JP2004029344A - 顕微鏡 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡において、イレース光を発生する第2の光源としてCWレーザーを用い、その光強度をW、波長をλ、光子エネルギーをεとし、試料中の分子が第2電子励起状態に遷移するときの吸収断面積をσ、分子の第1電子励起状態の寿命をτ、光学系の実効的な開口数をNAとするとき、W≧0.37・(π・λ2・ε)/(σ・τ・NA2)を満たすよう構成する。
【選択図】 図1
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザー光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の新しい光学顕微鏡に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザー技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、更に高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、例えば特開平8−184552号公報において、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択し、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測するものである。この原理について、図3〜図6を参照して説明する。図3は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図3に示す基底状態(S0状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図4に示す第1電子励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して図5に示す第2電子励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図6に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図4の吸収過程や図6の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザー光等により共鳴波長λ1の光で図4のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図5のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λおよび波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図5の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合には画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図3に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、例えば特開2001−100102号公報において、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を越える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている。
【0012】
図7は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるS1に励起され、更に波長λ2の光で第2電子励起状態であるS2に励起されている様子を示している。なお、図7はある種の分子のS2からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図7に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図8は、図7と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域A1と波長λ2の光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図8において、空間領域A0では波長λ1の光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λ2の光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では蛍光自体が完全に抑制され、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザー顕微鏡等では、レーザー光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図8の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。したがって、この原理を利用することで、回折限界を越える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【0017】
