しかしながら、上記従来の耐震壁5(境界鉄骨6を用いた水平力伝達構造)においては、入力される水平力Fを確実に耐震要素5aに伝達させるために、境界鉄骨6にある程度断面積が大きい鉄骨を用いることが必要になる。このため、境界鉄骨6の搬入、設置に多大な労力を要するという問題があった。
一方、例えば図25に示すように、境界鉄骨6を適当な長さで分割し、設置時に分割した箇所を高力ボルト10で摩擦接合する方法を採る場合もある。この場合には、境界鉄骨6の分割数を増やすほど、境界鉄骨6の搬入や高所への設置が容易になるが、接合箇所数が増えると、施工の効率(施工性)が低下し、コストの増大を招くことになる。
また、境界鉄骨6を分割する場合には、一般に、例えば2ないし3分割して、なるべく接合箇所を少なくするようにしているが、分割した1本あたりの境界鉄骨6(境界鉄骨片6a、6b、例えばブレース補強で一般的に使用されるH−200×204×12×12クラスのH形鋼)は、長さが2〜3m、重量が約140〜215kg程度となる。
このため、境界鉄骨6を分割した場合であっても、資材搬入時に、揚重機を使用して窓などの開口部から境界鉄骨6を搬入することになり、また、設置時に、重機やチェーンブロックなどを使用することが必要になる。これにより、耐震壁5を構築するために、大きな占有スペースが必要になり、また、工事による騒音や振動も発生することになって、建物の供用者(施主、ユーザー)が工事期間中の引越しや事業休止をせざるを得ないという問題があった。
本発明は、上記事情に鑑み、資材の搬入作業や設置作業を容易にし、効率的に耐震壁を構築することを可能にした耐震壁の水平力伝達構造及びこれを備えた耐震壁を提供することを目的とする。
上記の目的を達するために、この発明は以下の手段を提供している。
本発明の耐震壁の水平力伝達構造は、建物の構成部材で囲まれた空間内に配設される耐震壁本体と前記構成部材との間に介装されて、前記構成部材から作用した水平力を前記耐震壁本体に伝達させる耐震壁の水平力伝達構造であって、板状部材を前記耐震壁本体の外周端の延設方向に沿って配設するとともに、複数の前記板状部材を積層して構成されていることを特徴とする。
この発明においては、建物の柱、梁、スラブの構成部材で囲まれた空間内に配設される耐震壁本体と構成部材との間に、従来の境界鉄骨に換えて、複数の例えば鉄板やFRP板などの板状部材を積層して配設する。これにより、地震によって構成部材に作用した水平力を、積層した複数の板状部材を介して(複数の板状部材を積層した積層体を介して)耐震壁本体に伝達させることができ、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。
また、水平力伝達構造を複数の板状部材を積層して構成することにより、板状部材の板厚や積層数を変える(調整する)ことで、既存の建物の開口部(前記空間)の形状に容易に対応することが可能になる。さらに、各板状部材を個別に搬入し、順次、耐震壁本体と構成部材の間の所定位置に設置して水平力伝達構造を形成することが可能になるため、従来の境界鉄骨を用いる場合と比較して、搬入作業や設置作業を容易に且つ効率的に行うことが可能になり、経済的に耐震壁を構築することが可能になる。
また、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、積層方向に隣り合う前記板状部材同士を接着剤で重ね貼りして形成されていることが望ましい。
この発明においては、接着剤の塗り厚さを変える(調整する)ことで、既存の建物の開口部(前記空間)の形状に容易に対応することが可能になる。また、接着剤で複数の板状部材が一体化されるため、地震によって構成部材に作用した水平力を、積層した複数の板状部材を介して耐震壁本体に確実に伝達させることができる。さらに、現場に搬入した複数の板状部材を接着剤で重ね貼りしながら簡便に水平力伝達構造を設置することが可能になるため、水平力伝達構造の設置作業をより容易に且つ効率的に行うことが可能になる。
さらに、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記板状部材の幅及び/又は前記板状部材の板厚及び/又は前記板状部材の積層数が、前記構成部材から作用する水平力の大きさに応じて設定されていることがより望ましい。
