JP3577281B2 - 赤外分光光度計用データ処理装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計等の赤外分光光度計で取得したスペクトルを用いて未知物質を同定するためのデータ処理装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
赤外分光光度計などを利用した赤外分析法の目的の一つは、未知物質の同定にある。このような未知物質の同定は、赤外分析により得られた未知物質のスペクトル(厳密には吸収スペクトル又は反射スペクトル)を過去に測定した既知物質のスペクトルと比較し、最も類似性の高いスペクトルを選択することにより行われる。こうした既知物質のスペクトルは、スペクトルライブラリとして市販されているものを利用することもできるし、作業者が自ら測定したスペクトルをライブラリとして登録することもできるようになっている。(以下、これらを総称してライブラリと呼ぶ。)
【0003】
一般に、ライブラリにはかなり多数のスペクトルが含まれ、その中には一見、非常に類似したスペクトルが存在することも多い。そのため、未知物質のスペクトルに最も類似したスペクトルをライブラリの中から検索するという処理はかなり困難な作業であると言える。
【0004】
従来のデータ処理装置においては、このようなスペクトル検索として、スペクトルの全体的な形状の類似性を判定する類似性検索、ピークの位置や強度で検索するピーク検索などが行われており、類似性検索としては、絶対差、一次微分差、差の二乗、微分差の二乗、ユークリッド誤差、個体相関関数などの手法(検索アルゴリズム)が用いられ、一方、ピーク検索としては、ピーク前方検索、後方検索、重み付けなどの手法(検索アルゴリズム)が用いられている。そして、このような検索アルゴリズムにより、未知物質のスペクトルに類似した既知物質のスペクトルの類似性を点数(HQI:ヒットクオリティーインデックス)化し、その点数が最も高いものをライブラリから選択する。
【0005】
また他の方法としては、複数の検索アルゴリズムを組み合わせて同様にスペクトルの類似性を点数化し、その点数の高い順に(つまり数学的にスペクトル形状の類似性が高いと判定された順に)複数のスペクトルを候補としてライブラリから選択する。そして、未知物質のスペクトルと複数の候補スペクトルとを、熟練した担当者が見比べて、最終的に一つのスペクトルを選択して同定結果を得る。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように数学的にHQIを算出する方法では、試料測定時のベースの曲がりや、水蒸気、二酸化炭素などによる吸収ピークと試料による吸収ピークとの識別ができないため、このような要因がHQIの精度に影響を与える。そのため、最も高いHQIを獲得したスペクトルが、必ずしも正しい物質であるとは限らず、同定の信頼性はあまり高くない。その点、後者の方法では、試料測定時のベースの曲がりや、水蒸気、二酸化炭素などによる吸収ピークを考慮した同定が行えるため信頼性は高いが、同定作業に熟練した担当者を必要とする。逆に言えば、未熟練の者では、やはり信頼性の高い同定は行えない、という問題がある。また、1つ1つスペクトルを見比べながら同定を行う必要があり、同定作業に時間が掛かるという問題もある。
【0007】
本発明は上記問題を解決するために成されたものであり、その主たる目的とするところは、熟練した担当者に依らずとも、信頼性の高い同定作業を行うことができる赤外分光光度計用データ処理装置を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために成された本発明は、赤外分光光度計により取得された未知物質のスペクトルに対し、既知物質のスペクトルを集積したライブラリの中から類似性の高いスペクトルを検索して未知物質の同定を行うデータ処理装置において、
a)前記ライブラリに含まれる全て又は一部の複数の既知物質のスペクトルについて、そのスペクトル固有の吸収ピークの波数を所定個数選択し、該ピーク波数情報と、そのスペクトルを識別可能な情報又はそのスペクトルに対応した既知物質を識別可能な情報とを対応付けて記憶しておくピークテーブルと、
b)未知物質のスペクトルに対し、スペクトルの全体的な形状の類似性を判断するための類似性検索アルゴリズムを用いて、前記ライブラリのうちでピークテーブル作成に使用された前記複数の既知物質のスペクトルの中から類似性の高いスペクトルを候補として複数選択する候補選択手段と、
c)前記未知物質のスペクトルから吸収ピークを抽出するピーク抽出手段と、
d)該ピーク抽出手段により抽出された吸収ピークと、前記候補選択手段により選択された複数のスペクトルに対応する前記ピークテーブルのデータとを照合し、或る既知物質に対応付けられた前記所定個数の吸収ピークの波数の全てが前記抽出された吸収ピークに一致するか否かを調べ、全てが一致するスペクトル又は既知物質を選択する最終選択手段と、