さらに、顕微鏡の超解像性を高めるため、例えば特開平11−95120号公報において、超解像顕微鏡の機能を十分に活かすための蛍光ラベラー分子や、利用する波長λ1および波長λ2の2つの光の試料への照射タイミング等が開示されている。この先行技術では、少なくとも基底状態を含む3つの量子状態を有し、第1電子励起状態を除く高位のエネルギー状態から基底状態へ脱励起するときの遷移が蛍光による緩和過程よりも熱緩和過程が支配的である各種分子を染色する蛍光ラベラー分子と、生化学的な染色技術を施した生体分子とを化学結合させた試料を、染色する分子を励起する波長λ1の光でS1状態に励起し、続いて波長λ2の光により即座に高位の量子準位に励起することで、S1状態からの蛍光を抑制するようにしている。このように分子の光学的性質を利用して、空間的な蛍光領域を人為的に抑制することで、空間分解能の向上を図ることができる。
【0018】
このような分子の光学的性質は、量子化学的な立場から説明することができる。すなわち、一般に、分子はそれを構成する各原子がσまたはπ結合によって結ばれている。言い換えると、分子の分子軌道は、σ分子軌道またはπ分子軌道を有していて、これらの分子軌道に存在する電子が各原子を結合する重要な役割を担っている。そのなかでも、σ分子軌道の電子は各原子を強く結合し、分子の骨格である分子内の原子間距離を決めている。これに対して、π分子軌道の電子は各原子の結合にほとんど寄与しないで、むしろ分子全体に極めて弱い力で束縛されている。
【0019】
多くの場合、σ分子軌道にいる電子を光で励起すると、分子の原子間隔が大きく変化し、分子の解離を含む大きな構造変化が起こる。その結果、原子の運動エネルギーや構造変化のために、光が分子に与えたエネルギーのほとんどが熱エネルギーに変化する。したがって、励起エネルギーは蛍光という光の形態では消費されない。また、分子の構造変化は極めて高速(ピコ秒より短い)に起こるので、その過程で仮に蛍光が起きてもその寿命が極めて短い。
【0020】
これに対し、π分子軌道の電子は、励起しても分子の構造自体はほとんど変化せず、高位の量子的な離散準位に長時間とどまり、ナノ秒オーダで蛍光を放出して脱励起する性質を有している。
【0021】
量子化学によれば、分子がπ分子軌道をもつことと、二重結合をもつこととは同等であり、用いる蛍光ラベラー分子には、二重結合を豊富にもつ分子を選定することが必要条件となる。このことは、二重結合をもつ分子でもベンゼンやピラジン等の6員環分子において、S2励起状態からの蛍光が極めて弱いことが確かめられている(例えば、M.Fujii et.al.Chem.Phys.Lett.171(1990)341)。
【0022】
したがって、ベンゼンやピラジン等の6員環分子を含む分子を蛍光ラベラー分子として選定すれば、S1状態からの蛍光寿命が長く、しかも光励起によりS1状態からS2状態に励起することで、分子からの蛍光を容易に抑制できるので、超解像性を効果的に利用することができる。すなわち、これら蛍光ラベラー分子により染色して観察を行なえば、高空間分解能で試料の蛍光像を観察することができるのみならず、その分子の側鎖の化学基を調整することにより、生体試料の特定の化学組織のみを選択的に染色できるので、試料の詳細な化学組成までも分析可能となる。
【0023】
また、一般に、二重共鳴吸収過程は2つ光の波長や偏光状態等が特定の条件を満たすときにのみ起こるので、これを用いることで分子の構造を非常に詳細に知ることができる。すなわち、光の偏光方向と分子の配向方向とは強い相関関係があり、2つ波長の光のそれそれの偏光方向と分子の配向方向とが特定の角度をなすとき、二重共鳴吸収過程が強く起こる。したがって、2つ波長の光を試料に同時に照射して、それぞれの光りの偏光方向を回転することにより、蛍光の消失の程度が変化するので、その様子から観測しようとする組織の空間配向の情報も得ることができる。このことは、2つ光の波長を調整することでも可能である。
【0024】
以上のように、上記の特開平11−95120号公報記載の技術によると、超解像性以外にも、高い分析能力を有していることがわかる。さらに、波長λ1と波長λ2との2つの光の照射タイミングを工夫することで、S/Nを改善し、かつ蛍光抑制を効果的に起すことができ、超解像性をより効果的に発現することが可能となる。
【0025】
このような超解像顕微鏡法の具体例として、例えば特開2001−100102号公報には、蛍光ラベラー分子をS0状態からS1状態へ励起する波長λ1の光(特にレーザー光)をポンプ光とし、S1状態からS2状態へ励起する波長λ2の光をイレース光として、図9に示すように、光源81からポンプ光を、光源82からイレース光をそれぞれ放射させ、ポンプ光はダイクロイックミラー83で反射させた後、輪帯光学系84により試料95上に集光させ、イレース光は位相板86で中空ビーム化した後、ダイクロイックミラー83を透過させてポンプ光と空間的に重ね合わせて輪帯光学系84により試料95上に集光させるようにしたものが提案されている。