ここで、地震によって建物に変形が生じた際には、前記空間を形成し、互いに対向する構成部材同士(例えば、柱と柱、上方の梁と下方のスラブなど)に生じるせん断応力が共役性によってほぼ同じ大きさになる。また、このせん断力(水平力)の大きさは、通常、前記空間を形成する構成部材の長さ(前記空間の辺の長さ)に比例することになる。そして、この発明においては、板状部材の幅や板厚、板状部材の積層数を構成部材から作用する水平力の大きさに応じて調整することで、確実に水平力伝達構造で前記空間の辺の長さに応じた大きさの水平力を耐震壁本体に伝達させることができ、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。また、このように板状部材の幅や板厚、板状部材の積層数を設定することで、より経済的に耐震壁を構築することも可能になる。
また、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記板状部材が前記耐震壁本体の外周端の延設方向に分割されていることがさらに望ましい。
この発明においては、積層する複数の板状部材がそれぞれ、耐震壁本体の外周端の延設方向(すなわち、各板状部材の長手方向)に分割されていることにより、さらに搬入作業や設置作業を容易に且つ効率的に行うことが可能になる。
さらに、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、積層方向に隣り合う前記板状部材の分割位置を耐震壁本体の外周端の延設方向にずらして形成されていることが望ましい。
この発明においては、積層方向に隣り合う板状部材の分割位置をずらして、複数の板状部材を積層することにより、積層方向に隣り合う板状部材同士の接合強度を増大させることができ、構成部材から作用した水平力を確実に複数の板状部材(水平力伝達構造)を介して耐震壁本体に伝達させることが可能になる。
また、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記耐震壁本体の外周端の延設方向両端側から中央側に向かうに従って、前記板状部材の積層数が少なくなるように構成されていてもよい。
ここで、既存の建物の構成部材(RC躯体)と水平力伝達構造(板状部材、積層体)の接合が切れた状態では、水平力伝達構造に伝わる軸力が、水平力が入力される積層体の材端から中心に向かって減少する。これに対し、この発明においては、水平力伝達構造に伝わる軸力の大きさ(軸力の分布)に応じ、耐震壁本体の外周端の延設方向両端側から(すなわち積層体の材端側から)中央に向かうに従って、板状部材の積層数を少なくして構成されているため、経済的に水平力伝達構造ひいては耐震壁を構築(形成)することが可能になる。
さらに、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記構成部材に接着剤を用いて接合されていることが望ましい。
この発明においては、既存の建物の構成部材に水平力伝達構造(板状部材)を容易に接合することができる。
また、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記構成部材と接合する接合面にずれ止め部材を固設し、前記構成部材との間に前記ずれ止め部材を埋設するようにモルタルを充填して接合されていてもよい。
この発明においては、構成部材と接合する接合面(板状部材(積層体)の接合面)に例えば丸鋼、異形鉄筋:シアキー)などのずれ止め部材を固設し、無収縮モルタルや樹脂モルタルなどのモルタルを充填して構成部材に接合することで、構成部材に作用した水平力をずれ止め部材及びモルタルを介して確実に水平力伝達構造に伝達させることができ、この水平力伝達構造を介して確実に耐震壁本体に水平力を伝達させることが可能になる。また、構成部材との間にモルタルを充填して接合することで、既存の建物の開口部(前記空間)の形状に容易に対応することも可能になる。
