、S:0.002〜0.05%、Al:0.01〜0.04%およびN:0.005〜0.012%を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.003%以下、Oが0.0015%以下、Pが0.02%以下で、下記の(1)式で表されるX値が0.62〜0.90である棒鋼であって、表層領域において、下記の(2)式で表されるA値が0.80以上であり、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2個/mm2以下であることを特徴とする高周波焼入れ用棒鋼。
X=C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%) …(1)
A=(MnMIN/MnAVE) …(2)
但し、(1)式中のC(%)、Si(%)、Mn(%)、Cr(%)は、各元素の含有量(質量%)を意味する。また、(2)式中の各記号の意味は下記のとおりである。
MnMIN:表層領域におけるMn濃度の下限値(質量%)
MnAVE:Mn濃度の平均値(質量%) - 質量%で、C:0.5〜0.7%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.2〜1.5%、Cr:0〜1.5%、V:0〜0.10%、S:0.002〜0.05%、Al:0.01〜0.04%およびN:0.005〜0.012%、ならびにCa:0.0003〜0.0020%およびMg:0.0003〜0.0020%の1種または2種を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.003%以下、Oが0.0015%以下、Pが0.02%以下で、下記の(1)式で表されるX値が0.62〜0.90である棒鋼であって、表層領域において、下記の(2)式で表されるA値が0.80以上であり、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2個/mm2以下であることを特徴とする高周波焼入れ用棒鋼。
X=C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%) …(1)
A=(MnMIN/MnAVE) …(2)
但し、(1)式中のC(%)、Si(%)、Mn(%)、Cr(%)は、各元素の含有量(質量%)を意味する。また、(2)式中の各記号の意味は下記のとおりである。
MnMIN:表層領域におけるMn濃度の下限値(質量%)
MnAVE:Mn濃度の平均値(質量%)
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