【0026】
この顕微鏡によると、イレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光は抑制されるので、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域(Δ<0.61・λ1/NA、NAは輪帯光学系84の開口数)に存在する蛍光ラベラー分子のみが観察されることになり、結果的に超解像性が発現することになる。なお、イレース光を中空ビーム化する位相板86は、例えば、図10に示すように、光軸に対して点対称な位置で位相差πを与えるように構成したものや、液晶面を用いた液晶空間変調器を用いることができる。
【0027】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、本発明者らによる種々の実験検討によると、従来提案されている超解像顕微鏡における観察原理は確かに優れているものの、実用にあたっては未だ解決すべき課題があることが判明した。
【0028】
例えば、米国特許第5,866,911号明細書や上記の特開2001−100102号公報に開示された顕微鏡では、イレース光およびポンプ光にパルスレーザーを用いている。ここで、パルスレーザーは、レーザーパルス強度の最大瞬間値が非常に高いので容易に蛍光を抑制でき、また、色素媒体や非線形結晶を用いることで容易に波長変換できる利点があるが、その反面、ビーム位置や波面の安定性が悪く、また繰り返し周波数が制限されるために、計測時間が短縮できないという実用上の不便さのみならず、超解像効果の発現が阻害されるという問題がある。
【0029】
例えば、Nd:YAGパルスレーザーを用いた場合、パルス毎のビーム位置安定性は1mrad程度であるため、例えば焦点距離10mmの対物レンズで集光すると、最大で10μmも集光点が変動して高空間分解能が期待できなくなる。
【0030】
また、超解像顕微鏡では、イレース光を波面操作による空間変調して中空ビーム化するが、一般にパルスレーザーの波面状態は悪く、均一な波面が期待できないため、結果として空間フィルター等を用いて波面を整える必要がある。このため、イレース光の強度低下等が生じて、蛍光抑制が不十分になる。
【0031】
さらに、ポンプ光とイレース光とのパルスタイミングのずれも無視できない。例えば、一台のパルスレーザーを用いてポンプ光とイレース光とを生成する場合、一般には波長の短いポンプ光を、非線形光学結晶や色素を用いて波長変換してイレース光を生成するが、この場合にはイレース光のパルス幅がポンプ光のそれよりも短くなって、時間領域でのポンプ光とイレース光とのオーバーラップが悪くなり、その結果、蛍光抑制が不十分となって超解像効果が弱められてしまう。
【0032】
したがって、かかる点に鑑みてなされた本発明の目的は、簡単な構成で、超解像性を効果的に発現できる顕微鏡を提供することにある。
【0033】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成する請求項1に係る発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料を観察する顕微鏡であって、
上記分子を基底状態から第1電子励起状態へ遷移させる第1の光を発生する第1の光源と、
上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態へ遷移させる第2の光を発生する第2の光源と、
上記第1の光および上記第2の光の照射領域を少なくとも一部分重ね合わせて上記試料に照射する光学系と、
上記分子が第1電子励起状態から基底状態に脱励起する際の発光を検出する検出手段とを有し、
上記第2の光源は連続発振レーザーで、その光強度をW、波長をλ、光子エネルギーをεとし、上記分子が第2電子励起状態に遷移するときの該分子の吸収断面積をσ、上記分子の第1電子励起状態の寿命をτ、上記光学系の実効的な開口数をNAとするとき、
【数2】
を満たすよう構成したことを特徴とするものである。
【0034】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、上記連続発振レーザーは、ガスレーザーであることを特徴とするものである。
【0035】
請求項3に係る発明は、請求項2に記載の顕微鏡において、上記ガスレーザーは、He−Neレーザー、Krレーザー、Kr−Arレーザー、He−Cdレーザー、銅蒸気レーザーのいずれかであることを特徴とするものである。
【0036】
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、上記連続発振レーザーは、レーザーダイオード励起型全固体レーザーであることを特徴とするものである。
【0037】