を備えることを特徴としている。
【0009】
ここで、ピークテーブルを作成する際には、波数選択の条件として、大気中の外乱因子である水蒸気や二酸化炭素などによる吸収波数、及び、赤外分析において粉末希釈媒体として使用されるKBr(臭化カリウム)粉末又はそれに相当する物質との化学的な変化により波数位置が変化するような吸収ピークは避けることが望ましい。
【0010】
また、ピーク抽出手段は、ノイズ成分を誤ってピークとして認識することがないように、例えば、所定強度以下のピークは除外することが望ましい。また、水蒸気や二酸化炭素による吸収の影響が大きいような波数帯域にあるピークも除外するとよい。
【0011】
また一般に、同定の候補となり得る物質の総数(上で言うところの「前記ライブラリに含まれる全て又は一部の複数のスペクトル」の総数)が多いほど、類似した形状のスペクトルが多くなるから、ピークテーブルにおいて、各スペクトルに対して記憶しておく吸収ピークの波数の個数(上記所定個数)を増やすほうがよい。勿論、これは物質の種類、範囲などにも依存するから、ピークテーブルを作成する際には或る程度、試行錯誤的に固有の吸収ピークを選択する必要がある場合もあり、スペクトルの判定に熟練した者が関与して固有の吸収ピークを選択する必要がある場合もある。
【0012】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の一実施形態による赤外分光光度計用データ処理装置について図面を参照して説明する。
【0013】
図1はこのデータ処理装置(データ処理部3)を含む赤外分光分析システムの全体構成図である。
赤外分析部1は、例えばフーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)であって、固定鏡及び移動鏡を含むマイケルソン型干渉計により時間的に振幅が変動する干渉波を生成し、これを試料に照射してその透過光又は反射光を光検出器により検出する。そして、検出された干渉波(インターフェログラム)はフーリエ変換演算部2に送られ、ここでフーリエ変換を行うことにより、横軸に波数、縦軸に強度(吸光度)をとった吸収スペクトル(又は反射スペクトル)を取得する。このスペクトルがデータ処理部3に入力される。フーリエ変換演算部2及びデータ処理部3は、いわゆるパーソナルコンピュータであって、このコンピュータに内蔵されたデータ処理ソフトウエアを実行することにより、フーリエ演算やそのほかの後述のようなデータ処理機能が達成される。
【0014】
図2は、データ処理部3の要部の機能構成図である。ライブラリ10は既知物質のスペクトルが多数格納された一種のデータベースであり、市販されているライブラリもあるが、ここでは、ユーザが予め赤外分析を行うことによって得た多数のスペクトルを集積したユーザライブラリであるものとする。図3はライブラリの一例を示す図である。ここでは、ライブラリ名「drug」の中に、識別名、スペクトルデータ(実際にはスペクトルを構成する多数のデジタルデータの集合)及び物質名を1組として、多数の既知物質のスペクトルが格納されている。
【0015】
まず、実際に未知物質の同定作業を行う前に、予め準備作業として、ライブラリ10に含まれる各スペクトルに現れる主要なピークの波数を列挙したピークテーブル11を作成しておく。すなわち、図3に示したようなライブラリ10に含まれる各スペクトルについて、所定の条件の下に、それぞれ所定個数の固有ピークを抽出する。ここでは、一例として5個の固有ピークを抽出するものとするが、これに限定するものではない。固有ピークとは、そのスペクトルを特徴付けるのに適切なピークであるから、必ずしもピーク強度が大きいものが適当であるとは限らない。また、大気中の外乱因子である水蒸気や二酸化炭素などの吸収波数や、赤外分析において粉末希釈媒体として使用されるKBr粉末との化学反応により波数位置が変動するような吸収ピークは避ける必要がある。
【0016】
実際には、このピークテーブル11の的確性によって後述の同定の精度がほぼ決定されると言える。したがって、スペクトル判定に熟練した担当者が、ライブラリのスペクトルの種類などを考慮して、場合によって試行錯誤的に同定の精度を確認しながら、適当な固有ピークを選定してピークテーブル11を作成することが望ましい。図4は図3のライブラリ10に対して作成されたピークテーブル11の一例を示す図である。各識別名及び物質名に対して、波数1〜5なる5個の固有ピークの波数が格納されている。
【0017】