さらに、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記耐震壁本体に接着剤と山形材とを用いて接合されていることが望ましい。
この発明においては、接着剤を用いて水平力伝達構造(板状部材、積層体)と耐震壁本体を接合するとともに、山形材を接着剤やボルトなどを用いて水平力伝達構造(板状部材)と耐震壁本体とにそれぞれ接合し、これら接着剤と山形材を介して水平力伝達構造と耐震壁本体を接合することにより、強固に水平力伝達構造と耐震壁本体を接合することが可能になり、確実に構成部材に作用した水平力を、水平力伝達構造を介して耐震壁本体に伝達させることが可能になる。
また、本発明の耐震壁の水平力伝達構造においては、前記耐震壁本体に接着剤とボルトを用いて接合するようにしてもよい。
この発明においても、強固に水平力伝達構造と耐震壁本体を接合することが可能になり、確実に構成部材に作用した水平力を、水平力伝達構造を介して耐震壁本体に伝達させることが可能である。
本発明の耐震壁は、上記のいずれかの耐震壁の水平力伝達構造を備えて構成されていることを特徴とする。
この発明においては、上記の水平力伝達構造の作用効果を得ることができ、効率的且つ経済的に耐震壁を構築することが可能になるとともに、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。
本発明の耐震壁の水平力伝達構造及び耐震壁によれば、建物の柱、梁、スラブの構成部材で囲まれた空間内に配設される耐震壁本体と構成部材との間に、複数の板状部材を積層して構成した水平力伝達構造を配設することにより、地震によって構成部材に作用した水平力を、複数の板状部材(水平力伝達構造)を介して耐震壁本体に伝達させることができ、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。
また、水平力伝達構造を複数の板状部材を積層して構成することにより、板状部材の板厚や積層数を変える(調整する)ことで、既存の建物の開口部(前記空間)の形状に容易に対応することが可能になる。
さらに、水平力伝達構造を複数の板状部材を積層して構成することにより、各板状部材を個別に搬入し、順次、耐震壁本体と構成部材の間の所定位置に設置して水平力伝達構造を形成することが可能になる。このため、従来の境界鉄骨を用いる場合と比較し、重機を使用することなく、例えば居住用エレベーターなどを使用して容易に搬入することが可能になる。また、設置時においても、従来の境界鉄骨を用いる場合と比較して軽量な各板状部材を順次設置して水平力伝達構造を形成することが可能になるため、重機を使用することなく、容易に設置(施工)することが可能になる。これにより、全ての作業を人力で行うことが可能になり、搬入作業や設置作業を容易に且つ効率的に行って、経済的に耐震壁を構築することが可能になる。また、作業スペースが小さく、騒音や振動も発生しないため、従来のように建物の供用者(施主、ユーザー)の工事期間中の引越しや事業休止を不要にでき、例えば従来施工が困難であった集合住宅や病院などの建物に対しても好適に耐震壁を施工することが可能になる。
以下、図1から図4を参照し、本発明の一実施形態に係る耐震壁の水平力伝達構造及びこれを備えた耐震壁について説明する。
本実施形態の耐震壁Aは、図1に示すように、既存のRC造の建物の開口部、例えば柱1、梁2、スラブ3の構成部材で囲まれた空間T内に配設される耐震壁本体5と、この耐震壁本体5と構成部材1、2、3との間に介装して配設される水平力伝達構造B1、B2、B3、B4とを備えて構成されている。
本実施形態の耐震壁本体5は、耐震ブロック5a(ブロック状の耐震要素)を組積して、正面視矩形の壁状に形成されている。また、耐震壁本体5は、上方の外周端(上辺)5bが前記空間Tを形成する上方の梁(構成部材)2(2a)の下面に対向してこの上方の梁2aに沿って延設されており、下方の外周端(下辺)5cが下方のスラブ(構成部材)3(3a)の上面に対向してこの下方のスラブ3aに沿って延設されている。さらに、一側と他側の外周端(両側辺)5d、5eがそれぞれ、互いに対向配置されて前記空間Tを形成する柱(構成部材)1(1a、1b)の側面に対向してこの柱1a、1bに沿って延設されている。