請求項5に係る発明は、請求項4に記載の顕微鏡において、上記レーザーダイオード励起型全固体レーザーは、Nd:YAG、Nd:YVO4、Nd:YLF、Cr,Nd:YAG、Er,Ybガラス、Ho:YLF、Tm:YLF、Yb:YAG、Yb:FAP、Yb:SFAP、Yb:KYW、Yb:BCBF、Yb:YCOB、Yb:GbCOB、Tiサファイアのいずれかのレーザー媒体を用いることを特徴とするものである。
【0038】
請求項6に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、上記連続発振レーザーは、ファイバーレーザーであることを特徴とするものである。
【0039】
請求項7に係る発明は、請求項6に記載の顕微鏡において、上記ファイバーレーザーは、Nd、Er、Ybをドープしたファイバーレーザーであることを特徴とするものである。
【0040】
請求項8に係る発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の顕微鏡において、上記第2の光は、上記連続発振レーザーの高調波を用いることを特徴とするものである。
【0041】
請求項9に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡において、上記第2の光の波長は、第1電子励起状態に遷移された上記分子からの発光の波長帯域よりも長いことを特徴とするものである。
【0042】
以下、本発明の原理について、図2を参照して説明する。
【0043】
図2は、分子一般の量子準位を示すエネルギーダイヤグラムである。例えば、共鳴する波長で、分子をまず基底状態S0から第1電子励起状態S1に励起すると、分子は所定の蛍光収量で蛍光を発して基底状態に緩和する。ここで、S1状態に止まる寿命をτとすると、その緩和速度は、1/τで与えられる。蛍光性の分子の場合、通常、τは凝集相中でナノ秒のオーダーであり、緩和速度は108〜109/secのオーダーである。この時、S1状態にある分子に、二重共鳴吸収過程の条件を満たす波長のイレース光を照射すると、S1状態の分子はσIの速度で減少する。ここで、σはイレース光に対するS1状態の分子の吸収断面積であり、Iはイレース光のフォトンフラックスである。遷移先は、S2状態またはそれ以上の遷移可能な量子状態であったり、3重項状態であったりする。これが二重共鳴吸収過程であるが、一般に分子はS1状態以外から蛍光を発しないので、二重共鳴吸収過程が起こると分子からの蛍光は抑制される。上述したように、超解像顕微鏡は、この原理を基礎にしている。
【0044】
ところで、ポンプ光とイレース光とを同じタイミングで照射した場合に蛍光抑制が効率的に起こるかどうかは、緩和速度1/τと二重共鳴吸収過程によるS1状態の分子の減少速度σIとの大小で決まり、
【数3】
σI≧1/τ ・・・(1)
の場合に、S1状態にある分子は、蛍光を発することなく二重共鳴吸収過程を起こす。その結果として、分子は蛍光抑制される。
【0045】
したがって、上記(1)式を満たせば、イレース光光源として尖頭値の高いパルスレーザーを用いなくても、連続発振レーザー(CWレーザー)を用いて蛍光抑制が可能となる。
【0046】
ここで、イレース光を集光する対物レンズの開口数をNA、イレース光の波長をλとすると、試料面に集光できるビームサイズの半径rは、レイリーの式により下記の(2)式で与えられる。
【0047】
【数4】
【0048】
また、イレース光の強度をWとし、光子エネルギーをεとすると、集光点におけるイレース光のフォトンフラックスIとの間には、下記の(3)式が成立する。
【0049】
【数5】
【0050】
上記(3)式を上記(1)式の不等式に代入すると、下記の(4)式が得られる。
【0051】
【数6】
【0052】
したがって、観察する分子の二重共鳴吸収過程による吸収断面積や励起寿命、使用するイレース光の波長、対物レンズの開口数が明らかになれば、イレース光光源として、上記(4)式を満たすCWレーザーを使用することができる。
【0053】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明による顕微鏡の一実施の形態について説明する。
【0054】
図1は、本発明の一実施の形態における顕微鏡の構成を示す図である。本実施の形態の顕微鏡は、イレース光を中空ビーム化して超解像性を発現させて空間分解能を向上させたレーザー走査型の顕微鏡で、ローダミン6Gで染色された生体試料を観察するものである。
【0055】
ここで、ローダミン6Gは、530nmの波長帯域で吸収が最大となり、また、第1電子励起状態(S1)から、よりエネルギー的に高い高位の電子励起状態に励起できる吸収帯が、波長600〜650nmの領域に存在する。
【0056】
そこで、本実施の形態では、第1の光源として連続発振(CW)のNd:YAGレーザー1を用い、その2倍高調波(532nm)をポンプ光として用いる。また、第2の光源は、CWのHe−Neレーザー2を用い、その基本波(633nm)をイレース光として用いる。