なお、ライブラリ10に格納されている全てのスペクトル(既知物質)が未知物質の同定に必要であるとは限らない。この例のようにライブラリがユーザライブラリである場合には、通常、同種の又は類似した物質のみを集めてライブラリが作成されるが、市販の汎用ライブラリの場合には、類似しない幅広い種類の物質が同一ライブラリに含まれる。そのような場合には、ライブラリ10の中から未知物質と同一物質である可能性のある幾つかの物質のみを選定してピークテーブル11を作成すればよい。一般には、このピークテーブル11に含まれる物質の数が多いほど、スペクトルの類似性が高まり互いの識別がしにくくなるから、そのような場合には選定する固有ピーク数(つまりピークテーブルに格納する波数の個数)を多くし、逆にピークテーブル11に含まれる物質の数が少ない場合には、選定する固有ピーク数を減らすことができる。
【0018】
次に、実際に未知物質の同定を行う際の動作を説明する。
まず、赤外分析部1により試料を測定し、この検出信号をフーリエ変換して未知物質のスペクトルを取得する。生のスペクトルには様々なノイズ成分やその他の誤差要因を含むから、また、測定法の種類に応じてスペクトルに種々の固有の特徴が現れるから、データ補正部12は、各種の補正処理を施すことによって複数のスペクトルを比較可能な形式に修正する。具体的には、例えば、ベースの曲がりを補正するためのベースライン補正、拡散反射法で測定されたスペクトルに対してはクベルカ・ムンク変換、そのほかATR補正などを行う。
【0019】
続いて、この未知物質のスペクトルに対して類似性検索アルゴリズムを適用し、ライブラリ10の中(厳密に言えば、ライブラリ10の中でピークテーブル11が作成されたものの中)から未知物質のスペクトルの形状に類似した形状を有するスペクトルを候補スペクトルとして複数個探す。類似性検索アルゴリズムとしては、従来利用されている、絶対差、一次微分差、差の二乗、微分差の二乗、ユークリッド誤差、固体相関関数等のいずれか、又は2種以上の組み合わせを利用することができる。いずれにしても、このような検索アルゴリズムによる数学的な類似性判定結果は点数(HQI)として算出され、その点数が高い順に所定個数(本例では10個)のスペクトルが候補スペクトルとして選定される。図5はこのようにして選定された候補スペクトルの一例を示す図である。このような候補スペクトルは候補スペクトル保持部14に一時的に記憶される。
【0020】
一方、未知物質のスペクトルはピーク検出部15に並行して与えられ、ピーク検出部15は、スペクトルに対して、水蒸気や二酸化炭素などの外乱の影響を受ける波数帯域を除いて、所定のピーク検出アルゴリズムに従ってピーク検出を行う。例えば、ノイズ成分による小さなピークを誤って検出することがないように、上述のように波数帯域で制限を設ける以外に、所定強度以上のピークのみを検出するものとするとよい。図6は或る未知物質のスペクトルに対してピーク検出を行った結果の一例を示す図である。検出されたピークには垂直に延伸する線でマーキングが施され、且つそのピークの波数が数値でそのマーキングの近傍に記入されている。
【0021】
以上のようにして複数の候補スペクトルと未知物質のスペクトルのピーク検出結果とが揃うと、ピーク照合部17は次のようにしてピークの照合作業を実行する。まず、波数情報読出し部16は、候補スペクトル保持部14から候補スペクトルの物質名、番号(識別名)などを受け取り、各候補スペクトルに対応するピークの波数情報をピークテーブル11から順次読み出す。例えば、識別名:drug−1(物質名:CAFFEINE IN KBR)の候補スペクトルであれば、図4に示したピークテーブル11から、609,974,1286,1599,3111の5個の波数が読み出される。
【0022】
ピーク照合部17は、これら読み出された波数が全て未知物質のスペクトル上で検出されたピークの波数に一致するか否かを調べる。その5個の波数が全て未知物質のスペクトルの検出ピークに存在すれば、そのスペクトルの照合結果は「〇(=一致)」とする。一方、その5個の波数の中で1個でも未知物質のスペクトルの検出ピークに一致しないものが存在すれば、そのスペクトルの照合結果は「×(=非一致)」とする。このようにして、全候補スペクトル、つまり本例では10個の候補スペクトルについて同様のピーク照合を行い、「〇」又は「×」の照合結果を得る。
【0023】
例えば、先に図6に示したスペクトルに対し、上述した識別名:drug−1(物質名:CAFFEINE IN KBR)の候補スペクトルにおける5個の波数のピーク照合を行った結果を図7のスペクトルに示す。つまり、図7に示すスペクトルは図6に示した未知物質のスペクトルと同一であるが、このピーク検出結果に対して識別名:drug−1に対応する波数の照合を実行すると、図7中に下向きの矢印で示す通り、全ての波数がスペクトル中のピーク波数に一致する。したがって、このスペクトルの照合結果は「〇(=一致)」となる。
【0024】