一方、本実施形態の水平力伝達構造B1〜B4は、地震によって構成部材1、2、3(RC躯体)に作用した水平力Fを耐震壁本体5(各耐震ブロック5a)に配分して伝達させるためのものであり、図1から図4に示すように、複数の矩形平板状の鉄板(板状部材)15、(16)、17を積層して構成されている。すなわち、本実施形態の水平力伝達構造B1〜B4は、複数の鉄板15、(16)、17を積層した積層体20、21、22、23として構成されている。
この積層体20〜23は、鉄板15、(16)、17の幅L1、L1’、L1’’及び/又は鉄板15、(16)、17の板厚L2、L2’、L2’’及び/又は鉄板15、(16)、17の積層数が、構成部材1、2、3から作用する水平力Fの大きさに応じて、また、構成部材1、2、3の形状(前記空間Tの形状)に応じて設定されている。そして、本実施形態では、耐震壁本体5の上方の外周端5bと上方の梁2aの間に、鉄板15、16、17を上方の外周端5bの延設方向(横方向)H1に沿って配設して介装された積層体20と、耐震壁本体5の下方の外周端5cと下方のスラブ3aの間に、鉄板15、16、17を下方の外周端5cの延設方向(横方向)H1に沿って配設して介装された積層体21とがそれぞれ、3枚の鉄板15、16、17を積層して形成されている。また、耐震壁本体5の側方の外周端5d、5eと柱1(1a、1b)の間に、鉄板15、17を側方の外周端5d、5eの延設方向(上下方向)H2に沿って配設して介装された両積層体22、23がそれぞれ、2枚の鉄板15、17を積層して形成されている。さらに、各積層体20〜23の複数の鉄板15、(16)、17は、図2から図4に示すように、構成部材1、2、3側から耐震壁本体5の外周端5b〜5e側に配されるに従って(積層方向の内側に配されるに従って)、漸次その幅L1、(L1’)、L1’’が小さくなるように形成されている。
さらに、各積層体20〜23は、例えば図4に示すように、積層方向に隣り合う鉄板(15と(16)、(16)と17、15と17)同士を接着剤24で重ね貼りして形成されている。また、各積層体20〜23は、積層方向外側に配された鉄板15と構成部材1、2、3との間に接着剤25を介装し、構成部材1、2、3に接着剤25を用いて接合されている。さらに、各積層体20〜23は、積層方向内側に配された鉄板17と耐震壁本体5の外周端5b〜5eとの間に接着剤26を介装し、耐震壁本体5(各耐震ブロック5a)に接着剤26を用いて接合されている。そして、このように隣り合う鉄板(15と(16)、(16)と17、15と17)同士を接合する接着剤24や、積層体20〜23と構成部材1、2、3、耐震壁本体5とを接合する接着剤25、26の塗り厚さも、鉄板15、(16)、17の幅L1、L1’、L1’’、板厚L2、L2’、L2’’、積層数と同様に、構成部材1、2、3から作用する水平力Fの大きさや構成部材1、2、3の形状(前記空間Tの形状)に応じて設定されている。
また、各積層体20〜23は、図1から図3に示すように、各鉄板15、16、17が耐震壁本体5の外周端5b〜5eの延設方向H1、H2に分割されている。本実施形態では、耐震壁本体5の上方の外周端5bと上方の梁2aの間に介装された積層体20の各鉄板15、16、17と、耐震壁本体5の下方の外周端5cと下方のスラブ3aの間に介装された積層体21の各鉄板15、16、17とがそれぞれ、7つの鉄板片15a、16a、17aに分割されている。また、耐震壁本体5の側方の外周端5d、5eと柱1a、1bの間に介装された両積層体22、23の各鉄板15、17がそれぞれ、2つの鉄板片15a、17aに分割されている。そして、本実施形態では、各積層体20〜23の各鉄板15、(16)、17の分割位置S(分割した鉄板片15a、16a、17aの端部位置)を耐震壁本体5の外周端5b〜5eの延設方向H1、H2の同位置に配して各積層体20〜23が形成されている。
ついで、上記構成からなる本実施形態の耐震壁Aを構築する方法を説明するとともに、本実施形態の耐震壁の水平力伝達構造B1〜B4の作用及び効果について説明する。