【0057】
CWのNd:YAGレーザー1からのポンプ光は、キューベット型のハーフミラーからなるビームコンバイナー3に入射させる。また、CWのHe−Neレーザー2からのイレース光は、図10に示したような位相板4を通すことで中空ビーム化してビームコンバイナー3に入射させてポンプ光と同軸上に合成し、これらポンプ光およびイレース光を、キューベット型のハーフミラーからなるビームセパレーター5を透過させた後、互いに直交する軸を中心に揺動可能なガルバノミラー6および7で順次反射させて対物レンズ8によりローダミン6Gで染色された生体試料9の表面に集光させ、その集光点をガルバノミラー6,7の揺動により移動させて試料面上を2次元走査する。なお、図1では、図面を簡略化するために、ガルバノミラー6,7を互いに平行な軸を中心に揺動するように示している。
【0058】
一方、ポンプ光およびイレース光の照射により試料9から発する蛍光は、対物レンズ8によりコリメートしたのち、入射光路とは逆の経路を辿って、ガルバノミラー7および6を経てビームセパレーター5に入射させ、該ビームセパレーター5で反射される蛍光を投影レンズ10によりピンホール11に集光させる。
【0059】
ピンホール11は、試料9の蛍光発光点に対して共焦点位置に配置し、このピンホール11を透過した蛍光を、ポンプ光カットノッチフィルター12およびイレース光カットノッチフィルター13を透過させて、それぞれポンプ光およびイレース光を除去した後、光電子増倍管14で受光して蛍光信号を得る。
【0060】
光電子増倍管14から得られる蛍光信号は、顕微鏡を制御する図示しないコンピュータのビデオフレームメモリに格納して、試料9の蛍光2次元画像を図示しないモニタにリアルタイムで表示する。なお、ガルバノミラー6,7は、モニタに表示する蛍光2次元画像のビデオレートに同期して揺動させる。
【0061】
上記構成において、本実施の形態では、対物レンズ8の開口数(NA)を0.9とする。また、イレース光の波長(λ)が633nm、イレース光の光子エネルギー(ε)が3.1×10−19J、ローダミン6Gの励起寿命(τ)が3nsec、イレース光に対するS1状態の分子の吸収断面積(σ)が10−17cm2であることから、上記(4)式を満足するため、He−Neレーザー2から平均強度60mW/cm2以上のCWのイレース光を出射させる。
【0062】
このような、平均強度60mW/cm2以上のCWのレーザー光を出射するHe−Neレーザーは、廉価で信頼性の高いものが市販品として多数存在するので、理想的なイレース光光源を簡単に得ることができる。しかも、CWのHe−Neレーザーは、干渉計や測長機に利用されているように、コヒーレンスが優れており、パルスレーザーと比較して格段に波面が整っている。したがって、図1において、位相板4によりイレース光を波面操作して中空ビーム化する際に、空間フィルター等を用いて波面を整える必要がないので、イレース光の強度低下を招くことなく、簡単な構成で、超解像性を効率的に高めることができる。
【0063】
なお、本発明は、上記実施の形態にのみ限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、上記実施の形態では試料9の染色色素としてローダミン6Gを用いたが、他のクマリン系の色素や蛍光蛋白等の蛍光標識を用いることもできる。また、上記(4)式を満たすCWのイレース光光源も、種々のCWレーザーを用いることができる。
【0064】
例えば、ガスレーザーでは、上記のHe−Neレーザーの他に、Krレーザー、Kr−Arレーザー、He−Cdレーザー、または銅蒸気レーザーを用いることもできる。また、最近ではレーザーダイオード励起型の全固体レーザーも各種開発されており、Nd:YAG、Nd:YVO4、Nd:YLF、Cr,Nd:YAG、Er,Ybガラス、Ho:YLF、Tm:YLF、Yb:YAG、Yb:FAP、Yb:SFAP、Yb:KYW、Yb:BCBF、Yb:YCOB、Yb:GbCOB、またはTiサファイアをレーザー媒体とするレーザーダイオード励起型の全固体レーザーを用いることもできる。さらに、近年注目されている小型・高出力でコヒーレンスの高い、Nd、Er、Ybをドープした石英ガラスファイバーを有するファイバーレーザーを用いることもできる。
【0065】
また、イレース光として利用できる波長は、レーザーの基本波あるいはその高調波を利用し易いが、ポンプ光励起による分子からの発光波長帯域より長波長であることが望まれる。一般に、二重共鳴吸収が起きる波長帯は、分子にもよるが、ブロードで広い。しかし、イレース光の波長が蛍光分子の蛍光帯域に存在するのは好ましくない。すなわち、微量な蛍光信号を測定しようとしているのに、同時にイレース光の強い散乱光が検出器に混入する恐れがあるので、ポンプ光励起による分子からの発光波長帯域より長波長であることが、S/N向上の観点から不可欠な条件である。以上の技術的な配慮により、二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡における空間分解能の向上を図ることができる。