通常、適切に測定が行われ、ピークテーブル11が適切に作成されたならば、「〇」なる照合結果が得られる物質は候補スペクトルの中に1つのみ存在し、他は全て非一致となる。換言すれば、このように1つの候補スペクトルが選定されるように、ライブラリ10に対して適切なピークテーブル11を作成することが重要である。以上のようにして、候補スペクトルの中からピーク照合結果で一致と判定された物質(この場合にはCAFFEINE IN KBR)を最終的な同定結果として出力する。
【0025】
図8はピーク照合結果を追加した候補スペクトルの一覧である。この図に示すように、数学的な類似性判定の結果であるHQIでは最も高得点であるのは物質名:PHENTANYL.CITRIC ACIDであるが、ピーク照合結果によると、HQIでは第2順位である物質名:CAFFEINE IN KBRのみが一致となっている。このようにピーク照合で一致する物質は、必ずしもHQIが最も高い物質であるとは限らない。
【0026】
本発明者らの実験によれば、或る範疇の物質群では、HQIによる順位とピーク照合結果とは非常に相関が高く、HQIで第1順位のものがピーク照合で一致と判定される確率が非常に高い。しかしながら、別の或る範疇の物質群では、HQIで第1順位でないものがピーク照合で一致と判定される確率が高くなる。このような物質群における同定を行うには、従来、各試料毎にスペクトル判定に熟練した担当者がスペクトルを比較する必要があったが、本システムによれば、ピークテーブル作成時点ではそのような担当者が関与する必要があるものの、実際の同定作業には該担当者が関与する必要はなく、多数の試料を同定する場合でも、流れ作業的に迅速に、しかも高い精度で同定を進めることができる。
【0027】
なお、上記実施形態は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜に修正や変更を行えることは明らかである。
【0028】
【発明の効果】
本発明に係る赤外分光光度計用データ処理装置によれば、スペクトル形状の類似性を判定するのに熟練した担当者が同定作業を行わずとも、高い信頼性でもって未知物質の同定を行うことができる。また、数学的には最も類似性が高いと判定されたスペクトルでないものが本来の物質であるような場合であっても、正確に同定することができる。更にまた、本発明によれば、同定に人間の判断を必要としないことから、同定の自動化、無人化が可能となり、同定作業をきわめて効率的に、つまり同一時間内に多数の試料の同定を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例であるデータ処理装置を含む赤外分光分析システムの全体構成図。
【図2】図1中のデータ処理部の要部の機能構成図。
【図3】本データ処理装置におけるライブラリの一例を示す図。
【図4】図3のライブラリに対して作成されたピークテーブルの一例を示す図。
【図5】本データ処理装置において選定された候補スペクトルの一例を示す図。
【図6】或る未知物質のスペクトルに対してピーク検出を行った結果の一例を示す図。
【図7】図6のスペクトルに対するピーク照合の結果の一例を示す図。
【図8】ピーク照合結果を追加した候補スペクトルの一例を示す図。
【符号の説明】
1…赤外分析部
2…フーリエ変換演算部
3…データ処理部
10…ライブラリ
11…ピークテーブル
12…データ補正部
14…候補スペクトル保持部
15…ピーク検出部
16…波数情報読出し部
17…ピーク照合部
Claims (1)
- 赤外分光光度計により取得された未知物質のスペクトルに対し、既知物質のスペクトルを集積したライブラリの中から類似性の高いスペクトルを検索して未知物質の同定を行うデータ処理装置において、
a)前記ライブラリに含まれる全て又は一部の複数の既知物質のスペクトルについて、そのスペクトル固有の吸収ピークの波数を所定個数選択し、該ピーク波数情報と、そのスペクトルを識別可能な情報又はそのスペクトルに対応した既知物質を識別可能な情報とを対応付けて記憶しておくピークテーブルと、
b)未知物質のスペクトルに対し、スペクトルの全体的な形状の類似性を判断するための類似性検索アルゴリズムを用いて、前記ライブラリのうちでピークテーブル作成に使用された前記複数の既知物質のスペクトルの中から類似性の高いスペクトルを候補として複数選択する候補選択手段と、
c)前記未知物質のスペクトルから吸収ピークを抽出するピーク抽出手段と、
d)該ピーク抽出手段により抽出された吸収ピークと、前記候補選択手段により選択された複数のスペクトルに対応する前記ピークテーブルのデータとを照合し、或る既知物質に対応付けられた前記所定個数の吸収ピークの波数の全てが前記抽出された吸収ピークに一致するか否かを調べ、全てが一致するスペクトル又は既知物質を選択する最終選択手段と、
を備えることを特徴とする赤外分光光度計用データ処理装置。
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