構成部材1、2、3で囲まれた空間T内に耐震壁Aを構築する際には、はじめに、下方のスラブ3a上の所定位置に、接着剤25を塗布した鉄板15を設置して接合するとともに、接着剤24で重ね貼りしながら鉄板16、17を積層して下方の積層体21(水平力伝達構造B2)を形成する。ついで、耐震ブロック5aを下方の積層体21に接着剤26で接合しながら組積して耐震壁本体5を構築してゆく。このとき、柱1a、1bと耐震壁本体5の外周端5d、5eの間に、接着剤24、25で接合(重ね貼り)しながら鉄板15、17を積層して側方の積層体22、23(水平力伝達構造B3、B4)を形成し、耐震壁本体5の外周端5d、5eに接着剤26で接合する。さらに、最上方の耐震ブロック5aを設置するとともに、接着剤24、25、26で接合(重ね貼り)して鉄板15、16、17を積層し、上方の積層体20を形成する。これにより、耐震壁本体5と各構成部材1、2、3の間に、耐震壁本体5の各外周端5b〜5eの延設方向H1、H2に沿って各水平力伝達構造B1〜B4を配設してなる耐震壁Aが構築される。
そして、このように耐震壁Aを構築するにあたり、本実施形態の水平力伝達構造B1〜B4がそれぞれ複数の鉄板15、(16)、17を積層して形成され、各鉄板15、(16)、17が軽量であるため、従来の境界鉄骨6を用いる場合と比較し、資材の搬入時には、重機を用いることなく、人力で鉄板15、(16)、17を運搬して現場に搬入することになる。さらに、本実施形態では、各鉄板15、(16)、17が分割されているため、長さが短く、さらに軽量な鉄板片15a、(16a)、17aを運搬することになり、例えば居住用エレベーターなどを使用して容易に鉄板15、(16)、17の搬入作業が行える。
また、水平力伝達構造B1〜B4の設置時(構築時)には、各鉄板15、(16)、17(鉄板片)が軽量であるため、高所に設置する場合であっても、従来の境界鉄骨6を用いる場合のように重機を使用することなく、人力で容易に鉄板15、(16)、17の設置作業が行える。さらに、このとき、接着剤24、25、26を用いて鉄板15、(16)、17同士を接合したり、鉄板15、(16)、17と構成部材1、2、3や耐震壁本体5とを接合することで、水平力伝達構造B1〜B4の設置作業が容易に行える。さらに、鉄板15、(16)、17の板厚L2、L2’、L2’’や積層数、接着剤24、25、26の塗り厚さを調整することで、既存の建物の開口部(前記空間T)の形状に容易に対応して、好適に水平力伝達構造B1〜B4の設置作業が行える。
そして、このように、従来の境界鉄骨6を用いる場合と比較し、資材の搬入作業や設置作業が容易に且つ効率的に行えるため、耐震壁Aが経済的に構築されることになる。また、全ての作業が人力で行え、搬入作業や設置作業に重機を使用する必要がないため、小さな作業スペースで足り、さらに騒音や振動も発生しない。このため、建物の供用者(施主、ユーザー)の工事期間中の引越しや事業休止が不要となり、例えば従来施工が困難であった集合住宅や病院などの建物であっても、好適に耐震壁Aの施工が行えることになる。
一方、上記のように耐震壁Aを構築した建物が地震動を受けた際には、この地震によって構成部材1、2、3に作用した水平力Fで構成部材1、2、3が変形するとともに、構成部材1、2、3から作用した水平力Fが確実に複数の鉄板15、(16)、17を積層してなる積層体20〜23(水平力伝達構造B1〜B4)を介して耐震壁本体5に伝達される。また、このとき、本実施形態では、各積層体20〜23が複数の鉄板15、(16)、17によって優れた軸剛性を備えているため、構成部材1、2、3から水平力Fが作用するとともに積層体20〜23に軸力が発生し、横方向(水平方向)H1に並んだ各耐震ブロック5aに確実に水平力F1が配分されて伝達される。これにより、耐震壁本体5によって、伝達された水平力F1が受け止められ、この耐震壁本体5で構成部材1、2、3の変形が抑制される。よって、本実施形態の耐震壁Aを設けることで確実に建物の耐震性能が向上することになる。