【0066】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、第2の光(イレース光)を発生する第2の光源として連続発振レーザーを用い、その第2の光の強度をW、波長をλ、光子エネルギーをεとし、試料中の分子が第2電子励起状態に遷移するときの吸収断面積をσ、分子の第1電子励起状態の寿命をτ、光学系の実効的な開口数をNAとするとき、上記(4)式を満たすように構成したので、波面の整った第2の光を得ることができ、したがって第2の光を波面操作する際に、空間フィルター等を用いて波面を整える必要がないので、第2の光の強度低下を招くことなく、簡単な構成で、超解像性を効率的に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施の形態における顕微鏡の構成を示す図である。
【図2】本発明の原理を説明するための図である。
【図3】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図4】図3の分子の第1電子励起状態を示す概念図である。
【図5】同じく、第2電子励起状態を示す概念図である。
【図6】同じく、第2電子励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図7】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図8】同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図9】従来の超解像顕微鏡の一例の構成を示す図である。
【図10】図9に示す位相板の構成を示す平面図である。
【符号の説明】
1 Nd:YAGレーザー
2 He−Neレーザー
3 ビームコンバイナー
4 位相板
5 ビームセパレーター
6,7 ガルバノミラー
8 対物レンズ
9 試料
10 投影レンズ
11 ピンホール
12 ポンプ光カットノッチフィルター
13 イレース光カットノッチフィルター
14 光電子増倍管
Claims (9)
- 少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料を観察する顕微鏡であって、
上記分子を基底状態から第1電子励起状態へ遷移させる第1の光を発生する第1の光源と、
上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態へ遷移させる第2の光を発生する第2の光源と、
上記第1の光および上記第2の光の照射領域を少なくとも一部分重ね合わせて上記試料に照射する光学系と、
上記分子が第1電子励起状態から基底状態に脱励起する際の発光を検出する検出手段とを有し、
上記第2の光源は連続発振レーザーで、その光強度をW、波長をλ、光子エネルギーをεとし、上記分子が第2電子励起状態に遷移するときの該分子の吸収断面積をσ、上記分子の第1電子励起状態の寿命をτ、上記光学系の実効的な開口数をNAとするとき、
- 上記連続発振レーザーは、ガスレーザーであることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
- 上記ガスレーザーは、He−Neレーザー、Krレーザー、Kr−Arレーザー、He−Cdレーザー、銅蒸気レーザーのいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の顕微鏡。
- 上記連続発振レーザーは、レーザーダイオード励起型全固体レーザーであることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
- 上記レーザーダイオード励起型全固体レーザーは、Nd:YAG、Nd:YVO4、Nd:YLF、Cr,Nd:YAG、Er,Ybガラス、Ho:YLF、Tm:YLF、Yb:YAG、Yb:FAP、Yb:SFAP、Yb:KYW、Yb:BCBF、Yb:YCOB、Yb:GbCOB、Tiサファイアのいずれかのレーザー媒体を用いることを特徴とする請求項4に記載の顕微鏡。
- 上記連続発振レーザーは、ファイバーレーザーであることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
- 上記ファイバーレーザーは、Nd、Er、Ybをドープしたファイバーレーザーであることを特徴とする請求項6に記載の顕微鏡。
- 上記第2の光は、上記連続発振レーザーの高調波を用いることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の顕微鏡。
- 上記第2の光の波長は、第1電子励起状態に遷移された上記分子からの発光の波長帯域よりも長いことを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡。
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