したがって、本実施形態の耐震壁の水平力伝達構造B1〜B4及びこれを備えた耐震壁Aにおいては、耐震壁本体5と建物の柱1、梁2、スラブ3の構成部材との間に、従来の境界鉄骨6に換えて、複数の鉄板15、(16)、17を積層してなる積層体20〜23(水平力伝達構造B1〜B4)を配設することにより、地震によって構成部材1、2、3に作用した水平力Fを、積層体20〜23を介して耐震壁本体5に伝達させることができ、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。
また、水平力伝達構造B1〜B4を複数の鉄板15、(16)、17を積層して構成することにより、鉄板15、(16)、17の板厚L2、L2’、L2’’や積層数を変える(調整する)ことで、既存の建物の開口部(前記空間T)の形状に容易に対応することが可能になる。
さらに、水平力伝達構造B1〜B4を複数の鉄板15、(16)、17を積層して構成することにより、各鉄板15、16、17を個別に搬入し、順次、耐震壁本体5と構成部材1、2、3の間の所定位置に設置して水平力伝達構造B1〜B4を形成することが可能になる。このため、従来の境界鉄骨6を用いる場合と比較し、重機を使用することなく、例えば居住用エレベーターなどを使用して容易に搬入することが可能になる。また、設置時においても、従来の境界鉄骨6を用いる場合と比較して軽量な各鉄板15、(16)、17(鉄板片)を順次設置して水平力伝達構造B1〜B4を形成することが可能になるため、重機を使用することなく、容易に設置(施工)することが可能になる。
これにより、本実施形態の耐震壁の水平力伝達構造B1〜B4及びこれを備えた耐震壁Aによれば、全ての作業を人力で行うことが可能になり、搬入作業や設置作業を容易に且つ効率的に行って、経済的に耐震壁Aを構築することが可能になる。また、作業スペースが小さく、騒音や振動も発生しないため、従来のように建物の供用者の工事期間中の引越しや事業休止を不要にでき、例えば従来施工が困難であった集合住宅や病院などの建物に対しても好適に耐震壁Aを施工することが可能になる。
また、本実施形態の耐震壁の水平力伝達構造B1〜B4及びこれを備えた耐震壁Aにおいては、水平力伝達構造B1〜B4が積層方向に隣り合う鉄板15、(16)、17同士を接着剤24で重ね貼りして形成されていることにより、接着剤24の塗り厚さを変える(調整する)ことで、既存の建物の前記空間Tの形状に容易に対応することが可能になる。また、接着剤24で複数の鉄板15、(16)、17を一体化して水平力伝達構造B1〜B4が形成されるため、地震によって構成部材1、2、3に作用した水平力Fを、積層した複数の鉄板15、(16)、17を介して耐震壁本体5に確実に伝達させることができる。さらに、現場に搬入した複数の鉄板15、(16)、17を接着剤24で重ね貼りしながら簡便に水平力伝達構造B1〜B4を設置することが可能になるため、水平力伝達構造B1〜B4の設置作業をより容易に且つ効率的に行うことが可能になる。
ここで、地震によって建物に変形が生じた際には、前記空間Tを形成し、互いに対向する構成部材同士(柱1aと柱1b、上方の梁2aと下方のスラブ3a)に生じるせん断応力が共役性によってほぼ同じ大きさになる。また、このせん断力(水平力F)の大きさは、通常、前記空間Tを形成する構成部材1、2、3の長さ(前記空間Tの辺の長さ)に比例することになる。そして、本実施形態の水平力伝達構造B1〜B4及び耐震壁Aにおいては、鉄板15、(16)、17の幅L1、L1’、L1’’や板厚L2、L2’、L2’’、鉄板15、(16)、17の積層数を構成部材1、2、3から作用する水平力Fの大きさに応じて調整(設定)することで、確実に水平力伝達構造B1〜B4で前記空間Tの辺の長さに応じた大きさの水平力Fを耐震壁本体2に伝達させることができ、確実に建物の耐震性能を向上させることが可能になる。また、このように鉄板15、(16)、17の幅L1、L1’、L1’’や板厚L2、L2’、L2’’、積層数を設定することで、より経済的に耐震壁Aを構築することも可能になる。
さらに、本実施形態の耐震壁の水平力伝達構造B1〜B4及びこれを備えた耐震壁Aにおいては、積層する複数の鉄板15、(16)、17がそれぞれ、耐震壁本体5の外周端5b〜5eの延設方向H1、H2(すなわち、各鉄板15、(16)、17の長手方向)に分割されていることにより、さらに搬入作業や設置作業を容易に且つ効率的に行うことが可能になる。
また、水平力伝達構造B1〜B4(積層体20〜23、鉄板15)を構成部材1、2、3と耐震壁本体5にそれぞれ接着剤25、26を用いて接合することにより、既存の建物の構成部材1、2、3や耐震壁本体5に水平力伝達構造B1〜B4を容易に接合することができ、設置作業をさらに容易に且つ効率的に行うことが可能になる。
以上、本発明に係る耐震壁の水平力伝達構造及びこれを備えた耐震壁の一実施形態について説明したが、本発明は上記の一実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、本実施形態では、板状部材が鉄板15、16、17であるものとして説明を行ったが、本発明に係る板状部材は、所望の軸剛性を有し、構成部材1、2、3から作用する水平力Fを確実に耐震壁本体5に伝達させることが可能であれば、例えばFRP板などであってもよく、必ずしも鉄板15、16、17に限定しなくてもよい。
また、本実施形態では、各積層体20〜23(各水平伝達構造B1〜B4)の鉄板15、(16)、17を分割し、これら鉄板15、(16)、17の分割位置Sを延設方向H1、H2の同位置に設けて各水平伝達構造B1〜B4を構成しているが、例えば図5から図7に示すように、積層方向に隣り合う鉄板15、(16)、17の分割位置(鉄板15の分割位置S1、鉄板16の分割位置S2、鉄板17の分割位置S3)を耐震壁本体5の外周端5b〜5eの延設方向H1、H2にずらして形成されていてもよい。そして、このように積層方向に隣り合う鉄板15、(16)、17の分割位置S1、(S2)、S3をずらして、複数の鉄板15、(16)、17を積層することにより、積層方向に隣り合う鉄板15、(16)、17同士の接合強度を増大させることができ、構成部材1、2、3から作用した水平力Fをより確実に複数の鉄板15、(16)、17(水平力伝達構造B1〜B4)を介して耐震壁本体5に伝達させることが可能になる。
さらに、既存の建物の構成部材(RC躯体)1、2、3と水平力伝達構造B1〜B4(板状部材15、積層体20〜23)の接合が切れた状態では、図23に示したように、水平力伝達構造B1、B2(積層体20、21)に伝わる軸力が、水平力Fが入力される積層体20、21の材端から中心に向かって減少する。すなわち、水平力伝達構造B1、B2には、材端側に大きな軸力が発生し、中央側の軸力が小さくなり、軸力の分布が生じる。このため、例えば図8及び図9に示すように、水平力伝達構造B1、B2を、耐震壁本体5の外周端5b、5cの延設方向H1両端側から中央側に向かうに従って、鉄板15、16、17の積層数が少なくなるように構成してもよい。そして、このように水平力伝達構造B1、B2の材端側の鉄板15、16、17の積層数を多くし、中央側を少なくした場合であっても、大きな軸力が発生する材端側に鉄板15、16、17を多く積層することで、確実に水平力Fを水平力伝達構造B1、B2を介して耐震壁本体5に伝達させることができる。これにより、経済的に水平力伝達構造B1、B2ひいては耐震壁Aを構築(形成)することが可能になる。
また、本実施形態では、水平力伝達構造B1〜B4を、接着剤25を用いて構成部材1、2、3に接合するものとして説明を行ったが、例えば図10及び図11に示すように、水平力伝達構造B1(B2〜B4)の積層方向外側の鉄板15の表面、すなわち構成部材2(1、3)と接合する接合面15b(積層体20(21〜23)の接合面)に例えば丸鋼や異形鉄筋などのシアキー(ずれ止め部材)30を固設し、構成部材2(1、3)との間にシアキー30を埋設するように例えば無収縮モルタルや樹脂モルタルなどのモルタル31を充填して接合するようにしてもよい。この場合には、構成部材2(1、3)に作用した水平力Fをシアキー30及びモルタル31を介して確実に水平力伝達構造B1〜B4に伝達させて軸力を発生させることができ、この水平力伝達構造B1(B2〜B4)を介して確実に耐震壁本体5に水平力Fを伝達させることが可能になる。また、構成部材2(1、3)との間にモルタル31を充填して接合することで、既存の建物の前記空間Tの形状に容易に対応することも可能になる。
さらに、例えば図12及び図13に示すように、積層体20(21〜23)を接着剤26と山形材32を用いて耐震壁本体5に接合するように水平力伝達構造B1(B2〜B4)が構成されていてもよい。すなわち、鋼製又はFRP製の山形材32を耐震壁本体5の外周端5b(5c〜5e)側を挟むように配設する。そして、この山形材32の一辺32aを耐震壁本体5の表面に面接触させ、山形材32の他辺32bを、接着剤26を用いて積層体20(21〜23)の積層方向内側の鉄板17に接合するとともに、積層体20(21〜23)の鉄板15、(16)、17に溶接などして固設したスタッドボルト33にナットを締結して積層体20(21〜23)に接合し、接着剤26と山形材32とスタッドボルト33を介して積層体20(21〜23)を耐震壁本体5に接合するようにしてもよい。また、例えば図14及び図15に示すように、ねじ込み式ボルト34を用いて山形材の他辺を積層体に接合し、接着剤と山形材とねじ込み式ボルトを用いて積層体を耐震壁本体に接合するようにしてもよい。
そして、このように水平力伝達構造B1(B2〜B4)を構成する場合には、スタッドボルト33やねじ込み式ボルト34と接着剤26とによって山形材32が強固に積層体20(21〜23)に接合され、これら接着剤26と山形材32とスタッドボルト33またはねじ込み式ボルト34とによって強固に水平力伝達構造B1(B2〜B4)(積層体20(21〜23))と耐震壁本体5とを接合することが可能になる。これにより、確実に構成部材1、2、3に作用した水平力Fを、水平力伝達構造B1(B2〜B4)を介して耐震壁本体5に伝達させることが可能になる。
また、このとき、複数の鉄板15、(16)、17を貫通させてスタッドボルト33やねじ込み式ボルト34を設けることで、ナットを締結するなどして山形材32を接合するとともに積層体20(21〜23)の鉄板15、(16)、17同士を強固に接合させ、これら積層体20(21〜23)の複数の鉄板15、(16)、17の接合強度をさらに高めることが可能になる。
さらに、図12及び図14に示すように、複数の山形材(分割した山形材)32を設けて水平力伝達構造B1(B2〜B4)(積層体20(21〜23))と耐震壁本体5とを接合するようにしてもよく、この場合には、スタッドボルト33やねじ込み式ボルト34を山形材32の端部側に配設し、また、耐震ブロック5aの継目Rが山形材32の中央側に配されるように(隣り合う山形材32の継目Wとずらして配されるように)山形材32を設置することが望ましい。そして、このように山形材32を設置することで、各耐震ブロック5aの端部(継目R部分)に発生するピール応力に山形材32を抵抗させる効果を得ることが可能になる。また、図14及び図15に示すように、水平力伝達構造B1(B2〜B4)の材端側に配される山形材32にエンドプレート32cを設けることによって、構成部材1、2、3から入力される水平力Fをより効率よく耐震壁本体2に伝達させることが可能になる。
さらに、このように山形材32を用いて水平力伝達構造B1(B2〜B4)(積層体20(21〜23))と耐震壁本体5を接合する場合には、例えば図16及び図17に示すように、耐震壁本体5の外周端5b(5c〜5e)と積層体20(21〜23)の間に例えばFRP製の寸法調整部材35を設置し、耐震壁本体5の外周端5b(5c〜5e)側と寸法調整部材35とを挟み込むように山形材32を設置して、積層体20(21〜23)と耐震壁本体5を接合することが可能になる。これにより、寸法調整部材35で耐震壁本体5側の寸法を調整することが可能になり、さらに前記空間Tの形状に容易に対応することが可能になる。
また、例えば図18及び図19に示すように、山形材32を用いずに、接着剤26とスタッドボルト33やねじ込み式ボルト34などのボルトで直接的に積層体20(21〜23)を耐震壁本体5(耐震ブロック5a)に接合するようにして、水平力伝達構造B1(B2〜B4)を構成してもよい。この場合においても、強固に水平力伝達構造B1(B2〜B4)と耐震壁本体5を接合することが可能になり、確実に構成部材1、2、3に作用した水平力Fを、水平力伝達構造B1(B2〜B4)を介して耐震壁本体5に伝達させることが可能である。